上記の要因によって、本委員会が今回収集できた個々の被災傷病者のデータに関する限り、この事故対応に際しては、preventable trauma deathはなかったと思われる。しかしこれらの事柄も、1.事故発生が月曜日の午前9時18分頃であらゆる組織にとって活動しやすい時間帯であったこと、2.交通の便が比較的良好で多数の医療機関が存在する都会で発生したこと、などの側面があったことは否定できない。
今後改善すべき課題として次の諸点が明らかとなっている。
災害に対する全般的な対策として国の中央防災会議が定める「防災基本計画」に基づき、各自治体が「地域防災計画」を作成し、その中で、災害時の医療体制および医療活動が各地域ごとに具体的に記載されている。また、阪神・淡路大震災後、災害拠点病院の整備が進められ、都道府県に1ヶ所の基幹センターと、二次医療圏ごとの地域センターを設置し、2005年3月の時点で、548施設が災害拠点病院に指定されている。このような施設では、防災マニュアル作成、防災訓練、地域防災訓練への参加、医療チーム派遣のためのマンパワーの確保などのソフト面の整備だけでなく、施設の耐震構造化、備蓄倉庫、自家発電装置、受水槽、ヘリポートの確保などハード面の整備が進められているが、災害時には、短期間あるいは局所的に医療需要が激増するため、平常の医療システムでは適応できない可能性がある。また、ライフラインの途絶した被災地内で医療を行うことには限界があり、緊急手術、透析治療、集中治療が必要な傷病者を適切に選別し、適正な治療が行える医療施設に、適切なタイミングで転送することが救命の鍵となる。
地震災害では、建物の倒壊や屋内の設備などによる外傷やクラッシュ症候群、火災による熱傷、粉塵の吸入による呼吸障害などが想定される。このように災害患者に想定される病態に基づき、転送の際に必要な生命維持装置の装着について考慮する必要がある。そこで、気道(A)、呼吸(B) 、循環(C)の3点から挙げる。
まず、気道については、気管挿管が挙げられる。舌根沈下や唾液、血液、分泌液による気道の閉塞、意識障害の場合は気管挿管による気道確保が必要となる。また、移動や体動により、気管挿管チューブが抜けたり、深くなったりする場合があるため固定は確実に行い、固定位置を繰り返し確認する必要がある。次に呼吸については、経皮的酸素飽和度モニタ、人工呼吸器、胸腔ドレナージが挙げられる。経皮的酸素飽和度モニタは動脈血酸素化の指標として経皮的かつ経時的に測定可能である。特に航空機の搬送の際には、上空での減圧による気胸の悪化や呼吸障害のモニタとして不可欠である。人工呼吸器は、自発呼吸が障害された患者の長距離搬送の際に有用である。胸腔ドレナージは、緊張性気胸だけでなく、航空搬送を行う胸部外傷患者では気胸の悪化が考慮されるため搬送前に胸腔ドレーンの挿入が必要となる。循環については、心電図モニタ、除細動装置・AED、血圧モニタ、輸液ポンプ、シリンジポンプが挙げられる。心電図モニタ、除細動装置・AEDは、例えばクラッシュ症候群の際、筋組織の崩壊により高カリウム血症を来し、心室細動などの致死性不整脈を起こす恐れがあるため、監視と治療のために必要である。血圧モニタは、特に出血性ショックが疑われる患者に対して必要である。輸液ポンプやシリンジポンプは、大量輸液や血管作動薬などの微量点滴を行う場合に必要である。
災害時には、転送のための輸送手段の確保とともに、添乗医療チームや搬送を安全に遂行するための医療資器材の確保がポイントとなる。被災地内では医療資源が不足しているため、被災地外から移動手段と医療資器材を有した医療チームを被災地内に投入する必要がある。想定される移動交通手段としては、救急車・ドクターカー、ヘリコプター、固定翼(自衛隊輸送機)の3つが挙げられる。
災害時の転送手段として陸路が一般的であり、軽症患者ではマイクロバスなどにより同時に多数の患者搬送が可能であるが、重症患者の転送には救急車・ドクターカーが用いられる。特にドクターカーは循環監視モニタ、経皮的酸素飽和度モニタ、血圧計、人工呼吸器、輸液ポンプ、シリンジポンプ、除細動器、酸素、吸引機などを有しているため、非常に有用である。平成18年12月現在の全国の救命救急センターにおけるドクターカー所有台数は99台(77施設)である。ヘリコプターは重症患者を迅速に転送する手段として極めて有効である。ドクターヘリは、平時より救急患者搬送に従事しているため医療機器や酸素、電源が整備されている。ドクターヘリは、現在全国8か所で稼働している。災害時には消防防災ヘリ、自衛隊ヘリ、警察ヘリ、民間ヘリなど国内には多数のヘリコプターがあり、災害時にはそれらの活用が有用であると考えられるが、重症患者搬送のためには医療機器に加え、酸素や電源の確保を調整する必要がある。ヘリコプターは、救急車の3〜4倍のスピードが出ること、滑走路が必要ないこと、救急車と同じような搭載量があることなどの利点が挙げられるが、一方で、固定翼機に比べて低速、航続距離が長くない、運搬費が高価といった問題点もある。固定翼(自衛隊輸送機)については、東海地震、関東直下型大地震、南海・東南海大地震に備えて、内閣府が中心となり自衛隊機のC1型輸送機を用いた対応計画が検討されている。固定翼機は、離着陸のための滑走路が必要な欠点がある反面、短時間で約8人の重症患者を同時に長距離輸送でき、夜間・荒天気象下でも安定した飛行が可能である利点を有する。患者搬送の際には輸送機内に、医療チームとともに医療機器や酸素ボンベを持ち込む必要がある。
災害時の転送時に注意するべき点が3点ある。1点目は、被災地から医療資器材や医療スタッフを持ち出さないことである。被災地内は医療資源や医療スタッフが枯渇しているため、被災地外より医療資器材を有した医療チームを投入し、転送をおこなう必要がある。2点目は、酸素、電源の確保に努めることである。特に長距離輸送の際には、搬送前より十分な酸素・電源の確保に努める必要がある。3点目は緊急時のバックアップを用意しておくことである。具体的には、気管挿管チューブが抜けた場合の再挿管の準備、人工呼吸器が壊れた場合のバッグ・バルブ・マスク、モニタが壊れた場合の予備のモニタや経皮的酸素飽和度モニタなどが挙げられる。
救命のためには、運行機関と連携し、患者の病態に対して、適正な治療が行える医療施設に、タイミングを逃すことなく転送することが非常に重要である。そのためには、いつ起こるか分からない災害に備えて、必要な医療資器材や酸素、電源などを周到に準備し、各機関と連絡を密にしておく必要があるように思われた。また、ドクターカーやドクターヘリの普及が不十分であるため、早急に整備を進めるべきであると思われた。
2)透析の緊急停止と離脱について
従来、多くの施設で平常時から動・静脈の回路を切断し、血液回収を行わず、針をつけたままで避難する方式の訓練が重ねられてきたが、実際の緊急時には手馴れた通常方式の抜針・血液回収によって短時間で多くの患者を離脱することが可能であった。また、抜針後の止血は、通常の止血バンドで十分であった。
3)被災地域での指揮系統の立ち上げ、連絡網について
4)エコノミークラス症候群の発症について
狭い車中泊により、下肢深部静脈血栓症が多発した。肺塞栓症の発症は10例あり、死亡は3例あった。原因としては、余震が続き、プライバシー保持が困難な避難所を避けて車中泊を続け、トイレ事情も悪く飲水制限をしたことなどが誘因と考えられた。
※新潟大学グループが被災者83名の下肢ヒラメ筋静脈エコー検査をおこなった。震災後10日目までで約30%、半年後で約10%、1年後でも10%以上に深部静脈血栓を認めた。震災1年後の地域別調査では、小千谷市(震源付近)8.0%、長岡市と十日町(震源から20km)がそれぞれ5.3%、5.8%であった。無症候性深部静脈血栓は通常0.6%から0.1%存在するとされていることを考慮すると高い検出率であった。
5)その他の災害対策について
災害に強い病院・看護部づくりには、常日頃から災害に対する知識を得ることや、災害時に必要とされる資器材の整備を行うこと、そして、患者搬送、トリアージ、緊急治療など必要な訓練を定期的に行うことが重要である。ここでは個々の病院職員、看護職員が災害時にとるべき行動についてまとめた。
2)本部からの指示に従い、患者の安全確保・避難誘導をする。
3)危険物の除去等を行い、二次災害を予防する。
4)緊急連絡網などを使って連絡を取り、職員の確保を行う。
5)本部に被災状況の報告をする。
<建物に被害がなく避難の必要がない場合>
6)各部屋の防災措置の点検を行い、本部に点検結果を報告する。
7)本部からの指示に基づき、対応可能である場合、被災患者受け入れ体制を取る。
[病棟部門]
[中央手術室]
[中央材料室]
例:1)空床、短時間で増設可能なベッド → 2)臨時病棟(看護学校の実習室など)
2.災害時に新設される部門とその対応について、場所、責任者、役割、人員配置、資材、活動内容、レイアウト等をマニュアル化しておく。
例:1)医療部門:トリアージセンター班、治療搬送班、救護所班、臨時病棟(増床)班、病棟医療班、霊安室・看取り室、初期災害医療班(派遣)転送のために生命維持装置装着
(本間正人.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 148-151)2004年新潟県中越地震―(1)教訓と対策、およびエコノミークラス症候群への配慮
(鈴木正司.臨床透析 22:1491-1497, 2006)
はじめに
1.地震の概要
2.透析施設の被害
3.中越地震からの教訓と今後の対策
個々の病院職員・看護職がすべきこと
(菊池志津子ほか.インターナショナルナーシングレビュー 28: 98-101, 2005)看護部の基本対応
トリアージを行い重症度の軽い患者から避難させる。
余震や地震警戒発令に対する対応を取り、患者の安全を確保する。
そして、
(医薬品、医療機器のチェック、救命病棟からの患者受け入れ、増床ベッド等の準備、マンパワーの確保など)各部門の対応
マニュアルに沿ったスムーズな受け入れのために
→ 3)看護学校体育館、看護学校教室、病棟デイルーム → 4)その他
2)連絡通信部門:情報班、本部付、マスコミ対策室班
3)配送・輸送部門:物品搬送班、交通整理班、ボランティアセンター班、家族対応室