災害医学・抄読会 2002/03/15

1月22日―30日

(河野博臣:震災診療日誌、岩波書店、東京 1995、p.38-72


 今回の課題は、阪神大震災直後から患者の治療に専念したある一人の医師の記録をまとめたものである。

■患者の増加

 震災後以下のような患者が多く認められた。

1)神経症、地震による不安

気持ちが上ずって、興奮気味であったのが、なお続いている人や、地震直後のことが思い出せない健忘症の人、パニック状態になる人、フラッシュバックの現象に悩み続ける人が認められた。

2)震災前、うつ病であった人

震災直後には、ハイの状態になっていたが、再び疲れやすく気力の低下が認められ、不眠の状態になる人が出てきた。

3)心身症、過敏性腸症候群、十二指腸潰瘍、過呼吸症候群など

心身症になる人は震災直後は多分に積極的に立ち回り、被災者の援助や救出に積極的に努力した人が多かった。しかし長続きはせず、疲れが激しく不眠や食欲不振になっている人が出てきて、様々な心身症となって現れてきた。

4)風邪、インフルエンザの増加

予測していたとおり風邪、インフルエンザは増加した。程度も発咳や喉頭痛ぐらいのものから、扁桃腺炎、気管支炎を併発したものが認められた。 水、ガスが出ない中で予備の薬を使って、抗生剤を点滴せざるを得ない人が増加した。

5)ガン患者の増加

残った家にいても、避難所にいても、ライフ・ラインを確保するため誰もが一日中動き回らねばならない。厳しい寒さ、狭い集団生活によるストレス、栄養不足、脱水、ホコリ等によって免疫力の低下が認められ、ガン患者の来院が増えてきた。

■避難所医療について

 震災後1週間近くなって、避難所の人たちは一応落ち着いてきたが、次の問題があることに気がついた。

1)インフルエンザの蔓延

被災地では寒さに震える状態が続いていた。このためインフルエンザの蔓延が起こり始め、老人や子供の肺炎も見られ、健康が心配になった。

2)慢性疾患の増悪化

高血圧、循環器疾患、糖尿病などの増悪、さらには蛋白質やカルシウム低下による栄養障害が増加してきた。

3)災害弱者、老人、子供、障害者に対する配慮不足

70歳の老婦人の夫は、家具の下敷きになった。周囲の人たちに救助を求めたが、入居者たちは逃げて、誰も助けに来てくれなかった。妻が必死に夫を引きずり出して避難所に逃げてきた。この時から周囲の人たちとのコミュニケーションがうまくいかなくなっている。

避難所では老人はトイレが近く、漏らすことがしばしばで眠れない。寒さのために風邪がよくならない。このために肺炎になりそうである。

4)外国人、在外帰国者の心のケアが必要

外国人や中国引揚者は日本語が分かりにくいために、一般市民との交流が悪く、待遇などの差別の原因になっている。まだ先になるが、彼らの間に、心の問題が必ず出そうである。それまで市民による心のケアの援助ができるように準備しなくてはならない。

5)精神障害

余震、地鳴りの続く中で地震災害に対する恐怖が引き続いてあり、不眠、抑うつなどの精神障害が少しずつ見られ始めていた。

■心のケアの重要性

 外来患者の多くが震災後、数日すると災害を切り抜けようという意欲が出てくると同時に、毎日のライフ・ラインの確保だけに生きている中で、心身の疲労を訴え始めていた。絶えることのない余震は身体を揺さぶり、揺れ続けるが、同時に心の恐怖を揺り動かし続ける。 不眠は疲れの中で起こっていた。眠っていてまた大きな余震がきたら逃げ出せないのではないかという思いから、入眠も困難であると同時に眠りも浅い、ちょっとした音や揺れに体が反応する。悲惨な恐い地震の状況が絶えずフラッシュ・バックする。

 この時に、今まで耐えていた恐怖が心身を覆ってしまって、どうしようもなくなるようなパニックの状態になり、過呼吸症候群や心臓神経症の訴えをする人も出てきていた。

 今は身体の危機から心の危機に来ている。震災の直後の動物的な保身反応から、少しずつ人間的な苦悩の時に入っている。喪失の大きさ、深さに今更ながら驚愕し、対処の方法を失っているのである。心傷体験の後にくるストレス症候群は、日に日に人の心を侵し続けている。すべてが予期しない心の準備のない中に起こったのである。

 避難者たち、一人一人は異なった歴史と環境に生きた個性を持った人たちである。何よりも災害に遭った人の悲しみを共有できる人だけが、心の傷を癒すことができる。傷ついた人が傷ついている人を癒すことができる。今から「心のケア」の準備をする必要性があると思われた。


災害医療における皮膚科医の役割

(堀内義仁、日本集団災害医学会誌 6: 118, 2001)


1.阪神・淡路大震災とアトピー性皮膚炎の増悪

 阪神・淡路大震災によってアトピー性皮膚炎患者の約50%に症状の増悪が 認められた。これは、劣悪な環境、ストレス、治療薬の不足などによると考えられる。

 アトピー性皮膚炎以外の慢性皮膚疾患の増悪もあり、小外傷や皮膚感染症の患者 とあわせて殺到することが予想される。これを回避するためには、十分な備品(処置用 の医療器材・抗生剤・外用剤)をそなえておくこと、あるいは供給ルートを確保しておくこと、患者が日頃から余剰の外用剤を確保しておくことが必要である。

2.近年における日本医療チームが活躍した海外の災害と 疾患分類から

 近年の海外における災害のうち、日本の医療チームが行ったものでは、皮膚疾患は平均 10%ほどであるが、20〜30%を占める外傷の中にも皮膚感染症が多く含まれていると 考えられる。つまり、皮膚科領域の疾患が3割強である。

3.日常の皮膚科医の診察活動と災害医療

 病院勤務医のほとんどは多くの災害時の小外傷には十分対応できる知識と技術を身につけている。災害時には積極的に対応するべきである。

4.国内で近年起こった事例からの検討

 国内での災害のうち皮膚科にかかわるものは、実際起こってから皮膚科に関連すると気付いたものが多い。今後も皮膚科医がかかわる予期せぬ災害がおこることが予想され、これらに円滑に対応するために、可能性のある限り種々の災害に対して関心を持ち、対応方法を知り、 必要な薬品を準備しておく必要がある。

まとめ

 災害医療の急性期においては、小外傷・熱傷の処置・感染予防・感染創に対するデブリードマン、切開排膿、抗生剤の予薬などが必要になるが、これらは、皮膚科医が日常行って いることである。さらに、慢性期において皮膚科医は、劣悪な環境下で増悪した多数の皮膚科慢性疾患患者に対する対応が必要である。

 このように、災害医療のなかで皮膚科医が荷担すべきことは多く、その協力が求められるのである。災害というパニック状態の中で能動的、効率的に対応するためには、対応のためのノウハウを意識づけ、対応に必要な物品を備えておくことが肝要である。


トリアージの概念

(鵜飼 卓、救急医療ジャーナル 9巻 6号(通巻52号)8-10, 2001)


トリアージとは

 災害の被災者を、その疾病や外傷の重症度に応じた適切な治療と、医療機関や搬送機関の利用可能状況を見据えて、分類し、選別することである。

 フランス語のtrier(分別する、より分ける、という動詞の名詞形で、第一次世界大戦中に英語にとり入れられ、主として、戦傷負傷者の分類に用いられた。

 現在では、多数の傷病者が一度に発生する集団災害時の負傷者選別(搬送順位や医療機関の選択も含めて)を意味する言葉として用いられている。

 さらには、平時の救急事例搬送に際して、重症度に応じた搬送先病院の選定という意味に使われることも多くなってきている。

トリアージの目的

 傷病者数と医療資源の収容能力のバランスという制限のもとで、最大多数に最善を尽くすことが目的である。

トリアージの方法

トリアージ分類

 災害時における傷病者をその重症度と緊急性に鑑みて、4種類に分けるトリアージタッグをつけ、他の救援・医療関係者が簡単に識別できるようにする。これはほぼ全世界での共通認識となっている。

優先度分類色別 区分身体状況
第一順位緊急治療I生命・四肢の危機的状態で直ちに処置が必要なもの
第二順位準緊急治療II2〜3時間処置を遅らせても生命には影響しない程度
第三順位軽症III軽度外傷、通院加療が可能な程度のもの
第四順位死亡IV生命徴候が無いもの、平時でも絶対救命不可能なもの。

 この分類を、災害現場で簡便に、間違いが少なく、しかも簡単な救命処置もふくめて実行できるものとして、STRT法(Simple Triage and Rapid Treatment)が考案され、実際的で有用であろうと評価されている。

トリアージ実施場所

 トリアージは一度実施したらそれで終わりということではなく、時々刻々と変化する状況変化(負傷者自身の病態の変化、周辺医療機関や救急搬送体制の変化)によって、トリアージ区分を変えられることがある。

 災害現場:

現場でのトリアージが最も重要である。危険が及ばず、しかも救急車な  どのアクセスが良いある程度の広さのある場所を選んで傷病者を集め、 (傷病者集積所)ここで、一次トリアージを行う。搬送手段が不十分で、 この場所に傷病者が長く留まる時には、再度トリアージ判定を行う(二   次トリアージ)。

 搬送中:

搬送中にも二次トリアージ判断が加えられる。

   医療機関:

病院玄関や、救急部入り口付近で、病院のスタッフによって再度トリア ージがおこなわれる(二次または三次トリアージ)。また、放射線検査室や手術室などに複数の傷病者がほぼ同時に運ばれたときにも、どちらの傷病者から先に検査や手術・処置を開始すべきか、新たな判断が下される。

トリアージ担当者

 通常1人の経験ある責任者が行う。この人をtriage officerといい、治療に従事せず、トリアージに専任する。

 職種:

 救急隊員、救急救命士、救急部部長、外科系医師、救急担当婦長や主任看護婦などが行う責任がある。

 わが国では、災害現場では救急隊員(救急救命士)がトリアージ担当者に なる可能性が最も高い。救急部や救命救急センターがある病院ではそこの部 署の上級医師、それらがない病院では外科系の上級医師がトリアージ担当者 となるべきである。

 資質:

  1. 救急医療の経験が豊富で傷病者の重症度・緊急性の判断ができること
  2. トリアージの意義をよく理解していること
  3. 災害現場周辺の医療機関の状況についてある程度の知識があること
  4. 判断力・指導力・決断力があること
  5. 物事に動じず、冷静沈着に判断できる事
  6. 大きな声で明確に指示がだせること
などがあげられる。
実際に多数の野次馬や傷病者の家族・友人のいる前でトリアージ判断をすることは大変勇気のいることであり、また、厳しい業務である。

   大阪府の池田小学校の事件や、兵庫県明石市の花火大会の将棋倒し事故の時も、事態の深刻さの判断や、集団災害であるということの認識の遅れとトリアージのことが問題視された。いづれも救急救命の現場では非常に重要な問題である。


化学工場爆発事故発生時の看護者の行動

―周辺地域病院の看護職アンケート調査から―

(矢嶋和江ほか、日本集団災害医学会誌 6: 111, 2001)


 近年、都市化に伴い農村や僻地の工場周辺に宅地化が進行してきた。そのために、ここ数年こういった工場の爆発事故に、新興住宅地の住民が巻き込まれる危険性は高まっている。地域の病院施設の災害対策は、こうした災害にどのような対応ができるのか、G県に発生した爆発事例を例に、被災者が搬入された4病院で、看護職員はどのような行動を取ったのか、アンケート調査を実施した。

 回収率は、看護管理者4名、看護スタッフ120人中91人(75.8%)だった。回答者の属性として、回答者の職位は、婦長11人(12.1%)、主任19人(20.9%)、スタッフ61人(67.0%)である。事故発生時に勤務中だったのは、13人で、婦長1人、主任2人、スタッフ10人である。勤務外は、婦長10人、主任17人、スタッフ51人である。

 勤務外の婦長・主任の行動は、事故の情報収集が16人(43.2%)、家族の安否確認が5人(13.5%)、職場連絡が4人(10.8%)、病院応援が4人(10.8%)、その他8人(21.6%)であった。一方、勤務外のスタッフの事故発生後の行動は、事故の情報収集が31人(55.4%)、家族安否確認が8人(14.3%)、職場連絡が1人(1.8%)、その他16人(28.6%)であった。その他は、「連絡待ち」「何もしなかった」「寝ていた」などであった。

 化学工場の存在についての周知度は、看護スタッフでは、「知らない」が74.7%、「少しは知っていた」「知っていたが何の工場か知らない」は1割弱であった。

 このように勤務外のスタッフでは、全体として職場連絡や応援など、救急支援への参加行動を起こしている人が少ないことがわかった。ただスタッフより婦長・主任クラスの職場連絡の割合が高く、職業意識の差と考えられる。積極的行動が起きなかった理由として考えられることは、地震とは異なり、小規模で局地的な事故であること、周辺区域の停電と交通規制があったこと、映像などから二次災害の恐れがあったこと、などが考えられる。一方、「連絡待ち」が1割弱いることは、支持があれば動ける状況にあったと理解できる。災害発生時の「積極的な職場連絡」に関しては、逆に混乱のもととなり異論もある。G県の県立病院災害マニュアルでは「震度5以上は連絡抜きで参集する」となっているが、今回のような爆発といった大事故に対する非常参集基準に関する検討も必要であろうと考える。さらに今回の調査の背景には、災害時の看護職の役割が、法律上保健婦・助産婦・看護婦法には明文化されていないこと、看護基礎教育で「災害看護学」は厚生労働省の定めるカリキュラムに入っていないこと、災害に対する卒後教育が行われている施設が少ないこと、看護職能団体としても災害時役割が具体的に明確化されていないことなども考えられる。

 次に、医療機関の災害対策に関連した意見として、災害時の緊急体制やマニュアルに関する意見は17.6%で、婦長・主任の3割が意見を述べている。看護管理者のアンケートでは、災害マニュアルは作成されており職員への周知徹底に努めているとする回答との温度差をうかがわせる結果であった。

 また、化学工場の存在を知らなかった人が大半であったことから、病院周辺の災害を予測したハザードマップ作りと災害時の体制についての周知徹底させる必要があると考えられる。

 今後、看護職能として求められる社会的役割や地域住民に対する責任の重要性に鑑み、非常事態対応に向けた「災害準備」体制の構築を進める必要があるだろう。


米空軍重症患者空輸テーム(CCATT)養成コースへの参加報告

(松島俊介ほか、日本集団災害医学会誌 6: 179, 2001)


1.CCATTの概要

1)CCATTの任務及び編成

 CCATTとはCritical Care Air Transport Teamの略であり、固定翼航空機を用いた重症患者の長距離空輸を主な任務とする米空軍の医療チームである。1チームの編成は Critical Care Physician(集中治療に従事する医師:呼吸器・集中治療専門医、麻酔科医、救急医など)、 Critical Care Nurse(集中治療に従事するナース)、Cardiopulmonary Technician(呼吸循環管理を専門とするテクニシャン)の3名で編成されている。また、米空軍には従来よりFlight Nurse2名、Cardiopulmonary Technician3名から成る通常の患者空輸チームがあり、主として軽症患者あるいは状態の安定した患者の米本国への輸送などを日頃から行っている。 CCATTは、空輸の必要な重症患者が、空輸中に集中治療を要すると判断された場合、現場へ出動し、通常の患者空輸チームと協力して現場で患者の状態を安定化させた後、航空機へ搬入し、空輸中もモニタリング及び治療を行い、最終的治療を受けるための医療施設まで搬送する。この間、治療に関する主導権はCCATTがとるが、治療以外の事柄(例えば患者の積み降ろしなど)については、空輸指揮官の指揮下に入る。

 CCATTは現在、米国に9ヶ所と、ドイツに1ヶ所、日本の横田基地に1ヶ所の計11ヶ所に置かれており、それぞれの地域において重症患者の空輸を行っている。

2)CCATT発足の背景

 CCATTは1997年10月にその要員の養成が開始された比較的新しい部隊であり、CCATTの概念は、米空軍における最大の病院であるテキサス州サンアントニオのWHMC(Wilford Hall Medical Center)で生まれた。

 従来の患者空輸、特に大陸間を飛行するような長距離患者空輸は、患者の状態が安定している事が前提条件であり、集中治療が必要な不安定な患者は長距離空輸の禁忌とされ、必要な場合は状態が安定するのを待って移送すべきであるとされてきた。冷戦時代に比べ、冷戦後は米軍の規模が縮小し、戦域近くの大規模な医療施設も減少し、また戦闘の性格も、民族的、政治的、宗教的な背景が強くなり、局地的、散発的、短期決戦型の性格に変わってきた。さらに、冷戦後は災害派遣など戦争以外の任務が付与される事も多くなってきた。このような状況下では現地に大規模な施設(野戦病院)を展開する事は不可能であり、コンパクトな医療器材を装備した小編成の医療機動チームを航空機で前線へ運び、急速に展開して、集中治療を要するような重症患者は、航空機を用いて最終的治療が可能な最も近い医療施設へ迅速に空輸するのが現実的且つ効果的であると考えられるようになってきた。この場合の移送先は、場合によっては米大陸という事もありうる。また湾岸戦争などで重症患者が実際に米大陸に空輸されるようになると、患者に対して現場からどのような初期治療が行われてきたかによって以後の治療が大いに影響されるため治療経過を知る事は大変重要な事なのであるが、先に述べたようなチーム編成のために、受け入れ病院のスタッフが患者の治療経過を充分に知る事が困難であった。このような背景から、医師が現場に出向いて現場で患者を安定化させ、空輸中も治療を続け、病院まで搬送した方が望ましいと考えられるようになり、また重症患者を空輸できる医療チームのニーズの高まりも相まって、CCATTが編成されることとなった。

2)CCATTコース

テキサス州サンアントニオのBrooks空軍基地には、航空医学教育の中心であるUnited States Air Force School of Aerospace Medicine(USAFSAM)があり、その中にCCATT要員養成のための施設が設けられており、全米軍から選抜された医療従事者が2週間のトレーニングを受け、CCATT要員として登録される。2000年10月までに312チームの養成が行われてきた。コースの内容は主としてAerospace Physiology、Clinical Training、 Operational Trainingの3つで構成されている。

  1. Aerospace Physiology
    航空生理学、低圧環境生理学、装備品の取り扱い、緊急避難要領などの講義及び低圧チャンバーの体験搭乗が行われる。

  2. Clinical Training
    FCCS(Fundamental Critical Care Support)Course Textを用いた基礎的な集中治療の講義や、熱傷の管理、症例の航空医学的な問題、主な使用薬剤の薬理学、症例検討などが行われる。実習では人工呼吸器の使い方、血管確保、多発外傷患者のアセスメント、気道確保などがFCCS基づいて行われる。

  3. Operational Training
    患者空輸で使用される航空機の概要説明、搬送の方法(飛行機の離着陸、航行中の乱気流などに備えて人工呼吸器、輸液ポンプ、モニターなどをしっかり固定する)、装備品の習熟(電源の種類やバッテリーの持続時間、患者用の酸素供給装置の有無、人工呼吸器の接続の可否など)、シミュレーショントレーニング(ブタ、マネキンを用いた患者空輸訓練、訓練の反省点、留意すべき点の討論)などが行われる。

  4. 評価試験
    コース中にFCCS認定試験、装備品習熟度チェック、CCATTコース終了試験の3つの評価試験が行われる。

  5. その他
    種々の講義の中には、医療従事者にはあまり関係のないようなもの、つまり軍人として知っておくべき知識である有事の命令系統、責任の所在、個人の行動指針、安全管理、セキュリティー、カムフラージュ、武器使用の方法、武器を使用する際の警告の仕方、敵に狙われないための注意点、ハイジャックされた時の行動要領などの講義も盛り込まれている。


国際緊急援助隊(JDR)救助チームについて

(岡崎有二、救急医療ジャーナル 9巻 4号(通巻50号)8-11, 2001)


国際緊急援助隊(JDR)救助チームについて

1.国際的な救助活動

 日本では地震や台風などの自然災害が多いために、その対策面で豊富な経験と技術的ノウハウを蓄積している。国際緊急援助隊は、被災国または国際機関の要請に応じて必要な人員の派遣を迅速に行い、国際緊急援助活動を行うことを目的として設立されたものである。これは救助チーム、医療チーム、専門家チーム、自衛隊部隊からなり、被災国の要請、災害の規模、種類などに応じて、災害ごとにいずれかのチームが単独で、あるいは複数のチームを組み合わした形で編成され、国際協力事業団(JICA)を通じて派遣されている。

2.救助チームについて

 日本の国際的な援助隊派遣は、1979年のカンボジア難民救済のために派遣された国際医療チームに始まる。そして、1987年9月16日に国際緊急援助隊の派遣に関する法律(JDR法)が施行されて、現在の体制が正式に整うこととなった。1986年以降の15年間で9件出動しており、近年、発災から非常に早いタイミングで派遣されるようになってきたこと、台湾地震の時に100名を越える大規模なチームが派遣されたことなどが特徴的である。しかし、これらの経験から隊構成、携行機材、現地本部設置の必要性などの問題点や反省点も見えてきており、改正に向けて努力している。さらに、現場での医療チームとの連係も大切な課題であって、連携がうまくいけば相互の緊急活動がうまくいくと考えられる。

3.救助チームの構成

 消防庁、警察庁、海上保安庁の救助隊員から構成されており、これらの隊員は災害時の救出、救助の訓練を十分に受けて、豊富な経験を有している。合計で1500名からなっており、他に外務省およびJICA職員が参加して他国との調整を担っている。

4.派遣

 上記の各機関は常に海外の災害情報を収集しており、災害は発生したときはすぐに相互に連絡を取り合い、派遣に備えて準備をする。要請を受けると、外務省はJDR法に基づき、要請内容、災害規模に応じてチーム派遣を検討し、関係省庁との協議を経て派遣決定を行っている。また、救助隊員の選定は外務省が3庁に対して要請し、それを受けた各庁がそれぞれ行っている。

5.機材

 活動機材は、救助活動機材と生活資機材とに大きく分かれる。現在では台湾地震の時に不足したことから、100名規模のチームが派遣できように用意している。救助活動機材としてはレスキューツール、削岩機、ハンマーなどの破壊救助器、簡易画像探索機(ボーカメ)、携帯型ファイバースコープ、スコップ、ストライカーなどの手工具などに大別される。主な生活機材に関しては発電器、浄水器、OA器、インマルサット(衛星電話)、無線機などの通信機器、テント、シュラフ、簡易トイレなどがあげられる。さらに現地対策本部設置のために原則としてエアーテントを2張り携行する予定である。また、隊員の個人装備品としては、ヘルメット、キャップ、ユニフォーム、活動用シャツ、ファーストエイドキット、必要最小限の水と食料(アルファ米)が準備されている。これらの機材は各庁とJICA関係機関の間で議論されて、JICAが調達、保管していて機材運搬の手続きを行っている。

6.研修訓練

 救助チームではJICAが主催してリーダー研修と機材習熟訓練を行っており、中隊長、小隊長の隊員に毎年1回、2日間の日程で実施されている。機材習熟訓練は今後JDR救助チームに参加する可能性のある救助隊員に対して毎年1〜2回、3日間の日程で実施されている。これらの研修は1999年8月、9月に発生したトルコ、台湾地震での救助活動の経験からより実践に即した訓練を行うことが求められている。今後の訓練内容は、名称を総合訓練(仮称)とし、従来の救助活動機材の取り扱い訓練に加えて野営訓練や夜間訓練などを取り入れ、実際の現場を想定した高度な訓練にしていく予定である。


厳冬により増大するロシア危機

(国際赤十字赤新月社連合 世界災害報告 2000年版、p.69-92)


 ロシアはいまや危機的状況に瀕している。ロシアにおける収入の低下、失業の増大、財政システムの崩壊による慢性的な食料と医薬品の不足は、緊急で広範囲な人道的援助を必要としている。1998年8月17日のブラックマンデー後のルーブルの切り下げと対外債務の一時支払停止はインフレの波を引き起こし、外国資本の流入を停止させた。ルーブルの価値の急落は国家に食糧輸入の支払能力を失せさせた。8月危機以来、ロシアは輸入医薬品の価格の急上昇についていけないでいる。このため栄養不良、貧困、病気が拡大することは避けられない。

 8月危機以降、インフレ率は年70%、失業率は20%に上昇している。ロシア生活水準センターのデータによるとロシアの全人口1億5千万人のうち7900万人が貧困にあえいでおり、さらに悲惨なことには子供たちの40%が貧窮に苦しんでおり、このうち少なくとも100万人がホームレスである。医療品価格の上昇は増大する絶望感と相まって、ロシア国民の健康に重大な問題を引き起こしている。

 現在ロシア人の平均寿命は58歳以下である。乳児死亡率は出産数1000あたり、ほとんどの西欧諸国では11か12であるのに対し、16である。ユニセフによると1歳から19歳までの子供の年間死亡数はイギリスと比べて7倍である。幼児の死亡原因の半数は事故、負傷、中毒、暴力であり、残る半分は栄養失調と劣悪な生活環境が原因となっている。WHOはロシアのこうした平均寿命の低下の原因を貧困、失業、ホームレス生活、過度の飲酒・喫煙によるものとしている。大部分のロシア人にとっては飢えよりも、資金の不足が栄養失調・慢性病につながり、飲酒や自殺に現れる絶望感を生んでいることが問題である。

 WHOによると最も深刻なことはエイズや結核といった感染症が驚くべき速さで広まっていることである。今ではアルコールよりも大きい死亡原因となっている。ロシアは今や、耐抗生剤性結核の流行に悩まされている。ロシア国内だけで年間11万1000人が新たに結核に罹患し、推定で2万5000人が死亡している。これは1991年の統計の約2倍である。国の貧弱な結核予防策と無計画な治療プログラムによりロシアのある地域では患者の20%が耐抗生剤性結核患者となってしまっており、ホームレス、囚人、アルコール依存者などの非衛生的な環境から広まった結核やエイズは今や社会全体を脅威にさらしている。

 ロシアが現在直面している危機と、これまで人道援助機関が対応してきた自然災害との間には大きな違いがある。たとえば中米を襲ったハリケーン「ミッチー」において人道援助機関の果たすべき任務は、ロシア危機に比べてきわめて明白であった。災害はいつロシアを襲ったのか、どのような被害を被ったのか、どれほどの資金と食料が必要なのか。これらの疑問に対する解答は明らかではない。災害地域が特定でき、範囲も限定的で短期間のものならば緊急人道援助は最も有効に対応できる。しかし、財政危機・経済危機の場合にはその性質上、被害は全国規模で何年にもわたり、数千万世帯に影響を及ぼす。

 実際のところ、ロシアは食料に不足していない。農民たちは国内よりも国外で売った方が儲けが大きいと考えており、世界中から小麦や穀物の支援を受けているにも関らずロシアの穀物輸出量は増えている。ただ食糧を買う金と食糧を流通させるネットワークが不十分なのだ。援助をする上で重要なことは、どこが「需要の問題」(資金不足など)で、どこが「供給の問題」(破綻した市場・物流システムによる品物不足)であるかである。

 貧しい国々への国際援助が変化するのに伴い、以下の方向性が明らかになりつつある。

  1. 経済成長、公共投資および開発のための基本必要条件(公共制度、市場機構、規制構造など)の整備に基礎をおいた援助の促進
  2. 経済危機の貧困層への影響を軽減し、災害時に迅速な対応を可能とする社会安全保障システムの構築
  3. 無能力な国家組織や汚職に浪費されることなく、直接、最終使用者への援助を行き渡らせるための援助物資引渡しの地方分散化

 効率的な援助のためには、最も危険な状態にある人々がどこにいるかを確認し、災害が広がらないうちに迅速な対応をとるための公共設備・社会基盤が必要であり、さらに援助の内容や対象が適切であるかを確認するための状況監視システムと公共情報網を整備・活用する必要がある。そのためには公共部門の開放性、国家の効率性・透明性及び公共的な議論を促す社会政策が奨励されるべきであり、こうした行政機関を活用して人道援助の活動の効率性を高めることができる。

 国家にとって最貧層は他の市民と比べ支持基盤としては小さいため、最貧層に絞った援助を行うことは政治的観点から難しい。国際援助機関は一時的に国家の代わりに福祉サービスを提供することによって、ロシアの市民社会の発展を助けることが可能である。また、脆弱なNGOなどの民間機関を支援・強化することによって、貧困層の安全保障をする能力を身に付けさせることができる。

 ロシアの経済危機の重要な教訓の一つは国家の役割は決して疎かにできないということである。社会政策は国の組織や公共機関を通じて完全に実施されねばならない。ロシアにおける災害予防および救援を成功させるには、最貧層への支援措置を講ずることのできない国家に対し、何らかの対策をとる必要がある。国際機関は弱りきった政府の福祉部門を支援する方法を再検討することによってこれを開始することができる。

 公平・中立・独立を好む人道援助機関にとって自分たちが政治的課題や政府の組織強化の役割を負うのは不愉快であろう。しかし援助機関が本当にロシアの貧困と災害を軽減したいと望むなら、ロシア政府や地方自治体と協調してこなかった今までの姿勢を考え直さなければならない。市民社会が発達すれば、それはやがて最弱者層を助ける役割を果たすであろう。しかし、ロシア政府が、適切にその社会福祉的役割を果たすような状態に戻ることも、同様に重要な人道的課題である。


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