災害医療(上)

浅井康文ほか、日本救急医学会ほか・監修、病院前救護とメディカルコントロール、東京、医学 書院、2005、p.290-297


A.集団災害と救護活動

1) 災害の基本的な考え方

2)災害医療サイクル

3)災害の種類と集団災害

4)捜索と救助

B. トリアージ(現場及び院内)

 トリアージ(triage)とは、フランス語のtrier(選り分ける、分別する)の名詞形。元来は収穫された コーヒー豆やぶどうを選別する際に使われた、あるいは羊毛を品質別に選り分けるときに使った言 葉。

 現在では、限られた人的・物的資源の状況下で、最大多数の傷病者に最善の医療を施すために傷病 者の緊急度と重症度により治療優先度を決めることである。

 災害現場でトリアージの際に使うタグを"トリアージタグ"と呼ぶ。治療優先度の順に赤、黄、 緑、黒を用いる。赤は緊急を要し、黒は死亡を表す。

1) 現場

2)院内

C. 広域搬送


2.災害医療(下)

浅井康文ほか、日本救急医学会ほか・監修、病院前救護とメディカルコントロール、東京、医学 書院、2005、p.298-304


瓦礫災害の医療

 CMS(confined space medicine)とは、「閉じ込められた空間、制限された空間での医療」を意 味し、具体的には、坑道・洞窟・トンネル内・など、内部での活動が物理的に厳しく制限された空 間での医療である。特に、崩壊した建造物の下で、負傷者を生じた災害を、「瓦礫災害」と総称す る。

 瓦礫災害における救助は、災害時の救護所での活動とは異質のものであり、一般の医療者が応急的 に現場に加わると、かえって救助隊の活動の妨害となり、医療者自身の二次災害からチーム全体に 危険をさらすことにもある。よって、参加者には十分な教育と訓練が不可欠であり、その上で訓練 から実際のミッションまでをカバーする補償制度が必要である。活動の大原則は、「安全第一」で あり、瓦礫の下での安全確保及び確実な感染防御策を必要とする。

災害医療計画と災害医療訓練のあり方

 災害医療は、災害の種類を問わず通報の救急医療体制で対応することが困難な状況の下で行われ る医療活動を特徴とする。

 わが国では防災基本計画に基づき、都道府県や市町村レベルで、「地域防災計画」を策定してい る。災害医療体制については、「災害業務計画」が作成されている。これには、地方防災会議への 医療関係者の参加、災害時における応援協定締結、広域災害・救急医療情報システム整備、研修・ 訓練の実施、災害医療支援拠点病院の整備、平時の体制整備、医療施設の災害に対する安全性確 保、災害時における救急患者などの搬送体制確保、医薬品の安定供給などが盛り込まれている。

 また、大規模災害の発生に備えて、消防機関による救急ヘリコプターや厚生労働省主導のドク ターヘリの運用による広域患者搬送体制も整備されてきた。さらに消防機関として国内の大規模災 害対応策として緊急消防救助隊が組織され、2000年には「緊急消防援助隊要項」の改正により、航 空部隊、水上部隊、特殊部隊が新設されている。

 そして、災害拠点病院を中核として、「広域災害・緊急医療情報システム」が導入された。この システムは、平時には通常の救急医療情報システムとして運用されるが、災害発生時に災害運用に 切り替え、入力情報に基づき、災害発生直後の医療需給のバランスをはかるものである。入力情報 としては、被災情報、傷病者数、医師・看護師不足情報、医薬品備蓄状況などがある。

 災害医療計画は、災害発生時の事前準備、被害軽減策、災害発生時の対応と復旧策を十分に協議 検討することが望まれる。

 災害医療訓練は、災害を想定することから始める。実際に行われている訓練としては、机上訓練 (関連機関の総括指揮担当レベルによる情報伝達と対応の検討)、演習訓練(模擬傷病者によるト リアージ)、消防や医療機関内で実施される防災訓練、地域住民も含めて災害に関連する全ての機 関が参加して行う総合防災訓練などがある。災害訓練の反省から、災害医療対応の運用面に対する 不備・問題点を明らかにし、実際の災害が発生した場合にスムーズな関係機関の連携と協力体制が 構築されることが望まれる。訓練により、意思疎通がはかられ、その結果として互いの対応能力に ついての相互認識が高まり、より密接な関係となることが期待される。

検証医師、指示、指導・助言医師の役割と任務

 災害医療の原則は、限られた人的・物的資源を最大限に活用し、最大多数の傷病者に最善の医療 を提供し、できるだけ多くの被災者を救命することにある。それには災害医療の3T(triage, treatment, transportation)に基づく医療提供が役立つ。中でもtriageは重要であり、傷病者の緊 急度と重症度を評価して治療の優先順位を決定しなければならない。緊急治療が必要な場合は赤、 2~3時間処置を遅らせても悪化しない程度の準緊急治療が必要な場合は黄、軽症の場合は緑、死亡 または明らかに生存の可能性がない場合は黒といったトリアージタグが用いられる。しかし実際の 災害時のトリアージの検証を行うことは現実では不可能である。よって、災害医療訓練を活用し、 検証と災害医療活動のシステム化をはかるべきである。

 災害医療活動に対する事後検証は、災害医療の専門医師による医学的観点から実施されることが 必要である。そしてその検証結果を地域機関病院における医療従事者の再教育などに活用されなけ ればならない。個々の活動が適切に行われたかどうかを、医学的に検証し、その結果をフィード バックすることによって、レベル向上につながっていくからである。そのためには共通のトリアー ジツールが必要である。呼吸・循環・意識状態を簡便な評価法で区分する、START式トリアージなど が用いられることがある。

 事後検証は、災害医療対応をスムーズに行い、現場活動に関わる問題点を抽出し、対応策を練り上 げることためのものである。指導・助言を行う医師は、災害の事情に合致した訓練を実施し、検証 対象症例、検証症例選別、トリアージタグの取り扱いなどを、メディカルコントロール協議会にお いて協議することが重要である。


神戸市立中央市民病院・東灘診療所

白鳥健一、立道 清・編、検証 そのとき医師たちになにができたか、清文社、大阪、1996、 p.32-42


 神戸市立中央市民病院・東灘診療所は、1995年1月17日に起こった阪神大震災による災害医療におい て大きな役割を果たした病院の一つである。この病院で、白鳥医師は自らが被災者でありながら災 害医療を行った。この資料は白鳥医師の実際の体験を客観的に記したものである。以下に当時の状 況と白鳥先生の行った災害医療を時間を追ってまとめた。

 1月17日:街は火災や家屋の倒壊などで大きな被害を受けていた。自宅から行ける範囲内で医療活動 ができるのは東灘診療所であると判断したため東灘診療所へ向かう。しかし、診療所は停電してお り、医師、薬品、医療器具は不足、電話も不通の状態で、懐中電灯一本しか使えるものがなかっ た。

 1月18日:避難勧告が出され、診療できず。

 1月19日:中央市民病院に救護のためのスタッフと医薬品を求める。中央市民病院は立地上患者が来 られず、死者や倒壊家屋の多い東灘区の現状を説明し、東灘診療所を前線基地として使用すること を進言する。そこで、白鳥先生が臨時責任者となり体制を作ることとなった。午後から医療スタッ フや物品が集まり始める。

 1月20日:停電が続くため明るいうちしか診療はできないが、朝夕にミーティングを行い、ボラン ティアに情報収集や臨時救護所での治療をしてもらうなど、体制が整いつつある。

 1月21日:医療資材はほぼ不足がなくなり、自家発電機により蛍光灯がつき、外部と連絡が取れるよ うになり、医療機器の点検も進んだ。現在の医療情報を調べると、救急処置はほぼ完了したが、慢 性疾患等の医薬品が不足している。また、救護所は不眠不休により疲労困憊の状態であった。そこ で、東灘診療所は緊急検査ができる体制をつくり、特殊な薬剤や処置にも対応できるようにして救 護所のバックアップをすることにつとめる。

 1月22日:電気が回復した。血液検査、X線撮影が可能となった。

 1月23日以降:順次コンピュータや水道、暖房が復帰し、診療所の環境は日ごとに改善され快適に なってきた。また震災後1週間がたち、急性疾患よりも慢性疾患の増悪や老人対策が必要となってき た。ボランティアに最前線の医療をバトンタッチし、東灘診療所はバックアップ体制の強化を図っ た。

 このような流れを経て、最終的にはもっとも死亡者が多く倒壊家屋も多かった東灘区が、一番早く ボランティアの撤収を完了させることができた。

 以上の災害医療の実態から、災害医療を行うには可能な限りたくさんの正確な情報収集を積極的 に行うことと、診療所や病院、臨時救護所間での連絡を密に取って組織的に行動することが重要で あるといえる。阪神大震災において、白鳥先生は自らがリーダーシップをとって東灘診療所を震災 発生直後の前線基地として使用することを進めており、また、ボランティアを的確に指示して近隣 の医療活動の情報収集を行っている。また、阪神大震災レベルの大規模な震災では、震災自体によ る急性疾患への対応はもちろんのこと、復旧までの長期的な期間における、劣悪な環境下での二次 的な疾患や慢性疾患の増悪、老人の心不全や肺炎、ストレス性潰瘍等にも対応していくことが重要 である。そのため、長期的に機能できる医療体制を早い時期に整えることが必要であると考える。 白鳥先生は、震災後1週間くらいから急性疾患をボランティアの救護所にまかせ、診療所をその他の 疾患にも対応できる体制にした。しかし、阪神大震災では、電気や水道などの復旧が比較的遅かっ たため、それが災害医療の質にも影響したといえる。普段、公衆衛生面でのレベルの高い日本にお いては、それが一旦破綻した際、医療においても予想以上の困難・不便をもたらすのではないかと 考える。しかし、どんなに劣悪な環境下であっても、医師としてできることを最大限行うという姿 勢が最も重要であることは、忘れてはならないと感じた。


地域の被災対処能力を評価する

上原鳴夫、公衆衛生 69: 440-444, 2005


 まず地域防災力を構成する要素には、1)災害をもたらしうる想定事象に対するインフラの強さ、ある いは壊れにくさ、2)災害事象が発生した時に的確な対応を行うための災害対応計画、3)それを可能に するシステムの設計と必要な体制整備および人的・物的資源の備え、4)災害対応計画を稼動させられ るノウハウと人材の備え、などがある。これらを総合したものが地域防災計画(Community Disaster Preparedness Plan)である。

 災害には地震や津波、洪水のような自然災害の他、化学災害や原発事故などの人為災害もあり、災害 の種類に応じて必要な備えも多岐にわたるため、種々の災害に共通する基本的な事項の他に、災害種 別ごとに備えるべき事項を踏まえて、地域防災計画を立案しなければならない。しかし現実には、地 域防災計画の充実度は県・市町村間でばらつきがあり、一部の災害事象に偏る傾向があり、また分野 によって準備度に大きな開きがある。このため、緊急対応計画ができていても、分野間やレベル間の 連携を含むフィージビリティの検証が十分に行われていない(特に医療や保険・福祉の分野は施設間 のばらつきが大きく、施設間や他分野との連携を検証する総合演習はほとんど行われていない)。

 保健医療分野では、災害時保健医療ニーズに応えられる災害対応計画と、これを可能にする人・物・ ノウハウを準備しなければならない。これは日頃の救急医療システムや予防活動、公衆衛生のシステ ムの基盤の上に成り立つもので、日頃にできていないことが災害時にだけ突然可能になることはない ので、評価に当たっては、地域防災計画の記述だけでなく、これにかかわる現在の活動能力をあわせ て評価することが肝要である。特に以下の点に留意したい。

 1)危険因子の分析
 2)災害時の災害対策機構と指揮系統の明確化
 3)法的措置の整備
 4)地域の災害対応計画と病院の災害対応計画の整合と実地訓練
 5)災害時のヘルス・ケアの方法の標準化と保健医療スタッフへのトレーニング
 6)医療資源のインベントリーとマッピング
 7)災害時に必要となる基本情報の整備
 8)災害時のデータ・情報管理の方法
 9)地域住民に対する捜索援助、応急処置、公衆衛生の教育
10)ニーズの迅速評価および災害時疫学サーベイランスの実施計画と実施方法のトレーニング
11)隣県に発生した災害に対する緊急支援計画の策定と支援

 どんなに周到な計画であっても、災害は計画に合わせてくれない。防災計画の要諦は、「予測していない事態にも対応できるような判断・意思決定のしくみ」と「常に代替案を用意していること」であると思う。また災害が起きると、当事者はその時点の対応に追われ、調査者はそれぞれの専門領域の関心に集中するために、災害の特徴と防災効果を評価する上で必要なデータやファクト情報は得られがたい。そのため、災害現場で確保すべき最小限のデータ・情報を標準化し、分野を超えて共有し、協力してその確保に努めることが今重要な課題であると思う。


災害看護研究の動向と今後の課題

酒井明子:黒田裕子・酒井明子監修、災害看護、東京、メディカ出版、 2004、p.250-258



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