災害医学・抄読会 2005/06/17

災害拠点病院の機能とネットワーク

(大友康裕:臨床と薬物治療 22: 179-183, 2003)


 「阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に対する研究会」研究報告書(1996,4)を受け、厚生省(当時)は「災害時における初期救急医療体制の充実強化」策として9つの重点強化項目を掲げ、「広域災害・救急医療情報システム」や「災害医療拠点病院」などの整備を進めてきた。

「広域災害・救急医療情報システム」について

 災害時には医療施設の災害状況や被災患者がどの医療施設に集中しているかといった情報が重要であり、その情報を元に例えば医療施設が診療能力を大きく超えた患者数を収容した場合受け入れ可能な施設への患者の搬送行うといったことを円滑に行うために、広域災害・救急医療情報システムの整備が進められている。

 そのシステムとは全国共通の項目を設定し、災害発生時にこれらの情報が被災地内の災害医療支援拠点病院およびその他の医療機関から入力され、都道府県ごとに開設された「都道府県センター」のサーバーにデータとして保存するというものである。この情報を被災地内外の医療機関、医療関係団体、消防本部、保健所、市町村行政機関が各々の役割に応じて必要な情報を閲覧し対応していくことになる。また被災した医療機関からは「現在診療可能か否か」「患者があふれているか否か」などの情報が即座に発信されなければいけないため「災害救助機関」として指定されており、最低一本の電話回線は優先通話となっている。さらに被災地「都道府県センター」が停止した場合には、そのデータをバックアップする「広域災害バックアップセンター」も併設しており、また電話回線が断線・集中により使用不能となった場合には携帯電話網や衛星通信網などの無線回線を利用するようになっている。

 このシステムの課題として、いまだに災害時患者広域搬送システムが欠如していることがあげられる。システムが的確に運用され、重症患者の後方搬送の要請数や受け入れ可能数が明らかとなっても、これを搬送する手段が確立されていなければ有効な災害対策を講じることが不可能となるため今後の対策が期待されている。

「災害医療拠点病院」について

 災害時には拠点となる病院の役割が重要である。災害時医療支援拠点病院に求められる機能として
  1. 高度な救命医療を施す診療機能(多発外傷、挫滅症候群、広範囲熱傷)
  2. 傷病者広域搬送への対応機能(ヘリコプターの離発着機能は必須) 
  3. 自己完結型の医療チームの派遣機能
  4. 地域の医療機関への応急用医療資器材の貸し出し
などが求められている。

 厚生労働省が各拠点病院に対して求めている災害時対応マニュアルの作成や定期的な災害訓練の実施情況といったソフト面での整備状況についてのアンケートによれば、災害マニュアルの作成は浸透しつつあるが、個々のマニュアルの内容や質の検討がなされておらず、実用レベルに達しているものが少ない。また災害訓練の実施情況についても2000年で58%にとどまっており、拠点病院として十分機能できる施設はごく一部に限られるものと考えられる。ついで厚生労働省調査報告書(2001)によると、ハード面の整備状況として、備蓄倉庫(48%)、施設の耐震構造化(68%)、ヘリポートの確保(85%)などに関しては比較的順調であるが、自家発電装置の設置(33%)、受水槽の設置(17%)と災害時に病院機能を維持するためのインフラ整備が拠点病院においてもまだまだ十分ではない。このように全国的に災害医療支援拠点病院の指定はほぼ全国的に完了しているが、施設の準備状況がいまだ充分ではなく災害時の危機管理体制の確立が急務である。


ERにおけるトリア−ジの全基礎知識

(山口孝治:ER Magazine 1: 367-373, 2004)


 トリアージとは限られた人的・物的資源を利用して混乱した状況下で、最大多数に最善を尽く し、救命の可能性の高い傷病者を優先するために、緊急度・重症度により傷病者を選別する全過程 である。

 トリアージの基本的な考えは、災害による被災傷病者の「生命を救うこと」を最大の目的とし、最 善の結果に導くための傷病者の選別とされており、災害救援医療の目的を達成するためには必要不 可欠である。

 災害時には多数傷病者が集中し、ERの機能が低下してしまうことは否めない事実である。病院の 能力を最大限に発揮するために、災害時における多数傷病者対応能力を強化すること重要である が、そのために必要となるのがトリアージであると考えられる。

 トリアージは傷病者が集まる場所では必ず行われるが、ERでのトリアージは災害現場でのそれと異 なり、definitiveな治療のために傷病者を選別することが目的である。トリアージに際しては、傷 病者の緊急度と同時に生存の可能性を十分に考慮すべきである。傷病者数や重症度が医療能力や医 療資源を著しく上回った場合には、生存の可能性が高い傷病者が優先され、傷病者数が多くなく重 症度もあまり高くない場合には致命的損傷が優先される。

 右図はERに対する量的な負担の軽減を考え、 ER入り口で行うトリアージのレイウトである。

 ※START(simple triage and rapid treatment)方式;

傷病者を緊急治療群(赤)から死亡群(黒) までの4区分に分類するのでなく、歩行・呼吸・ 循環・意識により緊急治療群(赤・黄)および非 緊急治療群に大別する方式

 ERでのトリアージを成功させるためには、可能な限りER全体の指揮を執るcommanderを決めておくこ とが重要である。ERでの情報管理は災害時の医療を行う上において非常に重要であり、commanderは 傷病者の集中状況、緊急度および病院の医療能力などを評価し、人員の配置を決定したりトリアー ジ基準を決定し、トリアージ指揮者に指示することなどが要求されている。また、病院管理者など に対して絶えず情報を提供するとともに、病院内他部門の状況や災害現場における傷病者数や緊急 度および重症度などの情報を入手することも必要である。

 またERの構造や非災害時の能力を考慮し、3つのT(triage,transportation,treatment)が十分に機 能を発揮できるようなレイアウトを考え、傷病者の流れは可能な限り一方通行とすることが重要で ある。そして3つのTが互いに連携を保ち、それぞれが自律的にかつ円滑に機能する災害急性期の医 療体制を構築しなければならない。


災害看護の歴史的展望

(山本捷子、黒田 裕子・酒井明子監修:災害看護、東京、メディカ出版、2004、p.8-12)


災害看護は有史以前から存在した

 口承伝説や神話より、有史以前の災害時の看護の様子、ひいては看護の原点を見ることができる。

 看護の原点−どのような原因であれ、そこに傷病人がいれば、やさしく手を差し伸べ、経験によって知っている薬や道具を用いて手当てをするということ

災害は看護の変化をもたらす

□明治10年代:日本で近代看護婦が養成されるようになる

□明治24年:最初の災害看護活動(濃尾大地震)
 日本赤十字社は救護看護婦の養成目的を戦時だけでなく、自然災害に備えることも加えるようになった

□大正12年:関東大震災
 巡回診療を行った病院や医療団体がその後に訪問看護事業を行うようになる
 日本赤十字社が現在の保健師にあたる社会看護婦の養成を始める  →関東大震災復興期の看護活動が地域保健のさきがけとなっていく。

 火山活動による災害:「こころのケア」の必要性

□平成7年:阪神・淡路大震災

戦争と看護

 「ヨハネ看護騎士団」、「ラザロ騎士団」、ナイチンゲール、「赤十字思想と活動」など

日本では…
 看病婦:明治元年、戊辰戦争より
 救護看護婦:明治10年、西南戦争より、「富国強兵」政策を支えるため
 日赤救護看護婦:日清戦争から第二次世界大戦終了まで
  兵站病院だけでなく前線に赴いて救護

 ※第二次世界大戦中 あらゆる病院から看護婦が従軍
 臨時看護婦として救護にあたっていて犠牲になった女学生「ひめゆり部隊」

国際的な救護活動

 日本赤十字社の国際救援
 戦後、1960年のコンゴ動乱に始まる
 以後、紛争と自然災害の複合によって大量に発生する難民、避難民の救護のために活動
 ↓
 最近では、NGOの救護団体が緊急支援、復興、開発に向けた活動に邁進!

災害看護のこれから

○災害(自然災害も人為災害も)は人々の生命の危機と健康の破綻をもたらす
 →看護は・生命を護る
 ・苦痛を軽減する
 ・健康を増進する   ために人々に働きかける役割

○開発途上国における国際救援→防災体制が弱い
 自然災害の被害により飢餓、疫病流行、貧困が増大
 復興も遅い

 →地域住民レベルから政治レベルまでのマクロの活動が求められる
 災害時の緊急支援だけでなく、平時の保健医療向上のための教育や政策、制度などの整備

○地球レベルで、知恵と能力をあわせて自然災害を予防
 戦争や紛争という人災が起こらないように相互理解
 災害が起きれば助け合う

○私たちに課せられた課題
 ・看護の視点で国内外の災害や政治情勢を敏感に捉える
 ・果たすべき役割に応え得る体制を整えるための看護の技「心のケア」を実践できる能力を備える


サリン災害の除染訓練に対する評価と課題

(南沢美和ほか、日本集団災害医学会誌 8: 58-62, 2003)


【目的】

 平成13年9月のアメリカにおけるテロによる航空機事故以来、、テロ災害の危険性は高まっ ており、なかでも生物、化学災害に対する危惧が高まっている。このような生物、化学災害に対応 するために平成14年10月に初めてテロに対するサリン災害を想定した訓練を実施した。訓練中、検 証班による評価からこれからの課題を明らかにした。

【方法】

 訓練は30%サリンが近隣の路上でまかれ、歩行可能な軽症者9名と歩行不能・呼吸障害の重 症者3名が救急車で搬送されてくる想定で実施した。まずは来院した患者をトリアージし、重症患者 は脱衣から清拭までをエアーテント内で実施し、初療室へ搬送した。軽症患者は脱衣室から待機室 を通り、シャワー室を利用して除染を行い、その後外来ホールへ移動し帰宅までの訓練を実施し た。

 医療者は、レベルB・Cの防護服を着用して対応した。検証班は、重症エリア、軽症エリアごとに重要 項目を決めて検証した。

【結果】

(1)重症エリアの検証から明らかになった点

  1. 担送患者の除染
    • 患者の来院が重なった場合の対応に対して不安が残る。
    • 除染は十分に行えたが、確実にサリンの除去ができたかの判定が困難である。

  2. 防護服、手袋を着用しながらの救命処置(気管挿管、筋肉注射)
    • 手袋を着用しての細かい作業は困難である。(バイタルサインの測定も困難)
    • 物品の位置が離れていると、スムーズに作業が出来ない。
    • 言語的コミュニケーションが図りにくいため、処置の対応に時間がかかる。

  3. 担送患者の清拭と移動
    • 清拭エリアは二人で担当したが、呼吸管理をしながらの清拭は二人では困難である。
    • 清拭から初療までの搬送時にタオルケットを使用したが、保温には不十分であった。

  4. その他
    • 処置や除染におわれ、荷物の管理がおろそかになる。
    • 患者への声かけが不十分である。

(2)軽症エリアの検証から明らかになった点

  1. 脱衣後の衣服、貴重品の管理と汚染の防止

  2. 効果的な除染の実施
    • シャワーが水のため15分間は耐えられず、また流量も多いために洗浄時、呼吸が出来な い。
    • 頭、顔、貴重品の洗浄が不十分である。

  3. 患者の流れと物品の配置
    • 案内板の設置が不足している場所があった。
    • 脱衣室、シャワー室のプライバシー保護のための備品が不足している。
    • 脱衣室や待機室に暖房がないため、寒い。

  4. 防護服着用のままの患者指導
    • 言語的コミュニケーションが困難なため、患者への説明や指導に時間がかかる。

【考察】

 重症エリアでは、短時間に多数の患者が搬送されてくることを予測すると一人ずつしか対応できな いため、緊急性の高い重症患者の対応には備え付けのシャワー室での対応も考えていく必要があ る。挿管や注射をスムーズに実施するためには、資機材を常に使いやすい位置に置き、すぐに使え る状態にしておく必要がある。また、コミュニケーションに関してはブロックサインを決めるなど の方法を考えていかなければならない。

 軽症エリアでは、患者の脱衣を行うことで、80%のサリンを除去につながるといわれているので、 早期の脱衣が重要である。しかし脱衣後、シャワーを待つまでの間が寒く、さらに脱衣室、シャ ワー室でのプライバシーの配慮の不足していたことから、物品や設備を整えていく必要がある。ま た、案内板が読み辛かったために患者の流れが悪くなってしまったため、今後は図や写真を利用し て一目見て理解できる内容にするなどの工夫が必要である。

 医療者自身の安全を図るには、防護服、マスク、ゴーグル、手袋を装着して医療行為を行わなけれ ばならないが、特に応急処置時には顔面のくもりや手袋の装着のために、細かい作業に対して時間 がかかり処置内容に制限がかかることが分かった。そのため、事前準備として物品の工夫が重要に なると考えられる。また会話が困難なため、説明や指導に対する工夫の検討が必要である。

【結論】

 訓練評価から、全体として、1)防護服着用により視界が妨げられて、診療行為に影響を及ぼすこと から物品を使いやすく工夫する。2)声が通らないためコミュニケーションを図る工夫が必要。3)気 温や環境に対する設備の見直し。

 重症患者の対応では、1)呼吸管理が必要なため、そのための人員確保が必要。2)保温の工夫。

 軽症患者では、1)シャワーの水温調節。2)案内表示の工夫。3)人員確保の必要性。があげられた。 今後これらの問題解決に向け訓練を通し検討が必要である。また、生物、化学災害時における対応 マニュアルを作成していくことが今後の課題である。


精神科医が語る被災者のメンタルケア

(堤 邦彦:病院防災の指針、日総研出版、1995、p.64-73)


医療者自身にもメンタルケアが必要

 堤 邦彦 氏は、阪神淡路大震災の後、ボランティア医師として六甲アイランド病院を中心に長期間入り、被災者の心のケアや看護婦、医師の心のケアにも積極的に活動した。その経験から医療者自身にもメンタルケアが必要だと提唱した。なぜなら震災直後の病院では入院患者だけでなく、医療従事者自身も被災者であるからだという。堤氏は、医療従事者の中でも特に看護師に対するメンタルケアを中心に行ったという。

阪神淡路大震災ではPTSDが大きく問われた背景

 メンタルケアが時間の経過とともにどう変わっていったかというと、災害が起きてから最初の2日間は身体上のことで生きる、死ぬということが分かれていく。そこでまず生命の安否、それで生き残ったものに対してメンタルな問題が起こってくる。このようなことでメンタルケアの重要性が問われるきっかけとなったのは、雲仙普賢岳の噴火からである。しかしこのときは精神的な問題は理解が得られずに自殺者が相当出ることとなった。

 その次に北海道南西沖地震(奥尻島の災害)があって、ここでは普賢岳の時に手遅れだった、失敗だったという反省があり、そのうえで行動したのだが、結果的には実際にはケアされていなかったといっても過言ではない。そこでさらに災害時にメンタルケアが必要だという認識が、日本にもある程度定着した。

災害時のメンタルケアにはまず看護師が必要

 PTSDが問題になるのは災害が起きてから1ヶ月を過ぎてからだ。よって災害の急性期にメンタルケアを行うのは、カウンセラーでなくても看護師でも牧師でも誰でもいい、話を聞いてあげる人が必要なのである。また、「怖いからみんなで集まって話をしよう」とゆう環境づくりをできるひとなら誰でもよい。ところが震災のときには、PTSDという言葉が先に話題になり、アキュートフェーズがどうのこうのと理窟を並べる人ばかりであった。それよりもみんなが安心して眠れる夜があればいいという要望を具体的にどう解決していくかが重要であった。PTSDになってはじめてじゃあやりましょうということではないのです。その点が学者としての考えと現場との考えのズレが大きくなった原因であったと考えられる。震災の体験を自分なりに消化できた人と、さらにほかの症状も出てきてしまった、という人との分かれ道は地震から1か月ぐらいであった。引きずっていけばPTSDとなるのだろうが、最初はみんな一緒なわけである。そのときに何をやるかというときにPTSDがあるから、というのではなくて、みんな同じ体験をしているのだからそれは病気ではないのであって、それをどういう風に解決するのかが大切である。そのためにはまず話を聞ける人、聞く人が必要なわけである。そのとき一番活躍してほしいのがやさしく守ってくれる看護師さんである。

震災時に力を発揮するには専門看護師が必要

 看護師にも医師と同じようにそれ独自の専門性があるのだが、阪神淡路大震災のときにはその専門性を発揮できなかった。なぜなら看護師が現地に行ってみると、機械的に分けられてしまい、たとえば救急部に勤めている看護師が老人ホームでおむつ交換をすることになったりした。そういう意味で認定ナースや専門ナースといった証書を与えて、適正配置するべきである。

 阪神淡路大震災では、看護師が被災地に入っていったのはよかったのだが、看護婦自身も被災者であり、不安があったという。

被災地から少し離れたところに医療のコントロールタワーをつくるべき

 災害医療でも理想はウェルフェアなわけで、誰もがもれなくケアしてもらえるということである。ウェルフェアをするためにはキーパーソンが必要となる。しかし、音頭とりをするのに被災地では無理だと考えられる。阪神淡路大震災であれば大阪や岡山にコントロールタワーが必要であったと思われる。なぜなら多くの人たちは自分自身のメンタルコントロールが現場の真っ只中に入ってしまったときにできなくなるからだ。特に初動の場合には心理的にある程度距離をおけるような人がいないと絶対ダメである。

メンタルケアの基本はニーズを満たしてあげること

 災害から2、3週たつと眠れるようになってきて体の方が安定してきて個人のレベルで被害のくらべっこが始まる。そしてその中で人間関係が崩れていく。被災状況の個別化が始まると仲間割れして、逆に被害を受けなかった人が罪悪感を持ってしゃべらなくなるとか、孤立化が始まってくる。この時期に本当のメンタルケアが必要となってくる。それを野放しにしているとだんだん神経症化してきてしまう。

 強いストレスが長期間持続しているような場合は、余病、新しい病気を作らないように医者が管理してあげる必要がある。そこでもっとも大事なのは日常のベーシックニーズをトータルに満たしてあげることである。

被災者のメンタルケアは地域の医師たちが継続的に診ていけるシステム作りが大切

 災害後の現場では普通の精神外来とは違い、精神科医が座して待つ、といった態度ではメンタルケアは出来ない。そしてある程度時間がたつと被災者も助けられる人から助ける人へと意識改革する必要がある。そして知らず知らずのうちに被災者という役割をつくってしまってはいけないと思われる。

 堤氏もはじめの内は被災者のメンタルケアは地域の医師たちが継続的に診ていけるようなシステムを作っていくべきであって、被災者を支援する人たちのメンタルケアをやろう、というのが基本スタンスだったという。しかし現場に入った初日はそんな堤氏でも舞い上がったという。


旱 魃

(山本保博ほか・監修、災害医学、南山堂、東京、2002, p.79-84)


 旱魃とはその地域に暮らす人々の健康に甚大な被害を長期に渡ってもたらす自然災害である。中央 アフリカや西アジアといった地域に発生しやすいが、現在はその被害が世界中に拡大している。降 雨量の絶対的減少が原因である一方で、近年問題になっている地球温暖化に伴う異常気象や森林の 無秩序な伐採が旱魃の発生の一因となっているため、人為災害としての一面も持っている。

 旱魃による健康被害は飢餓が基盤として存在している。しかし旱魃が災害医療の対象となるまでか なりの時間がかかる。雨水に頼る農業地帯においては旱魃で農作物の生産が落ち、市場における食 糧の需要と供給のアンバランスが大きくなる。食糧の価格が高騰し貧困層から飢餓に陥っていく。 問題が国際的に認識される頃にはすでに死亡率が高くなっていることが多く、旱魃飢餓に対する人 道援助は早期の迅速な食糧援助が必要とされる。経済的基盤の弱い開発途上国では旱魃が飢餓に結 びつきやすい。紛争を抱える国での旱魃は被害を大きくしている。

 旱魃飢餓被災民のほとんどは低栄養状態であり、脱水を伴った患者も多く感染症を罹患すると即座 に重症になり易いという報告がある。疾病の発生の根本には低栄養があり、摂取カロリー、ビタミ ンの不足になり免疫力が低下し感染症が問題となる。1984年のエチオピア旱魃の際の我が国の国際 緊急援助隊医療チームの報告では、死亡患者の疾病分類は回帰熱、細菌性赤痢、気道感染による肺 炎がそれぞれ15〜17%と上位を占めている。旱魃飢餓の疾病構造は被災した国によって違いがあ り、腸チフス、マラリア、結核、コレラ、ポリオ、流行性髄膜炎、皮膚疾患などが見られる。特に 麻疹は被災民キャンプ内で大流行する。患者の中には複数の疾患を合併していることも多く注意が 必要である。

 また旱魃による健康障害は5歳以下の乳幼児、幼児に圧倒的に多いことも留意しなければならない。抵抗力や予備力のない子供は低栄養になると感染に弱く、死の転帰をとりやすい。飢餓被災民の医療援助活動に際しては栄養の改善、清潔な飲料水の供給、住居環境の改善はもとより、乳幼児のケアが大きなポイントになる。

 医療援助はまず被災民の低栄養状態と脱水の改善を目標とする。被災民キャンプ全体への食糧供給が必要であり、特に乳幼児とその母親、幼児への高カロリーでタンパク質やビタミンなどバランスの取れた食糧の配給が大切である。栄養状態の評価や配給プランの調整のために栄養士の存在が不可欠である。

 脱水治療の第一選択はORS (Oral Rehydration Salt)の経口投与である。この際、患者や家族に治療の意義と方法をよく説明しておく。経口投与が困難な場合は乳酸リンゲル液の輸液を行うが、痩せ細った四肢からの静脈確保はかなり困難なことが多い。

 旱魃飢餓被災民のための標準的な医薬品としてはORS、乳酸リンゲル液、Ampicillin、Bactrim、浄水剤、眼軟膏、ビタミン剤、抗結核剤、鉄剤、ブドウ糖輸液などの使用頻度が高かったという報告がある。また早期から破傷風、ポリオ、麻疹、BCGの乳幼児の予防接種が必要である。一度蔓延した疾病はなかなか沈静しないので早期から計画的な医療対策を持って治療に当たらなければならない。

 旱魃は低栄養、脱水、感染症を同時に治療しなければならず、他の自然災害への医療援助とは違った困難さがあり、ピリオドも決めがたい。栄養学や公衆衛生学の知識も必要であり、保健医療援助が望まれている。


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