災害医学・抄読会 080627

災害医療に関する法令

(山本光昭.救急医学 32: 127-131, 2008)


 わが国における災害対策に係る関係法令と、阪神・淡路大震災後に整備された災害医療体制について述べる。

【主な災害対策に係る関係法令】

(1)災害対策基本法(昭和36年11月15日法律第223号)

災害の種類

  • 自然災害
    暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火その他の異常な自然現象による被害

  • 事故災害
    大規模な火事もしくは爆発、または放射性物質の大量放出、多数の者の遭難を伴う船舶の沈没等の大規模な事故による被害

災害対策の基本

1)防災に関する責務や組織、防災計画 2)災害予防・応急・復旧・復興の各段階における各主体の役割や権限 3)財政金融措置と災害緊急事態

  1. 中央防災会議…災害対策基本法第11条第1項に基づいて設置

    役割 1)防災基本計画および地震防災計画の作成および推進 2)非常災害の際の緊急措置に関する計画の作成および推進 3)内閣総理大臣・防災担当大臣の諮問に応じての防災に関する重要事項(防災の基本方針、防災に関する施策の総合調整、災害緊急事態の布告等)の審議 4)防災に関する重要事項に関し、内閣総理大臣および防災担当大臣への意見の具申 *2001(平成13)年1月の中央省庁再編により、新たに学識経験者4名を委員に加え、内閣総理大臣および防災担当大臣に意見を述べることができるようになった。

  2. 防災基本計画

    災害対策基本法第34条第1項に基づき中央防災会議が作成する防災分野の最上位計画。この計画に基づき、指定行政機関および指定公共機関は「防災業務計画」を、地方公共団体は「地域防災計画」を作成している。防災体制の確立、防災事業の促進、災害復興の迅速適切化、防災に関する科学技術および研究の振興、防災業務計画および地域防災計画において基本的な方針を示している。

(2)災害救助法(昭和22年10月18日法律第118号)

自然災害により、1)多数の住家の危害、2)生命・身体への危害、3)罹災者の救護を著しく困難とする特別の事情がある場合で、かつ、多数の世帯の住家が滅失した状態またはそれを生じるおそれをもたらす被害が発生した被災地(市町村)に、都道府県知事が適用し、自衛隊や日本赤十字社に対して応急的な救助の要請、調整、費用の負担を行う。

(3)その他

  1. 激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律(昭和37年9月6日法律第150号)
  2. 大規模地震対策特別措置法(昭和53年6月15日法律第73号)
  3. 地震防災対策特別措置法(平成7年6月16日法律第111号)
  4. 建築物の耐震改修の促進に関する法律(平成7年10月27日法律第123号)
  5. 東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成14年7月26日法律第92号)

【阪神・淡路大地震後の災害医療体制】

 現在のわが国の災害医療体制は、阪神・淡路大震災で得られた教訓に基づき、国庫補助制度を活用して整備されてきたが、2007(平成19)年4月に施行された改正医療法第30条の4第2項に基づく「4疾病5事業」の1つとして「災害時における医療」を医療計画に明示することが義務づけられ、災害医療体制の充実が図られている。

1. 災害拠点病院の整備

 災害拠点病院とは、1)重篤救急患者の救命医療を行うための高度の診療機能 2)傷病者の受け入れおよび搬出を行う広域搬送への対応機能 3)自己完結型の医療救護チームの派遣機能 4)地域の医療機関への応急用医療資器材の貸し出し機能 5)要因の訓練・研修機能 を有する病院で都道府県が指定するもの。1)〜4)は「基幹」「地域」共通の機能、5)は「基幹」のみの機能。各都道府県ごとに1ヶ所ずつ「基幹」拠点病院を、各二次医療圏ごとに1ヶ所ずつ「地域」拠点病院を指定している。拠点病院指定にあたって最も重要な点は、ヘリコプターの離発着場を必須の条件としている。

2. 広域災害・救急医療情報システム

 災害医療情報に関し、全国共通の入力項目を設定し、被災地の医療機関の状況、全国の医療機関の支援申し出状況を全国の医療機関・消防本部・行政機関等が把握可能なシステムとし、災害時に迅速かつ的確に救援・救助を行うことを目的とする。本ネットワークでは、医療機関・消防本部・保健所を含む行政機関等が端末機器を設置し、各都道府県ごとに都道府県センターを、そして都道府県センターをバックアップするバックアップセンターを設けている。また、インターネットを通じて、災害医療情報を発信している。

3. 災害医療に係る保健所機能の強化

 医療機関・医療関係団体・消防機関・関係行政機関・ライフライン事業者・住民組織等の災害医療に関連するさまざまな関係機関・団体との連携の推進を担う行政機関として位置づけられた。また災害発生後の初期救急医療段階においても、自律的に集合した医療救護斑の配置調整・情報の提供等を行うこととなった。2001(平成13)年3月には、保健所を地域における健康危機管理の中核機関としても位置付けている。


これからの災害医療と医療従事者

(高橋章子.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 249-255)


はじめに

 災害多発国であるわが国の歴史を振り返ると、災害体験や知恵の蓄積はされてきたが、災害急性期の医療は救急医療とともに戦陣医学の一部と見なされてきたために、第二次世界大戦後に概念が大きく後退したと言われる。

 ところが21世紀は先駆けとしての阪神・淡路大震災に始まり、その後世界各地で大規模自然災害の発生、加えて9.11テロのなどの天災・人災の多発と多様化など、あたかも災害そのものが進化していると感じる。わが国においても阪神・淡路大震災の体験を契機に国の事業としての災害対策が始められた。そのプロセスを振り返りながら、災害医療従事者の今後の活動のあり方を考える。

阪神・淡路大震災が災害医療にもたらしたもの

1)阪神・淡路大震災における医療者の反省

  1. 通信・交通の混乱による情報の途絶および移動の困難による被災状況の把握困難・不能、円滑な患者搬送・医療資源の供給困難、マンパワーの確保困難

  2. ライフライン(電気・ガス・水道)の途絶に起因する医療機能の低下、病院施設の脆弱性、病院における備蓄不足と衣食など生活支援の困難

  3. 医療従事者の災害に関する知識・技術・経験などの不足が原因となった出動態勢の不備(要請主義)、3T(Triage:選別、Treatment:応急処置、Transportation:搬送)の認識不足、クラッシュ症候群対応の不徹底、preventable deathsの多発

2)災害基幹・拠点病院体制の制定、そのほかの新しいシステム

 都道府県に一つの災害基幹病院と二次医療圏に一ヶ所の災害拠点病院の指定、これらにかかわる医療従事者に期待される基本的な4つ役割 1.自施設が被災した場合、2.救急派遣、3.発生時活動マニュアルの作成、4.災害医療に関する職員研修・防災訓練

3)災害医療・看護関係学会の発足

 災害医療に関する知識体系の構築、ネットワークや実践活動の支援

これからの災害医療従事者の役割と課題

1)災害医療の守備範囲の整備

 医療者は自己または自らの集団の特性を自覚した守備範囲を明確にすることが必要。

2)医療集団における災害医療者の役割

3)医療以外の領域における役割

災害医療を発展させるための課題

1)災害医療の実践と研究を発展させる

2)災害医療の体系化と災害医学の構築

 情報や体験を集約・集積して理論としての体系化、およびそれらの知識や理論の活用

結語

 不測の事態であるという災害の宿命から、災害医療はとかく場当たり的で不十分な人・物・情報の中で行うことが止むを得ないという感覚が許されてきた。しかしここ十数年、国の施設や災害に関する活動や研究の発展によって、医療としての準備性、計画性が満たされ、医療者が災害に即応できる体制が築かれてきた。しかし、災害そのものが変化している上に災害医療の守備範囲が広いことから、個々の災害を的確に判断しそれに応じて活動するには常に新たな試練が伴う。これからの災害に対する医療者の課題は、そのような活動を支援できる知識と技術の構築を継続することであり、その基盤となる施設と組織作りが必要である。


災害現場のコラボレーション―医師の立場から

(大友康裕.救急医療ジャーナル13巻6号 Page 6-11, 2005)


 独立行政法人国立病院機構・災害医療センターの救急救命医師である大友康裕氏は、JR福知山線列車事故における医療チームらの外傷蘇生処置(安定化処置)の成果・有効性に言及したうえで、DMAT (disaster medical assistance team; 災害派遣医療チーム)と災害現場における医療の在り方について述べている。

DMATとは

 DMATとは災害現場に出動し、救命医療を提供する医療チームであり、H13年度厚生科学特別研究においては「大規模事故災害、広域地震災害などの際に、災害現場・被災地域内で迅速に救命治療を行えるための専門的訓練を受けた、機動性を有する災害派遣医療チーム」と定義されている。この研究の報告書では、DMATの主たる任務は、1)災害急性期における被災地域内での情報収集、2)トリアージや応急治療、3)被災地域内医療機関の支援、4)被災地外への航空輸送、としている。

 東京都は全国に先駆けてDMATの立ち上げを行い、H17年の段階で指定病院は13、登録隊員数は247名となっている。また、厚生労働省は、H16年の補正予算により、複数県にまたがる地震災害発生の際、発災後数時間から48時間までの超急性期に災害現場に派遣され、救命医療を提供するDMATの編成・整備を推進している。

 事前計画、法制度、移動交通手段の確保、派遣者の身分・補償など、解決すべき課題は山積しているが、H17年度現在、厚生労働科学研究班は、同年度中にこれらの課題は解決できるとしている。

災害現場で医療チームが行うべき医療

 災害現場で行われる医療は3T's、すなわちトリアージ(triage)、治療(treatment)、搬送(transportation)であり、根本治療ならざる安定化処置である。例えば、気道に問題があれば、気管挿管・外科的気道確保、呼吸に問題があれば、確実な気道確保を行った上で、人工呼吸を実施する。

集団災害における現場対応の原則

 筆者は、多数の傷病者が同時期に発生する多数傷病者事故、すなわち集団災害において望まれる救急処置の在り方に述べている。以下では、(1)集団災害時の現場医療対応と、(2)集団災害現場の管理について、なされるべきことを優先順位に基づいて述べる。

(1) 集団災害時の現場医療対応の原則

1) 指揮命令系統の確立・連絡調整の実施

 災害現場では対応する諸機関は各機関内での指揮命令系統を確立し、情報交換、調整手段を確立する。医療機関は、現場到着した際、傷害者の観察処置にとりつくことなく、指揮命令系統確立を優先する。原則的に、先着救急隊の隊長が現場救急部門の責任者となり、以後の後着DMATの指揮を行っていく。

 消防や警察は災害現場での指揮系統を基本的に確立している一方、医療チームは災害現場での指揮命令系統樹立には不慣れであると筆者は述べている。先の厚生労働省研究班は、現場を統括するDMATの役割として、1)全DMATの統括、指揮・調整、2)指揮本部の設置、ならびに消防との連携・調整、3)行政、マスコミ、他医療チームとの連携、4)各種情報の収集、現場状況の把握・評価、を挙げている。

2) 安全確保

 自ら、現場、傷病者の優先順位に基づいて災害現場での安全確保をはかる。

3) 情報伝達

 災害現場が混乱する最大要因の一つとして、筆者は情報手段の不備を挙げており、具体的に1)情報の欠如、不足、不正確、2)確認の不履行、3)協力体制の不備を指摘している。今後は現場および本部レベルでの諸機関の連携体制の確保が大規模災害時における現場対応の成否の鍵としている。

4) トリアージ

 医療従事者が行う医療行為の中で最重要なものとして、トリアージを挙げている。

5) 処置・搬送

 災害現場での処置については既述の3T'sの通りである。搬送に関しては、再度トリアージを行い、搬送の優先順位を決定する。搬送先決定については分散搬送を行い、重症患者が一つの医療機関に集中しないようにする。また、搬送中の急変に対応できる準備も重要である。

(2) 集団災害現場の管理

1) 警戒区域設定

 災害時、現場で適切な救命行為を行うために、「警戒区域」を設定し、災害現場への交通を整理する。警戒区域線は通常警察によって設定される。警戒区域線は、火災・爆発等の二次的被害からの安全が十分に確保された位置に設定される必要がある。

 また、災害現場最前線の活動範囲は「活動区域」と呼ばれ、通常消防が管理する。現場活動者への安全確保の観点から、DMAT隊員は原則的にこの区域には立ち入れない。

2) 災害現場における諸機関の任務分担

 消防、警察、救急隊、医療チームが有機的に連携して活動するためには、各部門の任務を明確にし、人的・物的資源を有効に活用するべきと筆者は述べている。そのため、災害現場における各組織の役割分担については、行政が委員会あるいは検討会等を設置し、各組織の合意を得たうえで明確に決定されるのが望ましい、としている。


被災者の管理

(二宗伸介:プレホスピタルMOOK4号 Page 47-52, 2007)


 多数の傷病者が発生した事故現場における傷病者は、通常の救急現場とは違い、心理的に興奮状態となっていることが多い。多数の傷病者が発生する災害では以下のような状況となることがある。

  1. 傷病者はもちろん、負傷していない者も一様に興奮している
  2. 軽症者などが救急車に乗り込んでしまい、円滑な傷病者搬送が困難となる
  3. 軽症者が最寄りの医療機関に自分勝手に向かい、集中してしまって混乱する
  4. 軽症者が事故現場から立ち去ると、傷病者数の把握が困難になる

 そのため、多数の傷病者が発生した災害現場では救急隊員をはじめ、消防隊員はこの状況を十分に理解し、考慮した上で傷病者に対応することが必要である。

 今回は事故発生時からの消防隊員や医療チームの活動をまとめる。

■事故発生時から消防隊員の活動の流れ

 1、活動拠点の設置 → 2、事故現場における傷病者管理 → 3、トリアージポストにおける傷病者管理 → 4、応急救護所における傷病者管理 → 5、傷病者搬送

1.各活動拠点の設置

 活動拠点を設置する際には消防隊の活動をスムーズにするために以下のことを考慮しなければならない。

  1. 災害現場から近距離で、二次災害の危険性がなく活動が容易に出来る
  2. 群衆の混乱を防止するために、設置場所周辺にいる警察官および関係者に協力を求めて、警戒範囲を定め、立ち入り制限を行い消防活動の円滑化を図る
  3. 関係機関などと連携をはかり、災害現場周辺の公共施設などを有効活用する
  4. 救急車などの接近が容易で、主要な道路に接している場所を選定する

 また、応急救護所を設置する場合には上記のこととともに、下記のことも考慮する必要がある。

  1. 応急救護所には、災害状況および規模に応じて支援隊などと協力してエアーテントを設営し、傷病者の救護に当たる
  2. 応急救護所には、重症、中等症、軽症と傷病者の程度に応じて、シートや複数のエアーテントで区別する
  3. 応急救護所には「応急救護所」と「重症」など傷病程度を表示し、担架、毛布、その他必要機材を準備する

2.事故現場における傷病者管理

 救助活動は、負傷者の症状を悪化させることなく安全かつ迅速に救助活動にあたらなければならない。

 医師等医療チームの現場での役割として、救助隊等による負傷者の救出作業と同時に直ちに止血処置や輸液処置など応急処置が必要な傷病者にはこれら応急処置をする。多数傷病者発生時には災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team:DMAT)などの医療チームが出場する。

 歩行可能な傷病者や負傷していない者に対しては、拡声器などを利用して応急救護所や安全な場所に誘導を行う。

3.トリアージポストにおける傷病者管理

 傷病者の状態(重症度緊急度)を把握し、処置、搬送の優先順位を決めるために、トリアージを実施する。トリアージ実施者は先着した救急救命士や医師等の医療従事者である。多数傷病者が発生している現場では迅速に重症度緊急度を判断しなければならない。

 現場ポストにおける一次トリアージを有効に実施するためには、歩行可能者と歩行不可能者を第三優先順位群として一次トリアージポストから遠ざけるような措置が有効な場合が多い。

 このことから、歩行可能者を第三優先順位として応急救護所や災害現場付近の施設に誘導し、さらにトリアージを行うこととなる。

4.応急救護所における傷病者管理

 応急救護所では、緊急度重症度の高い傷病者から応急処置を実施する。傷病者を安全に医療機関まで搬送するための安定化処置を実施する。実施者は救命救急師や医師等の医療従事者である。

 それと同時に再度トリアージを実施する。傷病者の症状が改善している場合、また症状が悪化し緊急度重症度が高くなる場合もある。このような場合は、容態に応じたタッグに変更し、搬送順位も当然変更することが必要である。

 このようにして応急処置や二次トリアージを実施された傷病者は緊急度重症度の高い順位から症状に適した医療機関へ搬送する。

5.傷病者搬送

 原則傷病者は救急車で搬送することになる。救急車は傷病者の処置をするための資器材や連絡通信機器なども配備されており、傷病者搬送に最も適している。災害の規模や事故現場の状況、負傷程度によってはヘリコプターによる搬送も考慮する。搬送順位の低い者を搬送する場合にバスの利用も検討される。

6.その他

 多数傷病者発生時の事故では、消防機関による搬送のほか、多機関による搬送や自力により医療機関を受信する傷病者もおり、なかなか傷病者を把握できないことがある。このようなことがないように、医療機関へ傷病者の数、程度、予後について調査する必要がある。


2005年4月JR福知山線の脱線事故での、市民による救助活動

中村通子ほか.日本集団災害医学会誌 12巻1号 Page17-19(2007.06)


 2005年4月25日に兵庫県尼崎市で起こったJR宝塚線(福知山線)の脱線事故で、地元企業を中心とした市民が素早く秩序立った救助活動を展開し、大きな力を発揮した。今後、企業などの大事故災害の現場医療において、企業や市民の役割は大きくなって行くことが予想され、救助隊到着に先立って救助活動が行われることもあるに違いない。災害発生直後の対応に大きな理からになるであろう地元企業を含めた市民の救助ネットワークを考えるにあたり、今回の脱線事故において素早く秩序立った救助活動を展開できた要因(良い点)と問題点について考える。

 まず特筆すべきなのが、事故現場に隣接していた機械メーカ「日本スピンドル製造」(以下、ス社)の対応の早さである。ス社は事故直後から一部の従業員が現場に駆けつけ、救助活動を始めていた。さらに、事故発生から約25分後には工場の操業停止を決定し、全従業員の9割に当たる約230人が救助・救護活動に当たった。事故直後から現場に一部の従業員が駆けつけていたということは、事故の情報が発生直後に会社内に周知され、すぐ現場に向かえる体制があったということである。地震などの広域災害ではその地域の人々は災害を容易に認知できるが、中・大規模な事故や火災では、現在の日本の企業内では仕事中は災害が近くであったとしても、それを認知できない可能性も高いのではないか。救助活動に近隣の企業や住民の助けが必要となるような規模の災害が起きた場合、仕事中にオフイスや工場にいたとしても、その災害が皆にすぐに認知される必要がある。さらにそこで、二次災害の可能性などの問題はあるが、今回の事故のス社の従業員のようにすぐに現場に向かえるような企業内の体制が必要である。

 さらに救助の際は、ス社の溶接や板金技術者らが横転した車両に脚立を立てて登り、扉をバールでこじ開けて乗客を助け出した。工場の敷地内にブルーシートを敷き、搬送を待つ間、濡れタオルや氷、飲み水を配る、声を掛けるなどをケアをした。その際、近くにある尼崎市中央卸売市場(以下、市場)より大量の飲料水(ペットボトル)や氷約1トン、タオル500〜600枚が負傷者に提供された。また50〜60人が救命に加わった。その後、救急車で運ばれる者もいたが、ス社と市場の社用車などで負傷者を病院へ搬送し、その際ス社は現場周囲の交通渋滞を回避するため構内道路を開放した。このように、救命に協力した企業が自分たちの持つ資材や技術を効率良く効果的に活用したことが良い結果につながったと思われる。今回は各企業の判断により効果的な救助が実施されたが、大規模事故災害の現場医療における地元企業を含めた市民の共助ネットワークの組織化を考える際には、ある機関が企業や工場の持つ技術や資材を把握し普段からの訓練の実施や災害が起きた際の近隣企業への応援の要請といったネットワークの構築が望ましいと思われる。

 そして、二次災害の防止については、ス社の従業員が工具を使い救出作業をする際、衝突したマンションの地下駐車場で押しつぶされた乗用車からもれ出たガソリン臭に気付き、火花の出る工具の使用を避けるよう指示したり、もしもの際に備え消火器60本が用意されるなどの配慮がなされた。今回の事例のような素晴らしい判断が毎事例なされる保障はなく、また判断基準も難しく、マニュアル化も難しいため、共助ネットワークの組織化を考える際には問題の残る部分となることが考えられる。

 今回の事例の問題点としては、搬送先が特定の病院に集中した・トリア−ジがなされないまま搬送された例があった・頚椎固定がなされない例があった・民間搬送なので搬送に時間がかかったなどがある。このことに関しては救助隊と民間の協力者との連携が取れれば、搬送患者の集中やトリア−ジの問題は解決され、搬送時間に関しても警察機関との協力で解決しうる。頚椎固定に関しては協力ネットワークなどが確立すれば、そこに対する訓練の実施などによる啓蒙活動によって改善していくと考えられる。

 今回の事例を基に大事故災害における地元企業を含めた市民の共助ネットワークの組織化を進め、そのネットワークが最近整備されつつなるDMATなどのような災害救急専門の医療チームや被災地区の救急の基幹となる医療機関、消防などと連携をとって動くことで、より多くの命を災害時に救出できるようになるのではないか。ただし、民間の救助協力者の二次災害の防止など、考慮すべき課題は山積みである。


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