災害医学・抄読会 070216

阪神大震災における初期医療現場の状況と問題点

(立道 清・編著:そのとき医師たちになにができたか、清文社、大阪、1996、 p.189-214)


 阪神大震災における初期医療現場の実態を調査し、今後の災害時の医療対策に役立てていくため に、神戸市内の第一線の25病院を対象にアンケートを行い問題点を振り返った。

 今回最もダメージを与えたのが、病院の損壊によって生じた、水と通信手段に関する問題である。 貯水槽の破壊により数週間にわたり給水が停止することを想定できていなかったのが問題であり、 今後は貯水槽の補強や断水時の対策を綿密に立てていかなければならない。また電話やファックス が初期三日間においてほぼ壊滅的に機能せず、これにより病院間で互いに連絡を取れなかったとい うのは、医療の効率や連携に大きな支障を生んだと言えるであろう。

 第二に物的人的医療資源の問題である。通信手段の損壊や交通網の寸断もあり、震災時に患者が殺 到した病院と比較的余裕のあった病院とに二分される事態となってしまった。限られた人的資源を より効率よく利用することが重要となってくるので、災害時には私的公的病院の枠を超えて、安全 に人的資源の確保、配分を行わなければならない。さらに物的面においても医療物品の備蓄方法を 検討し、国として物的人的医療資源を迅速に投入できるようにしておく必要がある。

 第三に医療状況についてであるが、今震災では死亡者は多かったがこれらは全て当日早期に発生し たもので、入院患者で高度な救急医療を必要とする重症患者は比較的少なかったようである。つま り被災地の中での初期医療はかなりの程度まで施行されたと考えてよいと言える。よって死亡者を 減らせる可能性があったとすれば、医療活動よりも救助活動についてもっと検討する余地があるの ではないだろうか。

 そこで第四に患者の救助・搬送の問題を挙げる。患者の救助・搬送に優れていると言えるのがヘリ コプターの利用である。さらに、今回は幸いにもどうしても搬送すべき重症患者は比較的少なかっ たのだが、こういった場合にも可能であるならばヘリコプターにより被災地外へ患者を搬送できる 環境にあることも望ましい。しかしヘリコプター搬送においては、利用に際しての情報不足・発着 基地の確保困難・交通網寸断によるヘリポートへのアクセス困難など様々な問題が存在するのが現 状である。これらを改善するために、平時から病院が救急患者のヘリコプター搬送に慣れるよう訓 練を行ったり、またあらかじめ交通の便を考慮した上で発着基地を決めておくなどの対策がある。 さらに、搬送においては被災地外の病院の助けも非常に重要となってくる。そのため被災地外にあ る病院の積極的かつ迅速な行動が、患者搬送の問題を解決する上で不可欠となろう。

 今回の検討は初期三日間に焦点を置いたものである。震災時の災害医療が日常行われている救急医 療とは全く異質なものであることを認識した上で、前述して挙げたような反省点をふまえながら緊 急時の対策を検討していくべきである。そして今後は震災後の長期的な視点から、臨時救護所や地 域医療の問題・劣悪な環境にある避難所の問題・慢性疾患の増悪や老人のケアなどについても、調 査し取り組んでいく必要がある。


平成16年7月新潟・福島豪雨災害の人的被害の調査報告

(若杉雅浩ほか、日本集団災害医学会誌 11:38-42, 2006)


 日本集団災害医学会の「平成16年7月新潟・福島豪雨に関する特別委員会」としての調査結果を報告する。本災害は2004年(平成16年)7月12日から13日にかけて、梅雨前線の活動により新潟県と福島県の県境に豪雨が発生し、新潟県中越地方で複数の河川において複数個所で堤防が決壊したことによる。人的被害は死者16名、負傷者4名、住居被害は全壊70棟、半壊5354棟、一部損壊94棟、床下浸水2149棟、床下浸水6208棟であった。死者の年齢構成は80歳代3名、70歳代10名、60歳代1名、60歳以下が2名と高齢者に被害が集中していた。床下・床上浸水のため診療が制限された診療所があったものの、期間病院の直接被災はなかったため、通常の医療サービスに支障はなく被災地周辺での対応が可能であった。各避難所の巡回や、救護班を派遣しての診療の みならず猛暑に対しての日焼け対策、ビタミン剤、氷水の配布などを行った。また不眠(ケアを受けた人のうちの40%)や不安・孤独感・喪失感・抑うつなどに対して「心のケア」の活動も行った。

 本事例では、集中豪雨による河川の増水により各自治体より避難勧告・避難指示は適切に出されていたものの、災害弱者である自力移動困難な要介助者が多数被災した。これは情報の質と情報伝達に問題の本質があると考えられ、今後はハザードマップの整備を図り、具体的な被害予測を住民に伝えることができるような「送り手情報から受けて情報への変換」が望まれる。また、今回避難勧告を知らなかったという住民が50%以上に上っており、住民に確実に情報が伝わるための体制整備も重要な課題であることが示された。特にこれに対してはマスコミなどを通じて被災状況や避難勧告の状況を早期に適切に伝えるとともに、平時からの避難勧告時の対応方法を伝えるなどの住民への災害対策の啓蒙活動に力を入れることが必要である と考えられる。

 また、今回の被災地域が比較的地域コミュニティが形成されている地域であったにもかかわらず災害弱者の被害が大きかったのは、避難勧告の伝達の遅れとともに非難困難者に対する避難支援プランの不備が要因として挙げられる。行政機関と医療・福祉機関および地域住民の間での連携が重要となり、医療・福祉機関は要援護者から有事に際しての必要な支援内容の聞き取りや要救護者リストへの記載の同意を得る重要な役割を担う。そしてこの情報を災害時には個人情報保護の例外として共有し活用できるシステム作りやガイドライン整備も必要と考えられる。

 被災後の医療機関の活動としては救護所における医療活動のみならず、災害時の安全が確保された後は被災現場に赴き支援活動を行うことが有効である。また災害後の亜急性期から慢性期にかけての「心のケア」の重要性も再認識したい。 以上のようなことより、今後地域のハザードマップ作成とともに避難困難な弱者を想定した避難誘導計画の立案が望まれる。そして医療機関は被災直後の傷病者の処置のみでなく弱者の被災を最小限に抑制するためのシステム作りにどうかかわっていくか検討することも必要である。


NBC災害と検知・徐染・防護の重要性

(白濱龍興:医師の目から見た「災害」、東京、内外出版、2005、p.118-126)


NBC災害と検知・除染・防護の重要性

 NBC災害に的確に対処するためには、「NBC災害は起こる可能性がある」、「NBC災害が起こったら大変なことになる」という認識があるか否かという感覚が大事なことである。そして、自然災害対処などと大きく異なることは「検知」・「除染」・「防護」が不可欠であるということである。

 未確認物質の検知は、その後の治療方針を決定し、除染の方法や隔離の可否、影響する範囲の決定など、あらゆることを決定付ける。よってNBC災害の場合は原因物質の検知が最優先事項の一つとなる。化学剤の検知には検知紙や化学剤検知器AP2C、化学剤とγ線を検知するCR警報器などがある。生物剤は使用されたものにより症状も予後も治療も異なり、生物剤の検知はいわゆる感染症の診断である。放射線の検知、放射性物質の存在の有無は、比較的容易であるが放射性物質曝露の場合は、被曝の状況や被曝量が病状を左右するので、検知のみならず線量の測定が不可欠である。これらは、いずれの場合も外傷などが無くても身体に障害を認めるので、病態はより重症のことが多い。したがって原因物質の検知が急がれる。

 除染は、化学剤、生物剤、放射性物質に汚染された患者、汚染した物品類、汚染した地域・施設が対象となり、その目的は、汚染拡大の防止にある。特に化学剤の除染作業場所は、風上に設置し、高地にあることが絶対条件となる。除染方法には、水洗やブラシや棒で払いのける、いわゆる物理的除染と化学物質類を用い、中和させる除染とがある。生物剤の除染は、生物剤の多くは皮膚に対して活性が無く、揮発性がないので、化学剤や放射線物資に曝露されたときの除染に比べるとあまり必要は無い。

 NBC災害を考える場合、化学剤、生物剤、放射性物質を扱う医療従事者などが、直接の汚染、二次汚染、さらに三次汚染から自らの身を守る必要がある。剤に汚染された人(負傷者)、装備品、土などから防護するためには防護服が有用である。また剤が経気道的に肺などに直接入るのを防ぐためにマスクを着用しなければならない。消防や警察も除染車や防護用テントなどの設備を配備している。

もしNBC災害が発生したら

 原因物質が全く不明なNBC災害を思わせる災害、テロが発生したら、被災地を中心に、同心円状に、立ち入り禁止区域が設定される。汚染地域と考えられる場所をHot Zone、クリーンな完全な非汚染地域場所を Cold Zoneといい、その中間地域にWarm zoneを設置し、負傷者の治療や住民の避難誘導を行う。

 Hot Zoneに進出するのは、警察、消防、自衛隊の危険物対処チームのみで、防護衣着用者のみが活動する。負傷者がいた場合には速やかに区域外に搬送する。

 Warm zoneという管理区域に搬送された負傷者に対しては先ずトリアージを行い、歩行可能な軽症者はそのまま除染コーナーにて除染を受け、Cold Zoneという安全区域に搬送される。一方救命処置を 必要とするものは先ず応急処置などを受け、ついで除染、トリアージを受け、その上でCold Zoneに搬送される。トリアージは除染の前後に行う。

 救護所はCold Zoneに設置され、必ず風上に設置される。医師は救護所内で救命処置の必要なものに対しては処置を行った上でトリアージを行い、さらに後方の病院へ搬送する。

実際に起こったNBC災害

 松本サリン事件・地下鉄サリン事件・東海村ウラン加工工場臨海事故・炭疽菌テロ(米国)など


2章 指針と要件/3章 保健医療サービスの組織と役割

(小栗顕二ほか・監訳:大事故災害への医療対応、東京、永井書店、2005、p.17-29)


2章 指針と要件

はじめに

 多数負傷者を伴う大事故災害が発生した場合、各緊急サービス機関は互いに異なる任務を遂行することになる。大まかに分類すると、警察は事故災害現場の統制、法と秩序の維持、証拠の保全や原因究明にあたる。消防救助サービスは救助のほか、火災、化学汚染、放射能汚染などのハザードの封じ込めにあたる。医療保険サービスは現場と受入病院の両方で人命の救助および保護にあたる。この他に場合によっては、地方公共団体、産業界、ボランティア組織、軍隊などの他の機関が介入することもあり、関係者全員が共通する一連の目標と目的を持つことが極めて重要である。「指針」の最重要点は大事故災害管理に対する協力体制を築き、人命救助・事故災害の拡大防止・被災者の救済・環境の保全・財産の保全・迅速な正常化・調査の円滑化などを目的としている。

被災者の初療

 事故災害被災者の救護と治療には、多数の機関が関与し、多数の業務を分担しあうことになる。業務には無傷生存者のケア・負傷者のケア・死亡者の取扱い・情報センターの運営・避難誘導と避難所の設営・心理面の支援があり、機関は警察・消防・医療機関・地方公共団体・民間放送・社会奉仕団体・宗教アドバイザーなどが必要である。大事故災害の対応には、これら多数の機関が関与しておりそれらが連携した適切な対応をするための指針が多数策定されている。

指針

 各緊急サービス機関では大事故災害に関する指針が作成されている。例えば、スコットランドでは国民健康サービスの緊急対策指定マニュアルがスコットランド政府保健省により刊行されている。保険医療サービスが行うべき対応が具体的に策定された指針を入手し、理解しておく必要がある。

一般原則

 緊急対策計画の理念は、大事故災害が発生した際に効率的な対応が確実に実施されるようにすることである。緊急対策の立案では、「あらゆるハザードを想定した対応策(all-hazards approach)」を用いることが望ましい。しかし、周知の危険性の高い場所(空港、競技場、コンビナートなど)は効果的な災害対応が行われるように特定のハザードも想定していなければならない。また、現実に運用するためには緊急サービス機関の内外における連携が不可欠であり、定期的に各サービス機関の間での実働訓練や机上訓練を行い病院内・外での計画を検証しておくべきである。 大事故災害に対する保険医療サービスの対応は、各種緊急サービス機関による合同対応の一部をなすものでなければならない。 病院での対応

 大事故災害の被災者を受け入れることができ、必要に応じて医療指揮官/移動医療看護チームを派遣することができるすべての病院では、事前に大事故災害計画が策定されていなければならず、このような計画に最低限盛り込むべき内容は各地域の指針に策定されている。

3章 保険医療サービスの組織と役割

*平常時の保健医療サービスはどのように編成されているか?
*大事故災害時の保険医療サービスはどのように編成されるか?

救急隊の編成

 一般に救急隊員は2名1組で一人の患者に対応する。日常業務では自らの判断で行動し、1名が傷病者を診る係(上級救急隊員)となり、残る1名(救急補助隊員)が処置の補助と運転を担当する。

医療サービスの組織

大事故災害医療の対応範例として使用される共通の階層構造や管理組織はない。しかし、日常的に救急疾患を扱っている部署やチームもあることから、彼らの専門知識や技術を大事故災害管理に活用できるような体制づくりをしておくことが重要である。災害対応計画は大事故災害に備えて実働部隊の準備態勢を維持する上で必要不可欠な部分であり、対応における指揮統制系統の整備を主軸として策定されるべきである。大事故災害計画の成否は統制の良し悪しで決まる。

先着救急隊の活動

 最初に大事故災害現場に到着した隊員は、医療資源の追加動員が早急に必要な状況であるかどうかを判断し、情報連絡を行わなければならない。上級救急隊員がまず救急災害担当官を務め、その後に増援部隊が到着したらより上位に指揮権を委譲していく。補助救急隊員は車中にとどまり、緊急司令室との交信に専任する。最初に現場到着した救急隊員が前進救急指揮所を設置し、後着する他の保健医療サービス要員の集合・連絡所として活動する。

緊急司令室の活動

 緊急司令室は大事故災害の警報または宣言を受け次第、当直管制官が所定の活動手順を実行する。これには2つの重要な業務があり、救急車の現場活動を調整することと、すべての関係機関ならびに構成員に災害発生が確実に通知されるようにすることである。

大事故災害時の医療サービスの役割 病院での災害対応組織

 事故災害が宣言されれば、病院では日常の診療体制から負傷者の流入に対処するための体制に切り替える必要がある。病院全体の対応を管理するとともに、特定部署(受付や外科処置室)に集中する需要を満たすことができるように、効率のよい組織体制を築かなければならない。

現場での医療援助

 とくに大事故災害発生時には、医療サービスは救急隊が行うプレホスピタル・ケアを多くの業務において支援することができる。医療サービスが援助することのできる救急搬送業務には、医師によるトリアージ・救急隊員が業務上できない治療手技・救出を容易にする緊急外科的処置(例えば四肢切断)・医療指揮官からの助言・傷の処置だけでなく「ケア」を行う看護要員、などがある。しかし、現場での医療活動は救急隊の活動と確実に連携したものでなければならず、そのためには、医療チーム、救急隊の双方の指揮官が密に連絡を取り合うことが重要である。

まとめ

・先着救急隊の活動がその後の対応の鍵を握っている。
・保健医療サービスの目的は現場で負傷者に最善の医療を提供することである。
・医療サービスは救急隊員が行うプレホスピタル・ケアを支援することができる。


これからの災害医療を考えてみよう―これまでの災害医療を参考にして

(原口義座ほか、救急医療ジャーナル 14(6): 48-51, 2006)


災害対策,災害医療についての考え方

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1)町ぐるみの災害対策

2)インテリジェントビル構想

3)災害時要援護者用のグッズ

地震情報連絡体制−緊急地震速報

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