わが国における災害対策に係る関係法令と、阪神・淡路大震災後に整備された災害医療体制について述べる。
災害対策の基本
(2)災害救助法(昭和22年10月18日法律第118号)
(3)その他
1. 災害拠点病院の整備
災害拠点病院とは、1)重篤救急患者の救命医療を行うための高度の診療機能 2)傷病者の受け入れおよび搬出を行う広域搬送への対応機能 3)自己完結型の医療救護チームの派遣機能 4)地域の医療機関への応急用医療資器材の貸し出し機能 5)要因の訓練・研修機能 を有する病院で都道府県が指定するもの。1)〜4)は「基幹」「地域」共通の機能、5)は「基幹」のみの機能。各都道府県ごとに1ヶ所ずつ「基幹」拠点病院を、各二次医療圏ごとに1ヶ所ずつ「地域」拠点病院を指定している。拠点病院指定にあたって最も重要な点は、ヘリコプターの離発着場を必須の条件としている。
2. 広域災害・救急医療情報システム
災害医療情報に関し、全国共通の入力項目を設定し、被災地の医療機関の状況、全国の医療機関の支援申し出状況を全国の医療機関・消防本部・行政機関等が把握可能なシステムとし、災害時に迅速かつ的確に救援・救助を行うことを目的とする。本ネットワークでは、医療機関・消防本部・保健所を含む行政機関等が端末機器を設置し、各都道府県ごとに都道府県センターを、そして都道府県センターをバックアップするバックアップセンターを設けている。また、インターネットを通じて、災害医療情報を発信している。
3. 災害医療に係る保健所機能の強化
医療機関・医療関係団体・消防機関・関係行政機関・ライフライン事業者・住民組織等の災害医療に関連するさまざまな関係機関・団体との連携の推進を担う行政機関として位置づけられた。また災害発生後の初期救急医療段階においても、自律的に集合した医療救護斑の配置調整・情報の提供等を行うこととなった。2001(平成13)年3月には、保健所を地域における健康危機管理の中核機関としても位置付けている。
ところが21世紀は先駆けとしての阪神・淡路大震災に始まり、その後世界各地で大規模自然災害の発生、加えて9.11テロのなどの天災・人災の多発と多様化など、あたかも災害そのものが進化していると感じる。わが国においても阪神・淡路大震災の体験を契機に国の事業としての災害対策が始められた。そのプロセスを振り返りながら、災害医療従事者の今後の活動のあり方を考える。
2)災害基幹・拠点病院体制の制定、そのほかの新しいシステム
都道府県に一つの災害基幹病院と二次医療圏に一ヶ所の災害拠点病院の指定、これらにかかわる医療従事者に期待される基本的な4つ役割 1.自施設が被災した場合、2.救急派遣、3.発生時活動マニュアルの作成、4.災害医療に関する職員研修・防災訓練
3)災害医療・看護関係学会の発足
災害医療に関する知識体系の構築、ネットワークや実践活動の支援
医療者は自己または自らの集団の特性を自覚した守備範囲を明確にすることが必要。
2)医療集団における災害医療者の役割
3)医療以外の領域における役割
2)災害医療の体系化と災害医学の構築
情報や体験を集約・集積して理論としての体系化、およびそれらの知識や理論の活用
独立行政法人国立病院機構・災害医療センターの救急救命医師である大友康裕氏は、JR福知山線列車事故における医療チームらの外傷蘇生処置(安定化処置)の成果・有効性に言及したうえで、DMAT (disaster medical assistance team; 災害派遣医療チーム)と災害現場における医療の在り方について述べている。
東京都は全国に先駆けてDMATの立ち上げを行い、H17年の段階で指定病院は13、登録隊員数は247名となっている。また、厚生労働省は、H16年の補正予算により、複数県にまたがる地震災害発生の際、発災後数時間から48時間までの超急性期に災害現場に派遣され、救命医療を提供するDMATの編成・整備を推進している。
事前計画、法制度、移動交通手段の確保、派遣者の身分・補償など、解決すべき課題は山積しているが、H17年度現在、厚生労働科学研究班は、同年度中にこれらの課題は解決できるとしている。
(1) 集団災害時の現場医療対応の原則
災害現場では対応する諸機関は各機関内での指揮命令系統を確立し、情報交換、調整手段を確立する。医療機関は、現場到着した際、傷害者の観察処置にとりつくことなく、指揮命令系統確立を優先する。原則的に、先着救急隊の隊長が現場救急部門の責任者となり、以後の後着DMATの指揮を行っていく。
消防や警察は災害現場での指揮系統を基本的に確立している一方、医療チームは災害現場での指揮命令系統樹立には不慣れであると筆者は述べている。先の厚生労働省研究班は、現場を統括するDMATの役割として、1)全DMATの統括、指揮・調整、2)指揮本部の設置、ならびに消防との連携・調整、3)行政、マスコミ、他医療チームとの連携、4)各種情報の収集、現場状況の把握・評価、を挙げている。
2) 安全確保
自ら、現場、傷病者の優先順位に基づいて災害現場での安全確保をはかる。
3) 情報伝達
災害現場が混乱する最大要因の一つとして、筆者は情報手段の不備を挙げており、具体的に1)情報の欠如、不足、不正確、2)確認の不履行、3)協力体制の不備を指摘している。今後は現場および本部レベルでの諸機関の連携体制の確保が大規模災害時における現場対応の成否の鍵としている。
4) トリアージ
医療従事者が行う医療行為の中で最重要なものとして、トリアージを挙げている。
5) 処置・搬送
災害現場での処置については既述の3T'sの通りである。搬送に関しては、再度トリアージを行い、搬送の優先順位を決定する。搬送先決定については分散搬送を行い、重症患者が一つの医療機関に集中しないようにする。また、搬送中の急変に対応できる準備も重要である。
(2) 集団災害現場の管理
災害時、現場で適切な救命行為を行うために、「警戒区域」を設定し、災害現場への交通を整理する。警戒区域線は通常警察によって設定される。警戒区域線は、火災・爆発等の二次的被害からの安全が十分に確保された位置に設定される必要がある。
また、災害現場最前線の活動範囲は「活動区域」と呼ばれ、通常消防が管理する。現場活動者への安全確保の観点から、DMAT隊員は原則的にこの区域には立ち入れない。
2) 災害現場における諸機関の任務分担
消防、警察、救急隊、医療チームが有機的に連携して活動するためには、各部門の任務を明確にし、人的・物的資源を有効に活用するべきと筆者は述べている。そのため、災害現場における各組織の役割分担については、行政が委員会あるいは検討会等を設置し、各組織の合意を得たうえで明確に決定されるのが望ましい、としている。
多数の傷病者が発生した事故現場における傷病者は、通常の救急現場とは違い、心理的に興奮状態となっていることが多い。多数の傷病者が発生する災害では以下のような状況となることがある。
そのため、多数の傷病者が発生した災害現場では救急隊員をはじめ、消防隊員はこの状況を十分に理解し、考慮した上で傷病者に対応することが必要である。
今回は事故発生時からの消防隊員や医療チームの活動をまとめる。
■事故発生時から消防隊員の活動の流れ
1、活動拠点の設置 → 2、事故現場における傷病者管理 → 3、トリアージポストにおける傷病者管理 → 4、応急救護所における傷病者管理 → 5、傷病者搬送
また、応急救護所を設置する場合には上記のこととともに、下記のことも考慮する必要がある。
医師等医療チームの現場での役割として、救助隊等による負傷者の救出作業と同時に直ちに止血処置や輸液処置など応急処置が必要な傷病者にはこれら応急処置をする。多数傷病者発生時には災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team:DMAT)などの医療チームが出場する。
歩行可能な傷病者や負傷していない者に対しては、拡声器などを利用して応急救護所や安全な場所に誘導を行う。
現場ポストにおける一次トリアージを有効に実施するためには、歩行可能者と歩行不可能者を第三優先順位群として一次トリアージポストから遠ざけるような措置が有効な場合が多い。
このことから、歩行可能者を第三優先順位として応急救護所や災害現場付近の施設に誘導し、さらにトリアージを行うこととなる。
それと同時に再度トリアージを実施する。傷病者の症状が改善している場合、また症状が悪化し緊急度重症度が高くなる場合もある。このような場合は、容態に応じたタッグに変更し、搬送順位も当然変更することが必要である。
このようにして応急処置や二次トリアージを実施された傷病者は緊急度重症度の高い順位から症状に適した医療機関へ搬送する。
2005年4月25日に兵庫県尼崎市で起こったJR宝塚線(福知山線)の脱線事故で、地元企業を中心とした市民が素早く秩序立った救助活動を展開し、大きな力を発揮した。今後、企業などの大事故災害の現場医療において、企業や市民の役割は大きくなって行くことが予想され、救助隊到着に先立って救助活動が行われることもあるに違いない。災害発生直後の対応に大きな理からになるであろう地元企業を含めた市民の救助ネットワークを考えるにあたり、今回の脱線事故において素早く秩序立った救助活動を展開できた要因(良い点)と問題点について考える。
まず特筆すべきなのが、事故現場に隣接していた機械メーカ「日本スピンドル製造」(以下、ス社)の対応の早さである。ス社は事故直後から一部の従業員が現場に駆けつけ、救助活動を始めていた。さらに、事故発生から約25分後には工場の操業停止を決定し、全従業員の9割に当たる約230人が救助・救護活動に当たった。事故直後から現場に一部の従業員が駆けつけていたということは、事故の情報が発生直後に会社内に周知され、すぐ現場に向かえる体制があったということである。地震などの広域災害ではその地域の人々は災害を容易に認知できるが、中・大規模な事故や火災では、現在の日本の企業内では仕事中は災害が近くであったとしても、それを認知できない可能性も高いのではないか。救助活動に近隣の企業や住民の助けが必要となるような規模の災害が起きた場合、仕事中にオフイスや工場にいたとしても、その災害が皆にすぐに認知される必要がある。さらにそこで、二次災害の可能性などの問題はあるが、今回の事故のス社の従業員のようにすぐに現場に向かえるような企業内の体制が必要である。
さらに救助の際は、ス社の溶接や板金技術者らが横転した車両に脚立を立てて登り、扉をバールでこじ開けて乗客を助け出した。工場の敷地内にブルーシートを敷き、搬送を待つ間、濡れタオルや氷、飲み水を配る、声を掛けるなどをケアをした。その際、近くにある尼崎市中央卸売市場(以下、市場)より大量の飲料水(ペットボトル)や氷約1トン、タオル500〜600枚が負傷者に提供された。また50〜60人が救命に加わった。その後、救急車で運ばれる者もいたが、ス社と市場の社用車などで負傷者を病院へ搬送し、その際ス社は現場周囲の交通渋滞を回避するため構内道路を開放した。このように、救命に協力した企業が自分たちの持つ資材や技術を効率良く効果的に活用したことが良い結果につながったと思われる。今回は各企業の判断により効果的な救助が実施されたが、大規模事故災害の現場医療における地元企業を含めた市民の共助ネットワークの組織化を考える際には、ある機関が企業や工場の持つ技術や資材を把握し普段からの訓練の実施や災害が起きた際の近隣企業への応援の要請といったネットワークの構築が望ましいと思われる。
そして、二次災害の防止については、ス社の従業員が工具を使い救出作業をする際、衝突したマンションの地下駐車場で押しつぶされた乗用車からもれ出たガソリン臭に気付き、火花の出る工具の使用を避けるよう指示したり、もしもの際に備え消火器60本が用意されるなどの配慮がなされた。今回の事例のような素晴らしい判断が毎事例なされる保障はなく、また判断基準も難しく、マニュアル化も難しいため、共助ネットワークの組織化を考える際には問題の残る部分となることが考えられる。
今回の事例の問題点としては、搬送先が特定の病院に集中した・トリア−ジがなされないまま搬送された例があった・頚椎固定がなされない例があった・民間搬送なので搬送に時間がかかったなどがある。このことに関しては救助隊と民間の協力者との連携が取れれば、搬送患者の集中やトリア−ジの問題は解決され、搬送時間に関しても警察機関との協力で解決しうる。頚椎固定に関しては協力ネットワークなどが確立すれば、そこに対する訓練の実施などによる啓蒙活動によって改善していくと考えられる。
今回の事例を基に大事故災害における地元企業を含めた市民の共助ネットワークの組織化を進め、そのネットワークが最近整備されつつなるDMATなどのような災害救急専門の医療チームや被災地区の救急の基幹となる医療機関、消防などと連携をとって動くことで、より多くの命を災害時に救出できるようになるのではないか。ただし、民間の救助協力者の二次災害の防止など、考慮すべき課題は山積みである。
これからの災害医療と医療従事者
(高橋章子.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 249-255)はじめに
阪神・淡路大震災が災害医療にもたらしたもの
これからの災害医療従事者の役割と課題
災害医療を発展させるための課題
結語
災害現場のコラボレーション―医師の立場から
(大友康裕.救急医療ジャーナル13巻6号 Page 6-11, 2005)DMATとは
災害現場で医療チームが行うべき医療
集団災害における現場対応の原則
被災者の管理
(二宗伸介:プレホスピタルMOOK4号 Page 47-52, 2007)1.各活動拠点の設置
2.事故現場における傷病者管理
3.トリアージポストにおける傷病者管理
4.応急救護所における傷病者管理
5.傷病者搬送
6.その他
2005年4月JR福知山線の脱線事故での、市民による救助活動
中村通子ほか.日本集団災害医学会誌 12巻1号 Page17-19(2007.06)