災害医学・抄読会 080801

災害関連の法・制度

(山田 覚、南裕子ほか・編:災害看護学習テキスト 概論編、日本看護協会出版会、東京、2007、p.22-40)


災害時の社会制度

 災害時は、その地域以外からの応援など社会的対応が必要である。社会的な対応を体系化したものが社会制度であり、災害に焦点を絞れば、災害に対応する制度、具体的には災害救助法などの法律がこれに当たる。

1.防災に関する法規

 →日本に起こり得る自然災害および人的災害に対応して、間接的に防災を支援する法律が整備されている。基本法を中心とし、具体的な災害別に対策関係の法律が存在する。また、主な災害に共通し、かつ日常的な運用も考慮して災害予防関係が定められている。

  1. 基本法関係

    災害対策基本法:災害に関する基本法律で、国土、国民の生命、身体および財産を災害から保護するため、防災・対策などの災害に関する対応の基本を定めたもの。

  2. 震災対策関係

    地震防災宅特別措置法:地震で著しい被害が出る恐れのある地区での地震対策に関する法律。

    大規模地震対策特別措置法:地震防災対策強化地域を指定し、観測体制、防災応急対策などの特別措置を定めた法律。

    地震対策緊急整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律:その指定地域での地震対策緊急整備事業にかかる経費の国の負担など、財政上の特別措置について定めた法律。

  3. 火山対策関係

    活動火山対策特別措置法:火山災害の恐れのある地域での避難施設、降灰除去、農林漁業、地域産業などに関する法律。

  4. 台風対策関係

    • 台風常襲地帯における災害の防除に関する特別措置法
    • 台風常襲地帯における防災のための公共土木施設などに関する特別措置を定めた法律。

  5. 原子力施設対策関係

    • 原子力災害対策特別措置法
    • 原子力災害の予防義務、緊急事態宣言などに関する特別措置を定めたもの。

  6. 災害予防関係

    • 国土形成計画法:水害、風害、その他の災害の防除に関する事項を含む法律。

    • 建築基準法:市町村長の、災害による市町村建築物損壊の届出、災害危険区域の指定と、その区域内の建築物に関する制限などに関する法律。

    • 森林法:災害に対する応急措置として、地域森林計画の対象である民有林の開発、伐採許可についての法律。

    • 道路交通法:災害復旧に関する道路工事の分担、経費負担についての法律。

    • 漁港漁場整備法:漁港管理者が現場の者を災害の復旧、危険防止などの業務に協力させられることなどについての法律。

    • 河川法:洪水などの災害発生防止、河川の適正利用、整備などに関する法律。

    • 特殊土じょう地帯災害防除及び振興臨時措置法:特殊土じょう地帯での適切な災害防除、農地改良対策による、保全、農業生産力向上を目的とした法律。

2.対策に関する法規

  1. 応急対策関係(災害が発生したときの応急対策に関する法律。災害救助法を中心とする。)

    • 災害救助法:災害の範囲、救助の種類などを規定している。

    • 激甚災害指定基準:激甚災害に対処するための特別財政援助、農地などの災害復旧事業の補助に関する法律。

    • 局地激甚災害指定基準:上記の指定によらない基準を示したもの。

    • 被災者生活再建支援法:災害により生活基盤に著しい被害を受けたとき、生活再建のための支援金を支給する法律。

  2. 災害復旧および財政金融措置関係

    • 激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律:地方公共団体、被災者に対する特別援助を規定した法律。

    • 公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法:公共土木施設、復旧事業費の負担所属、範囲などについて定めた法律。

    • 農林水産業施設災害後復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律:共同利用施設の種類、国が補助する経費の範囲などについて規定した法律。

    • 防災のための集団移転促進事業に係る国の財政上の特別措置などに関する法律:災害による住居の集団移転促進のための国の財政上の特別措置について定めた法律。

    • 災害弔慰金の支給等に関する法律:災害弔慰金の額と所得の算定について規定した法律。

    • 特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律:行政上の権利利益満了日延長、履行されなかった義務の免責、仮設住宅の存続期間の特例などについて定めた法律。

3.阪神・淡路大震災関連法規
(これまでの法律では対応しきれない阪神・淡路大震災に対する特別な法律)


大規模地震災害と病院の対応

(甲斐達朗ほか.救急医学 32: 197-200, 2008)


はじめに

 十分な大規模地震災害に病院として対応するには、「彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うべからず」と孫子が言ったように、彼れ(=想定されている地震動に対する病院の被害想定)を知り、己(=被害に対する準備)を知ること、つまり病院の地震に対する対応計画が準備されていなければならない。

地震災害を知る(彼れ[敵]を知る)

 多くの都道府県では地域防災計画があり、地震の被害想定が行われている。病院の地震対応を考える場合、これを念頭において考える必要がある。地域防災計画では活断層の位置、それに伴う地震動の強さ、死者数および重症度別の人的被害数、電気・ガス・水道などのインフラへの被害予想およびそれらの復旧予測、海溝型地震では、予想津波高、到達時間、津波による浸水域およびその深さなどの被害予測を知ることができる。

病院・地域の地震に対する脆弱性を知る(己を知る)

1.病院の脆弱性

 1)病院建築 病院の建築物としての耐震性、構造物の脆弱性が病院の機能面に及ぼす影響を知る必要がある。災害時に半壊の病院での診療は可能かなどを判断できる病院周辺在住の建築物応急危険度判定士の利用は可能か、エレベーターなどの復旧を誰がするかなどを調べておく必要がある。

 2)ライフライン

  1. 電力 生命維持装置を多用している部門では停電時のマニュアル、バックアップ体制を作る必要がある。そして自家発電下での機能可能or不可能なものを認識する必要がある(カルテ管理、検査オーダーなど)。また、自家発電装置そのものが機能しなくなる場合があることも考慮し準備する必要がある。

  2.  受水槽・高架水槽の耐震性を点検する必要がある。断水時にはバックアップ体制としては専用井戸の整備、給水車から給水補給ができるように受水槽に改良を加えることがあげられる。

  3. 都市ガス供給 給食設備が機能しなくなるためプロパンガスボンベとプロパン用の炊事用具の備えが必要である。

  4. 通信手段・医療情報 一般加入電話・携帯電話は輻輳が起こり、通話できないことが多い。広域災害では医療機関は孤立するものだと覚悟が必要である。院内にある優先電話(院内の電話回線のうち1回線、公衆電話)が有効に利用できる配置を考えておく必要がある。職員・職員家族の安否情報の確認にはNTTの災害用伝言ダイヤル(171番)の利用を決めておく。行政防災無線を駆使できるようにしておくこと、近隣消防署との直通電話の利用、災害拠点病院であれば広域災害・救急医療情報システムの入力方法を熟知しておく必要がある。

院内災害計画(己の準備)

 院内防災計画は病院の脆弱性を勘案し、病院自身が被災し診療機能が低下している状況で、なおかつ多数傷病者が殺到することを想定した計画でなければいけない。各部・各職種の多くの者が参画し問題を共有して計画を立てる必要がある。日常医療体制から災害計画を発動する基準を定め、初期体制は最も職員数の少ない当直体制を基準とする。日頃より交通手段を利用しないで通勤可能な職員数・職種を把握しておかなければならない。非常参集の基準も決めておく必要がある。

1.多数傷病者受け入れ計画(被災地医療施設) の概念

 1)command and control (指揮と統制) 指揮とは院内の指揮命令系である。統括指揮者の下に、医師・看護師・事務部門の責任者を決め、災害対策本部を構成する。統括指揮者不在時の対応を必ず決めておく。各部門の指揮命令系を作るさいの優先順位を決めておく必要がある。また、アクションカードに任務内容を事前に記載しておく必要がある。統制とは、各部門が独自の指揮命令系を持つが、統括指揮者が問題点が生じたときの協議・調整を行い、最終的に責任をもつ体制をいう。

 2)safety(self,scene,survivor:安全の確保) 災害対策本部に安全担当者を配置し、安全に関する情報はすべて担当者に報告する仕組みが必要である。安全確保の優先順位は院内医療従事者、病院の建築物、入院患者・外来患者の順である。

 3)communication(情報伝達・情報共有) 災害時に必要な情報の伝達方法をアクションカードで決めておく必要がある。発災と同時に指揮者に必要な情報が伝達されるようにする。また、停電時の情報の伝達手段も決めておく必要がある。

 4)assessment(評価:病院の現状および変化予測、負傷者予測) 院内情報より、患者受け入れ人数、どの程度の重傷患者なら受け入れ可能か、入院患者の他病院への避難の必要性を評価する。院外情報より地震の規模、ライフラインの状況などから戦略を立てる。

 5)triage(トリアージ) 殺到する傷病者を一方向にながれるように一次トリアージ区域を病院入り口や玄関待合室などに設定し、緊急治療群(救急医、麻酔科医、外科医)、準緊急治療群(外科医、内科医)、軽症者(看護師)の治療区域を区分し、治療を行うゾーニングを行う。臨時霊安室の準備も重要である。一次トリアージを行うものは経験豊かな救急医や外科医が望ましい。また、緊急治療群や準緊急治療群では繰り返し二次トリアージが必要である。一次トリアージの際に事務職員が事前に作成している災害時用の簡易カルテを記載し、患者情報の把握や広報に役立てる。

 6)treatment(応急処置) 日常と災害時の頭の切り替えが非常に重要である。応急処置を行うことで、患者1人に要する時間を短くし重症負傷者の対応時間を確保することができる。

 7)transportation(病院間傷病者搬送) 重症負傷者の症状が安定すれば被災地外の医療施設への搬送を考える必要がある。しかし、情報網・交通網が寸断した状況下での従来通りの搬送は困難である。近年、DMATの養成が進んでおり、また災害医療マニュアルで病院間の事前通知なしで患者搬送可能な取り決めがある地域もある。

おわりに

 地震災害を知り、病院の脆弱性を知り、病院の災害準備を行うことは非常に重要である。一方、「to fail to plan for the major incident is to plan to fail on the day occurs(大事故災害計画を立てないということは、その日に起こす失敗を計画するようなものである)」、"the Paper Syndrome"(災害計画を策定しただけで災害訓練や計画の改訂をおこなわないこと)、という言葉がある。もっとも重要なことは、職員の災害に対するモチベーションの維持とそのための災害訓練の実施である。


災害時における消防と医療の連携に関する検討会報告書(中間とりまとめ)の概要について

(荒木裕人:プレホスピタルMOOK4号 Page 61-69, 2007)


 阪神淡路大震災を契機に、防災対策の全面的な見直しが実施され、消防、医療はそれぞれの制度、体制を整えてきているところであるが、実際の現場では、相互に連携することで被災者の救命率を効果的に向上させるという論点については、具体的に検討がなされることは少なかった。そこで総務省消防庁では、H18年より、「災害時における消防と医療の連携に関する検討会」を開催し、検討を始めたところである。H18年度より4回の検討会及び作業グループの会合が開催され、H19年3月に中間取りまとめが報告された。以下、その検討の背景と今後の課題について要約を紹介する。

1.検討の背景

H7年の阪神淡路大震災を契機に、防災対策の強化、制度の充実を目的とする
高速網の発達や都市整備の進展、生活様式の変化 → 災害形態の多様化

2.災害現場において必要とされる医療活動

a.災害救助現場

 実態の把握のための情報収集、活動方針の決定、二次災害発生防止のための安全管理

b.現場救護所、医療機関への搬送

 トリアージの決定(一次トリアージ、二次トリアージ)、医療チームの現場への派遣

c.現状活動円滑化のために

 適切な医師の助言、救命救急士の気管挿管、ルート確保、薬剤投与、安全装備
 円滑な医師への情報提供、現場における安全確保

3.医療チームの種類と機能

 災害拠点病院の医療救護チーム、災害派遣医療チーム(DMAT)、日本赤十字社救護斑、医師会、ドクターカー、ドクターヘリ、その他(自衛隊など)

※DMAT(Disaster Medical Assistance Team)

災害医療派遣チームは、一定の標準的な災害医療に関する研修を受講している。H16年以降、200以上の養成がなされ、国、地域において、災害発生直後の急性期に活動できる、機敏性をもった医療専門家チームとして整備が進められている。

4.具体的な連携の進め方

a.平時の在り方→消防、医療機関の連携の具体的実践、事後検証、症例検討への参加

b.要請体制→連絡窓口の一元化と情報の共有化、EMISの活用など

 例:消防機関→都道府県→DMAT指定医療機関→都道府県医師会など

5.医療チームの現場移動手段;交通の分断など、問題点は多い

 A案:消防機関において予め定められた連携隊等が医療チームを現場に搬送する方式

 B案:派遣医療機関から直接現場に移動し、同時に救急隊と連携して活動する方式

6.今後の検討課題

 専門用語の共有化(共通化)、医療と消防の連携強化、テロ対策、救命救急士の薬の使用、トリアージマニュアルの統一化、DMATとの連携の強化、モデル案の作成検討、組織としての体系図

7.まとめ

 明確化されていなかった課題として、最優先で解決すべき重要なポイントは以下の4つである。

  1. 日常からの連携

       災害現場で消防と医療が円滑に連携するためには、平時の消防活動の中での医療機関との連絡ないし連携の具体的実践が重要。消防機関の研修、訓練、事後検証、症例検討会への参加など

  2. 医療機関における情報の共有化

     直ちに適切な医療チームの応援を求めることが出来るような一元化された連絡窓口を予め明確に定めておくことが必要。消防、医療、警察の情報の共有、各機関の体制の相互理解

  3. 後方支援の適切な分担

       災害現場への医療チームの出動手段、使用する資材の確保、情報収集のための通信手段などの後方支援の十分な検討が必要。医療者の2次災害による受傷に対する補償など。

  4. 指揮命令系統の確立

     様々なチームが集まって活動を行うため、現場把握のための情報を関係者で一元的に共有しておくことが重要。 消防機関…階級に基づく指揮命令系統の下で行動

     医療チーム…定まった指揮系統を持つことは稀→統括医師(メディカルディレクター)の決定
    また、上下の指揮系統よりも、現場では得意分野を役割分担することが重要。

 今回の中間報告書は、主に地域で起こる災害時の活動を念頭においた検討の結果であり、総務省消防庁においては、H19年度は、災害が面的、広域に拡大した場合の連携のあり方について引き続き検討する予定としている。

(参考)「災害時における消防と医療の連携に関する検討会」の中間報告書全文(ウェブサイト)  http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/190416-1/190417-1hondou.pdf


災害医療研修

(本間正人.救急医学 32: 143-149, 2008)


はじめに

 救急医療の現場で高度な医療を提供するためにはさまざまな職種の人々がチームとして活動する必要がある。円滑な活動のためには共通の理解が必要であり、それを習得するための標準的なプログラム(ACLS、JPTEC、JATECなど)が開発され多くの方が受講している。災害医療の場合も災害医療従事者研修会、日本DMAT隊員養成研修会、NBC災害・テロ対策研修会、イギリスのMIMMS、アメリカのNDLSなどがある。以下、各研修会の概要と特徴について述べる。

災害医療従事者研修会

1.概要

 平成8年5月に厚生省(当時)が発出した「災害時における初期救急医療体制の充実強化について」に基づいて、全国に500を超える災害拠点病院が整備された。さらに都道府県に少なくとも1か所の基幹災害拠点病院を設置し、医療者に対して研修を行うものとした。平成19年12月末までに約650チームの災害拠点病院が受講終了している。

2.研修の特色

 地震の発生するメカニズム、国の対応、病院の耐震化、傷病者受け入れ計画、トリアージの実習、医療救護班派遣など講義の内容は多岐にわたる。災害の種類は多様化しており、あらゆる種類の災害に対応できるようにバイオ・原子力災害などの特殊災害の基本的な内容も盛り込まれたプログラムとなっている。

日本DMAT隊員養成研修会

1.概要

 DMATは専門的な訓練を受けた機動性を有する災害派遣医療チーム(医師、看護師、調整員)で、大地震などの被災地や災害現場にいち早く駆けつけ、救急治療を行う。平成17年度より日本DMAT隊員養成研修会が開始された。4日間の規定講習を修了し筆記・実技試験に合格した者に日本DMAT隊員証が交付される。年10回開催されており、平成19年10月までに2171名の隊員が誕生している。

2.研修の特色

 プログラムはMIMMSを基礎に日本の外傷標準医療の要素を盛り込んでいる。内容は、近隣災害、遠隔地災害、広域医療搬送についての講義、実技が盛り込まれ、消防の連携、機内の閉鎖空間での医療体験、航空搬送の実動訓練も行っている。

NBC災害・テロ対策研修会

1.概要

 近年テロ対策の強化が必要となり、従来の化学災害に核・放射線災害・生物災害・テロ災害を加え、平成18年からNBC災害・テロ対策研修会が開始された。

2.研修の特色

 テロ災害に対応し傷病者を受け入れることのできる医療機関を都道府県に整備することが最終目的となる。受講生は日本DMAT隊員の資格を有することが原則とされている。個人防護服の着脱、除染法の実習、模擬患者の受け入れ実働訓練を実施している。

MIMMS (Major Incident Medical Management and Support)

1.概要

 集団災害事故に対する救急対応医療」を教育するプログラムでイギリスを中心として各国で開催されている。3日間のアドバンスコース(医療者が対象)、1日のプロバイダーコース(トリアージを行う職種が対象)、院内受け入れ態勢のためのHospital MIMMSの3つがある。MIMMSは日本DMATなどの災害研修プログラムの基本になっている。

2.研修の特色

 大災害時の医療にかかわる警察・消防・救急・医療・ボランティア・行政などの各部門の役割と責任分担・組織体系・連携方法・装備などを組織横断的に講義、訓練する。基本コンセプトをCSCATTTとしている。(表1)

NDLS (National Disaster Life Support)

1.概要

 2003年アメリカで設立された。4時間のコアコース(医療従事者以外が対象)、1日のベーシックコース(医療従事者が対象)、2日のアドバンスコース(ベーシックコースを修了したものが対象)からなる。

2.研修の特色

 アメリカ同時多発テロを契機に誕生したため、テロ災害に重点が置かれている。災害対応の原則をDISASTER Paradigmとしている。(表2) MASSトリアージは、移動または手足を動かせる(Move)者を評価排除(Assess)し、残った患者を二次トリアージ(Sort)の後に優先的に搬送する(Send)方法である。


化学・生物兵器の歴史

(Tu AT・著、井上尚秀・訳.化学・生物兵器概論 22: 1545-1550、じほう、東京、2001、p.3-22)


1、第一次世界大戦まで

 毒ガスの源流は古く、ギリシャ時代にさかのぼる事が出来る。紀元前429年には硫黄と松やにを燃やして作った毒ガスが実戦に使用された。この毒ガスは後に改良されて「ギリシャの火」というのができた。これは硫黄と松やにに石油やナフサを加えて、それを燃やしてその毒性を高めたものである。これはその後何世紀もの間毒ガスとして重宝がられた。

2、第一次世界大戦

 19世紀末になると、有機合成化学工業の発達とともに様々な有毒ガスが大量に生産される様になった。近代戦で化学兵器による大規模な攻撃が最初になされたのはドイツ軍によるイープル市での塩素ガス攻撃であった。1916年にはフランス軍がヴェルダン攻防戦において塩素よりも更に毒性が高いホスゲンを使用した。これを契機として新たな毒ガスが続々と戦場に繰り出される事となった。これらの毒ガスに対する防御手段として防毒マスクや防護衣の必要性が緊急の課題となり、新たな毒ガスが投入されるたびに次々と改善されてゆき、防御に耐えうるものとなっていった。第一次大戦では実戦で化学兵器が大量に使用されたため防毒マスクの研究が大きな進歩をとげた。

3、第二次世界大戦

 第二次世界大戦前ドイツにおいて有機リン系の殺虫剤を製造する過程で神経剤が偶然に発見された。その後ドイツにおいてタブンやサリン、ソマンが合成された。しかし実戦においてこれらが使用される事はなかった。

4、日本軍の毒ガスの歴史

 日本が毒ガスに正式に注目したのは1918年である。翌年の1919年には陸軍科学研究所が発足し、化学兵器の研究が正式に始まった。

 日本がはじめて毒ガスを使ったのは1930年の台湾霧社事件である。この時使用された毒ガスは塩化アセトフェノンである。

 霧社事件の後毒ガス戦の教育訓練が行われる様になった。

5、イラン―イラク戦争

 イラン―イラク戦争においては神経剤がはじめて実戦で使われた。1984年の2月21日、イランがバスラ北方の戦線で大規模な総攻撃を始めたため、イラクはその対抗策として大規模に毒ガスを使用した。イラン軍がイラク領のバスラ市に迫ると、イラク軍は毒ガス、中でも主にマスタードガスとタブンを多量にしかも集中的に使い、イラン軍の大攻撃を挫折させた。この事実から適当な時期に、集中的に、大量に毒ガスを使用すれば戦術的に多大の効果がある事が実証された。これによって毒ガスの化学兵器としての有用性が再認識される様になった。

 イラクが毒ガスを使い始めたのは1983年であるが、毒ガスの生産を始めたのは外国から特殊化学薬品や機械等を買い始めた時期から想像するとだいたい1980年か1981年ぐらいだと思われる。

6、最強の毒ガスVX

 VXは第二次世界大戦後に作られた神経剤で、毒ガスの内で最も毒性の強いものである。VXの毒ガスとしての長所は、蒸発しにくく、皮膚からしみこんで体内に入るため、他の神経剤サリンよりも数倍も強力であることである。

7、テロに利用される化学兵器

 化学兵器がテロとして多大な効果があることを実証したのは、何といってもオウム心理教によるサリンを放出した松本市の事件と東京での地下鉄事件である。

 松本サリン事件では精製された純度の高いサリンが使用されたため、毒ガス効果も高く7人が死亡し、約150名が中毒症状を示した。

 東京地下鉄サリン事件で使用されたサリンは精製がされていなかったので松本事件のときよりも密閉システムであるのにも関わらず、死亡者数12名であったが、負傷者は5500名にのぼった。

 また、オウム真理教はVXを3名に使用し、内1名が死亡している。

8、生物兵器のはじまり

 そのはじまりは、正式には731部隊であり、この部隊は、俗に石井部隊とも呼ばれる。これは細菌を兵器化し、細菌戦でもって戦争目的を遂行しようとして成立された部隊であった。石井部隊の幹部の大部分はソ連の捕虜にならず、直接日本に帰国した。石井中将も無事帰国した1人であった。

 終戦後米国は731部隊の人たちを保護して細菌兵器のノウハウを習ったのであった。

9、化学兵器、生物兵器の現状

 1999年4月1日の時点で化学兵器禁止条約に参加した国は全体で123カ国であるが、批准を拒絶している国が15カ国ある。生物兵器禁止条約に批准した国は142カ国で、参加を拒否した国は18カ国である。

 現時点で化学兵器を所有している国は、ロシア、米国、イギリス、エチオピア、朝鮮民主主義人民共和国、コート・ジボワール、フランスなどである。生物兵器を所有または開発、あるいは防御法を開発している国は、米国、ロシア、イギリス、フランス、スウェーデン、中華人民共和国などである。


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