災害医学・抄読会 2005/11/11

ボランティアビギナーの阪神大震災

(岩井 亮:メディカル朝日 1995年4月号 p.45-53)


1. はじめに

 海外緊急医療救援の経験が豊富なアジア医師連絡協議会(AMDA)は、阪神大震災で最も被害の大 きかった地域のひとつである神戸市長田区に本拠地を置き、地震発生当日から1ヵ月にわたる活動 を展開した。スタッフとしての登録が無くても「手伝えることはないか」という外部からの問い合 わせに応じ、1400人を超えるボランティアを受け入れた。著者(麻酔科医)はそのボランティアの1 人として2度に渡り、通算16日間、医療活動に従事した。その経験から見えてきた問題点について述 べている。

2. 本文要約

 著者は朝日新聞上でAMDAが地震発生当日に神戸市長田区入りしたという記事を発見し、ボラン ティアに参加することを決めた。まず、麻酔科科長に話をし、病院長に頭を下げ、著者の母校であ る筑波大学の教授に協力態勢の了解を取り付け、10日間の年次休暇をすべて当てた。

 神戸市長田区のAMDA現地本部は、長田区の保健所の一室をスタッフルームとして借り、保健所の 傘下で避難所の巡回診療を行い、24時間態勢の臨時診療所を開設していた。著者は現地に到着した 当日から診療を行った。

 到着した日は、災害発生から4日も経っていたせいか、救急蘇生や外傷の応 急処置を必要とする患者は少なく、圧倒的に風邪の患者が多かった。 現地ではカルテは用意してあったが、電気の供給は十分ではなかったようである。序盤は、診療所 にはA-ラインはおろか心電図モニターすらない状態であり、通常行っている医療業務は通用しない ことを痛感したそうである。また、薬品庫にはエピネフリンとプロカインアミドの束が大量に放置 されていた。これらの薬品は心電図などのモニターがない状態では使用しにくく、誤注入しないよ うにわざと束にしてまとめてあったそうである。こういう状況(震災時)ではエフェドリンのほう が昇圧薬として使用しやすい。また、特に震災初期には局所麻酔では対応できない外科処置、緊急 気管内挿管に備えて、ケタミン(全身麻酔薬)、スキサメトニウム(筋弛緩薬)、ラリンジアルマ スクが必要である。実際に現地にあった筋弛緩薬は効きが遅くて時間がかかり、使う機会はなかっ たそうである。著者は、実際の状況に応じた薬品を選択し補給・貯蓄しておくことが重要であると 述べている。

 地震発生から1週間目になると、高血圧、狭心症、糖尿病、気管支喘息、精神疾患などの慢性疾患患 者の薬切れによる症状の悪化が問題となってきた。高血圧の治療薬は診療所にはニトロの舌下薬も 含めて4種類しかなく、その数にも限りがあった。何日分の薬を処方したらよいか、現地のスタッフ で話し合い、とりあえず当初は3日分を出すことにしていた。本来は毎日飲まなければならないのだ が。かといって多く処方すれば他の患者に渡す分がなくなってしまう。著者はこの経験から「やれ ることには限りがあるということを常に認識しておかなくてはならない」と感じたそうである。

 著者は、今回の活動ではどのようなものをどれだけという配慮が欠けていたように思ったと述べて いる。計画なしの人員・物資の輸送は逆に最前線のボランティア活動の妨げになることを思い知っ たそうである。危険で使いようのない薬剤があったり、本当に必要な薬剤がなかったりした。震災 発生時と発生後1週間、1ヶ月後ではそれぞれ需要の高い薬品が異なってくることを現地のみならず 輸送を行っている側も把握しておく必要がある。それにはある程度の経験が必要であり、阪神大震 災時にはその経験に乏しかったため、うまく機能しなかったと考えられる。

 震災時にはメンタル面のケアも重要になってくる。ASD(急性ストレス障害)の最善の治療法は、 被災者が自分の体験を他の誰かに話せるようにしてあげることであると言われている。診療所に来 る人は一様に、自分がどんなひどい目にあったか、どんな苦労をしたかということを話したがる。 著者も診療所がさほど混んでいない時には、できるだけそういった話に耳を傾けたそうである。

3. まとめ

 阪神大震災のボランティアに参加して最も大きな問題点は「著者を含めた参加者の大部分がボラ ンティアビギナーであった」点である。現地に行けばある程度の衣食住は確保され、医療活動を行 う設備が整い、どんな医療をするかがお膳立てされているという意識である。特に日常の日本の医 療をそのままの形で行えるわけではない。やれることには限界があるという認識がとても重要であ る。著者は、余震発生時の危機回避、自分自身の健康管理に対する意識も薄かったように感じてい たそうである。常に自分がいるだけで邪魔かもしれないという意識が必要であると述べている。

 阪神大震災では日本の災害史上で最高にボランティアが活躍したといわれている。これも十分に 評価に値するのだろうが、それは数の上の話だという側面を持つ。マスコミはこぞってボランティ ア活動を賞賛しているが、手放しで褒めたたえるわけにはいかないし、危険ですらある。著者は、 日本人はボランティアビギナーだったと痛感し、今回の経験をより質の高い活動を行うためのス テップにしたいと述べている。


PTSDを精神病理学的に解剖する

(広常秀人:病院防災の指針、日総研出版、1995、p.74-79)


PTSD(Traumatic Stress Disorder)= 心的外傷後ストレス障害 とは?

 本人もしくは近親者の生命や身体保全に対する重大な脅威となる心的外傷的な出来事に巻き込まれ たことにより生じる障害で、外傷体験が反復的かつ侵入的に想起され、あたかも過去の外傷的な出 来事が目の前で起こっているかのような苦痛に満ちた情動を伴う錯覚(解離性フラッシュバッ ク)、孤立感、睡眠障害、外傷体験に類似した状況に暴露されたときに生じる著しく過度の驚愕反 応などの症状を特徴とする疾患である。

 このPTSDという疾患の概念は1995年の阪神大震災後、いち早くメディアに注目され、 今では大抵の人が知っているほど有名になりました。今でこそ大きな災害や事故、残酷な犯罪など が発生した場合必ずと言っていい程、被害者の方やその家族の方々を懸念し、PTSDと言う言葉がテ レビ画面に出てくるものの、当時としては日本でこれほど大きな災害の体験はなく、何が起こって くるか、何が必要となってくるかは試行錯誤の状態でした。

 そんななか、筆者は一人の精神科医として、心の専門家として何か役に立てることはないかと思 い震災後4,5日めの避難所を約20箇所まわり一人の人間として被災者の方々と関ってきてそこで感 じたことを論文に綴っています。

1.PTSDは専門家レベルで伝えていくべきものではないか?

 筆者は今回、地震後一ヶ月以内にいち早く反応しPTSDの情報がたくさん出てしまったことを問題 視しています。つまり、ASD(急性ストレス障害)というものや、ASD,PTSDになる以前にどれもがな りうるASR,PTSR(Rは反応)などの異常とはいえないレベルの症状などもあるため、これらの4つの 概念がかなり混同されてしまったのではないかということです。

 また、PTSDではフラッシュバックの強い人、自分の体験を他人に話したがらない人、 周りとの関係を拒絶する人、家族が崩壊した人、職や家族を失った人などがハイリスクであると言 われていてこのような情報をむやみに「こんな人危ないよね」と一般に広げるのも好ましくないと も述べています。

2.PTSDの騒動は日本の精神医療の抱える問題まで露呈させた

 日本には例えば、精神病になってしまった人に対し、「あの人は弱い人だから」という見方をす る傾向があると筆者は言っています。今回の震災のケースにように社会全体が 危機、破局を経験した場合そういう観点では言えないことがたくさん出てくるため、PTSDについて は特に「心が弱かった」ではかたづけられないというわけです。つまりこのような疾患は誰にでも なりうる可能性があるということを一人一人に理解してもらい、考え方を変えていかなければ本当 の心のケアはできないと述べています。

3.PTSDを解くカギ

  1. 孤立化を防ぐ

  2. 自分で自分のコントロールをできる、という感覚を持つ

 この2点がPTSDを解く上で大切な点であると筆者はのべています。また、一人の専門家でにでき ることは少なく、限りがあるために専門家が啓蒙活動をしていくことが必要であります。現在 (1995年時点)では残念ながら精神保健に関し、啓蒙、予防活動を行っている公的機関は少ないの ではないかと考えています。

4.今後に対する提言

 心のケアといっても心に対するケアだけではその人に接近することはできません。心の容れる器 としての体があり、体を支えるいろいろな環境というものがあり、医療の範疇を超えた広いレベル の話ではあるが、環境を整えるだけで癒えていくものはたくさんあります。衣食住の問題であると か経済的な問題であるとかが保証されるだけでも心の不安が軽減していくような場合もある、と筆 者は述べています。そのように今回の体験により医者である前に一人の人間として目の前のニード は何なのかという視点から始めないといけないということに筆者自身もきづかされたそうです。


机上演習にみた化学災害への課題―災害医学的な観点から

(奥村 徹ほか:中毒研究 18: 65-68, 2005)


 第26回日本中毒学会において化学災害机上実習が行われた。そこでは化学災害、化学テロに関係する職種が勢ぞろいして同じ 目的に向かい共同作業がなされた。そこで得られたこと知見の総括評価とそれを基にして作られた演習のあり方と課題につい ての考察を以下に示す。

【机上演習の目的】

 既存の対応マニュアルの検証と課題の抽出。

【利点】

 ○安価

 ○参加者に問題点を知らせ、危機感を高めることができる。

【欠点】

 ○実際の現場を想定しなければ成果が低い。

 ○実行不能なことを前提にして話を進める傾向にある。

【一般的な演習のあり方について】

 机上演習の成果は参加者のイマジネーション能力にかかっている。よって成果を挙げるためには演習を始める前に設定をより 現実的に、詳しくする必要がある。そうすることによって参加者がより現場をイメージしやすくなる。又、コントローラーを 配置し、場面ごとに適切な突っ込みを入れることでより現実的な演習になると考えられる。又、演習の目的が既存のマニュア ルの検証であることため、関係する各職種は対応マニュアルを持ち寄って訓練を行うことが望ましい。医療機関に関して言う と、化学災害、化学テロに対するマニュアルを持っているのは極少数である。よってマニュアルの作成を急ぎ、はやいうちか ら訓練を行っていくことが望ましい。

 机上訓練終了後には明らかになった問題点をマニュアルに盛り込むことが重要である。その後、実働的な訓練を行っていく ことでより効果の高い訓練が可能となる。

【今回の演習を終えて、今後の課題】

 今回の演習では対策本部はすでに立ち上がっている状態から始まった。しかし化学災害、化学テロ対応では事件発生から対 策本部設置までの時間を短くすることが望ましい。地震などに関しては阪神・淡路大震災の反省を踏まえ新潟中越地震では本 部立ち上げまでの時間などが大幅に短縮されているが化学災害、テロに関してはまだ楽観視はできないと考えるべきである。

 又、机上演習の欠点として参加者同士は自由に連絡が取れる状況に設定せざるをえない。しかし実際には通信が混乱し、連 絡自体がとれなくなることが予想される。今後はホットラインの設置や無線連絡網の設置など関係者間で具体的な連絡手段を 詰める必要がある。

【結語】

 Kaspaらによると医療機関の化学災害対応のための訓練計画は脅威のレベルによって変えるべきだと提唱している。しかし、 この案では訓練の頻度は述べているが訓練の段階については言及していない。よって筆者らは訓練内容を難易度順に分類し た。これを難易度の低いものから行っていくことでより効果的な訓練が可能になると提唱している。以下、段階別災害ストラ テジーを示す。

レベル1:一般災害対応(院内、院外)のマニュアル作成
レベル2:一般災害対応の自施設内机上訓練
レベル3:一般災害対応の自施設内実動訓練
レベル4:一般災害対応の他施設、他機関との合同机上訓練
レベル5:一般災害対応の他施設、他機関との合同実動訓練
レベル6:特殊災害(化学災害、化学テロ含)対応のマニュアル作成
レベル7:特殊災害(化学災害、化学テロ含)対応の自施設内机上訓練
レベル8:特殊災害(化学災害、化学テロ含)対応の自施設内実動訓練
レベル9:特殊災害(化学災害、化学テロ含)対応の他施設、他機関との机上訓練
レベル10:特殊災害(化学災害、化学テロ含)対応の他施設、他機関との実動訓練
レベル11:さまざまな特殊災害や一般災害を組み合わせた高度な机上訓練
レベル12:さまざまな特殊災害や一般災害を組み合わせた高度な実動訓練


手術室の安全面からの再点検

(横野 諭:OPE nursing19: 970-976, 2005)


 自然災害や人災に伴う集団災害では、同時に多数の傷病者が発生し負傷者に対応する医療能力が圧 倒的に少なくなる条件下で、いかに多くの命を救命するかが問われる。その際、患者のみならず病 院の施設・設備の安全性、円滑な運用など日常的に取り組んでいる手術室の対応がかぎとなる。 以前は手術室の緊急時対応計画は、火災や停電に伴う対応が主で、集団発生が生じても手術室への 直接的な影響は少なかった。しかし今日NBC災害(核nuclear、生物biological、化学chemicalなどに よって引き起こされる災害)による負傷者が出てきており、不適切な対応により病院スタッフや患者 への二次・三次被害をもたらし、ひいては病院封鎖という事態にもなりかねない。その予防にも手 術室の緊急時対応計画は必要なのである。

 緊急時対応計画によると、除染システム、医薬品の供給体制、生物剤の対応方法としてのワクチン 接種、集団災害訓練に関する項目が必要であり、院内訓練は毎年1回以上実施し、最低1回は地域 住民参加方式とすることが望ましい。災害対策は平時、準備活動期、対応期、回復期の4期に分類 し、各段階での対応が求められる。

 2002年の国内の建物火災は3.5万件で病院火災は160件、病院火災での年間死者数は10万床あたり約 0.2〜0.3人で、負傷者は16人であった。病院は自力非難困難者を収容している、就寝施設である、 夜間勤務者が少ない、煙が伝播しやすい構造である、患者非難には多くの人手を要するなどの特殊 性から、火災発生に伴う被害者が多数発生する危険性が高いため、消防法、建築基準法により建物 構造・防災設備・防火管理など多岐にわたり安全対策が施されている。手術室では熱源・可燃物・ 酸素化物のいわゆるFire Triangleがそろっており、初期対応を誤ると大惨事となる。手術室で火災 の予防策としてSurgical Fire防止のためのガイドライン/ECRI(2003年)が発表されている。 生物剤による災害の予防策としては、1つ目は主要生物剤の特徴や伝播方式に基づいた標準予防策で ある。2つ目は環境清掃は日常的な方法でよい。また手術用具の処理は通常の除染・滅菌でよく、追 加の消毒や滅菌工程は不要である。

 化学物質による災害の予防策としては、1つ目は、人体に危害を与える可能性のある物質を物理的・ 化学的に除去し、体内への吸収を防止することで人体に危険性のない状態にし、生命・機能予後の 改善を図るとともに二次災害を回避・軽減する。2つ目は、現場における一次除染の不確実性、迅速 な病院の必要性、現場処置の限界、救急車以外での来院、序染完了の証明不可、原因物質検知不可 能などの要因で被災者を病院内に収容することは危険であるため、病院前に除染システムを構築す る必要がある。また除染完了であれば手術スタッフになんら危険性はない。

 放射線物質による災害の予防策としては、1つ目は放射線障害を考慮する前に外傷の処置を行い、 安定した後に外部被爆か汚染かなどの評価を行う。外部被爆では組織損傷(皮膚、骨髄など)を来た すが、医療スタッフには危険はない。放射性物質の付着(汚染)では、乾性除染(脱衣)で90%以上の 体表汚染が除去される。残りの大部分は露出部の皮膚で、湿性除染(石鹸、湯、スポンジなどで除去 するが、擦って皮膚を傷つけないこと)を行う。洗浄廃液は、専用容器にて隔離して管理する。2つ 目は防護服、手袋、マスクなどにより放射性物質汚染から自分自身を守ること。また放射性粉塵の 吸入などによる内部被爆は、防護服を着用している限り危険はほとんどない。

 周産期の緊急時対応計画は各病院にて以前から作成されていただろうが、テロ発生の危険性が高 まっている現在、上記のような点に着目し、見直すべき点は改訂すべきである。


現場応急救護所の設営と応急処置

(小原真理子:黒田 裕子・酒井明子監修、災害看護、東京、メディカ出版、2004、p.104-116)


 災害サイクルの急性期における災害看護活動の場として、被災により負傷した患者を受け入れる 病院、災害現場の応急救護所、被災者が一時的に避難し生活する避難所や仮設住宅、巡回診療の現 場等があげられる。災害現場ではまず、傷病者の救助と危険地域から安全な場所への移動が優先さ れる。現場近くの応急救護所における医療活動には、傷病者のトリアージと応急処置、後方搬送が ある。その際、重症者の後方医療施設への搬送(scoup and run)を優先するかの判断など、災害の 規模、負傷者の数、現場から病院までの距離と交通事情、受け入れ病院の状況により、臨機応変に 判断し対応しなければならない。

応急救護所の設営目的と役割

 1)多数の傷病者の発生により、地元の医療機関だけでは対応が困難な場合、また、被災により機能 を失った地元の医療機関を代行する、2)被災現場で早急に傷病者に対し応急処置を行うなどであ る。どちらにしても限られた医療救護員、資器材を用いて最大限の救命を行うことである。1.応急 処置の優先度を決定する医療トリアージ(Triage)、2.応急処置(Treatment)、3.後方搬送の準備 (Transport:搬送順位、搬送手段、搬送先等を決定する)の3つのTで表される。

設営条件

 二次災害の危険を回避できる場所に設置することが絶対的な条件である。その他、救護所の存在が 周囲から判別でき連絡が取りやすい場所、交通の便がよく傷病者の収容や搬送に便利な場所、また 現場の混乱を避ける為の適当な大きさのある場所、ヘリコプターの離着陸が可能な場所等を選択す ることが望ましい。傷病者の散在する台風、地震等の場合、学校、公民館等に設置されることが多 い。傷病者の集中する交通事故等の場合は、適当な建物がない場合には救護テントを設営する。

被害状況や動線を考えた救護所の設置構造

 応急救護所はトリアージ部門、応急処置部門、搬送部門に大きく分けられる。原則としてトリアー ジ部門の入り口は1ヶ所とする。

 傷病者が大量の場合は、緊急部門の入り口に赤い旗、非緊急部門には緑の旗を立て、誰もが入り口 ですぐわかるようにしておく。あらかじめ救急救命士や看護師などによりSTART(Simple Triage And Rapid Treatment)式トリアージを行い、傷病者を緊急と非緊急に大別し、2つのトリアージポ ストで再度医師がトリアージを行う方法である。

 傷病者が大量でない場合では、START式トリアージを行う必要はなく、直接1つの入り口からトリ アージ部門に入り、トリアージ担当者により赤、黄、緑、黒のカラータッグが身体に付けられると ともに、受付、登録を受けトリアージに合わせて応急処置部門へ移動する。トリアージ部門は混雑 するため、救護所の入り口から次第に末すぼみの移動経路をあらかじめ作成し、トリアージ部門に は一度に2名以上の傷病者を通さないようにする。

 応急救護所でのStabilizationを目的とした応急処置を行うには、医療スタッフは救急医療の経験者 が望ましい。救急医、外科医、看護師、救急救命士、救急隊員、事務員、ボランティア等がお互い に協力しながら運営することになるが、必ず各部門の全体を把握するチームリーダーを決定してお くことが重要である。

活動の為の事前アセスメントとブリーフィング

 被災現場はかなり混乱した状況になる。特に広域性の大地震の場合、地元の医療機関が被災し、正 常な機能が果たせない時、混乱は著しくなる。現場へ救護班を派遣する際、派遣担当者は事前に可 能な限り被災地について情報収集し、救護班への伝達を含め対応策を考慮することが必要である。 救護班内の確認および留意事項として打ち合わせすることは、伝達された出動時のアセスメント項 目に関する情報を踏まえ、役割分担、安全確保の方法、救護班としての心構えである。また活動に 必要な救護用資器材等の準備は医療救急セット、その他救護用品、救護班の食料および生活用品等 である。

現場での対応、撤収

 派遣現場である救護所に到着したら、現地対策本部に救護班到着の報告をし、災害の状況や救護活 動の進行状況等について把握する。そして、他の救護班との基本的業務分担、トリアージ体制、傷 病者の搬入・搬送ルート、後方病院等、薬品の補給方法、活動場所、遺体の取り扱い等の確認を行 う。その後、災害の状況、後続応援救護班の必要性、追加必要物品等について派遣医療機関へ現状 報告を行う。

 災害現場の救護所では、傷病者の後方搬送が終了し周囲に被災した傷病者がいなくなれば撤収す る。また地元の医療機関に代わって救護活動した場合は、医療機関の機能が回復すれば速やかに撤 収する。基本的には救護班のリーダーと当該支部および現地災害対策本部の話し合いにより、撤収 が決定する。撤収後は派遣医療機関において活動報告や携帯品の使用決済と返納を行い、活動の検 討会等を行う。救護活動の内容に看護の具体的な活動を含めることが必要である。報告書をもとに 災害看護のあり方を検討し、次につなげることが求められる。


新潟県中越地震への対応と今後の課題

〜現地での16日間の活動を振り返って〜

(重徳和彦:プレ・ホスピタルケア 18: 2-15, 2005)


◇ 長岡市妙見堰における緊急消防援助隊の救出活動

10/26(発災3日後)

10/27

10/28

緊急消防援助隊に係る今後の課題

『緊急消防援助隊のオペレーションにおける役割分担と責任の所在の明確化』

 今回の事案は多くのアクターがそれぞれ機能し、連携して救助活動が行われた。緊急消防援 助隊の活動は、原則として応援を受けた消防本部が指揮を執ることになっているが、今回のように 様々な条件が重なり、多くの関係機関が判断の過程に関与するケースでは、誰が何の判断をする立 場にあるのかをはっきりさせなければ、責任の所在が不明確となる可能性を否定できない。高度か つ複合的なオペレーションが実施されることが想定される大災害においては、特にこの可能性が高 い。責任の所在を明確にすることは、災害対応において、それぞれの持ち場で各担当者が自信を 持って、責任ある行動をとるためにも、必要なことである。

◇ 復旧・復興に向けての活動

 初動対応の段階では、住民の意向云々以前に、消防機関や自衛隊等によるいわば一方的な サービス提供(救助活動)中心の活動を行うことでよいが、復旧復興の段階では、住民の立場から のニーズの把握なしに適切なサービス提供はできない。住民ニーズを直接把握するのは「被災者の 視点」を持ち、「国民に最も近い役所」を標榜する総務省消防庁の役割である。

 今回の事案における住民ニーズとは

◇ 総務省消防庁のこれからの役割
〜「消防庁現地調査官」(仮称)の市町村への派遣〜

 災害対応のプロである消防庁職員が、「消防庁現地調査官」として被災直後から市町村長が行 う災害対策本部の運営や各種事務の遂行をサポートしつつ、必要に応じ、国および県に対して必要 な対応の検討を促す役割を果たすことは非常に有意義である。なぜなら、被災者のニーズに迅速・ 的確に応えるためには、タイムリーな情報収集を行い、具体的な課題を早期に発見し、国としてそ の解決策の検討に取り組むことが必要であるからだ。

 以下に、現地調整官の業務内容と基本的な活動のポイントを示す。

1. 被災地、住民の状況把握

  1. 市町村(災害対策本部)からの情報収集
  2. 現場や住民の状況の早期把握

2. 市町村の業務サポート

  1. 役場の体制や業務遂行について、アドバイスすること
  2. 当該市町村と、自衛隊、警察、県土木部等との調整を行うこと
  3. 当該市町村の職員との間で必要な対応や手続等を調整すること

3. 国・県への情報提供・連絡調整


愛知万博における救急・災害医療体制

(本橋直幸:救急医療ジャーナル 2002年6月号 p.22-28)


 185日にわたる開催期間中には、国内外から約1500万人の来場者が見込まれており、医療についても従来にはない独自の体制が とられることになった。本号では愛知万博における救急・災害医療体制についてレポートする。

 愛知万博の医療救護施設は計8ヶ所で医師たちが常駐する診療所と、看護婦と医療事務職員のみが常駐する応急手当所がある。 そのうち3ヶ所が診療所で、毎日あわせて5~6人の医師と約30人の看護婦が常駐している。応急手当所は来場者の混雑が予想さ れる場所に各1ヶ所ずつ計5箇所設置されている。これ以外に会場内には2ヶ所消防署が万博開催期間限定で設置され、高規格救 急車が消防署と北ゲートの3ヶ所に配備されている。 このように会場内各所に救護関係施設が設置されているが重症患者が発生した場合、医師や救急車が現場へ到達するのにはあ る程度の時間がかかる。そのため救急専門医1人と救急救命士が常時会場内を巡回し、会場中心部の観客が多い場所での救護 活動をフォローする体制をとっている。

 救急隊員は全て2人1組で、医師を含めたMD(メディカル・ディレクター)隊と、救急救命士のみのV隊に分けられる。MD隊とV 隊が会場内を移動する際には、AEDや酸素ボンベなどといった救命器具を搭載した専用の電気自動車が用いられる。電気自動車 は常時7~8台が稼動しており、会場の端から端まで5分以内で駆けつける事ができる。さらに重傷者が発生した場合にはドク ターヘリへの要請もできる。万博消防署からの要請により愛知医科大学病院から3~5分で会場内の3ヶ所のヘリポートに飛来 するシステムになっている。 その他、会場内にはAEDを半径約150mに1台ずつ、計100台以上設置している。これらのAEDをサポートするため医療スタッフや 消防士のほか万博協会職員、警備員、清掃員など約3000人が救急講習を受講した。

 この医療体制を確立するにあたり医療救護施設の設置や運営に関する概要や施設内での詳細なスタッフマニュアル、ボラン ティア救急救命士の運用計画、大規模災害時の医療救護マニュアルなどが作成されている。順序としては、まず愛知県大規模 災害時医療救護マニュアル作成委員会を立ち上げ、愛知万博における局地的大規模災害に対応することを目的に委員会でマ ニュアルを作成した。それに従い、万博会場内の診療体制と、集団災害が起こったときの初動体制をつくり、愛知万博での総 合的な医療救護体制を整えていった。

 「愛知県大規模災害時医療救護マニュアル−愛知万博に備えて−」には、災害発生時の医療救護の流れ、指揮系統図をはじめ として、万博会場内の初動体制についてや、自衛隊への派遣要請の手続き方法、県や市町村、警察本部、消防機関、医師会と いった関係機関の活動大綱、県災害対策本部の設置などについて具体的な機関名入りで記載されている。このような体制を念 頭に愛知万博における「医療救護の概要」「医療救護スタッフマニュアル」が作られ万博会場内の医療救護体制が整っていっ た。また、ボランティア救急救命士システムに対して「ボランティア救命救急士運用計画マニュアル」が別個に作成された。 そこには、救急救命士の配置計画、勤務条件、救急処置の範囲、事後検証法、活動要領などが記載されている。またMC協議会 の設置や実施についても、要綱が載せられている。

 現在、火事が1件、救急出動が1日4件弱程度で今までで200件を超え、またドクターヘリは4件要請している。これまでの事例へ の対応を経て、万博会場内での適切な活動方法、詳細な位置の把握、他部門との連携ができるようになってきた。 万博開催から1ヶ月後の万博MC協議会では、いくつかの問題点が挙げられ、様々な意見交換がなされた。今後、国際博覧会にふ さわしい水準での医療を提供し続け、万が一の大規模災害にも対応できる体制を維持するにはどうしたらいいか、期間内での 調整や改善が順次なされ、万全の体制に近づけるよう、関係者による努力が日々なされている。


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