災害医学・抄読会 071012

わが国の災害医療体制(上)

(近藤久禎.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 78-84)


災害医療体制の原点

一方で国内では・・・

阪神・淡路大震災の教訓

阪神・淡路大震災での問題点

医療需要:
 震災の被害により大量の負傷者が発生、医療需要が拡大。

医療供給:
 病院の被災、ライフライン途絶、医療従事者の確保困難による医療提供低下。
 情報の混乱のため、適切な医療供給が不可能。
 供給不足による患者の被災地外への搬送連携 機能せず。

   その教訓をいかし・・・

災害拠点病院の設置

 県に若干数の基幹災害拠点病院、2次医療圏を目安に災害拠点病院を指定。

 役割
  高度の診療機能、地域医療機関への機材貸し出し、医療救護チーム派遣
  傷病者の広域搬送への対応。基幹災害拠点病院はそれに加え要員の訓練・研修機能を有す。

広域災害・救急医療情報システム

 厚生労働省等 関連省庁、都道府県関係部局、災害拠点病院などをインターネットを用いてネットワークを構築した。

 役割
  災害時の被災状況、患者受け入れ状況、医療支援情報の共有。

DMATの設置

 DMATとは災害の急性期(48時間以内)に活動できる機動性をもったトレーニングをうけた医療チーム。防災基本計画にのっとり設置され、都道府県の要請によって活動する。主な活動として、災害地内の活動と広域医療搬送の二つがある。

 災害地内:
  被災地近隣のDMATはDMAT域内活動現地本部に参集。
  (DMAT域内活動現地本部は被災地内の災害拠点病院などに設けられる。)
  そこで指示・調整をうけ、被災地内で活動を行う。

 広域医療搬送:
  被災地遠隔地DMATは、おおむね全国に6ヵ所程度設けられる集結拠点に参集。
  そこから自衛隊機・民間機により域内の広域搬送拠点に参集し
  SCU-DMAT(SCU:ステージングケアユニット)の指示・調整を受け活動する。

広域医療搬送

 被災地内において医療供給をオーバーした負傷者に対し、重傷者の救命と被災地内医療の負担を軽減するため、重傷者を被災地外の災害拠点病院に搬送する一連の活動。
 DMATは患者の搬送、応急処置、広域搬送のためのトリアージ、患者の搬出などを行う。


わが国の災害医療体制(中)

(近藤久禎.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 84-91)


政府の大地震対策

 長期的かつ総合的な視点から防災上必要な諸施策の基本については、国・地方公共団体・指定 公共機関などにおける各々の役割などが防災基本計画の震災対策編に定められている。しかし、よ り具体的な対策の進め方を定めるため、地震ごとに策定されている計画もある。

例:東海地震

  1. 東海地震対策大綱
  2. 東海地震応急対策活動要領
  3. 「東海地震応急対策活動要領」に基づく具体的な活動内容にかかわる計画

「東海地震応急対策活動要領に基づく具体的な活動内容にかかわる計画」

1)検討経緯

 2001年の中央防災会議で「東海地震対策専門調査会」が設置され地震に関する検討が開始された。 東海地震にかかわる新たな想定震源域に基づく被害について検討を行い、2003年3月に被害想定が公 表されている。2004年6月29日の中央防災会議幹事会において初めて、東海地震(予知型)発生時の 広域医療搬送についての具体的な計画が策定され、2006年4月21日に予知型・突発型に関する計画が 決定された。

2)概要

  1. 救助活動、消火活動などにかかわる計画(救助・消火部隊の派遣・規模、活動拠点計画)
  2. 医療活動にかかわる計画(広域医療搬送、救護班派遣計画)
  3. 物資調達にかかわる計画(物資調達、物資拠点計画)
  4. 輸送活動にかかわる計画(緊急輸送ルート、緊急輸送活動計画)

3)広域医療搬送体制

 頭・胸・腹部などの中程度の外傷患者、クラッシュ症候群患者、広範囲熱傷患者を対象患者 とする。主な期間の役割分担、DMATなどの参集拠点、被災地内広域搬送拠点、被災地内搬送手段 (災害拠点病院など〜被災地内広域搬送拠点まで)、広域搬送手段(被災地内広域搬送拠点〜被災 地外広域搬送拠点まで)、被災地外広域搬送拠点、被災地外広域搬送拠点から患者受入医療施設ま での搬送について定めている。

4)広域医療搬送対象患者の推計

 想定東海地震が発生した場合の対象となり得る患者数を算定した結果、発災後72時間で神奈 川県・山梨県・長野県・静岡県・愛知県で合計658人になると推計している。

5)予知型・突発型における広域医療搬送計画

 予知型では許容時間3時間以降の患者を、突発型では許容時間8時間以降の患者を対象とし、 前者の目標患者数は629人、後者の目標患者数は516人としている。災害派遣医療チーム(DMAT)の 派遣必要数は予知型では143チーム、突発型では133チームとしている。

 予知型は地震発生後3時間をめどに自衛隊機で被災地内の広域搬送拠点へ移動し、6時間後には被災地外への広域搬送を開始することを想定している。一方、突発型は地震発生後1時間で所属病院に参集し、5〜6時間後から被災地内の広域搬送拠点へ移動し、8時間以降に広域搬送を開始することを想定している。また広域医療搬送対象患者の輸送に必要な航空機数は予知型で3〜8時間に固定翼輸送機24機、大型回転翼機6機、8〜24時間にそれぞれ45機、9機、24〜72時間にそれぞれ14機、3機と想定されている。

 突発型は8〜24時間にそれぞれ36機、8機、24〜72時間にそれぞれ14機、3機が必要と想定されている。しかし、現在自衛隊が保有する固定翼輸送機以上の輸送機が必要であり、災害発生時には部隊派遣など他の所用で輸送用の機体が十分確保できないことが考えられるため、さらなる検討が必要となっている。具体的には固定翼輸送機1機当たりの搬送患者数の増加、および代替搬送手段の確立が必要と考えられている。


わが国の災害医療体制(下)

(近藤久禎.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 91-96)


[東南海・南海地震、首都直下型地震に対する検討]

〇東南海・南海地震は今世紀前半に発生の恐れ

→2003年9月、東南海、南海地震などに関する専門調査会から被害想定が公表され、現在この被害想定に基づいて広域医療搬送計画を作成中。

〇首都直下型地震はある程度の切迫性が指摘

→1998年8月、「南関東地域の大規模地震時における広域医療搬送活動アクションプラン第1次申し合わせ」が作成され、その後2003年8月29日災害応急対策関係閣僚意見交換会において、「南関東直下型地震に関する内閣総理大臣指示事項」が出された。

 これに対して2004年4月20日の中央防災会議において、「南関東直下の地震に係る内閣総理大臣指示事項について報告」が行われ、広域医療搬送に関しては以下の回答がなされている。

  1. 広域医療搬送計画を定めること

    • 広域医療搬送の対象となる患者の症状と目標とする患者数(阪神・淡路大震災の経験を踏まえ約490人)を設定
    • 全国の医療施設において広域搬送患者の受け入れは可能
    • 広域医療搬送に従事する医師は必要数約100人に対して不足。災害拠点病院なども含めた医師などの派遣体制の構築が課題。

  2. 自衛隊機の利用計画を定めること

    • 自衛隊員および資材の搬送と広域医療搬送の両立を図る

 その後、2005年2月の首都直下型地震対策専門調査会から首都直下型地震の被害想定が公表され、現在この被害想定に基づいて広域医療搬送計画を作成中。

[海外への災害援助:国際緊急援助隊]

1)わが国の緊急援助体制(金、物、人の援助)

(金)資金協力―緊急無償資金協力(外務省が直接実施)
(物)物的支援−緊急援助物資の供与(JICAが中心となり実施)
(人)人的支援−国際緊急援助隊の派遣(JICAが中心となり実施)

<国際緊急援助隊の構成>

  • 自衛隊−医療活動(防疫含む)、輸送活動、給水活動を実施。

    2)国際緊急援助隊医療チーム

     国際緊急援助隊医療チームは所定の研修を受けてボランタリー登録された医療従事者、ロジスティック要員より構成。登録メンバーは医師209人、看護師340人、薬剤師33人、その他の要員(調整員)178人の計760人が登録(2006年9月現在)。 医療チーム要因の研修は、登録前に3日間行われる導入研修と継続的、専門的な教育を目的とする中級研修がある。導入研修は3日間、中級研修は1日間で年3回実施。中級研修のうち2回は2年間のカリキュラムによる専門知識、技能の強化を目的として行われている。残りの1回はトピックスや当該年に派遣されたチームの活動報告を行っている。

     医療チームの活動は、基本的には自己完結型の診療所による外来診療の実施。チームは団長の下、医療担当の副団長(メディカルコーディネーター)、ロジスティック担当の副団長が置かれ、その下で、総勢21人体制で医療部門、ロジ部門それぞれの活動を行う。派遣期間は2週間を単位として、支援のニーズがあれば交替のチームを派遣する。

     発足以来2005年まで、計63チーム、1028人が派遣されている。

    [まとめ]

     日本の災害医療体制は、カンボジアの難民支援、阪神・淡路大震災を契機に整備が進んできた。

     国内災害に対しては、阪神・淡路大震災以降、災害拠点病院の整備、広域災害救急医療情報システムの整備、DMATの整備が行われ、それを基盤とした広域医療搬送計画が検討され、東海地震については具体的な目標、計画が提示された。今後は、東海地震をモデルとして他の震災時についても広域医療搬送計画を策定するとともに、その実効性を確保するためのさらなる体制整備や継続的な訓練の実施が必要である。また、列車事故など局所災害における現場での医療対応、国民保護法制下におけるNBC災害を含むテロ対策などのさらなる進展が今後の課題である。

     国外災害に対する緊急援助も多くの災害派遣の経験から体制の基盤はできあがった。今後は従来の外来診療活動だけではなく、手術、入院機能などを加えたさらなる大規模化、チャーター機の活用も含めた迅速化、JICAの資源やツールを生かしつつ、国連やNGOなどほかの機関と強調した切れ目ない支援体制の確立が課題となる。

     これらの国内外における災害医療体制の進展は、災害を契機としつつ、平時の訓練、研修を基本として作られてきた。今後もますます甚大化が懸念される災害に対し、平時の訓練、研修のますますの進展を図っていくことが必要である。


    透析患者の災害時離脱訓練

    (山本秀子ほか.医療安全 12: 83-89, 2007)


     はじめに、血液透析の治療時間は3〜5時間かかる。もしも透析中に災害が発生した場合、患者は透 析から安全に離脱し避難しなければならない。どのようにすれば安全に患者が離脱できるのかを検 討していき、また検討していく過程で学んだことを報告する。

     透析中に大災害が起こったとき、患者は透析機器から離脱することなしに避難行動に移ることが 出来ません。また、大災害時には患者も医療スタッフも被災者であり、スタッフが十分患者に対処 できないことを考えなければならない。透析機器離脱訓練の目的を次のようにしました。1)患者自 身が確実な離脱手技ができる。2)患者は離脱手技ができることでより早い避難ができる。3)スタッ フは誰が自己離脱可能なのかわかる。

     『1)患者自身が確実な離脱手技ができる。』のために道具を使用せず離脱できる回路(クランプ、 ルアーロックつき)を使用しました。これらは日常診療で使用することができ、特別な労力を費やす ことなく訓練することが可能であることが利点である。逆に回路を遮断するために道具が必要な回 路の問題点は (a)地震などの災害現場では揺れなどのため道具が手元にない可能性がある。複数の手 順を踏むため実際の場で役に立たない可能性がある。(b)比較的高価なためむやみに練習できない。 (c)日常業務とかけ離れた作業が必要なためスタッフの介助による離脱が可能な場合でも時間がかかっ たりスムースにいかない可能性があるからである。また離脱手技の確実性を高めるために評価表を 作った。

     患者の離脱手技の評価を行ったところ、訓練を重ねても確実にできる割合は50%前後でした。要 因として患者の年齢が高齢であること、確実性を求めた結果、スタッフの評価が厳しかったことが あげられる。今後、この50%を目標として離脱訓練の回数を年2回から3回に変更し、毎月月初めには透析回路を待合室に展示し自由に練習できるようにした。また 回路に関しては患者側のラインが短くクランプやロックがはずしにくいとの指摘を受け、15cm延長 した。離脱手技のレベル、離脱の優先度を識別するためのネームプレート(色別4段階)を作成した。 緊急連絡カードも作成しました。災害により、当センターが壊滅的な状態になってもほかの施設に 連絡できる方法として有用である。これは患者が意識がないような状況でも発見者や医療者が救急 連絡カードを見ただけで透析患者とわかるように持ち歩くことを指導しました。

     離脱訓練は、訓練のたびに見直しを行ってきました。見直しを行うことで患者と医療者双方の意 識が変わってきた。患者は助けられる人で医療者は助ける人という考えが以前は患者、医療者とも に見られました。しかし、災害時には患者も医療者も被災者という考えの下、患者も医療者も教育 を進めていきました。患者には自分の命をいかにして自分で守るかということを教育しました。な ぜ離脱訓練が必要なのかを繰り返し説明しているうちに、拒否していた患者も離脱訓練を受けるよ うになりました。ネームプレートをなくした患者は作ってほしいと訴えてきました。現在では『離 脱訓練』=『災害時自分の命を自分で守るために必要な訓練』と位置づけているようである。医療 者には常に自分は助ける側でないということを教育しました。その結果、災害時だからこそ『患者 の参加と共同が必要』という意識になったと思う。

     現在までの取り組みは患者に受け入れられ、欠かすことなく続いています。しかし今後より多く の患者を救うためには当センターの災害時システムを検証する必要があり、また、日常的な努力と 訓練を継続していくことが重要である。


    看護者が行う「心のケア」

    (高岸壽美.インターナショナルナーシングレビュー 28: 66-70, 2005)


     災害は人々の生命や財産に多くの被害を与えると共に、心にも大きな傷を残す。

     日赤の心のケアは医師や看護師らがすべての被災者を対象に行うものであり、その基本姿勢は傾 聴、共感、受容である。日頃の看護場面と同様、心と身体を一緒に考え、その人の病状や言動の奥 にある心の様子を観察しながらケアすることが大切である。

     だからこそ、災害などの大きな衝撃を受けた方々に早い時期から関わる機会を持つ看護者こそが心 のケアに欠かせない存在となるである。

     ストレス反応は時間の経過とともに変化する。通常、急性期(数分間〜数日)→反応期(1か月〜 6か月)→修復期(1か月〜6か月)→復興期(6か月以降)のような4つの反応段階を経る。看護者と して被災地で活動する場合には、活動の時期により反応が異なることを理解し、積極的に介入する ことが必要となる。

     心のケアは特別なものでなく、一般の生活支援や医療救護と並行して行わなければならない。発 災直後の急性期に医療救護活動での自然な関わりから始まった心のケアを長期の援助へと繋いでい けるように地域の支援組織と連携していくことが必要となる。

     また、援助者は被災者を助けるのではなく、自助を助けることが重要であると自覚しておくことが 必要である。

     心のケアを行う援助者として大切なのは、支援的であること、共感的であること、誠実であるこ と、肯定的で判断のない態度、被災者の力の回復、実際的であること、守秘および倫理的配慮、以 上の7つである。

     出会いにおける関係づくりがその後のケアにつながる重要な作業と言える。その関係づくりのポイ ントは、1)自然な交流ケアから始める、2)看護者であること、救護活動の要因であることを明確に 伝え安心感を与える、3)状況に合わせたケアを心がける、である。

     心のケアは日常の看護活動の延長であると考え、肩の力を抜いて関わることが大切である。その ポイントは、1.側にいる、2.親身になって話を聞く、3.被災者の感情を受け止める、4.心の問題以 外にも相談に乗る、である。

     発災間もない被災地では、大勢の人が治療を求めて救護所に集まったり、避難所生活をするが、 そんな時に大切なのが心のトリアージである。被災者との関わりの中から、状態を冷静に見極めそ れぞれの状況に応じて以下の判断や応対をする。

     トリアージ1(暴力行為や自殺未遂の恐れ、パニック障害、解離状態など)の人には、最優先で 対処した上で速やかに専門家に相談する必要がある。トリアージ2(後日、相互支援やカウンセリ ングが必要、悲哀・悲嘆感が強く引きこもりや過剰行動が見られる)の人はトリアージ1群に引き 続き対応する必要がある。トリアージ3(ストレス処理法を伝えることで自分で対処できる、コ ミュニケーションが維持できる)の人にはトリアージ1および2群のあとに対応する。また、トリ アージ1群だけでなく、自分の能力や許容範囲を超えると感じたり、アルコールや薬物依存、危険 行動に結びつきそうな場合には専門家に紹介する。

     その際、その人に関心を持っており気遣っていることを伝えながら紹介する理由を説明する、紹 介先が複数になる場合にはその旨を伝えそれぞれの費用等をわかる範囲で伝える、専門家へに紹介が終わるまで援助をし続けることを保証する、といったことを心がける。

     災害に見舞われたとき、子供たちや高齢者などには特徴的な弱さがあり、一般の人たちに比べて情動的および身体的に困難を抱える場合が多く、特別な注意を要する。

     子供たちに対しては、まずよく聴きよく見ることでストレス反応を見極めなくてはならない。典型的な反応としては、まとわりつき、退行現象、不眠、身体的反応、引き金による反応(誘発反応)、集中力・思考力障害などである。対処方法として、大人(親)を支援する、習慣行動の継続、できるだけ子供の要求にこたえる、話をする、などである。

     高齢者は孤立感を感じさせることなく、周囲との接触の機会を多く持てるように工夫することが大切である。一人にしない、正確な情報を与える、役立っていると感じる機会を作る、などがポイントである。

     また、身体や精神に障害のある人、慢性疾患や持病がある人、小さな子供を抱えている人、家族を亡くした人、社会的・経済的に不利な立場にある人特にケアを要する場合がある。その場合、既存の医療サービスとの連携をとる、社会的サービスの専門家と連携をとることが重要である。


     心のケアは特別なケアの提供ではなく、看護者にとっては日常の看護活動の延長上の活動であることを自覚し、生活の安定に視点を置いた援助と相手の立場の悲しみやつらさを共感することから交流を持ち具体的な支持を行うことが大切である。

     災害時の異常と思われる反応を誰もが経験する感情や反応であると伝え、支援できる看護者の存在は被災者の大きな支えとなる。


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