災害医学・抄読会 071026

災害医療の評価(上)

(石井 昇.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 97-102)


はじめに

 災害医療は,災害の種類に関わらず通常の緊急医療体制での対応が困難な状況,すなわち医療需給(傷病者数に対する医療対応能力)の不均衡の下で行われる医療活動であり,一般的に被災地域外からの支援を必要とすると定義される。そして,災害医療活動の基本は医療需給バランスが崩れた状況下で効率的かつ適切な医療を提供し,preventable deaths(適切な医療対応がなされれば,救命できた可能性のある死)を少なくすることである。

 また,災害発生後の避難所での保健衛生と医療提供,環境破壊や生活環境の悪化により生じる感染症や疾病の増悪などの二次的な健康被害の予防,被災者などへの心のケアやPTSDなどへの衣料対応,被災地の日常的な保健医療への復旧支援と財政支援,さらに次の災害への事前準備や訓練などを含めた広範な医療として捉えるべきものである。しかし,一般に「災害医療」は,災害発生の急性期の救命救急医療として捉えることが多く,災害発生後の被災者の探査・救出救助,現場でのトリアージ,応急処置と医療機関への搬送,医療機関間での傷病者転院搬送を含めた医療機関での救命救急医療から根治的な治療へ引き継がれるまでと考えられることが多い。

 従って,災害医療の評価も災害急性期に実施された救命救急医療を中心としたケーススタディが主体であり,「災害サイクル」全体の中で提供される医療全般に関わる評価はほとんど行われておらず,客観的かつ科学的な評価の方法も確立されていない。WADEM(World Association for Disaster and Emergency Medicine)は2000年に災害医療活動を評価するための客観的かつ科学的な評価の標準的な手法としてUtstein Templateを用いたスコアリングでの評価法を提唱したが,未だ認知度は低い。

 そこで,従来行われてきた急性期の救命救急医療活動についての標準的な災害医療の評価方法について説明し,1995年の阪神淡路大震災と2005年のJR福知山線列車脱線事故において行われた評価方法を紹介するとともに,WADEMの提唱した評価方法の一端について紹介する。

災害医療,特に急性期の災害医療の評価について

 災害発生時に迅速かつ適切な災害医療活動を行うためには,1)情報収集・伝達方法,2)初期救助・救出,3)災害現場への救護班の派遣,4)現場での関係機関の連携,5)傷病者の搬送手段,6)傷病者の収容医療機関,7)医療機関の連携,8)医薬品・医療資器材の供給,などの体制が事前に計画・準備されていなければならない。そのため,災害の規模に応じて広域かつ多方面の人的・物的資源の組織化および動員が不可欠である。特に災害発生初期の対応を円滑に遂行するために,消防,警察,医療機関,行政機関,自衛隊,地域コミュニティやボランティア団体などとの連携,協力体制が不可欠である。また,時間経過と共に,感染症対策や心のケアを含めた健康管理への対応が重要となってくる。

 従って,急性期の救命救急医療活動の評価指標として表1のような項目が用いられてきた。そして,災害後に行政機関や関係機関などが災害対応の実態調査を開始した。医療の面についても行政機関や関係学会などが消防や医療機関などの関係機関からの聞き取り調査やアンケート調査を実施して,それらの資料を整理し委員会を設置して検討するという方法で行われてきた。これらの評価はあくまで災害現場での医療から医療機関までの医療についてのものであり,災害医療のミクロな視点での評価である。これからの災害医療の評価には「災害サイクル全体から見た評価法の確立」が望まれており,災害現場や医療機関などにおける災害医療の質の改善に寄与するものが期待されている。

1)阪神・淡路大震災の災害医療の評価について

 1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災は,水,電気,ガスなどの「ライフライン」や情報などの断絶を生じ,行政,消防や医療機関も同時に被害を受け,4500人を越える死者,4万人を越える負傷者をもたらし,我が国の災害医療体制の不備が指摘された。震災後に数多くの関係機関において災害医療の評価が行われた。その一部を紹介する。

 兵庫県は医療機関の被害,患者への医療的今日,防災に対する備えなどを把握し,現状と問題点を明らかにするためにアンケート調査を実施した。この結果に基づいて「災害医療システム検討委員会」を設置して「兵庫県の災害救急医療システムのあり方」の提言を行った。(旧)厚生省は,「阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会」を立ち上げ,被災関連資料や兵庫県のアンケート調査資料などを参考にして,この大震災における災害医療の教訓をまとめた(表2)。そして「災害時における初期救急医療体制の充実強化について」という通知を出し,災害医療体制の整備が進められることとなった(表3)。その結果,10年を経過して表4のようなことが整備され,この国の災害医療体制の充実が図られるようになった。しかし,兵庫県や厚生労働省の委員会での評価は災害所期での救急医療対応の評価をアンケートや個人経験などを基にして行ったもので,その詳細な実態調査に基づいた評価ではなく,医療体制そのものの評価に留まっている。

 一方,厚生科学研究として実施された「阪神・淡路大震災に係る初期救急医療実態調査」は震災に関連した傷病者を受け入れた医療機関を対象としてアンケート調査に加えて,医療機関を訪問して診療録を閲覧し,後方医療機関への転送などの時間経過を含めて総合的な調査を実施し,特に入院患者の予後調査結果からpreventable deathsの有無に関しての評価が行われた。その結果,医療対応においてpreventable deathsが約200人あったと推定されると報告した。なお,Prettoらは,5411人の死者について,震災後3〜24時間以内にpreventable deathsが13%(約700人)あったと報告している。その他にも数多くの調査が行われているが,総合的な災害医療の評価はなされていない。

 大震災の5年後,兵庫県では震災対策国際総合検証事業の中で医療部門について検証作業が行われた。その検証方法は震災後の兵庫県の災害医療システム構築における過去5年間の対応を評価したもので,医療関係者に対する災害医療の研修や訓練は推進されつつあるが,未だ充分な整備はなされていないとの評価がなされた。また,10年後にも同様の検証事業の中でJR福知山線列車脱線事故の評価を含めた災害医療システムの検証作業が行われた。このように大震災後に定期的に災害全般の評価や検証が実施されて,一歩ずつ提言が実現化されていくことが,preventable deathsの軽減において大事なことである。


災害医療の評価(下)

(石井 昇.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 102-110)


2)JR福知山線脱線事故の災害医療の評価

 2005年4月25日午前9時18分ごろ、兵庫県尼崎市にて発生したJR福知山線上り快速列車(7両編成)がカーブで脱線し、死者107人(男性59人、女性48人)、負傷者549人(重症139人、軽症410人、最終的には555人とJRから発表)の大規模人為的被害が発生した。10時01分、ドクターカーが到着し、トリアージを開始した。事故現場と周辺医療機関の応援に派遣された医療チームは最終的に計20チームとなった。同日午後4時ごろ、1両目に数人の生存者がいるとの情報がもたらされ、閉じ込められた患者への医療介入、いわゆる、がれきの下の医療(Confined Space Medicine)が実践され、3人が生存救出された。3人とも重度のクラッシュ症候群を呈し、うち1人は数日後に搬送先病院で死亡した。

 本事故の医療救護活動について、日本集団災害医学会は「尼崎JR脱線事故特別調査委員会」を設置して調査を行った。本調査委員会の評価は、1)現場派遣医療チームがある程度の統率を保って活動した。2)現場での二次トリアージが医療チームによって行われた結果、黒タッグ(現場で死亡と判断)の人は医療機関に搬送されなかった。3)重傷者の分散搬送が行われ、かつ、現場近くの臨時ヘリポートから重傷者10人がヘリ搬送された。4)がれきの下の医療(CSM)が行われた などであり、本委員会は、本災害でのpreventable deathsはなかったと評価した。

 しかし、事故発生が月曜日の午後9時18分ごろで、あらゆる組織にとって活動しやすい時間帯であったことや、交通の便が比較的良好で多数の医療機関が存在する都会で発生したという不幸中の幸いという面があったことは否定できない。一方、1)現場で活動する者には事故の全体像の把握が困難だった、2)参加した医療チームの間で明確な指揮体制が構築されなかった、3)現場の医療チームの装備や服装が不十分であった、4)現場医療班と消防や警察との連携が不十分であった、5)使用されたトリアージタッグが適切に収集と保管がなされず、その多くが廃棄され貴重な記録が失われた、6)臨時ヘリポートでのstaging careの準備が不十分であった、などの問題点が指摘された。

WADEMのUtstein Templateを用いた災害医療の評価法について

 本評価法のGothenburg versionは、外傷重傷度評価(ISS)と同じように、最終的に災害の重症度を算出する方法である。評価項目は5項目に分類され、それぞれの下でさらに評価するべき細項目(下記参照)に分かれる。

 中山らは阪神・淡路大震災と台湾中部地震における災害そのものと災害医療初期対応に関しての定量的な評価を試みた。Utstein Template(Gothenburg version)の医学的指標における重傷度スコ アは以下のとおりであった。それによると、災害自体の甚大さだけでなく、災害医療対応に関して多くの点で、阪神・淡路大震災の方が台湾中部地震に比べて対応が不十分だったことが数値化されて評価された。この原因としては、阪神・淡路大震災が都市直下型であったのに対し、台湾大地震が都市・山間部型であったことのみならず、国家政府レベルでの迅速な対応、被災地の行政機能の被害が少なく災害対策本部の早期立ち上げが可能であったこと、またそれにより傷病者、物資搬送にヘリコプターの有効活用ができたこと、ボランティア組織による早期からの自主的な医療救援活動などか指摘された。

 Utstein Templateを用いた定量化による評価は、地震を代表とする種々の災害において、被害の甚大さや医療対応の可否が視覚的に把握しやすくなり、災害医療救護の評価・比較に有用である。災害の資産蓄積が行われ、将来の災害対策の構築に寄与し得る可能性がある。台湾大地震での初期災害医療対応は、阪神・淡路大震災に比べ迅速な初期対応がなされた。近代化した都市の脆弱性を認識し、国家的事業としてrisk analysisに基づきながら災害対策や災害の準備システム作りの取り組むことは、日本政府や災害関係者の急務である。


災害医療シミュレーション:
はじめに/地震における対応

(石井 昇.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 112-121)


地震における対応

 地震災害の特徴は多数の死傷者が広範な地域で発生し、またライフラインや情報の途絶を伴い消防・医療機関も同時に被害を受けるので救助や救急活動の著しい低下が生じる。多数の被災者を生じるため、避難者への感染症や食中毒などの二次的災害の発生も高い。

1)傷病者の特徴

 一般的に地震災害による被災者の救命可能な時間は24〜48時間以内とされている。

2)実際の現場での処置・連携について(救急看護師、救急救命士、救急医それぞれの役割について)

3)後方支援(病院)の準備について

 病院の地震災害対策

  1. 建物の耐震性確保
  2. 災害時における指揮系統の確立
  3. 通信の確保と連絡体制
  4. 医薬品・医療資材の供給体制
  5. 院内の災害管理及び治療エリアなどの設定
  6. 教育・訓練に実施

4)訓練シミュレーション

 各関連機関の指揮者レベルが集まって情報伝達や対応などを検討する机上訓練、模擬患者作成してトリアージなどを行う演習訓練、各関連機関内のみで実施される消防や医療機関などでの防災訓練、地域住民を含めた災害に関係するすべての機関が参加する総合防災訓練などがある。どのような訓練でも反省会をし次の訓練につなげることが重要である。


看護者へのサポート

(板垣知佳子.インターナショナルナーシングレビュー 28: 71-75, 2005)


【救援者の受ける3つのストレス】

【ストレス反応を左右する要因】

【救援者のストレス反応】

【救援者のストレス処理法】

【考察】

 災害などの非日常的な場所へ行き、普段みない光景をみながら救援者としての仕事をすると誰でも普段感じたことのないストレスを感じるはずである。このような時、被災者現場の被災者にならないように自己のストレスを解消する教育プログラムが必要であると考える。また、一人一人が自分をよく知り、普段から自分なりのストレス処理法を持っておくことが大事だと思う。


はじめに/第1章 「超高層」は危ない

(渡辺 実.高層難民、東京、新潮社 2007、p.3-30)


 今後高い確率で起こるとされている大地震に遭遇すると、大都会では「高層難民」「帰宅難民」「避難所難民」という三大「震災難民」が発生する。この論文では、高層難民について述べられている。

 高層難民:建物被害や停電、救助や復旧の遅れが生じ、高層住宅や高層ビルの住民が身動きが取れなくなり生じる。
 帰宅難民:JRや私鉄、地下鉄などの交通機関が、長時間停止して、帰宅できなくなる人が発生する。
 避難所難民:避難所として指定している施設が崩壊して避難者を収容できないケースが発生し地震発生初日から大勢の避難できない人々が発生する。

「超高層」とは
 「高層建物」は一般的に、1〜2階程度を低層建物、4〜5階程度を中層建物、それ以上を高層建物と言っているが、消防法では、高さ31m以上の建築物を指す。「超高層」は、建築基準法では高さ60m以上の建築物を指しているが、一般的に100m以上の建築物を言っている。

超高層の歴史
 日本の高層建築の幕開けは、1963年の建築基準法改正であった。明治・大正時代の浅草に「凌雲 閣」という12階建ての建物があり、1923年の関東大震災で8階以上が崩壊した。これは、日本初の地 震被害であった。

「共振現象」
 1995年1月17日の阪神・淡路大震災で、地下3階地上30階建ての神戸市役所庁舎1号館は、構造的被害はほとんどなかったが、この隣に建っていた8階建ての2号館は、6階部分がぺしゃんこに崩壊してしまった。この要因は、この大震災を引き起こした兵庫県南部地震が、「直下地震」だったことにある。地震による超高層ビルのダメージを考える場合、地震波の周期と建物の揺れの周期との関係を考える必要がある。内陸層の活断層によって引き起こされる都市直下地震の場合、建物に伝わる地震波の周期は短くなる。逆に、海洋性地震の場合、震源が深いことが多く、陸地までの距離も離れているため、地震波の周期は長くなる。超高層ビルや長い構造物の固有周期は長く、低層建物や短い構造物の固有周期は短い。共振現象とは、ある固有周期をもった建物に、この周期に近い周期をもった地震波が襲ってきた場合、地震と建物の周期が重なり合うことであるが、これが発生すると巨大な破壊力が生まれて、建物や構造物を崩壊させてしまう危険性が飛躍的に高まる。阪神・淡路大震災の1号館の構造的被害がなかったことは、地震波が短周期だった一方、建物の固有周期が長かったことにより免れることができたからである。

長周期地震動
 長周期地震動は、人があまり感じない周期(2〜10秒程度)の非常にゆっくりとした揺れになる。巨大地震で発生しやすく、やわらかい堆積層の地盤では、この揺れが増幅して長く続く。また、長周期地震動は揺れが数分間以上続き、建物に繰り返し損傷を与えることから、累積した損傷によって建物がさらなるダメージを受ける可能性がある。2004年10月の新潟県中越地震の時に、震源から約200qも離れた六本木ヒルズ森タワーで、エレベータ6基が機器の損傷で停止し、うち1基では8本ある主ロープの1本が切断される事故が発生した。この事故は、長周期地震動の怖さを突きつけた。

 近年、高層・超高層マンションの建設ラッシュが続いている。最近では、「都市回帰」傾向があり今後も続いていくと思われる。災害には、それぞれ固有の顔があり、新たな災害が発生するたびに新しい顔を見せてくる。防災対策は、災害のたびに現れる新しい顔との戦いであり、次の災害で同じ被害を繰り返さない、もしくは被害を最小化するための対策をいかに構築していくかが大切である。


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