災害時の医療サイドの活動としてDMATというものがある。DMAT(disaster medical assistance team ;災害医療派遣チーム)は消防サイドのレスキュー隊などと協力して災害現場で救助活動を展開し、専門知識を有した医師、看護師からなる。災害現場では「がれきの下の医療 confined space medicine ;CSM」と称される限られた空間での作業を強要され、これまでの災害では「防ぎ得た死 preventable death ;PD」が多くあったことが知られている。DMATとレスキューの連携が強化されて数年、急速な発展をみた後に起きたJR福知山線列車脱線事故においてはこのPDはなかったといわれている。
レスキュー活動は全国で年間88269件で、DMATを含めた災害現場への医師搬送件数は1300件を超えている。閉鎖空間でのトラップや閉じ込めが多数含まれているが、CSMをはじめ、平素から消防隊と連携したトレーニングを経験し、組織的な活動を行うことができる医師がいてくれたらPDを防止できたと認められる災害事例は決して少なくない。
クラッシュシンドロームとして知られる災害時に多発する状況では輸液が有効であるとわかっていても、救急救命士にはCPAの傷病者に対して行うことしか認められていない。救急救命士の処置の制限は話題に上がるところであるが、災害時の制限についてはさらに早急に議論をするべきであろう。一般の市民による救出活動についても考えるべきことはある。また、トラップされた状態に出くわしたとき、あわてて救出することなく医師の到着を待つべきか、早急に搬出すべきかについては見解が分かれており、整理が必要であろう。
閉鎖空間での医療処置では課題が多く具体的には次のような検討事項が挙げられる。訓練の必要性、3T(triage,treatment,transportation)の再認識、防爆性能を有した点滴セットなど、災害現場用の医療資器材の開発、爆発的な燃焼現象を起こす危険の高いところでの生命維持に必要な最低限の酸素投与など、安全な資器材の使用である。
DMATの整備は急ピッチで進んでいるが、それと連携する消防隊の整備の遅速は制度の充実を左右する重要な点であり、相互が共通の認識に立ってシステム構築にとりくまなくてはならない。そこには地域の実情にあった連携方策を構築していくことが必要であろう。たとえば、ドクターカーを有しない医療機関からの医療チームの搬送は、医療機関の努力もさることながら、現場で医師を必要としている消防サイドの積極的な協力体制が不可欠である。平素から合同の研究会や訓練を重ね、有事への備えをしておくことが重要である。
アメリカの例を挙げると、米国カリフォルニア州ロサンゼルス郡消防局の都市検索救助チーム(USAR)では連邦緊急事態管理局(FEMA)のプログラムに基づき、CSMをはじめ災害医療活動に関する連携訓練が国及び州レベルで定期的に行われているし、広域派遣時の医療資器材等は消防資器材とともに集中的に管理されている。これらのような参考にできる点は取り入れながら、日本の連携隊でもさらなる整備を進めることが重要だろう。
日本における現状として東京DMATの例を挙げる。東京DMATの特徴は大きく分けて3つある。第一には、災害時の連絡体制である。災害時は東京消防庁を核として、東京都、DMAT指定病院等が連携できる体制を構築している。第二に、医療チームの搬送に消防が当たる点である。DMAT指定病院に近い消防署の消防隊を「東京DMAT連絡隊」として指定し、消防車両やヘリコプターを使って、医療チームを緊急に搬送するシステムになっている。第三に、東京消防庁の緊急消防援助隊が出場する場合、救助部隊とともに、東京都以外の地域で発生した災害にも出場することである。
このようにDMATと消防の連携は着実に整備され定着してきている。しかし、アメリカとの比較をするにしても見えてくる問題がパラメディックの処置範囲の差である。少なくとも非常時の災害現場に限っては、除細動と同じように包括的指示下の条件で静脈路確保、薬剤使用および気管挿管を行うことができるような救急救命士の処置範囲の拡大を考えるべきではないか。医療資源や搬送体制が著しく制限される大規模災害ではCPA状態に陥る前に処置ができるかどうかにより、救命の成否に天地ほどの差がでることは火を見ることより明らかである。
またDMATが充実したとしても、災害現場では、医師がもっとも危険なレスキュー活動の最前線に近づくことができない、あるいは、それを認めることができない状況も必ず起きてくるだろう。アメリカではその場合はパラメディックに処置をさせており、そのような場面が多くあるそうだ。日本のレスキュー現場では、医師が我が身の危険を感じながら、消防隊の救助ツールを使用してトラップされた四肢の切断を実施しているのが現状である。災害現場における救急救命士の処置範囲は、早急に検討されるべき事項の一つであろう。
課題はいまだ山積みとなっている状況だが、DMATの創設はこれまで以上に消防サイドの改革を加速させていく契機になると考えている。今後は、医療サイドとの新たなコラボレーションを、レスキュー隊の立場から構築していくことが課題解決の道と信じ、一人でも多くの命を救っていかなくてはならない。
また、活動区域内での生存傷病者の治療における医療チームの役割は、救命のための救出の猶予時間を医学的に評価することと、救出までに必要な最低限の医療を行うことである。ただ治療を行うこと自体に救出時間を遅らせるというマイナスの部分も存在するということを医療チームは認識しなくてはならない。したがって、傷病者の救命に向け効率よく治療と救出作業がなされるためには、消防の救助チームと十分な意見交換と意思疎通を行って連携することが重要である。
現場救護所のトリアージポストでのトリアージは、十分な訓練を積んでその能力を有している看護師や救急救命士・救急隊員での代替も可能な業務である。医療チームの人的資源的に可能であれば、現場救護所の医療担当官を兼任ではなく単独業務として委託することが望ましい。現場救護所の医療担当官の最も重要な役割は医療指揮隊により任命されて現場救護所に派遣された医療チームの統括であり、活動区域内の活動を任命された医療チームも含めて統括する。
搬送順位を決める搬送トリアージも高度な医療知識・判断が必要とされ、他機関では代替が不可能に近い業務であり医療チームが優先的に担うべき役割である。搬送トリアージの搬送順位決定は医学的要因以外の多くの要因に左右されるために、現場救護所の治療以上に一層の他機関との連携が必要とされる。情報を消防、特に搬送エリアおよび救急車収容場の担当消防隊員から情報を入手して密な連携のもとに判断をくださなければならない。
現地災害対策本部で医療指揮隊として活動する場合の最も重要な役割は、医療チームの需要を把握し、他の医療チームに任務を任命することである。また医療指揮隊は医療チーム全体の安全を確保することや医療に関しての通信連絡の要としての役割がある。そのためには消防の安全管理の担当官と連携をとり、危険情報を収集し、状況を適切に判断しなければならない。医療チームに任務を任命するにあたり現場における医療チームの供給と需要の把握は必須であり、医療指揮隊の重要な役割である。現場で既に活動している医療チーム、および他の機関、特に消防・警察の現地災害本部指揮官と連携をとって現場の医療需要や医療資器材の要否を適切に把握しておかねばならない。
また日本赤十字社には、さまざまなボランティアの奉仕団が存在し、医療指揮隊はそのような特殊赤十字奉仕団の医療的能力、装備などを検討し、可能であれば日本赤十字社と連携をとり必要な業務を依頼することも役割となる。
災害発生時の迅速な緊急時医療活動は非常に重要である。しかし、被災による陸上交通網の途絶と通信網の混乱が緊急活動をマヒさせてしまったとき、緊急医療を即座に代替できるのは船による海上ルートの活用である。1995年の阪神・淡路大震災で、船舶を使用して、患者を搬送するということが可能であったならば、より多くの尊い生命を救うことができたはずであった。
今後危惧される大規模災害では緊急医療への対応とともに、慢性の腎不全患者の維持透析への対応も重要な課題のひとつである。慢性腎不全患者の維持透析には週2〜3回の透析治療が必要であり、血液透析には専用の設備機器と大量の水と電気が不可欠である。被災地において水や電気の供給が途絶え、透析設備が破壊され、透析に必要な資機材の供給が途絶えれば、たちまち多くの患者の生命は危険にさらされる(全国に慢性の透析患者は25万人以上)。渋滞でマヒする陸路の代わりに、海上ルートで透析患者を近郊の病院に搬送し、併せて透析治療に必要な資機材を船で運搬することは極めて自然な船と医療の連携活動である。
そこで、災害時医療支援船構想が、2004年9月1日、日本透析医会など透析関連団体が組織する「災害情報ネットワーク」と神戸大学海事科学部「海上支援ネットワーク」が連携し、災害時の透析患者搬送と透析資機材輸送に神戸大学海事科学部付属練習船「深江丸」を派遣する提携により実現した。透析医療界からの要請と船側への指示は、研究グループが開発した衛星通信を使った「海陸連携支援システム」で仲介し、情報の収集整理、判断決定、指令伝達、船の運航安全管理までを一元的に統括、医療側と船側の機能の一体性を確保する。そして、この災害時医療に対する海上からの支援は、特別に医療設備がなくても一般の船がボランティアで参加する仕組みとして、災害発生時に周辺海域で事前に登録されている船舶を即座に組織化し、海からの支援を実現する体制をとっている。
今後の展開として、緊急時における海上からの支援をより確実なものとするために「海にも道がある」という発想が患者や医師の意識に中に存在するということが大切である。そのためにも本プロジェクトは患者の海上搬送訓練を実施してきた。できるだけ多くの患者、医療関係者に、乗船の機会を提供し、海への意識啓発を推進していかなければならない。
また、「海陸連携支援システム」基地局は、現在、陸上に設置しているが、被災を考えれば、基地局は船上に置くことが望ましい(船は地震に強いから)。船は生活機能、輸送機能に加えて途絶しない通信機能を有している。これらの利点を積極的に活用する視点から、災害時医療を海上から支援するシステムは船上においてすべての支援機能を総合化するものとし、今後は海陸連携拠点を船上に置くことを考えている。
「自助・共助・公助」の三助システムを、災害時医療支援船構想の観点からいえば、透析施設個々における危機管理対策が「自助」、海上支援船構想は、医療と船とのタイアップによる「共助」である。しかし海上支援船構想は共助にとどまることなく、国や自治体による「公助」も仕組みの中に組みこむ必要がある。たとえば、被災地陸上部における患者移送には警察による誘導や優先通行などの支援が必要となるし、患者の船への乗降には港の使用許可や港の損壊状況など港湾側からの支援や情報もなくてはならない。これらは国や自治体の「公助」なしには成り立たない。さらには各地域エリアごとのシステムをさらに上位で統括一体化できる総合化された連合体システムの構築も必要となり、この段階でもやはり国や自治体の「公助」としての関与を考える必要がある。このように災害時に人の命を救う活動は「自助・共助・公助」が総合化されて初めて本物になる。
以上、述べたような災害時医療支援船構想を具体化する活動プロジェクトは、船舶を活用した透析患者の海上搬送を念頭に置いた構想とはいえ、この構想の仕組み自体は、あらゆる災害時支援活動に共通する実用的なひな形を示唆するものである。
近頃、災害は世界中で頻発しているが、災害の情報一例といえば、災害の予知や予測、災害情報、情報メディアなどに関してはめざましい発達を続けており、これは格段の進歩である。災害時において、情報は危害を軽減できるということは常識である一方、過剰な表現や見出しにより地域住民が不安や混沌に導かれ踊らされるのも現実であり、それは災害そのもの以外の二次災害を生み出しかねない。情報化社会の中にいる人々は、情報の利点を減災に生かすことが重要であり、情報の欠点については克服し是正する努力を続けるべきである。
本項では、災害と情報についての動向と、災害看護に携わる専門家が知っておくべき災害と情報に関する知識について紹介する。
まず、災害の情報伝達体制についてだが、阪神淡路大震災における国の災害緊急体制の不備への反省をふまえ、1995年に災害対策基本法の大幅な改正が行われた。災害発生時において、内閣総理大臣が非常災害対策本部を設置する場合には閣議が不要になり、緊急災害対策本部の設置要件が緩和されるなど、緊急時に即応できる体制へと変化した。災害発生の知らせを受けると、関係省庁の局長などの幹部が総理官邸に参集し、緊急参集チーム会議を開催し、情報の集約にあたる。関係省庁では連絡会議が開かれ、各省庁は初動体制をとる。災害時の情報収集に利用されているシステムには地震防災情報システム(DIS)や地震被害早期評価システム(EES)などがある。
また、災害被害の範囲や規模、地域分布、死傷者の発生と予想数によって、重症患者の発生場所からの搬送と搬送病院の受け入れ態勢の確保、必要ヘリコプター数の把握、必要医師・看護師数の推計を行う。推計の結果によって、緊急災害対策本部は各省庁に必要な対応を要請し、迅速に配備を行う。災害発生時には、厚生労働省の基準に沿って各都道府県に配置された災害拠点病院やボランティア組織、保健医療団体がDMAT(災害医療援助チーム)を結成し、被災地に赴き医療活動を行う。
被災者の個人情報についてであるが、必要な安否情報は、個人情報保護法における「人の生命・身体・財産の保護に必要で、かつ本人の同意をとることが困難な場合」と定義された「第三者提供の禁止の例外」にあたるため、適切な状況と決められた方法により開示することができる。
災害情報だが、気象衛星・地震計・GPSによる災害観測や、異常な現象の結果によって、気象庁などから公表される。中には災害警報を聞いても非難しない人もいる。これは人々の災害警報に関する認識の多用さの表れであるが、場合によってはこの判断が生命に危険を及ぼす可能性もある。周囲の人が逃げなかったら自分も大丈夫と思ってしまいがちだが、災害時に重要なことは、他人に影響されること無く、自分に危機が迫っていることを認識し、地震で危険を判断できる能力をもち、避難行動に移すことである。
災害時に起こるデマ情報・風評は、被災者を混乱に巻き込む。このようなデマや風評の真偽を識別するのは困難であるが、看護職は得た情報の真偽を確かめる努力を続けるべきである。風評が起こる背景も配慮しながら、人々のケアに望むことが必要だろう。
災害時に備える通信ネットワークは日々進化している。災害時は全国から被災地に電話が集中するため、通常使用する電話を制御して110番・119番などの緊急通信や重要通信を確保し、避難所には市区町村と連携して、無料の公衆電話を設置する仕組みとなっている。また、家族や友人の安否確認のために、NTT東日本・西日本では災害用伝言ダイアルを提供している。最近ではインターネットの普及に従い、Web上で行える新たな安否確認サービスとして、音声やテキストなどを活用できる災害用ブロードバンド伝言板の運用が始まっている。これらは災害の発生時に提供が開始されるようになっているため平常時は使えないが、例えば大雨や台風時に警報が発令された場合には公開されるため、使い方を試し、いざというときに使えるように準備しておくことが望ましい。さらに、独自のサービスを提供する自治体が増えているため一度自分の居住地域に関して情報を調べておくと良い。
災害発生の危機が迫ったときに、情報を迅速に収集し、かつ避難行動に移すことが通常よりも遅れる可能性のある人々を「災害時要援護者」という。災害が起こったときに円滑な支援活動が行えるように、平常時からの継続的な支援介入が必要である。情報伝達と避難誘導の方法に関しては、災害を想定した訓練を行ったり、日頃から地域コミュニケーションを深めるなど、地道な活動が必要である。GISという地理情報システムを防災福祉に生かす試みが整いつつあり、これにより災害時に地域の要援護者を地域住民が救助できる。さらに各都道府県には独自の工夫があり、それぞれの地域の特徴にあった防災情報システムを提供している。
阪神淡路大震災以降、地域の中で自主防災組織活動が発展している。例えば、災害が起こったときに公的援助が到着するまで時間を要することから、家庭や地域社会・企業などで一定の防災知識を持ち活動する「防災士」を育成する地域が増えている。これは、自助・互助・協同の考えの下に生み出された、防災意識の啓発と防災活動である。
災害現場のコラボレーション―レスキュー隊の立場から
氏家 悟.救急医療ジャーナル13巻6号 Page 12-15, 2005災害現場における医療チームの役割と他機関との連携
中野 実:プレホスピタルMOOK4号 Page 77-82, 2007はじめに
1.活動区域内での役割と他組織との連携
2.現場救護所での役割と他組織との連携
3.現地対策本部での役割と他組織との連携
4.死亡宣告の役割
おわりに
災害を迎え撃つ―未来へ (2)災害時の船舶利用
井上欣三:臨床透析 22: 1559-1564, 2006災害と情報
神崎初美、南裕子ほか・編:災害看護学習テキスト 概論編、日本看護協会出版会、東京、2007、p.69-82