災害医学・抄読会 081205

大事故災害医療対応システムの構築(院内)・個人の安全と行動

(丸川征四郎、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.8-16)



災害時トリア−ジの特色

(大橋教良、EMERGENCY CARE 2008年夏季増刊 170-179)


災害時トリアージの背景

 トリアージとは元々フランス語の「選別する」という意味の「trier」が語源で、コーヒーやブドウの選別に使われる用語であった。この言葉を始めて医療の分野で使用したのはナポレオンの軍隊の軍医であり、負傷した兵士を再び戦場に戻せるもの(軽症者)とそうでない者(重症者)に分けたことが始まりといわれている。

 現在医療の分野ではトリアージの概念が広く導入されてきているが、大きく二つに分けることができる。ひとつは夜間の救急外来などで少数の医師に対し、多数の患者が順番待ちをしているような状態の時に軽症、重症にわけ重症者から治療していくといったものである。もうひとつが地震などの災害時に短時間のうちに訪れる多数の患者に対し、「緊急治療群」「準緊急群」「軽症群」に分けて治療を進めていくといったものである。

 このどちらの場合も診療の対象となる患者数(=医療の需要)が、医師や看護師などの医療を担当する要因、医療品や医療設備などを総合した患者対応能力全体(=医療の供給能力)を上回った状態で行われる、という点では共通している。

 平時の救急外来のトリアージと災害時のトリアージの大きな違いは、地域の救急医療システムやそのシステム運用上の問題として対処することが可能か不可能かという点である。たとえば、平時の救急外来で担当医の処理能力以上の患者がいたとしても、地域全体の医療供給能力が低下しているわけではない。よって院内や待機中の同僚を呼ぶ、重症者を他の病院へ搬送する、病院の当直システムや地域の医療システムを変える、といった方法である程度対処可能である。しかし、災害時には平時の対応能力をはるかに超える事態が生じているため、自施設の応援要員も期待できず、近隣の病院も混乱をきたしているため地域全体の医療の供給が著しく低下している。これはシステム上の問題ではない。一般に、医療の現場でおおむね20名以上の死傷者の同時発生の報が入れば災害発生と考える。

 これより災害時のトリアージでは、結果として最も究明の可能性が高いと考えられる患者から治療の優先順位をつけていくことが必要である。いいかえれば必ずしも緊急度の高い順番に治療を開始するわけではないということである。なぜならば災害医療の目的は物的人的な余裕がないため、限られた医療資源のもとで最大多数の患者にできる限りの医療を行い、防ぎ得る災害死を最小限にすることが目的であるからである。

災害時トリアージの特色

 平時の救急のトリアージと違い、災害時のトリアージは現場から医療機関までの時間経過の中で何度も行われる。なぜならば人も検査体制も不十分な中でただ一回のトリアージに絶対的正確さを求めること自体が間違いであり、トリアージには判定間違いがあるのが前提で、病状には時間的経過が加味されるからである。トリアージは動的なものであるという理解を持たなくてはならない。このため災害時のトリアージは災害現場、現場救護所、病院などでその都度行われる。

 また、災害時トリアージにおいては誰がトリアージを担当するかということが重要になる。トリアージの担当者をトリアージオフィサーというが、日本では災害現場などでトリアージを行う際の資格は法律的には特に定められていない。一般には救急隊員、看護師、医師が行うのが望ましいとされる。しかし、トリアージはある程度の経験がないと実際の災害現場などで実施することは困難であるため、災害現場に居合わせたマンパワーの中でトリアージの概念や手法を最も深く心得ていると思われる者が担当すべきである。

 有効なトリアージをするための担当者としての心得を以下に挙げる。

  1. トリアージは1名で行う:ただ、補助者と組んでチームとして活動することは問題ない。

  2. トリアージの判断基準を一定にする:補助者と相談して決めたりしてはいけない。

  3. トリアージの結果をわかりやすく示す:トリアージタッグの使用が望ましい。災害時には消防なども出動するため、病院独自のトリアージツールを使用している所は注意する。

  4. トリアージオフィサー以外の者がトリアージの判断に異論を唱えてはならない:トリアージは何回も繰り返される中で正確度が上がるものであり、1回のトリアージに絶対的な正確さは必要ない。

  5. トリアージオフィサーは気道確保と動脈性止血以外のいかなる応急処置も行ってはならない:応急処置は治療班の仕事である。

  6. トリアージオフィサーは勝手に交代してはならない:判断基準が変わり現場の混乱を招く。交代の指示はトリアージオフィサーを指名した者(以下、災害対応責任者とする)の仕事である。

  7. 原則としてトリアージは一か所で行う:非常に患者数が多い場合は災害対応責任者の権限で2か所以上で行ってよい。このとき責任者とオフィサーとは綿密な連絡を取る必要がある。

  8. 常に受診患者全体の動向に気を配る:ゲートコントローラーであるトリアージオフィサーからの情報は、今後の災害対策を立てる上で重要である。

  9. 日頃からの平時の救急などでの経験の積み重ね、訓練を行う:実際の災害現場を経験する機会は少ないため、日常様々な状況で訓練しておく必要がある。

 最後に、災害時に最も効果的なトリアージを行うには、個人個人のトリアージに対する知識と技術のあるなしもさることながら、災害対応責任者がトリアージオフィサーのみならず、指揮命令系統、トリアージ以外の各種の役割分担の確立をスムーズに行うことができるかどうかにかかっている。


日本DMAT活動要領

(近藤久禎:プレホスピタルMOOK4号 Page 127-136, 2007)


 阪神・淡路大震災において、被災地で発生した大量傷病者の広域搬送の必要性と広域搬送を行うための医療チーム派遣の必要性が強く認識され、そのための拠点となる病院の整備が課題として挙げられ、災害拠点病院を核とした災害医療体制が整備されてきた。平成15の内閣総理大臣指示事項が提示され、政府内で検討が重ねられ広域搬送にかかわる訓練が実施された。平成16年の新潟県中越地震の教訓から災害時の医療支援を行うための訓練された医療チームの必要性が強く認識され、国による災害派遣医療チーム(Disaster Madical Assistance Team ; DMAT)の整備が開始された。平成17年度にDMATの運用の在り方についての検討を受け、平成18年4月DMAT活動要領が通知された。本要領は、都道府県が作成する医療計画にDMATなどの整備または運用といった災害時の医療について記載する際の指針となるものである。

 まず、DMATとは、「災害の急性期(48時間以内)に活動できる機動性をもった、トレーニングを受けた医療チーム」であると定義されている。「日本DMAT隊員養成研修」の修了者により構成される。事前の準備としてはDMAT運用計画の策定、DMAT指定医療機関の登録、業務計画の策定および協定、DMATの登録、連絡体制の確保、研修・訓練の実施が挙げられている。

 DMAT派遣要請は、被災都道府県から要請に基づくものとされている。要請の経路は、被災都道府県→その他都道府県→DMAT指定医療機関が主軸となる。但し初動の連絡は、被災都道府県→厚生労働省→その他都道府県、DMAT指定医療機関およびDMAT隊員といった連絡経路で情報は流れることが想定されている。厚生労働省からの連絡は広域災害救急医療情報システムによりインターネットを介して配信される。

 各本部の役割について、設置する本部としては、都道府県の設置するDMAT活動現地本部およびSCU(広域搬送拠点臨時医療施設)本部が活動の主軸を担う。DMAT活動現地本部は都道府県災害対策本部の下に設置され、現地活動にかかわるDMATを統括する。現地本部に先着したDMATは、被災都道府県災害対策本部、厚生労働省などと連携し、現地本部の立ち上げを行い、当面の責任者となる。重要な役割として、DMATから得た情報を広域災害救急医療システムのDMAT運用メニューなどに書き込むことにより、情報の共有化を図ることが挙げられる。

 一方、SCU本部は、SCUに設置され、広域医療搬送にかかわるDMATの活動を統括するものである。SCUは、広域医療拠点におかれ、患者の症状の安定化を図り、搬送時のトレアージを実施するための臨時の医療施設である。被災地側または、被災地外の広域搬送拠点に必要に応じて設置される。

 DMATの活動としては、被災地での活動、広域医療搬送、後方支援に分けられる。被災地での活動は、災害近隣地域のDMATが原則として自力で現地本部に参集し、その調整下で活動を行う。したがって、災害の近隣地域のDMATがこの業務を担うことが期待される。主な業務として、現場活動、病院支援および域内搬送が挙げられる。広域医療搬送に携わるべく要請を受けたDMATは、地方ブロックごとに指定された広域医療搬送拠点に参集する。この業務を担うのは遠隔地域のDMATが主になるものと考えられる。主な業務として、SCU活動および航空機内での医療活動が挙げられる。

 現場活動は、当該地域で活動中の消防機関等と連携し、トリアージ、緊急治療、瓦礫の下の医療(Confined Space Medicine;CSM)などを行う。病院支援は、多くの傷病者が来院している病院でのトレアージ、当該病院での診療の支援、広域医療搬送のためのトレアージなどを行うものである。また、厚生労働省、被災地の都道府県および現地本部は、病院の被災状況および病院支援の必要性についての情報を収集し、共有するものとされている。

 後方支援(ロジスティック)とは、DMATの現場活動にかかわる通信、移動手段、医療品支給、生活手段などを確保および現場活動に必要な連絡、調整、情報収集の業務である。また、厚生労働省は、DMATの派遣、患者やDMATの要員の搬送、医薬品支給、生活手段などについて関係省庁、都道府県および民間団体と必要な調整を行い、必要に応じて関係業界にもその確保を依頼する。

 DMATの整備については、平成16年度から開始されたものであり、まだまだ体制確立の端緒である。今回の要領も主に大地震など広域にまたがる大災害時の活動を想定しており、より高頻度で起こると推定される列車事故などの局地型の災害については深くつめられていない。平成18年度には総務省消防庁において検討会が行われている。また、大規模災害時のロジスティックについても具体的な方策が現在、厚生労働科学研究において議論されている。日本DMAT活動要領についても、これらの検討結果を受けて、今後さらにその内容を改善していくことが必要である。


インドネシア・ジャワ島中部地震における神戸大学の支援活動

(中尾博之ほか:日本集団災害医学会誌 13: 50-55, 2008)


はじめに

 地震災害の現場においては、情報の正確な把握、急性期と慢性期それぞれに応じた医療支援、工学・理学的支援活動などを加えた総合的救援活動により、被災地域が実際に必要としている災害援助が行える。神戸大学はインドネシア・ジャワ中部地震においてこれらの多分野にわたる総合援助活動を行ったので紹介する。

I.背景と経緯

 神戸大学では現在までに、1999年台湾地震、2000年インド地震、2004年新潟中越地震、2005年福知山線列車脱線事故などの緊急医療救援活動を行ってきた。また、ジャワ島中部のジョグジャカルタにある国立ガジャマダ大学とは以前より交流があった。今回の災害救援チーム派遣では、カウンターパートをガジャマダ大学とした。

II.活動内容

 2006年5月27日午前5時53分(現地時間)、ジョグジャカルタ周辺を震源地とするM6.3の地震が発生し、死者5000人超、傷病者38000人、家屋損壊20万戸の被害が起こった。

1.医療チームの活動

 ガジャマダ大学医学部附属病院に収容された症例は、ほとんどが整形外科領域の外傷であった。この災害に対して、神戸大学より医療チームと工学・理学系チームを派遣した。第1陣は医療チームであったが、被災後6日目ですでに海外からの医療班が対応しており、医療面で寄与する部分は残っていなかった。第2陣の工学系チームによる建物被害の調査から、郊外では家屋の倒壊が甚だしいが収束しており、一部では再建も始まっているとの情報が得られた。以上2チームの調査より、

  1. ガジャマダ大学では術後患者多くなってきており、各地域に帰宅する環境が徐々に整ってきていることから、郊外にもリハビリテーションのできる施設が必要である。

  2. 被災地のPuskesmas(地域保健の中核施設)を巡回訪問し聞き取り調査を行った結果、衛生状態の維持やリハビリ指導などでPuskesmasの復興が欠かせない。

  3. 夜間に泣き叫ぶ小児が多い
以上の3つが判明した。

 これらより、第3陣では小児科医、理学療法士が派遣された。ガジャマダ大学との話し合いから、
1) 阪神・淡路大震災の経験から作成された心のケアのための小冊子の翻訳
2) ガジャマダ大学・Puskesmasと共同で心のケアのためのプログラム作成
3) Puskesmas職員や教員の復帰および再教育
などに関して、神戸大学が協力していくことが決定された。

2.理・工学系チームの活動

 第4陣はライフラインについての調査を行った。上水道・電力を調べたが、システムの損傷は少なく復興への影響は小さかった。

 第5,6陣は建物被害について調査した。一般家庭は無補強のレンガ造りで倒壊により多くの死者が発生したことが分かった。一方、竹造りの家では建物被害が少なく、死者はなかった。

 第8,9陣はシェルターに関する調査を行った。本来シェルターであるはずの小学校やモスクはレンガ造りであるため被害が大きく、住民は避難場所が確保できなかったためテント暮らしを強いられた。一方、仮設住宅の建設は多額の費用がかかり、郊外の農村部では負担できない。工学系チームは材料としてすぐに入手でき、安価な竹を用いた緊急シェルターの建築法を提案し、現地行政機関に採用された。

3.多機関連携

 今回の大規模災害派遣では、神戸大学本部指揮下に医学部、都市安全研究センター、工学部、理学部が連携をとりながら情報交換し、それぞれの専門分野における活動に活かし、逆に入手した情報を多分野に提供した。被災者に対する医・食・住の提供といった多角的な災害支援を行うことによって地域の安定化に貢献し、地元機関からの信頼を獲得した。

III.考察

1.災害救援における土木・建築と医療の接点

 第1陣は第2陣の助言をもとに地図上から予測される断層を中心として、Puskesmasの被害を調査した。その結果、Puskesmasはこの断層を中心として被害が大きいことが判明した。工学系チームからの情報の共有ができたので闇雲に調査をすることなく、それぞれの専門分野による利点が生かせた。

 ジョグジャカルタには旧王制の名残があるため、かつての王宮をまねた一般家屋(ジョグロ)が作られる傾向にあった。特に郊外では、建築基準が守られずに焼き物の瓦などを石灰で固めた鉄筋のない不安定なジョグロが建てられ、これは地震で簡単に倒壊した。このような建築チームからの情報は、被災者が多数発生した理由が脆弱な家屋の下敷きになったためということを示唆した。また、整形外科領域の外傷が多かったことと合致した。

 被災者の発生メカニズムを理解し、背景を知ることは災害医学にとって有益であり、このような多分野の情報交換によって今後の被災国の建築、社会的背景、地形的特徴を捉えることができるので、被災地ごとにあわせた必要な医療を可能にする。

2.今回の災害支援の特徴と問題点

 今回の救援の特徴として、以前の災害より多くの救援機関が継続して活動していたため地震に対しての急性期の対応が迅速に行えたこと、道路網が確保されており、救援がスムースで物資輸送に支障が比較的少なかったことが挙げられる。このため、被災後6日目に到着した我々には急性期の具体的な活動を行う機会が少なかった。

 日本出発が遅れた原因として、大学内での派遣資金調達に時間がかかったこと、全学を通した災害などの緊急時における対応マニュアルがなかったことが挙げられる。今回の経験から、費用をストックし、突発的な派遣にも即座に対応できるよう整備されることとなった。

IV.結論

 今回の反省から、緊急派遣のための資金準備、学内の組織を横断した災害派遣に関するマニュアルの作成、平時からのアジアを中心とした災害ネットワーク建築に向けて努力している。

 海外広域災害においては、医学的な支援だけでなく、多方面からの綿密な情報交換を行い、援助を行うことによって地元の要望に沿う活動が可能となる。


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