スウェーデンの災害医療教育、主に医療従事者に対する教育は全国に4ヶ所あるKMC(災害医療セン ター)で行われている。この中で中心的な役割を担っているのが首都ストックホルムの南西、210kmに位 置するリンシェーピン市のKMCである。郡立のこの組織は、国内のすべての災害医療にかかわる職種の 人に統一された教育と効率よく対応するための研究を目的に、専任、兼任の講師陣により運用されて いる。大学病院、軍、警察、消防との密接な関係を保ち、種々の目的、レベルに合わせた研修が通年行 われている。また国内のみならず、世界保健機構(WHO)と提携した、国際向けの災害対応コーディネー ターの育成コース(5週間)や、エマルゴ・トレーニングシステム(Emergo-Train System)のインストラ クター育成コースも開催している。
KMCでの教育研修の多くにエマルゴ・トレーニングシステムが用いられている。これは、事故現場や病 院での事故対応をシミュレーションするために開発されたもので、具体的には発災現場や対応に必要 となる場面をホワイトボードで表し、その上にマグネット式の標識を貼り付けたり、移動したりして 実際の対応を再現するものである。スウェーデンではエマルゴはもっぱらすでに確立されている現場か ら病院、病院内での対応の教育用に利用されているが、このシステムは自分たちで設定した対応方法 (指揮命令系統、トリアージ、医療資器材の使い方などマニュアルあるいはアクションプランとしてま とめられるもの)の整合性を確かめる、あるいは問題点を浮き彫りにするといった目的での応用が可能 である。
KMCを中心として行われる研修、訓練として次のようなものがある。
日本での災害医療教育はまだ始まったばかりであるが、スウェーデンでは組織の枠組みを越えた一貫 性のある高いレベルでの災害対応教育が普及しており、実際に活用されている。特に災害現場での対 応、総合的な対策本部の活動を考えた場合、それぞれの組織で独自の指揮命令系統を持ち、互いの組 織との調整が難しい日本での現状を考えると、日本には見習うべき点が多々あるものと思われる。明日 にでも震災、テロなどの災害が起きかねない日本において、より多くの命を救うために組織間の連携 をスムースに行えるような体制作りは急務である。職種をこえた「災害医療」という共通の目的に対して の共通の認識があってはじめて、このような体制が組めると言えるだろう。そしてその体制を開発、普 及させるためには、幅広い職種にむけた早期からの共通の教育が根底になければならない。
登録者への研修は、登録時の導入研修と、そのフォローアップの研修としての中級研修を行ってい
た。中級研修は、既登録者の意識や知識のレベルの維持・発展に重要な役割を担う。しかし、具体的
な目的や成果が設定されていなかった。そこで今回、その意義を鑑み、長期的な戦略、緊急援助隊の
活動のあり方の中で有効な研修のあり方について検討し、実施した。
カリキュラムでは、職種、職能別のコースを設定し、それに必要な講義をリストアップした。各
講義のシラバスを作成し、4年間をめどに時間割を作成した。
コースは、現在及び将来期待される活動のあり方に沿うよう、11のコースを設定した(リーダー
コース、薬剤管理コース、臨床診療コース、外傷診療コース、SRM(search and rescue medicine)
コース、感染症診療コース、臨床看護コース、ロジスティックコース、迅速調査コース、衛生・保健
コース、臨床検査コース)。
講義は、災害医学に於ける必要事項、世界の標準的な災害研修の講義のリスト、設定したコースに必
要な項目などから挙がった講義をリストアップした(災害総論、活動のフロー、診療、公衆衛生、
医療資機材の管理、ロジスティック、安全対策、Team Managementの8項目の分野で56項目)。
この研修をマネージメントするために、国際緊急援助隊チームにおいて研修運営に責任を持つワーキ
ンググループを結成した。各ワーキンググループで、監督する講義、コースを設定し、監督する講義
に関しては、講義の実施に責任を持つことにした。講義は、基調となる講義・シミュレーションによ
る小グループでの討論・総合討論という形を基本とし、参加型の講義内容になるよう工夫した。
研修は、平成14年度から開始したが、二年終了時で56コマの講義を実施し、ワーキンググループの構
成員は34名を数えた。参加者の講義終了後のアンケート評価の反応も良好であった。
まず、登録者の生涯教育とモチベーションの維持に関しては、2年で90%近くの講義を消化し、多
くの参加者を得られている点で評価できる。また、緊急援助に派遣されることは、国内の災害対応に
比べると頻度は高いが、各個人にとってみれば日常に行われることではなく、継続的な研修を重ねる
ことが必要である。この中級研修は、年間3回行われ、そのうち2回は長期的な参加を見込んでいるこ
とから、これらは生涯教育を行うのにふさわしい内容であるといえ、参加者の数や参加者の評価か
ら、この目的は達しているものと考えられる。
次に、Teaching is learningの精神より登録者から講師を募りコアメンバーの形成を図ることに
関して評価する。2年間でワーキンググループメンバーがほぼ固まり、ワーキンググループを中心とし
た活動計画・マニュアルの改訂についても検討されるようになったことから、ワーキンググループが
活動のコアメンバーとして機能し始めたことが示され、目的について順調に進行していると評価でき
る。
また、現在全国的に様々な災害研修が実施されている。が、共通の課題として長期的戦略の欠如
があり、研修が自己目的化しているケースも見られることがある。研修で重要となるのは、将来のあ
るべき対応体制を想定し、その体制を構築・維持するのに必要なターゲットを特定し、長期的視野に
基づき継続的に実施していくことであるが、この流れが整備されていないことが、上記の大きな原因
であると考えられる。今回の中級研修カリキュラム導入においては、コアメンバー確立を目的とした
ワーキンググループの設立、生涯教育を目的とした登録者教育を実施したが、成果が出始めているこ
とから、長期的戦略に基づいた研修は成果が得られることが考察される。
生涯教育の重要性は、広く医学全般に渡って強調されている。日常業務ではない災害対応において
は、その重要性はざらに増すものと考えられる。長期的戦略を持った研修の設定と実施のパッケージ
の確立は、今後の災害医学にとって大きな課題となってくるだろう。今回の国際緊急援助隊中級研修
の試みは、その第一歩としての価値を持つものと考えられる。
以下の5カ所(Fig.2)に電波信号受信用のアンテナを仮設した。
(2)ICタグ内蔵バッジの準備
職員用のもの(Fig.1(a))には、氏名、職種、予定担当部署を予め登録したバッジを準備し、患者
用バッジ(Fig.1(b))には、氏名、年齢、性別、トリアージカテゴリーを入力したものを準備した。
(3)バッジの配布と実際の訓練
訓練は、平成15年9月5日13時から行われた。バッジは職員93名(医師:30名、看護師:63名)、模
擬患者50名(要緊急患者:19名、準緊急患者:31名)に配布された。
(4)システム画面上での位置情報の把握
ICタグからの情報は、対策本部、外来ホールなどに設置したコンピュータ画面と、大型スクリーン
に表示されるようにした。画面にはアンテナ設置部署の5カ所が同一画面上に表示され、各職種、部署
別人数がリアルタイムで表示されるように設定した。
位置情報把握システムは訓練を通して機能したが、開始から45分間の看護師の位置情報については
バッジの配布に手間取り正確なものは得られなかった。開始45分後からは、訓練を統括する対策本部
をはじめとする主要部署において患者、職員の配置状況をリアルタイムで把握することができ、全体
を見通した上での遠隔からの職員の再配置、患者の搬送指示が可能であった。
II.訓練後の分析
1)職種・患者別人員推移(Fig.3)
看護師の部署毎の人員推移は、13:45には外来ホールへの配置が多く、その後初療室への増員がなさ
れ、訓練後半には再び外来ホールに移動していた。
2)部署別人員推移(Fig.4a,4b)
初療室では患者数の約2倍の医師が配置され、逆に外来ホールでは訓練前半では患者数が上回ってい
た。初療室では医師と看護師の数があまり変わらない傾向であったのに対し、外来ホールでは医師に
比べ多数の看護師が配置されていた。
3)患者緊急度別対応人数の推移(Fig.5a,5b)
医師では訓練開始から1時間半の間大多数が緊急部署(初療受付+初療)に配置し、その後、準緊急
患者対応部署(外来ホール)への移動が見られた。看護師は13:45には外来ホールへ多く配置され、そ
の後、緊急部署への若干の移動がなされ、訓練後半では再び外来ホールに配置していた。
4)患者緊急度別部署滞在時間(Table 1)
要緊急患者の初療室での平均滞在時間は約16分であったのに対し、準緊急患者の外来ホールでの平
均滞在時間は約1時間であった。
また今回得られた結果は、現在の災害時対応マニュアルにある「要緊急患者1人に医師2名、看護師4
名があたる」という建前は非現実的であることを示すものではなかろうか。しかし、院内全体では不
要な人員配置が少しはあるはずであり、同一施設で複数の設定のもと、位置情報の把握を繰り返せ
ば、今後の方針がより具体的なものになるであろうと考える。このような試みは設備、時間、人手、
金銭等の問題もあり、前述したことを実際に行っていくのは難しいであろうが、将来的にはもっと改
良がなされた簡便な方法でデータが積み重ねられるような情報通信技術の開発と、人員配置がより少
なくて済む医療技術の発展に期待したい。
1995年に発生した阪神・淡路大震災の後、災害医療の重要性が改めて認識され、全国で災害拠点病院
の整備が進められている。災害発生時に災害拠点病院間での連携の状況は負傷者の動きに左右される
ことから,将来起きると考えられている災害のパターンをいくつか想定して負傷者の主な流動を予測
し、これにより震災時の医療計画に対して基礎的データを提供することを本研究の目標とする。
本研究では震災時の各地域間の負傷者流動を、ソシオメトリーを用いてモデルで示した。
ソシオメトリーとは様々な社会現象を数量的に測定、記述する手法の一つであり,集団の構成を分析す
ることに用いられる。負傷者の動きを予測する上で、地域によって被害,人口,病院数,病床数が異なる
ため、各地域が持つ特徴を把握することが必要である。このため、分析は医療圏単位で行い平常の受診
状況を用いた。
愛知県に住んでいる患者の総数は44112人で、他の医療圏に移動している患者数は8242人である。これ
をみると、A(名古屋医療圏)とD(尾張東部医療圏)、E(尾張西部医療圏)とF(尾張北部医療圏)が、医療
圏間の双方向の人の流れがある連結の強い一つの集団となっている。また、C(尾張中部)は自地域依存
率が非常に低く、居住医療圏外の医療機関を多く利用する。C(尾張南部)から周辺の3医療圏(AD、EF、
B)への流れがあることがわかる。また、ADに流れが集中していることも目立つ。
2、震災時における負傷者流動の分析 table2
I)想定東海地震 figure4
東海地震では震源に近いK(渥美半島)や県東部で強い揺れが予想されている。負傷者に対応しきれず他
医療圏に負傷者が流れ出す医療圏は、B(海部津部)、C(尾張南部)、G(知多半島)、J(東三河北部)、K
(東三河南部)である。分析の結果、J(東三河北部)とK(東三河南部)が一つの集団となった。従って,こ
れら両医療圏で一体的な医療・搬送計画が必要と考えられる。
分析結果をみると、大きい被害発生が予想されているJK(東三河地方) やG (知多半島)から愛知県北西
部へ大きな流れが生じることが分かる。さらに尾張中部(C)から周辺医療圏への流れが発生しているこ
とが分かる。尾張中部は平常時においても自地域依存率が低いため、震災時でも同様の傾向がある。ま
た、A (名古屋)、D (尾張東部)へ流れが集中していることが分かる。I(西三河南部)はG(知多半島)、J
(東三河北部)、K(東三河南部)にとって重要な負傷者受け入れ地となっている。
II)想定東南海地震 figure5
この医療圏において他医療圏に負傷者が流れ出す医療圏はA(名古屋)、B(海部津部)、C(尾張中
部)、G(知多半島)、I(西三河南部)、K(東三河南部)であり、被害が広範囲にわたるため県内全域で流
れが発生する。これら6医療圏の大集団が形成されたが、これはこれらの医療圏で特に大きな被害発生
が想定され,医療圏間の流れが活発なためである。想定東南海地震の場合とは違って北東方面の大きな
負傷者の流れが予想され、J(東三河北部)が負傷者の受け入れ先となり、D(尾張東部)、F(尾張北部)は
人口の多い名古屋医療圏周辺で発生する負傷者の最終受け入れ地として重要な役割を持つと予想され
る。
以上のように震災時に予想される負傷者の流動を広域的な視点から分析した。医療に関する地域特性
に応じて震災時の各医療圏の役割を明確した上で地域医療の災害対策を進めていくことが重要である
と結論した。
⇒ 各病院の治療能力を効率的に生かすために、来院患者数に対する治療待ち患者数や治療済み患者数などの実態から、
医療活動の状態をリアルタイムに把握でき、さらにその医療活動の状態に基づいた、数時間後の状態をも予想できる
機能をもった現場の医療活動を支援するシステムの開発と実用化が望まれた。
治療のプロセスのモデル
患者来院 → 治療窓口への到着 → 患者の治療と、必要に応じた他の医療機関への搬送 → 治療済み
救急医療機関
基本ネットワーク
患者の治癒過程の基本モデル
患者の分類:1.重症患者(手術不要)、2.重症患者(要手術)、3.透析対象患者、4.重症者、5.軽症者
医療活動情報の共有化
広域災害医療活動を効率的にするためには情報の共有化と医療機関同氏の連携がとれるシステムが大事。そのための
情報としては、医療活動現場の状態を具体的に把握するためのものが必要。
市町村レベルの病院間の医療協力ネットワークを基本として、このネットワークの医療活動情報を市町村の中央
管理室が管理し、さらにこれらのネットワークを国の危機管理室が管理するという、階層的なネットワークの
構築が理想。
→重症患者の搬送には時間的猶予が限定され、迅速さが必要。
⇒他地域への遠距離搬送手段としては、固定翼航空機等の利用が必要と考えられる。
⇒調整をコンピュータに処理させることによって、作業の効率化・軽減化を図ることが可能と考えら
れる。
⇒これらの情報の拠点を繋ぐシステムとしてネットワーク技術を利用したインターネットが有効であ
り、多機関との調節にもリアルタイムに情報が反映されるため、十分活用できると考えられる。
1)医療機関情報管理システム:患者を受け入れる医療機関の診療科目、各科目の手術可能人数、患者
到着から手術開始までの時間、医師派遣可否、ヘリ搬送の可否、至近空港、基地からの搬送所要時間
を入力する。
2)患者情報管理システム:被災地の医療機関から広域航空搬送を要する患者の緊急度、ISS,BI等に
よる傷病程度のスコア、生理学的データ、処置内容、希望診療科目、手術の要,不要、治療制限時間を
入力する。
3)航空搬送調整支援システム:患者情報管理データベースと医療機関情報管理データベースのデー
タを基に自動的に患者の医療ニーズの整理された情報を表示する機能、自動的に患者の医療ニーズと
医療提供能力のキャパシティを整合させた搬送プラン候補を表示する機能がある。
4)搬送患者トラッキングシステム:本システムを通じて搬送された患者がどこにいて、どんな状態
にあるのかを確認できるシステム。
←マニュアル化されていないため、各医師の自己判断に依存しなければならず、時間設定に戸惑う場合が考えられ、同じ治療制限時間カテゴリー内に患者が集中する可能性が考えられる。
←操作には一定の慣れが必要であり、操作ミス、入力ミスによるシステムの混乱がおこる可能性がある。
←情報が更新されなければシステムの機能がマヒし、的確な搬送支援を行うことができなくなる。
国際緊急援助隊医療チームにおける研修のあり方についての検討
(近藤久禎、小井土雄一、中田敬司、山本保博:日本集団災害医学会誌 9:6, 2004)□背景
□実施体制、カリキュラム
□評価
□考察
院内災害訓練における位置情報把握システム(仮称)の検証
(堀内義仁:日本集団災害医学会誌 9:13, 2004)概要
方法
結果
考察
震災時の災害拠点病院の連携に向けた負傷者流動の分析
(乗京和生ほか:日本集団災害医学会誌 9:19, 2004)<分析結果>
災害医療活動支援モデル―戦略的救急・災害医療活動支援システム―
(石田勝彦:日本集団災害医学会誌 9:26, 2004)阪神大震災の医療現場からの教訓
結論
大規模災害時における重症患者航空搬送支援システムの開発
(野口 覚:日本集団災害医学会誌 9:37, 2004)I、広域災害における航空搬送を取り巻く環境
II、重症患者航空搬送支援システムの概要
III、運用・開発上の課題
結語