災害医学・抄読会 2004/05/21

日本における災害時派遣医療チーム(DMAT)の構築と問題点について

本間正人ほか、日本集団災害医学会誌 7: 95, 2002


 都道府県の能力を超えるような大災害やNBC(Nuclear,Biological,Chemical)災害等の特殊災害の際 に、迅速に対応できる医療チームが存在すれば「災害時における避け得る死」を減らすことができ る。従来、医療救護班は避難所の仮設診療所や巡回診療を担当してきたが、可及的早期に救出・救助 部門と合同し、トレーニングを受けた医療救護班が災害現場で活動し、広域搬送を確立し航空搬送拠 点、いわゆるステージング・ユニットで活動することが、予防できる被災者の死に回避につながると 考えられる。

 米国では、連邦災害対応計画(federal response plan:FRP)が整備されており、地域や州の能力を凌 駕するような災害が発生した場合、州知事の要請に基づき大統領の宣言によりFRPが実行に移されるよ うになっている。FRPの主な業務は12の緊急援助機能に分けられておりそれぞれに責任省庁が規定され ている。

 台湾においても、DMATが台湾大震災後の2000年に導入された。副首相の下、消防、軍、厚生、運輸、 国家安全協議会より構成される災害対応国家システム(Central Hazard Mitigation Council-Taiwan) が設立され、この組織のもと、1チーム20名で構成される、国家と地方の2レベルからなるDMATが創 設された。本邦においてもDMAT導入が有効であると考え、平成13年度厚生科学特別研究「日本における 災害時派遣医療チーム(DMAT)の標準化に関する研究(主任研究者:辺見弘)」にて検討してきたが、その 成果について報告する。

 研究方法は、有識者を研究協力者として招き、計5回の会合を持った。以下に会合の結果を示す。

 1) DMATとは: DMATを「災害の急性期(48時間以内)に活動できる機動性を持った、トレーニングを受けた、医療チー ムである」と定義した。

 2) チーム構成:日本では以前より、1チーム3〜4名の医療救護班が主体である。米国では、1チーム30〜50名で2交 代制のシフト体制を有し、数週間は自己完結性に活動できるような食料、水、電気、テント、医療器 具等を備えた医療チームが基本である。台湾も小規模ながら自己完結型のDMATを目指している。本研 究では、日本におけるDMATの具体的人員や構成、装備について言及されなかったが、日本の特徴を加 味し、地域や目的により柔軟に対応できる医療チームであるべきとの意見が出された。

 3) 想定される任務:被災地外から派遣されたDMATの任務として以下が想定される。

  1. 被災地域内でのトリアージ、応急治療、搬送
  2. 被災地域内あるいは周辺の医療機関、特に災害拠点病院の支援
  3. 災害現場近傍での応急処置やトリアージあるいは、レスキューチームに連携しての災害現場 での活動
  4. 傷病者集積場所あるいは広域搬送基地の拠点における医療支援
  5. 交通渋滞等により長時間搬送が考慮される救急車の添乗
  6. 広域航空搬送における航空機(固定翼、ヘリコプター)の搭乗医療チーム
  7. 災害現場でのメディカルコントロール発揮による他の医療従事者の支援、活性化
  8. 被災地域内での医療情報の収集と伝達

4) 特別チーム

 任意の特殊性に対して、標準的なDMATに加え、救助チームに付随する災害派遣医療チーム(US&R- DMAT),NBC災害機動チーム、災害後精神医療チームといった特殊チームの想定も行った。

5) DMATを構築するにあたっての問題点と課題

・事前計画、法制度            ・災害現場でのメディカルコントロール
・移動交通手段の確保           ・災害拠点病院の機能の見直し
・派遣者の身分・補償           ・緊急消防援助隊との連携
・派遣者の教育と資格認定制度       ・精神医療の必要性 
・災害現場での医療の特殊性

 本邦においてもDMAT設立の取り組みが行われた。阪神・淡路大震災後の平成8年5月には健康政策局 長通知が出され、災害拠点病院指定用件として「災害発生時における消防機関(緊急消防援助隊)と 連携した医療救護班の派遣体制があること」が挙げられたが、具体的な運用は進まなかった。平成 13年6月には、災害医療体制のあり方に関する検討会が開催された。その中で災害発生時の緊急医 療チームの派遣体制の整備についても検討され、日本版DMAT構想が検討された。そこで提示された DMATチームの例は、チームを3レベルに分けるというものだった。レベル1DMATは、災害現場でのト リアージや広域搬送支援、病院支援とともに緊急消防援助隊とともに活動するUS&R対応や、NBC対応も 可能なDMATである。レベル2は自然災害や大規模事故に対応し、災害現場でのトリアージや搬送支 援、病院支援を主体とするものである。レベル3は、災害拠点病院に属さない病院は、従来の医療救 護班と同様な医療チーム派遣を行うというものである。

 日本におけるDMATチームの構築や育成を考える上で、災害拠点病院の機能の重要性は大きい。DMAT チームが担うべき業務計画、その計画を構成するために必要な班編成や携行装備の準備、教育とト レーニングについて災害拠点病院を対象に整備する必要がある。整備の進んだ災害拠点病院に対して 重点的に機能強化を行い、併せてその災害拠点病院に対してレベルの高いDMATチームの整備を求める 施設が必要であろう。


有珠山噴火災害時における災害弱者の避難状況と今後の課題

原真紀子ほか、日本集団災害医学会誌 7: 101, 2002


 避難時の問題点は一般住民を主に検討されているが、ノーマラ イゼイションの思想を推進する上で災害弱者に対する施策の充 実が望まれる。今回、その弱者の中で精神保健福祉法の定義に よる精神障害者を対象に災害時における情報伝達、避難状況、 避難所での環境等について、アンケート調査を行った。

 噴火の可能性について知った時期は、報道が開始された日が53%であっ たものの噴火当日との回答が 10.8%あり、これは予知情報が 障害者本人に未伝達だったことを示している。また災害時の相 談・連絡相手がいないとする10%の中に、単身生活者が多かっ たので、災害情報からの孤立化を防ぐ必要がある。

 避難先は親戚宅、施設、避難所、その他の順であったが、施設 とは入所者が職員とともに関連施設に避難していたことを示し 、この避難形態は前もって施設間の連携が整えば、避難生活の 環境保全の点できわめて有効な手段となろう。避難所での問題 点は、調査対象群に特有ではなく、一般被災住民も同様にみら れた。

 また疾病の症状の変化は避難期間と相関がなかった。

 施設間の転移者において、一般避難者とともに移動した群には 半数以上に体調の変化があり、住環境ばかりでなく対人関係の ストレス要因が大きいと考えられた。

情報網の整備・連絡システムの整備

 情報は生命に関わるだけに、できる限り早期に正確な情報伝達 が行われるような情報網の整備、充実が必要になる。市町村を 核に、近隣者相互の連絡ネットワーク等の総合連絡システムを 確立する必要がある。

高齢者や単身生活者の把握および孤立化の防止

 被災からの時間に応じた、各時相における個々のニーズへの対 応と支援が必要となり、また疾患特異性の視点も忘れてはなら ない。とくに、連絡先不明な単身生活者に対し、あらかじめ情 報伝達を含めた、「顔が見える」人間関係を築くべきである。

避難所の環境改善、整備の充実

 特にストレス耐性の低い精神障害者は避難所のような環境がス トレッサーとなり得るため、避難所環境の整備、充実が望まれ る。

災害時のおける医療支援体制の整備とその充実

 交通路遮断で医療機関への通院が困難になり、ストレスになる ケースがある。避難所からの通院バスなどは有効な手段である 。また医療機関も障害者側から連絡を待つのではなく、個別訪 問や市町村の保険師が代行訪問できるシステム構築が必要であ る。

 精神的ケアは、市町村の保険師を中心に相互の連携や情報交換 が優先される。積極的に支援を要求できない者への配慮も不可 欠で、例えば、支援者が継続して訪問し顔が見える関係作りを 行うことが必要となる。

 被災者の精神状態は、発災早期に高揚状態にあるため、心のケ アが必要となる時期まで時差があった。すなわち精神的支援の 開始時期が今後課題となった。また、災害影響する体長の変化 は個別性が強かったため、注意深いアフターケアの重要性が認 識された。

 精神障害者が生活する地域の連携および支援体制の充実・強化 支援体制が充実すると当地域の精神障害者が生活しやすい地域 が作られ、それが災害時にも有効に働くと考えられる。市町村 が精神状況を把握し、個別の相談・援助が可能となるので、今 後は市町村の保険師がコーディネーターとなり、地域の医療・ 福祉の専門家を密接に連携させることが、災害時対策でも重要 となる。

災害特性とその影響

 有珠山噴火は予知可能で、早期避難が実現したので人的被害が 少なかった。

災害時における精神障害者の反応

 精神障害者の多くは、発最初期に自分の初期に自分の病期の 再発防止に対応しようとしていたと考えられる。多く精神障害 者は、避難所生活に適応しながら、服薬を継続した結果、再発 防止でき精神面のクライシスを乗り越えたと考えられる。

支援の実態

 日本赤十字社は、精神科医師が治療、心理士が相談を担当し、 避難所では個別支援として被災者の個別面談を行い、さらにmass careとして、救護班、奉仕団、関係職種、ボランティアらの協力で ストレス軽減策として、教育、啓蒙、健康教室やレクリエーシ ョン活動などを実施する、階層構造を持つ組織的ケアを行った 。

支援のあり方

 精神障害者の災害時支援の基本は初期における再発防止である 。


明石市民夏まつり花火大会雑踏事故における救急医療対応

石井 昇ほか、日本集団災害医学会誌 7: 109, 2002


概説

 2001年7月21日に開催された兵庫県明石市市民夏まつりの花火大会の花火打ち上げ終了後に、JR 朝霧駅から花火会場に通ずる歩道橋上で、群集雑踏事故が生じ、11人が死亡、247人が負傷した。本 集団災害時の救急対応等の問題点と課題を含めて、近年増加傾向にある屋外イベント等での群集雑 踏事故発生時の救急対応のあり方について報告する。

1.まつりに対する安全対策準備と事故の原因

1)開催地

 このイベントは非常に有名で、毎年一日あたり15000人の来場が期待される。2001年に周囲か らの苦情や安全上の理由により、開催地を市役所前から大倉海岸に変更された。ここは以前大きな イベントの花火大会が行われており、市役所前より十分安全であると思われ、事故の危険性が過小 評価され、十分な計画や準備が軽視された。

2)問題、準備、事前調査

 この事故が起こった最初の原因は主催者による準備や詳細な計画の欠落であった。彼らは橋 の構造や最前列の配列から事故を予測できたはずであったが、100000人以上の観客を誘導する方法 や安全対策を用意していなかった。そのため、当日群集をコントロールできなかった。

3)事前協議と救急医療対応

 主催者は緊急時に近隣の消防署から救急車を派遣するシステムがあるにも関わらず、事前協 議や群集雑踏事故に対する対応を用意していなかった。

2.群集雑踏事故に至る過程と救急医療対応

1)事故以前の歩道橋の状況

 花火大会は19:30に始まり、1時間後には歩道橋に見物者が急増した。事故発生時には約6200 人が歩道橋の上で立ち往生していた。帰省する人達と会場へ向かう人達が互いに押し分けて進み、 群集雑踏事故がおきた。

2)事故の経過:119番通報、救急業務の派遣

 20:31に花火大会終了。20:38「歩道橋の上で子どもの具合が悪くなった」と通報を受け、救 急車(No.5)がJR朝霧駅の北側に到着。20:44「三ヶ月の少女が脱水症状をおこした」と通報を受 け、救急車(No.1)がJR 朝霧駅の北側に派遣される。およそ20:40「歩道橋で喧嘩がおきている」 と110番通報があり、警察が歩道橋の北側階段に到着。ほぼ同時刻「子どもが歩道橋から落ちた」と いう男性の怒鳴り声に、本部消防士が歩道橋の北側階段を上ろうとしたが、警察に止められ橋の上 で何が起こっているのか確認できなかった。この危険な状況に救急隊が気付き、消防署に大規模災 害に対する緊急派遣を依頼したが、多数の119番通報とジャミングによる無線の妨害により通信司令 部はパンクしていたため、大規模災害に対する緊急派遣の決定は遅れた。

3)トリアージと搬送

 多数の傷病者を区分するためトリアージが始まったが、状況を完全に把握できない中でのト リアージは非常に困難であった。歩道橋の北と南にfirst-aid stationが設置されたが、二ヶ所目を 設置する前にすでに4人の子どもが心停止で近くの病院に搬送され、その後、2人の心停止の子ども を含む4人の傷病者が同じ病院に搬送された。この不足の出来事は数々の混乱の中で生じたものであ る。84人の傷病者が近隣の病院に搬送されたが、問題は6人のCPA患者が同じ病院に運ばれたことで ある。

4)傷病者

 その日、救急車で搬送された患者84人、自力で、もしくは家族に連れられて病院を訪れた患 者37人の計121人が病院を受診した(事故後に訪れた患者を含めると合計258人)。負傷者219人 (CPA11人、重症者2人、中等症者20人、軽症者186人)、病人16人、両方21人であった。11人が死亡 し、そのうち9人が0〜9歳、2人が70歳以上であった。彼らは群集の下敷きになって窒息し、死にい たった。

3.検討

1)群集雑踏事故の特徴

 群集雑踏事故の特徴は、人が狭い場所で混雑している時に極度の圧力が生じ、大きな災害を 引き起こすことである。この事故は多人数が同じ目的で狭い場所を共有している場合に生じること が多く、急いでいる時もまた起こりやすい。さらに、早く場所を移動したり、この事例のように人 の流れが交わっていたり、歩行者がペースを変えたりした時に'雪崩の増加'が起こる。今回の場 合、歩道橋がびんの首のような構造をしているため、事故が引き起こされるリスクが高かった。そ こで、的確な保安計画と群集を誘導するのに十分な人出を用意する必要があった。

2)明石での群集雑踏事故に対する救急医療体制の問題点

  1. 準備が十分でなかった
  2. 事故に気付くのが遅く、通報が遅れた
  3. first-aid stationを二ヶ所に分けた
  4. 通信の混乱の中で、救急隊員が傷病者の搬送先を決定した
  5. 結果として、6人のCPA患者全員が同じ病院に搬送された

4.考察

 事故を回避するための明確な提案として、地域の特徴を理解しなければならない。また、救急医療体制におい て、以下の6つのポイントがある。

  1. 通信方法の改善
  2. 大規模災害時の緊急対応システムの基準や消防署からの依頼方法を見直す
  3. 近隣での協力体制や支援体制を再調査する
  4. 日ごろから地域救急医療体制を準備し、改善する
  5. 顧問の救急医療体制を設立する
  6. 現場に救急医を派遣するシステムを設立する


諏訪湖における救急艇による水上救助活動の試み

上條幸弘ほか、日本集団災害医学会誌 7: 118, 2002


 諏訪湖は周囲が約16 Kmで、諏訪市、岡谷市、下諏訪町に囲まれており約134,000人の人口を有す る観光地である。諏訪赤十字病院は1999年8月に移転新築し9月に地域の基幹医療施設であり、地 域災害拠点センターとして開院した。病院は道路を隔てて諏訪湖に接しているが、新築の際に病 院と隣接し諏訪湖に流入する中門川に船着場が設置された。

 この地域は東海地震の際に被災を受ける可能性があり、最近、地震防災対策強化地域にも指定さ れた。こうした背景を踏まえ、大規模災害時に陸上交通手段が絶たれた場合に、諏訪湖を利用し た水上輸送による患者搬送や、諏訪湖での水難事故に際し災害現場での救護救助活動を行なう可 能性がある。これらの遂行を目的として2003年3月に病院内に救急艇連絡会を会員27名で設立し賛 助金を集めモーターボートを購入し水上救助活動の導入を試みた。モーターボートには患者搬送 用のスクープストレッチャー、夜間照明ライト、3台の無線機を備えた。

 また、諏訪赤十字病院救急艇運行管理要綱案を第1条から第9条まで策定し、目的(第1条)運行 (第2条)、運行基準(第3条)、安全管理(第4条)、緊急運航に伴う報告(第5条)、事故発生 時の措置(第6条)、損害賠償(第7条)、経費等の負担(第8条)、その他(第9条)を定めた。

 救急艇連絡会の会員27名は、医師4名、看護士3名、薬剤師1名、放射線技師6名、臨床工学士3 名、事務員など10名より構成される。この内、4名が4級小型操縦士船舶免許を取得している。さ らに日本赤十字社による救急法救急員養成講習会に、医師・看護士以外の職員20名が参加し救急 法の知識と技術を習得した。また春から秋にかけて毎週1〜2回操船訓練や救助訓練を行なってい る。

 救急艇出動時のチームは、医師1名、看護士1名を含むなるべく異なる職種の5名から更生され、 このうち1名は操船の熟練者とした。救急時における救急艇出動手順は、諏訪湖安全対策警察連絡 協議会から病院社会科に救急艇の出動が要請され担当のチームが出動する場合と、事故や災害に 対し自主的な判断により出動する場合がある。諏訪湖安全対策警察連絡協議会以外からの出動要 請に対しては必要と判断された場合に出動する。

 救急艇連絡会の実際の活動としては、2000年より諏訪湖安全対策警察連絡協議会が主催する諏 訪湖水難救助訓練に参加、2000年より市民団体が主催し諏訪市などが共催する「諏訪湖で泳ご う・2000および2001」に要請により救護班を派遣、2001年に市民団体が主催し岡谷市などが共催 する「諏訪湖浄化と世界平和記念で泳ぐ21」に要請により救護班を派遣、2001年に市民団体が主 催し諏訪市などが共催する「よみがえれ諏訪湖ふれあいまつり2001」に要請により救護班を派 遣、市民団体が主催し諏訪市などが共催する「諏訪湖マラソン大会」では自主的に湖上より監 視・救護を行った。特に2001年7月18日に開催された第6回諏訪湖水難救助訓練では、訓練想定と して意識不明の落水者2名の救助に際し、諏訪赤十字病院に救護要請があり救急艇が出動した。こ の際の問題点として、救急艇の出動に約10分の遅れがあった、水中からの落水者の引き上げが少 し不慣れである、などが指摘された。

 諏訪湖では毎年約1〜2件の水難事故が発生し死亡者も出ており、警察や消防、諏訪湖安全対策 警察連絡協議会が捜索や救助に当たっている。そんな中、諏訪赤十字病院は諏訪湖における水難 事故による救急患者の早期救助・治療が円滑に出来るような体制を目指し、病院独自の救急艇を 有し消防署や諏訪湖安全対策警察連絡協議会と連携をとり救急医療に当たっている。

 諏訪赤十字病院救急艇連絡会の問題点として、時間的制約などにより操船訓練や救助訓練が特 定の要員に偏る傾向があり、年間をとおした訓練計画を立て実施していく必要性がある。また計 画的な水難救助訓練参加やイベントでの救護班派遣は行なっているが、地域災害医療センターと しての救護班と救急艇による救護班が一部異なるため、勤務中での救急要請に対し救急艇要員の 派遣が常に可能であるかも検討課題である。

 先に述べたように諏訪湖周辺は地盤が軟弱であり大地震の際に港が使用できるか、港を使用し なくても湖岸からの出航や寄航は可能であるかも不明であり、このような検討も行なう必要があ る。

 今後は水上救助活動を地域社会の中でシステムとして構築していく必要がある。


自衛隊災害派遣と合同防災訓練(特に医療救援に関して)

箱崎幸也ほか、日本集団災害医学会誌 7: 123, 2002


自衛隊の任務

阪神・淡路大震災

 自衛隊の医療救援をはじめとする災害派遣活動が迅速に行えなかった。

 原因:地方公共団体の被災状況把握が困難→自衛隊派遣要請の遅延

 問題点:

 上記の問題点改善の為、法律改正等を中心とした整理・所要の処置、地方公共団体から自衛隊への要 請手順や連絡方法の明確化、自衛隊をも包括した実践的な防災計画の作成、自衛隊と地方公共団体と の合同防災訓練等が実施されてきた。

合同防災訓練

 近年、自衛隊と地方公共団体との合同防災訓練が数多く実施されているが、医療救援活動を中心と したものはほとんど行われていない。より実践・合理的な合同防災訓練を行うためには以下の点に留 意する必要がある。

  1) 指揮・統制機能:災害発生直後の操作救助活動

2) 事前調整会議
 医療救援訓練の計画立案

3) 自衛隊の派遣体制
 迅速な捜索救助・療救援活動

4) 実際の合同防災訓練の運営
 実際の災害に役立つ合同防災訓練


戦傷外科病院における国際医療救援活動

石川 清ほか、日本集団災害医学会誌 7: 130, 2002


 冷戦構造が終結したあと、世界は地域武力紛争の時代を迎え、最近10年間に世界中で発生した武 力紛争は100以上を数える。これら近年の地域武力紛争は1つの人為災害と考えられ、新しい災害(人 道的危機)Complex Humanitarian Emergency(CHE)という概念で捉えられている。すなわちCHEとは、 貧困や低開発が存在する国や地域で、宗教や民族性の違いなど、様々な潜在的要因が絡み合って発 生する武力紛争で、多数の難民や国内避難民を生み、食料不足や非衛生な状況が加わって過剰の死 亡や羅患を来すとするものである。

 本文はCHEの代表例であるスーダン国内の紛争による負傷者の救援活動を行っているICRC(赤十字国 際委員会)ロピディン戦傷外科病院で、ICRCの要請により2000年10月から3ヶ月間、スーダン紛争犠 牲者救援活動に従事した麻酔科医による活動報告である。

 ICRCは1969年からスーダン共和国内での紛争による負傷者の救援活動を開始し、現在ではその活動 内容は、抑留者訪問、安否調査、赤十字基本原則・人道法の普及、生活必要物資の配給、ワクチン の普及、母子看護、健康教育、義肢製作センター、プライマリーヘルスケア等非常に多岐にわたっ ている。医療援助活動を行っているロピディン病院は、現在、ICRCによってすべて運営されている 世界中でただ一つの病院で、最も組織化された病院といえる。スーダン国内での紛争が激化し、そ の要求が高まるにつれて病院の規模も拡大し、現在ベッド数は560ベッドを有し、2つの手術室、 ICU、術後病棟、10の病棟、機能訓練部門、滅菌室、レントゲン、給食、ランドリー、検査室、薬局 などの設備も整っている。

 スーダンからの患者はロピディン病院にICRCや国連の飛行機で搬送されてくるが、その距離は遠 く、また患者が搬送されるのは天候、スーダン側の飛行許可等色々な制約があり、病院に着くまで 何日もかかることも稀ではない。そのため受傷部位は古く感染を伴っていることが多く、重篤な患 者は病院までたどり着けなかったり、結果的に四肢切断手術が必要となることが多い。実際に治療 を受けることなく死亡している患者の数は推し量ることは出来ないが、恐らく相当な数であると思 われる。その反面、病院に搬送されてくる患者は、助かる可能性の高い若い患者がほとんどである ことから、病院内で死亡する患者は少ない。患者の疾患については、銃による外傷で創部のデブ リッドメントを必要とする患者、四肢切断を必要とする患者、やけど、腸閉塞、ヘルニア嶺頓、帝 王切開を必要とする産科救急、ワニや蛇に噛まれた傷、破傷風等のほか、内科疾患としてはマラリ アを始めとし熱帯病も時々見られる。

 ICRC戦傷外科病院の外科チームは毎日20件の手術を行い、原則として各患者に対して週1回術後回診 を行うが、一日で数十名の患者を短時間で診察し、治療方針を決定して指示を出さねばならず、外 科チームには豊富な知識と経験が要求される。各国派遣員は3ヵ月から一年の契約で交代するた め、外科的な手技や治療方針には一定の基準が必要となり、すべてのスタッフが従うべきICRCのガ イドラインが定められている。これは治療の一貫性を保つために不可欠で、現地スタッフはその一 貫性を維持する重要な役割を担っている。ICRCのテキスト「Surgery for victims of war」等の中 に、外科的な手技や治療方針、麻酔管理、術後管理に関しては詳細に記載されている。このガイド ラインや方針は、ICRCの長年の歴史の上に出来上がったもので、スタッフ各個人の好みで変えられ るべきものではない。

 ICRC戦傷外科病院における麻酔科医の業務内容は、周術期管理、麻酔担当の現地のスタッフの教 育・管理、輸液管理、術後患者の管理、救急患者のトリアージ等である。麻酔方法は、ICRC戦傷外 科病院の原則「simple and safe」を実行すればよいのでそれほど困難ではない。ほとんどの麻酔は ケタミン麻酔あるいは局所麻酔である。吸入麻酔を用いるのは、小児麻酔、開胸開腹術、開頭術等 の麻酔に限られる。術中のモニター機器は、血圧計、パルスオキシメーターしか使用できず、安全 な麻酔を行うためには、臨床所見を重視するのが基本であり、人間の五感によるところが重要であ るとする考え方である。ケタミン麻酔が一般的な麻酔である所以は、簡単、安全、安価という理由 からである。ICU管理についてもIRCU戦傷外科病院の方針があり、使用する薬剤、医療機器について は限られたものしかなく、一定の基準を設けている。ICUには酸素はあるが、それ以外の人工呼吸器 は設置していない。人工呼吸器がない理由は人工呼吸器を必要とする患者は当然それ以外の集中治 療が必要となり、その結果、病院の多くの資源を費やし、戦傷外科病院の基本的な医療のみを行う という方針に反することになる。

 戦傷外科病院の目的は、患者に完璧な医療を提供するのではなく、むしろ基本的な医療、理想的にはその地域で一般的とされる医療を提供することである。この医療は日本の医療とは根本的に異なり、災害時に行う災害医療に通じるものであり、実際、今回の経験がもし日本で役に立つとすれば災害の時であろうと思われた。災害医療には「善意だけでは災害救護はできない」という言葉がある。これはいくら善意、熱意があっても、十分訓練された技 術、能力がなければ、実際の災害の現場では邪魔になるばかりで真の災害救護は行えない。これは今回のようなミッションにおいても言える。わが国の国際貢献での人的資源の提供が言われる中、国際医療救援活動に参加を希望する日本人医師も今後増加するものと思われる。有意義な活動を行うためには、十分準備、覚悟をした上でのぞむ必要がある。仕事、仕事以外を問わず各国派遣員や現地スタッフと十分なコミュニケーションを保つためには、十分な語彙力をもち会話が何の支障もなくできることが必要であり、また事前に病院で使用される特殊な略語や用語、戦傷外科の基本、ICRCのスタンダード、方針等をすべて理解することも必要となる。さらに活動は決して楽ではなくストレスの多い毎日であることも十分心しておくべきである。しかし、国際支援に対する熱い思いを実現できたことは非常に幸運であった。


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