災害医学・抄読会 081121

大規模災害医療における考え方

(丸川征四郎、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.3-8)


はじめに

 阪神淡路大震災はわが国の「災害」にかかわる認識、予防、対応などのすべてにわたって、医療、行政だけでなく社会すべての分野に衝撃を与えた。10年後のJR福知山線列車事故は図らずとも震災後の成果を検証される場となった。この結果を考察し次の大災害に役立てるべきだと考える。

1.防災計画の立案:被災想定に基づく緊急対応

 大震災とJR事故とで行政と医療機関の緊急対応の比較は被災想定の重要性を浮き彫りにした。

 大震災時での政府の危機対応の遅さ、危機管理の低さを反省し、首相官邸の地下室に対策室がつくられ、内閣府に危機管理室が設置された。これによりJR事故時に政府は素早い対応ができた。これは大災害が発生することを想定し、大災害時に政府がとるべき役割が明確化され、危機管理は迅速な対応が不可欠であると認識するなど、災害対応に政府・官僚に意識変革があったと考えられる。

 また筆者の医療施設で両事故災害の対応の違いは顕著である。大震災時には医師の大多数は大破した研究室や医局の復旧整理に専念し、院内の対応に追われ対策会議後に被災地への救護斑派遣も8日後になってようやく実施された。一方JR事故災害では発災から32分後には被災傷病者の受け入れ準備が整い第1例目を受け入れた。

 この対応の違いは大事故災害における地域機関病院の果たすべき役割、迅速に適切な行動を起こすべき責任についての認識にあるとおもわれる。大震災での基幹病院としての役割を果たせなかった事への反省によって毎年行ってきた災害対応訓練、災害現場への救護斑派遣などの積み重ねによるものと思われる。

2.防災システムのあり方:防災の基本構造は多元重複分散型システム

 わが国では電力源を家庭も企業も商業電力の供給に依存しており他の電力源を持たないのが基本。これは大量消費によるコスト削減を実現する経済効率の高い、一元的一系統的供給システムである。このため地域の中核的な変電所が機能停止するとライフラインに致命的な打撃をうける。これに変わって事故災害に強いシステムとして多元重複分散型システムがある。これは平時では余分な貯蔵、工事や費用とみなされ経済的ではないが、災害対策、防災システムを考えるときはこの原則を忘れてはならない。

3.被災現場情報の収集システム:テレビ観戦はスタッフの義務

 災害規模と被災程度をいかに精度高く想定しても事故災害が発生した場合は現場の実情を把握できなければ迅速、的確な対応はできない。テレビ、ラジオ、電話、ネット、無線など様々なもので大事故災害の情報を迅速に報道されるが、その情報を得る具体的な手段を講じておかなければ意味をなさない。

 著者の施設では非番のスタッフは近隣で開催されているスポーツやイベントをテレビ観戦することが指令されている。

 さらに効果的な情報収集手段として、全職員とその家族にも情報提供を依頼するシステムが望まれる。多くの関係者が災害に関心をもち、災害情報を病院に通報する重要性を啓発し、通報24時間受けるシステムを設置することが望まれる。

4.災害救護の理論的背景:平時の常識は非常識

 トリアージの理論は非人間的、非常識であること理解する必要がある。トリアージは傷病者の命に軽重を着け、見捨てることを勧める理論であり、平時には決して許されるものではない。大事故災害では1人でも多く、できるだけ早く救命・救護することを極限に突き詰めた理論であるため、「平時の常識」と大事故災害などの「非常時の常識」が異なることを理解したい。

5.個人の行動計画:隣人への人間愛と最適行動

 大事故災害に遭遇したとき、それが始めての経験であるとか、予想もしない事態であれば、事態が飲み込めず、気が動転し、パニックや思考停止状態に陥り適切な行動をとることはできない。われわれは医療従事者として、このような混乱をなくすためにどう行動するかを、平時から事故災害を想定し、行動する決心を固めておかなければならない。

 この場合に大事なことは個々人が置かれた状況で最適な行動が何かを判断することである。事故災害は1つとして同じ状況がではないことを認識し理解したうえで、各職場では発災時に勤務している職員の取るべき最適な行動指針を行動計画表としてまとめて、誰もが見えるところに表示するべきである。この行動計画表は職場だけでなく家庭においても実践すべきである。

 われわれは非常時に医療従事者として取るべき行動を決定する前に、人間として隣人の命を慈しみ、自分の命と同じように愛し守る固い信念がなければならない。この隣人への人間愛は平時の生活の中で、医療従事者しての義務の中に芽生え、毎日すこしずつ成長し強固な信念となるものである。非常時にこそその人の本性が見える。災害対応は病院においても個人においても特殊なものと考えるべきではない。平時と災害時は不連続である。


トリア−ジとパッケージング

(森野一真:プレホスピタルMOOK4号 Page 114-124, 2007)


1 搬送トリアージ

 トリアージの目的は然るべき患者を(Right Patient)、然るべき場所へ(Right Place)、然るべき時間内に(Right Time)篩い分け、治療の優先順位を付け、最大多数を救うことである。トリアージは様々な状況・場所で適切な方法を用いて繰り返される動的プロセスで、人的医療資源と被災者数との関係や被災者の病態の経時的変化などを受け、その方法や結果も変化しうる。

 搬送トリアージとは、現場の救護所などで治療の優先順位を考慮し、患者搬送の順位づけを行うトリアージのことである。現在、搬送トリアージとして用いられているものには以下の3つがある。

  1. Triage Sort:Triage Reversed Trauma Scoring(TRTS)を用い、呼吸数、収縮期血圧、GCSの3つを点数化し、優先順位を決定する。

  2. トリアージSort:JPTECにおける初期評価、全身観察を骨格に、生理学的評価(第一段階)、解剖学的評価(第二段階)、受傷機転(第三段階)、災害弱者(第四段階)の4つの段階で緊急度を総合的に評価する。緊急度の点数化はなされていない。

  3. 広域搬送トリアージ:大災害時などの際に航空機による被災地外への傷病者の広域搬送を行う場合に用いる。広域搬送の適応は挫滅症候群、広範囲熱傷、重症体幹・四肢外傷、重症頭部外傷である。搬送の順位づけは8時間以内に広域搬送すべき緊急度の高い群と24時間以内に搬送すべき群とに分類されている。

2 パッケージング

 パッケージングは根本治療へつなぐ傷病者の移動・搬送のために不可欠な処置で、搬送とは切っても切れない関係にある。パッケージングは災害時の現場救護所における診療のSecondary surveyの中で行われることが多いが、主として 1)A(気道)、B(呼吸)C(循環)の安定維持、2)損傷悪化の防止、3)疼痛の軽減、を目的とする。

具体的な方法と資器材

  1. 低体温防止のための被覆:毛布などによる被覆、床などの接触面から熱電導による体温消失にも注意。

  2. 創面の被覆:体表面の創傷を滅菌ガーゼなどで被覆、包帯やテープによる固定も必要。

  3. 副木固定:損傷部位を固定することは疼痛や出血の軽減につながる。固定器具にはエアスプリント、スプリントなどがある。

  4. 頚椎固定:現場での頚椎の固定には硬性頚椎カラーを用いる。通常、頚椎損傷を疑う場合には全脊柱固定が望ましい。

  5. 動揺胸郭の固定:治療は基本的には疼痛の除去と陽圧換気であるが、このようなことが行えない場合動揺部分の固定を行う。動揺部分の安静のために厚ガーゼやタオルを当て、テープで固定する。

  6. 骨盤骨折の固定:現場や初療室においては骨盤を全周性に緊縛する非観血的骨盤固定法が用いられることが多い。最も簡便な方法はシーツラッピング法であり、シーツを両側の大転子の高さで巻き付け、鉗子でシーツを固定する方法である。加えて下肢を内転位に保つと固定効果が高くなる。

  7. 全脊柱固定:高エネルギー外傷の際に、全脊柱軸の安定化のために全脊柱固定がなされる。ロングバックボードは比較的安価でわが国にも普及している。バキュームマットレスは陰圧により人型状に変形する固定器具で、バックボードに比して装着感はよいが高価である。

  8. 穿通異物:穿通異物は原則的に現場では抜去はしない。移動・搬送に際しては穿通した異物が移動しないように厚ガーゼやタオルで周囲を覆い固定する。

搬送に向けての要点

  1. 適正な傷病者モニタリングの継続:搬送の際には心電図、経皮的酸素飽和度SpO2、脈拍・血圧などのモニタリングを継続する。

  2. 気道・呼吸・循環の安定化:気道・呼吸・循環に変化をきたした場合には搬送順位の変更が生ずる場合がある。病態が悪化した場合には状況に応じた蘇生処置の要否の判断も求められる。

  3. 器具やラインの固定:傷病者の移動には予期せぬ外力や物品などの引っかかりにより処置に伴うチューブ類の逸脱の危険が常に付きまとっているので、固定を入念に確認する必要がある。

  4. 起こりうる合併症と問題の想定:搬送中に起こりうる合併症や問題をあらかじめ想定し、その対応の準備を行っておく。

  5. 薬剤の準備、必要資器材の確保、動作の点検:搬送中の傷病者の急変に必要な薬剤をあらかじめ準備する。また資器材の準備・動作の点検を行う。

  6. 航空機搬送に特有な準備と対応:航空機による搬送では気圧や気温の低下への対応や必要な資器材を搭載するための準備が必要である。


災害を迎え撃つ―未来へ (4)究極の対策:ノースリッジ地震に学んだ免震病院

(湯浅健治:臨床透析 22: 1571-1577, 2006)


I.はじめに・ノースリッジ地震から学んだこと

 災害時だからと言って透析治療を中断させることはできない。阪神・淡路大震災で透析が受けられない患者が多数いたという。また、1944年のアメリカノースリッジ地震で耐震構造の病院は、倒壊こそしなかったものの内部の医療機器や設備に大きな被害を受けて数日間その機能を失った。それに対して免震構造の病院では、ちょうど行おうとしていた脳外科手術が、1分程度中断されただけですぐ再開されたそうである。寺尾理事長はこれらの震災から学び、透析センターとして安全でかつ医療の中断を起こさない病院づくりを目指し、水害にも強い超高性能免震構造を採用した高知高須病院を完成させた。現在高須病院は透析および泌尿器科を中心とした医療を行い、高知県内での透析医療の中心的医療を果たしている。

II.耐震・制震・免震について

 建築物の地震対策としては主に以下のものが挙げられる。

 本来の耐震設計のあるべき姿として、順番に 1)人の安全、2)物の安全、3)財産保全、4)機能維持の4つがある。アメリカノースリッジ地震において免震構造の病院は4つ全ての保全が可能であったが、耐震構造の病院は人の安全を確保できたのみである。これら4つを満足させることを目標にして、免震構造のストラテジーを考える必要がある。

 免震建物では、建物と地盤の間に、この水平方向の可動クリアランスを確保することが必要不可欠であるが、免震の性能をどの程度に設定するかにより、その範囲は大きく異なる。したがって、敷地面積の狭い土地では免震建物の設計は大変な困難を伴うこととなる。また、免震構造は、本来固有周期の短い短周期構造物にたいして、固有周期を数秒のゾーンにシフトさせることにより、応答加速度を劇的に低減させる構造方式である。したがって、本来、固有周期の短い超高層ビルでは、免震構造のメリットが少なくなる。

III.100カイン無損傷設定とは

 従来超高層ビルや多くの免震建築では最大地動速度50カイン、最大地動加速度は300〜500ガル程度が想定されており、一般的免震建物の安全余裕度検討レベルは、70カインである。しかし、阪神・淡路大震災やノースリッジ地震では想定よりも2〜3倍も強い地震動が実測されており、安全余裕度検討レベルは大震災における実測値と比較してもあまりにも低く、安全性の確保は困難と考えられる。高須病院共同設計者であるダイナミックデザインの宮崎氏によれば、設計者の立場から、大切なことはその建物の特性や場所などの諸条件に応じて熟慮判断しながらより高性能で、安全な免震構造を追求すべきであろうとし、100カイン無損傷設計を実践している。

IV.高須病院における免震装置について

 高須病院は、 の3種類の免震装置を適切に混用・配置することで、126〜243カインの地震動にも安全超高性能免震構造の設定を実現している。

 この免震機能設定は最大地動速度90〜165カインを記録した震度7の阪神・淡路大震災はもちろん、今まで起こった大型地震、1946年の昭和南海大地震(震度8.4)・1854年安政南海地震(8.4)、さらには今後発生が予想されている南海大地震(8.4)もし東南海地震と同時に発生した場合にも対応している。

 また、免震設計のコストの問題であるが、大地震と遭遇した場合には建物・収容物ともに無損傷であるなど経済的優位性が明確かつ圧倒的に高性能免震が有利である。

 しかし、そうでない場合でも、建築基準法を満たす通常の耐震構造の建物コストを100とした場合、制震構造で100〜115程度、免震構造は100〜120程度と考えられる。また、イニシャルコストにおいて、8階建て以上の高層ビルでは、在来よりもコストダウンが可能であるといわれている。コスト抑制のためには、確かな免震設計技術力(適切な免震構造・免震工法の採用)および免震構造と建築計画との調和・工夫が不可欠であるとされる。

おわりに

 今後の病院の耐震施設への対策・課題として、大地震動時の使用性能と主要構造体の耐震性能からも、拠点病院ではSランク(人・建物・機能の完全保全)、少なくともAランク(人・建物・主要機能の保全)の建物が望ましい。そして一般病院でも、人命・建物を守り、すく安くとも重要機能の保全が確保できうるAランクでの耐震性能グレードが望まれる。そして、自病院の耐震性を十分把握したうえで、それぞれにおける地震対策を院内でまた地域との連携の中で取り組んでいくことがより重要であると考えられた。


国際緊急援助隊におけるJDR医療チーム派遣の実際

(浅井康文ほか.救急医学 32: 231-235, 2008)


【はじめに】

 日本の国際医療救助組織として政府組織(GO)では国際緊急援助隊があり、非政府組織(NGO)では、日本赤十字社、ジャパンプラットホーム、アジア医師連合(AMDA)、災害人道医療支援会(HuMa) などが災害地に医療チームを派遣している。本論文では国際緊急援助隊と、その中の医療チームであるJDR医療チーム(Japan Disaster Relief医療チーム)の概略と災害派遣の実際について述べる。

【国際緊急援助隊の歴史】

【JICAの災害援助体制】

JDR事務局の活動

  1. 国際緊急援助隊の派遣

    (1)医療チーム(医師、看護師、医療調整員、業務調整員)

    被災者に対する診療および診療補助活動、疫病の発生・蔓延を防ぐ防疫活動。医療活動の守備範囲は救急医療から精神医療まで幅広く、原則として被災地の医療水準に配慮して活動する。即応性を重視し、派遣決定後48時間以内の出発を目標としている。派遣期間は原則2週間で、状況により二次隊、三次隊を派遣する。

    (2)専門家チーム(災害応急対策および災害復旧に対する助言・指導)

    地震災害に対する建物の危険度判定、耐震建築、森林火災に対する消火活動、大気汚染対策、石油流出、公衆衛生、火山噴火予知などの分野に対して応急対策・復旧策についての助言・指導や専門家の派遣を行っている。

    (3)救助チーム(警察庁、海上保安庁、消防庁)

    活動は自己完結型であり、被災者の捜索・救出、要救助者の応急処置、要救助者の安全な場所への移送を目的としている。

    (4)自衛隊の部隊(医療活動、輸送活動、給水活動)

    大規模な災害や自給自足の援助活動が求められる場合に派遣され、救助活動(給水・輸送)および医療活動(救急医療・防疫)を実施する。

  2. 緊急援助物資の供与
    備蓄倉庫からの必要物資(毛布・テントなど)の緊急輸送や民間援助物資の輸送などを行う。

【JDR医療チームの実際】

 JDR医療チームは、途上国で災害が起こったときに、当該国の要請のもとに救急医療チームを派遣するGOである。この組織は国公立の病院の職員のみならず個人開業医も含むあらゆる医療機関の医療従事者などから希望者を事前登録しておき、導入研修後に本登録となり、どこかで大災害が生じたときにメンバーを登録者(ボランティア)の中から選んで派遣している。派遣に対する一切の費用は国の負担である。出動は国連の災害時の被災国の要請に基づく「要請主義(国家の主権、領土の統一は全面的に尊重。よって、人道支援は被災国同意のもと、要請内容に従って供与されるべき)」で行われており、国連や被災国の方針の遵守・調整への協調を守っている。

 現地での活動にあたり、最も重視している点は、被災国の人的被害の軽減、日本の国際社会への貢献・存在感、日本国民の国際協力参加の推進が挙げられる。また、危険地帯や紛争地帯への派遣もあるが隊員の安全を第一としている。

【JDR医療チーム派遣の実例】

 2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震は過去100年間で最大の犠牲者である22万4千人余りが犠牲となったが、地震による大津波の医療支援のためにJDR医療チームの派遣は広範囲4カ国に及んだ。

 インドネシアは海洋性熱帯気候に属し、流行している病気は、コレラや細菌性赤痢、アメーバ赤痢、食中毒のような消化器系感染症のほか、局地的に熱帯・亜熱帯地域特有の感染症であるマラリア(ハマダラカが媒介)やデング熱(ネッタイシマカが媒介)などがあり、注意しなければならない。

 一次隊による診療は9日間行われ、患者は以下のようであった。

 一次隊は以下のような理由から、二次隊派遣の必要性をJICA本部に伝えた。

【おわりに】

 国際緊急援助隊活動の特徴はJDR法に基づく活動であり、GOの活動である。迅速な派遣を目指し、成田空港への直接集合、商用航空便の空席利用を行っている。派遣決定後、救助チームは24時間以内、医療チームは48時間以内での派遣を目指している。大量の携行機材を運び、被災地に負担をかけない自己完結的活動である。また、協調活動、ドナー会議、機材の融通を行い、各国チームとの連携協調をしている。異なる習慣、宗教、人種、言語のなかでの活動を導入研修や中級研修で学んでいる。そして災害サイクルにおける切れ目のない緊急援助の実施を目指して体制の強化を行っている。


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