最近では2005年4月に起きた、兵庫県尼崎市のJR西日本福知山線脱線事故(乗客580人中、死者107人、負傷者460人)が記憶に新しい。
信楽高原鉄道正面衝突事故では、傷病者は頭部外傷、頚髄損傷、胸部圧迫による外傷性窒息が多かった。JR西日本福知山線脱線事故では入院39人のうち死亡者が4人、90日以上の長期入院が必要だったのは8人であった。長期入院の原因のうちわけは以下の通りであった。脳挫傷1例、頚椎骨折・頚髄損傷3例、胸椎骨折1例、座滅症候群2例、下顎骨折1例。また、入院となった症例の多くは単独損傷ではなく、大部分が多発部位の損傷であった。
一般的に列車事故発生時の通報により、消防、警察が現場出動し、救急救助活動が開始される。消防、警察と医療チームの連携による救護活動が行われることになる。しかし、連携体制が速やかに確立されることはいまだ少ないのが現状である。その中で、JR西日本福知山線脱線事故では比較的良好な現場活動が実施されていた。
現場での救急救助活動を含む消防の指揮は尼崎消防局が行っていた。その後応援が駆けつけ、多数の応援隊が組織立った連携のもと救出・救助・搬送活動が行われた。しかし、医療チームと消防機関の連携に関しては、情報伝達や指揮命令系統の一元化はなされなかった。列車事故では一般に傷病者が列車の両サイドにわかれて移動することを念頭においておくことが必要である。トリアージと応急処置は9時55分頃、近隣の近藤病院からのチームが現場に到着、10時01分、兵庫県災害医療のドクターカーが到着し、線路西側に設置されたトリアージポストでトリアージを開始した。医療チームはレスキュー隊員や救急隊員によって一次トリアージされた傷病者の再トリアージを行い、搬送の順番と搬送先医療機関について救急隊員に助言した。事故現場と周辺医療機関の応援に派遣された医療チームは計20チームとなった。一方、事故発生後、現場に隣接した企業の職員や付近の住民が被災者の救出に協力し、自力で脱出してきた負傷者の救護と脱出を解除する活動を行った。また、今回注目すべき点は救助隊員、救急隊員らと協力して救急医が閉じ込め患者へ医療介入するCSMが実践されたことである。
病院の隣接で列車事故が発生したときには、事故情報後、まもなく比較的軽症の傷病者が押し寄せてくる可能性があることを認識しておくことが必要である。JR西日本福知山線脱線事故においても一度に多数の傷病者が搬送された近隣の病院では当初混乱が生じたが、臨時の受付の設置や多くの職員を救急外来に動員することにより、傷病者の流れを作ることができ、何とか混乱を回避することができたとのことである。また重症患者受け入れ情報の提供や遠隔地の医療機関から派遣された医療チームの支援などにより、重症患者の転送する時期を失することなく行われた。
また、列車事故のような地域の人為災害への病院の準備として、日ごろから地域の消防機関と連携した多数傷病者受け入れの訓練を実施して、病院職員の危機管理意識を向上させて、臨機応変な対応ができるようにしておくことが大切である。
中華航空機墜落事故において264人が死亡し、7人が負傷・生存という結果で、生存者は少なく、出勤した医師の業務は死亡確認と死体検案、身元確認であり、点滴などの処置が行われたのは数名に過ぎなかった。一方、福岡空港でのガルーダ航空機炎上事故においては、3人死亡、170人が負傷と報告されている。負傷者が多数の場合には現場トリアージ、必要に応じての気管挿管、胸腔ドレナージなどの救命処置には救急医療に熟達した医者がその任に当たるべきである。
中華航空機墜落事故は消火。救護活動に中心的役割を果たした小牧基地、警察、各消防機関および各医師会などの大量動員が円滑に行われ、かつ現場到着が極めて迅速であったと報告されている。各機関ともそれぞれの持ち場で最大限の能力を発揮し、大規模事故の割りに極めて短時間のうちに無事終息できたと評価している。しかし、一方で消防、警察、自衛隊、医師会救護班の間の指揮命令が縦割りのために活動に支障を来たしたともしている。災害現場での多機関連携と指揮命令系統の一元化が重要な課題となっている。
航空機事故の病院の準備について、基本的に多数傷病者の受け入れの院内体制を速やかに確立できるようにしておけばよい。
アセチルコリンエステラーゼを阻害しアセチルコリン過剰により筋肉・腺・神経組織での持続的刺激状態を引き起こす。症状は縮瞳が特徴的。それ以外は、SLUDGEと略され、Salivation(唾液分泌)、Lacrimation(流涙)、Urination(尿失禁)、Defecation(便失禁)、Gastric Emptying(空腹感)である。治療は拮抗薬(アトロピン/パム)の投与が重要である。
皮膚・粘膜での組織障害を引き起こす。マスタードは淡黄〜茶色の油状液体で、臭いはニンニク、からし様である。
皮膚の紅斑(日焼けに似て感や灼熱感)と水泡(ドーム型で薄型、透過性、黄色調)が特徴的であるが、蒸気暴露では眼や上気道の刺激症状が見られる。血液/組織中のマスタードを検知する検査法はない。特異的拮抗薬はなく対症療法が主である。びらん剤で唯一ルイサイトのみ特異的拮抗薬(ジメルカプロール)がある。
ミトコンドリア中のチトクローム酵素と結合し、細胞の酸素循環を阻害する。アーモンド臭。症状は、一過性の過呼吸とともに頭痛、めまい、嘔気、嘔吐、痙攣である。チアノーゼを示さない呼吸困難(静脈CO2高濃度)が特徴的である。治療は、拮抗薬の早期治療(1.亜硝酸アミル吸入、2.亜硝酸ナトリウム、3.チオ硫酸ナトリウム)が必須である。
青い干し草臭(トウモロコシの匂い)。吸入時には流涙と目の刺激症状を伴う化学性結膜炎から、咳と胸部絞厄感など呼吸器に作用する。治療は呼吸管理で、気管支拡張薬やステロイド療法も用いる。
1.化学剤が使用されたことを疑う。2.大まかな化学剤の種類を推定する。3.化学剤を特定する。パニックを最小限に抑えるために正確・迅速で有用な情報公開を行う。避難勧告を行う。
個人用防護服を化学剤の種類によって使用する。化学剤テロにおける現場への進入は基本的に自給呼吸装置と密閉式防護服(レベルAorB)が望ましいが、空気清浄マスク、防護服、手袋、ブーツなどのレベルCでも対応可能である。防護衣・マスクがないときは湿らせたハンカチで鼻口を覆い、呼吸を浅くする。
1.危険物質汚染の可能性がある区域の危険区域(汚染区域、ホットゾーン)、2.危険物に暴露のおそれの少ない区域で、除染などの作業可能地域の準危険区域(除染区域、ウォームゾーン)、3.二次汚染がない区域である非危険区域(非汚染区域、コールドゾーン)
物理・化学的除染がある。物理的除去法は水洗、ブラシでの払いのけ、吸着剤がある。化学的除去法は石鹸水での洗浄、酸化、酸性もしくはアルカリ性加水分解がある。
原因化学物質の同定のためのサンプル採取が重要である。物質は生体内で代謝され変化するので、体内サンプルより災害現場の食品・土壌・水などのサンプル採取が大事である。
一般的に、消防と警察の連携によりホットゾーン(事故現場)から救出されてきた傷病者は、ウォームゾーン内の一次トリアージエリアに搬送されてくるので、救急看護師と救急医はレベルC防護服を着用し、トリアージを実施することになる。ここでは除染の優先順位を決定する。ウォームゾーンで除染された後、コールドゾーンでの二次トリアージで赤エリア、黄エリアおよび緑エリアでの応急処置への流れとなる。化学災害では除染が第一優先である。医療機関の前に除染テントを設置し再評価する必要がある。
この"災害下位文化(disasters subculture)"という耳慣れた言葉は、1964年Mooreが初めて提唱した、災害の規模から見て、被害を最小限に食い止めるような災害文化(被害を下位にする)という文化である。つまり、同じ規模の地震が発生しても、住む人の防災レベルによって被害に雲泥の差があることに対して、科学的な考察をしてこの言葉は生み出された。
震度5に過ぎない宮城県沖地震が出した死者27名に対して、ほぼ同時期に起きた震度6の浦河沖地震は死者0名であった。また震度6弱の十勝沖地震での死者は2名だったが、これは、釣り人が船ごと津波にさらわれたものであり、地震そのものの被害では、浦河町では、やはり0だった。浦河町における防災上の優位性は、都市災害学者のまとめでは、建築基礎の強固さと、地震が来たら火を消すという幼少期から体にしみ込んだ災害に対する教育に集約される。このように、少しずつの経験が災害下位化にとって更なる進化をもたらすことを雄弁に語っている。
われわれは、多くの死者が出た震災のことはとりわけよく覚えている。阪神・淡路大震災をはじめとして、そのような災害には学ぶべき点が多いことも確かである。しかし、今回紹介させていただいたように、当然出るはずの被害がまったく出なかった震災というのは、防災上はかり知れない意義があるということも理解できるだろう。よって、「防災という観点から日本地震史上もっとも有用な地震は?」という問いかけに対して、先の二つの地震は十分適切なものである。
独立行政法人国立病院機構災害医療センターでは、災害時の対策本部は院長が本部長となり、本部員、本部伝達員から構成される。役割はインシデントコマンドシステム(ICS)により稼動する。ICSとは、1970年代にアメリカ・カリフォルニアの山火事災害対応のために発展した災害指揮命令系統の手法で、特徴としては、すべての災害に対応できること、災害の規模に応じて発展できること、構造が単純で、1人の上官より命令を受け、その上官に対してのみ報告義務があることである。災害が発生すれば、まず最高責任者を中心として院内の人的被害確認と安全確保、設備の被害確認と安全確保、重症患者に対する受け入れ準備、情報収集と職員連絡を行い次第に任務を拡張する。各人の任務は次の通りである。
本部長(院長)は外来診療、予定手術、予定検査の中止を決定し、指示する。副院長は施設の被害状況を把握し安全管理と情報管理を行う。統括診療部長は診療の統括を行う。臨床研究部長は職員の安否を確認する。事務部長は物資、関連業者との調整を行い、看護部長は看護部の統括を行う。副学校長は学生を集めたり、ボランティアへの対応を行う。
災害対策本部では、1)現状の把握、2)災害対応レベルの決定(診療体制の決定)、3)院内における災害時の連絡、4)外部連絡通信手段の確保、5)避難経路・避難先の確保、6)輸送手段の確保、7)医療継続の準備、8)マンパワーの確保、9)配置指示 を行う。
1)の現状の把握とは、災害の詳細な内容について情報収集し、病院の被災状況を把握し、搬送・来院する被災患者の見込み数、内容について把握し、後方支援医療施設の対応能力と収集能力を把握することである。2)の災害対応レベルの決定(診療体制の決定)では、本部長の支持で災害レベルの決定を行い、一斉放送で災害対応レベルの周知を行う。3)の院内における災害時の連絡は、内線・PHS・トランシーバを用いて行う。4)の外部連絡通信手段の確保は、他の関係機関との情報網、連絡・指示網などを作成し、災害時の活動要請のシステムを作り、有線や防災無線を使用して外部との連絡通信手段を確保する。5)の避難経路・避難先の確保では、予め安全な避難場所を決めておいて避難時は決められた避難経路にしたがって避難することが大事である。6)輸送手段の確保では、ヘリコプター、救急車、ドクターカーなどで救命率を考慮した対応が求められる。7)医療継続の準備では、被災患者の受け入れ、他の医療機関からの転送患者の受け入れ、通常画以来の中止、予定手術の中止、退院可能な患者の退院指示、他の医療機関への転院依頼などを実施する。8)のマンパワーの確保では、スタッフの安否を確認し、勤務体制を確保する必要がある。9)の配置指示では、災害時の新設部門の立ち上げなど部署ごとに決められた役割を実践することが必要である。
そして最後に、対策本部内での看護職の役割としては、1)各病棟の情報収集、2)被災患者受け入れの準備、3)被災患者受け入れ後の全体患者把握、4)看護職員の到着状況、人員配置、活動状況の把握、5)災害派遣要員の決定・伝達が挙げられる。
災害医療シミュレーション 化学物質(中毒)における対応
(石井 昇.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 130-141)■化学物質の生理的作用分類
■実際の現場での処置・連携について
災害に学ぶ―過去から (2)2003年十勝沖地震
(森上辰哉ほか.臨床透析 22:1483-1490, 2006)I. 災害下位文化
II. 透析室地震対策と浦河QQ Index (Quick Quake Index)
すべての病院に必要な災害に強い病院・看護部づくり
(菊池志津子ほか.インターナショナルナーシングレビュー 28: 91-97, 2005)
3.初動対策のポイント/4.対策本部
のすべきこと