災害医学・抄読会 2005/09/30

第8章 災害データ:重要な傾向と統計

(国際赤十字・赤新月社連盟:世界災害報告 2002年版、p.160-217)


 『世界災害報告 2001年度版』は例年に比べ、より多くのデータと分析を掲載しており、自然災害 や技術災害に加え過去10年間における紛争に関するデータも含まれている。自然災害においては、 過去10年間で地球温暖化によって引き起こされたと思われる災害の影響を強調するため、風水害と 地球物理学的災害に細分化している。

 災害データにおいては、大陸や現象のタイプによる分析の他に、国連の人間開発レベルに沿って、 上位・中位・下位に分けられた国別による災害の影響が分析や、各国総人口に対する災害による死 者・被災者総数の割合を図式化し、これらによって世界の最弱国への災害の影響をより明確にして いる。

災害概要

 2000年は過去10年では最多の災害が報告された。幸いその死亡率は低く約2万人にとどまったもの の、被災者数は2億5600万人と報じられており例年を上回る。

 自然災害の死者は1991年から2000年の間に66万5598人と報告されているが、これはおそらく少なく 見積もられていると考えられる。全死者数のうち83%がアジアの人々であり、過去10年平均して災 害による死者の88%が自然災害によるものである。また、その自然災害の理由として90%以上が干 ばつ・暴風雨・洪水などの風水害によるものである。

 自然災害による被災者の年平均は2億1100万人だが、洪水はそのうち3分の2を超え、飢餓は約5分の1を占める。しかし、洪水による致命度は低いため、自然災害による死者数の42%が飢餓、15%が洪 水によるものである。

 災害被害額については、多くの国が災害の概算コストを算出するためのガイドラインを作成してお らず、その推計が非常に困難である。しかしながら、災害による危険緩和をどの程度、どんな方法 で行うかについて適切な決断を下すためにも、災害の経済的影響をよりきちんと調査することが必 要である。もっとも高額の被害をもたらす災害は、洪水・地震・暴風であり、その死者数が最多と なる飢餓による被害額は被害総額の4%に過ぎない。また、自然災害による直接被害額の58%は人間 開発高位国だが、死者数では2%に過ぎず、人間開発下位国の被害額は4%だが死者数は67%を占 め、大きな隔たりが認められる。

阻まれた開発−紛争と災害の複合的影響

 過去10年にわたり、紛争による死者数は230万人で自然災害による死者数の3倍以上である(被災者 数においては、紛争による被災者数は自然災害被災者数の7分の1)。また、紛争による死者数の 76%を人間開発下位国が占める。

 また、何百万人もの人々(特にアフガニスタン・アンゴラの戦闘難民、中国・バングラデシュの洪水 難民)が、幾年にもわたり紛争と災害の犠牲者になっていて、開発は災害によって阻まれ開発の続行 が不可能な状態にある。

資金の流れ

 災害復興には政府開発援助(ODA)が用いられる。ODAは国連が目標としてGNP 0.7%を掲げているが、 各国が大幅に下回っている状態で、国連目標を達しているのはスウェーデン・オランダ・ノル ウェー・デンマークの4カ国のみである。また、後発開発途上国(48カ国)への二国間ODAは減少し続 けている。

災害データ:データの利用は慎重に

 災害データに関しては、確証あるデータを提供する中心的な機関が存在せず、『世界災害報告』は 災害疫学研究センター(CRED)と米国難民委員会(USCR)からデータを得ているが、情報源や收集の仕 方がまちまちであるため、正確とは言い切れず使用には注意が必要である。

難民、庇護希望者と国内避難民

 これらの人々に関して、USCRが提供するデータは、その人が居住地を離れることになった理由につ いての判定がからむため、議論の対象となることが多い。問題になっているグループの定義が違う ため、報告された推定値の意味について混乱を招くこともある。


災害時の被災者および救援者の心理(精神保健)

(山崎達枝:黒田 裕子・酒井明子監修、災害看護、東京、メディカ出版、 2004、p.176-189)


 災害発生後、被災地域の多くの人々は目に見える外傷的な身体的損傷を受けるだけでなく、さらに 強い精神的打撃を受けている。また、たとえ身体的損傷が問題にならなくとも、精神的打撃を受け ていることを忘れてはならない。これまで、地域社会を巻き込んだ災害・大事件における災害医療 支援は、救出・救助、身体的損傷の治療が中心であった。しかし現在は、PTSDに代表される精神保 健も重要視されている。ここでは被害者および救援者の心理を学び、『心を癒す医療支援』のあり 方についてともに考えていきたい。

被災者の心理

 災害支援を行なうとき、単に「被災者を助ける」ことを目的とするのではなく、被災者や地域の 自発的・自助的回復への支援を行なうことが重要であり、このことが最終目標である。被災地域に 日常が戻り始め、被災者も生活の立て直しと勇気を得て、地域に積極的に参加することで自分への 自身につながっていく。

救援者の心理

 阪神大震災を機に、救援者のストレス問題が二次的災害として広く認識されるようになった。救援 者は、心身の緊張と劣悪な状況下で、不眠不休での医療活動を行なったり、被災者の悲観に対して 感情的関与、大量の死者との接死体験があり、一生懸命に活動しているのにもかかわらず期待した 結果が見られないと、職業人としての罪悪感、無力感、自信喪失などが生じる。これらのことで、 心身を消耗させ精神的不健康につながり、仕事への意欲を失ってしまうことがある。

精神保健チームの役割

 多くの被災者が発生するような災害発生後に、精神衛生チームが行なわれることは限られている。 そこでより多く(すべて)の被災者に最小限の精神衛生教育を行なう。

  1. 被災地における専門的アプローチについての専門的助言
    • 負傷者や家族に対する精神的介入
    • 精神保健チームは日年初や地域在宅者を巡回し、実際の被災者の支援活動に加わるように する(被災地の状況が理解でき、被災者のニーズが把握できる)

  2. 災害対応者(医療従事者、救急隊など)過度な精神的ストレスを受けるスタッフへの精神科的介入

    「ケースの発見」に努める

  3. 医療救護チームに精神保健チームのメンバーが加わる

    援助が必要とされる人を見たら専門者への相談や紹介を勧める。

  4. 平時における災害対応チームへの精神科的な教育・指導など

    具体的な支援内容の広報。

まとめ

 さまざまな災害から徐々にではあるが精神保健の重要性が認識され、支援体制も整えられてきてい る。これからもいつ災害が起きたとしても地道な精神保健活動を続けていくべきであり、より一層 の努力が必要であろう。


日本のバイオテロへの備え

(瀬川浩子:Nikkei Medical 2003年4月号 p.53-55)


 バイオテロリズムとは、病原微生物あるいはその産物(毒素)によるテロ行為のこ とを言う。バイオテロリズムに使われる可能性がある病原微生物には、炭素菌、天然 痘ウイルス、ペスト菌、ボツリヌス毒素などがある。問題なのは、これらの病顯微生 物による感染症は何れも日常診療で見慣れないものばかりであり、診断や治療の経験 をもつ医師が限られていることである。

 日本ではバイオテロの中でも特に天然痘が警戒されている。天然痘は空気感染によ り人から人へ容易に感染するという感染力の強さがあるからである。天然痘には根本 的な治療法がないので、ワクチン未接種の人が感染し発症してた場合、死亡率は約 30%にも達するといわれている。また、わが国では1975年を最後に天然痘患者は認め られておらず76年には天然痘ワクチン接種が中止された。このため天然痘に対する免 疫力が全くない人は27歳以下の若年者を中心に3750万人にも上っている。一方ワクチ ン接種を受けた人でも最後の接種から25年以上は経過しているため、免疫力の低下が 懸念される。

 世界的にも天然痘は1977年にアフリカで発生した患者を最後に出現していない。WHO は1980年に天然痘の根絶宣言を出し、地球上に存在する天然痘ウイルスはアメリカと 旧ソビエト連邦が保有するだけとなった。しかし、ソビエト連邦崩壊後亡命した研究 者が一部のウイルスを国外に持ち出した可能性が指摘されている。

 厚生労働省は、2002年全国感染症対策担当者会議で「天然痘対策指針」を示し、翌 年2003年には各都道府県などに向けて「天然痘テロに備えるための体制整備につい て」の通知を出した。各自治体には天然痘テロが発生したときに、保健所や医療機関 などで最初に対応するヒトを指定しておくことや、国内において天然痘テロ発生のが い然性が高いと判断された場合(レベルU)などはこれらの人に対してワクチン接種 を行うため、接種体性の構築に取り組むように求めた。天然痘ワクチンは、感染暴露 後1週間以内に接種すれば感染の防止、あるいは症状の軽減が期待できることが経験 上知られている。わが国における天然痘ワクチンの備蓄は2002年3月時点で250万人分 である。

 情報提供もバイオテロへの対策として欠かせない。バイオテロには潜伏期間があ り、テロが行われた事実が分からないまま、患者が一般の医療機関を訪れる可能性が ある。厚労省では感染症の異常発生を早期に察知するために、レベルUになった時点 で通常の感染症発生動向調査とは別に症候群別サーベイランスを行うことにしてい る。

 医療者の立場として第一線で疑わしい患者を診たときには一人で抱え込まず、保健 所などにすぐ連絡することが必要である。また、感染対策についても、日常からマス ク・手袋の使用など、院内感染の標準予防策を心がけておくことが重要である。

 参考 バイオテロ対策のためのレベル分け


チェルノブイリ炉の特徴/チェルノブイリ事故(医療関係)に関してのQ&A

(佐藤一男、衣笠達也:「緊急被ばく医療」ニュースレター No.11, p.5-8, 2004)


 1986年4月26日、当時ソ連の一部であったウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で大事故が発生し、30名が死亡、多数の 大量被爆者、大量の放射性物資の環境への放出、周辺住民の避難、移住、広範な土地の汚染などを起こした。このチェルノブ イリ事故について緊急被爆医療の観点から考える。

チェルノブイリ炉の特徴について

 事故を起こした炉RBMKは黒鉛減速、圧力管型、軽水沸騰冷却という型で、以下にこの長所と短所をあげる。

 長所:運転中に燃料の交換が可能で、燃料の濃縮度が低い割には高い燃焼度を達成することができ、資源の有効利用という見 地からは優れた特性を持っている。

 短所:ボイド係数(炉心で水が沸騰する際、熱出力、圧力や温度などの変化に伴って、発生する気泡の量が変化するため、炉 心の反応度が変化する。この反応度係数のこと。)が正で、低出力では出力係数も正になること。つまり、運転中に何らかの 理由で出力が増加すると、自己加速的に出力が増加するということ。

 炉心内の出力分布が不安定で、出力が全体としては未臨界でも局所的に増大して臨界超過になり、暴走状態になる可能 性がある。これらの危険を考え、迅速な緊急停止系(スクラム)や充分な制御棒の本数が規則として 必要とされたがRBMKはこれを満たしていなかった。

事故の原因

 運転員が規則に違反して制御棒が不足している状態で作動させたことにより、ポジティ ブ・スクラムという制御棒を炉心に挿入した際にかえって出力が増加するという現象が起 きたというのが現在最も有力な推定である。

 しかも、事故の1年半ほど前に炉物理実験を行っているときにこのポジティブ・スクラム が起きていたにもかかわらずこれに対する対策は何もとられていなかったという事実まで ある。

事故の影響

 1979年のスリーマイル島における原子力発電所事故と比較すると、スリーマイル島の事故での放射性物質による住民の被ばく 線量は1mSv以下であるのに対し、チェルノブイリ事故ではウクライナ地域で平均17mSv、ベラルーシ地域で平均31mSvと結果は 深刻であった。さらに、放射性のヨウ素が放出されていることにより、事故数年後に小児の甲状腺がんの発生率が有意に上昇 していることが認められている。また、チェルノブイリ事故で事故処理に当たった多くの消防士が大量の被爆を受けている。 事故当日に火災は鎮火したが、その後発生した黒鉛の火災により大量の核分裂生成物が空中に拡散したことが原因である。

考 察

 放射性降下物の内部被ばく影響を受けているチェルノブイリ周辺の一般住民では、血液疾患の頻度は放射線との因果関係は実 証しにくい現状である。現地では貧血や好酸球増加が多く見られ、免疫不全を示唆するデータの報告もあるが、いずれも放射 線に起因する確かな証拠は無い。当然白血病の増加も確認されていない。つまり、チェルノブイリ周辺では1990年から激増し ている小児甲状腺がんのみが、唯一事故による放射線被ばくの影響であるといえる。この小児甲状腺癌に対する治療として安 定ヨウ素剤の予防的服用が報告されている。これは、放射性ヨウ素による甲状腺被曝を減らすための承認措置であり、今後不 幸な事故が発生した場合には、厳密に定められた条件のもとに、危険に晒されている住民に適用すべきである。

 チェルノブイリ周辺では事故直後の情報不足、強制的移住によるストレスや精神的外傷、社会的結び付きの断絶、放射線被曝 の影響で将来、自分や自分の子供の健康が損なわれるという恐怖など複雑な感情が存在している。事故後数年間、真実を完全 に知らされなかった住民が政府の声明を信用せず、現在増えているあらゆる種類の病気が放射能によるものだと考えるのは当 然かもしれない。放射線の危険性についてのこうした誤解や、旧ソ連邦の崩壊と社会・経済状況の悪化など種々の緊張によ り、住民は極めて不安定な情況の中で苦悩している。これらの実態を正しく理解し、現状を把握した上でチェルノブイリ原発 事故後の反省を活用していく必要がある。予防、予知医学の進歩とともに事故被害者への適切な対応が確立されなければなら ない。


JR福知山線 列車脱線事故における救急・災害医療活動

(丸川征四郎:救急医療ジャーナル第13巻第4号 p.46-50, 2005)


事故の概要

 平成17年4月25日午前9時18分、尼崎市で列車脱線事故が発生した。前から5両が脱線。先頭の2両は転覆してマンションに衝 突、続く3両は脱線し、車両同士で衝突した痕跡が生々しい。死者、負傷者は650人を超えた。

関係機関の初期対応

 1)尼崎消防局:尼崎市消防局は事故発生の4分後に覚知し、直ちに第一出動を指令し、6分後には先遣隊が現着している。現地 指揮所の設営、第二出動、そして22分後の9時40分には災害対策本部が設置されている。

 2)公的機関:阪神淡路大震災当時、公的機関の対応の遅れが指摘され、救助・救援の遅れの要因として指弾されたが、今回は 内閣府情報対策室、近畿運輸局事故対策本部が、消防庁対策本部と同様に9時40分には設置され、ここでも発生後約20分で、初 動体制が構築されている。

 3)医療機関:尼崎消防局は、発災直後から尼崎市内及び近隣の高次医療機関への受け入れ要請を開始し、9時35分には兵庫県災 害医療センターに対して現場への医師の派遣を要請した。しかし、情報の入手が遅れた、あるいは入手したが諸般の事情で対 応できなかった医療機関もあった。

傷病者のトリアージと搬送

 尼崎市消防局が9時55分にエアーテントを設営し、トリアージと応急処置が行われた。その後処置スポットの拡張、救急指揮 所、搬送スポットなどのため、計5つのテントが設営された。兵庫県災害医療センターのドクターカーが現場に到着したのは10 時1分。その後近隣の医療施設からドクターカー、搬送車などが出動し、災害医療センター医師の統制下に、救護救急活動を開 始した。最終的には医師51名、看護師41名、救急救命士12名が参加した。傷病者は、消防救急車、パトカーなどで252人が21医 療機関へ搬送された。約3分の1の傷病者は、一般市民の乗用車などで搬送された。

兵庫県医科大学病院の対応

 1)初動:兵庫県医科大学病院へ尼崎市消防局から受け入れ要請があったのは9時33分で、9時40分頃にはドクターカー派遣が要 請された。現場へは救急治療資材のほかに、現場での情報を伝える働きを期待して、携帯電話のFOMAを携帯させた。頻回な電 話連絡を行うことはできたが、期待した画像送信を行う余裕はなかった。トリアージスポットは、事故の第一報を受けた直後 に病院管理課により設置の準備が進められた。場所は災害訓練の際にトリアージスポットを設置していて病院職員になじみの ある救命救急センターの玄関前とした。管理課に依頼した10分後にはトリアージスポットは立ち上がり、同時に第一例目の傷 病者が搬入された。治療スポットは、救命救急センターの処置室を赤色タッグ、時間外外来を黄色タッグ、整形外科外来を緑 色タッグとした。救命救急センターは当日の朝、空床は一床のみであったが、午前中の早い時間に転科・転棟、転院などによ り12床が確保された。また時間外外来のある10号館には25床、主診療病棟である1号館には160床の空床が確認された。対策本 部を、病院長、看護部長、事務局長、救急救命センター部長、管理課長で構成し、病院管理課の会議テーブルを対策本部テー ブルとした。

 2)傷病者の収容と治療:総数113名が搬送された。入院治療は39人、外来治療は74人であり、当日、9人に手術が施行された。 院内死亡は4名であった。入院患者に対しては、当日夕刻から救命救急センター医師団による2回の、整形外科医による1回の回 診が行われ、入院後の病態変化のチェック、治療方針の確認が行われた。

 3)こころのケア:入院患者の身体的障害が緩和し始めた約2週間後の5月11日、看護部長をチームリーダーに回復サポートチー ムを立ち上げた。毎日、担当者が訪床して患者と家族のこころのケアを含む種々の支援を1ヶ月にわたって行った。

背 景

 上記のような対応を可能とした兵庫医科大学病院の災害救急医療に対する日ごろの取り組みとして以下の様な事があげられ る。

 1)災害訓練:阪神淡路大震災以来、兵庫医科大学病院では災害医療に対する認識が深まり、平成14年より、毎年災害訓練を実 施してきた。この訓練は、交通事故で大災害が発生し、多数の傷病者が搬送されてくるという想定のもと、トリアージスポッ トの設営、受け入れとトリアージ、初期診療スポットの設定、患者の搬送、情報の共有などで構成し、医師、看護師、コメ ディカルスタッフ、病院事務職員、模擬患者として西宮市職員など総勢約100人が参加して実施された。この結果、今回初動診 療に参加した多くの職員は、各自が何をすべきかを適切に把握できていて、自発的に診療活動に参加できたものと推定でき る。

 2)災害地への救護班派遣:阪神淡路大震災で西宮市内の避難所にに救護班を派遣し、組織的な病院外での診療を初めて経験し た。その後、台風23号による水害に見舞われた豊岡市への救護班派遣、新潟中越地震での長岡市への救護班派遣を実施した。 一方、救命救急センターでは、毎年行われる大阪空港災害訓練にセンターを挙げて参加し、インド洋津波被災地であるモルジ ブ、地震災害のトルコ、コロンビアへJICAの要請に応えてスタッフを派遣してきた。

まとめ

 今回の災害救急対応は、関係する全ての機関において、阪神淡路大震災に比べてはるかに迅速かつ的確に初動活動が行われ た。その時間は、概ね発災後約20分である。今後救急医療に携わっている医療機関には、この速度での対応が求められる可能 性が高い。そのためには、大きな事故や災害の情報を迅速に入手することができる体制を整えておく必要があり、施設内の組 織的対応も迅速に発動できる方策を整えるべきである。マニュアルの整備と共に、定期的な訓練が大切である。そして、訓練 や講習会を通して「災害救護の文化」を育み根付かせて行くことが切望される。


一地方での災害体制

(鈴木樹里ほか:エマージェンシー・ケア 18: 731-744, 2005)


はじめに

 近年わが国では、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震などのように、「災害はいつでもやってくる」と考えなくてはならない。そのために、災害のReadiness(物・知識・技術・心の準備)が問われるようになり、全国的にその対応策が具体化されるようになってきた。それにともない医療機関でも教育訓練が行われるようになってきた。そこで従来の当院の災害対応マニュアルを基に災害体制を見直し、再構築した。その活動内容を紹介する。

当院での災害体制

1 当院での災害対応マニュアル要約紹介

 当院の災害対応マニュアルは、被災時指揮命令系統を明確化し、1995年、組織編成や各自の任務および非常時連絡網を定め、的確かつ迅速に対応出来ることを主眼として作成した。2004年10月には再検討を行い、被災の程度によっても異なるが地震であれば震度5以上で、ほかの災害発生に対しても昼夜を問わず、多数の傷病者が来院する可能性が高い場合に、病院長の判断で全職員が、災害体制を行うこととした。また、災害が他地域で発生した場合の派遣医療従事者の規定、災害備蓄倉庫管理規定を含め追加した。

 災害対応は、発生時の統一された行動が大切であるが、発生する前のReadinessが最も重要であり、災害に備えた備蓄管理と定期的に職員の教育、災害訓練の実施が必要と考え、災害対応マニュアルの再構築に組み込んだ。

2 災害発生直後の職員動員の決まり

 災害対応マニュアルでは、災害時の院外にいる職員の動員方法に関して下記方法にて統一した。

  1. 震度5以上の地震の場合、自主的集合で、混乱を避けるため、電話等の通信手段は使用しない。
  2. 多数傷病者搬送などの場合は緊急連絡による集合となる(緊急事態発生通報)。

災害発生時において、その初動としての連絡体制は指揮系統、患者受け入れや応援態勢を早期確立する上で非常に重要であり、日頃から全職員に対しての周知徹底が必要であると考える。連絡方法に関しては、通常診療時と夜間・日祭日時の2つの緊急連絡体制に分けている。

3 通常診療時に災害が発生した場合の各部門の決まり

 通常診療時に災害が発生した場合、一般診療を中止し災害対応マニュアルにのっとり行動する。

4 災害対策本部・災害診療班の組織と構成の決まり

 災害対策本部は、医療圏および二次医療圏に震度5以上の地震や大規模災害の発生または病院の被災および本院(地域災害拠点病院)に緊急救護養成があった場合は、自動的に設置する。本部のほかの組織として、事務局を4班に編成し、1)総務班、2)物品管理班、3)施設管理班、4)医事班を設置するが、これらの班は災害本部の運用や災害診療班のバックアップや病院が被災した場合の防火、防災活動を始め被災などを把握する。

 災害診療班は、主に被災者の対応にあたり、医療救護チーム・トリアージチーム・外来診療チーム・入院診療チーム・ICU手術チーム・死体検案チーム・患者搬送チーム・病棟、部署の報告者で構成する。

5 各病棟・部署の報告の決まり

 病院が震度5以上で被災した場合、各病棟や部署の責任者・代行者のいずれかは災害対策本部へ入院している患者・勤務しているスタッフ・ME機器・ライフラインなどの状況を報告する義務がある。そこで災害状況チェック表を使用し、収集しなければならない情報を統一し、非常持ち出し袋とともに管理させている。

Readiness

 災害対応で備蓄倉庫の管理を、継続的に担当者を決めそのチェックと補充、交換を義務付けた。

1 備蓄倉庫の整備

 備蓄倉庫は病院が災害においてその役務を果たし、また、物品調達の面で混乱を避けるために設置されている。備蓄倉庫内物品には職員用備蓄食類・医療用資器材・医薬品があり、各管理責任者を設け定期的に在庫・維持管理および報告することを義務付けた。

2 災害教育

 災害は突発的に起こるものであり、常日ごろの各スタッフの災害に対する認識が重要である。

1)トリアージチームの教育

日頃より災害対応はReadinessを基に3T、1)Triage(選別)、2)Treatment(応急処置)、3)Transportation(搬送)で考え、災害発生時の多数傷病者受け入れ時の対応が重要となる。そのため、災害診療班の中でもトリアージチームは重要なポストであり、常日ごろから、トリアージの基礎知識が必要である。また日頃の救急患者のトリアージだけではおぼつかない。そのことから、定期的に勉強会を開き、知識・技術の統一を図っている。

2)トリアージチームの決まり

災害時、トリアージは医療活動の初動対応である。当院では勉強会の中でトリアージチームの一人一人がどう行動すべきかをシミュレーションしている。

3)新職員採用者入職時教育の徹底

4)災害訓練の実施

近年訓練を行うことによって、災害対応の統一、職員のイメージが確立するばかりでなく、災害対応マニュアルの不備の見直しにつながり、より実践に近いマニュアルとなり充実してきた。

災害派遣医療チーム(DMAT)について

1 DMAT体制整備事業について

 厚生労働省は緊急事態発生時の初動体制として、医療救護班などの派遣の調整を被災都道府県からの要請をもとに行っている。しかし、救護班の準備から派遣までに迅速を欠く恐れがあり、2001年度厚生科学特別研究「日本における災害派遣医療チーム(DMAT)の標準化に関する研究」の中で災害派遣医療チームを「災害の初動(48時間以内)に可及的早期に活動できる機動性を持った、トレーニングを受けた医療チーム」と定義し、医師を中心として看護師、救急救命士などの医療従事者からなるチーム編成を行い、災害発生直後に派遣できる体制を整備すべきだと指摘された。また、2003年に行われた「災害応急対策関係閣僚意見会」の中で厚生労働省は発災時に救護班を派遣し、重篤患者を搬送するための計画を定めること、関係省庁および防衛庁は協議し、医師・患者や消防・警察の部隊を搬送する際の自衛隊員の利用計画を定めること、自衛隊以外の関係機関の航空機ならびに船舶の活用についても検討することを求められた。そこで緊急事態発生時に迅速な派遣準備を整える体制確保とより一層充実した救護班派遣体制として全国で200チーム編成の整備をすることとなった。

まとめ

 災害対応として、地域の拠点病院・救命救急センターとしての役割を果たすために災害対応マニュアルの再構築をしてきた。その対応にあたり重要なことは、被災したあるいは事故などにより多数傷病者が搬送され、院内が混乱することなく円滑に対応できるようにするために、日頃からその対応をスタッフが認識することが必要であることを改めて感じた。そのためには定例で職員の災害教育・訓練が必須であり「災害はいつでもやってくる」を肝に銘じ活動していきたい。


災害時の救急医療

(石井 昇:新医療 2003年6月号 p.113-116)


1. 災害の定義と分類

 「災害」とは、「被災地域の人的・物的資源で対応が困難となるような人間社会の 環境破壊をもたらす出来事で、被災地域外からの医学的、社会的な援助を必要 とし、適切な救護や支援がなされないときには、短時間のうちに非常に多くの 被災者を生み出す事態である」と定義されている。また、災害はその発生原因 により、自然災害、人為災害、特殊災害に分類される。医学的な面からは、 「傷病者発生数と治療対応能力との不均衡が生じ、適切な医療対応が困難とな る出来事」と考える。つまり、その地域の医療対応能力を超えて隣接地域から の支援や救援を必要とする場合が災害である。

2. わが国の災害医療体制の整備状況と課題

 阪神・淡路大震災後整備された災害医療体制としては、広域災害・救急医療情報 ネットワークの構築、災害拠点病院の指定、ヘリコプターによる広域患者搬送 体制、災害医療教育研修・セミナーの開催などである。また、今後の課題とし ては、災害発生時の指揮命令系統の一元化、災害拠点病院の連携協力体制など がある。

3. 災害医療の基本的な考え方

 災害時における救急医療の基本的な考え方は、突然かつ同時に多数の傷病者が発 生したときに、いかに効率的かつ適切な医療を提供し、preventable death (適切な医療対応がなされば、救命できた可能性のある避けられた死)を少な くできるかということである。そのためには多方面の人的・物的資源の組織化 および動員が必要であり、かつ災害現場から医療機関にいたる関係する多機関 の連携と指揮命令系統の一元化が不可欠である。

4. 災害時の緊急医療対応の基本

 災害時の緊急医療対応の基本は、被災状況の收集・伝達に基づき、傷病者の探査 と救出、被災現場への救急隊や医療救護班の派遣、被災現場でのトリアージ、 応急処置と後方医療機関への搬送、および搬送された被災地内・外の病院での 救命・救急医療の提供という一連の円滑な対応である。

 このような一連の流れの中で、災害医療の基本である「限られた人的・物的資源 を最大限に活用し、最大多数の傷病者に最善の医療を提供し、1人でも多くの 人を救命する(The best for the greatest number of victims)」を実践す るために、「3T」というキーワードがある。

 3Tとは、災害現場でのトリアージ(Triage)、応急処置(Treatment)、医療機関 への搬送(Transportation)である。

1) トリアージ(Triage)

 多数の傷病者に対して短時間に客観的、冷静なトリアージを災害現場において行うことは困難な作業である。血圧計などの医療器具を使用せずに呼吸、循環、意識状態を簡便に評価する方法としてSTART方式(図1)が勧められている。

(図1)

2) 応急処置(Treatment)

 現場応急救護所は、救出現場からあまり離れず、安全な広い場所で救急車が一方通行で出入りできるような場所が最適である。この場所に傷病者をいったん集め、気道の確保、止血、輸液や骨折の固定などの応急処置と再トリアージを行い、医療機関への搬送の優先順位を決定する。

3) 医療機関への搬送(Transportation)

 災害直後には、軽症の傷病者は、まず被災現場近くの医療機関に駆けつけることが多いという点に注意する。また、地震災害などでは陸路の損傷や渋滞に加え、被災地内の医療機関も損傷を受けていることが多いことから、重傷者についてはヘリコプターなどを活用した被災地外への搬送も考える。また、災害発生時の医療救護を優先される「災害弱者」として、CEHCT(Children 子供、Elderly people 高齢者、Handicapped 障害者、Chronically ill 慢性疾患患者、Tourists 旅行者)がある。

まとめ

 平常時からすべての医療従事者は、災害医療対応の基本的な考え方を学んでおくべきであり、トリアージ訓練などの災害医療研修や訓練への積極的な参加が望まれる。


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