災害医学・抄読会 2003/09/05

災害医学、災害医学研修への提言

(石井 昇ほか:救急医学 26巻2号 Page139-145、2002)


【医学生に対する災害医学教育】

 1995〜2000年にかけて実施されたアンケート調査結果を見ると、経年的に災害医学教育を実施してい る医療機関の増加はみられるが、現在なお1/3の医学教育機関では未実施の状況である。また、2000 年に実施されたアンケートの「臨床実習に災害医療訓練を取り入れていますか?」という問いに対して は56校中、取り入れていると回答したのは4校のみであった。

【わが国の災害医療従事者に対する災害医療教育・研修の実施状況】

  1. 日本集団災害医学会による「災害医療セミナー」

     阪神大震災後の1996年3月16日に日本救急医学会(災害医療検討委員会)の主催により、医療従事者を 対象として第1回災害医療セミナーが開催された。その後、日本集団災害医療研究会(現・日本集団災 害医学会)の発足に伴い「災害医療セミナー」が継続実施されている。

  2. 厚生労働省による災害医療研修

     「災害医療従事者研修」(対象:災害拠点病院および救命救急センターの医療従事者)、「医療従事者研 修」(対象:都道府県の推薦医療チーム)、「救護班要員研修」(対象:各国立病院・療養所の救護班)な ど計画中のものも含め5つの研修プログラムが実施されている。

  3. 都道府県の基幹災害医療センターでの取り組み

     災害医療体制の整備推進の一つとして災害拠点病院が設立され、その構想の中で都道府県に1ヶ所設 置されることになった「基幹災害医療センター」は、医療従事者に対しての災害医学教育・研修の実施 が義務付けられ、都道府県単位での災害医療研修会が実施されるようになってきている。

【欧米における災害医学教育、災害医療研修】

 欧米では、約30年前から系統的な災害医学教育や災害研修プログラムの作成に着手している。

  1. フランス

    1972年より自然災害・人為災害時の傷病者に対する外科的・内科的処置が行える資格を与える2週間71 時間コースを年2回設けている。

  2. 米国

    Fema(緊急事態管理庁)や各州主催による種々の災害医療の教育・研修コースが多く実施されてい る。

  3. 北欧

    1975年にISDM(International Society of Disaster Medicine)が設立され、医療従事者の職種別・レ ベル別のカリキュラムが作成されている。

【災害医学教育充実への具体的な提言】

  1. 卒前・卒後の医学教育内容に、ACLS、ATLSのような救急救命の基本的な教育研修の必須化

  2. 底辺を拡大できる研修方式の導入

     現在、国立病院東京災害医療センターで実施されている災害拠点病院に対する災害医療研修の方式を 基幹災害拠点病院に、基幹病院は地域拠点病院に、地域拠点病院は地域の医療機関や医師会などに実 施するという底辺拡大方式を採用する。

  3. 職種別・レベル別の教育プログラムを作成

  4. ビデオ・コンピューターシュミレーションなどによる教育機材の開発

    日常的に多忙な医療従事者に定期的な研修を継続実施することは難しいので、余暇を利用した自己学 習が可能な教育器材を作成する。


産業事故

大橋教良:山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、p.133-39


 わが国では比較的規模の大きい化学災害は工場での事故(産業事故)が大部分である。産業事故の 明確な定義はないが、ここでは主として「化学プラントを含む事業所での製造、貯蔵過程、および化 学物質の搬送中における漏出、火災、爆発、異常反応」を中心に化学物質に関連した事故の発生の実 態を示す。

 化学物質の関連した産業事故の発生頻度を調べたところ、死傷者合計20名以上の比較的規模の大き い事例はわが国ではおおむね年1件以上発生している。同様に、1997年1月から1998年12月までの2年 間に、死傷者の多少にかかわらず化学物質が関与したと思われる全事故(災害)例は少なくとも全国 で148件、年間74件判明している。このことから、数十名以上の人的被害の出る規模の大きい産業事 故が年1回程度発生する背景には、実はその数十倍の小規模事故、ニアミス事故が発生していること が明らかである。これらの大部分は結果としては人的被害は少なかっただけで、状況次第では多数の 被害者が出てもおかしくない事例であることが重要である。このように数十名規模の事故が起こる可 能性は常にあり、数十名程度の来院が予想される産業事故の可能性は常に念頭に置き、病院の体制整 備、訓練などを行う必要があるといえる。

 化学プラント(あるいはその他の事業所)での製造、貯蔵過程における化学物質の漏出、火災、爆 発、異常反応による事例における関連化学物質で、最も頻度が高いものは重油、軽油などの貯蔵して ある燃料が何らかの理由で事業所敷地内外に漏出するものであるが、全体では一般市民の日常生活で はまず遭遇することの無いような物質も含めて非常に多岐にわたる。

 これらの事故における問題点としては、「原因物質に関する情報」と「事業所と住宅地の近接」が ある。前者は、自己の当事者が自分に不利な情報を故意に隠すというばかりではなく、複雑な化学反 応の途中で漏出した物質の毒性や対処反応を当事者自身、あるいは上司が十分に把握していない可能 性がある、という危機管理の問題点でもある。前記のように原因物質は多岐にわたるので、それぞれ の物質の特性や対処方法などの情報を速やかに入手、公表する体制が重要である。後者は、開発途上 国やわが国でも都市近郊の工場団地などで問題となる。事業所と住宅が近接する都市近郊の工場地帯 では前記の情報不足とあいまって被害が拡大、あるいは多数の住民がパニックに陥る可能性が高くな る。

 化学物質搬送中の事故の原因もガソリン、軽油、灯油など多岐にわたり、年々発生頻度は高くなっ ている。その他の問題としては、@高速大量輸送化、A搬送の実態が把握できない問題点などがあ る。前者は、大量輸送、高速輸送の時代という背景によって起こる問題である。旅客機の墜落や高速 鉄道の脱線転覆などと同様に、ひとたび化学物質搬送中の事故が起こると想像を絶する規模に被害が 拡大する可能性がある。後者は、タンクローリーや鉄道輸送では、いつ、どのような物質が、どれく らい搬送されるかという個々の情報を通過するすべての自治体があらかじめ知ることは事実上不可能 であるという問題である。そのため、初期対応が遅れることとなり、仮に運転手などの搬送の当事者 は何を搬送しているか知っていたとしても、事故に巻き込まれ人事不省に陥った場合には情報が伝わ らなくなる可能性がある。

 船舶の衝突、沈没などによる燃料の流出事故の問題点は、前記の大量輸送にともなう問題点以外に も、付近住民や除去作業に従事した人の健康被害のみならず海流により広範囲にわたる環境破壊をも たらすこともある。

 その他の産業事故として、原子力産業にともなう事故があるが、1999年に原子力関連施設でわが国 で初めての臨界事故が発生したことにより、原子力関連施設といえどもここで述べた他の化学プラン トと同様に産業事故はゼロではないことを念頭に置く必要がある。

 その他危険物や毒物、劇物により事故が起こるばかりか、思いもかけない状況で化学物質が関与し た事故が発生することも念頭に置く必要がある。

 このように産業事故の被害を最小限に食い止めるためには原因物質に関する情報を速やかに入手す る必要があり、中毒情報センターの機能を有効に十分に活用することが必要である。


トリアージと法的問題

(杉本勝彦、山本保博ほか監修:トリアージ その意義と実際、壮道社、東京1999、p.114-23)


 わが国では、全ての傷病者は原因の如何にかかわらず、その傷病程度に応じて適切な治療が受けられ ることを原則としている。しかし、災害時には十分な医療供給能力が期待されず、通常であれば治療 が受けられる傷病や病態であっても、災害時の特殊な医療事情により診療を受けられない可能性があ る。また、その結果、最終的に治療が受けられなかった傷病者の中には、生命予後・機能予後に重大 な問題を発生する可能性もある。

 トリアージの大きな目的は、このような重大な問題が発生しないよう(適切な治療が行われるよう) に治療の必要性のある傷病者を選択することにある。

1.障害時の傷病者の分布

 災害時の傷病者の医療を受ける必要性(治療の適応)と実際に治療を受けられる可能性(実際の治 療)の二つの要素で分ける。絶対的に治療を受ける必要性がある適応(+)の傷病者が、実際に治療 を受けられる(I型)か、治療を受けられない(II型)、可能性と治療の適応はなくても実際には何 らかの治療を受けられる(III型)か、あるいは実際の治療は受けられない(IV型)である。

2.トリアージに関する諸問題

1.トリアージ自体が容認されるか

 災害時の救援医療の目的は、一人でも多くの傷病者の治療を行い、その生命予後や機能予後の悪化 を予防することにある。このトリアージを行うことによってV型に対する無駄な努力を減らし、その 結果U型の傷病者を極力少なくすることが可能となる。

 今までわが国では、トリアージの合法性ついて法学会でこれを検討したものがあるわけではない。 しかし、原則的に医師が治療すべき傷病者を選別することは法理によって合法化され、民事・刑事の 責任の責任を生じさせないことが一致して認められている。

2.トリアージ判断の妥当性

 民事と刑事の法的責任は、あくまでも行為の時点の合理的な判断により結果の発生が回避できたか どうかで決まる。事後的にどちらの選択がベストであったかが問題にされるのではなく、その時点で は最良と考えられるトリアージを行った場合には結果的にU型の傷病者が生じ、さらにそのU型の傷 病者の機能予後・生命予後に重大な問題が生じても、そ のトリアージの判断が直ちに問題となる可能性は少ないと考えられる。 問題となる可能性がある状況・収容能力と診療者の量的問題

3.トリアージ施行者―トリアージオフィサーについて

a.医師以外のトリアージ

 トリアージを診療行為と考えると、原則的には医師以外の職種ではトリアージは行えないことにな り、すべてのトリアージは医師が行わなければならないが、災害時に行うべきトリアージは医師だけ に許されるという考え方は現実的ではない。

 トリアージは災害医療を効率よく展開する最初の過程であり、行為ではないと定義する考え方もあ る。災害医療の効率から考慮すると、トリアージは医療行為とするよりも、むしろ治療や搬送の順位 付けのための1つの過程であると判断されるべきではないだろうか。

 救急救命士、救急隊員はまずトリアージを行い得る可能性が実際には高い。トリアージを搬送の優 先順位を決定するための1つの過程であると判断することもできるのではないだろうか。また、看護 職員、保健婦などの医師以外の医療に関係する職種の人員も病医院などで、可能性が医師の指示の下 でトリアージを行うのに問題はないと判断される。

3.レポート担当者(学生)による考察

 災害時の救援医療を有効に展開されるためには、トリアージは必須の初期過程であり、適切な人材に よって積極的に行われるべきものである。しかし、トリアージを実施するにあたっては、その意味付 けなど明確にすべき部分が残されている。今後、災害時のトリアージが円滑に行えるよう、医療の面 からだけではなく、法律の専門家たちによるトリアージに関しての具体的な検討が急速に行われるべ きである。

 また、いつ起こっても迅速に対応できるように公的、自治体、民間、また病院単位で独自のマニュア ルを作りその共有と協力が必要と考える。特に、トリアージについては未解決の問題が多いが、トリ アージを判断する人が救命士であれ、看護士であれ医者であれ、個人の基準にまかせるのではなく、 標準的な分類方法を示すガイドラインを規定することもひとつの手段ではないだろうか。そのガイド ラインを厳守というわけではなく、現場で臨機応変に対処すればいいと思うが、ある程度の基準やそ の教育は必要だと考える。


Lifeline ― ロサンゼルス水道電力局

(小川和久:ロスアンゼルス危機管理マニュアル、集英社、東京、1995、p.100-13)


 LA市水道電力局は地方自治体が運営する公益組織で、LA市全域にサービスを行っている。ノースリッ ジ地震では、LA市の電力システムは完全に運転を停止し、市内への電力の供給を断たれた。しかし、 地震発生当日の昼には加入世帯の1/3に対して、夜には60%の世帯に電力の供給ができるまでに 復旧した。水道の関係では、震源地に近いサンフェルナンド・バレー地区に水を供給しているシステ ムが最大の被害を受け、地震直後この地域の2/3を超える地区への水の供給がストップした。地震 から2日目と3日目に水道の供給がストップした世帯は少なくとも5〜10万件にのぼったと推定さ れるが8日目には全面復旧した。

LA市水道電力局地震報告書(抄)

〇ロサンゼルス市の電力システム

電力の供給源としては、州自前の水力・火力・原子力発電のほかカナダの天然ガスやネバダの石炭を もエネルギー源とする。市内の変電所では変圧器が設置されており大口利用者や配電所に送られ、各 利用者に電力が供給される。ロサンゼルス市水道電力局の電力システムは多重バックアップシステム を備えており、電気的性能や耐震性能から見て強固なシステムであると考えられる。

〇装置別故障発生の有無

1971年以降に実施した電力システムの改善作業により、被害の範囲は大きくならずにすんだ。最も有 効に機能した地震対策の1つが振動テーブルでのテストを実施した上で変更したデッドタンク回路遮 断器であった。その結果、地震で故障した遮断器は1つもなかった。

変電所での被害の原因はセラミック碍子が破損して導線とともに落下し、碍子が他の装置に触れたた めであった。碍子の強度が高まったことと、今回の地震の揺れが大きかったため、セラミック碍子に かわって、金属部分に破損が生じた。地割れが確認された地域では、変圧器のブッシングに大きな被 害が発生した。送電鉄塔の土台付近で地滑りが発生したため、鉄塔が破損した。

〇電力システムの耐震性向上

耐震設計基準については見直しが必要であり、今後新たに建設する施設については、改善した耐震規 格を適応すべきである。一例としては地震発生時の地面と構造物との相互作用の問題がある。地震発 生時の装置の性能に関して、地面と構造物との間に働く力学がどのような役割を果たすのか見極める ため新しい方法を設計手順に組み込む必要がある。

〇結論

全般に1971年の地震に比べ、電力システム機器の耐震性能が大幅に向上していたことが確認された が、中枢部分に被害を受けながらも、サービスの復旧を達成したのはロサンゼルス市水道電力局職員 の献身的な努力によるものである。

ロサンゼルス市の水道システムの被害

 今回の地震では配管に広範囲に及び被害が出たものの、1971年の地震後に実施したインフラストラク チャの大幅な改善により、水道処理施設やポンプ施設、主な貯水池、貯水タンクの主要施設における 軽微な被害については迅速に復旧することができた。

 ロサンゼルス市は4つの導水路から供給されており、そのうち3つが地震後送水を停止した。主送水 管とは市内に水を供給するための大動脈で大口径の幹線送水管をいう。古いものでは1914年から使わ れており、この配管システムが大きな被害を受けた。配水管とは小口径の給水用本管と取付管、メー ター類をいう。12時間2交代の24時間体制で1050件の漏水箇所の修理が行われた。地震から2日以降、 修理作業の支援のため、他の水道関連機関の作業員が到着し始めた。他の機関との連携により、水道 システムの復旧が早まった。

 市全体が停電となったため、地震直後はポンプ施設の運転も停止した。使用可能な場所では、補助 のディーゼル・ポンプを使用した。オゾン発生器や濾過池、逆流池などに被害を受けたため、ロサン ゼルス導水路濾過施設は操業停止を余儀なくされた。同施設が運転を停止し、地域内の塩素処理施設 も運転を中止した上に、上下水道配管の破損から水質汚染が懸念されたため、市全体に対して水を煮 沸消毒するよう勧告がでた。修理作業の進展とともに煮沸消毒勧告は市内の各地ごとに解除されて いった。

相互支援

 相互支援協定に基づき、他の水道関連機関が復旧作業などで支援を申し出た。

 勤務時間外に緊急事態が発生した場合の対応

  1. マグニチュード5未満の地震が発生した場合各地区の管理責任者は事故委員会に連絡を取り 状況の把握に努める。

  2. 市の境界から40km以内でマグニチュード5以上の地震が発生した場合、ロサンゼルス市内 の施設に重大な被害が発生した場合、職員は所属部署に連絡を取り、情報収集、状況を判断する。

  3. 大地震によってすべての通信手段が失われ、公益サービスが停止したり、ロサンゼルス地域 に甚大な被害が生じた場合、水道区の全職員は所属部署に連絡を取る。


第1部 事故原因の調査及び判断

(明石市民夏まつり事故調査委員会:第32回明石市民夏まつりにおける花火大会事故調査報告書 2002年1月、p12-27)


第1章 花火大会が大蔵海岸で行われるに至った理由とその経過

 明石市民夏まつりは、2001年で32回目を迎え、近年は1日あたり15万人の人 出があり、2000年まで会場としていた明石市役所周辺では、歩行者天国による交 通のトラブルや、住宅地に近いために保安距離の関係で花火の規模を小さくする 必要などがあったため、新規会場を模索していた。そこで、候補に挙がったのは、 1991年から開発が進められてきた大蔵海岸である。大蔵海岸では、1998年・2000 年の二回にわたって、大規模なイベントが行われており、また保安距離も十分で あるため、それらのイベントでは大きな花火が打ち上げられていたという実績が あった。その実績を評価し、特に想定される人出、それに対応できる往路帰路の 有無、そしてそこでの誘導方法など安全面への検討を行わないまま、主催者側は 2001年4月、2日目の花火大会を大蔵海岸で行うと決めた。

第2章 主催者側の警備体制

 以前、明石市役所周辺での夏祭り行事は、所轄警察署に警備依頼をするととも に、主催者側が直接個別に地元警備会社数社と警備委託契約をして対処していた。 その際には、特に全体の警備計画書を作ることもなかったが、その体制で特に大 きな混乱事故などを生むことなく経過していた。しかし、2001年からは明石市役 所周辺と大蔵海岸の2会場で行事を行うため、従来の警備体制の見直しが必要で あると考え、また所轄明石警察署からも雑踏警備に実績のある警備会社を元請け とし統括させ、下請け警備会社を配置して指揮命令系統を徹底するピラミッド型 の自主警備体制の確立を要請されていたこともあり、2000年に大蔵海岸で行われ たイベントで警備責任者として実績を残し、また各種イベントでも雑踏警備で優 秀な実績を持つ、株式会社ニシカンの大阪支社長N氏に警備を依頼した。主催者 側の市担当者は、N氏に警備計画案を6/1付けで示し、警備計画書の作成を依頼し た。それを受け、7/9に、明石市商工観光職員・N氏・市内警備会社8社を招集し た、第2回警備業務説明会にて、同日付の警備実施計画書が全員に示された。し かし内容は、2000年末に行われたイベントと酷似しており、特に今回の事件が起 きた朝霧歩道橋付近に関する雑踏警備対策部分や大蔵海岸会場対策部分などは特 にそれが顕著であった。以上より、警備会社側として今回の夏祭りにおける人出 などを考慮した警備案の再考を充分に行わず、今までの経験から、もし仮に混乱 が起こっても臨機応変に警察の援助を得て対処すればよいという程度の考えしか なかったと思われる。

 JRならびその他の公共交通機関との事前協議でも、十分な協議が行われず、こ れも事件発生の一つの要因になったと考えられる。

第3章 所轄警察署の警備体制

 所轄警察署との協議は、主催者と警備会社側の三者を交えて2001年4月頃から 繰り返し行われていた。通常、警察はこのような雑踏警備では「雑踏警備実施要 項について」と題する例規に従って行うことになっている。この例規では、危険 防止の措置の一つとして、「著しく混雑する場所など転倒しやすい場所について は警備要員を配置し、広報活動を行うこと。」や「橋などの転倒しやすい場所で しかも群衆が集まるおそれがある時の事故防止措置をとること」などが挙げられ ている。

 しかし、所轄警察は過去のイベントでのいわゆる暴走族と警察との衝突事件に 主眼をおき、今回の警備において、警察の仕事は暴走族対策であると、同警察署 署長が事前協議の中で発言していた。前述のような危険防止に対する事前処置と しては、最寄り駅の歩行者対策を万全にすることと、大蔵海岸には駐車場用地が ないとの広報すること等の指摘のみであり、積極的に綿密な群衆整理の方法や危 険防止の措置案に関して協議が行われた形跡は認められない。

 また、2000年末のイベントで55,000人の人出があった際に、すでに今回の事件 が起こった場所で、20分以上にわって、1平方メートルあたり15人程度のひしめ き合いが起こっており、事前に人出が15万人程度と予想されていた夏祭りに関し てが事前に周到な措置を講じておく必要は十分にあったと考えられる。


避難所における人間関係

(小西聖子:現代のエスプリ1996年2月別冊、p.88-95)


 阪神大震災ほどの規模で長期的な避難を行ったのはわが国では初めてである。このような長期的な避 難所の集団生活においては物質面のみならず、人間関係におけるストレスが生じることは想像に難く ない。筆者らは震災後、被災者のトラウマに対するストレス反応の軽減を目標の一つとして、ボラン ティア活動「心のケア・ネットワーク」への参加者のトレーニングを行ってきた。しかし、避難所生 活が長期化するとともに、被災者の抱える問題もまた変化し、避難所の生活から来る被災者の慢性的 なストレスにボランティアは直面するようになった。言い替えれば地震に関するトラウマへの対応だ けを考えていてはメンタルな援助を十分には行えない状況にたちいたった。よって筆者らは避難所の ニーズに合わせ、活動の形態を変更することになった。ここではボランティアの残した貴重な記録を もとに、阪神大震災における避難所のメンタルヘルスの問題を考えていく。

〇「心のケア・ネットワーク」訪問活動形態

 ボランティアの組織化⇒訓練⇒芦屋西教会⇒避難所

〇設備、物質面に関する問題

  1. 食事面
  2. 衛生面
  3. 居住性
  4. 保安

〇人間関係の問題

 図(省略)

〇孤立

 記録例:

地震以前の未亡人ゆえに身軽扱いされる。 一日中酒の匂いがし枕元にもカップ酒。 息子の精神分裂病で疲れているとこに地震が起きさらに追い討ち。など。

〇集団生活への不満と気兼ね

記録例:

ボランティアとの人間関係。
他人のいびきが大きくて眠れない。
自分のいびきが他人へ迷惑かけていないか心配。
避難所内での細かいルールが辛い。
仮設住宅が当たったことが嬉しくても周りに気兼ねして喜びを表にあらわせない。
家族だけで話ができない。など。

〇家族間の不和・虐待

記録例:

父親が言うことを聞かない子供にタバコを押し付ける。
自分のストレス解消のために自分の赤子をいじめる母親。
親子がバラバラに離散し、母親が非常に不安定で攻撃的。
疲れから夫婦喧嘩が絶えない。


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