災害医学・抄読会 2005/12/23

災害医療:阪神・淡路大震災から1年:大地震の当日ヘリコプタ−で搬送 できた患者は女性1人だった

(薬の知識 47: 8-13, 1996)


 阪神大震災は6000人以上の方が亡くなるという近年で日本が経験した最大の災害であった。 その大震災において災害医療の様々な弱点が露呈された。

 まず災害時には現地の医療機関も被災しているという点をそれ以前は考えていなかったことが最大 の問題であった。それまでの災害対策は被災地とは別の土地においてのマニュアルであり、現地で の医療機関の対応の仕方wお明確に考えたものは無かった。

 また連絡網が完全に寸断されているという想定がなされていなかったためあらゆる救援作業が遅れ に遅れてしまったことが現実である。

 例えばその一つに救援ヘリコプターの問題があった。ヘリコプターは日本にかなりの台数があるに も関らず諸機関の手続きを取るために必要な連絡がうまく取れず、かつその数が多すぎて結果たっ た一人しか救援ヘリコプターで搬送できなかった。このことより、承認などの手続きを災害時には 簡略化するシステムが必要であると考えられる。

 また医療機関の問題もある。多くの医療機関はその構造が後から増築した形のものが多く、部分的 に耐震構造がなされてなく一部が崩壊したという施設がいくつか報告されている。そのため施設が 使えず救えたかもしれない命を救えなかった可能性がある。

 同時に医療従事者の災害時の行動を示したマニュアルが無かったため当時に適切な行動ができたと は言いがたい。歩いて何時間の医療施設に行くより近くの診療所などでトリアージなどに当たるこ とが有効であるとの意見もある。

 ここでトリアージという言葉が出てきたが、このトリアージが阪神大震災で最も医療従事者に災 害医療の本質を思い知らせたものだと思う。災害医療と救命救急はまったくの別物であり、救命救 急はありとあらゆる設備、物質をつぎ込み一人の患者を救うことに重点が置かれているのに対し、 災害医療とはひとりでも多くの患者を救うために助かる見込みのある患者から救っていくという考 え方である。そのために必要な技術がトリアージであり、医療従事者はこのトリアージについて熟 知すべきであると考える。

 災害時に特有の症状についても医療従事者は勉強が必要である。挫滅症候群はその代表的な疾患 である。普段では見ることが少ないが阪神大震災では多くの方が苦しめられた。 見た目では分からないが適切な処置がなされないと死に至るという疾患だがそれを知らない従事者 も多くいたと聞く。災害時の特別疾患についての知識も改めて蓄えておくべきであると考えさせら れた項目である。

 いずれにせよ災害時の医療を考えるに当たって、実際に被災した現場での医療を考えなければ現 実の災害が起こったときに適切な行動を医療関係者や災害救助者、ボランティアが適切な行動をと れないことが阪神大震災で得た教訓でないだろうか?

 今後はそういう点に注目したマニュアルが作成されて勉強がなされるべきであろう。

 


被ばく医療の基本的知識

((財)原子力安全性研究会、緊急被ばく医療ポケットブック 3-11, 2005)


【電離放射線の種類】

 電離放射線とは直接的または間接的に空気を電離する能力を持つものである。 X線は医療分野においてはCTやX線検査で広く用いられており、放射線治療には高エネルギーの X線やγ線が用いられている。近年重粒子線もガンの治療に用いられている。 物質の通過力はα線、β線、γ線、X線、中性子線の順番に強くなる。

【被曝の影響】

 被曝の影響を考えるときのポイントとして以下の4つがある。

  1. 線量の大きさ

     急性の皮膚障害、造血臓器の障害など身体的影響の早期影響には「しきい線量」があり、それ 以下の被曝では影響は発生しない。

  2. 被曝の部位

     たとえば手だけを被曝しても、赤色骨髄がないため白血病などの心配はない。 生殖腺への被曝があれば遺伝的影響の心配も出てくる。

  3. 被曝の範囲

     全身に被曝すれば死に至るような大量の放射線でも体の一部しか被曝しなければ、局所の急性 障害で済む。

  4. 被曝の期間

     急性被曝よりも、慢性被曝のほうが一般的に影響は小さい。これは人に備わっている修復、回復機能によるもので、放射線治療はこの性質を利用して分割照射 を行っている。

【被曝の種類】

  1. 自然放射線

     日常生活を通じて、受け取る放射線。宇宙線、カリウム等の経口摂取やラドン等の放射性ガスの吸入などがある。

  2. 医療被曝

     医療放射線利用による患者としての被曝である。 1回の検査に伴う医療被曝は、1年間の自然放射線による被曝線量の10分の1程度のものから、10倍 程度のものまでさまざまである。たとえば胸部の単純X線は0.06mSv、CT検査は8.63mSvである。

  3. 職業上の被曝

     放射線業務従事者(医師、放射線技師、看護師)に生じる被曝。 定められている線量限度は5年間で100mSv、1年間で50mSvまでであるが、実際の年間被曝量は医師 が0.24mSv放射線技師が0.68mSv、看護師が0.12mSvでいずれも自然放射線よりも少ない値である。


生物テロに対する準備と対応

(Gerberding JL, et al. JAMA日本語版 7: 898-900, 2002)


 2001年9月中旬以来、米国は郵便システムを介して炭疽菌芽胞を故意に散布するという未曾有のテロ攻撃を経験してきた。合計22人が炭疽を発症し、うち5人はそれが直接の原因となって死亡した。10000人以上の人々が肺炭疽発症のリスクを有するという理由で、予防治療を勧告された。それに加えて20000人が同じ治療を開始したが、捜査により炭疽菌暴露が否定されたため治療は中止された。

 一方、デマや虚報により、国内外問わず、多くの人々が不安を抱いた。また、炭疽菌で汚染された郵便物がいくつかの米国大使館に配送され、世界の遠く離れた場所にいた人々が予防的な抗生剤治療を勧告されることになった。

 この号のJAMA(The Journal and not those of the American Medical Association)では、今回の攻撃により炭疽を発症した3人(幼児1人、成人2人)の患者の詳細が記述されている。他の炭疽患者と異なり、職場での感染経路が証明できなかった。すなわち、高齢者、幼児、勤労市民など誰であろうとも、生物テロ事件の際には感染を受ける可能性があるという教訓が得られた。

 公衆衛生の観点からみると、最近の生物テロ攻撃に対する認識と対応は、各地域でほぼ同時期に発生した一連の段階(phase)において進歩した。最初の段階では、炭疽菌感染者あるいは粉末の入った封筒の検出と確認を行い、必要物資を現地へ展開させる。第2段階では、全面的な捜査を行い、患者がそれ以上発生するのを防ぐ措置をとる。現段階(2002年2月頃)の主要な活動は、感染者や曝露者の追跡および汚染区域の浄化・修復などを含む長期的な管理である。

 実際、様々な状況において、警戒心を持った臨床医が適切な細菌学的検査を実施し、炭疽罹患の可能性を認識し、公衆衛生当局へ報告することによって対応の第1段階が始まった。救急医、外来プライマリケア医、皮膚科医、小児科医などが早期発見に関わっており、生物テロに対する監視(サーベイランス)において重要な役割を果たすことが分かった。また、放射線科医、感染症専門医、呼吸器専門医、病理医、検査技師など、多くの専門家も診断と治療に貢献した。

 この前線の監視システムが有効に機能するためには、すべての臨床医が、特定の生物テロ病原体により引き起こされる症状について十分な知識を持つことが重要である。また、適切な曝露リスク評価や診断・治療に必要な確実な情報を広く伝えるために、公衆衛生当局はより良いシステムを開発しなくてはならない。将来において、生物テロに使用される病原体を迅速且つ確実に同定する臨床診断手順・検査プロトコール・試薬の開発が必要であるが、それには時間がかかる。

 臨床医は生物テロ対応の現段階(長期合併症管理と浄化・修復)に積極的に関与しており、将来的にさらに深く関与すると予測される。発熱疾患、胸痛、発汗、高度の疲労ならびに炭疽に曝露された患者にみられる諸症状に対して特に注意を払っておく必要がある。同様に、臨床医は抗生物質投与やワクチン接種に起因する長期的な有害作用の可能性について注意しなければならない。60日間以上の抗生物質投与や炭疽菌ワクチンを治療群のような多様な人々に投与したスタディは今までに十分ではない。

 ややもすると、現在の炭疽菌事件は終了したかのような対応策を取りがちであるが、今回の事件が発生するまで、生物テロへの準備と対応における個々の臨床医の役割がいかに重要であるか、ほとんどの人々が十分に理解していなかった。地域の保健当局、医療関連組織、臨床医が共同プログラムに取り組み、相互の連絡と地域の準備・対応能力を強化していくことが望まれる。


武蔵野赤十字病院 防災救護対策マニュアル(1)

(武蔵野赤十字病院、病院防災の指針、日総研出版、1995、p.124-129)


☆火災対策☆

1) 火災発生時の行動基準

(1) 全職場共通

★出火場所では  火事だとさけび周囲の応援を求める、防災センターへ通報(防災センターは消防署へ通報) 防火責任者へ通報(防火センターと連絡をとり職員に情報と指示を与える)、初期消火(消火器な ど)、障害物の撤去、危険区域からの患者の非難、酸素配管の元栓を閉める、非常持ち出物品の持 ち出し

 ・・・以上は1連の行動として行い、順序には関係ない

 患者が居る部署では防災センターへ患者の避難状況の報告

★出火場所以外では

 ドアを閉める
 患者に火事だといわない(必要に応じて正確な情報を伝え、冷静を呼びかける)
 自分の職場に集まり指示を待つ
 指示に応じて出火場所へ応援に行く

(2) 夜間病棟における行動基準

★出火病棟の場合、出荷病棟以外の場合は(1)同様

★当直時間帯における当直者の行動基準

 先任当直医は病院長代理として救急センターに自衛消防本部を設置する(院長代理、当直婦長、事 務当直者1名がとどまる)

 全ての当直者は緊急時を除き救急センター集合し、それぞれの役割を確認し、初期消火、避難誘 導、救護活動にあたる。

※ 非難時の注意事項

◆エレベーターを使用しない ◆電話をみだりに使用しない ◆上下非難は本部の支持による ◆煙が充満している時は、身をかがめ、濡れタオルを口鼻にあてて避難する

2) 初期消火の注意事項

 火が天井へ回ったら初期消火を困難でありそれ以前の数分間が消火のチャンスである。

 何が燃えているかを確認し

 (1) 普通火災
 ⇒水、粉末消火器、強化液消火器、泡消火器使用

 (2)電気火災
 コンセントを抜く又は、安全器のスイッチを切り感電を防ぐ
 ⇒電源が切れぬ時は粉末消火器以外使うことは出来ない(水はだめ!)

 (3) 油火災
 元栓をとめるか、濡れ雑巾、野菜などを入れ油の温度を下げる。
 ⇒粉末消火器、強化液消火器、泡消火器(水はだめ!)


エマルゴ・トレーニング システムによる患者受け入れ訓練の実際

(高野博子ほか、日本集団災害医学会誌 9: 52-56, 2004)


 エマルゴ・トレーニング・システムとはスウェーデンで開発された災害時医療を机上シミュレー ション演習するシステムである。災害を想定し、医療従事者及び被災者に見立てたマグネット人形 を使用し、これらを白板上で災害現場や病院などに移動する。これらは設定された病床数・増床 数・職員数・限られた資源を用い、訓練上の時間経過に沿って行われる。 評価は、設定された対応法の妥当性及び避けられた合併症、避けられた死の有無の検討で行われ る。

 このシステム以前にも様々な机上シミュレーションが開発されたがいずれも現実性に欠けていた が、エマルゴ・トレーニング・システムは以下に示すように現救急システムの問題点を指摘するこ とができたため、有用であることが証明できたため報告する。 具体例として、本論文では乗客64人を乗せた小型旅客機が空き地に胴体着陸し、多くの負傷者が 出ているという設定で訓練を行った。

 実際の手順として、

  1. 患者標識として頭に番号を表示、胸に症状を表示、腕に処置シールを貼付
    また患者人形裏には初療室での処置時間と手術に要する時間設定

  2. 医師人形は胸に専門科を表示

  3. 輸液・固定器具・胸腔ドレーンの標識

  4. 増員可能な医療スタッフの人数の設定

  5. 白板上での初療所・手術室・ICUの設定 を行い、

  6. 6 参加者をトリアージ、初療室、外来、軽症外来、手術室、ICU,病棟などの部署を設定し、 各部署に振り分ける。

 これらの詳細な設定のもと、インストラクターの進行、指示にあわせてトリアージされた患者が時 間設定に合わせて病院に搬送され、各部署でのマンパワー、設定に従って患者対応の演習を行う。 その後、問題点を指摘するため総評を行う。

 指摘できた問題点は、

  1. 現場トリアージ後の病院での再トリアージが必要である。
  2. 初療室から手術室への患者輸送は緊急度や重傷度を顧考慮して順位を決定する必要がある。
  3. 手術室満床時は、初療室およびICUでの手術の必要性も生じ、待てる患者は一旦病棟に入院させ てから手術待期とする。
  4. 各部所間の連携は何より必要である。
  5. 全手術終了後、ICUの人工呼吸器が足りない場合は、手術室や一般病棟のものを使用する必 要がある。
  6. 現実に即した職員数、配置が再確認できる。
  7. 手術が待てる患者は手術室の空床状況に左右され、病棟との連携が重要である。
  8. 1施設だけでの対応には限界があり、イメージしているよりも早い段階で、また様々な局面で の後方輸送の必要性が生じる。
などである。

 エマルゴ・システムを用いた演習によって、実際の対応を行うためには、病院の規模、患者数、職 員数、処置・手術の時間の設定など綿密な計画が必要であり、それによって訓練の結果が左右され ることがわかった。上記の問題点を探し出すのに実際の人や物資を使用することなく簡便に行えた ことは重要な利点である。これらで指摘できた課題を参加者が各自の施設に持ち帰り解決すれば、 エマルゴ・トレーニング・システムを真に有用に活用したということができる。

 今後のエマルゴ・システムのさらなる普及のためにはインストラクターをはじめとするスタッフの 育成が重要であると考えられる。


米国同時多発テロ被災者の心理的影響

(太田啓子、黒田 裕子・酒井明子監修、災害看護、東京、メディカ出版、 2004、p.199-203)


 2001年9月11日に米国で発生した同時多発テロ事件は、過去に例を見ないほどの都市型人為 災害であった。テロリズムとはその目的が政治、国家レベルまで影響を及ぼす行為であり、多くは その被害や解決策が個人レベルでは対処できないほどの大きな問題である。災害の被害が大きけれ ば大きいほどその被災者たちは身体的影響だけでなく、精神的にも多大な被害を受ける。テロ災害 のような脅威が人間に与える影響とはどれほどのものなのだろうか。

 米国で発生した同時多発テロ事件は、4機の旅客機撃墜、ペンタゴン、世界貿易センタービルの爆 破という大惨事となり多くの死傷者、行方不明者、負傷者を出しただけでなく、それを救助しよう とした消防士らも世界貿易センタービルの倒壊により行方不明となった。結局3000人近い行方 不明者のうち2500人近くの行方不明者を見つけることが出来なかった。

 その後、米国社会はテロに屈しない強い精神を示すため、早急に元の生活に戻ることを呼びかけ た。またテロ指導者とその組織を捜査し、身柄の引渡しに協力しないタリバン政権に反テロと人道 支援という名目で攻撃を行った。米国世論は膨大な行方不明者を出した大惨事への怒りや悲しみ を、報復ムードへと転換していった。

 しかしながら世間の報復ムードとは別に、被災者やその家族、友人は絶望や悲しみの時をすごして いる。はたして災害にあった人たちは世間の報復ムードと同じ心境だったのであろうか。 筆者は現地の報道を利用し被災者の心理を表す言葉をその日時とともに記録した。対象者を一次被 害者「遺族・行方不明者家族」、二次被害者「救助活動に携わった人、医療活動に携わった人」、 三次被害者「生存者」としテロ直後からそれぞれの言葉を分析した。

  1. 一次被害者:遺族・行方不明者家族

     1位 悲しみ 22% 2位 望み 16% 3位 現実直視、苦悶 14%とnegativeおよびpositiveな言葉が入り混じる結果となった。悲しみは家族の受けた心の痛み、望みは家族が死を確認できない不安定な状況の中、待ち続けることを強いられていることをあらわしていると考えられる。

  2. 二次被害者:救助活動に携わった人、医療活動に携わった人

     1位 苦悶(絶望を含む) 32% 2位 恐れ 23% 3位 悲しみ 17%とnegativeな言葉が上位を占めている。これは過酷な現場の状況と、あまりに多くの人が苦しんでなくなっていった状況に居合わせた精神的な過酷さが表れていると考える。

  3. 三次被害者:生存者

     1位 恐れ 39% 2位 苦悶、悲しみ、見直し 16% と二次被災者同様negativeな言葉が多かった。これは生存した人々も多大なストレスによって精神的な安定を図れずに苦しんでいる状況が表されたと考える。

 これらの結果から分かるように、被災者の多くは心の安定を保とうと必死である。苦しくつらい立場であれば、誰もが言葉を表出することで安定を図りたい、しかしその言葉をうまく受け止め泣ければさらに心の傷を深めてしまう。会話のなかでどこまで相手の心を受け止めることが出来るのか、とても難しい問題である。けれども、話すことだけが傷を癒す手段となっている人もいるのではないだろうか。

 一人ひとりの言葉を汲み取ることで被災者の支援のあり方に気付き、日本でのテロ災害時の支援に生かすことが重要である。


□災害医学論文集へ/ 災害医学・抄読会 目次へ