災害医学・抄読会 080620

災害に備えるために必要な病院の設備、装備、備蓄、備品

井上潤一ほか.救急医学 32: 133-136, 2008



救急救命士のマニュアル

安田康晴.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 241-248


【はじめに】

 災害支援に関する研修は医師、看護師の分野では各地域や医学会、看護研修会などで行われている。救急救命士の所属する消防機関においては、国内で発生した地震などの大規模災害時に人命救助活動などを支援するため、全国の消防機関相互による迅速な援助体制として「緊急消防援助隊」が整備され、その活動訓練が広域ブロックで実施されている。

 災害現場でどのようにして救急救命士が活動するか、またその活動を支援するマニュアルを作成する際に必要な内容について述べる。

【災害とは】

 「災害」とは「被災地域の人的・物的資源で対応が困難となるような人間社会の環境破壊をもたらす出来事で、被災地域外からの医学的、社会的な援助を必要とし、適切な救護や支援がなされないときには、短時間のうちに多くの被災者を生み出す事態である」と定義されている。

【災害にかかわる報告】

 防災基本計画は災害対策基本法に基づき、中央防災会議が作成するわが国の防災に関する基本的な計画である。新たな防災基本計画は、これまでのものを大幅に改めて内容を充実し、必要な災害対策の基本について、国、公共機関、地方公共団体、事業者、住民それぞれの役割を明らかにしつつ、具体的かつ実践的に定めている。

 防災基本計画を受けて各都道府県では地域防災計画が立てられ、市町村においても都道府県に準じて地域防災訓練計画が立てられている。

【消防機関に関連する災害医療体制】

 DMATとは地震などの自然災害をはじめ、大規模な交通事故や列車事故などの都市型災害の現場で救急隊と連携した医療活動を行うための専門的な研修を修了した医師・看護師などが急行し、救命処置などを実施する「災害医療派遣チーム」のことである。以上の任務の以外に、近隣地域における交通事故や災害時の負傷者の救護や医療施設内における医療事故の際の救助活動を行っている地域のDMATもある。

【災害支援マニュアルを作成する上で必要なこと】

 救命救急師は主に消防行政の救急業務で活動している。災害支援のマニュアルは組織内で作成されているが、災害を支援する上で必要な事項を以下に挙げる。

  1. マスコミ対応

     近年個人情報保護法の制定とともに、個人情報の管理には以前にもましてより一層気を配らなければならない。報道の自由もさることながら、傷病者救出時の凄惨な状況を直接メディアを通して国民に配信することは、救出される本人や家族、関係者の心情を考えると慎重に対処する必要がある。昨今テレビで救急車を前にして現場状況を伝える救急救命士を散見するが、現場活動後も同様に報道管制を敷き、個人情報とともに活動現場の情報公開を行う必要がある。

  2. 他職種の階級

     災害現場では消防機関に限らず、警察機関、自衛隊など関連する機関と協働して救助救出活動をしなければならない。消防機関と同じく警察、自衛隊も指揮命令系統として階級が存在する。被災地や災害現場で活動する上で他の機関の階級を知っておくことは重要である。

  3. 惨事ストレスケア

     災害に対応した隊員の心には通常の耐性を超えてさまざまな影響を残す。これらは心的外傷後反応とよばれる。 発生条件には、職務としての出動、職務意識などで、ストレス反応としては身体的特徴、精神的特徴、情動的特徴、行動的特徴がある。

     対策としては組織的取り組みとして教員の事前教育、現場での予防対策、事後処理などがあり、自己解消法をしては、運動や食事管理、リラクゼーションの実施、十分な睡眠などがある。直接・間接的に惨事を経験した場合、このような反応を示すのはごく正常なことであるが、その際の対処の仕方によってはこうした反応が心的外傷後ストレス障害となって残ってしまうことがある。惨事が発生した場合なるべく早く専門家によるCISD介入を行うことが、心の回復を助けるために非常に効果的とされている。消防庁においては消防隊員が惨事ストレスにさらされる危惧のある災害が発生した場合、現地の消防本部の求めに応じて、精神科医などの専門家を派遣し、必要な助言などを行うメンタルサポートチームを創設した。

【平時の救急活動からトリアージを行う】

 大災害に対応するには平時の活動をしっかり行うことはいうまでもない。平時の救急活動において短時間で初期評価を終了できるように意識して活動することが、大災害時に生かされる。

【マニュアル作成にあたって】

 災害支援に対するマニュアルを作成するに当たっては、災害時の部隊活動のみならず、前述した平時の訓練や惨事ストレス対応なども加えておくことが望まれる。日本においては日本看護協会が主催する災害支援看護師のセミナーなどが実施されているが、救急救命士の分野においても災害支援に対するセミナーの開催が今後必要とされる。

【終わりに】

 近年、救急救命士を取り巻く社会的情勢は大きく変化している。2004年には気管挿管が、2006年にはアドレナリンの投与が一定の講習と病院実習を修了することで認められた。また、救急出動件数は右肩上がりとなっており、消防行政に所属する救急救命士の負担は増している。

 災害対応の基本的マニュアルは防災計画や所属の警防計画で定められるが、それらを熟読することはもちろんのこと、自らが働きやすい、また他の関係機関とも連携し、有事に対応できるものにしていかなければならない。


救出救助活動

海老澤徹二郎:プレホスピタルMOOK4号 Page 38-46, 2007


 多数傷病者発生時における救出救助活動は、規模、程度、傷病者数および二次的災害発生の危険性や複雑性などから、消防活動を展開するうえで困難を極める。消防機関は、救助隊、救急隊、ポンプ隊等の連携した活動はもとより、関係各機関と密接に連携して局地的かつ短時間に発生した多数の傷病者を、迅速かつ効果・効率的に救出して医療機関などに搬送することを目的とする。本稿では、各級指揮者の任務や活動要領について説明する。

I. 総論

1 活動の原則

 多数傷病者発生事象に対応する指揮体制・効率的な活動体制を早期に確立する。災害現場に出場した各隊は、救助技術を集結して最大の効果を上げるように努め、災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team;DMAT)および医療機関などと連携し、効果・効率的な救助活動を実施する。災害実態・状況などにより、人員や部隊を指定して安全管理体制を早期に確立する。傷病者数、傷病程度などの情報を確実に把握し、救出救助活動に効果的に反映させる。傷病者の状態に応じた救護活動および安全かつ迅速な医療機関への搬送を実施する。

2 適応基準

 適応事象は、消防本部・現場指揮本部長が必要と認める場合、列車脱線・転覆事故、高層建物座屈・倒壊事故などが発生した場合、多数の傷病者が発生した場合などである。また、適用範囲は、安全管理・活動スペースの確保など救助活動区域およびその周辺、放射線物質・生物剤・毒物・劇物にかかわる災害においては除染区域外である。

3 活動体制

 消防本部においては、災害実態を早期に把握するとともに、状況により応援部隊の増強など組織力を最大限に活かした総合的な活動体制の構築を図る。情報収集および後方支援体制を確立するなど管轄署を挙げての災害対応体制を構築する。現場指揮本部においては、集結した各隊や各機関の高度な救助技術の最大能力を発揮する体制や傷病者の救護、トリアージの実施・搬送体制の確立を図り、効率的な活動体制を構築する。

II. 各級指揮者の任務

1 現場指揮本部長

 任務は、早期に活動方針を決定するとともに、現場指揮本部・救助指揮隊長・出場各隊を指揮し、関係機関との連携や調整を行い、効率的な救助体制・安全管理体制を確立することである。消防活動の中枢として、消防警戒区域・救助活動区域の設定、必要資器材などの要請などを行う。また、救急指揮所の設置指示、救急指揮所隊長の指定、所要の隊・人員の指定、救急指揮所隊長に現場救護所の設置指示・所要の救急隊・人員の指定などを行う。

2 救助指揮隊長

 任務は、現場指揮本部長の命を受け、関係機関の活動指揮・管理をすることで、救助活動方針の決定、救助活動隊等の活動管理、救助活動区域内への進入統制、必要資器材などの要請を行う。また、救急指揮所隊長と連携し、救急指揮所・現場救護所までの活動動線、搬送手段などの決定、各救急隊・DMAT・医療機関などとの連携活動を行う。

3 最先到着隊長

 最先着した隊の隊長は、現場指揮本部長が到着するまでの間、本部長の任務を代行するものとし、災害発生場所・災害概要の把握、要救助者の位置・状態の把握、傷病者数・傷病状態などの把握、消防本部に報告、必要部隊等の応援要請、後着隊への指示を実施する。また、先着救急隊長は、現場指揮本部長が到着するまでの間または救急指揮所隊長が指定されるまでの間、災害発生場所・災害概要の把握、傷病者数・症状状態などの把握、消防本部に報告、必要部隊等の応援要請、現場救護所の設置準備などを実施する。

4 後着隊長

 後着隊長は、現場指揮本部長に到着報告を行い、救急指揮所隊長の指揮下に入る。

III. 活動要領

1 出場時の措置

 特別高度救助隊・高度救助隊等の各隊長は、指令された内容から車両の出場順を判断し、災害実態に応じて各車両の部署位置を考慮する。特別救助隊・救助隊等の隊長は、指令された内容から災害規模などを予測し、必要資器材や人員を増強して出場する。ポンプ隊は、油圧式救助器具などの救助資器材を積載し出場して、可能な限り救助資格者の乗車を考慮する。

2 部隊の活動

 特別高度救助隊・高度救助隊等は、保有車両および装備資器材を有効に活用し、人命救助活動、活動環境の確保および要救助者の傷病管理などを行う。救助隊等は、特別高度救助隊、高度救助隊等および他の救助隊等との連携を図るとともに、人命救助活動、資器材の集結を実施する。ポンプ隊等は、積載した救助資器材などを活用した人命救助活動、特別高度救助隊・高度救助隊・特別救助隊・救助隊などの支援活動、避難誘導を実施する。災害現場に最先着したポンプ隊は、比較的容易に救出できる要救助者の救出を最優先とする。

3 消防警戒区域(以下;警戒区域)および救助活動区域(以下;活動区域)の設定

 現場指揮本部長は、警戒区域を設定して一般人の区域内への進入規制を行う。また、現場指揮本部長が必要あると認めたときは、活動区域を設定する。活動区域内で活動する隊員等は、現場指揮本部長により救助活動を下命されたものとする。活動区域内の統制は、救助指揮隊長が行う。

4 指揮権の移行

 上位の指揮者は、上位の指揮体制に移行する必要があると認めた場合は、速やかに指揮権の移行を行い、活動全隊・消防本部に周知する。

5 連携要領

 都道府県により、現地連絡調整所が開設された場合、現場指揮本部長は関係機関との連絡体制を確保する。現場指揮本部長は、災害の状況により、DMAT等を積極的に要請する。DMAT等の活動は、消防機関により安全が確保された場所とし、現場指揮本部長は、DMAT等の活動範囲を明確に指示する。救助指揮隊長は、救助活動区域内では原則としてDMATを優先させ、各隊長は、DMATの効果的な活用および円滑な活動が実施できるよう配慮する。現場指揮本部長は、災害現場に出場した消防団の最上位者に対し、火災時の活動に準じた活動を実施させ、消防団との連携体制を確保する。消防隊到着前には、救助活動・救護活動を実施し、情報収集や警戒活動を行う。消防隊到着後は、消防隊の指揮体制のもと、資器材を活用して、輸送、救護活動、警戒活動を実施する。

6 その他

 要救助者の救助にあたる隊員等は、感染防止衣やゴム手袋などの感染防止対策を講じたうえで対応するものとする。警戒区域内・活動区域内での医師等の活動は、現場指揮本部長の管理下で活動する。現場指揮本部長は、医師を指定して活動区域内で活動させ、活動区域内での活動は、原則的にDMATを優先する。各指揮者は、医師に積極的に医療に関する助言を求める。

 多数傷病者発生時における救出救助活動では、初期段階の判断、対応が極めて重要となってくる。傷病者の完全なる社会復帰を目指した関係各機関の連携活動の必要性を、今一度確認したい。


パキスタン北部地震における病院ERUの運営経験

白子隆志ほか.日本集団災害医学会誌 12: 54-61, 2007


 パキスタン北部地震では,多数の被災者・犠牲者が発生し,日本赤十字社は,国際赤十字・赤新月社の要請に応え,パキスタン北西辺境州アボタバードの Field Hospitalに医師・看護師・薬剤師・連絡調整員を約3ケ月間,計15 名を派遣した。ATH (Ayub Teaching Hospital)の外科診療支援,長期的なリハビリ支援を目的に,ノルウェー赤十字から提供された病院 Emergency Response Unit(以下、ERU)を用い,手術室,ICU を含む最大200床の自己完結型病院を立ち上げた。現地入りした10月26日より約7週間で222名の入院患者を受け入れ,女性が65%,地震被害者が96%,手術件数は160件であった。現地スタッフと共に良質な医療を提供し,外傷診療のみならず,小児・成人に対する心理療法・理学療法・栄養学的支援が有効であった。災害後の国際医療救援において,その地域での文化・宗教などを尊敬し,地元スタッフと良好な連携・協力が重要である。

□病棟

各病棟テントに約20 台のべットを入れ,ICU, 小児病棟,女性病棟,男性病棟に分けた。家族の付き添いは小児以外では認めておらず,セキュリティーの間題から面会時間は基本的に午後の数時間に限定した。

□手術

 テント内に,2台の手術台,4台の照明器具,2台の酸素濃縮機,1台の麻酔器を備え,骨折治療・植皮・開腹などの基礎的手術が行える手術器具が完備した。オートクレーブが3台あり,手術器具,病棟での創傷セットの滅菌を行った。

□レントゲン室

 当初,ATH のレントゲン施設(単純写真・CT ) を利用していたが,12月に Field hospital内にレントゲン設備(テント)が完成した。開設までにコンクリート床面,暗室などの準備で約2週間を要した。現地スタッフを雇用し,単純写真のみであるが,画質的にはATH の画像よりもはるかに良好であった。

□検査室

 当初,ATH内の検査施設を利用したが,12月になり日赤のイスラマバード連絡調整員(検査技師)の指導の下に理学療法テントと併用で検査室が開設された。地元検査技師を雇用し,簡単な血液・尿・糞便検査などが実施可能となった。輸血に関しては,ATHの全面的協力を得ることになった。

□Surgical team、NursingTeam

 外科医3名で7病棟,約120人の入院患者を分担し,朝の病棟回診を全員で行った。毎日,午前10時から手術を行い,手術室担当2名,病棟・入院担当1名とした。病棟・回復室では,パレスチナ人小児科医が3 週間診療に携わった。さらに,12 月から加わったスウェーデン人麻酔科医,現地麻酔看護師とともに手術を行った。看護師は7人で診療に当たった。

□理学療法

 11月上旬から外傷患者に対する理学療法が開始された。ATH病院内の3人の理学療法士(助手)が,ボランティアとして治療を行った。後半から,各主治医との病棟回診も行い,外科医・理学療法士・患者の連携を強化し,期間中に1000例を超える治療が実施された。切断肢に対する義肢製作は,ATH病院内にあるNGO に依頼することになった。

□心理学療法

 入院患者の1/3が小児であり,また小児に限らずPTSDと考えられる症例が開設当初から観察された。地元の精神診療カウンセラー・精神科医が協力して個々の患者のカウンセリングを行い,娯楽・遊戯施設などを整備した。

□患者統計

 10月26日から12月16日までの約7週間に延べ225人の入院があり,うち97.7%が外科疾患,95.9%が地震被災者であった。期間中の入院患者の約70%が,病院開設から11月上旬までに入院した。平均在院日数は15.9日,患者の平均年齢は27.8歳と若かった。16歳未満の小児が全体の30.3%を占め,性別では女性が65%であった。

考察

 今回,10名の日赤スタッフが,病院ERU の立ち上げと国際チームの一員として病院運営に初めて参加することができた。災害時にいち早く被災地内の医療需要を調査し,迅速に医療施設を建設することは重要なことであるが,無秩序に医療サービスを提供することば慎まなければならず,現地でUN・Red crossなどの巨大組織や参加しているNGOと地元保健関係者を中心とした充分な情報交換と協力体制が必要である。

 アボタバードにIFRC Field Hospitalを開設したことは,ATH に中長期的に地震の被災者が増加するという予測であったが,被災地内に多くのNGOの診療所・病院が開設されたことにより,実際には患者数が予想以上には増加しなかった。

 今回,既存の大病院であるATHの敷地内に設置したことで,早期からインフラ(電気・ガス・水),検査・レントゲン・理学療法などの設備を有効に利用でき,かなり高い衛生環境・診療環境を患者に与えられたことは事実である。今回,大病院の整形外科と連携したことにより,対象疾患のほとんどが外傷であったが,Field Hospitalで行わなければならない標準的整形外科的治療,形成外科的手術は,安全かつ適切に施行できたと考える。理想的Surgical team構成としては,麻酔科医1名,一般外科医1名,整形外科医1名であると考える。災害外科医の資質に関しては,各医師の背景に影響されるところが大きいため,平時に基本的技術を習得しておくことが望まれる。また,国際チームで働く上で語学力は派遣員にとって必須であるが,派遣員全貝が救急蘇生法を,医師は病院内初期外傷コースなどを,看護師は病院前外傷コースなどを受講しておくべきと考える。さらに,携帯型超音波診断装置は,現在外傷診療において必須アイテムであり,災害現場から病院内にいたるまで使用範囲は広いため,病院ERUには必須のアイテムと考えられる。また,携帯用の放射線診断装置も開発されていることから,今後応用範囲が広がるものと考えられる。  セキュリティーに関しては,被災地内の治安が比較的安定していたこと,スタッフ全員に携帯電話が使用できたことで,大きな問題はなかった。


災害現場のコラボレーション―ボランティアの立場より

中村安秀.救急医療ジャーナル13巻6号 Page 20-23, 2005


日本が第三世界になった日

 阪神淡路大震災が起こった1995年、被災地には多くのボランティア医師や看護師が集まって診療が行われた。医師をはじめとする専門性の枠組みが強く保守的な日本の保健医療において、このように多くのボランティアが活躍した事態は未曾有であり、のちに「ボランティア元年」と呼ばれるに至った。地元の保健医療機関が、ボランティアとして駆けつけた日本赤十字、自治体、NGOなどの保健医療関係者と協働して保健医療を行ったという経験は貴重なものであった。

日本のボランティアの変遷

 プライマリケアの参加概念(Rifkin et al.)によれば、ボランティアの特徴として、自発性(自らの意思で能動的に行う活動)、選択権(参加する自由、参加しない自由、やめる自由)、利益性(参加することにより、名誉・達成感や爽快感など精神的なものも含めて何らかの利益が期待できる)の三つが挙げられる。

 古来より日本にはボランティア精神が息づいていたが、災害時に全国からボランティアが駆けつけ被災地での支援活動を行うことが当たり前の風景となったのは阪神淡路大震災以後である。日本海沖のナホトカ号重油流出事故(1997年)、三宅島噴火災害(2000年)、新潟県中越地震(2004年)などでは災害ボランティア支援センターが設置され、災害対策本部と連携して活動を行ってきた。物資の搬入や仕分け、瓦礫の片付けや清掃、子供や高齢者へのケアなどとともに、保健医療サービスや健康相談に関しても災害ボランティアが活動している。

災害医療現場におけるボランティアの役割

 災害直後の緊急医療は、基本的には地元の保健医療機関が担うべきである。そのための地域防災計画や訓練が平常時に準備され、被災地に隣接した地域への搬送受け入れ体制の確立なども、災害に備えて準備されるべきである。

 実際には、被災した当日や翌日から、多くの保健医療ボランティアが被災地に駆けつける。救援チームがどれだけ医療機器や医薬品を持ち込んだとしても、重症患者や専門外の患者は地元の医療機関に搬送することになるのであるから、行政を加えての「連携」が重要となってくる。災害直後に現地で活動する個人ボランティアの場合、被災状況に応じてニーズの高い場所での活動が望まれるため、移動や生活の自立、情報収集能力、必要な医薬品や医療資器材の持参など高度の自活能力が要求される。

 災害規模が大きい場合は多数の住民が避難所で過ごすことになるため、避難所における保健医療ニーズが高く、既存の医療機関だけでは対応が困難であることが多い。そこでは患者搬送、予防接種、健康相談、心理的ケアなど多岐にわたる診療活動が要され、阪神淡路大震災では多くのNGO、日本赤十字、自治体などが従事した。

 問題点としては、ボランティア団体の場合、スタッフの交代が頻繁であり継続性に欠けること、基本的な保健医療ニーズの情報収集が不足しがちであること、行政機関や地元の保健医療機関との連携が乏しくなりがちであることなどが挙げられる。個人ボランティアでは、医師が避難所で独自に予防接種を行うも、その記録がないために困ったという事例があった。個人や団体を問わず、地元の医療機関や行政と連携して活動するという、ボランティアの倫理も今後問われる課題である。

 日本の災害時ボランティア活動は、現地の既存の保健医療サービスの一時的な低下を補うためのものであり、決して長期的活動を行うものではない。国際緊急人道支援においては、活動を開始すると同時に撤退時期と方法を考慮するのが原則である。災害の規模に応じて、行政機関や地元保健医療機関との連携の下で、できるかぎり早い時期にボランティア団体が撤退するという基本原則を作る必要がある。

 災害時には、種々の情報が入り乱れ、情報の収集や伝達が混乱するのが普通である。できるだけ早期に災害ボランティアセンターを立ち上げ、災害対策本部と連携し、ニーズに対応するボランティアの調整や情報提供を行う必要がある。特に災害弱者(妊婦、乳幼児、高齢者、障害者、外国人など)への支援が求められる。

国際協力から学ぶこと

 1999年、筆者はコソボ難民支援活動の一環としてマケドニア共和国の国境近くの難民キャンプを訪れた。そこでは世界各国からの軍やNGOが大規模かつ高レベルな医療を提供していたが、もっとも感心したのは、衣食住の確保だけでなく、キャンプ内での生活環境の向上を図るプログラム(子供達の遊び道具など)が早期から実施されていたことであった。災害時にはPTSDへの懸念も必要であるが、多くの被災者にとって必要とされるのは専門家によるケアではなく、安らぎと温もりのある日常生活に近い環境であることを学んだ。

 NGO、外務省、経団連が対等なパートナーシップの下、それぞれの特性や資源を生かし、迅速な緊急支援活動を実施するという目的で2000年にジャパン・プラットフォームが設立された。行政と市民だけでは対立or迎合という構図に陥りがちであるが、企業や大学、メディア、学生、地方自治体などを加えて同じ立場で議論することで、緊急支援活動の公平性と迅速性が確保され、より大きな市民参加のパートナーシップが生まれることが期待される。

おわりに

 従来よりプライマリヘルスケアにおいては、住民参加の重要性が謳われていたが、日本では高度な専門的知識を必要とする医療の専門性の前に、なかなか「参加」の余地が見出せなかった。災害ボランティアの活動が保健医療システムにおける「参加」の推進につながる突破口の一つになることを期待しつつ、災害医療現場でボランティアと協働するための方策を模索する努力が求められている。


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