大災害時における広域搬送システムについて

―とくに救急へり搬送体制の重要性について―

寺澤秀一:平成17年度緊急被ばく医療全国拡大フォーラム講演録集 p.17-41


 大災害時の医療は大別すると、1)被災地内での救護医療(被災地内医療機関・仮設診療所での診療、 巡 回診療等)と、2)被災地外医療機関への負傷者搬送(広域搬送)による医療に分けられる。とくに 救 出された負傷者が重症で、被災地内医療機関が損壊を受けた場合、病院の診療機能が維持されてい る 被災地外医療機関へ搬送する広域(後方)搬送が必要となる。この広域搬送には時間的因子が密接 に 関係し、通常72時間以内に搬送を完了しなければ重症患者の救命は期待できないとされている。ま た、大震災を含めた多くの大災害では道路網が寸断され、これに交通渋滞も加わり、救急車による 重 症患者の迅速な搬送は困難になる。したがって、大災害発生後早期には広域搬送と医療チーム(DMAT : Disaster Medical Assistance Team)派遣のためにヘリコプターによる航空搬送が必要となる。すな わ ち、多数の重症患者が発生する大災害では、発災後早期に救急へりによって負傷者を治療しながら 被 災地外病院へ搬送する(Medical Evacuation)必要がある。

 国立災害医療センターは阪神淡路大震災をモデルとして、72時間以内に500名の重症患者(四肢躯幹 外傷・頭部外傷・クラッシュ症候群・広範囲熱傷による)を後方の高度医療機関に搬送しなければな らないと算出している。このモデルでは計算上、発災後24時間以内に少なくとも38機、それ以降の24 −72時間で6機/日の広域搬送ヘリコプターが必要となる。

 しかし実際は、震災当日1名、72時間以内でもわずか18名がヘリにより搬送されたに過ぎなかった。 ヘ リが利用されなかった最も大きな原因は、阪神間で平時の救急医療にヘリが活用されていなかった か らであり、ここから「平時における救急ヘリ搬送の整備」の重要性が指摘されるようになった。

 しかし、現在の日本の救急ヘリ搬送体制はいまだ十分なものとはいえず今後の体制整備が急がれ る。 まず、ヘリ確保の問題がある。消防・防災ヘリは現在全国に68機配置されているが、わずか8機のド ク ターヘリに比し救急出動回数は格段に少ない。最近では消防・防災ヘリの出動のうち救急出動・救 助 出動が漸増してきてはいるが、より一層救急ヘリ搬送に重点をおいた体制整備をはかっておくべき だ と考えられる。

 一方、ドクターヘリは1機あたりの出動件数の多さもさることながら、救急現場から医師や看護師に よ る医療が開始できるという利点がある。その有益性から、少なくとも各都道府県に1機以上導入する べ きであるが、自治体(都道府県)財政の逼迫により各自治体ではドクターヘリ運航費(運航費の50% は 国費で補助)の捻出がままならず、その導入を躊躇している。そこから、「ドクターヘリの運航費 用 がすべて公的負担である現在の制度を見直すべき」という意見もでている。ドイツ、アメリカ、ス イ スのようにヘリ運航費が医療保険の適用になれば「予算がないからドクターヘリを導入できない」 と いうことはなくなる。各自治体が容易にドクターヘリを導入できる環境整備、すなわち運航費用の 分 散化をはかることが必要であろう。ドクターヘリ1機の年間運航費用は約2億円で、50機を全国配備 し ても、その経費は100億円で国民1人あたり約80円の負担であり、国民医療費約30兆円の0.03%に過ぎ な い。

 また、わが国のドクターヘリはすべて民間への委託で運航されている。民間航空会社は現在日本で 最 も多い868機を保有しており、ドクターヘリとしての使用はその中では少数であるといえる。今後災 害 時のDMAT派遣や広域搬送においてもっとチャーター利用するべきで、さらに平時の救急ヘリ搬送 (ド クターヘリ事業)により多く活用してしかるべきである。

 ヘリ確保以外の環境整備も広域搬送には大切である。まず、ヘリに医療設備を備えること、さらに 医 療スタッフの同乗が必要である。災害時の広域搬送において理想とするのはドクターヘリであり、 「医療装備をととのえたヘリを確保し、常に医師・看護師等を同乗させることができるシステム」 を 構築しておくことが望ましい。

 さらに、臨時(場外)離着陸場(ヘリポート)の確保も大切である。広域搬送における重症患者の 収 容病院の多くは災害拠点病院と考えられるが、現在の災害拠点病院のヘリポートは十分に整備され て いるとは言いがたい。

 連絡網が破綻しやすい大災害時には的確な情報伝達の手段も必要になってくる。現在使用されてい る 無線回線の無線機免許は都道府県ごとの認可性のため各都道府県の枠を超えた一括認可が望まれて い る。

 もし、災害規模がより大きくなった場合、さらに遠方への患者搬送が求められる。およそ100km以上 の 遠方の被災地外医療機関への搬送は、重症患者をいったん航空搬送拠点(SCU:Staging Care Unit) にヘリや救急車により収容し、そこから固定翼機(ジェット機等)による航空搬送を行うことが必 要 となる。この体制も整えていかなければならない。

 このようにわが国の大災害時における広域搬送システム、特に救急ヘリ搬送体制は必要性をもちな が ら、体制的には十分なものとは決していえないのが現状である。今後の体制整備が急がれる。ま た、 物質面の整備だけではなく、広域搬送は大災害時の医療と認識し、救急医療に関わる諸機関の人々 が 共通の認識をもって連携すべきであることが最後に強調される。


地域における緊急被ばく医療体制について

平成17年度緊急被ばく医療全国拡大フォーラム講演録集 p.42-79, 2005


 地域における緊急被ばく医療体制を青森県、愛媛県、佐賀県の取り組みを通して考察する。 想定される被ばく事故として身体表面汚染、創傷または熱傷部の汚染(特に硝酸などによる化学熱 傷)、内部被ばく(吸入・誤飲)、外部被ばくが考えられる。

1.青森県の緊急被ばく医療体制について

 まず問題点として、医療機関の密度が疎である事、八戸市、青森市、弘前市に病院が偏在している 事、搬送距離と時間(地域3次を担う弘前大学付属病院が原子力燃料サイクル施設と青森市をはさん でかなり離れている。)、被ばく医療に携わる人材不足と関連資材の偏在(同じ弘前市にある国立弘 前病院と弘前大学医学部付属病院を比較すると国立弘前病院は被ばく医療にかかわる人材が不足し ているが資機材は充実している。弘前大学病院は、人材はいるが資機材が不充分)、冬季の搬送問題 などがあげられる。

 これまでの取り組みや今後の方針として、上記にあげた国立弘前病院と弘前大学付属病院のお互い の欠点を補う合うために合同勉強会を実施や、被ばく医療施設での受け入れ訓練や模擬患者搬送訓 練の予定、搬送方法や搬送時間の改善、労災を抑止することが防災に通じるという理念をもとに自 治体、搬送機関、事業者、各種医療機関の間で具体的なコンセンサスをとる事、院内マニュアルの 作成、資金の確保などがある。

2.愛媛県の緊急被ばく医療体制について

 日常の救急医療と災害時の緊急医療の大きな違いとして、災害時の救急医療は全体の効率が最優先 のため組織的行動の必要性がある。そのため災害医療本部が設置される前に、地域の医療機関は通 常の救急医療モードから災害医療モードに切り替わらなければならない。なかでも緊急被ばく医療 では放射能汚染の拡大防止のために放射線の測定・除染・防御が大切である。

 愛媛県の緊急被ばく医療に対する取り組みとして平成15年度に愛媛県原子力防災計画の改訂、平成 16年度に愛媛県緊急被ばく医療活動実施要領改訂が行われている。

 具体的な改訂内容として、災害と定義されなくても緊急被ばく医療が必要な事もあるので緊急被ば く医療本部は災害対策本部と必ずしも同じではないとする事や、その対策本部の設置基準を原子力 災害や被ばく危機事案が起こった時だけでなく、保健福祉部長が必要と認めたとき(多数の被ばく患 者・負傷者の発生、重度の被ばく患者の発生、社会的影響を考慮して必要と認めたときなど)にも適 応する事、本部構成の大部分が行政の事務官であり、医療や被ばくについての専門的な知識が欠け ることがあるため、専門的な知識を持つ緊急被ばく医療アドバイザーを緊急被ばく医療本部の中に 設置することなどがある。また細かい現場側の意見が反映されるよう作業部会というものを設置す る。具体的な作業部会の活動として、医療機関での初期対応(搬入、除染、医療処置)のマニュアル 化、各種書式(連絡票、医療処置結果報告、管理区域出入管理記録、放射線レベルの測定記録表)の 共通化、安全宣言のマニュアル化(処置室汚染検査マニュアルの共通化、処置室汚染スクリーニング 法と記録表の共通化)などがある。

 これらのシステムは完全なものではなく、それぞれの地域で努力をし、よりよいものへ作り上げ ていかなければならない。

3.佐賀県の緊急被ばく医療体制

 現在の佐賀県の被ばく医療体制の方針として、作成された緊急被ばく医療マニュアルの普及を兼ね た実習訓練の実施や、佐賀県の地理的な特徴(被災者を近隣の2次被ばく医療施設に運んで受け入れ た後、佐賀大学の救命センターに運ぶより福岡県のほうが距離的、時間的に早い。またヘリコプ ターを使うと長崎県に運ぶのと余り時間的に変わりがない福岡県には九州大学病院等の高度医療知 識が整備されている医療施設があり、長崎には原爆の経験から経験豊富な被ばく医療に対する知 識、ハード面の装備がある)があるため積極的に隣県の高度医療施設との連携をとる事が考えられ ている。

 作成されたマニュアルは基本的には原子力発電所の事故を想定しているが、周囲の色々な被ばく医 療もこのマニュアルの枠組みの中で処理される。マニュアルの構成内容として、主なものに緊急被 ばく医療の体制やその活動内容、安定ヨウ素の予防服用がある。まず、緊急被ばくの医療体制の問 題点として、災害時の指揮系統はどうしても複雑になるため、現場から本部まで情報や要望を伝え やすくするために医療アドバイザーの設置や、佐賀県の地理的特徴から隣県の医療施設との協定の 必要性がある。緊急被ばく医療の活動内容の問題として、特に初期被ばく医療において救護所での スクリーニングスタッフの確保、2次被ばく医療以降の3次被ばく医療施設への搬送判断などが策定 の課題となる。

 安定ヨウ素剤の予防服用はヨウ素剤の投与方法、配備・配布体制などの課題が考えられる。

 佐賀県は地理的な特徴、被ばく医療、救急医療の観点から隣県、他の自治体との協力が必要であ る。

緊急被ばく医療のポイントとして

 被ばく医療はまず人命の尊重が最優先である、 汚染、被ばくがない場合でも情報の混乱、一般人の不安感がある場合の対応が必要で通常の労働災 害とは異なる対応が必要である。

 被ばく医療という非常に発生頻度の低い事象であることから、基本的には日常からの一般の災害医 療を含めた整合性を図って実効性を向上させる事 救急災害医療モードに切り替えをスムーズに行う事 緊急被ばく医療における専門性、専門的知識の向上 なによりも関係機関のネットワークの形成、隣県との連携の協定、3次医療機関への搬送判断基準の 必要性がある。


机上プランの作成と演習の実際

谷川攻一:中毒研究 18:17-39, 2005


1.図上訓練について

 災害訓練の目的は現場での災害初期対応、トリアージと医療救護、災害対応マニュアルの実効性、 各期間の連携強化など、想定される災害への対応における知識・技能の修得と整理、課題の抽出、 そして検証である。その中でも図上訓練は情報収集と伝達、関係諸機関の調整・連携などコーディ ネーションに求められる技能の修得が期待される。

 今回の図上訓練の目的は交通事故が引き金となった化学災害事例において、化学災害という特殊性 を考慮しながら、1人でも多くの助かるべく命の救命を図るために、関係諸機関が相互連携をとる うえでの課題を明らかにすることである。

 今回の訓練の原因物質としては、県規模で対応が求められる大規模集団災害を起こす物質であり、 わが国でもその発生が十分に予測されるトリクロロシランを選定した。場所は山陽自動車道上り線 広島インター付近とし、15時30分大型タンクローリーと貨物自動車・乗用車など十数台による多重 交通事故が発生。大型タンクローリーから有毒化学物質が漏洩し、道路側溝に拡散し、30分後山陽 自動車道下の民家から「家の者が突然倒れた。どうもおかしい」などと119番通報がある。タンク ローリーは損傷が激しく、車両から原因物質を特定することができず、運転手は即死し、運転手か らの情報提供が得られない想定とした。

 訓練対象は、プレイヤー(演習実践者)、コントローラ(統裁部)、そして聴衆としての学会参加者よ り構成した。訓練方法は、パーティションにより区切られた同一会場にてロールプレーイングによ る聴衆参加型図上想定訓練とした。このため、情報伝達の方法は、通常の通信方法(電話)を想定し たマイクおよび事前に準備された付与カードにより行った。プレイヤーを三つのグループにわけ、 それぞれ災害発生地直近の二次救急医療施設A(チーム1)、災害拠点病院B(チーム2)、そして三次 救急医療施設C(チーム3)として機能するという想定とした。コントローラは県対策本部を兼ねなが ら、広島県、広島市消防局、広島県警本部、広島県災害コーディネータ、外部機関により構成し た。外部機関は災害専門医が担当する。

2.時間経過

15:30 事故発生、15名の負傷者、中毒患者発生
16:05 病院Aへ傷病者の受け入れ要請
16:13 救急者、病院Aに到着
16:30 病院Bへ傷病者の受け入れ要請
16:38 救急車、病院Bへ到着
17:00 病院Cへヘリ搬送による患者受け入れ要請
17:26 化学物質特定

16:12 県庁にコーディネータ派遣
16:25 陸上自衛隊派遣
16:50 他県ヘリ現地到着
17:00 DMATを派遣
17:25 陸自本格的除染開始

3.考察

(1)初期対応の重要

 化学災害への初期対応では、防護、ゾーンニング、除染が基本となる。地下鉄サリン事件を契機に 都市部の消防局では防護、ゾーンニング、除染、検知器の整備など化学災害に対して準備されてい る。しかしながら、最初の関門となるのは化学災害モードへの切り替えであり、そのための情報の 評価と判断である。市民からの第一報が消防局へ通報された場合、その時点で通報者からの情報を うまくとりあげ、災害種別を判断するということが重要である。現実には発災直後には災害実態が 明らかではなく、サリン事件のように化学災害への重要な原則が適応されないまま消防職員や医療 機関スタッフまでも被災するということも起こりうる。

(2)災害コーディネータ

 今回の図上訓練では直近医療機関、災害拠点病院、救命救急センターと日常救急医療体制において 異なる機能をもつ医療機関として対応するというシナリオであった。災害時には分散搬送が原則で ある。しかしながら、徒歩や自家用車で来院するなど、何の情報もなく被災者が来院する可能性も あり実際にはかなり混乱するであろう。このような状況で医療的側面より被害の全体像を迅速に把 握し、搬送先の選定や病院間搬送のコーディネートを行う役割が求められる。そのためには日常か らの医療機関間の連携の功逐とコーディネータの役割の確認に焦点をおいた訓練が必要である。

(3)日本中毒情報センターの役割について

 原因物質の特定については、検体分析により特定するのは困難であることが懸念される一方で、分 析が行われる場合は、早い時期より県行政と警察がよりコラボレートする必要性が提起された。日 本中毒情報センターにおいての鑑別では臨床症状がきわめて重要なヒントであり、消防や医療機関 から中毒情報センターへ報告される臨床症状の重要性が改めて強調された。

(4)DMATについて

 今回のシミュレーションでは、救命救急センターよりDMATが1チーム現場へ派遣され、うち医師1 名が現場に残って活動を行うという想定を行った。DMATが現場到着した際には災害現場では消防、 警察など集結しており、すでにそれぞれが活動を開始しているだろう。その中で、DMATの医師とし ての役割を状況に応じて整理しておく必要がある。ソノ上で、多種多様な災害現場においてどのよ うな役割を担うことが1人でも多くの助かるべく命の救命に直結するのかを迅速に判断し行動でき るような訓練が必要であろう。

(5)訓練としての課題

 今回の図上訓練においては、シナリオの不備も指摘されたが、多くの課題が明らかとなり、これこ そが訓練の成果といえよう。ただし、今回は訓練をスムースに導入するため、別なプレイヤーが行 う訓練を観察できるという設定で行った。しかし実際には、交換される情報にも限界があり、少な い情報量で災害対応が求められる。また他の地域で訓練を企画する場合は今回の図上訓練が参考に なることを期待する。


避難所における生活

黒田裕子、黒田裕子・酒井明子監修、災害看護、東京、メディカ出版、 2004、p.137-157


 阪神・淡路大震災の日、膨大な数の被災者が長期に渡って避難所の生活を余儀なくされた。看護師 として体験した、地震発生から救護所および避難所設置までの経緯を振り返り、学び得た事を書き 記しておきたい。

 災害発生時(当日〜48時間)の救護センターとしての役割を果たす為に、以下の点に注意する べきである。

  1. 活動開始前には必ずオリエンテーションを行い、情報共有する。
  2. 重症から軽症までの段階的なケアを分類する為収容場所の決定を行う。
  3. 名札を作り、人名の間違いを防ぐ。
  4. 圧死状態の方も居る事を意識するべきである。
  5. 被災者各々にとっての安定した場所に収容する。

 また、避難所における環境作りのポイントとして以下があげられる。

  1. 近所の人とコミュニケーションが十分取れる。
  2. 障害者に夜間緊急時の対応がスムーズに行える。
  3. ダンボール等により個人のプライバシーや居住スペースを確保する。

 避難所全体の保険衛生を管理する上では、以下の点に注意するべきである。

  1. 人間関係作り:救援物資を手渡しする事でコミュニケーション作りを図る。
  2. 感染症対策:ペット持ち込みの人に対する別室確保。含嗽、手洗い、マスク等の風邪対策。
  3. 衛生面の管理:保管している食料を調べ、食中毒対策。ゴミの分別。
  4. 安全面の管理:二次災害を配慮し、安全場所、非難経路の情報の共有
  5. 共有スペースの設置:通信、交流、情報交換の場を作り、集団生活における人間関係作りを支援 する。

 次に、筆者が実際に対応した様々な障害を以下に記す。

 これらをふまえて、筆者は被災者の精神的変調を以下の段階にまとめた。

  1. 衝撃期(災害直後から数時間または数日間):極度の緊張にかられ、茫然自失の状態になる。感 情や理性を失い行動がとれなくなる。
  2. 反動期(3〜5ヶ月):感情麻痺または過覚醒の反応が二層性に生じる。反応のパターンや程度 には個人差が大きい。
  3. 回復期:PTSDの諸兆候は消失する。外傷体験が心の中で処理され、人生を再建していくこと ができるようになる。

 このように、それぞれの人に合わせたメンタルケアの方法を見出し、支援することが大切である。    避難所から仮説住宅へと被災者が移行するにしたがって発生した社会問題は、仮設住宅での孤独死 であった。多くの仮設住宅は利便性が悪くコミュニティーから切り離され、二次的な災害として自 殺も多くなっていた。これらの対策として、ボランティアを配置し、ふれあい訪問を行った。この 方法の利点は、

  1. 異常の早期発見ができる。
  2. 住民が定期的なボランティアの訪問を楽しみに待つことにより、その人の生きがい作りになっ た。
  3. 信頼関係が確立し、深みのあるケアができる。
  4. 生活基盤の調整が図りやすい。
  5. ボランティアの成熟にも役立つ。

 また入退院を繰り返す人々への日常生活の支援・医療相談も重要であり、カーボランティアにより 遠距離の通院を可能にし、日常の生活を記録して主治医に渡すようこころがけた。

 震災が浮き彫りにした高齢者問題として、

  1. 地域や家族の福祉力低下と社会保障の遅れ
  2. 在宅福祉の不備
  3. 医療、福祉、保険の遅れ
  4. 介護保険の拡充が必要
  5. 市民全体としての町づくり

などが挙げられ、検討するべきだと考える。


病院船と災害医療

藤田一之ほか:臨床と薬物治療 22:192-195, 2003


 洋上で傷病者の治療看護が可能な船舶を病院船として差し支えないが、災害救助などの目的のため には、使用される各国の法令や基準を満たしている必要がある。また、戦時下においてジュネーブ 条約戦時国際法の保護対象となる病院船には規定があり、船体の大きさや塗色、設備運用などに細 かい基準が定められている。戦後長らく病院船が不在であったわが国では,これまでにも一部でその 構造を強く望む声はあったが、阪神淡路大震災をきっかけに真剣に検討されるようになった。わが 国最初の病院船はイギリスで建造された商船神戸丸で、海軍が徴用して改造し病室のほか診察室や 手術室、薬剤室を設置して、当時の陸上病院と比較しても遜色のない医療設備が施され、200床の病 床を備えていた。日清戦争後、日本赤十字社は2隻の専用病院船を建造し、従事させたがいずれも 200床と少なく、多くの傷病者を内地送還するには不十分であった。

 米国海軍の有する2隻の同型病院船のコンフォートとマーシーは現在世界で最も大きくかつ最も設 備の整った病院船である。2隻とも10万載貨重量トンを越すサクラメント級油槽艦を病院船に改造し たものである。ちなみにマーシーは傷病者選別のためのトリアージセンターや12の手術室、ICU80 床、回復室20床中等度ケア用病室280床、軽度ケア用病室120床、部分的ケア用500床など1000床を有 している。さらに輸血部門や検査部門も充実しており、レントゲン部門ではCT撮影も可能である。 米国海軍はこのほかにも、空母や強襲揚陸艦にも病院船に匹敵する医療部門を設置しており、これ らは準病院船ともいえる。そのほかにはイギリス、中国、ロシアも病院船を保有している。

 1995年の阪神淡路大震災に際して、わが国には多数の被災者を対象とした洋上医療が可能な船舶 が存在しなかったため、以後、海上保安庁や海上自衛隊の艦艇建造に際し、災害救助を視野に入れ た設計が行われるようになった。諸外国でも同様のコンセプトで運用が成功している例がみられ る。イタリアにはサンジョルジョ級揚陸艦がある。広大なヘリコプター甲板を有し、診療部門も充実しており準病院船としての機能を有している。ドイツでは、補給艦の甲板上にコンテナに納められた手術室や回復室などのユニットをいくつも組み合わせて設置固定する方法を採用している。フルスペックで設置した場合、救急救命センターとして機能しうるものである。ここに挙げた艦艇は常設した多くの病床と充実した医療設備を常備する専用病院船とは異なるが、平常は本来業務として輸送や補給あるいは種々の任務に就いており、災害発生時には医療を含む災害支援、災害救助ができるという大きなメリットを有している。米、英、露、中の4カ国以外の専用病院船を保有しない各国では、こういった準病院船ともいえる多目的の災害救助船が注目を浴びている。

 現在、海上自衛隊が運用している災害医療を視野に入れた代表的艦艇に、おおすみ型輸送艦がある。本艦で高度な医療を実施するには設備の点から制約を受けるが、初期治療や中等症程度の治療には十分対応が可能である。艦型はサンジョルジョ級と同様で、広い飛行甲板と車両甲板を有し、揚陸には搭載しているエアクッション艇を使用する。今後の災害支援での活躍が期待されている。こうした災害支援を考慮した艦艇の就役により、今後の洋上医療や被災地での艦上医療がより活発になるのは間違いないだろう。しかし、純粋に災害時の医療活動の点から見れば、大きさや医療設備にも夜とはいえ、専用病院船が最も大きな力になることは疑う余地がない。重傷者を収容し治療する能力を備えていれば、災害地に無傷の総合病院が存在することと同じであり、自己完結能力に優れている船舶は、陸上の上下水道や電気、ガスといったライフライン破壊にもさほど影響を受けずに活動を維持できる。食料や医薬品の補給は船舶で行えばよいわけであるから、道路の寸断にも影響されないといった多くの利点を有している。一方で専用病院船の保有を阻害している大きな要因が現在わが国の深刻な経済状態にあることを考えると、実現への道のりはなお遠いかもしれない。したがって、まず海上自衛隊が建造する補給艦や輸送艦に災害救助の能力を付与して、運用のノウハウを蓄積することが第一歩と考えられる。しかるべき後に新たな病院船論議を重ねて、期待される病院船の出現を待ちたい。


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