災害医学・抄読会 080314

消防の災害現場多数傷病者対応 1多数傷病者対応の活動

(松田 諭.プレホスピタルMOOK 4 多数傷病者対応、永井書店、東京、2007、p.14-18)


 一般的に災害現場での留意点は「情報不足」「二次災害危険」「迅速な決断」と「最低の条件下で最高の活動が求められる」などである。また、消防法第36条や災害基本対策法第63条により、災害現場の統制は消防機関に委ねられている。したがって、消防機関としてはこれらの点を十分に認識し、安全の確保と関係機関相互の連携を具体的にコーディネートできる見識と能力を持つ人材を現場指揮官として事前に決めておく必要がある。以下、災害現場において消防機関が担うべき役割と他の機関との連携のポイント、消防本部が果たすべき機能、役割につて述べる。

1.災害現場の管理

(1)二次災害防止と立ち入り規制

 消防部隊の指揮者は災害原因や被災状況と共に、二次災害発生の危険性を大まかに把握したうえで、気象情報、周囲の状況などを考慮して「消防警戒区域」を設定し、警察官および消防団員などの協力のもとに、立ち入り規制、交通規制、退去指示を行わなければならない。

(2)合同指揮所の設置

 消防の指揮者が軸となり、災害場所の施設管理者の協力を得て合同指揮所を設置し、消防、警察、自衛隊、医療チーム、施設管理者、地元自治体の各リーダーが集まり情報集約と協議を行うことが重要である。このとき合同指揮所は実質的な機能を果たすのみならず、混乱する災害現場に求心力をもたらす必要もあるので"どこからでも見える"ようにすることが非常に重要となる。

(3)初動段階での指揮統制

 結果的に大規模となった災害でも初動段階では通常災害レベルから始まり、状況が明らかになるにつれて出動規模を拡大したケースが多い。そのため、現場の消防部隊の指揮者は災害が「集団災害規模」と判断した時点から以下のことに留意しなければならない。1)どこからでも見える場所に合同指揮所を設置、2)警察に立ち入り規制を依頼するとともに、以後連絡調整は合同指揮所で行うことを伝える、3)災害拠点病院、DMAT病院への出動要請、4)現場活動ごとに関係機関とダイレクトに連絡ができる手段の確保、5)警察、医療チームなどの各現場責任者が合同指揮所に常駐するように依頼。

2.災害拡大防止、鎮圧活動

(1)初動段階

 1)災害原因の拡大・拡散の把握、2)二次災害の可能性と安全確保の実行、3)付近住民への避難誘導の実施、4)情報を集め災害の拡大防止対策の判断、実行。

(2)本格活動開始段階

 1)災害鎮圧に必要な消防部隊の応援要請、2)医療チーム規模の見積もりと応援要請、3)警察、自衛隊など関係機関の出動要請、4)CSM実施判断、5)災害鎮圧部隊と救出救助部隊の活動方針の決定、6)トリアージポストと現場救護所の設置、7)消防、警察、自衛隊、医療、施設管理者のリーダーによる定期的な調整会議の実施、8)災害規模などの現場状況、各組織の活動状況などの現場広報の実施。

3)応援部隊の到着などによる継続的かつ大規模活動段階

 1)災害鎮圧活動、救出救助活動、傷病者救護活動、現場管理活動の進歩状況の把握、2)応援部隊が必要な場所、要員規模を判断、指示、3)活動の長期化に備えた補給体制の確立。

3.救出救助活動

 集団災害では通常の活動に比べ疲労度が高いため、早めの要員交替、警察や自衛隊の部隊との交替、役割分担に留意する。また必要があれば医療チームにCSMを要請する。

4.現場救護および搬送活動

 現場管理、救出救助と並んで消防が軸となって実施すべき重要な活動であり、エアーテントを用いて一時的な収容保護や応急処置の場所を設営する。医療チームと連携して情報把握、搬送調整を行う。このとき、医療チームの統制やトリアージは災害拠点病院やDMAT指定病院に委ね、現場救護処置においては医師会チームに任せるのが効率的である。

5.現場広報活動

 合同指揮所において各機関合同の報道発表を定期的に実施する。現場広報の要点は以下の通りである。1)災害原因や危険性の拡大、収束の見込み、2)救出した傷病者の人数と傷病程度、3)未救出者の有無と今後の活動方針、4)活動している各機関の部隊数、5)市民に対する要請事項。

6.現場活動を円滑にするための後方支援

 集団災害発生時には、現場指揮者をバックアップするため消防本部において以下のことを迅速に実施しなければならない。1)現場の状況把握と必要な活動部隊の出動下命、2)非番職員への非常参集下命、3)他消防本部・緊急消防援助隊、自衛隊、医療チーム、重機など特殊資器材・専門家の派遣の要否判断と依頼、4)日本中毒情報センターや放射線医学研究所、土木研究所などとの連絡調整。5)傷病者収容可能病院の確認と該当病院への連絡員派遣、6)災害対策本部と連携した災害状況、活動状況、安否情報、交通規制情報のとりまとめと報道発表。

7.平素からの消防と医療の連携体制づくり

 今後、DMATなどが整備されてくることを考慮すると、大規模災害には至らない規模から救命救急センターの医療チームが現場に出動して消防と協同して傷病者救護にあたる体制を整備すべきである。しかし、一般に救命救急センターの医師は医療機関外診療を想定していないので、事前に消防と医療機関の間で協定を締結しておくことが必要である。


日本集団災害医学会 JR羽越線脱線事故特別調査委員会報告書(上)

(日本集団災害医学会誌 12: 75-93, 2006)


 平成17年12月25日(日)19時14分頃にJR羽越線脱線事故が山形県東田川郡庄内町にて発生した。当時の天気は、風雪、特に発生時には風速21.6m(観測値)の突風とみぞれの状態で、気温は5℃前後、深夜には氷点下2℃を呈した。さらに脱線衝突した建屋が「堆肥小屋」と不衛生な場所であり悪臭が放たれており、照明もほとんどない暗闇の中であった。事故発生の第一報(発生約6分後)は、車内に乗車していた消防職員(救急隊員:三木健志氏)によって携帯電話から酒田地区消防組合へ連絡された。6両編成の車両が脱線し、うち前方3両が脱線かつ転覆した。最前方の車両は堆肥小屋の壁に衝突して著しく破損していた。乗客は43名、乗務員は3名で、総計46名であった。

 被害状況は以下である。死亡者は5名で、いずれも先頭車両で発見され警察の管理となった。死亡者は社会死で死体検案が行われた。事故により近隣の医療機関へ搬送された負傷者は総数33名で、残りの8名は負傷なしと考えられる。管轄の酒田地区消防組合消防本部(延べ405名)を始め、山形県消防応援隊として全14消防本部と山形県消防防災航空隊(延べ247名)が総動員(計625名)された。また山形県警察延べ829名、広域緊急援助隊として宮城県警察延べ60名が参集した。現地では、消防と警察の救助、行政との連絡、JRとの連携など円滑に行われた。しかしながら、急性期においては、医療機関と現場、あるいは医療機関と医療機関での連絡は十分とは言えず結果的にかなりのオーバートリアージとなった。ほとんどの患者は救急車、ならびにパトカー等で、最寄りの医療機関(庄内余目病院、県立日本海病院、酒田市立病院、その他)に搬送された。軽症と思われた徒歩可能者は始めに警察で事情徴収された。急性期の患者受け入れに関しては、医療機関で速やかな対応がなされた。

 搬送された患者33名中、何らかの加療を行った負傷者は32名、結果的にショックを呈した患者はなく、トリアージとして赤タッグと考えられた患者は皆無であった。結果的に入院した患者は24名(1週間以上9名)であったが、生存患者の生命予後は良好であった。医療機関では、JPTEC、JATECまたACLS等の研修を積まれた医師が当直、待機を担当しており、収容に関しては円滑に行われた。また乗客に整形外科医師(幸田久男氏)が搭乗しており、救急車で搬送された先の庄内余目病院で医療活動に参画した。県立日本海病院は、現地へ医師を派遣し、瓦礫の下の医療が行われ、少なくとも1名の生命(クラッシュ症候群予防し全脊柱管固定後の救出)を救った。さらに交代で現地の医療活動に参画し、二次災害等に備えた。救助隊や救急隊員、警察その他に負傷者は出なかった。避けられる外傷死もなかった。PTSD(post trauma stress disease)等の発生に関する詳細は不明である。

 本件における問題点と今後の課題は以下の通りである。劣悪な環境下での救助活動であり、適切なトリアージポストを作るには至らず、寒冷地における災害医療の問題が挙げられた。また消防本部は行政単位であり、警察とは別の指揮命令系統に入る。一方、医療機関は公立と私立では全く組織が別で、日頃からのお互いの顔が見える関係にはない。現場の正確な情報が医療機関には通知されておらず、結果的にオーバートリアージになった。そのため山形県災害拠点病院関連調整会議において、近隣災害を含め情報の共有と伝達、DMATをはじめとする災害医療チームの派遣、現場医療の統括に関し検討を開始した。よって行政が中心となり、消防・警察・自衛隊・市町村および県が災害を想定しての顔の見える関係の構築が重要と考える。

 今回の調査結果からの提言は、1)発災直後の速やかな現地対策本部の構築と災害医療チームを待機状態にする体制の構築、2)現地の指揮本部と連携し医療活動全体を包括する医療コマンダーの必要性、3)悪環境下での活動におけるかなりの重装備と訓練の必要性、4)初期対応の迅速化に対して、多機関・多職種を交えた机上訓練等のシミュレーション、5)個人情報保護法を遵守しつつも、家族等の連絡が円滑に取れるような方策、6)災害対策本部、災害拠点病院、関係医療機関も含めたリアルタイムの密な連絡体制である。

事故発生の第一報をした救急隊員の報告

新潟県見附市消防本部 三本健志

 平成17年12月25日に発生した脱線事故に遭遇したときの、状況とその時の対応、問題点などについ て述べる。

 脱線は、始め車体が浮上し左に大きく傾き、その後激しい振動とともに坂を下るように加速転落し、小屋に衝突し横転して止まった。現場の環境は劣悪であった。猛烈な突風と猛吹雪によって、視界不良であり強烈な寒さであった。資機材は無く、車内への進入・乗客へのアプローチは困難を極めた。脱線後、まず119番通報を行い、災害地点の特定と二次災害(後続列車追突等)の防止に努めた。救護活動として、応急手当と勇気付け、搬送の補助を行った。現場に必要だった資機材として、非常用照明、拡声器、応急手当資機材、体温低下の防止をするもの、救助協力者が挙げられた。いずれも、救助部隊が現場に到着して徐々に解消したが、これらが列車に車載されていればよかった。課題は、まず消防機関と鉄道事業者が相互で管轄や連絡体制を確認し理解を深めること、さらに早い通報と連携、関係機関の連携強化、災害救助員の要請、保有機材の共有、応急手当用具の積載であった。これらを踏まえて、今後の活動では交通量の多い都市では鉄道災害・集団災害訓練の研修を希望する。また、災害現場において被災者と救助、医療チームのPTSDの理解と、応急手当の普及と啓発を行いたいと考える。そして、実践を想定した訓練の大切さを感じた。


日本集団災害医学会 JR羽越線脱線事故特別調査委員会報告書(下)

(日本集団災害医学会誌 12: 93-108, 2006)


VIII.事故遭遇と医療活動;乗車していた医師の報告

JR羽越線脱線事故に遭遇して

新潟中央病院整形外科(前立川綜合病院整形外科) 幸田 久 男

 事故発生時、前から3両目4号車に乗車していた。事故発生時、軽いパニック状態に陥っていた。このような状態でかつ医療器具を全く持たない状況では医師であることは意味を成さないと感じた。また、車両内にどういった救急用器具が設置されているのかも知らされておらず、例え医師が乗り合わせていたとしてもできることは限られている。人工呼吸や心マッサージなどの蘇生術は多くの医師に行き届いているがトリアージについては漠然とした知識として認識している程度であったので研修医制度においての教育や医師の再教育が課題であろう。

IX.対応医療機関の報告(1)

JR羽越線脱線事故における当院の対応

山形愛心会庄内余目病院神経内科  安藤志穂里 他

 19時50分頃、酒田消防より第一報が病院事務当直に入った。この時点で事故現場がどこであるかの情報はなく、後の報道により場所が当院から3 kmの地点であることがわかった。事務当直より当直医師(神経内科)に上記第一報が伝えられるが事故の規模、傷病者数などは不明であった。この時点で医師、医療スタッフの召集をかけるべきが判断がつかなかったが当直医のみでは対応困難であることが明らかだったため、病院近くに自宅のある医師1名を呼び出した。また、事務当直は看護管理当直、救急外来看護当直、放射線科当直、検査技師当直の4名に連絡した。

 20時10分、救急車に2名の傷病者が搬送され、続いて20時25分、1名の傷病者が搬送された。搬送患者はトリアージタッグをつけていなかったため、検査検体、Xpフィルム、処置の取り違えの恐れが考えられた。患者の識別のため、白いビニールテープに氏名と生年月日を記載して手首に巻きつけることにした。

 今回の問題点としては第一に早い時間に搬送された患者は現場からのタグをつけていなかった。患者識別にも現場でのトリアージタグが有効に利用されることが望ましい。第二にカルテの問題があり、通常は新規患者には受付のコンピュータ上でIDを作成するが一度に多数の患者が運ばれた際は処理が追いつかない。緊急用のIDをあらかじめ設定しておき、手書きで書き込むことによって迅速にカルテを発行できるようにすることが必要である。他には第三に災害時専用電話、マスコミ対策、個人情報、院内における体制、消防・地域医療機関・行政との連携、災害救急委員会の活動などがあった。

X.対応医療機関の報告(2)

JR羽越線脱線事故への山形県立日本海病院の対応の検討

救急部長(麻酔科) 加登 譲 他

 連絡を受けた当初から医師全員を召集するか迷ったが、搬送人数、傷病者の重症度は全く不明だったのでまずは外科系当番医師だけを召集し対応することにし、緊急時に該当科医師を次々に召集する事にした。院長は独自判断で医師全員を召集したが、11名の傷病者に対して52名の医師は過剰だった。またJATECに基づく外傷初療専用の診療録が準備されていたが、これへの記載は皆無であり、そのものの見直しが必要と考えられた。院内医師を対象にした外傷初療の研修コース開催は急務と考えられる。さらに、連絡を受けた直後より事故現場への医療チーム派遣は必要と判断したが、チーム編成や現場までの交通手段の準備不足があり、医師1名を派遣したのみとなった。しかし日頃ドクターカー等の運用をしていない病院では近隣災害発災の際にチーム編成に時間を費やさずに直ちに医師を派遣したことは今後の教訓と指定化されるべきと考える。結果において、派遣した医療チームの活動は4時間後に救出された傷病者の全身管理と救出された傷病者3名の死亡確認だった。災害時の医療活動の観点からは現場全体の医学的な把握、消防の救急救助活動への評価も必要であり、派遣前の打ち合わせの不十分さに起因していると考える。ただチームの派遣要請がされた時点では救出中の傷病者と他の傷病者のために計2チーム派遣した判断は正しかったと考えられ、またcrush症候群を予測し、救出直前に炭酸水素ナトリウムを投与した活動は「瓦礫の中の医療」として特筆されると考える。後に分かったことだが、現場に派遣されたDMATチームの看護師は現場に圧倒され、ショックを受け悩んでいた。傷病者への心のケアと同時に派遣チームへのサポートも大切と痛感させられた。

 事故後、院内外より現場からの情報がなかったとの意見が多数あり、また病院間の連携がなっていなかったとの批判もあった。普段の訓練・研修の際の病院間の連携・情報交換は重要であり、それによって各病院の機能を高め、災害発生の際は各病院が同時に動き出すのが実際の姿ではと考える。

XI.対応医療機関の報告(3)

酒田市立酒田病院

 当院の問題としては、災害時に誰が召集されるかという基準がないため、自主参集した職員が多くいたが結局は患者数が少なかったため過剰人員となってしまった、しかし放射線技師の数は少なく、また予想以上にマスコミの来院や電話が多く、電話回線がパンクしてしまい業務に支障が出た。

XII.対応医療機関の報告(4)

JR羽越線列車事故における鶴岡市立荘内病院の対応について

鶴岡市立荘内病院院長 松原要一

 今回の地域医療からみた災害時の問題点として、医療機関同士の連絡が全くなかったことである。災害拠点病院である庄内北部の県立日本海病院と、同様に災害拠点病院である庄内南部の当院及び災害拠点病院の県立中央病院の間の三者で医療連携のための直接の連絡があってしかるべきであろう。また、地域の災害拠点病院と地域の医師会(病院・診療所)は災害時にどのようにして連絡するかあらかじめ取り決めをしておく必要があるであろう。

XIII.まとめ

 今回の列車脱線事故は、風雪、寒冷と悪臭という極めて異例な環境の中での災害であった。日頃からの災害医療に対するトレーニング、啓蒙活動は全国の医療機関で行われてしかるべきと思われた。当日現場の救助救命活動に関しても最善を上げて取り組まれたが医療機関と消防、警察、さらには医療機関間の連携など地域社会で具体的に取り組むべき問題も浮き彫りにされ、災害時にも地域の連携が重要な役割を果たすものと考えられた。


災害時の対応―現在 (4)患者会の災害対策への取り組み

(遠藤公男.臨床透析 22: 1533-1537, 2006)


 11年前に起こった兵庫県南部地震により多くの透析患者や医療スタッフに死亡者および負傷者が出たほか透析施設も損害を受け、このことで1300人を超える患者が臨時透析を受ける結果となった。

 これらのことはわが国で臨床透析療法が始まって以来の災害であり、この大震災を機に全国腎臓病協議会(全腎協)では「災害対策マニュアル」を作成するなど災害対策に取り組んでいる。

 全腎協によると大震災当時は震災規模が大きかったわりに、患者自身が情報を収集して自分で判断し透析可能な施設に通うことが高い確率でできていたという。しかし、現在では透析患者の平均年齢がかなり高くなり、また要介護率も高くなっている。つまり、個人で状況を判断することが困難な状況にあるといえる。現在では透析患者を含めた障害者、難病患者、高齢者らがどこに居住してどういう生活状況にあるか、行政のシステムとして把握されていない。個人情報の保護の問題もあるが、生命保護を考えるなら官民共同の形で患者の所在確認などをシステム化していくことがきわめて重要であろう。透析患者の場合被災時に自らの命を自らで守ることが難しい。さらに、平時でさえ単独で行動できない透析患者は増加の一途をたどっている。災害時にそのような人を単に避難所までの誘導ではなく透析施設への誘導することが必要となる。そこで綿密かつ詳細な対策が急務の課題となっている。

 現在、透析患者のほとんどが原則一日おきに透析施設での透析を受けている。つまり、半数の透析患者は透析施設にいるということであり、マニュアルは透析中と非透析中の最低二種類が必要ということになる。全腎協では被災時に透析施設にいる患者の安全は基本的に施設側に属するとし、また、透析施設以外で被災した場合には、加盟都道府県組織および施設患者会のマニュアルに従い行動するよう支持徹底をはかっているとしている。

 さらに、全腎協の体制としては災害発生に備え、役員・会員名簿を常備し、速やかな対応のための役員の行動要領や任務分担を明らかにしてある。とくに大規模災害に備えて「全腎協災害対策本部」を立ち上げ、対策案を事前に用意してある。

 透析医療は水や電力が絶対に必要であり、災害に非常に弱い。災害で透析施設が少なくなった場合に、どこで何人くらいの患者が受け入れられるかという情報を速やかに発信できる体制が重要である。そのためにも全国すべての透析施設が参加することがひとつの決め手となる。通常の透析とは別にこういったことを記した災害時透析マニュアルを用意すべきだろう。

 このほかにも避難所での生活や避難所からの通院手段、出血などによる急性腎不全患者の緊急透析など、課題は山積している。透析患者にとって透析はまさに命綱であり、透析を受けるための複数の方法を考えておく必要がある。対策が整っても、いざ災害が起こったときに実際に役立たなければ意味がない。費用も考慮しながら災害対策にいっそうの努力が必要である。


災害急性期の医療援助における精神保健

(石井美恵子.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 217-227)


 災害という出来事に遭遇した人々の心理的反応について知るためには、どのような体験をし、どのような状況に置かれているのかを知ることが必要である。被災地域もしくは被災者は、予期せず突然に生活環境の破壊や生命の危険にさらされる。そして、生存できたとしても身体的な健康問題を抱えたり、家族や知人の死などのストレスフルで衝撃的かつ危機的な出来事が積み重なる。さらに、避難所などでの日常性を失った生活も強いられ、経済的な問題も重くのしかかることから絶望や不安といった反応も想定される。また、身体損傷の著しい多くの遺体を目の当たりにするなどのグロテスクな状況にさらされて救助できなかったというような無力感や自責感などが複雑に存在する場合もある。

 災害の心理的反応に影響する要因としては、以下のようなものがある。1)無警戒:警戒することで心理的な防御のメカニズムを起動させ心理的なコントロールが出来るが、無警戒はこの好機を奪い、コントロールを減少させ無力、心理的な脆弱、不安定な感覚を増大させる。2)個々の安全への強い脅威:将来の心理的徴候につながる。3)グロテスクな状況にさらされること:心理的リスクを増大させる。4)健康状態の悪化。5)再発の可能性。6)潜在する未知の健康問題 である。

 災害の時間的経過と心理的反応段階としては以下の4段階に分けられる。1)衝撃期:第1群⇒生存者の12〜25%、予後良好。冷静沈着で、状況を認識し行動計画を立て遂行できる。第2群⇒生存者の75%。一過性に混乱状態に陥るが、正常な反応の範囲で収まる。第3群⇒生存者の10〜25%、予後不良。恐怖と不安、混乱状態、ヒステリー、放心状態などの病的な反応。2)反動期:危機から逃れた、もしくは災害の直接的な被害を回避した後、反動として精神的高揚状態になる。次第に自分を取り戻し体験したことを認識し始める。3)後外傷期:一般に社会からの関心が薄れ、マスコミや緊急援助ボランティアなどが撤退する時期である。現実に失ったものへの直面や被災者の生活に格差が生じ始め幻滅が広がっていく。悲観、抑うつ、怒りや幻滅などの感情を抱くようになる。4)解決期:次第に災害による体験や喪失を受容し、自分の人生に対し前向きになる時期である。苦難を乗り越え災害前と同様の心理状態に至る。しかし、一方では外傷後ストレス障害(PTSD)を抱える人も存在する。

 その他の精神的問題としては、急性ストレス障害、生き残り罪意識と役割不全感、Secondary Traumatic Stress、アルコール症、人格障害、感情障害、疾病利得などが挙げられる。

 災害急性期のメンタルヘルスサービスとしてのカウンセリングの特徴としては、以下のようなものである。1)能力を想定する:何を経験してきたかいうことに対処(情報の提供、サポート、援助)する。過去のことをうまく引き出し、うまくいったコーピングのメカニズムに再びつなぐ試みはカウンセラーにとって重要である。2)ノーマライゼーション:災害に遭遇した人々が、認知、感情、行動、および身体的な問題を来すという体験はノーマルであると理解できるよう助けることは重要である。3)指示的なケアの提供:災害危機カウンセラーは被災者一人一人に合った明確で革新的な方法で本来なら許されない指示的なケアを提供することもときには必要である。4)必要な仕事をオーガナイズすること:心理的な認識において、これらの必要な仕事をオーガナイズし優先順位が決められるよう援助することであり、ストレスを軽減するのに重要である。5)積極的、かつ繰り返し傾聴すること:被災者の体験を積極的に傾聴することは、治療効果やカタルシス、癒しの効果の他に、経験している問題を正常化し、よりよいコントロールをもたらす。6)非難の感情を抑えること:災害後の心理過程のフェーズにおいて被災者の非難の感情を抑えることは援助する上で重要である。7)現実的な期待:人々はしばしば現実的に可能な範囲よりも早急で完全な復旧を期待するので、これを現実的なものに留めることは重要である。8)紹介:健康問題の専門家、精神保健の専門家、ソーシャルサービスなどのリソースへの紹介システムの確立。9)手の届く距離:介入プログラムでは、地域社会への組織的な活動、人々が働き、生活し、集う場所へ提供されることがベストである。10)コンサルテーション:ゾーニングボード、自治体、行政、保健省といった組織へのコンサルテーションが有用である。11)教育:プライマリーケアの医師への教育。

 災害急性期において、看護師が被災者に添うという意味の看護を実践しメンタルケアに発展させるためには、災害時の多数傷病者管理に関する知識を得て、訓練を通して実践できるようになることが必要である。過去の体験を教訓にして、準備や訓練を行うことが被災者、医療者双方のメンタルヘルスにおいて重要である。災害発生時の病院における初期対応として、組織的に機能することを目指し、入り口を管理し院内の混乱を回避することや場のレイアウト、動線管理、3Tの原則にのっとった行動がとれるように十分な準備と訓練が必要である。また、奔走しなくてもすむ備蓄品と備蓄場所の工夫も必要である。このような初期対応が実践されて初めて、災害発生直後からの被災者の心理反応への援助も可能となる。災害という状況の中で最善が尽くされた、最善を尽くしたと認知できることがその後の心理反応に影響を及ぼす。災害時の医療救援活動では、被災者を孤立無援にしないということが重要な意味をもつ。家族や財産などを失ったかもしれないが、自らの命、身は残されていることや関心や気遣いを示す人が存在することに気付くことができるようなケアが、その後の健康管理行動や心理反応に影響を及ぼす。


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