災害医療に必要なもの

福家伸夫:救急医療ジャーナル 14(3):34-40, 2006


■災害医療に求められるもの

 災害とは「被災地域の対応能力を超えた事象であること」、また災害医学とは「災害によって生じ る健康問題にすばやく対応し、防ぎえた死を可能な限り減らすこと」である。それゆえ、災害にな るかならないかは傷病者の発生数、発生速度と救出、搬送、医療のバランスで決定される。 災害医療における「急性」「慢性」というのは単に時間経過が短い、長いというにとどまらず疾患の 性格、形態そのものが異なる。災害急性期の医療においての対象疾患は外傷と予想され、慢性期で は内科的疾患、災害によるストレスに由来する精神面での体調不良が多いと予想される。それと同 時に災害現場では、急性疾患でも慢性疾患でも"本来なら受けられたはずの医療行為"を受けられな くなるという事態が日常化する恐れが出てくるため災害現場で医療資源が不足している分は被災地 外からの支援チームが中に入るか、傷病者たちを被災地外まで移動させる必要がある。

■移動・搬送手段(Transport)

 適切かつ自由度の高い移動手段は災害医療に必須の条件といえる。さまざまな用途の移動手段が必 要で、状況に応じてそれらの特徴を生かしながら使い分けることになる。

■選別(Triage)

 優先順位づけのことをトリアージ(Triage)といい、災害医療で優先される順番の基準は治療の緊 急度で決定される。現実には簡単にはいかず、そこでSTART式トリアージというアイデアが出た。こ れはこの手順にそって簡単に振り分けていこうというものである。また傷病者の状態は刻々と変化 するため、救出から治療のそれぞれの段階で繰り返しのトリアージが必要である。

■治療・応急処置(Treatment)

 治療・処置は優先順位にそって行われる。しかし緊急度の評価が変化するものであるので、順位は 状況次第で変化するという柔軟性を意識しつつ、緊急度の高いものが優先されるという原則を守 る。また、緊急度と重症度は必ずしも一致しない。それゆえトリアージタグには赤色(緊急の治療を 必要とする)、黄色(治療を要するが緊急ではない)、緑色(治療不要あるいは簡単な手当て)、に加え て黒色(死亡もしくは死亡が確実)という分類がある。黒色は治療の対象とならないということであ る。

■情報(Telecommunication)

 搬送 (Transport)、選別(Triage)、治療(Treatment)を「災害の3つのT」と呼び、またはそこに情報 (Telecommunication)を加えて「4つのT」と呼ぶ。

 災害の現場の情報を知るのは容易ではなく、また誤った情報が流布することで余計に混乱を招くこ とは珍しくない。災害時に"これが最善"という単一の通信手段があるわけではなく複数の手段をそ の機能を最大限に発揮させつつ併用することになる。

 現場では、ありとあらゆる手段を用いて情報の収集と共有化を図り、無駄な努力を回避し、無駄な 不安が解消できることを努力目標とする。救助・医療チームは将来に備えて可能な限り記録を残 し、それ以外でも情報が保存できるように努力する。

■災害の形態による差異

 災害の種類が異なれば対応方法も自ずと変わってくる。そこで、著者は普遍的な災害の種別と求め られる医療関係行為を提案している。災害を現場の広がりでもって"点"の災害、"線"の災 害、"面"の災害に分ける。点の災害の場合、被災者は一ヶ所に集中しているので最も重要なこと は、迅速に分散して搬送することである。よって、交通整備と救急隊司令部の働きが重要となる。 線の災害の場合、被災者は線上に出現し線上から少しでも離れると非被災地となっており、被災地 への接近の道筋も多数確保できる可能性があるので防災・非難計画もたてやすい。面の災害は災害 現場とそれ以外の境界が明確ではなく、また状況を把握するのも困難であり、交通機関も混乱して いるので、最も対応が難しい形態で医療上の要求も非常に大きい。

 このように災害の形態は単一ではなくそれぞれの災害に求められる要素は異なっている。

■準備(Preparedness)・教育(Education)・訓練(Training)

   災害発生時の対応は準備可能であり、組織化されてなければならない。我が国では、災害医療の組 織化を目標として全国で495ヶ所の災害拠点病院を指定している。また通信網の設備や行政、警察、 自衛隊、NGOなど関連組織との協同も少しずつ進んでいる。


新潟県中越大震災被災地「長岡市」からの報告

内藤万砂文ほか:日本集団災害医学会誌 10:275-279, 2006


 長岡赤十字病院は基幹災害医療センターで、中越地方で救命救急センターをもつ唯一の医療機関で ある。したがって、災害時にはどこよりも積極的な「傷病者の受け入れ」「救護班の派遣」といっ た活動が求められる。この時は、丁度地震の1週間前に平成16年度多数傷病者受け入れ訓練を終えた ところであった。

新潟中越大地震の概要

 平成16年10月23日土曜日、午後5時56分発生。マグニチュード6.8、最大震度7(川口町)。平成17年 5月の時点での住宅被害は全壊2824棟、大規模半壊2024棟、半壊11082棟、一部損壊が103962棟。人 的被害は死者46名、重症者632名、軽症者4161名。阪神淡路大震災以来となる大規模地震であり、住 宅被害も大きかったが、人的被害は阪神淡路大震災との差が顕著であった。

傷病者受け入れの状況

 地震による病院の損傷は軽微であり、業務に支障をきたすことはなかった。多数の受診者が予想さ れたため、ID発行を中止し、トリアージタッグ番号での運用とした。トリアージにより、救急外来 に傷病者があふれることは無く、軽症者と中、重傷者との導線が交わらなかったことで混乱が回避 できた。

 地震後10日の受診者数は614名であり、そのうち半数は地震後24時間以内に集中していた。入院理 由は転倒による骨折や打撲、持病の悪化などであった。徐々にベッド確保が困難になっていった が、予定手術の延期、入院延期、慢性患者の転院などの努力により、最後まで受け入れに支障をき たすことはなかった。

中越大地震における救護班活動

 発生翌日の午前6時に長岡市の主だった避難所をまわったが、いずれの場所でも長岡市医師会員によ る臨時救護所がすでに設置されており、救護活動の必要はほとんど無かった。

 山古志村では全村避難が10月25日に決定し、長期間にわたる避難生活、それに伴う心のケアも必 要と考え、救護活動に入った。受診は打撲、傷の患者が多かったが、地震の際に常備薬を持ち出す ことができなかった高齢者もみられ、処方を行った。

 10月以降は日中避難所にいる人は少なくなり、避難所における救護班の位置付けはマッサージ、 健康体操と同等であったが、地震の恐怖を口に出すと気持ちが楽になるという人も多く、心のケア として診療の合間に体験談に耳を傾けた。

 今回の問題として、全国から多くの救護班の協力を得たが、全体を統括する組織が無く、救護班 が1つの避難所に詰めかける、といったことがあった。そこで、保健師を窓口として活動に入り、活 動終了時には報告をして帰る、ということにしてからはこのようなトラブルはなくなった。

考察

 今回の災害における救護活動を振り返ると、傷病者の受け入れは最後まで支障なく、救護班も継続 的に活動することができた。このスムーズな活動の裏にはいくつかの要点が挙げられる。

 まず、幸運なこととして

  1. 病院の機能が維持されたこと:入院患者の治療を継続でき、救急対応も可能であった。

  2. 大震災の割に人的被害が少なかったこと:理由として山間地であったこと、土曜日の夕方という 時間帯であったこと、住民が互いに助け合ったこと、構造物が雪国仕様で丈夫であったこと、など が挙げられる。

  3. 7.13新潟豪雨災害における3週間の救護活動を経験していたこと:救護は要請を待つと手遅れにな りかねこと、被災地に入らないと医療ニーズはわからないことを学んでいた。

    の3つがあった。また、

  4. 救護訓練が生かされたこと:毎年多数傷病者受け入れ訓練を行っており、地震の際も訓練通りに 行動すれば良く、訓練の重要性を痛感した。

  5. 救急隊と顔の見える関係ができていたこと:遠慮なく意見を交わせる関係がスムーズな活動につ ながった。

  6. 全国からの支援が得られたこと:全国から素早い支援が差し伸べられた。 も挙げられる。

 課題としては、救護班等の調整をする災害時医療コーディネーターを地域ごとに考えておくこ と、活動時期によって異なる医療ニーズに応じた備品、薬品を用意しておくことが考えられた。

 最後に

 今回の震災では、阪神淡路大震災の教訓が生かされ、医療支援のスピード、質、量は素晴らしい進 化をとげていた。災害は発生後1日が勝負であり、1日持ちこたえれば支援の手が差しのべられる し、対応のシステム化も進む。DMAT(災害時医療派遣チーム)の養成も着々と進み、災害に対する 危機意識も高まっている。医療機関も住民も1日を乗り切れるだけの備えや、関連機関との関係構築 を進めておくことが重要である。

 また、今回の新潟県における災害の救護活動を通して学んだ多くの経験を地域、全国に「中越大 震災の教訓」として伝えていくことが自分達の責務と考えている。


予防医学からみた災害医療

小池勇一:臨床と薬物治療 22:201-205, 2003


▼ 要約

 災害時における予防医学の役割は、災害後の感染性疾患の発生防止とその疫学 的検討を行うことである。災害によりライフ ラインが損害を受けることで、安全な飲料水の確保や、食料の供給、廃棄物処理 などが難しくなったときには、このような環 境ストレスに対する予測や対策を立てることが必要である。とくに飲水・食事に 起因する、感染性疾患・中毒の発生を予防す るための知識や情報を被災者、あるいは普段から一般の方にも提供することが大 切である。また、災害後の被災住民の精神面 におけるケアも重要な問題である。

▽ 考察

 日本は世界の国の中でも、自然災害がとても多い国のひとつである。毎年のよ うに大きい地震が日本のどこかで発生し、台 風は洪水を引き起こし農作物に大きな被害を与え、また活火山がたくさん存在 しているので、日本に住んでいる以上自然災害 にあわない地域というのはほとんど皆無と言っていいと思われる。

 災害医療の中で行われる予防医学にもたくさんの種類があるが、他の世界の国々 と比較してみた場合、日本で飲料水の確保・ 供給の問題や食物中毒の問題など衛生面での災害医療が必要になるケースという のは比較的少ないと思われる。比較的新しい 例として2006年5月末に起こったジャワ島中部地震を挙げてみるが、現在現地で起 こっている問題としては、親と離れ離れに なってしまった子供たちの保護や衣食住の支援がメインであり、また災害医療に 関しては破傷風の罹患患者の増加が大きな問 題となっている。この地域にはマラリアなどの風土病もあるので、今後も衛生状 態の悪化が続けば多数の犠牲者が出ることも 予想される。

 こういった国々と比べてみると、日本は衛生状態も良く、ある程度普段からの インフラも整っているので、東海地震や南海地 震で大きな被災を受けるとされている地域に住んでいる特別な地域の住民などを 除いては、日本人の災害後の衛生面の問題に 対する意識はあまり高くないのかもしれない。しかし、衛生面の問題が日本で問 題にならない背景には、予防医学からみた災 害医療の功績があったことも事実であるので、この資料に書かれていたような疾患 ・感染予防のための飲料水の確保と供給 や、食物の取り扱いに関する環境衛生学的重要性を引き続き社会に提供していく必 要があると思われる。

 この資料では主に衛生面の予防医学について述べられていたが、一方で日本で は災害後の神経症やPTSDなどの精神面に問題を 起こす患者が多いとされているので、次のステップとして災害後の被災住民の精神 面でのケアが今後重要になってくると思わ れる。また、衛生面の問題についても引き続き充実した内容の災害医療が行われ ることが望ましく、衛生面、精神面の問題を よりひとつに総合した予防医学のもとに災害医療が行われることを期待する。


災害救護活動時の個人の心構え

酒井明子:黒田裕子・酒井明子監修、災害看護、東京、メディカ出版、 2004、p.212-217


 災害救護活動時の個人の心構えは、災害の種類や時期、向き合った対象者などによって異なってくる。 そこで、災害から身を守るために個人の備えや災害救護活動時において個人は何を心掛け、何を理解し ておくべきかについて水害を例に示しながら述べていきたい。

【必要な事前知識】

 まず、ある地域で水害が発生し救助活動を行うことになったと考えた場合、個人はどのようなことを情報として知っておく必要があるかをまとめた。

  1. 地域の特性

     環境条件、周辺地理、周辺危険箇所を把握しておくことで二次災害に対応できるようにしておく。また、その地域の人口、医療機関の場所や数、県庁、役場、小学校、中学校などを把握しておくことで救護所や避難所の把握、連携、活動計画に役立てる。

  2. 災害特有の傷病と処置

     水害の場合は打撲や擦過傷、感染症の出現・悪化、食中毒の発生が多く、これらに対する処置についての知識が必要である。また、糖尿病や高血圧などの持病の薬が流されることによって症状の急激な悪化が起こる。

  3. 災害の種類による犠牲者の死因

     用水路への転落、既往症の悪化、疲労など。

  4. 被災者の状況

     年齢、家族環境、生活状況。

  5. 災害関係者の役割

     災害関係者との災害時のネットワークを考慮し、日頃から積極的に情報の共有を心掛ける。

  6. 災害に関する法律

     災害対策基本法、災害救助法などに一度目を通しておく。

  7. 報道内容

     報道内容の矛盾点や偏った情報ではないかなど、新聞・テレビ・ラジオなどの報道の正確な読み取りが重要。

  8. 被災地への進入方法

     地図や交通のアクセス情報を事前に把握しておく。水害ではボートが必要な場合もある。

  9. 個人に必要な資材

     災害の種類や季節に合った個人資材や服装が必要。

  10. 災害時の人間の心理

     被災者・家族・支援者の心のケア。

  11. 発災直後の情報収集内容

     負傷者の数・状況、避難者の数・状況、交通機関、建物の損壊、通信、ライフライン、医療体制、食事供給体制。

  12. 病院内部の対応

     被災状況の確認、安全確保、物品の確保、支援要請。

  13. 災害の特徴と看護必要度の把握

     水害の場合、水の被害か土砂の流入か、急激に流れてきたのか徐々に増水したのか、床上浸水か床下浸水かに よって援助方法の予測が立つ。しかし、水害の被災者はこれまでに同じ体験をしたことがない人が多く看護必要 度の予測は困難となる。

【災害救援活動時の心構え】

【災害から身を守るための日頃からの個人の備え】

水害対策

 自分の行動範囲で低い土地はどこかを前もって調べて図表にしておく。

 浸水により停電するため、電気で作動するドアやエレベーターが使えなくなる。また、 水深26cm以上の圧力がドアにかかると、ドアを開けることができなくなる。浸水しそうな 場所に土嚢を積んでおくことで浸水を少し遅らせることができるので避難に余裕ができる。 このように避難に当たり注意することも念頭に置いておく。        


福井集中豪雨 被災経験を今後の活動につなげるために

渡邊真智子:訪問看護と介護 10(2):110-114, 2005)


はじめに

 2004年7月14日、18日にかけて北陸地方と岐阜県は集中豪雨に見舞われた。この豪雨災害を経験した 訪問看護ステーションの活動を振り返り、今後の活動を考える。

豪雨発生当日から3日目まで

 7月17日から降り続いた雨により、18日には市外から福井市内中央を流れる足羽川が決壊し、周辺地 域はもちろん、福井県下いたるところに被害をもたらした。当ステーションは被災3日目以降は通常 通り機能した。4日目以降は緊急避難した利用者のショートステイの延期依頼や入所手続きの代行、 サービス変更の連絡、今後の生活についての相談、加えて特例給付に関わる減額・免除の代理申請 等の調整業務を行った。訪問看護師としての動きよりもケアマネージャーとしての動きが多く求め られた。尚、豪雨災害に限らず緊急時の初動対応の要は家族と近隣住民であることが示唆された。

水がひいた後に

 被災後、当ステーションには対応の遅れに対する多くのクレームが寄せられた。訪問看護ステー ションはサービス事業者が考える緊急時と利用者・家族が考える緊急時の範囲の相違を強く意識し、日常の業務にいかに具現化するか考える必要がある。

今後の課題

 病院における災害対応について考えてみると災害が発生した場合災害対策本部がすぐ設置される。職員はまず初期対応を行い、自分の部署の患者の安全確保に全力を尽くす。救助・誘導がなされ安否情報が本部に報告される。本部は一元的に管理を行い状況に応じて指揮をとる。つまり、報告→情報管理(管理)→指揮のシステムが機能するのである。これらの事を検討し、当ステーションに出来ることを考えた。以下に具体例を提案する。


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