災害医学・抄読会 080606

首都直撃地震の被害とは

(細野 透.日本の論点2008、東京、文藝春秋、p.694-699)


 国の中央防災会議は2005年7月「首都直下地震による被害想定」を発表しました。風速15メートルの寒風が吹きかける冬の夕方6時に東京湾北部でM7,3の地震が起きた時の被害を、建物の全壊205棟、焼失65万棟、建物やブロック塀の倒壊による死者4800人、火災による死者6200人としました。

 建物の耐震性についてですが、現在の構造設計では超高層ビルでさえ加速度500ガル、速度50カイン、震度6で計算している場合があります。阪神大震災が加速度818ガル、速度91カイン、震度7でしたので、いかに甘いものかが分かります。

 また、耐震性は1980年を境に旧耐震性と新耐震性の2つに分かれます。新耐震性の強度を1,0とすると旧耐震性の強度は0,6〜0,8程度です。しかし、新耐震性の10%以上に構造設計の誤りなどから耐震強度不足となる偽新耐震性というケースがでてきています。この旧耐震性と偽新耐震性の2つは大地震によってとても大きな損害を受けると予想されます。地震にはいろいろな型がありますが、その中でも長周期地震動というものが最近クローズアップされています。主に低層の建物を「短い時間にグラグラと」揺らす短周期型に比べて、長周期型は高層の建物を「いつまでもグーングーンと」揺らします。このためビルなどは高さに比例して激しく揺れます。これに対し高層の建物の耐震性は、大地震に耐えることのできないエレベーター、防災設備、外壁と到底十分なものではありません。

 こうしたなか、今日気象庁は地震の初期微動をとらえて、大きな揺れがくる前に情報を伝える「緊急地震速報」の本格運用を開始しました。地震速報は最大震度が5弱以上と想定される場合に発信。震度4以上の揺れが予想される地域にテレビやラジオ放送、集客施設の館内放送などを通じて広く放送される。速報から揺れがくるまでの時間に国民がどう行動するかがシステム運用の成否をわけそうです。


災害時の指揮命令系統の確立1

(永田高志.救急医療ジャーナル16巻2号 Page 56-60, 2008)


 Incident Command System(以下ICS)とは日本語訳としては「災害指令システム」や「災害時指揮命令系統」と紹介され、災害時に多くの機関が一本化された指揮の元対応する事を目指している。ICSの誕生した経緯は1970年代に頻発したカリフォルニアでの山火事の対応の失敗がきっかけである。この際火災規模が広範な地域にまたがった為、消化活動に複数の異なる組織が迅速かつ適切に行動する必要があったが、実際は消防・警察・救急・行政・メディア・地域住民の間における調整・更には州や郡政府・市町村レベルでの適切な調整が不足していた為に混乱し被害が拡大してしまった。その後米国連邦政府はこの対応の失敗は災害時における複数の機関の調整不具合が原因であると結論づけICSが設立された。 また付け加えるに災害時のその他の問題点として以下の4点が挙げられる。

  1. 指揮命令系統における責任者の位置づけが不明瞭であった。
  2. 複数の関係機関の協力を前提としたシステムを事前に想定しなかった。
  3. 関係機関を統一して管理・指揮する枠組みが無かった。
  4. 統一された用語が無かった

 ICSの開発において当初指揮命令系統の確率を軍隊に求めたが、民間における災害対応において異なる組織をまとめ上げるという点で様々な試行錯誤の後米国のICSは開発された。ICSは災害現場で活動する警察・消防を主な対象としており、有効性は様々な事例で証明されておりそれを応用する形で医療機関向けのHospital Emergency Incident Command System(HEICS)が作られ、更にはテロの対応失敗をふまえてNational Incident Management Systemが作られた。

 ICSはこの様に作られてきたのだが、一番大切な事はIncident Command(指揮) Operation(実行) Planning(計画) Logistics(補給) Finance/Administration(財務・運営)であり、それぞれの部署が災害に応じて行動する事である。

 出来るだけ早くICSを立ち上げる事が大切であり、それは医療従事者であっても例外では無い。そして災害に応じて専門家が要職につく事が好ましい。7人以下の人員に対して監査管理を行う事が望まれる。


消防の災害現場多数傷病者対応 連絡通信・情報伝達

(岩月文雄:プレホスピタルMOOK4号 Page 32-37, 2007)


 一般的に、消防の連絡通信体制は、通常時の火災や救急活動を想定している。したがって、原則的に、消防本部の枠組の中だけで完結できる体制を主体に整備されている。しかし、JR福知山線列車事故のような大規模災害時には、消防本部の枠を超えた体制が必要となる。というのも、災害の規模が大きくなればなるほど、必然的に災害対応に従事する機関が増え、そのため情報の伝達が遅延し、結果として災害対応が後手に回ってしまうからである。特に、多数傷病者の発生を伴う災害の場合、この情報伝達の遅れは、そのまま人的被害の拡大へとつながることになる。災害現場に真っ先に出動する機関は消防であるのだから、現場で収集した的確な情報を医療機関や各関係機関に迅速に伝達する体制を、各消防本部は構築しておく必要がある。本論文では、そのための計画を、1.連絡通信体制、2.情報の収集および伝達、3.情報ネットワークシステムの整備、の3点から具体的に紹介する。

1.連絡通信体制(図1)

 119番通報の受信は、まず消防司令センターで一括受信する。消防司令センターでは、119番通報による情報をもとに火災発生場所や、出場させる消防隊・救急隊の規模を決定し、各機関に対して出場指令を発する。

 図1のように消防司令センターを中枢とした通信体制が構築されており、すべての情報はいったん、この消防司令センターに入る仕組みになっている。したがって、他機関(市災害対策本部、警察署、医療機関など)との連絡は、消防司令センターを仲介して行われる。

 消防で利用される通信機器には、消防無線、救急無線、携帯電話、ファクシミリ、ヘリTVなどがある。

2.情報の収集および伝達(図2)

 多数傷病者発生時の災害現場において、その初期に収集すべき情報の内容は災害の規模、つまり災害の全体像である。災害の全体像をいかに早く消防本部に伝えられるかがキーポイントである。

 消防における情報は通常、初期情報、中期情報および終期情報に分類される。初期情報の伝達は、最先着の消防隊到着から2分以内、中期情報は7分以内に消防本部宛に報告するよう定めている。

a. 初期情報

○災害発生場所 ○事故の種別と規模 ○概ねの要救助者・負傷者の人数 ○周囲の地形と状況

b. 中期情報

○爆発物・危険物・毒劇物・高圧電源など救急救助活動に支障を生じる情報 ○救助隊・救急隊などの必要消防力の要請 ○医療機関・防災関係機関の要請 ○火災の発生危険、二次災害の有無 ○災害概要および被害状況 ○負傷者の搬送ルート

c. 終期情報

○場所、名称 ○責任者の職業・指名および年齢 ○災害概要および被害状況 ○人的被害状況(死者、重症者、中等症者、軽症者)

 119番通報は消防機関が活動を開始する端緒となるもので、消防隊・救急隊などの出場規模を決めるためにとても重要な情報であるが、119番通報だけで災害の全体像を把握する事は困難である。そこで、最初に災害現場に到着した消防隊からの初期情報が最も重要な情報となる。初期情報の重要性を認識し、その収集を優先させる事により、必要な消防隊などを早期に災害現場に投入する事ができ、結果的に被害の軽減へとつながる。

 多数傷病者発生時の情報伝達体制を図2に示す。上述のようにして収集した情報は、災害現場指揮本部に一元的に集約し、リアルタイムに伝達される事により応援体制が確立され、緊急消防援助隊、自衛隊および医療機関などとの組織だった活動が展開される事になる。

3.情報ネットワークシステムの整備(図3)

 横浜消防で2006年度から計画している高度安全安心情報ネットワークシステム(Advanced security information network ; ASIN)について紹介する。図3に示す。

 災害・危機管理対応に必要な情報を関係機関が共有し、安全・安心を守るため、市庁舎・消防司令センター・区役所・消防署・県警本部・拠点病院などを画像伝送が可能な大容量光回線で結び、本市および関係機関が収集した情報を集約・ビジュアル化したうえで、これを共有するものである。


災害支援のケアマニュアルの作成 2看護師のマニュアル

(京極多歌子.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 235-240)


【1】はじめに

大事故災害時に大切なこと

→ 多数傷病者の中で平時であれば救急し得たであろうが救うことができなかった患者(preventable deaths)をいかに最小限にできるか

→ 病院幹部が自らの役割を認識し意識が統一されるべき

⇒ 災害対策マニュアルの作成、病院防災対策の事前調査、防災訓練

今回は…
「大事故災害時の医療支援システム(MIMMS)のガイドラインに基づいた看護師マニュアル」

【2】マニュアル作成のアプローチ方法

(1)計画(大事故災害のための準備に必要な計画)

1.救急搬送サービスの業務計画

 最初に到着した救急隊員が救急指揮所を設置し、後着するほかの保健医療サービスの集合・連絡所として活動する。

2. 各病院の緊急入院の受け入れ体制計画

 事故災害が宣言されれば、病院では日常の診療体制から負傷者の流入に対処するための体制に切り替える必要がある。そして、救急隊が行うプレホスピタルケアを支援することが必要である。

Ex;・経験豊富な医療者によるトリアージの実施、救出を容易にするための緊急外科的処置
 ・現場での対応を後回しにされている患者に「ケア」を行う看護師の活動etc

3.危険の高いイベント会場に対する計画(例えば主要サッカースタジアム)

 多くの観客を動員するイベント会場では多くの場合大惨事が起こりうるという意識が欠如している。これは、綿密な大事故災害計画が立案されず、定期的な訓練が行われていないほか、資金調達が不充分であるという実態に表れている。そのためスタジアム内外の地理的条件、問題の生じやすい場所、周辺道路や鉄道網などのあらゆる面を検討した計画が必要である。

4.広域大規模災害に対する地域・都道府県・国家レベルの人的、物的資源の調整の関する計画

(2)病院での対応

 病院外で対応する場合と同じように、病院内での警報・召集手順も指針に規定されることが多い。

 対応計画として特に必要な項目

⇒ 病院内の調整にあたる部署の設置、通信・連絡体制の整備、死傷者に関する情報を照合・整理するための本部の経営、被災者の家族を待機させるための専門エリアの設営、マスコミへの対応方法、標識・合図、死傷者の身元確認、小児のケア、活動後の報告(精神面でのデブリーフィング)etc

1.主要診療区域

 看護部長は、負傷者を受け入れる各診療区域の準備が整っていることを確認し、各区域の運営・管理にあたる上級看護師を指名する。指名された上級看護師は診療以外の部署および必要資源の調整に当たる。

2.職員の招集

 職員は連絡網に従って召集される。そのため職員名簿は常に最新のものにしておく必要がある。病院の電話交換台が混雑しないように、職員の招集には各部署の直通電話または公衆電話を使用すべきである。

3.受け入れ準備

 負傷者の緊急受け入れ場所に指定される区域では、業務に影響がでない範囲でその場を片付け、環境を整える。救急部で治療を待機している軽症患者に対しては、一般開業医や災害現場から離れた場所にある病院に行くよう説明する。術前、術後の場所に指名される病棟は、空床を確保する。可能であれば入院患者を退院させるか、軽傷者用病棟に移動させる。

4.アクションカード

 病院職員は到着次第、職員専用の報告窓口に出向いて任務の割り当てを受ける。特に役職のあるスタッフは、病院における大事故災害計画を熟知し、初動体制の任務を把握しておかなければならない。その体制が構築されていない場合、新人職員がスムーズに各人の任務に就けるよう記載されたアクションカードを配布する。院内の役職にあるスタッフのアクションカードは病院の災害計画に盛り込み、新人など若手職員のカードは各部署で作成する必要がある。

※アクションカード:各人の任務、氏名及び連絡先の電話番号、行動チェックリストが記載されている。

5.医療チームの編成

 病院対応を効率よく実施するためには、特定業務を担当するチーム編成(1.負傷者治療チーム、2.負傷者搬送チーム、3.手術チーム)を中心とした体制を作ることが必要である。治療チームと搬送チームは救急部内とその周辺の初期治療区域を活動の拠点とする。これらの医療チームの編成・統制を誰が行うのかあらかじめ決定しておく必要がある。

6.治療

 大事故災害では、各区域の医療活動はトリアージ担当医により統制される。優先度1(直ちに救命救急処置を要する)ではトリアージ担当医と内科的トリアージ担当医が治療チーム及び搬送チームの活動を指揮する。さらにこのトリアージ担当医は優先度2(2〜4時間以内に外科的またはそのほかの治療を要する)区域の治療も監督できる。優先度3(緊急治療を必要としない重症度の低い)区域のトリアージの指揮官はそれらの医師とは別の者を指定できる。

  • 上級看護師は、副責任者を指名し術前病棟および手術室で負傷者を受け入れるための適切な準備と人員配置が行われるようにする。

  • 内科的トリアージ担当医は最も重篤な傷病者を集中治療室に搬送するように指示する。

  • 集中治療専門医は、近隣の医療機関も含めて利用可能な病床数を確認し、集中治療室が満床であれば、他の病院の集中治療室に患者を移送することも視野に入れる。

7.職員の任務

 救急部のスタッフは大事故災害の宣言があった場合は召集後、災害時発生院内マニュアルに沿って行動するが、大事故災害の宣言がされていない場合や救急隊が災害を把握していない場合は自力で非難してきた負傷者が駆けつけてくる場合があるため、このような場合には救急部で大事故災害宣言をしなければならない。

 また、救急部のスタッフは専用のベストなどを着用し、他のスタッフと区別しておく必要がある。

8.他の診療科

 各診療科は、大事故災害時に自宅に連絡可能な医師、看護師の最新リストを常備し、スタッフの招集が円滑に行くようにしなければならない。召集された看護スタッフは、病院到着後所属部署に直行するのではなく、職員の報告窓口に行き、ベスト、アクションカードが支給された後、チーム調整者によって治療チームまたは搬送チーム、手術チームに割り当てられる。

9.診療録の作成

 現場では負傷者にトリアージタッグが装着され、トリアージタッグには負傷者の損傷や処置、一連の観察所見などの重要な診療情報が記載されていることもあり、新たに診療録を作成する場合にも、タッグは患者につけたままにしておく。最初の受け入れ区域では患者ごとに大事故災害診療録を作成し、対応する識別番号が表示されたリストバンドなどを用意し患者に取り付け、負傷者数表示板を正確に更新できるようにする。


被災者・遺族・救援者へのこころのケア

(村上典子.救急医学 32: 193-196, 2008)


【はじめに】

 「こころのケア」において、救急医にも重要な役割がある。本稿では「救急医だからこそ出来る、急性期からのこころのケア」について認識して頂きたい。

【こころのケアとは】

 本稿では「プライマリーなこころのケア」、つまり「人として、当たり前の思いやり、配慮」に焦点を置く。怪我の治療をしながら優しく声をかける、瓦礫の下に埋まっている被災者を励ますことなどが、救急医が最初に出来るこころのケアであると筆者は考える。

 プライマリーなこころのケアのポイントを以下に示す。

  1. まず自己紹介から
  2. おしつけがましくない態度で
  3. 話を傾聴し、共感する
  4. 相手のニーズに合わせる
  5. 「異常な状態に対する当たり前の反応である」という認識で接する
  6. こころの奥に立ち入り過ぎない
  7. 必要な場合は心理専門家につなげる

【日本赤十字社のこころのケアへの取組み】

1、日本赤十字社のこころのケアの概要

 日赤が「災害時のこころのケア」に取り組んでいく契機は、1995年の阪神・淡路大震災であった。98年には「災害時のこころのケア」という実践的なマニュアルが作成された。その後、養成を続け、新潟中越地震では、「こころのケアチーム」が活動した。以後も養成を続けている。

2、災害時のこころの変化

 災害における被災者のストレス反応は時間の経過とともに変化していく。

1) 急性期(発災直後〜数日)
 興奮状態であり、集中力・記憶力・判断力が低下し、心拍増加・血圧上昇。

2) 反応期(1〜6週間)
 抑えていた感情が湧き出してくる時期。抑うつ感や生き残ったことへの罪悪感など。

3) 修復期(1ヵ月〜半年)・復興期(半年以上)
 多くの被災者は回復に向かう一方、取り残されていく者もいるので注意が必要である。

3、 こころのトリアージ

1) トリアージ1:即時ケア群
 最優先で対応し、専門家への相談が必要。対象は、暴力行為や自殺、犯罪のおそれがある者、依存症がある者、解離状態、パニック状態など。

2) トリアージ2:待機ケア群
 このままケアを行わないと即時ケア群になることが予測される者。

3) トリアージ3:維持ケア群
 1、2群の後に対処。ストレス対処法を教えることで、自分で対処できそうな者など。

 このように、日赤はこころのケアの対象とするのはすべての被災者である。

【救援者へのケア】

1、 救援者のストレス反応

 救援者は「隠れた被災者」とも呼ばれ、ストレスを受けていることに自身も気付きにくい。日赤では1985年の日航機事故での事例を教訓に、災害救援者へのケアにも力を入れている。救援者のストレス反応として以下が挙げられる。

  1. "私にしか出来ない"状態
  2. 燃え尽き症候群(burn out)
  3. 被災者離れ困難証
  4. "元に戻れない"状態
  5. 不完全燃焼

2、救援者へのストレス対処

 派遣前の準備や派遣中のストレス処理などの自己管理が重要。そして相互援助として、出動前、現場、任務完了時にミーティングを持つ必要がある。

【遺族へのケア】

1、 グリーフケア(grief care)とは

 「グリーフケア」は「遺族ケア」と同義で使われる。従来の災害医療においては人命救助が第一義とされ、遺族へのケアの視点は抜け落ちていた。これからは、遺族が関わるあらゆる職種の者がグリーフケアを行っていくべきである。

2、 災害における死別の特徴

 災害において、「死別の際の状況」がその後の悲嘆に大きく影響する。また、遺族の悲嘆反応は通常のプロセスをたどることができず、複雑化することが多い。

3、 災害急性期からのグリーフケア

 2006年10月、米国に倣ってDMORT(Disaster Mortuary Operational Response team;災害時遺族・遺体対応派遣チーム)研究会が発足し、「災害急性期からのグリーフケア」を目指して活動中である。


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