災害医学・抄読会 2002/06/28

化学兵器と有機リン系化合物

(大生定義、治療 84: 1331-1335, 2002 )


 化学兵器(Chemical weapon)とは化学物質の有する毒性や刺激性などを利用 してヒト・動物・植物に害を与える兵器をいい、つぎの6つが知られている。

1.神経剤

 G剤(サリン・ソマン・タブン:常温で液体だが揮発性が高く、ガスとして 吸入でも作用。)V剤(VX:揮発性低く、液体のまま用いられる。)

 無色・無臭で、脂溶性が高く、皮膚からも吸収される。アセチルコリンエステ ラーゼと結合して、アセチルコリンの分解を阻害、アセチルコリンが過剰とな り、筋肉収縮・分泌線分泌・神経刺激が持続することになる。

2.びらん剤

 皮膚・目・呼吸器に作用し接触面をびらん(やけど)させる。常温で液体で、 液体・蒸気で作用する。

 マスタード類:湿った部位に強力に作用し、暴露後数時間で障害が出現。骨 髄幹細胞の障害を起こしうる。

 ルイサイト:暴露後ただちに眼および皮膚の痛みをきたす BAL(British Anti Lewsite:dimercaprol)が特異的な拮抗薬。

3.窒息剤

 吸入により肺水腫を起こし、死に至る可能性のある毒物。

 ホスゲン:常温で気体、肺胞で水と反応して塩酸を生成し、肺胞−毛細管膜 を障害して肺水腫を起こす。症状が出るまで24時間以上の潜伏期があることあ り。
 塩素

4.シアン化物

 3価Feとのみ親和性を持つ。細胞中でチトクロームオキシダーゼと結合し酸素 利用を阻害する。ガスとして吸入されて作用し、液体は皮膚からも吸収されて 作用。臨床症状に乏しく、低濃度では息苦しさ・吐き気・頭痛など非特異的な 症状が主体。

 シアン化水素(青酸):致死量吸入で15分以内に死亡。苦いアーモンドの匂 いで無色。

 塩化シアン:体内でシアン化水素に変化。

5.無(能)力化剤

 少数の人を一時的に(長時間)動けなくする化学物質

 3−キヌクリジニルベンジラート:中枢神経系抑制剤、抗コリン作動性物 質。幻覚出現。

 リゼルグ酸ジエチルアミド(LSD):中枢神経系覚せい剤。幻覚出現。

6.暴動鎮静剤

 短時間動けなくするもの

 刺激剤(催涙剤)、カプサイシン(トウガラシエキス):護身用スプレーと して使われている。

 嘔吐剤エアロゾル:コショウ様の刺激があり、流涙・くしゃみ・嘔吐をきた す。

<化学災害に対する医療機関としての対応>

  1. 一般的原則:被災者を手当てする前に、汚染部分の囲い込みを確実に行う。 汚染エリアと非汚染エリアの区別ははっきりさせる。(場所、医療スタッフ)

  2. 災害の規模、原因物質などの情報の収集、施設内の情報伝達、治療方針の決 定と伝達の仕組みは平時から一応決めておく。あらかじめトリアージタッグな ど準備。

  3. トリアージ

  4. 除染(スタッフ、場所、被災者)

  5. サンプルの確保(血液)

  6. 被災者の引継・収容

<有機リン化合物中毒の管理>

抗コリンエステラーゼ作用によりアセチルコリンが蓄積
⇒⇒縮瞳、分泌亢進、けいれん、呼吸麻痺/脱力感、眼のかすみ、頭痛、吐き 気

*まず行うべきことは、ABCとくに呼吸の確保、けいれんを止めること!

 重篤な中毒患者には硫酸アトロピンを症状がでなくなるまであるいは口腔内 が乾燥するまで、ゆっくりと投与する。

 けいれんにはジアゼパム静注。解毒薬のPAMは効果が十分でないこともあ る。


テロ勃発時における感染症情報センターの役割

(岡部信彦・他 治療 84: 1311-1316, 2002)


【要約】

 健康危機管理という言葉が昨今しきりといわれるようになった。日常的疾患 のサーベイランスをきちんと行い、そこから浮かび上がる異常を把握し、正し く評価して行動に結びつけることが危機管理上重要である。わが国において実 施されている感染症法は、本来平常状態におけるサーベイランスを行うもの で、バイオテロあるいは何らかのイベント(mass gathering)における感染 症の勃発(outbreak)に対処することを目的に指定されたものではない。した がってバイオテロなどの際に鋭敏にその発生を捉えるためには、診断をしてあ る一定期間内に届出を行うというシステムでは対応が遅くなる。そこで確定診 断がなされる以前の症候群別サーベイランス(syndromic surveillance)が 有用であろうとの考えがある。今後、バイオテロあるいは何らかのイベントに おける感染症のoutbreak時には、平常時と異なったシステムによる臨時の症候 群別サーベイランスを行うようなシステムの構築が必要となる。

【生物テロの可能性のある感染症】

 天然痘・炭疽・ペスト・ボツリヌス症・野兎病・エボラ出血熱・マールブル グ病・ラッサ熱

【平素における感染症サーベイランスの現状と問題点】

 1999年4月に施行された感染症法では、感染症対策の責任は各都道府県にあ ると明記し、73の疾病を感染力と疾病の重要度から1〜4類感染症に分類すると ともに行政対応とサーベイランス要領を規定している。

・1〜3類感染症・・・・直ちに報告
・4類感染症・・・・・1週間以内から翌週の月曜まで

  1. 天然痘:規定がない。

  2. 炭疽:4類感染症に規定されており、その報告期限は診断から1週間以内と なっている。

  3. ボツリヌス症:食餌性ボツリヌスは食中毒であるとして食品衛生法による 届出となっている。

  4. ペスト:1類感染症に規定されており特定または第一種感染症指定医療機関 への入院と即時報告が義務付けられている。

⇒感染症法施行後5年後の見直しの際に、感染症類型・報告要領(報告基準や 報告内容)などの改正を行うことが必要!

【生物テロ対処の段階別に見た今後の感染症サーベイランス】

  1. 平素における段階
    ・・・感染症の存在を確認することが目的

  2. 生物テロの蓋然性が高まった段階
    ・・・生物テロによる幹線兆候の早期認識が目的でたとえ疑い例であっても早 期に全数を把握する必要がある。

  3. 実際に第1例目の生物テロ被害者が発生した後の段階
    ・・・2次的、3次的感染拡大を防止するなどの観点から専門家による実地疫 学調査が必要。医療機関利用数のモニター、定点医療機関での症候群別サーベ イランス、積極的症例探査が必要。⇒実地疫学専門家の養成

【特別なイベント開催時における感染症サーベイランス】

 2000年7月九州・沖縄で開催されたG8サミットの会場となった福岡市と宮崎 市では、各種感染症サーベイランスが試みられた。

 サーベイランス実施要領

  1. 対象期間はサミット開催期間とその前後1週間

  2. 定点医療機関から、5グループに分けた症候群発生数を毎日管轄保健 所へ報告する。
    症候群1)急性出血性・皮膚病変症候群
    症候群2)急性呼吸器症候群
    症候群3)急性胃炎・下痢症候群
    症候群4)急性神経症候群
    症候群5)上記に当てはまらない原因不明急性感染症症候群

 本サーベイランスは、結果が迅速に出ることから即時性に優れており、その 後通常に行われている感染症サーベイランスと有意に相関があることが明らか となったが、各症候群のベースサーベイランスデータがサミット開催期間前1 週間分しかないことから集団発生であるか否かの判定が困難であったこと、定 点医療機関でカバーできる疾病に限界があることなどの問題点も浮き彫りと なった。

 現在G8サミットの経験をふまえた症候群別サーベイランスの実施に向けて、 調査研究中である。


大災害における身元確認

(三上八郎 治療 84: 1300-1306, 2002)


 災害時において医師は救急医療のみでなく身元確認のための個人識別を行 い、死体検案書を交付する義務があり社会的にも重要な役割を果す。

<個人識別について>

 犠牲者の顔貌で判断するのが最も効率がよいが絶対的な個人識別法は指紋検査 である。また、血液・DNAによる方法も有効であるが、腐敗・焼損死体の場合に は歯科医学的検査が有用である。

 個人識別を行う上では災害の種類や発生時期・時刻・場所、そして死体の損 傷程度や死後変化も個人識別の成否や方法に影響する。

<異状死体の取り扱い>

 変死者または変死の疑いがある死体があるときは、検察官は検視をしなければ ならない。検視は、警察官による代行検視がほとんどである。変死体とは犯罪 の疑いがある死体、変死の疑いのある死体とは異状死の疑いのあるものを指 す。また、明らかな犯罪死体は、検証・実況見分がなされる。検視では死体の 外表検査を行い、その氏名、住所、着衣・携帯品、周囲の地形、凶器などの調 査および指紋の採取もこれに含まれる。このような検視は司法検視と呼ばれ、 医師の立会いが求められている。

 司法検視とは別に異状死体全般を対象として、身元の照会、遺族への引渡し、 市町村長への報告など、その死体の行政上の取扱いを行うための行政検視があ る。災害死の場合はこの行政検視により身体の特徴、歯牙の状況、着衣、所持 品、指紋採取など身元を確認するための調査を行う。この場合の医師の立会い は必要があるときにもとめられる。そして医師や監察医による死体検案が行わ れ死体検案書が交付される。死体検案は外表のみの検査であるのでメスを加え てはならないが血液、尿、髄液の採取は可能である。

 死体検案でも死因や身元が判明しない場合には、解剖を行う。解剖には、法 医解剖と病理解剖、そして系統解剖がある。法医解剖には司法解剖と行政解剖 がある。司法解剖は犯罪死体を対象とし、鑑定処分許可状が必要である。行政 解剖は、監察医制度が施行されている地域において、伝染病、中毒または災害 による死亡した疑いのある死体の死因を究明するために行われる。

 以上述べてきたような警察官と医師により行われる死体の検査のことを総称し て検死という。

<災害時の死体の取扱い>

1)死体の安置場所

 大規模災害時には、多数の死体を検案・行政検視しなければならない。よって 死体の検査と安置をする場所が必要であり、災害時には自然発生的に体育館や 公民館などに設定されるようである。このような場所には柩が用意され、遺族 も集まるので現場は混乱を極める。これに対処するために、死体の場所を安置 場所と分離して設置する。

2)死体の清拭と蛆の整理

 死体検査には給水施設が必要である。死体に付着した血液・土砂などをその外 表を観察するために清拭しなければならないからである。災害直後は断水のこ とが多いので、海水を使用する方法もある。とくに、死体検案時に障害となる のは、蛆である。蛆が死体全体を覆いこれを除くのに難渋する。死体表面の蛆 は、バケツの水を強くかけて洗い流すとよい。

3)死体の運搬・保存

 死傷者の数が著しく多く、医療処置や救出にたくさんの人手がかかるような場 合は、死体の検査の前に特定の場所への死体の運搬・保存を優先すべきであ る。方法としては地下鉄による死傷者の運搬、死体保存用の冷凍トレーラーの 配備、そして葬儀屋に死体保存を依頼することが提案される。ただし、このよ うな方法を導入する前に、災害時の死体取扱いに関する法整備が必要である。

<今後の対策>

 災害時の経験を公式に記録し、生かすことにより死亡確率は減少すると考えら れる。しかし、未経験の災害対策は現場における臨機応変の対応が必要であ る。また、大都市における高齢者の個人識別や細菌兵器テロによる犠牲者の個 人識別を検査する当事者の安全性に関しては不十分であり新たな対応策が必要 である。


野戦状態における大量出血時,循環不全への対応

(丸川征四郎、治療 84: 1395-1399, 2002)


1.集団災害における出血性ショック

 野戦状態では限られた状況での即時対応が求められるため日常診療の手順や判断 根拠だけでは対応できない。出血性ショックは患者にとって致命的であるばかり でなく、治療には膨大な医療資源を必要とするため災害医療システムに重い負担を かけることとなり、システム全体の破綻を招きうる。大量出血患者への対応は、 ショック患者個々の救命処置と多数の患者に対する集団管理とで構成される。

出血性ショックの重症度判定

 出血患者への対応は現在の重症度だけでなく将来的な重症度が問題になる。

 災害現場では、その時点で軽症・中等症であっても、以後の経過で重症化する可 能性を予測することが重要である。重症化の原因は 1)出血が続く、2)新たに出血、3)有効な止血操作ができない、4)輸液/輸血ができない/不充分、など様々である。経 過の予測に当っては、まず現在の出血量を表1、2に基づいて推定し、その後の 出血量と輸液・輸血可能量を推定し、ショックに陥る危険性を予測する。


表1.ショックの現場診断と重症度判定

 軽症中等症重症超重症
精神状態安定不安興奮昏睡
脈拍数<100/分>100/分>120/分>140/分
血圧正常範囲PP↓SBP<90mmHgSBP<60mmHg
呼吸数14-20/分20-30/分30-40/分>35/分
爪床テスト<2秒>2秒>2秒>2秒
起立テスト
ΔSBPΔPR
<20mmHg<20/分>20mmHg>20/分>20mmHg>20mmHg不可・不可


表2.推定出血量と治療

 軽症中等症重症超重症
推定出血量<750ml<1.5L>2.0L>2.0L
(KW×0.07×(%))<15<30<40>40
細胞外液輸液1対3法則1対3法則1対3法則1対3法則
血液不要時に必要全血補正全血補正


2.大量出血・ショックの管理

 緊急に循環血液量を補充するにはトレンデレンブルグ体位、下肢挙上位が有効で ある。輸液は「1:3の法則」(出血量1に対して輸液量3)に沿って急速輸液で ショックを改善させる。循環動態が安定すれば維持輸液に加えて300mlを15分(体 格が小柄なら200mlを10分)の速度で追加する。循環血液量の過不足は、内頚静脈 の緊張度、尿量、さらには上肢挙上による末梢静脈の緊張度を指標に判断する。 血液は可及的に加温する。十分量の輸液にも拘わらずショックから回復できない 場合は輸血の適応である。原則としてすべてにO型(Rh(+))を用いる。妊娠が疑 われる女性ではO型(Rh(−))が推奨される。重炭酸水素ナトリウムによる代謝性 アシドーシスの補正はpH<7.250に対してのみ行う。カテコラミンによる昇圧は、 出血性ショックに対しては用いるべきでない。

3.大量出血患者の集団管理

 救命処置では、最小限の医療資源で実効を挙げる方法や代替法の工夫、特に日常 診療では行われない野戦状態での臨床医学に精通することが望まれる。 訓練された要員が不足している場合

 集団災害現場に最初に到着した医師や救急救命士は、全体の状況を把握して司令 室に報告するとともにトリアージを行うべきである。最も高い優先順位をつける 病態としては、ショック状態ではないが放置できない出血があり単純な止血操作 が有効である場合、ショック状態であるが救急ABCで救命可能な場合がある。両者 が同時に存在する場合にどちらを優先させるかはトリアージ担当者が把握してい る現場の情報を勘案して独断的に判断せざるを得ない。

輸液剤が不足している場合

 中等度の出血があってショック状態に陥っている場合、中心静脈への静脈帰来を 促進することを目的にトレンデレンブルグ体位にする。頭低位より下肢挙上法が 目的にかなっている。飲水や栄養剤 は循環血液量増量に有効と考えられ るので経口摂取が可能なら許可する・もっと重症な出血患者ではショックパン ツ、代替としてエアシーネを用いる。

血液が不足している場合

 重症な出血患者では、輸血の制限は循環血液量の不足、組織潅流の維持困難、赤 血球数の不足が折り重なって不可逆性のショックに陥る危険性がある。これを回 避するには、災害現場で健常者から採血し輸血をせざるを得ない。通常、災害現 場では患者の血液型は不明なので、O型血液を採血することになる。もし、災害現 場で突然死亡した外傷患者がO型血液である場合(もちろん患者と同型であること が確認されている場合も)、生存者を救命するために死体から採血することは許 される行為と考えられている。死体をトレンデレンベルグ体位にして内頚動脈か ら採血する。採血は死後数時間以内に行い、血液は冷保存する。血液の一部は、 感染症などの検査用に必ず保存する。

 集団管理では、出血患者数の現状と予測、すぐに使える手持ち医療資材の量・質お よび新たな供給の可否などを把握することが重要である。

4.把握すべき情報

 現場の情報を把握するために災害現場では直ちに全体の指揮者と医療専門の指揮 者を決める。両者が同一人物であることが混乱を避けるには望ましい。現場の人 たちはすべての情報をこの指揮者に集めるべきである。大量出血の循環管理に 限って指揮官が把握すべき情報は@医療資器材A要員B情報・搬送、である。


ケーススタディ〜
トルコ共和国西部地震災害における国際緊急援助隊救助チー ムの活動概要について
 − 救急救命士の立場から

(榎本 暁、救急医療ジャーナル 第9巻第4号(通巻50号)、2001)


1.概要

 1999年8月、トルコ共和国西部で大規模な地震災害が発生した。地震の規 模はマグニチュード7.4、被害は死者1万5千421名以上、負傷者2万3千 954名以上、建造物倒壊約6万棟に至った。

 トルコ共和国政府の緊急援助要請を受けた日本は、国際緊急援助隊(Japan Disaster Relief Team)を38時間後(そのうち移動時間28時間)にはトルコ に到着させ、救出救助活動を行った。この地震災害に対して日本が派遣した国 際緊急援助隊は、主として国際消防救助隊より選抜された救助チームおよび医 療チームから構成された。

 活動環境は、日中の気温が37度にも達する炎天下において、砂ぼこりや腐 敗臭が漂うなど、劣悪な状況にあった。また、建造物の崩壊の危険や落下物の 危険に脅かされるなかにあった。救助隊は4日間の間に二次災害の防止に十分 注意しながら救出救護活動を展開し、21ヶ所の現場で12名を発見し、生存 者1名を救出した。

2.CSMによる生存者救出の詳細

 救出された生存者は74歳女性である。4階建てのビルの3階で就寝中に被 災し、58時間ぶりに救出された。

 「瓦礫の下から人の声が聞こえる」という解体作業員の情報を得て、直ちに要 救助者の検索を開始したところ、天井と床との隙間に両肩と両下腿がはさま れ、瓦礫の下に埋もれている女性を救助隊員が発見した。そして、救急救命士 が様態観察を実施した―CSM(Confined Space Medicine:瓦礫の下の医 療)。

 観察結果は意識レベルJCS2、呼吸24回/分、失禁大小あり、血圧は腕が 挟まれているため測定できなかった。女性は両下腿の痛みを強く訴えていた。 酸素投与および水分補給など救急救命士の行う救命処置と平行して救助活動が 実施された。瓦礫等の崩れ落ちを防止するため、あて木を設置したり油圧 ジャッキで床と天井の隙間を拡張するなどの対策も施された。そして、活動開 始から約1時間で無事救出に成功し、女性は病院に護送された。

3.考察

 日本の国際消防救助隊が発足されるに至る契機となったのは、1985年 のメキシコ大地震やコロンビアの火山噴火災害であった。しかし当時の日本に は国際的に救助活動する組織がなく、直ちに救助隊を派遣した先進諸国に遅れ をとり、その創設が国内で叫ばれた。こうして翌年の1986年、東京消防庁 および全国の政令指定都市の消防機関から構成される国際消防救助隊が組織さ れた。

 今回の救助活動において、地震発生からおよそ2日以内には救助活動が開始さ れたことは、日本とトルコの距離を考慮して迅速な対応であったと評価でき る。地震災害においては、時間の経過に伴い生存者数は減少し、そのリミット はおよそ1週間である。そのために、出動要請から実際の出動までの時間をよ り短縮し、さらに現地との緊密な情報のやりとりにより効率的な救助活動が実 施できるようにすることが重要である。また、災害現場では多くの場合瓦礫の 中に生存者を発見しても救出が困難であり、生存者および救助者の安全を確保 したうえで、医学的知識を備えた医師もしくは救急救命士が医療処置(CSM) を行うことが重要である。

 今後、大規模災害に際して国際的な緊急援助の必要があるのはもちろんのこ と、医師および救急救命士と消防隊の連携による救助や、劣悪な環境下での救 助隊員の健康管理の問題など、いっそうの救助活動の質の向上が求められるだ ろう。


エルニーニョによる太平洋異常気象

(世界災害報告 1999年版、p.85-99)


<エルニーニョによる異常気象>

 エルニーニョとはスペイン語でキリストの子供と言う意味で何世代も昔にペ ルー人漁師が名づけたものである。歴史的な記録によるとエルニーニョ現象は 過去5世紀の間、2年から10年ごとに起きている。今世紀に入ってからは23回 発生しそのうち威力の大きなものが1980年以降に発生している。

 特に1997年後半、アメリカ大陸の太平洋沿岸には大きな打撃を与え、ペルーの 沿岸では河川が氾濫し大規模な洪水が発生し、道路が何百キロにも渡り使用不 能となった。一方、南西太平洋諸国や東南アジア諸国では深刻な乾燥気候とな り、干ばつや山火事が発生した。

<エルニーニョ現象発生のメカニズム>

通常の気象現象

 太平洋での貿易風は西向きに赤道に沿って吹き、暖かい海面の水を東南ア ジアに押し流して集められ、蒸発して熱帯性の強い雨を降らせる。その一方 で、ラテンアメリカ太平洋沿岸では海水の温度が低く海底からの養分が豊富な 世界有数の漁場になるとともに乾燥した気候になる。

エルニーニョ現象

 太平洋での貿易風が極端に弱まるか反対方向に吹くことにより太平洋の西 側の温かい海水が本来とは逆の東に流されラテンアメリカ沖に集まり、これに より、南西太平洋や東南アジアで乾燥し干ばつが起こり、ラテンアメリカ太平 洋沿岸では季節はずれの大雨が発生することになる。

<エルニーニョ現象による災害>

ラテンアメリカ諸国

南西太平洋諸国、東南アジア諸国

 降水量の激減により干ばつや山火事が起こり、インドネシア、パプアニュ ーギニア、フィジー、ソロモン諸島などでコーヒー、紅茶、ココア、砂糖、 木材などの農業産業に大きな打撃があり、観光産業の収入も大きく減少し た。全体的にこれらの国では経済規模が小さい上に上記の作物を主な輸出 産業としていることから天候による影響が大きく出やすい。

<災害に対する今後の対策>

 「国際防災の10年」では総合防災計画の中で重要な必要条件として、災害 からの復旧能力のあるインフラを強調している。自然災害時および事前、 事後に基本的サービスを確保するには、病院や医療関係の施設、道路や 橋、貯水や物資供給体制、情報伝達、港や空港等の輸送ルートなどのし っかりとした体制づくりがきわめて重要である。なぜならば不十分なイ ンフラではそれだけ被害を大きくしてしまう。また、それらが破壊され ることによりその復旧に必要な費用がかかり悪循環となるからである。

具体的な対策

などが必要であると考えられる。


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