災害医学・抄読会 2002/09/20

第7章 環境の傾向、災害とその影響

(世界災害報告 1999年版、p.101-113)


[国際援助の削減]

 ミュンヘン再保険会社によると、自然災害の件数において1998年は最悪の年であった。自然災 害による生命と生活の破壊の多くが、開発途上国で起こったにも関わらず、国際援助の量は急 落している。世界の最貧国が環境変化やそれに関連した危険に脅かされている一方で、最裕福 国は以前ほど気前よくは援助をしなくなってきている。

 1992年から1997年にかけて援助額は減少し続けている。1997年には483億米ドルと1996年と比べ て79億米ドルも削減されている。1992年、地球サミットにおいてG7首脳は、国民総生産(GNP)の 0.7%を海外支援に使うと確約したが、実際の平均は0.25%にしか過ぎない。経済と人口の多 さからいってG7諸国の援助の拠出が、世界の援助拠出に最も大きな影響を与える。G7の1992年 援助総額は530億米ドルだったものが1997年には370億米ドルにも削減されている。

 G7のみならず、過去5年間にわたる援助の削減を行ったドナー(援助国政府・機関など)各国は 自国の赤字予算の解消がより優先されたためと正当化しようとしているが、予算が増えた場合 に援助が増えているというわけではない。援助が全体として削減の方向に向かっている理由と して、説明責任を果たすための手続きの煩雑化や、正当な疑いがない程に援助の効果が証明で きなければ、何も達成しなかったと同じという考えの浸透などが挙げられる。しかし、実際の 援助のレベルを形作るのは、援助を受ける側のニーズ出なければドナー各国の経済的余裕でも なく、政治の動きである。その顕著な例として、ドナー各国は1997年12月、韓国を苦境から脱 出させるために1週間で570億米ドルもの金額を誓約した。しかし、世界中の10億以上の人々を 貧困から抜け出させるのに必要な年間200億米ドルを調達することはできないようである。

[災害対策]

 国際支援における緊急援助の割合は、1994年以降、確実に下がっている。1994年に35億ドル であったものが、1997年の緊急援助の額は21億米ドルになってしまった。これは、小さかった ものがさらに小さくなったことを示している。一方、過去10年間で緊急救援のニーズは急増し ている。これは、主としてルワンダや旧ユーゴスラビアなど、いわゆる「複合緊急災害」の結 果である。しかし、ミュンヘン再保険会社が公表した最近の計算によると、1990年代の主な自 然災害の件数は1960年代の3倍であり、1998年だけでも、700を超える「大規模損失」の自然災 害が全世界で900億米ドル以上の経済的損害を引き起こしたという。災害対策のためにより多く の資金が使われていたならば、こうした災害のいくつかは回避され、または緩和されていたか もしれない。こうした災害は、完全に自然発生的というわけではなく、また、予測できないも のでもない。致命的な災害をもたらす双子の災害、エルニーニョとラニーニャと、それが引き 起こしうる被害については科学者がその発生を6ヶ月も前に指摘していた。近年になって、災害 頻発国の政府は、このような災害予測に対応した行動をとり始め、ドナーや人道援助機関も、 災害の対策・予防についてより真剣に考え始めている。

[まとめ]

 これからの世界は、人口が増加の一途をたどり、しかもそれが開発途上国に集中しており、今 より経済格差が進むであろうといわれている今日、開発途上国へのより一層の援助は必須であ ると思われる。しかし、援助だけでは問題は解決しないというドナーの論調が増えてきてお り、実際に多くの問題は政治的解決を必要としているようだ。しかし、これを援助の削減の口 実にさせてはならない。政治的な問題と援助の量の結びつきは、緊急事態や貧困者の日々の基 本的ニーズに直接的に対応するとする理念に基づくとされる一般の人々の考え方とは確かに一 致しないと思われる。しかし、この結びつきが切り離せないならば(援助が道徳的とはいえない かもしれないが)、より援助が深く政治・財政に入り込むことでより一貫性をもたすことをもた らすかもしれない。これから援助をどのように行うべきかは、援助を受ける国の現状、被災国・ 国際援助機関・ドナー間の調整などについて十分な審議がなされることが必要であるだろう。援 助の使い道、何に資金を提供するかも、これからより考えていかなければならない問題であ る。


天然痘

詫間隆博 他、治療 84: 1345-1348, 2002


 天然痘ウイルス(Poxvirus variolae)は200 〜300nm のエンベロープを有するDNA ウイルス で、牛痘ウイルス、ワクシニアウイルス、エクトロメリアウイルスなどとともに、オルソポッ クスウイルスに分類される。低温、乾燥に強く、エーテル耐性であるが、アルコール、ホルマ リン、紫外線で容易に不活化される。

 臨床的には天然痘は致命率が高い(約30%)variola major と、致命率が低い(1%以下) variola minor に分けられるが、増殖温度を除きウイルス学的性状は区別できない。

臨床症状

 感染は飛沫感染による。また、咳をしている場合や出血性痘瘡の場合は空気感染も起こりう る。およそ12 日間(7〜16 日)の潜伏期間を経て、急激に発熱する。臨床症状は以下のような ステージに分けられる。

[前駆期]

 急激な発熱(39 ℃前後)、頭痛、四肢痛、腰痛などで始まり、発熱は2 〜3 日で40 ℃以上に達する。小児では吐気・嘔吐、意識障害なども見られることがある。麻疹あるいは猩 紅熱様の前駆疹を認めることもある。第3 〜4 病日頃には一時解熱傾向となる。

[発疹期]

発疹は、紅斑→丘疹→水疱→膿疱→結痂→落屑と規則正しく移行する。発疹は顔 面、頭部に多いが、全身に見られる。水疱性の発疹は水痘の場合に類似しているが、水痘のよ うに各時期の発疹が同時に見られるのではなく、その時期に見られる発疹はすべて同一である ことが特徴である。致死率はvariola major では約30%、variola minor では1%以下である。死 亡原因は主にウイルス血症によるものであり、1週目後半ないし2週目にかけての時期に多い。 その他の合併症として皮膚の二次感染、蜂窩織炎、敗血症、丹毒、気管支肺炎、脳炎、出血傾 向などがある。出血性のものは予後不良となりやすい。

病型・診断

ワクチンの接種

 天然痘ウイルスに感染した後でも早期であればワクチンは有効であり、感染後2、3日以内に 接種すると発症や重症化を阻止する可能性が高い。また1週間以内であっても症状を軽くする といわれている。原則としては感染後4日以内に接種。

※ワクチンが好ましくない場合

  1. 易感染性宿主:HIV感染者、悪性腫瘍、抗癌剤治療、放射線治療、副腎皮質ステロイドなど
  2. 妊婦あるいは接種後1ヶ月以内に妊娠予定の女性
  3. 湿疹の既往
  4. 皮膚病変のあるもの:アトピー性皮膚炎、熱傷、膿痂疹、帯状疱疹など


サリン,VXガスなど神経ガス

(高須伸克、治療 84: 1325-1329, 2002)


 1994年、1995年にサリン、VXガスが用いられるというテロ事件があった。このときからいつ でもどこでも起こりうる生物化学兵器テロに対する対策がなされており、わが国の救急医療機 関においても従来の救命救急対応に加えて警察、消防、自衛隊などと共に対策を実施すること が現実となった。

○神経ガスについて

 神経ガスの種類としてはサリン、VX、タブン、ソマンなどがある。その性質として、性状は液体で空気よりも重く、サリンは無色透明で揮発しやすい性質を持 つ。VXは無臭、琥珀色の粘性の液体で、常温では揮発しにくい。いずれも強いアセチルコリン エステラーゼ阻害作用があり、自律神経節、中枢神経、神経筋接合部にアセチルコリンを蓄積 させ、中毒症状を引き起こす。

 曝露経路としては気道からの吸収、皮膚・眼球曝露、経口摂取があげられる。症状としては ムスカリン様症状、ニコチン様作用、中枢神経症状、呼吸器系症状、心血管系症状などがあ る。(表1)

○治療

1、ゾーニングと除染

 化学兵器や化学災害における救助対策の基本は、危険な原因物質から被災者、救助者、医療 機関を遠ざけることが第一とされ、これを遂行するためにゾーニングと除染が必要となる。すな わち発生現場周辺を最危険地帯(hot zone)に設定し、その地帯からの人の自由な出入りを禁じ る。そしてその周囲に除染地帯(warm zone)を設定し、ここで衣類を除去し、シャワー設備を使用 して多量の水と石鹸で体を洗い汚染を除去する。さらにcold zoneに移り必要な救急治療後、医 療機関に搬送する。救助者は各ゾーンで防護服を着用する。医療機関における除染としては、 病院内を非汚染領域として維持することを第一とし、医療関係者、院内患者などを汚染から守 る。そのために、病院入口前に屋外の除染エリアを設けてそこで汚染されている被災者は除染 を行う。十分な除染後に清潔な病衣を着用させて病院内へ誘導する。

2、解毒剤

 a)硫酸アトロピン:主にムスカリン様作用の治療に有効で、ニコチン様作用には効果がない。投 与量は成人で軽症から中等症の場合2 mgを、重症の場合6 mgを筋注または静注で投与する。小 児の場合は0.02〜0.08 mg/kgを投与する。

 b)パム注射液:重篤なニコチン様作用あるいは中枢神経作用に対してできるだけ早期に投与す る。神経剤に曝露され、症状のある人はすべて適応となる。投与量は成人で0.5〜1.5 gを筋注も しくは生食100 mlに溶かして点滴静注する。小児の場合は15〜25 mg/kgを筋注もしくは20〜30 分かけて点滴静注する。

○トリアージについて

 トリアージとは災害の内容、災害現場の地理的条件、災害環境、自然条件などさまざまな要因 が働くなかで限られた人的・物的資源をいかし最大多数の傷病者に最善の医療を施すために、 救命可能な傷病者をまず選定し、治療していくことである。災害現場では傷病者が多いほど短 時間のうちに重症度を判定し、傷病者の識別を行うことが重要でありそのとき使用されるのが トリアージ・タッグである。トリアージ・タッグは全国共通であり、色別は治療優先度の順に 赤、黄、緑、黒の順である。化学兵器・神経剤の災害時におけるトリアージを表2に示す。

○考察

 サリンなどの神経剤による災害はほとんど起こることはないと考えるが、その可能性がないわ けではない。1994年と1995年に起きたテロ事件の際にはその対応が不十分であり、多くの死傷者 が出てしまったが、そのことを教訓とし、事前にきちんと対応策を立てた上で医療従事者が完全 に理解しておかなければならないと考える。また、一般の人に対しても除染やトリアージの重 要性というものを十分に理解してもらい、実際に災害が起こった場合に救命救急活動がスムーズ に行えるようにしなければならないと考える。


(表1)

ムスカリン様症状縮瞳、視覚異常、眼痛、鼻汁、嘔吐、腹痛、失禁など
ニコチン様症状筋肉痙攣、筋硬直、筋麻痺、頻脈、血圧上昇、呼吸麻痺
中枢神経系症状不安、興奮、判断力低下、混乱、昏睡、呼吸停止など
呼吸器系鼻汁、気道内分泌物増加、胸部圧迫感など
心血管系除脈、頻脈など
消化器系腹痛、嘔吐、下痢など
代謝多量の発汗


(表2)

優先順位タッグ色印象臨床所見
第1優先順位(最優先)赤色意識障害、会話できるが歩行不能2系統以上の中等〜重症な 所見 痙攣発作、重篤の呼吸障害呼吸停止、心停止直後
第2優先順位(待期的)黄色神経剤曝露状態からの回復解毒剤投与効果のあるもの分泌 物の減少呼吸状態の改善
第3優先順位(保留)緑色歩行可能、会話可能縮瞳、鼻汁軽症〜中等症の呼吸 困難
第4優先順位(不搬送)黒色意識障害長時間経過した心肺停止


第1部 予防、第2部 準備

(島崎修次・総監修、化学物質による災害管理、メヂカルレビュー社、大阪、2001、p.12-21)


化学災害:第1部 予防

1.サーベイランス

 サーベイランスとは、健康に関わる事項のモニターや記述に使用できるような、体系的な標 本の採取や、分析、解釈、データの公開のことである。 英国では、化学災害のデータを国家的に集約するサーベイランスのシステムが1998年春よりス タートしている。

2.災害予防に果たす病院の役割

災害対応に果たす病院の役割:

第2部 準備

3.病院での対応の準備

[病院における計画]

以下の事項をあらかじめ決めておく必要がある。

[訓練]
 全てのスタッフに訓練を行うのは現実的ではないので、少なくとも1人以上の上級スタッフが 除染や文書作成の手順に慣れ親しんでおくことが必要である。

4.危険のプロファイリング

 前もって資料を確認することが基本であるが、単一の情報源は存在しない為、データ収集の 特別なメンバーを集めておくべきである。

[危険と思われるもの]

◇主要な工業施設

 英国においては危険物質を取り扱う場合は英国保健安全執行部に登録する必要があり、工場 側が緊急時の対応マニュアルを作成し、付近住民に情報を提供する。

◇小規模な工業施設

 前述のような法律の管理下にない為こちらの方が危険。空港,駅,ヘリポートなどだけでは なく、水の供給や貯蔵など。

[危機分析]
 危機に対する情報を以下のようにより充実したものとする

◇原子力災害における危機分析
 多くの地域では原子力施設や輸送ルートはないが、病院内では日常的に放射性同位体を使用 しており、放射性物質による災害の危険は病院内に存在する。関係部署を越える災害が起こっ た場合、直ちに救急部門に連絡し対応する。


C 病院での治療

(新藤正輝、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.183-187)


 災害時において、治療(treatment)は3Tのひとつであり、災害医療のキーポイントである。た だし、災害では医療資源に関して物質的資源・人的資源の供給において制限を受ける。そこで 医療資源と医療需要のバランスを考慮した検査と治療を行うことが大事である。

[応急救護所における治療の留意点]

  1. 災害初期を除けば、外傷患者より疾病患者のほうが多い場合がほとんどなので、内科 医、小児科医、薬剤師は必須。
  2. 災害がもたらすストレスに起因する身体的、精神的反応への対処。
  3. 投薬切れによる慢性病の悪化例の早期発見と予防。
  4. 避難所生活による集団生活による、伝染病や感染症の治療や対策。
  5. 治療よりも予防を心がける。
  6. 時期をみながら現地の医療機関へのスムーズな移行をはかる。
  7. 自分たち自身の健康管理、精神衛生対策も大切。

[災害時の外傷治療の原則]

 外傷による内・外出血を認めれば、止血と循環血液量の維持を最優先して開始する。他には ショックの早期是正、創部の早期消毒・十分な洗浄、適切で積極的なデブリドマンなどに留意 する。また、地震の際の挫滅症候群など、各種災害に典型的な外傷や疾病を念頭においた治療 が重要である。

[各種外傷治療の要点]


第IV章 搬送トリアージ

(金田正樹、山本保博ほか監修、荘道社、東京、1999、p.65-72)


(1) 搬送トリア−ジとは

 このトリアージの目的は、適切なしかも受け入れ態勢の整った医療機関への傷病者の搬送優先 順位を決め、傷病者の搬送をコントロールすることである。現場救護所での症状安定の治療が 功を奏した場合や、逆に準緊急群の症状が時間とともに悪化することもあり、搬送時には再度 のトリアージが必要である。搬送トリアージは、搬送の責任者である救急救命士あるいは救急 隊員が、現場救護所内のそれぞれの治療区域の責任者と相談して行うのが望ましい。

(2) 分類

 搬送先の医療機関および搬送車両の選択は以下のように行う。

 A:救急搬送(治療)群

 直ちに、あるいは可能な限り早く救急救命センターを含む3次救急医 療施設へ、可能ならば救急救命士が同乗する高規格救急車で搬送するのが望ましい。対象は 1) 救命のために手術を要する傷病者、2)集中治療を要する傷病者 3)緊急手術を行えば、機能予後が 明らかに上がる傷病者である。搬送に時間がかかる場合は治療区域内での治療を優先するか、 搬送を優先するか決める必要がある。

 B:準救急搬送(治療)群

 すべての緊急治療群の搬送が終了した後、2次医療施設へ、場合に よっては3次医療施設へ救急隊員が同乗する救急車で搬送する。対象は 1)生命危機の可能性は ないが、入院治療が必要な傷病者。

 C:保留群(軽症群)

 すべての現場での医療救助活動が終了してから、救急告知医療機関、診 療所などに搬送する。上記群の傷病者を搬送した医療機関と重複しないようにする。救急車を 利用する必要はなく、場合によってはバスなども利用する。

 D:死亡群

(3) 結語

 災害医療のキーポイントである3Tの中で時間的要素が最も高いのはTransportationであり、搬 送トリア−ジは現場のトリア−ジ、医療機関でのトリアージと比較して傷病者の救命を挙げる ために大きなウエイトを占めているといえる。この3Tによる災害医療の「傷病者の流れ」を良 くするのは普段の訓練しかない。考えられるあらゆる条件下で机上訓練などを繰り返しトレー ニングすることが重要であり、この席には情報の収集・伝達をする、救急救命士または救急隊 員からなるトリア−ジオフィサーだけでなく、医師、消防、警察、自衛隊、行政災害担当者な どの参加が望まれる。「この搬送がだめなら別の搬送で」と臨機応変な手段を考えることが出 来る能力をシミレーションを通じて養っておくことが重要である。

(4) 参考

 航空機事故・列車事故など点発生した集団災害では、傷病者が一箇所に集中しているためトリ アージと搬送はコントロールしやすい。広域大規模災害では現場が多発するために、トリアー ジする時間と手段がないと、発災直後から私的な方法で搬送される。阪神・淡路大震災時の搬 送手段を見ると、戸板や自家用車による私的手段での搬送は全体の41%で、救急車による搬 送は25%であったと報告されている。このような場合、初診医療機関で最初にトリアージす ることなり、病院内はパニックに等しい状態となり混乱する。こうした状況を少しでも改善す るには、いったん現場救護所に傷病者を集めてトリアージし、搬送順位を決めるべきであろ う。また震災以降、天候に左右される、着陸地を必要とするなどの問題があるものの、ヘリコ プター搬送の有用性が言われるようになっている。


3.災害の疫学

(安田直史、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.17-23)


 災害が起こるたびに多くの被災者が命を失ったり、けがをしたりする。以前までは災害のこと ゆえ、不可避のものであると考えられていたが、現在では災害による傷害や疾病は予測できな いものではなく、その種類によって共通性があることが分かってきている。また、災害による 健康被害は被災者に同等に起こるものではなく、生物学的環境、地理的環境、社会経済的環境 などが関与していることも明らかになっている。このように災害と健康被害の関係を明確にす るために災害疫学が重要視されるようになってきた。災害疫学とは、災害後の外傷や感染症、 慢性疾患、精神疾患、さらには医療の供給体制や初期治療のあり方、保健衛生対策なども対象 とし、「災害が保健医療・公衆衛生に与える影響とそれに対応するシステム全般の研究」と理 解される。この疫学の発展によって、今までの迷信、慣習、試行錯誤に代わって科学的な事実 分析と根拠を与えることができ、その根拠に基づく、実際の災害医療上重要な情報が提供され る。

【災害疫学の分類】

1) 災害間期の研究

 災害間期に以前の災害を振り返って分析し、今後の災害対策、予防、災害医療政策などに役 立つ情報を抽出しようとするもの。災害疫学研究の基本で、最も重要である。

2) 迅速調査

 災害直後に被害の規模、疾病・傷害の程度とパターンおよびニーズを迅速に調査、分析し、救援対策を考えたり、政策判断の基礎になる情報を提供したりするもの

3) サーベイランス

 災害後に傷病の発生をモニターし、感染症の流行など公衆衛生上の問題を早期に発見し、対応できるような体制を整えようとするもの。災害の場合、避難者に対する長期的な健康への影響が特に重要となる。

【災害疫学の実際】

 時や場所の違いを超え、災害による被害には共通性がある。地震災害では急性期に多数の死者と外傷者が発生し、その原因は建物の崩壊によるものが一番多い。このため、自身の際に死亡する確率は屋内にいる方が屋外にいるよりも高いことが報告されている。また、外傷では挫滅症候群が多く発生するため、急性腎不全に対する備えが必要になると示されている。これらは地震災害一般に共通した特徴である。よって、この疫学を踏まえた、医学だけでなく建築学などとの協力に基づく研究が地震による被害の予防につながる。

 欧米では迅速調査や評価のチームにも疫学者が参加することが多くなってきており、災害医療における疫学の重要性の認識が高まっている。しかし、我が国では「災害疫学」の知名度は低く、専門家も少ないために発展が遅れてきた。近年、災害医学に対する関心が高まり、研究も進んできている。より効率的かつ効果的な災害医療対策のために、災害医学研究に疫学的視 野と手法を導入して、我が国においても災害疫学が発展することが望まれる。


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