災害医学・抄読会 2005/10/14

スウェーデンの災害時医療体制

(福本一朗:メディカル朝日 1995年4月号、p.56-61)


 スウェーデンの災害に対する対応がどれほど早くできていて大規模なものかを知って ほしい!

 1月17日の阪神大震災では大きな被害を出し、救済活動では行政側の準備と対応のま ずさが指摘された。この時海外からの救援受け入れを当初断っていたため、救える命 が失われたと、非難されている。例によって海外から最初に救援の申し入れをしたの がスウェーデンだった。チェルノブイリ原発事故でもわずか4時間後にスウェーデン 全土に警報を出し、援助の申し出を伝えたスウェーデンの情報収集システムは、阪神 大震災の時、地震発生後3時間後には日本に向けて出動態勢を完了していたという。 スウェーデンは世界どこに災害が発生しても即時対応できる体制がとられており、日 本は大災害発生危険地区の1つとしてマークされていた。また、国民1人あたり世界最 高額の開発途上国援助を行っている。このようにスウェーデンは地球上すべての災害 に即時対応する体制を備えている。

 では、その体制について具体的に見ていきましょう。

1.防衛災害医学の講義は40時間にも上る!

 1958年から戦時医学が6時間講義され、1969年には防衛災害医学として40時間に延長 されたばかりではなく、災害現場を模擬した実践さながらの現場での実技訓練が必修 科目として課せられている。また、医師は法律によって70歳まで災害時に出動する義 務を負い、65歳までは10年間で12日間の災害時訓練と7日間の災害医学卒後教育を受 けなければならない。こんなにも災害時医学教育があり、非常時にはすべての医師は 被害者を治療する義務がある。

2.災害時にはこんなにもたくさんの人員、施設、設備を利用できるシステムになっている!

 災害現場の市民防衛隊の指揮官である救助指揮官には通常、その地域の消防署長が任 命されている。軍と同等の権限を持ち、全国6つの市民防衛地域に分かれ、非常時に 防備と救助活動を行う。組織的にはスウェーデン王国救助局が市民防衛の中核をに なっており、人員としてはランスティング(日本で言えば県)を指揮して国民に対す る教育と 1)非常時における救助を3万人、2)消防を5万3000人、3)医療を4万人、4)誘 導を4万5000人、5)監視を3万人、6)工場防衛を2万人、を担当している。非常時の市 民防衛隊の動員数は15万人、自由意志による郷士防衛隊15万人、この他、20の救助大 隊、21の衛生大隊、6機ずつの飛行機を有する28の自由飛行士連盟が市民防衛隊に含 まれる。設備としては災害救助に有効な6〜10床の大型ヘリコプターが大都市に4台常 時配置され、それに加え6台が追加動員できる。また非常時には岩盤をくりぬいた要 塞から救急艇や病院船が出動する。それに災害時に必要なテント・毛布・救助器具な どを各コミューンが常時備えておく義務を有している。これだけ多くの人員と設備が 非常時に備えて用意されている。

3.非常時にはここにさえ電話すれば大丈夫!

 急病の場合だけでなく、事故、災害の第一報は全国共通の90000番にかければよく、 全国18箇所に設置されている警報管制センター(LAC)に通報され、マニュアルに 従って救急車、警察、消防署、病院などに連絡し、災害・事故現場に指揮所を設営す る。このような仕組みでいち早く緊急事態に対応できるようになっている。

4.緊急事態にも融通が利くシステムになっている!

 災害現場の最高責任者は救助指揮官だが、病院長にも広範な裁量権が与えられ、中央 の指揮を待つことなく病院長は自らの判断で非常事態体制を発令することができる。

5.災害の時のためのいろいろな工夫がある!

 まずはカラー刷りの災害時マニュアルである。病院内の各病棟や部所には橙色の表紙 のカラー刷りの災害時マニュアルがあり、すべての職員はその所在を徹底周知してい る。内容は1概説、2警報編、3行動編、4器材編、5院外連絡編、に分かれてお り、初めてその病院に勤務した人でも一目で緊急時に適切な行動が取れるようになっ ている。また、スウェーデンは標準化された緊急度判定を用いている。最緊急は赤 色、緊急は黄色、非緊急は緑色、死亡は黒色のプラスチックの札を患者の首にかけて いく。この方法で医師は患者の優先度を決定し、救急処置を行う訓練を受けている。

6.現場志向のスウェーデンの災害対処システムはこんな特徴がある!

  1. 指揮権が現場志向の分散処置方式でそれぞれが独自に動けるようになってい る。

  2. 責任者が行政官でなく実際の救助に携わる人であり、人命に関してはいつも 法より現状が優先される。

  3. 全国で指揮官の取るべき方針、医師などの第一線の作業者の対処も標準化さ れている。

  4. 災害時の水・食料が全国民分3ヶ月生存可能量が核シェルターに確保されて いる。

  5. 人員の訓練、情報の更新、救援物資の補給が定期的に行われ、生きたシステ ムになっている。

  6. 救急隊は通報後5分で現場到着することが標準であり、緊急出動に至るまで が極めて短い。

  7. 人命救助のためなら近くの器材・人員を必要なだけ動員することができ、国 民も進んで協力する。

  8. 全世界のどこにでも数時間以内に救難出動できる態勢が常時とられてる。

  9. 行政も縦割りではなく、行政官は民間から適材適所で登用される。

  10. 平常時より無線電話を用い、災害時に大規模な通信途絶が起こる可能性が低 い。

  11. 非常時といえども社会的弱者、老人、児童への保護程度が切り下げられるこ とはない。

まとめ

 阪神大震災に対する反省が行われる中、このようなスウェーデンの市民防衛システム が備えられていたなら被災の質も量もこれほどまでにはならなかったのではないだろ うか。日本も謙虚になってスウェーデンに学ぶべきである。


化学災害発生時の対応・処置について―行政・消防の立場から

(藤原健悟:中毒研究 18: 41-45、2005)


【はじめに】

 毒物や劇物に掲げられているもののなかには、強い毒性を有する物質であると共 に、引火・爆発性の強い物質も含まれている。災害は人的な被害と共に、広範囲な影 響を伴いやすいものの一つである。以前は、急性毒性物質を主な対策と考えていた が、現在は二次的災害(環境汚染)防止の観点から発ガン性や変異原性のある物質に も配意している。

 これら毒性のある物質も、今日の産業の中では欠くことのできない重要な物質であ り、社会生活から排除することはできない。従って、この種の物質の流通に並行して 災害時の対応についての十分な知識と備えが必要である。

【事故】

 国内では1994年 29件、1998年 55件、2002年 86件 と年々増加している。 原因としては塩素、硫化水素、アンモニア、硝酸、水酸化ナトリウム、塩酸が約半 数。

【消防の装備】

 消防隊員が災害現場で曝露する経路は、吸入と皮膚からの吸収が考えられるため、 各消防本部とも空気呼吸器や防護服などを装備している。

【毒物災害への対応方針】

1.通報から現場到着

 製造工場など関連事業所の災害(通報時に明確に有害物質が関連していると推測)の 場合

→隊員の防護体制、部隊編成、車両の進入経路など到着直後に活動可能な状態。

 移送車両の事故、付近住民からの通報の場合

→詳細な情報を得ることが難しく、とりあえず風上から進入するものの、装備のそ ろってない部隊となることがある。さらに人命救助を最優先に行うことより、現場の 状況確認は救助と並行して行われるため、消防職員への二次災害が生じやすい。

2.現場指揮

 消防隊員によって消防警戒区域が設定され、立ち入りが制限される。

3.物質の特定

 物質を特定することが現場活動を効率的かつ安全に行うための最優先課題である。

 専用運搬車:イエローカード(搬送時携行が義務付けられている)を探す。 その他:サンプルを検査機関に搬送する。特定できるまでは医療機関の患者観察情報 から推定される毒性を参考に救助作業を継続する。(防護や除洗が過度となり非効 率)

4.負傷者搬送

 初期:重症度・緊急度の高い患者から三次救急または最寄の二次救急医療機関へ搬送 する。負傷者が多数想定される場合、医療機関は一時的パニック状態になると考え、中等・軽症患者はやや遠方の医療機関に搬送することが考えられている。

 一部地域では「救急現場に意思を救急車で搬送するシステム」を活用している。 搬送された患者の引継ぎにはいつも以上に発生原因の推定ができる最大限の情報伝達 が重要であり、現場状況を共有することで現場にフィードバックできる情報が生じる こともある。

 初期〜中期:受け入れ医療機関の許容能力が現場本部で把握されるとともに、救急医 療情報システムの情報活用によって医療チームの地域コーディネーターと協議した搬 送先医療機関が系統的に整備される。

 中期:重症患者を遠方の医療機関へヘリコプターで転院する体制も完了する。

5.被害拡大防止

 二次的被災や周辺への汚染拡大防止を図るために、警戒区域内の字移民に非難を随時 呼びかける。時間の経過とともに症状のあらわれる者もあり、継続して注意する必要 がある。

【その他】

1)消防機関側の課題

 危険物の代表的な物質は性状からも物質名を検索できるようになっているが、対象が 消防法に定める危険物に限定されている。それ以外の物質は専門家の知識に頼らざる を得ない状況であり、性状から推定できるシステムの充実と対象物質範囲の拡大が課 題となる。

2)事業者側への依頼

 積載されている物質の情報が直ちに明確化できる体制の徹底と、災害時に備えて常時 連絡できる技術者の配置を望む。

3)医療機関への依頼

 消防機関と共同で多数の傷病者発生を想定した訓練を定期的に開催し、同時多数来院 時のパニックの中での円滑な受け入れ体制の充実に努めてほしい。

【おわりに】

 この度モデル的な訓練展示を行ったが、災害時の訓練を計画する上での課題は2点。

 「自ら何ができるか」を考え行動する事が防災関係者に期待されている。


災害看護に関連する理論

(酒井明子:黒田 裕子・酒井明子監修、災害看護、東京、メディカ出版、 2004、p.42-49)


(1)災害看護に関連する理論

 時間論、ネットワーク理論、活動理論、交換理論、危機理論、状況対応理論

(2)災害看護と時間論

1.時間論の内容

 二つの原型に分かれる:

  1. 存在の変化に基づく時間 → 存在の時間

     自然科学の時間(客観性)。運動の前と後を表現、なんらかの変化を知覚し 識別する

  2. 意識の流れに基づく時間 → 意識の時間

     心の内に存在(主観性)。過去は記憶、現在は直覚、未来は期待、この記憶 や期待によって時間を長く/短くと感じることになる。

2.時間論と災害の関係

 災害が発生すると・・・

  1. 時間の流れ

     自然界は急激に短時間で変化=存在の時間に変化が起こる
     人間の意識から過去と未来は消えてしまう、さらに現在を直覚することがで きなくなる=意識の時間に変化が起こる

  2. 生命の周期

     突然に起こると、生命のリズムが違っていくため、身体を構成する臓器や組 織が急激に障害され、危機状態になる

  3.  何が起こったのかわからない、心が不安定

  4. 自然界の周期

     生活動作が維持できないので、外界から必要なものを取り入れることが できない

  5. 生活

     生活を自分で維持できなくなり、生命の危機的状況に陥る

3.時間論と災害看護

 時間がキーワードとして災害看護の定義を整理すると 災害看護は刻々と変化する状況の中で、被災者に必要とされる医療および看護 の専門知識を提供することにより、その能力を最大限に生かして被災地域・被 災者のために働くこと。

 災害看護領域においては災害の種類別や対象者別、災害の特徴など他の看護領 域と違って、また災害時の看護は常に新しい局面に対応するため、時間論と災 害現象との関係を究明し、時間論は災害看護の方法論の根拠につながる。

(3)災害看護を説明する他の理論

  1. ネットワーク理論

     人間社会では、個人を中心とする人間関係、集団と集団のつながりが重要と なる。災害は、被災地外からの多くの援助を必要とし、その内容も多様である ことから、人と人、集団と集団の結びつきやそのパターンは災害への対応に影 響を与えていく。

  2. 活動理論

     人間に特有な高次の意識的・社会的行動と考えている理論。災害において は、個人と異なった組織が協力して活動を展開している。個人と共同体の複合 的な相互関係に焦点を当て、目的を達成するため、災害看護活動の内容、やり 方、内容の再構築などは活動理論によって説明できる。

  3. 交換理論

     人間の社会行動の原理をもとに説明され、人と人の間で起こる物質的あるい は精神的な活動の交換として、多少とも報酬や罰を伴っているものを指す。満 足、不満足という感情的反応は期待する報酬の受容に対しどのように生まれて くるのか、また、行為の交換から生まれた社会構造を維持するためにどのよう な行為が生まれてくるのか、社会構造の形成・維持・変化はどうであるかなど が検討される。

  4. 危機理論

     災害は、自分や家族の生命や生活を脅かすような危機的状況をもたらす。現 実的な受け止め、適切な対処行動そして社会的な支持があれば、危機状態から 脱するといわれる。逆にできない場合、危機状態は遷延していく可能性が高 い。

  5. 状況対応理論

     状況対応理論において把握すべき変数は、仕事の特徴と人間の成熟度であ る。災害の場合、問題解決行動を取るためには、災害時の活動を困難にしてい る仕事の特徴と人間の成熟度を把握し、状況に対応しながら行動を変化させる ことができているかを分析する必要がある。


汚染を伴う被災者の救急外来(I)/内部汚染患者の取り扱い(I)

(衣笠達也、鈴木 元:放射線事故研究会会報 1(1): 4-7, 1997)


 放射線を取り扱う場所、特に汚染管理区域で負傷した被災者の診療依頼の通報を受け た医療機関は必要な情報を通報してきた相手から聞き出し收集する必要がある。具体 的には以下の7つの情報が必要。

  1. いつどこで何が起こったのか
  2. 被災者の人数、重傷者の数
  3. 被災者の名前,年齢,性別、所属会社名
  4. 汚染(創部汚染・身体内部汚染・外部汚染)の有無
  5. 被爆の程度(全身被爆で1Gy以上か以下か、内部被爆で年摂取限度:ALIあるいはそ の10倍:10ALIを超えているか)
  6. どのような救命処置・除洗処置・線量計測・検体採取を行ったか
  7. 汚染に関与した核種は

 また汚染の拡大を防ぐために被災者を搬送する通路をシートで覆う、温水シャワー ブースや特殊フィルター付のエアコンが設置されている部屋を処置室として使用する などの対処が必要である。医療チームには最低でも医師1名、看護師2〜3名、放射線 管理員1名が必要であり、それらの医療要員は放射線学上の測定技術と除染技術につ いて教育訓練を受けていなければならない。服装は汚染とα線、および大部分のβ線 に対する防護のために手術ガウン、ゴム手袋、マスク、キャップ、ゴム長靴、アラー ム線量計、ビニール製のエプロンを装着する。

 実際に内部汚染を起こした患者を診察、治療する上で留意すべき点として

  1. 以上に恐怖感を募らせている患者に対して、内部汚染の量的な評価に基づきリスク 及び治療方針を明確に説明し心理的なケアをすること

  2. 汚染を起こしている放射線核種と汚染量によっては迅速な医療処置が要請されるこ と

  3. 内部汚染の評価のために事故直後から生物試料を採取し保存する必要があるこ と

が挙げられる。これは事故の種類により内部汚染を引き起こす核種は異なり、核種に よって物理特性・代謝特性および毒性が様々だからである。また内部汚染のルートは 経口的摂取、経気道的摂取、経皮(傷)的摂取の3つである。そのため問題となるのが 吸収速度であり、吸収速度の速いものからF→M→Sと定義されている。この吸収速度 とAPI、さらにリスクとベネフィットを考慮して医療介入方法を決定する必要があ る。


JR福知山線脱線事故の医療対応/体験を共有する

(鵜飼 卓、加藤 寛:エマージェンシー・ケア 18: 806-810, 2005)


JR福知山線脱線事故の医療対応

 10年前の阪神・淡路大震災での問題点は、

  1. 生存者の救出救助活動は大半が家族、近隣の人々によって行われた
  2. 消防、警察、自衛隊などのレスキュー隊員と医療従事者との連携が皆無であった
  3. トリアージが行われなかった
  4. 救急車による救急搬送、病院選別はわずかであった
  5. 被災地の病院は負傷者で混雑し、医療従事者、機材の不足や停電・断水などで十分 な医療ができなかった
  6. 医療機関の間での情報交換ができなかった
  7. 被災地内からの患者運送は少なかった
  8. 道路の渋滞により、県境を越えての搬送は困難であった
  9. 救急患者搬送に使われたヘリコプターは少なかった
  10. 上記の理由により、避けることが出来た死(preventable death)があった
などである。

 これらの教訓から、
 1)緊急消防援助隊が作られ、災害時の迅速な応援が可能になった
 2)災害拠点病院の指定
 3)標準トリアージタッグにより、トリアージタッグの共通化
 4)広域災害救急医療情報システムの整備により、災害時の病院の状況が他の病院でも 分かるようになった
 5)平時の救急ヘリ搬送の普及率増加
 6)医療従事者に対する災害医学の教育の施行
 7)がれきの下の医療(CSM)の訓練の施行
 8)病院前標準外傷処置トレーニング、メディカルコントロールシステムの普及によ り、救急隊員と医師との意思疎通の向上
 9)厚労省における災害救援医療チームの整備予算の計上
などのことがなされた。

 兵庫県では基幹災害拠点病院として兵庫県災害医療センター を開設、災害拠点病院の複数の医師を災害医療コーディネーターに指名し、ドクター カーの24時間運行、救急ヘリの積極的な利用を図るなどのことがなされた。このよう な背景下で、JR福知山線脱線事故に対する医療対応が行われた。

 その結果、
i.多数の医療チームが現場へ早期到着し、トリアージ、救急処置などに従事した
ii.分散搬送、転院搬送がまずまずうまく行われた
iii.重傷者のヘリ搬送が多かった(10名)
など、震災時の経験が生かされており、preventable deathの報告もなく、兵庫県災 害医療センターの存在価値が確かめられた。

 しかしながら、

  1. 広域災害救急医療情報システムの利用が不十分
  2. トリアージタッグが病院で無視されることがある
  3. 分散搬送がしっかりしたコマンドの下に行われたとは言えない
など、災害医療の課題はまだ多く残されている。

体験を共有する〜救助隊のメンタルケア

 医療従事者や救命士は惨事ストレスが原因でPTSDや鬱になる場合がある(数%)。阪神 大震災以後、消防という組織が惨事ストレスへの対応を知り、研修、教育が始められ ている。また、皆で話をする場を持つ、きちんと勤務交代を行うなど、組織的に精神 面にも配慮された対応がなされている。惨事ストレスによるPTSDの徴候は情緒不安定 になる、易怒性、不眠などである。本人は気付いていても言えない場合が多く、体験 を分かち合い、理解し合えることが重要になる。また予防に最も重要なのは「影響を 受ける可能性がある」ということを本人が認識することである。


日本版DMAT体制について

(大友康裕:エマージェンシー・ケア 18: 707-715, 2005)


1、DMATとは

 DMAT=Disaster Medical Assistance Team;災害派遣医療チーム

 大地震などの災害現場で迅速に救命治療を行えるための専門的な訓練を受けた機動 性を有する災害派遣医療チーム。

2、構成員

 医師、看護師、調整員(事務員) などの医療従事者

3、想定される主な任務

 災害急性期における被災地域内での情報収集
 トリアージや応急治療
 被災地域内医療機関の支援
 被災地外への航空搬送

4、日本におけるDMAT分類とその任務

  1. Basic DMAT=基本的な機能を有するチーム
    • 被災地域内での医療情報收集と伝達
    • 被災地域内でのトリアージ、応急治療、搬送
    • 被災地域内の医療機関、特に災害拠点病院の支援・強化
    • 広域搬送拠点医療施設(Staging Care Unit)における医療支援
    • 広域航空搬送におけるヘリコプターや固定翼機への搭乗医療チーム
    • 災害現場でのメディカルコントロール

  2. Advanced DMAT=特殊な技術を有するチーム

    a)US&R-DMAT
     →都市検索チーム(US&R=Urban Search & Rescue)に付随する災害派遣医療チーム

    • 長時間搬出困難な患者に対する医療行為(静脈確保、薬物投与、気道確保など)
    • 現場におけるメディカルコントロールによる救急救命士などの支援
    • 究極な状況下の外科処置(例えば現場での四肢切断など)
    • 危険な状況下で活動する都市探索チーム隊員に対する医療提供
    • 過ストレスの状況下で活動する都市探索チーム隊員に対する精神科的アプローチ
    • 平時の研修やトレーニングにおける支援

    b)NBC response-DMAT
    →NBC災害時に、警察・消防による現場対応(除染など)が行われる際、医療支援を 提供する医療チーム

      (NBC災害=Nuclear(核)・Biological(生物)・Chemical(化学) 災害)
    • 警察・消防・自衛隊などの現場除染(一次除染)における医療支援(気道確保、点 滴路確保、薬物投与などの救命処置)や医学的助言
    • NBC災害現場におけるメディカルコントロール発揮による救助隊や救命士の活動 支援
    • NBC災害現場における医学的な助言
    • 病院における除染などの支援
    • 病院に対するNBC対応の巡回指導

    c)広域搬送対応チーム
     →広域搬送拠点医療施設(Staging Care Unit)の立ち上げ・運営、航空機搭乗など を行うチーム

    • 患者搬送拠点や航空基地における空港医療救護所の設営と運営
    • 空港医療救護所における傷病者の安定化と航空搬送の適否の判断(航空搬送トリ アージ)
    • 航空機搭乗業務
    • 航空機搬送中の機内での医療提供など

5、DMAT体制の比較

 アメリカ台湾東京日本
システム国家システム(National Disaster Medical System)国家システム (Central Hazard Mitigation Council-Taiwan)東京DMAT計画運営検討委員会  
命令者大統領副総理大臣東京都知事 
参加省庁厚生省、国防軍、退役軍人省厚生省、消防、国防軍、運輸省福祉保健局、東京消防庁、東京都医師会 
チーム数61チーム13チーム21病院200病院
メンバー352045
出動12〜24時間以内6〜24時間以内15分以内 


東海・東南海・南海地震―震源域拡大と今後の展開―

(川端信正:予防時報 213号、p.8-13、2003年)


■東海地震の経緯

 1976年8月23日、第36回地震予知連絡会に「駿河湾を震源とするマグニチュード8クラ スの大地震発生の恐れ」との論文が提出された。当時東京大学理学部の助手だった石 橋克彦氏による「東海大地震説」であった。翌日の新聞は一斉に「東海地震」を大き く報じ、とりわけ地元紙「静岡新聞」の扱いは大きかった。その後、当時の静岡県知 事山本敬三氏は県職員数名に特命をくだし、地震説の徹底調査がおこなわれた。10月 には地震対策班、11月には静岡県庁内全53課の職員で構成する地震対策ワーキンググ ループが組織された。当面直ちに着手すべき最小限の対策について検討するととも に、国の地震対策に協力することを決め、同時に被害想定作成に着手した。

 翌1977年4月には、中央でも東海地震対策がスタートした。静岡の地震対策班は増 員して地震対策課になった。さらに1978年に大規模地震対策特別措置法が施行され た。以来東海地震対策は様々に展開し、この円滑な執行を図るために財政措置を実施 する地震財特法が施行され、あらゆる面での防災対策が続けられた。

■東海地震 最近の状況

 1996年10月5日、大井川中流域の静岡県利根川付近を震源にM4.3の地震が発生し た。関係者によると、この地震は東海大地震に全く関係ないとは言い切れない「怪し い」地震であった。怪しい地震はその後97年10月までに5回続いた。ところがこの怪 しい地震が続いたあと、今度は静岡県内で地震活動が静穏化した。静穏化はやがて起 こる大地震の前駆現象としておこることがあり、その出現は関係者の気をもませる事 態だった。

 また国土地理院より、東海地域の西部の地殻内でゆっくりとした「事前すべり」が始 まったと思われる現象が報告された。ある研究者は想定震源域で、プレート同士の固 着域の内陸側で応力が集中進んでいる可能性があると指摘している。これは2000年後 半から2001年にかけて顕著になった。その変動の中心は、時間とともに東北方向にや や拡散しつつある。

■東海地震震源域の見直しと強化地域の拡大

 こうした変化のもと東海地震対策は大きく変化することになり、それを受けて2002 年、強化地域はそれまでの6県167市町村から8都県263市町村にふえた。強化地域 は国から財政支援をうけて防災体制の整備を図ることになった。政府の中央防災会議 が発表した被害想定では、最悪の場合には23万1千棟の建物が崩壊し、死者8100人に 及ぶとされた。しかし警戒宣言が発令され多くの人が適切な行動をとった場合、死者 は4分の1程度に減るとしている。

■東南海・南海地震対策の着手

 過去の大地震を考え、東海地震が起こった際に東南海・南海地震が連動して起こるかもしれない、また東海地震が単独で起きたとしても東南海・南海地震が誘発されて想定より早くおこるかもしれないといった予想のもと、国がこのほど東南海、南海地震対策に着手した。この対策では、東海から九州にかけての太平洋沿岸もふくめて地震対策大網作りを策定する。なお、東海地震に東南海、南海地震が同時発生した場合、被害は近畿、四国、中国、九州におよび、倒壊家屋27万7千棟、死者7400人に及ぶとされている。

■東海・東南海・南海地震 今後の展開

 日本列島は1948年の福井地震以来地震活動が比較的平穏な時期を過ごしてきた。中小の地震被害は相次ぎそれぞれに教訓を生んできたが、東海地震、東南海地震、南海地震は100年に一度という巨大地震である。日本列島は地震活動の静穏期に高速道路が建設され、新幹線が開通し、超高層ビルが出現したが、それらは巨大地震に遭遇していない。今後起こる巨大地震では、我々は今までとは全く異なった新しい形の災害にみまわれるだろう。

 「地震」は残難ながら現代科学では回避することができない。その地震がもとになって生む大きな災害を「震災」と呼ぶ。地震防災とは「地震」を「地震」にとどめ、決して「震災」にしないことである。震災をおこさないために、予想される巨大地震にいかに備えるか、それが私たちの課題である。


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