透析治療には、水、電気が不可欠で、機器・資材・医薬品、専門医療スタッフが必要となる。透析患者は災害時でも定期的な治療が必要であり、休止することは生命に関わることになる。透析患者は外来患者が大多数であり、被災状況により対応が多様化してくる。また、災害時には新たに座滅症候群の患者が発生する可能性があり、ベッド開放のため維持透析患者を一時他施設へ移動させるが、透析不能施設では治療できない。そのため、災害(地震)を想定して、十分な対策を構築することが望まれる。
都市型災害と地域型災害について、兵庫県南部地震と新潟県中越地震を代表例に比較すると、都市型災害では、人的被害・住家被害・透析施設被害は圧倒的に大きい。都市型災害は、狭い地域に透析医療施設が密集し、大災害が発生したときには複数の透析医療施設が被災し、被災した患者も多数発生する。一方、地域型災害は、広い地域に透析医療施設が散在し、患者も広範囲に散在する。都市型災害と地域型災害共に、交通渋滞・遮断、連絡網途絶などの被害に対する対策を講じる必要がある。さらに、都市型で特に準備する量が多くなってくる、被災者である専門スタッフの確保、被災患者との連絡網、多量発生する外来透析患者の搬送先の確保と搬送方法に対する対策も構築する必要がある。
災害時の危機管理(emergency management)について、emergency managementは、災害前の対策としてのrisk managementと、災害後の対策としてのcrisis managementに分類される。
risk managementとして重要なのが、建築物の耐震強度である。耐震設計基準を満たすことで建物が倒壊するリスクが減る。実際、1981年に出された新耐震設計法により、これ以降に建築許可を受けて建てられた建築物は、1995年の兵庫県南部地震で中破以上の損壊がなかった。医療スタッフ、患者の命を預かる病院にとって、耐震設計基準をクリアすることは、risk managementとして重要課題である。さらにrisk managementとして、情報網とコーディネイト体制が重要である。全国レベルの「災害時情報ネットワーク」は被災地を地図上で把握して遠隔支援はできるが、具体的な支援は「地域ネットワーク」に委ねることになる。日本透析医会が目指したコーディネイト体制は、地域中核病院を中心とした平常時の救急体制に従ってブロック別に分け、ブロックごとに災害対策施設を設置し、その施設に優先順位をつけ、それに従って、現地本部、支部となり、情報の収集・発信と支援体制の基地とするものである。このコーディネイト体制は、兵庫県南部地震(1995年)の時にはまだ確立されていず、新潟県中越地震(2004年)、福岡県西方沖地震(2005年)で発揮された。しかし、この2つの地震は規模が小さく、このコーディネイト体制が都市型災害で通用するかまだ経験されていない。今後は圧倒的に被害状況が多い都市型災害を想定したコーディネイト体制を構築する必要がある。
crisis managementとしては、災害時の専門職派遣体制が重要である。被災直後から復興まで被災施設およびバックアップ施設にはボランティアの支援が必要である。しかし、医療スタッフであるからというだけでは、かえって足手まといになることも多い。地元の地理にある程度精通し、宿泊場所も確保できる、同じ透析機種に精通している、などの条件が揃ってることが望ましい。また、ボランティアは「個人の意思」で行くので、その間に負傷・死亡があっても何の補償もされない。(ボランティア保険に入っていても平常時の補償だけで天災の補償はない)したがって、万が一の補償を考えた場合、「透析専門派遣体制」として、労災保険でカバーできるように、1)自分の所属している施設から給料が出ている(有給休暇の利用)、2)施設長の依頼または命令による派遣であること、3)被災地の指揮命令系統に入っていることの3条件が必要となる。今後、医会−技士会−看護会が中心となってこの支援体制を確立する必要がある。
1)傷病者の特徴
平均死亡率は約50%で最高死亡率は80%との報告がある。死亡原因のほとんどが溺死(高齢者や小児が中心)で、生存者の多くが誤嚥性肺炎を起こすことが多いので酸素投与を含めた呼吸管理が重要である。生存者には擦過傷、鈍的外傷、打撲傷が多く見られるので創傷部位の感染防止、特に破傷風の予防に心がけ、また脱水症や低体温症合併への輸液を含めた治療が必要となる。急性期から復興期では、腸管感染症や呼吸感染症、創傷部位感染に注意するが、野生動物やペットの死骸からの感染、汚染された水からの感染の危険性が増大する。
2)実際の現場での処置・連携について
津波災害の現場での医療活動については、地震災害と異なり、医療救援活動が救命率向上に寄与することは少ないとされており、関係者はこの現実を認識し初動対応に取り込まなければならない。実際的に、津波直後の現場に出勤する場合には消防や警察などの救助者と連携し、溺水者への気道確保、人工呼吸などの救命処置が重要な医療活動である。一方、目の前で家族を失い呆然となっている被害者への精神的ケアも重要な活動の一つ である。
3)後方支援(病院)の準備について
病院の準備として、呼吸不全や誤嚥性肺炎を来たしている傷病者への対応として呼吸器が必要である。しかし、病院へ来院する傷病者の多くは、打撲や骨折、汚染された創傷、あるいは下痢などの比較的軽症であり、整形外科的な処置と脱水の治療が大部分であり、特別な準備は必要ないが、多数の傷病者に備えて、器材などを容易に入手できるような調達ルートの確保を考慮しておくべきであろう。
代表的な直接死因は火砕流、火山泥流と火山ガスであるが、火砕流は過去400年間で火山噴火での関連死の70%を占める。火砕流による死因は、火砕流本体の爆発による外傷、猛烈な高熱による熱傷、火山ガスによる窒息である。また、火砕流による負傷の特徴は、高熱ガス、火山灰の吸入による気道熱傷を伴う広範囲熱傷である。泥流により埋まっている人の救援活動や救急車の運行などの救援活動がより一層困難になる。火山性有毒ガスには二酸化炭素、硫化水素、二酸化硫黄、塩化水素、フッ化水素、一酸化炭素などがある。だいたいが呼吸困難、意識障害、頭痛、嘔気や嘔吐などが出現する。火山噴火の最も大きな環境への影響は、大気中に排出される灰である。長期間の火山灰降下で、噴火後は前と比較し喘息患者が4倍、気管支炎患者が2倍に増加下が、目への影響は少なかった。著名な感染症の報告はないが、1985年コロンビアのアルメロ火山噴火後は壊死性筋膜炎や毛菌症患者が通常より約80%の増加していたとの報告がある。
2)実際の現場での処置・連携について
一般市民は危険地帯からの迅速な避難をし、地方公共団体や消防はハザードマップを作成し、火山噴火対処計画を作成しなければならない。医療従事者は火山灰を含む粉塵中での活動なので、防塵マスクの装着、ゴーグルなどでの目の保護が必要である。また、火山災害では、気道熱傷を伴った重症熱傷が多発するので、現場での救護活動では搬送手段を考慮に入れたトリアージが重要である。
3)後方支援(病院)の準備について
高度救命救急センターでも、一度に治療可能な重症熱症患者数は2〜3人であり、同一病院への集中搬送を避けて適切な搬送病院の選定が行われる必要がある。ある病院で初期輸液と呼吸管理による安定化を図り、ヘリコプターなどの航空機による救命救急センターや熱傷センターへの広域搬送体制の確立が必要であることが指摘され、今後の検討課題とされている。
1995年1月17日早朝、兵庫県南部を襲った大地震は、神戸市の中西部から東部、芦屋市、西宮市の一部と瀬戸内海沿岸に沿って30kmにわたり震度7を記録し、被災した県下の透析施設はほとんどがこれらの激震地域に集中していた。この震災から学ぶべきことは、情報伝達の重要性であった。当時の連絡手段はもっぱら一般電話で、震災時は停電と同時に一般電話が使えなくなり、患者への十分な情報伝達ができなかったため、情報を得られなかった患者は被災地外の施設に自ら出向き、透析を受けた。この災害から今後は以下の3つの対策をたてるべきである。
第一に施設と患者間の連絡方法として、インターネット、電子メール、携帯電話などの普及しているメディアを使って、可能な限りの連絡手段を全員に伝えておかなければならない。実際、地域のネットワーク整備を目的に、日本透析医会が管理する災害時情報ネットワークが2000年より活動している。また多くの地域で都道府県透析医会がネットワークを構築している。具体的には地域の担当者が被災地内の情報を取りまとめ早期に発信し、集約された情報を県透析医会および日本透析医会の情報ネットワークで共有し、それらを行政や支援団体にフィードバックされるというシステムである。
第二に患者情報カードである。大震災当事、被災施設の患者が単独で治療を受けに行った施設は、その情報を得るのに苦労した。必要情報は限られているので、統一したフォーマットで情報を得られるよう患者情報カードを普及させるとともに、患者側は有事にカードを携帯することが重要である。
第三は、患者搬送と治療継続のための対策である。神戸市内は東西に2基幹道路が2本しかなかった上に、道路はいたるところで通行不能になり、鉄道の復旧が送れたために渋滞が慢性化した。今後はヘリコプターや船舶による患者搬送も視野に入れた対策が必要である。また患者の通院と同時に職員の通勤にも支障をきたすので、職員の宿泊スペース確保も検討しなければならない。
2004年10月20日に高知県に上陸した台風23号は西日本から東北地方の広い範囲に大きな被害をもたらした。このときも、一般電話回線は局地的には繋がりにくく、不確実であったが、NTT西日本では「災害用伝言ダイヤル171」を20日間運用し、避難所に特設公衆電話が設置された。また兵庫県透析医会は各地域の担当者が情報をメーリングリストに届け、早期に各地域の被害状況が把握でき、支援の準備ができた。一方、台風による水害では浸水による装置被害が問題となった。透析室および機会室はいずれも2階以上の階層に設置することが望ましい。また地下室は浸水に対して無抵抗であるため、機械室および配電盤等を地下室に配置することは避けなければならない。大震災以来、透析関連施設では耐震対策を強化したが、浸水が機器類に与える影響も大きいことが示された。
災害の発生は避けがたいものであるが、われわれのできることとして被害を小さくするための準備をすることがある。透析医療における情報ネットワークはすでに確立されつつあるが、今後の都市型災害においては、ライフラインや道路の整備など、行政の対策を見据えながら臨機応変な対応が求められる。
災害時、医療機能は著しく低下することは容易に推測できる。備えは自分達の手で。(以下は国立病院機構災害医療センターの装備や備蓄体制の紹介)
■職員非常召集
災害は昼間に起こるとは限らない。休日、夜間の発生を想定し職員の招集基準をレベル別に策定している。
■各種連絡網整備
■輸送手段確保
迅速に輸送経路や輸送手段等を確保し、緊急度・重要度を考慮した効率的な輸送を実施する。平常
時から災害に備え、関係機関とネットワークづくりをしておく。
■災害教育
看護部において、看護職員全員に対し現任教育の中に災害分野を設け研修や訓練を行っている。
■災害訓練
災害時のパニックを予想し、日頃の訓練と役割を明確にしておくことが何より重要。スタート方式トリアージタッグは看護師の実施に適している。
■ボランティアの育成
毎月一回の研修とサマーセミナーを実施。
災害医療シミュレーション
(石井 昇.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 121-126)
津波における対応/火山噴火における対応1.津波における対応
2.火山噴火における対応
透析医療における災害対策
(1)1995年阪神・淡路大震災、2004年台風23号による水害
(森上辰哉ほか.臨床透析 22:1477-1482, 2006)すべての病院に必要な災害に強い病院・看護部づくり
(菊池志津子ほか.インターナショナルナーシングレビュー 28: 84-90, 2005)
1.はじめに/2.災害への備え1.はじめに
2.災害への備え