災害医学・抄読会 2004/07/02

災害による「心の傷」を癒す支援体制の確立

(林 春男:現代のエスプリ1996年2月別冊、p.191-201)


1.災害後の心の傷

 被災者にとって、災害とは突然の大規模な環境変化のために新しい現実が生み出され、 その中で人生の再建を強いられることである。新しい現実は不利なことばかりで、 被災者は人生の危機に直面する。

2.危機の特徴

3.ストレスとは何か

4.ストレス刺激とは

 心的外傷後ストレスを生み出すストレス刺激は大きく以下の3つに分けられる。

  1. 心的外傷体験=死や負傷の危険、恐怖感や無力感を生じた体験
  2. その後の生活の変化=家族や友人、人生の思い出の品など、個人にとって大事なものを失ったという深い喪失感
  3. 日常生活のごたごた=避難所、疎開先での新しい生活、職場の移転、失職

5.ストレス反応とは

 ストレス反応として様々な心身変調を示すが、主に以下の3つに分けられる。

  1. 再体験
     日常生活の中へ被災経験が突如進入してくる現象。現実を少しずつ受容していく過程だと説明されている。具体的にはフラッシュバックという現象がある。災害に関連する記憶がふっと蘇ったり、何度も夢に見たりする現象である。言語発達がでない子供の場合、災害の光景を絵に描いたり、遊びに取り入れたりする。

  2. 回避
     被災体験をできるだけ心の奥底に抑圧し、心の動揺を抑制する試み。極端な例では、災害時の記憶そのものを喪失する。何事にも無関心でいたり、他者との付き合いを避けたりする。
  3. 生理的過緊張
     生理的覚醒基準が過度に高く維持された結果。睡眠障害、集中力の欠如、怒りっぽいなどの反応。

 アメリカ精神医学会は医療の対象となる基準として、この3つの症状が一定以上の強さで1ヶ月以上にわたって継続することを挙げている。これが心的外傷後ストレス障害(PTSD)である。

6.心的外傷後ストレスへの対処法

 被災者の心的外傷のケアの第1目標はPTSDを予防することである。つまり、被災者が体験するストレスを長期化させず、ごく自然な反応の枠内で軽減させる方策を提供することである。そのために、災害後に心的外傷後ストレスが発生することを自覚し、ストレスと上手く付き合うスキルを育成する必要がある。具体的対策として以下の2つが挙げられる。

  1. ディブリーフィング
     ストレスによる心身変化に関する情報提供(対面、電話、パンフレットなど)を受け、自分の体験を語り合うことを通して、人生の危機に遭遇した個人が自分の置かれた状況の意味を自分自身で把握すること。

  2. ローカルゲートキーパーの確保
     悩みを持つ人との人間関係を維持しつつ、その人のストレスの状態を継続的に見守り続け、重大な問題が あれば専門家との間の連絡役を果たせる地域リーダーの確保。具体的には保健婦やヘルパー、学校の先生、産業医やカウンセラー、人事や労務の担当者

 「できるなら災害以前の暮らしに戻りたいが、無理だからこうした生き方をするのだ」と被災者が言えたとき、心のケア活動はその目標を達成する。

 


第3章 ソマリア:持続可能な保健衛生事業を目指して

(国際赤十字・赤新月社連盟:世界災害報告 2001年版、p.58-81)


 破綻した国家システム、長期にわたる非常事態の中で、保健、福祉、教育サービス部門の再建・ 維持を持続可能にし、これらの部門の効果的な復興の基礎を築くためには、地元のコミュニティの 参加が鍵となる。援助機関はしばしば、短期的な評価指標を重視した、場当たり的で、事業ありき の支援を行ってしまう。このことが、紛争下にあるコミュニティが安定した平和的な復興につなげ る機会を奪ってしまう。援助機関の本当の課題は、一時的にせよコミュニティに自発的に生まれる 復興への動きを強化するという方向で、復興過程を支援する組織能力を向上させることである。支 援対象となる地元のコミュニティの、自らの復興過程への貢献能力と参加意欲の評価に基づいて、 紛争後における復興事業を導く方法論を以下に示す。

 紛争後の復興に対する支援を行う前に、復興支援を遅らせ妨げている可能性のある障壁を分析する ことが重要である。

  1. 概念的な障壁…いつ「紛争後」の状態に達したか定義する問題

  2. 計画をする際の障壁…紛争後地域に援助の文化が根付いてしまうこと、現地の能力、コ ミュニティの対処能力が調査されていない、職員の安全に対する脅威など

  3. 構造的な障壁…脆弱な国家、戦後社会の変化(例:労働者層と企業家層の国外移住)、 民間部門(例:劣悪なサービス、犯罪組織との繋がり)、不公平な成長(政治権力者の利 益となるような経済社会)

 これらの障壁に対応するために、ソマリア・プントランド州で、ある方法論を試験的に導入し た。効果的な復興を目指したこの戦略的アプローチは、次のステップからなる。

  1. 復興の始まり:  「紛争終結」の兆候よりも「復興」の兆候を探すことで、その国の他の地域 で依然として武力衝突が続いているとしても、援助機関は「つかの間の平和」の中に復興を支援す るチャンスを見出す可能性がある。援助機関は、国家、コミュニティ、世帯の各レベルにおいて、 復興への自信や将来への期待を示す活動が行われていないか、絶えず注視しなければならない。

  2. 復興状況の調査:  支援対象のおかれている背景、関係者、関係部門を分析して、ニーズを抽 出することをめざす。調査結果により、復興を進めるための支援対象の能力と、今後必要とされる 調査の両面において、介入の必要な部分が決定される。

  3. 指標となるデータ:  紛争後の環境のうち、重要な特徴のひとつは基本的データ(国勢および人 口調査、保健の実践、収入レベルおよび収入源、民間部門)の信頼度の低さやデータ自体が全般的に 欠如していることである。調査で、現地のコミュニティの能力と、社会サービスの復興に参加する 意欲を確認する必要がある。

  4. 詳細なケーススタディ:  詳細な研究の目的は、コミュニティ全体が参加可能な方法で復興の ためのサービスの運営、管理、維持および所有に貢献するような、コミュニティの能力および意欲 の妥当性を確立することである。詳細な研究は、当該事業の復興を導くようなより質の高い技術を 用い、新しい考えを試みるものであるが、アイデアは地域自身が生み出すべきである。そのために は受益者が十分に関わり、地域を基盤とした行動計画を用いることである。

  5. 試験事業の戦略:  活動計画を調査すると、成果と必要となる資源の明確で具体的な計画目標 が得られる。現地のコミュニティは何を用意できるのか(土地、建物、財源)、サービス開始にあた り外部に求めるものは何か、ということを明確にする必要がある。また試験的な復興計画を策定す る際に、計画進行の過程での様々な危険の可能性や影響を明らかにすることが重要である。

  6. ガイドラインの策定

<まとめ>

 戦争で荒廃した社会の長期的な復興は、将来に対する人々の自信を家庭とコミュニティ のどちらにおいても、高めることができるかどうかにかかっている。これに対して最善の 成果を得るためには、現地のコミュニティに根ざした復興プログラムに着手する必要があ る。

 復興への介入に際しては、将来の発展をしっかり視野に入れる一方、復興過程の環境下 に存在する様々な障壁を考慮に入れなければならない。プログラムは、状況や関係者や現 地のコミュニティを分析したこと以上にはなりえない。優れた分析があれば、救援活動を 復興へと拡大したり、復興と開発のパートナーを探したり、プログラムを地元のパートナ ーに引き渡すことができる。そのようなプログラムを維持するためには、援助機関は、現 地のコミュニティを計画およびその実施過程の中心に据える必要がある。

 復興が継続的に行われるかどうかは、地元組織の発展にかかっている。地元組織の能力 の向上に投資すれば、現状での非能率な点も克服される。現地のコミュニティの復興事業 への参加と主体性に対する意識の向上を促進することは、復興のイニシアチブを持続させ るための重要な側面である。このことは、現地のコミュニティのやる気と、資金面と物資 供給面での貢献能力にかかっている。しかし、コミュニティは通常参加する見返りに、質 の向上と透明性を追求する。

 現地のコミュニティに根ざした活動計画は、共有可能な長期的ビジョンを創出し、コミ ュニティが復興事業に参加しようという意思と能力を生み出す。パートナーである地元組 織とコミュニティの代表が奨励すべきことは、高い水準が要求される決定的な方法を採用 することである。


危機管理へのポリエージェントアプローチ ―情報ネットワークシステムの効果―

(田中健次、経営情報学会春期研究発表大会 1997)


1.はじめに

 突発事象への対応、想定外事象への対応など企 業組織や自治体が危機管理として対策すべき課題 は多い。特に災害発生時には、緊急対策システム が組織され、迅速な対応がとられるものと期待さ れている。しかしそれらは、情報が対策本部に集 約されることが前提であり、情報がなければ意思 決定は円滑に行われず、初動体制の遅れが生ずる。

 そこで、情報の集約を前提とする集中型対策組 織ではなく、分散系のポリエージェントシステム タイプ(多主体組織)の活動に注目しよう。多主 体組織が強調して活動するためには、組織間の情 報共有が必要不可欠であり、インタネットを利用 した情報拡散タイプの情報ネットワークを利用す ることが有効と思われる。事例をもとにその可能 性を議論しよう。ここでは、危機管理を災害対策 などの危機管理の意味と考える。

緊急対策システムと情報システム

 緊急対策システムが機能するためには情報通信 システムの正常稼動が前提となる。しかし、災害 時には要の情報システムが機能しなくなることが 多い。

<例1>阪神・淡路大震災(95.1.17)

 震災の3年前、70億円かけて設置した緊急用 衛星通信システムは、そのシステムに電力を供給 する発電設備、緊急避難設備が壊れたため、役に たたなかった。

<例2>北海道豊浜トンネル崩落事故(96.2.10)

 この事故では、トンネルを管理する北海道開発 庁開発局(札幌)が、対策本部を現地(小樽近く) に設置し、小樽の所長が対策本部長として陣頭指 揮に当った。しかし、札幌の上位組織との通信の ための機器でトラブルが発生し、情報伝達に障害 が生じた。

 このように、情報通信システムは常に震災 の外に位置するものと思い込みがちだが、準備さ れていたシステムが災害に巻き込まれると、被災 地内での情報収集と同時に外部との情報ネット ワークも断絶し、隔離状態となる可能性がある。

 それでは、情報通信システムが物理的に機 能すれば問題ないかというと、そうではない。次 に緊急時の情報ネットワークの利用の問題があ る。

<例3>阪神・淡路大震災(95.1.17)

 阪神大震災では、通信機能が復旧し始めて も、情報を集約させるはずの国土庁に情報は集ら なかった。当初は、国土庁を中心とする「緊急対 策本部」が対応にあたったものの、この本部は法 律的裏付けのない組織だったからである。各組織 の平常時の報告義務は、
 自衛隊→防衛庁
 警察・消防・都道府県→自治大臣
 海上保安庁→運輸大臣
であり、並列構造になっているから、国土庁に 情報が集まらなかったのも当然の結果と言え る。

 縦割り組織では、水平方向の情報伝達はほ とんど行われていないのだから、緊急時だけ情報 を水平方向に伝えるなどのネットワーク変更は難 しい。

 したがって、緊急時にみ形成される組織活 動は最小限度にすべきであり、情報の集中化にも 頼らない対策システムが望ましい。そこで、ポリ エージェントシステムを考えるとしよう。

3.意思決定におけるメタ階層の役割

 モデル(a)は、メタ層が各組織の活動へ の意志決定をし、全体のコントロールを行う。こ のためには情報の一元化・集中化が必要であろ う。

 モデル(b)は、平常時の決定層に意思決 定の権限を委譲するタイプといえよう。下位への 権限委譲により、上位層は下位層を調整する役に 回り、コントロールはしない。

 大規模な災害や、情報システムが不完全で不確 実性が高い場合には、このタイプが望ましいと考 えられる。なぜなら、第一に、実際の状況やロー カルな事情は上位層よりも下位層(現地に近いレ ベル)の方が理解していること。上位の層は現場 に関する知識が乏しく、柔軟な対応はできないこ とが多い。第二に、内部モデルの共有化を緊急時 に短時間に行うことは難しいこと。緊急時にのみ 召集される集団には、共通言語がなく共通の認識 も乏しいことから、最適な決定が行われるとは考    えにくい。

 興味深いことに、豊浜トンネル崩落事故と病原 菌O−157問題での対応の遅れには、共通の要 因が存在する。両者の管理者がともに地方自治体 ではなく、国の直接管理化にあったことである。 物理的に遠隔となる組織が管理するシステムでは、 突発事故への対応では遅れをとるという共通の構 造がある。このことはモデル(b)の有効性を示唆 するものといえる。

4.ポリエージェントシステムにおける情報拡散

 メタレベルの役割は調整機能であり、各組織が 機能を果たす上でのコーディネーターに過ぎない。 しかし場合によっては、災害、危機管理に関する 知識が要求されることもある。従って、この分野 のエキスパートの配備を考えるべきであろう。

 しかし、費用の面から専門家を常に配備できる とは限らない。その場合、各エージェントは自ら の活動を自立的に適応させてゆくことが必要であ り、そのためにはさまざまな情報の獲得はやはり 必要である。

 さらにポリエージェントシステムでは、意思決 定主体が分散されているから、「情報を集約させる」 という形ではなく、「情報は共有の場に発信され必 要な主体が必要な情報を集める」という拡散 型の発想が効果的である。この方法の効果はイン タネットの活用事例に見つけることができる。O −157に対する医師の対応や、重油災害へのボ ランティア活動で活躍したことはよく知られてい る。

<例5>救急・災害医療ホームページ

 愛媛大学医学部救急医学教室は、大災害時 の情報伝達及び被災害時での情報提供などを目的 としてGlobal Health Disaster Network (GHDNet) を設立した。全国の医療従事者、消防関係者、 災害行政担当者、一般市民のためにWebページ、非 公開MLが開設され、活発な意見交換が行われ ている。

5.まとめ

 ポリエージェントシステム型の緊急対策シ ステムが好ましいのは、インタネットなどの情報 共有や拡散型のコミュニケーションにより、緊急 時にも各主体が多くの情報を獲得できること、平 常活動の延長として適応的な活動ができることが あることである。

報告5 2002年秋に工事中に発掘された化学剤確認の問題点

(常石敬一・著、杉島正秋・編:バイオテロの包括的研究、朝日大学法制研究所、岐阜、2003、 p.38-48)


 2002年秋、神奈川県寒川町の道路工事現場から旧日本海軍のものと見られる化学剤、イリペット(マスタード)とルイサイトが発掘された。化学剤が発見されてから、それがびらん剤であると同定されるまで1月以上の日時を要している。こうした毒物確認作業の遅れは生物化学兵器テロの被害を最小限に食い止めるという観点からは大きな問題である。

 10月31日に行われた記者発表の内容を以下に示す。

 発見日時:平成14年9月25日(水)

 発見の状況:高架橋下部構造物を築造するために、地盤掘削を行ったところ、異臭とともに不審物(ビ ール瓶)が数本分割れた状態で発見された。

 発見の主な経緯:

9/25〜27 土木掘削中に古いビール瓶数本割れた状態を確認するとともに異臭を確認。
9/30 土木掘削完了
10/1〜12 作業員6名発症(発疹、かぶれ等)。現在、北里大学病院、藤沢市民病院に通院中〜
10/8 古いビール瓶内容物の確認のため民間の分析センターで分析開始
10/24 民間の分析センターから分析が不可と報告あり。

 不審物として認識した主な理由:次の事項などから現地で発見された古いビール瓶の内容物が不審物と 認識し始める。

 この記者発表の問題点としては、1)発掘から36日後である、2)民間の分析センターにて分析が不可になった、3)地方自治体が動いていない、があげられる。この民間の分析センターでの分析不可の理由は、毒ガス騒動に巻き込まれる面倒と、関係機関から毒ガスの分析データを取り寄せる面倒を避けたものであると思われる。

 11月6日の分析結果記者発表は、国土交通省と神奈川県の共同で行われた。その内容で問題となる点を以下に示す。

 11月2日に不審物がびらん剤のイペリットと催涙剤のクロロアセトフェンであると同定されていたのに、その結果が国土交通省に伝えられたのは6日だった。

 被害者にとって分析結果は、それに応じた適切な治療という観点から一刻も早く知りたい情報だが、それが結果判明から4日後にもたらされた。この結果判明から公表までの4日間という時間のかかり方は、被害者あるいは住民の側を向いた行政とは言い難い。住民への対応は地方自治体の役割であり、その意味で今回は国と地方自治体との連携が、初動段階では極めて不十分であった、と判断できる。

 1972年に環境庁は旧日本軍の毒ガスの保有及び廃棄状況について全国調査を行っており、その報告書によれば瓶に詰まった状態のびらん剤はないとしている。しかし、実際にはあり、同様に「存在しない」とされた場所から化学剤が発見された例は他にもある。今必要なことは、この1972年の全国調査を再検討することと思われる。再調査によって、有事の際に、テロか事故かの区別もつきやすくなると思われる。また、住民や国民に対する対応として、初動段階からの国と地方自治体との連携活動も強く望まれる。


放射性物質による内部被ばくの健康影響

(鈴木 元:中毒研究 15: 133-138, 2002)


 放射線物質は、原子力産業のみならず医療や研究、さらには産業の現場で広く使用さ れている。放射性物質を誤飲したり、吸入したり、創傷に付着した場合、放射性物質 による内部被爆が起こる。放射性物質の体内動態は体内への進入経路、その化学型や 粒子型により大きく異なる。

 皮膚を通しての場合はそのバリアー機能により皮膚が健全である時、大部分の放射性 物質は吸収されない。経口的に入った場合は化学型が溶解度・吸収度を決定する。消 化管からの放射性物質の吸入を抑制する手段は、他の毒物の吸入抑制方法と共通し、 1)早期であれば胃洗浄、2)放射性物質を難吸収性物質に吸着する、3)下剤や浣腸によ る消化管滞留時間の短縮である。経気道的に入った場合は粒子経が体内動態決定の一 義的要因である。粒子経の大きいものほど気管上部に沈着し、気道粘膜上皮の繊毛運 動により、多くの場合、経消化管的に排泄される。肺胞に到達する粒子経の放射性物 質は溶解度が低ければ肺胞に沈着し、数日以内に消化管を介して排泄される。また、 溶解度が高ければ血流にのって全身に分布する。血中に移行した場合は腎臓、肝臓、 消化管、肺、汗腺を介して排泄されるほか、マクロファージや網内系細胞に貪食さ れ、所属リンパ節や肝臓などに長期にわたり滞留したり、甲状腺や骨などの決定臓器 に取り込まれ、長期にわたり滞留したりすることがある。同一部位に長期間滞留する と発癌リスクが高まるため、滞留する傾向のある放射線物質による一定レベル以上の 体内汚染(50年間の実効線量20〜50 mSvを超すと診断された場合)が起きた場合には 組織への沈着が起きる前に体内から除去する治療を行う。

 次に代表的放射性物質による内部被爆について述べると、まず1954年のビキニ環礁 水爆実験でマ−シャル諸島住民が、1986年のチェルノブイリ原発事故時に白ロシア、 ウクライナ、ロシアの住民が甲状腺内部被爆を起こした放射性ヨウ素がある。特筆す べき健康障害としては50〜100 mSv以上の甲状腺等価線量で小児甲状腺癌の増加が見 られる。独立した7つの集団を合算して解析した疫学研究の結果、100 mSv以上の甲 状腺等価線量により、15歳以下の小児では有意に甲状腺癌が増加している。また、放 射性セシウムはウラン燃料とプルトニウム燃料の主となる核種であり、核実験や核災 害で問題となる。また、産業界では計測用の機械や非破壊検査用の密封線源として用 いられており、医療・研究分野においては放射性照射装置の線源やトレーサーとして 用いられている。セシウムはようかいせいにとみ、消化管や気道から吸収される。吸 収されたセシウムは生体内では体内,細胞内に均一に分布し、腎臓から迅速に排泄さ れる他、胆汁と共に消化管に排泄され、小腸から再吸収される。よって、セシウムの 胆汁腸管再循環を阻害することにより生物的半減期を短縮でき、非吸収性のセシウム 吸着物質プルーシアンブルーが用いられ、その効果が認められている。このセシウム による外部被爆,内部被爆を起こしたものに1987年ブラジルのゴイアイナで発生した Cs-137による事故があげられる。これは廃院となった施設から医療用放射線照射装置 が持ち出され、解体されたことにより発生した。放射性塩化セシウム粉末が蛍光を発 したために住民から重宝がられ、居住区画に持ち込まれた。塩化セシウム粉末はカー ニバル用に顔面に塗られたり、風で町中に散布されて環境汚染をきたしたりした。放 射性リンについては決定臓器が骨であり、主に尿から排泄される。事故による過剰被 爆は医療で誤投与された事例を除いては報告されておらず、血小板増多少の治療とし てP-32を投与するときに溶液の検定日を1ヶ月間違えたために予定の約4倍量が投与 され白血球と赤血球の低下が観察され改善されなかったものである。放射性ストロン チウムは産業界では紙,ゴム,金属などの薄いシートの厚さ計測計,また空気をイオ ン化して微粉塵を静電気除去する目的、あるいは小型熱源として用いられる。医療や 農業では骨シンチやトレーサーとして用いられてもいる。この放射性ストロンチウム に関してはSr-90において骨腫瘍白血病などのリスクが高まると報告されている。放 射性ウランについては体重当たり0.1 mg程度の摂取で腎毒性症状(腎炎、血尿、尿蛋 白)が現れる他、フッ化ウラニルにより肺水腫も起こる。最後に放射性プルトニウム については、Pu-238が月探査飛行、通信衛星、心臓ペースメーカーなどの電源として 用いられており、消化管粘膜や健常皮膚からはほとんど吸収されない。


火山噴火(火砕流)

(藤井徹:救急・集中治療 13: e20-23, 2001)


□火山活動

 地下マグマが地表または地表近くに達して引き起こす現象。噴火、噴気、墳出物の流出に伴う様々な現象や火山性地震など。火山活動の要因によって、いろいろな火山災害をひき起こす。

□火砕流

 高温の火山ガスとともに噴出した火山灰や軽石、岩塊などが一団となって火山の斜面を時速100〜180kmの高速で流走する現象。溶岩の破片や火山灰などが流れ落ちる主体部分(約700℃)と、火山灰が高温の火山ガスとともに吹き上げる噴煙部分(約300℃)とがあり、この爆風のような運動をするものをサージという。

□火砕流による死傷の原因

  1. 火砕流の本体に物理的に投げ飛ばされる衝撃
  2. サージの高温の火山灰等による熱傷
  3. ガスによる窒息

□この火砕流のよる人身災害の報告(大きなもの)

□その他の直接的災害

□間接的災害

■―雲仙普賢岳の火砕流―

 1991年6月3日、長崎県島原半島の雲仙普賢岳における火砕流の発生によって43名の犠牲者が出た。以下、この火砕流における災害状況、被災者の病態、災害時における問題点、今後の対策について述べる。 火砕流発生時、ほとんどの住民は非難していたが、同地区の監視をしていた消防団、取材をしていた報道陣など43名が犠牲となった。これら犠牲者の多くは、サージと呼ばれる高温の火山灰の熱風に巻き込まれたもので、したがって衣服が燃えてのflam burnとともに熱風や火山灰やガスを吸入しての気道損傷の著しい所見が見られた。

■―本災害での注目される問題点―

 現場に最も近い、島原地区の中核医療機関である島原温泉病院に搬送された重症患者には、ただちに冷却・洗浄後、気道確保、血管確保、尿道カテーテル留置などの応急処置が行われた。搬送された負傷者は17名で、このうち気道損傷を伴った者は13名、気管内挿管を行った者6名、口腔内や鼻粘膜の損傷がひどく、灰が詰まったりして経口・経鼻挿管ができず、早急に気管切開を行った者7名であり、火砕流の特徴とその凄さを物語るものであった。

1.被災者搬入時の身元の確認  搬入時に負傷者の体に直接番号をつけ、身元判明後は皮膚に直接名前を記載して誤認を避けた。「トリアージ・タッグ」として、突然の多数の患者発生には有用であった。

2.搬送の順番(トリアージ)  搬送された17名のうち、生存の可能性の高い患者から優先的に後方病院へ搬送することを原則とする、トリアージ・カテゴリーに従って順番をつけた。

  1. 比較的熱傷面積の狭く、気道損傷もなく、生命の危険性が無いと判断した4名は、混雑を整理する意味合いもあり、早急に近くの二次救急医療機関に搬送した。

  2. 熱傷面積40%前後、気道損傷はあるが気管内挿管が可能であった2例は、集中治療が可能な最も近い三次救急医療機関(国立長崎中央病院)に可及的早くに搬送した。

  3. 熱傷面積50%であったが気管切開を必要とした1名、熱傷面積80%以上であり気道損傷も合併しているが、救命可能ではないかと思われる者から順次5名を長崎大学医学部付属病院に、1名を国立長崎中央病院に、あとは二次救命医療機関の2病院に1名ずつ搬送した。

  4. 救命の可能性が低いと思われた3名は温泉病院待機としたが、全員1〜2病日内に死亡した。

■―臨床での位置づけ―

 長崎大学医学付属病院に収容された5名は24〜38歳で、受傷面積は50〜90%で、B.I.は45〜85とV度熱傷の占める率が大きく、かつ前例に気道損傷が認められた。

◇症例2 38歳,男性

 受傷面積88%、B.I.83とほとんどがV度熱傷であり、著しいミオグロビン尿を認めた。気管支鏡観察で、気管から気管分岐部までは浮腫と発赤が、肺胞上皮気管支粘膜にも発赤とびらんがみられた。胸部レントゲンでは右上肺野に浸潤像が、強い肺水腫も認められた。受傷11日目、急性腎不全、肝不全にて死亡した。

◇症例4 31歳,男性

 気管切開が行われ4時間後に搬入された。受傷面積50%、B.I.45と5症例中最も小範囲であったが、口腔内は火山灰で充満しており、著しい気道損傷が窺われた。気管支鏡観察では全周性に浮腫、発赤と灰白色部が入り混じり、かなり抹消まで及んでいた。その後潰瘍が多発し、左下葉入口部まで潰瘍がみられた。19日目から気管内に付着した血痂が剥がれ落ち、PaO2の低下などみるようになった。29日目頃から出血傾向強まり、出血、無気肺、肺炎を繰り返しながら肺病変が拡大し、腎、肝、心機能も徐々に低下し、67日目に死亡した。

■―集団災害時の問題点と今後の展望―

  1. マスコミへの対応:現場の煩雑、混乱を避けるために、マスコミへの対応策をはっきりさせておく。

  2. トリアージについて:医療によって得られる効果の大きい順に患者を分類し、限られた人物・物的資源を能率的に利用することを目的としたシステムであるが、的確なトリアージを行うためには、患者の重傷度を正確に判断できることや、後方支援病院のレベルをも的確に把握していることが要求される。また、搬送された病院においての二次的トリアージも考慮されなければならない。

  3. 連絡網の確保:電話回線が混乱して連絡不能となることから、病院間のホットラインの確保や、インターネット電話の設置などを行う。

  4. 患者搬送システムの確保:今回の火砕流災害による重症患者を他県へ搬送できず、県内の比較的近い病院に集中したことは、問題を残した。ヘリコプターによる搬送システムの確立が必要である。

  5. 後方支援病院の確保:三次救急医療機関の人的・物的資源を含めた質の向上や、災害拠点病院の充実、または熱傷センターの設立なども望まれる。

  6. 九州地区、中四国地区といった程度の地域単位の広範災害救急医療情報システムの確立をはかる。


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