災害医学・抄読会 070302

第7章 阪神淡路大震災からの教訓

(佐藤喜久二:主動の地震応急対策、東京、内外出版、2004、183-198)


 発災時間は午前5時46分

1.災害対策本部設置前後の参集状況

 首長(知事、市長、防災課長等)の庁舎への参集時間は、発災後1時間以内に半数くらいが、3時間以内にはほぼ全員が完了している。発災後直ちに行動(私有車・自転車・徒歩など)した人は渋滞に巻き込まれることなく速やかに参集できている。大規模災害の際は首長は部下からの報告を待つだけではなく、主体的に行動する必要がある。また首長の所在についてはプライバシーの保護により秘匿されがちであるが、万が一のことを考えて最低限重要な人物には公開しておく必要がある。

 県・市職員の参集状況について。兵庫県職員は当日午後2時(発災後8時間)までの参集率は職員全体の2割程度であった。神戸市職員については発災当日中に参集できたのは41%であった。神戸市消防職員は発災2時間以内に50%、5時間以内に90%は参集していた。これらの職員の参集率が低めなのは、交通網の途絶や職員自身の被災などが考えられる。消防職員については通勤途中で救助を求められやむなく救助を実施した者も多数いた。

2.県災害対策本部関連施設の状況

 災害対策本部室(県庁)では発災と同時に電力がストップし、自家発電に切り替えたが、断水により発電機がストップした。発災後4時間は停電の状況であった。また施設内は地震により資材や書類が散乱し足の踏み場もない状況であった。災害対策本部は指揮統制の核であるため、いかなる場合においても機能できるように機器の点検・保持を日ごろから行っておく必要がある。

 通信について。一般加入電話は回線輻輳のため発信がほとんどできなかった。消防庁行政無線は19時まで、兵庫衛星通信ネットワークは12時まで停止。他の通信装置も使用できない状態であった。通信は指揮統制・情報収集において不可欠であるため、発災時には常に重要な部署同士が連絡を取れるようにしておかなければならない。職員は回線の端末ルートや自家発電の最大電力などを確認しておく必要がある。

3.県・市災害対策本部の活動状況

 災害対策本部は8時に3項目にわたって対処方針を定めた。3項目というのは*被災状況など被害の全体把握、*人命救助に全力、関係機関に要請、*地域防災計画に従い各部において必要な対策を講ずる、である。これらについての改善点はもっと具体的な指示を出す・早く県民に呼びかける(応急活動を実施した事実だけでも伝え、市民に安心感を与える) 本部の設置時期と場所は必ず防災関係機関に通知する。

 現場サイドには未確認ながら救出救助活動などに関わる情報はかなり集まっていたが、それらが全般の状況を行う県や市の対策本部に集約されなかった。被害状況の判明率がかなり低く、災害の全貌を把握するのに困難を極めた。このことは発災初期においては収集情報に頼ることなく、それに代わる推定被害などを活用した大胆な対策の実行が必要であることを物語っている。


4章 緊急サ−ビス機関の組織と役割

(小栗顕二ほか・監訳:大事故災害への医療対応、東京、永井書店、2005、p.31-38)


《組織》

 保健医療サービスの職員はまず、他の緊急サービス機関の組織および役割をあらかじめ理解しておくことが重要である。警察・消防の両機関とも階層的に組織化され、明確な指揮系統と階級構造を持っている。一般に、状況がより複雑になれば、より上位の指揮官が現場を監督する。

《消防の規定出動》

□PDA(predetermined attendance; 規定出動):危険度評価によって定められている最初に派遣される車両台数。地方よりも都心のほうが早く、多くの消防車が必要となる。空港・石油化学工場等危険性の高い場所では、通常要求される以上の初動対応が必要である。

□特殊消防自動車

《大事故災害における警察の役割》

 大事故災害現場において、多くの国では警察に総括指揮権が与えられている(火災・化学物質流出等の場合は現場直近の消防に委譲)。警察は他のすべての緊急司令室と連携し、他の緊急サービス機関に大事故災害計画の発動を通達する責任がある。

 危機が切迫している場合、警察が誘導し、安全な場所へと避難させる。警察は現場に警戒線を張って、一般市民の進入を制限し、現場で活動する公的または正式な救助隊員の氏名を記録する。警察には有資格救援者の身元を確認する責任があり、身分証明バッジがない者は立入禁止となる。

□無傷生存者への対応:短時間のうちに無傷生存者を避難所に誘導し、食料等を配給する責任があり、生存者一時収容所を設営することがある。すぐに自宅に帰れない人には休泊所に案内される。このような施設は地方公共団体により提供され、すべての生存者が医療サービスを利用できるようになっていなければならない。

□家族および友人への対応:事故災害現場に訪れた家族・友人等は、家族・関係者用の収容センターに誘導されるべきである。

□死亡者:死亡は大半の国で医師のみによって確認できる。警察官の立会いのもとで行われ、死亡時刻と立ち会った警察官の身分証明番号を付票に記入する必要がある。警察は、遺体の身元が確認でき次第、近親者にその旨を通知する責任がある。遺体は、生存者の非難の妨げにならない限り動かしてはならない。当局から遺体の搬出許可が得られれば、警察の責任で、遺体は遺体仮安置所に運ばれ、検屍・正式な身元確認が行われる。指輪等は身元確認のため、絶対に取り外してはならない。

□交通規制:円滑な現場処理のため、車両誘導エリアを整備する。

□ボランティアの監督指揮:現場の出入りに関してはボランティアの記録をとり、活動が適切であるか厳重に監視する。

□救助隊員の福祉:救助隊員の休養のため、ボランティア団体による支援体制を確立し、移動式食堂車を利用できるようにする。

□法と秩序:のちに刑事訴訟に用いられる証拠の保全に努める。避難誘導の際、財産の保全に対して責任を負う。

□マスコミへの対応

《大事故災害における消防の役割》

 消防の初動責務として、前進指揮所の設置、人命救助、事故災害の拡大・悪化の防止、消化、ハザードの排除、被災者の救出・救助、瓦礫の下への侵入・退出路の確保、他の緊急サービス機関との連携、特殊装備の用意、死亡者の搬出等がある。消防には、現場への進入経路・水の安定供給という二つの問題がある。

□上級消防指揮者の職責:消防のあらゆる人的・物的資源の指揮を取り、消火、火災現場や閉じ込められた場所からの人名救助にかかわるすべての活動を指揮する。また、消防司令部内に指揮所の設置、事故災害の任務別担当者・安全管理者の任命、特殊装備の供給等を行う。

《警察の保健医療サービスに対する支援活動》

 移動医療チームの支援、通信手段の提供、救急車の通行路の整備、救助者への食料・飲料の供給と管理、負傷者の護送・情報整理、生存者一時収容所の設置、概要報告等のための会議施設の手配、現場評価・負傷者搬送のためのヘリコプター手配といった活動により、保健医療サービスを支援することができる。

《消防の保健医療サービスに対する支援活動》

 危険物の排除、避難所の提供、負傷者救出のための技術・装備の提供、医療介助要員・負傷者搬送要員の提供、医療資源が限られている場合においての応急処置、トリアージラベルの取り付け作業といった活動により、警察と同様に保健医療実働要員を支援することができる。


災害拠点病院とは何か

(山崎達枝ほか、インターナショナルナーシングレビュー 28: 102-106, 2005)


 平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災での体験、教訓を踏まえて、平成8年5月に厚生省から「災害時における初期救急医療体制の充実強化について」という通知が出され、その提言8項目の1つに災害拠点病院の整備が挙げられた。平成10年には災害拠点病院制度が制定され、災害医療体制の取り組みが本格的に開始されることになった。

 災害拠点病院の指定要件としては、災害拠点病院として24時間対応でき、災害発生後3日間の運営が可能であるなどの条件がある。その上で、高度診療機能、被災地からの重症患者の受け入れ機能、広域搬送への対応機能、自己完結型の医療救護チームの派遣機能、災害発生時の消防機関(緊急消防援助隊)と連携した医療救護班の派遣体制、地域医療機関への応急用資器材の貸し出し機能、ヘリコプター搬送救急患者の受け入れ体制などの機能を有する必要がある。

 災害拠点病院の医療施設および設備病棟に関しての要件としては、救急診療に必要な部門を設ける。患者の多数発生時に受け入れられる診療ベッド数を通常の2倍、外来患者に対しては通常の5倍の対応スペースの確保、および簡易ベッドの備蓄スペースの確保、また、耐震構造を有するとともに、水、電気等のライフラインの維持機能を有することが挙げられる。

 現在の災害拠点病院の設置状況は2005年3月3日の時点で541施設ある。そのうち、各都道府県の中心となる基幹災害医療センターはそれぞれ各1箇所以上ある。

 災害拠点病院の役割として、被災地内では入院患者のうち比較的症状の軽い被災者を被災地域外へ転送、災害発生時に直接来院した患者を即座にトリアージするなど被災現場やそのほかの病院・診療科からの重傷者受け入れ体制を確保することが挙げられる。また必要に応じてヘリコプター等により被災地域外の災害拠点病院や県内外への搬送を要請することも役割のひとつとしてある。

 被災地域外の役割として、入院患者のうち比較的症状の軽い患者を被災地域外のそのほかの病院および診療所等に転送するなどして、被災地域内からの重傷者受け入れ体制を確保することなどが挙げられる。

 災害時のマニュアルは行動レベルで作成する必要がある。そこではC・S・C・A・TTTの考え方を基本としている。C:Command:リーダは誰か、誰の指示を受けるのかなどの役割分担の明確化。S:Safety:自分、患者、職員の安全の確保、安否確認。C:Communication:対策本部との情報交換や、院内・院外との連絡手段の確保。他職種間との連絡が取れる情報コーディネーターの確保。

A:Assessment:可能な限り評価して対策を立てる。
TTT:Triage,Treatment,Transportation:3Tを円滑に行うことで救命率が上昇する。

 災害発生時の医療救護班派遣体制としては災害発生時に迅速に対応、行動できるよう救護班を編成し準備性を高めておく必要がある。災害発生時の対応として1チーム医師を1名、看護師3名、事務職員1名の計5名で編成し、常時2チームの1週間体制で年間を通して派遣登録制を行っている。

 災害拠点病院施設に勤務する看護職の役割として、いつ災害が発生してもよいように体制を確立しておくことが重要であり、看護職は現場で主体的に活動できるように断続的、継続的、系統的に組織として研修を行っていくことが最も重要である。そして、教育・訓練やマニュアル作成を考えるときは常に訓練計画、訓練実施、結果・反省、改善という順番で行うことが望ましい。 災害拠点病院の看護部としての今後の課題として、看護基礎教育においては救急看護の基礎教育以外に災害時の看護について学習する機会がほとんど無い現状であり、都立広尾病院では院内看護職員の災害看護教育研修(災害看護エキスパートコース)を強化している。

 災害看護エキスパートコース研修では看護職員のみの研修のため、演習などにおいては限界がある。病院経営本部研修として職種横断的に研修することにより、看護師、コメディカル、事務職員を含めそれぞれの役割に応じた研修、演習が可能となる。また、これまでの災害看護エキスパートコース研修の実績をもとに多職種との合同研修、演習などにもエキスパート研修修了者や災害教育委員を十分に活用しながら災害医療の充実に努める必要がある。


阪神・淡路大震災の経験から

(宮崎隆吉/徐永昌、臨床と薬物治療 22: 250-263, 2003)


保健・医療対応の経験と教訓

1.初動活動

 10年前の1月17日、兵庫県南部地震が起こった。地震直後、災害対策本部を設置し緊急対策が講じられたが、最終的に6000人を越える「死体の検案」がとりあえずの課題となった。検案は日本法医学会の協力もあって順調に進み、遺体埋葬に関しても発災後11日目に ほぼ火葬を完了することが出来た。検案結果によると、9割以上が窒息、圧死などによる即死となっており、医療による救命には限界があり、住宅の耐震化の有用性が強く示唆された。

2.医療救護

 発災後7日目で被災地内の全病院の被害状況が把握できた。後の調査でほとんどの病院で何らかの被害があり、当日全診療部門が対応可能な病院は44%であった。一方診療所では発災後1週間経っても全体の48%しか開院していなかった。

 患者数は震災後1週間の入院数は4.2倍、院内死亡数は1.9倍となった。DOA(Death on Arrive:到着時すでに死亡していた者)は約半年分が一度に搬入されたがその数は病院ごとで違っていた。重症患者は被災地外の医療機関に転・搬送されたが、ヘリコプターや船舶による搬送は2.2%、1.3%と低値であった。これは平時からヘリコプター搬送に慣れていなかったことや、医療サイドが搬送指示権限を有していなかったことが原因であった。

 緊急医療対策の中で特に急がれたのは、「透析医療」の確保と「挫滅症候群」への対応であった。前者は医療機関の連携等によって被災透析患者の腎不全による死亡は食い止めることが出来た。一方、後者においては早期に注意の喚起をしたが、372例中50例が死亡した。この救命率向上の為には平時医療を行える後方病院への速やかな転。搬送が重要である。

3.避難所等における応急対策

 避難所には避難者の医療確保の為に「救護所」が設けられ、それだけでは不十分な地域には「救護センター」も設けられた。発災後1週目には2次救急の「病院群輪番制」の復旧により避難所で医師の看取りのないままの死亡は見られなかった。避難所ではインフルエンザ用疾患が多数を占めていたことから、インフルエンザ・ワクチンの接種を行ったり、結核対策を行ったり、寝たきり防止策として機能訓練を実施したりした。また精神障害者の継続的医療の確保の為、「精神科救護所」を設けたりした。

4.生活環境対策

 避難所の防疫対策として、クレゾール、逆性石鹸を確保し、手洗いなどの保健指導、食品に対する指導、啓発を行った結果、食中毒発生の報告はなかった。「仮設トイレ」も設けていたがバキューム車の確保や交通渋滞により、場所によっては間に合わない所も出てきた。

5.仮設住宅等における復旧対策

 仮設住宅が整備されるにつれて、保健所では「PTSD」に力点を置き、アルコール関連問題や「孤独死」への対策が必要となっていった。これは、仮設住宅地域で単身所帯数の増加が起こっていることによるものだった。対策として「ふれあいセンター」を設けた。医療機関に関して、仮設住宅の集中などによる人口集中によって医療需給バランスの崩れが見られたため、人口1200人当たり1ヵ所の一般医科診療所を設けることを標準とした。

 これほどの医療機関の早期復旧が実現した裏には、国の補正予算による「政策医療」に対する手厚い資金援助や、社会福祉・医療事業団の融資に関しても、有利な条件を取り付けることができたことが挙げられる。

新たな災害対策と強化

1.災害対策の強化

 災害後の検討委員会で、従来の「救急医療情報システム」は、迅速かつ的確な医療情報の収集や患者搬送の指示が行えるよう「広域災害救急医療情報システム」として機能を拡大した。そして、災害医療の提供、ヘリコプターによる患者搬送、医薬品の備蓄等を行う中枢施設として機能する「兵庫県災害医療センター」を整備した。これだけでは補いきれない、行政医師が配置されていない市町には、この弱点を補う為に災害拠点病院の救急部長等の中から、県と町をつなぐ「災害医療コーディネーター」を選任した。

2.創造的復興

 阪神・淡路大震災では「ヒューマンケア」の大切さについて考えさせられるものがあった。そこでヒューマンケアの理念の普及・啓発を目的に、「ひと未来館」というものが設備された。

 またPTSDの重要性もあげられ、研究、相談支援、交流や情報の収集・発信といった機能を有する「兵庫県こころのケアセンター」を開設した。

3.残された課題

 阪神・淡路大震災時の医療対応に際しては、患者搬送の指揮が困難であった。今後は初期・2次・3次救急医療体制と救急告示制度の一元化と併せて実質的な連携強化が急がれる。さらに災害救助法適用下での知事の指揮による円滑な保険対応の実施の為には特に保健所政令化が進められていく中にあっては、県と保健所政令市との信頼と連携が必要である。


日本におけるPTSD対策

(窪田文子、予防時報 2005年秋号 p.14-19)



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