集団災害とは: 通常の救急医療能力の範囲を超える多数の傷病者が同時に発生した場合
わが国では集団災害医学は1995年の阪神淡路大震災や東京地下鉄サリン事件等を契機に見直 され、2000年の九州沖縄サミット対策や2001年の炭疽菌テロを疑わせる白い粉事件でその成 果が現れつつある。しかし、災害現場で多数の傷病者が発生した場合、中心となって機能す る救急医の役割は理解されていない。つまり、医師が災害現場に駆けつける日常的な制度は 一般に整備されていない。
欧米と比較して、わが国では医師でなければ出来ない医療行為の制限があり、救急隊員や救 急救命士が病院前救急の現場で施行可能な救急処置が非常に限定されたものになっている。 これは非災害時には現場で緊急を要する医療行為が比較的少ないと考えられているからであ る。しかし、集団災害では、多くの傷病者が適切な医療機関へ迅速に搬送されることは期待 できない。また、特定の医療機関へ多数の傷病者を集めても、その医療機関が多数の傷病者 で溢れかえって第二の災害現場になってしまう恐れがある。
このような事態では、現場で傷病者の病態を把握して治療の必要性や優先順位を明らかに し、適切な方法で適切な順番で搬送するべく手配し、限られた医療資源を有効に活用するこ とが望まれる。
現場でのトリアージ・救急処置・搬送待機は、現在では救急救命士や救急隊員によって行わ れているが、傷病者の病態把握に基づいた生死を分ける医学的判断は、理想的には医師に よって行われるほうが望ましい。また、気道確保の為の薬剤を用いた気管内挿管や、緊張性 気胸に対する胸腔ドレナージなどは現場で施行されると予後の改善を期待できる。さらに簡 単な創傷処置や現場での死亡確認などが行えれば搬送や医療機関の過度な負担を軽減するこ とになる。
今後わが国も、集団災害の現場で救護体制を指導出来る救急医を養成することが必要であ る。またその養成プログラムの開発や現実的な災害対応訓練を、積極的に検討すべきであ る。
ウイルス性出血熱は、ラッサ熱、エボラ出血熱、マークブルグ出血熱、クリミアコンゴ出血
熱の4疾患をさし、国際伝染病として指定されており、同時に我が国では重篤な疾患とされ1
類感染症および検疫伝染病に指定されている。しかし、これらの空気感染が否定された現
在、兵器としての殺傷能力は低く、また、潜伏期間が長いことからも、主にパニックを期待
することでしか利用できないかもしれない。ところが、我が国のほとんどの医療機関がVH
Fsへの対応に問題がある上に、情報の迅速さとその国民性が加味することで、国民はパ
ニックに陥り、我が国の経済破綻、ついには世界各国の経済にも多大な影響を与え、テロリ
ストにとっては効果は絶大と言える。つまり、テロ抑制のためには、第1種感染症指定医療
機関が指導的立場を取れるような環境作りが必要である。
VHFsが標的とする臓器は血管壁であり、微小血管の破綻や透過性の亢進である。炎症性
サイトトカインや細胞障害性Tリンパ球などの免疫機序によるものも疑われている。よっ
て、症候群のように症状の積み重ねを考えていたのではVHFsの診断はつきかねる。具体
的に挙げると、発熱、筋肉痛、倦怠感が共通する自覚症状である。その他にも結膜充血、血
圧低下、呼吸困難、肝障害、腎不全など、これ以外にも様々な症状が存在する。よって、テ
ロリストが事前に脅迫する際には改めてその症状を再確認する必要がある。
治療の基本は保存的対症療法である。抗ウイルス剤としてリバビリンがあり、特にラッサ
熱、クリミアコンゴ出血熱、腎症候性出血熱に対して効果が期待できる。ウイルス学的に診
断がつくまで待つことは不利益となることも否定できないため、発病防止にはできるだけ早
期にリバビリンを投与することが期待される。発展途上における不十分な治療技術でもっ
て、その疾患情報を鵜呑みにしないことが重要である。
では、いざ確定診断をつける際、そのウイルス検索は国立感染症研究所ウイルス部へ依頼す
るわけだが、その時の検体の移送には厳重な注意が必要である。病日によって結果は異なる
が、血液、血清、尿、咽頭スワブ、剖検材料などが検査対象であり、PCR法による遺伝子
検索、ERISA法による抗原検索、抗体検索、IgGやIgMの免疫蛍光法による検出、
さらに米国CDCへウイルス分離を依頼することになる。
CDCの提唱するStandard Precautionは妥当であるが、我が国ではまだ徹底されておら
ず、その上前述した通り、我が国のVHFsに対応できる医療機関は不足しており、危機的
状況に対処するのは不可能である。院内感染対策として、基本的には血液体液の接触感染防
御および病態により飛沫感染防御を加える。また、我が国の消毒の基準はB型肝炎ウイルス
の消毒を前提としており、いわゆるHBルーチンで十分である。そして最も感染の危険性の
高い医療関係者においては、別の健康管理システムを構築する必要があるといえよう。
〈補足〉 米国CDCの提唱するStandard Precautionとは・・・
個人防護装備(PPE)
被災者の中には災害現場を自力で離れる者もおり、さらに被災者がわずか1~2名であった場
合には予告もなく病院を訪れる可能性がある。このため救急外来のスタッフは、このような事
態に対し、個人防護衣を着る・被災者を外に出し、囲い込む・救急外来の外に除染ユニットを設
営するなどといったガイドラインの策定が必要である。
医療従事者が装着すべき防護意のレベルは危険に応じて適切なものへ変更されなければな
らず、原因物質が不明な場合には最悪の事態を想定し、呼吸防護と防護スーツを着用すべきで
ある。
手袋については、化学災害の場合、厚手のブチルゴム製の手袋と手術用の手袋とのバランス
をとることが必要となる。ブチルゴム製は脱衣や患者の移動に使用し、手術用手袋は細やかな
作業に使用する。また、手術用手袋は5分以内で透過する化学物質もあるので、手術用手袋を二
重に装着する。また5~10分ごと・新しい患者に接触する場合・汚染物質に直接触れた場合・化学
物質に敏感な場所を診察する場合に手袋を取り替えるなどの緻密な使用基準が定められるべ
きである。
汚染の可能性がある物質の廃棄
汚染の可能性がある衣服や尿、吐物などを取り扱うスタッフは、防護衣を装着しなければな
らない。衣服は二重にポリエチレンの袋に密閉して、風通しの良い場所で保管し、後にまとめ
て分析に出す。荷物は正確に名前を記入しておき、盗まれたり、散逸してしまわないようにす
る。除染時の排液は注意を喚起するラベルをつけて、一目でわかるようにする。
除染チームのメンバーに何らかの中毒症状が出た場合には直ちに報告させ、速やかにチー
ムから離脱させ、除染を経て救急外来を受診させる。
危険化学物質災害の警告と報告書
危険化学物質災害警告の書類は、災害が進行中である、あるいはその疑いがあると認識され
た時点で直ちに完成されなければならず、災害が収束した段階では、より包括的な調査書が必
要となる。盛り込む情報については地方健康局に助言を求める必要がある。
被災者に関する個人報告書については、被災者1人に対し、1つの報告書が完成されなければ
ならない。報告書には、場所、時間、暴露時間、その他災害や所見の詳細が記載される。
トリアージとトリアージ・タッグ
化学災害で被災した患者のトリアージの原則は、大災害におけるトリアージと基本的に同
様であるが、外見的には何の障害がなくとも除染の間に危機的な状態に陥る可能性も考慮し
ておかねばならない。よって、除染の間には、生命機能の維持(ABC)を優先させるか、除染過程
を促進するかという医学的判断が重要となる。トリアージ・タッグは除染が完了した患者のみ
付けられる。
行動表(アクション・カード)
指示された役割ごとにそれぞれがとるべき行動を、カードに箇条書きにしておく。行動様式
のアクションカードには、他の機関により発表された大規模災害・発災の情報を受けたとき
に、確認すべき事項・救急外来部門の汚染被災者:通常の取り扱い手順・除染の方法・特異的な
解毒剤のある化学物質による中毒の所見と症状の概要・中毒学的な情報の入手・中毒学的調査
研究のための生体試料の収集など、調査研究のための基礎知識、といった内容が記載されてい
る必要がある。
トリアージとは、災害発生時などに限られた人的・物的資源の状況下で、多数の傷病者に最
善の医療を施すため、傷病者の緊急度と重傷度により治療優先度を決めることである。一般
に、災害現場においては現場トリアージ、医療トリアージ、搬送トリアージの3種のトリ
アージを行う必要がある。これらの過程を経て病院に収容された傷病者は緊急治療群(赤お
よび黄)に分類され、現場で気管内挿管・胸腔ドレナージ・輸液などの生命の安定化を図る
治療(stabilization)が行われている。しかし、災害時には必ずしも全傷病者に対し、十
分なトリアージが行われているとは限らない。自力で受診した傷病者や家人や隣人などによ
り搬入された傷病者、また上述した3種のトリアージのうち現場トリアージのみしか行われ
ていない傷病者は、緊急治療群から死亡群までのすべてのカテゴリーが含まれている。よっ
て、災害時には病院搬送後、再度の医療トリアージを行う必要がある。この病院でのトリ
アージの目的は、災害現場や搬送時のトリアージと異なり、確定的な治療のために傷病者を
選別することにある。トリアージに際しては、傷病者の緊急性と同時に生存の可能性を十分
に考慮し、それ以前のトリアージカテゴリーに惑わされることなく確実に、しかも迅速に行
う必要がある。
ここで病院でのトリアージの実際について述べる。(図1)病院の入り口には、災害現場で
のトリアージ実施の有無によって、トリアージ部門を2つに分け、救急車及び傷病者の流れ
は必ず一方向とし、入り口は原則的に一ヶ所としている。災害現場で医療トリアージを受け
た傷病者や病院敷地内でトリアージされた自力受診の傷病者は、病院入り口や治療部門の入
り口で再度の医療トリアージが行われ、迅速に各治療部門に引き渡される。
一方、災害現場でトリアージを受けていない傷病者は、病院敷地内で緊急(赤・黄)及び非
緊急(緑・黒)に分類され、軽傷者は院外の軽傷治療部門に誘導し、stabilizationが必要
な傷病者に対しては積極的な処置を行った後、確定的な治療のための医療トリアージを行
う。こうすることで、軽症者を院内に入れずに済み、院内の混乱を避けることができる。
しかし、いくら病院におけるトリアージ部門において、迅速かつ有効な選別が行われたとし
ても、人員や物品が不足し院内の搬送に手間取ったり診療部門での治療が滞ることで、傷病
者の予後は悪化すると考えられる。そこで、病院でのトリアージを成功させるために、災害
現場と同様に災害医療の基本となる"3つのT(Triage, Transportation, Treatment)"が
ある。この3つのTが互いに連携をもち、それぞれが自律的かつ円滑に機能する災害時の医
療体制を構築することが必要である。
病院でのトリアージは経験豊富な救急医、麻酔医、外科医などがトリアージオフィサーとな
り実施するが、通常オフィサーは一人に限定するべきである。多数の傷病者が殺到する災害
時の病院では、複数のチームでの対応が必要となってくるが、この場合も各チーム内のトリ
アージオフィサーは一人に限定し、他チームと相談することなく各チームのオフィサーが担
当する傷病者の最終的な判断を下す。チームの構成は医師1名、看護士2名、事務職員1名
などとし、共通のトリアージプロトコールのもとに、それぞれの役割を果たす。
トリアージを行う際、トリアージタッグを用いて傷病者の緊急度、重傷度を示すわけだが、
以下の4群に分類される。しかし、このプロトコールは一時的なものであるため、傷病者の
数や重傷度あるいは病院の医療能力によって変更されなければならない。
(1) 緊急治療群(赤)
この群は生命の危機的状態で、直ちに治療しないと死に至る傷病者である。気道閉塞又は呼
吸困難・ショック・頭部外傷で瞳孔径に異常のあるもの・重症熱傷・多量の外出血・開放性
胸部外傷などが含まれる。
(2) 準緊急治療群(黄)
この群は2〜3時間なら治療を遅らせても状態が悪化しない傷病者であり、静脈路を確保し
厳重な監視下におかれなければならない。熱傷・腹部外傷・心筋梗塞・多発又は大骨折・脊
髄損傷・合併症のない頭部外傷(意識障害)などが含まれる。
(3) 治療保留(軽症)群(緑)
この群は最後に治療を行っても生命予後・機能予後に影響を及ぼさない傷病者であり、通院
治療が可能な傷病者である。小骨折・小範囲の外傷・打撲などが含まれる。
この群の傷病者が一番多く受診される可能性が高いため、院外の治療スペースを確保し病院
の混乱を防ぐべきである。
(4) 死亡群(黒)
この群は生命徴候が全くなく、すでに死亡している者または明らかな生存の可能性のない傷
病者である。
病院は災害の発生に伴って、入院患者の安全確保・病院の医療能力評価・施設及び設備の復
旧など数多くのニーズが発生する。災害対応体制が整っていない混乱した災害初動期にも傷
病者は殺到するわけだが、この時期の病院におけるトリアージ部門は、傷病者の殺到状況と
その重傷度あるいは病院周囲の被災状況などを迅速に把握し、災害対応体制が確立するまで
の間の医療調整を行うことが要求される。また、傷病者に対しトリアージとstabilization
のための緊急治療を行わなくてはならない。こういった状況に備えて、病院内でのシステム
の確立やプロトコールの統一をしておく必要があるだろう。
わが国の災害時医療対応は、阪神・淡路大震災時における不備や問題点を教訓に、様々な取
り組みが積極的に為され功を奏してきた。しかし、現在の災害時医療対応には改善すべき余
地があり、課題も多い。
平成13年に厚生労働省の、「災害医療体制のあり方検討委員会」が最終的に呈示した方策で
は(Table 1)、まず第1に地域防災会議への災害・救急医療専門家の参加と議論の活性
化、および災害発生時の応援要請システムの明確化を挙げ、ついで発災直後の急性期活動に
おける関係機関連携強化や、災害現場への緊急医療チームの派遣体制の整備などが提言され
た。具体的には、1)災害拠点病院、消防機関、保健所及び県・市町の行政機関などと双方向
性の連絡情報ネットワークとして、また都道府県間の広域情報ネットワークとして、イン
ターネットを活用した「広域災害・救急医療情報システム」の導入を図ることになった
(Figure 1)。2)災害現場への医療救護チームの派遣や、地域の医療機関への応急用資器材貸
し出しや支援などを行なう災害医療対応の拠点として、二次医療圏域に1ヶ所以上の「災害
拠点病院」が設置される事になった。3)広域患者搬送システムに関しては、平成13年に全国
5ヵ所にドクターヘリの運用拡大がなされ、今後全国30ヵ所での運用拡大が計画されている
など、「災害時の広域搬送システム」が整備されつつある。
これらの提言を受けて災害時医療対応の整備が進められていく事になるが、現段階では大規
模事故を含め、災害発生時の超急性期から急性期にかけての救命救急活動の具体的な予防・
準備・対応などの計画は不十分である。このように、迅速かつ適切な緊急医療の実施が困難
な状況であるため、災害発生初期の対応の遅れが常に問題として指摘されている。災害の種
類に関わらず、災害発生初動期に迅速かつ適切に対応できるような医療対応が実施可能な体
制を構築することが、今後特に重要な目標となってこよう。対応能力を向上させるには一
体、どのような点に配慮する必要があるのだろうか?
災害時の救急対応能力は、救助・救急能力、傷病者の搬送能力、医療機関の治療能力、の3
つの要素で構成され、そのうちの最も低い対応能力がその地域の災害対応能力を決定する事
になるといわれている。したがって、各々の能力のうち、どの部分が劣っているのか、改善
する必要があるのかを明確にする事が、災害対応能力の向上に重要であろう。また、情報収
集と伝達、初期探査・救出・救助、医療救護班の派遣、傷病者の搬送・受け入れ医療機関、
医療機関の連携という一連の流れがスムーズに遂行される必要があり、日常的な連携協力体
制の構築が重要になってくるという点に留意しなくてはならない。さらに、これらの災害対
応は広域の災害医療対応のみに運用されるものであると捕らえることなく、地域に限定され
るような人為的な災害時にも運用されるという認識を持つべきである。
以上をまとめると、災害発生初動機に迅速な医療対応が実施できるようにするための重要な
課題は、1)地域防災計画の見直し、2)平時及び災害時における救急医療対応能力の事前評価、3)
災害医療情報システム管理調節者の設置、効率的な災害拠点病院運用の見直し、4)現場への迅
速な医療救護班派遣システムの確立、5)多機関連携と指揮命令系統の確立、6)災害マネージャー
と災害医療コーディネーターの育成、7)教育・研修システムの充実化であると言える。
A 災害時には様々な搬送の手段と段階があり、以下のように分類できる。
<位置(場所)と時相による区別>
<搬送手段での区別>
B 災害時の搬送は、基本的には日ごろ救急隊が定めている救急活動基準に順ずるが、実際
には、活動基準を阻む様々な要素が災害時には発生する。その要素として
C 救急車、ヘリコプター等に搭載する医療機材について
救急車には、心電計や除細動機を持った高規格救急車とそれ以外の普通救急車、民間救急車
があり、高規格救急車意外は、その搭載医療機材は軽装である。ヘリの場合はおよそ、高規
格救急車に順ずるようだ。通常、洗浄用の生理食塩水やリンゲル系輸液製剤以外の薬剤は装
備されていないので、搬送患者の病態を考慮に入れ、別途携帯する必要がある。救急隊員は
もとより、医師や看護婦も同情する場合に備えて、同乗する車両に何が搭載されているの
か、その使用法とともに精通しておくべきである。その他、任務によって搭載装備が変更さ
れる事もあるので、搭乗前に確認しておく必要がある。
医療救護班として出動する場合の医療携行備品として日本赤十字社のものが参考になる。
重症患者の治療、管理も重要なことだが、患者は災害と転送によるストレスで神経質になっ
ているため、搬送中の精神ケアに努める事も大事である。
D 搬送は「輸送」という負荷を患者に与える。骨折などの患者では輸送中の振動の影響が大
きい場合があり、その負荷は決して無視できない。輸送中にも病態は急変する恐れがあるの
で、同乗者は患者の病状の変化を観察、把握し適切な対応を行なうようにする。輸送による
様々な制限下でも治療を中断しないようにするかに留意する。具体的には輸液が途切れてい
ないかとか、適切な体位が取れているか等である。乗り物酔いによって嘔吐する場合もある
ので、誤飲しない様に注意することも必要である。軽症者以外には静脈路を確保し、急変時
にも対処できるようにしておく。
E 搬送時の医療というものは、頭で考えているよりもはるかに難しい。日ごろ大学病院
など高性能の医療機器や大勢のスタッフ等、環境に恵まれている状況に慣れてしまうと、い
ざ災害が発生した場合、先ほども挙げたが、人的物的不足によって何もできなくなる可能性
がある。よって、医療従事者は日頃から積極的に患者搬送に従事したり、医学生などに災害
医学教育や救急車同乗実習などのトレーニングを行なっておくなどの取り組みも考慮する必
要がある。救急救命士の育成、ドクターカーや日常救急におけるヘリの普及も災害時のス
ムーズな搬送に役立つに違いない。これらの手段は、フランスやドイツで普及しており、救
急患者により早い治療を行なうことができ、多大な成果をあげている。
災害は、その被災自治体だけでの解決は困難な場合が少なくないので、被災地外からの転
送付添医療チームの派遣が理想的であり、災害拠点などの医療機関、消防、警察、自衛隊、
地方自治体を含めた広範搬送訓練が行われる事が望まれる。
医療活動の質は、構造(整備の指標)、過程(組織の管理や運営、調整面の
指
標)、結果(医療提供後の状態の指標)の3つの軸で評価することが提案された。
この視点から病院の平時の医療活動を客観的に評価する試みが始まっているが、災害
医療における評価はまだ端緒についたばかりといえる。災害医療における評価の重要
性に関しては「危機管理の評価、救助者が介在した際の評価、災害後の状況調査」と
指摘されている。
評価という観点からみると、災害医療の中で実際に行われるミクロな意味での評価
と、災害医療そのもののマクロな評価と大きく分けられる。
被災現場では災害一般の情報とともに、被災地の人口、保健医療体制、避難民の推
定数、避難場所、災害対応している機関などの現況が初期評価の項目となる。また、
被災地の飲食料、環境などが調査、検討されなければならない。
救助救出期や急性期の医療の中ではトリアージと呼ばれる、治療、緊急性の高い負
傷者が適切に緊急度を評価されて選別される手法が用いられる。
亜急性期では、疫学サーベイランスが重要となり、その基本評価項目が毎日の救援
医療の診療報告として行われる。具体的には、死亡者、新規発生の患者数などを評価
している。
災害にも多くの種類があり、その違いによってミクロの評価方法は違いが生じる。
自然災害(台風、集中豪雨、洪水、地震など)、人為災害(化学爆発、大型交通災
害、大都市火災など)、特殊災害(放射線汚染など)に分類する。さらに、時間の要
素を入れて突発型(地震、交通機関大事故など)と長期型(干ばつや飢饉、内戦や難
民など)に分けている。
多くの指標の中でも死亡者は災害の重大性を最もよく示す指標である。同様に地域の人口における死亡者や重症傷病者の割合、傷病における女性や子供という災害弱者の割合、死亡者と全傷病者との比率などは災害時の医療ニードを評価する上で目安になる。また、救助されて搬送、入院した被害者の損傷分類をみると直後の救助、初療を評価できると考えられる。
災害の慢性期あるいは静穏期に、それより前の時期と比較して疾患の有病率が変化するという評価は今までにも行われている。例えば、時間的な経過から身体的訴えが減っても心理的訴えが増加することがある。
災害からの復旧、復興を進めていくうえで被災者の心理的障害を評価して適切なサポートシステムを提供したかどうかがその成功につながると考えられる。
災害準備期には防災計画の中で災害医療対策、災害拠点病院の整備、災害医療シミュレーション訓練などを実施し、定期的に確認して評価することが静穏期の災害予防となる。
最後に、災害医療における評価が、客観的で現場の災害医療の改善に寄与するようなものとして、成長することが望まれる。
ウイルス性出血熱
(角田隆文、治療 84: 1349-1354, 2002)5 スタッフと患者の安全、6 通信と記録
(島崎修次・総監修、化学物質による災害管理、メヂカルレビュー社、大阪、2001、
p.23-28)【スタッフと患者の安全】
【通信と記録】
第V章 病院でのトリアージ
(山口孝治、山本保博ほか監修:トリアージ その意義と実際、荘道社、東京、1999、
p.73-82)災害時医療対応の問題点と対策 ―大規模事故に対する医療対応―
(日本集団災害医学会誌 7: 1-7, 2002)
Figure 2: Disaster Medical Response(略)B.搬送間の医療
(中山伸一、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.177-182)
等が挙げられる。その他の要素として多数の患者をいかに時間をかけず、一度に運べるかと
いう事がある。搬送中は初期治療が患者の予後を左右する病態もあり、搬送手段によっては
治療を行なうスペースも重要となってくる。また、搬送に付き添うのは誰かという事も重要
である。それは、現場や治療施設間の往復で人的資源が裂かれるし、トリアージや応急処置
を要求される場合もあるので、人材が限定されるという事も考えられるだろう。2 災害医療における評価
(箕輪良行、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.24-31)a.災害医療と評価
b.災害医療の中での評価
c.災害医療の評価