災害医学・抄読会 2002/02/15

Part 5 過去の地震被害と将来の被害予測(上)

(竹内 均、迫り来る巨大地震 Newton別冊、2001年2月10日号、p.98-113)


 全国各都道府県別、過去の地震被害と将来の被害予測についてまとめる。

1.北海道:

2.青森県:

 県の東方沖(太平洋側)と西方沖(日本海側)で発生する海溝型地震と、県中央部で生する内陸型地震が大きく影響する。海溝型地震では94年三陸はるか沖地震(M7.5)で大きな被害がでた。

3.秋田県:

 日本海で発生する海洋型地震と、内陸の浅い場所で発生する内陸型地震が被害をもたらす。内陸型地震は県のほぼ全域に分布しており、東北地方の他の地域と比べて数が多い。

4.岩手県:

 三陸海岸にあるリアス式海岸では、湾の奥で津波が高くなるため、被害を大きくする一因となっている。60年にはチリ地震津波により死者・行方不明者62人が出ている。

5.宮城県:

 政府の地震調査員会は、今後20年以内に牡鹿半島沖で巨大地震の発生する確率は約80%と発表している。地震の規模はM7.5前後からM8.5前後になるとしている。

6.埼玉県:

 ほぼ全域に活断層が分布しており、万が一発生した場合には、震源が浅いために兵庫県南部地震のように大きな被害が発生する可能性がある。

7.千葉県:

 相模トラフ、日本海溝に囲まれているため、プレート境界で発生する海洋型地震の被害を強く受ける。またフィリピン海プレートや太平洋プレートの沈み込みに伴い、内陸の様々な深さで地震が発生し、県のどこにででも直下型地震が起こりうると予想される。

8.横浜市:

 横浜市では東海地震(M8.0)、南関東地震(M7.9)の二つの地震を仮定して被害想定を行っている。東海地震では市域内が震度5になり、建物被害棟数1万6千棟あまり、死傷者約300人となる。南関東地震では震度6〜7、建物被害棟数約11万6千棟、焼失棟数26万2千棟、死傷者1万8千人あまりと推定されている。

 ※各都道府県とも過去の地震発生状況より海溝型と内陸型地震とに分けて、地震被害予測を行っており、それに基づいて予防対策を行っている。

愛媛県における地震について

 2001年3月24日 15時28分頃 芸予地震
 震源地:安芸灘 震源の深さ 51 km M 6.4 最大震度 6弱
 人的被害:死亡1名、負傷者74名(重傷74名、軽傷67名)
 住宅等の被害:5,336棟

 愛媛県に被害を及ぼす地震は、主に瀬戸内海の西部や豊後水道付近で発生するやや深い地震である。この他、南海トラフ沿いの巨大地震や陸域の浅い地震で被害を受けることもある。この南海トラフ沿いの巨大地震のなかで、四国沖から紀伊半島沖が震源域になった場合には、地震動や津波による被害を受けることがある。また、1960年のチリ地震津波のように外国の地震によっても被害を受けることがある。この他にも四国地方は活断層が多く分布しており、活動度が非常に高い中央構造線断層帯が県の中央部をほぼ東西に走り、この断層帯の活動(右横ずれ)でできた非常に明瞭な地形が新居浜平野の南縁などに見られている。

 以上のような愛媛県の活断層分布、過去の地震被害からと1995年の阪神・淡路大震災からの教訓として、愛媛県では県地域防災計画の見直し、消防広域応援体制の整備、消防防災ヘリコプターの導入、防災行政無線の整備など、地震対策の充実強化を図っている。

【その他、県の取り組み状況】

【まとめ】

 日本は地理的・地形的に地震の発生しやすい国であり、各都道府県ごとに震災対策の充実・強化を図っている。実際、地震を確実に予知することは困難であり、万が一大規模地震が生じた時には被害を最小限にとどめなくてはならない。そのためには行政の地震対策はもちろんのこと、市民一人一人が災害に対する意識を深め、日ごろの備えを行うことが必要不可欠であると考える。


現場トリアージ

(浅利 靖、救急医療ジャーナル 9巻6号(通巻52号)、17-20、2001)


 災害発生時には、現存する限られた医療スタッフや医療資器材などの機能を最大限に活用して、可能な限り多数の傷病者の治療を行い、一人でも多くの命を救い、社会復帰をめざすことが最大の目的となる。そのために現場でのトリアージは、傷病者の重症度、緊急度とともに、災害の種類、規模、地域の医療能力などについての考慮が必要となる。

 混乱した災害現場で有効なトリアージを行うためには、現場での対応を有機的に行うことが必要であり、このため指揮命令系統とシステムの確立が不可欠である。トリアージ実施者は救急医療の経験が豊富であり、かつトリアージの知識技術と決断力に富んだ者である必要がある。災害現場では、最初に到着するのは救急隊員(救急救命士)である場合が多く、彼らがトリアージを行うことになる。トリアージを行うものは治療行為などは行わずトリアージのみに専念する。医師が現場に到着すればその医師にリーダーシップを委ねる。そして、看護婦・士が現場に到着した場合は、医師の指示の下にトリアージに協力する。現場救護所ではトリアージを行いトリアージタッグを付け、可能な限りの応急処置(呼吸管理、圧迫止血など非常に限られている)を行う。

優先度分類色・区分疾病状況診断
第一緊急治療赤・I生命、四肢の危機的状況で直ちに処置が必要気道閉塞または呼吸困難、重傷熱傷、心外傷,大出血、止血困難,ショック
第二準緊急治療黄・II2〜3時間処置を遅らせても悪化しない程度のもの熱傷、多発・大骨折、脊髄損傷,合併症のない頭部外傷
第三軽症緑・III軽度外傷、通院加療が可能なもの小骨折、外傷、小範囲熱傷
第四死亡黒・0生命兆候のないもの死亡・明らかに生存の可能性の無いもの

 実際に混乱した現場でのトリアージは、まず歩行可能な傷病者を安全な場所へ避難誘導する。そして、それ以外の歩行不可能な傷病者の中から緊急に医療を必要とする傷病者を見出す。原則として、歩行可能な傷病者を緑色に区分し、歩行不可能な人々の中から重傷者を選別する。 この場合、地域医療施設の受け入れ能力に関する情報が必要となる。通常、消防機関では災害時における傷病別(例えば頭部外傷や熱傷など)地域医療施設の傷病者受け入れ状況についての情報を保有しており、これを基準にして、災害地域内医療施設のみでなく、災害地域外の後方医療施設への搬送の適応について判断を行わなくてはならない。

START法(Simple triage and rapid treatment system)

 混乱する災害現場で、より簡便かつ短時間で多数の傷病者をトリアージする方法として、近年START法を一部修正したものが普及している。START法は1980年代初頭にNew-port Beach,California(USA)で誕生した。START式トリアージは呼吸、循環、意識レベルをこの順番で評価し各治療群を抽出するものである。処置は気道の開放と外出血の止血(著しい外出血は、出血部挙上、直接圧迫、駆血帯等でまず止血をはかる)にとどめそれ以上の救急処置をは控える。一人の負傷者に1分以上をかけてはならない。

A. ステップ 1(呼吸の評価)

 負傷者のそばに立ち声をかけ身体を揺する。反応がなければ、下顎挙上など気道を開放し呼吸の有無を調べる。気道開放の処置を2回繰り返し呼吸を認めなければ、死亡群(0:黒)とする。浅表呼吸で毎分30回を超えていれば、緊急治療群(I:赤)とする。30回/分未満ならステップ2へ進む。

 注)START式の変法として、10回/分以下も緊急治療群(I:赤)とすることがある。

B. ステップ 2(循環の評価)

 循環の最も簡単な評価として、Blanch test (capillary refill:毛細血管再充血時間)を用いる。爪床を5秒間圧迫し解除後の 時間を観察する(nailbed refill)。口唇、手掌、前額や脛骨全面などの他の部位での観察でもよい。

 Blanch test が2秒以上なら緊急治療群とする(I:赤)。2秒未満ならステップ3に進む。

 注)Blanch test は寒冷地などでは、正常人でも遅くなるため修正を加えなければならない。これに代わる方法として一つは、脈拍数が120回/分以上なら緊急治療群(T:赤)とする場合がある。もう一つの方法として頚動脈は触れるのに、橈骨動脈は触知しない場合も緊急治療群(I:赤)としてよい。

C. ステップ 3(意識レベルの評価)

 「目を開けてごらん」や「手を握りなさい」など簡単な命令に反応するかどうかをみる。正確に反応しなければ、緊急治療群(T:赤)とする。

D. START式で緊急治療群(T:赤)とならなかった群で、歩けない負傷者を準緊急治療群(U:黄)とする。


SAVE法(Secondary Assessment of Victim Endpoint)

 地震などで被災地の中で十分な治療を行える医療施設が存在しないようなときにSAVE法はSTART法と組み合わせ現場での治療が必要かつ有効な傷病者を見出し治療の優先順位を決定するガイドラインとして提唱されている。同法では傷病者を以下に分類する。

  1. いかなる治療を受けても救命の可能性がない傷病者(非治療部門)
  2. 治療を受けても受けなくても生存可能な傷病者(非治療部門)
  3. 現場で受ける処置により生命予後が改善する傷病者(治療部門)

 Crush syndromeや四肢切断、頭部・胸部・腹部外傷、脊髄損傷、熱傷に対してガイドラインが設けられている。

 オーバートリアージは医療資源に対して負荷となり、ほかの重症傷病者の治療を妨げる。逆にアンダートリアージは致死的な傷病者の治療や搬送を遅らせる原因となる。実際、アンダートリアージを10%にするためには、50%のオーバートリアージが必要であるとも言われている。完全なトリアージは達成するのが困難であるが、より完成度の高いトリアージを行うため常日頃からの訓練が重要となる。


生物剤テロ対処

(箱崎幸也ほか、日本集団災害医学会誌 6: 87-96, 2001)


 2001年9月11日の米国本土での同時多発テロ以降、全米での炭疽菌感染者の発症など、全世界が生物剤テロの脅威に直面している。多くの細菌・ウイルスが生物剤テロで利用可能と考えられている。


代表的な生物剤(炭疽菌・天然痘について)

1.炭疽菌(bacillus anthoracis)

 グラム陽性芽胞形成菌(熱に強く、乾燥にも強い) 侵入経路により臨床症状は大きく異なるが、ヒトは土壌や感染動物から感染する。

[症状]

 いずれも未治療だと敗血症に移行する。

[治療] 初期段階では、抗生物質(ニューキノロン)による治療が可能であるが、発病後48時間以内に内服しても致死率は90%以上との報告もある。秘匿テロにて被爆した場合は、シプロキサンまたはドキシサイクリンを通常は6週間内服予防を行う。感染患者の治療には、第一選択薬シプロキサン・第二選択ドキシサイクリンが有効とされている。1999年CDCの「生物剤テロの模倣犯対処へのガイドライン」では、炭疽菌が否定されるまで抗菌剤内服を継続し、ワクチン接種は炭疽菌が判明してからの接種を推奨している。死菌ワクチンは曝露前では最も有効であるが、日本では許可されていない。無治療では、致死率は90%以上に及ぶ。100Kgの炭疽菌芽胞で、人口密集地では、300万人の命が奪われる。

2.天然痘(Smallpox)・・・天然痘ウイルス。1977年絶滅。

 [症状] 空気感染(人から人)。前駆症状は倦怠感、発熱、頭痛である。発疹(四肢に同時発生)が特徴的であり、紅斑、丘疹、水疱、膿疱、結痂、落屑の順で、1〜2週間で痂皮化する。

 [治療] 特異治療はなく、予防ワクチン(生ワクチン)により少なくとも5年間の効果が見込まれている。免疫グロブリン0.3mg/Kgは、早朝(曝露24時間以内)使用で70%予防可能である。

生物剤テロ対処

 まず、事象認識のもと計画の発動・管理が重要である。患者発症時には、十分な応急処置を最優先にトリアージを行う。第一次トリアージでは医療除染・非医療除染区分しなければならない。第二次トリアージは病院(玄関前)で実施し、治療区域と待機区域を設けて患者に対処しなければならない。また、そのトリアージ時には、想定される病原体を考慮してのサンプリング(痰・血液・便など)が重要である。診断には臨床症状や疫学的判断で迅速な対応が要求される。治療法は原因生物剤によって様々であり、大量患者発生時には特定の解毒剤、ワクチン接種、抗生物質を要し、曝露後であっても臨床症状の軽減に有用と考えられている。


瓦礫の下の医療 Confined Space Medicine
−究極のフレホスピタルケア―

(井上潤一ほか、救急医療ジャーナル 9巻4号(通巻50号)、16-21、2001)


わが国と米国に見るConfined Space Medicineの現状について

 ある種の救急患者においては、病院へ搬送するまでに発症直後から適切な処置を行わないと病状が著しく悪化し、時には救命の機会さえ失うことがある。すなわち救急患者の処置は病院以前から開始されるべきであり、これをプレホスピタルケアという。

 わが国では近年プレホスピタルケア、とりわけ災害時超急性期における捜索救助活動の重要性が認識されるようになった。しかし、クラッシュ症候群で救出した直後に死亡した例に代表される、いわゆるPreventable Death(防ぎえた死)を真に防ぐためには、最前線の災害現場での医療活動が必要であり、捜索・救助・医療が一体となって活動する総合的な救助医療システムの構築が必要であるが、わが国ではこのようなシステムの確立には至っていない。

 一方アメリカでは、崩壊した建造物などの瓦礫の下に閉じ込められた負傷者に対する、医療を含めた包括的な都市捜索救助活動:Urban Search and Rescue(以下US&Rとする)が確立している。このUS&Rシステムの目的は、崩壊建造物内の要救助者に対する捜索・救助活動および医療の提供であるが、これは単に負傷者を救命するというだけではなく、その機能予後をも最大限に改善させることを目指し、救出活動中から並行して高度な医療活動を行う総合的な救助活動として位置付けられている。US&Rシステムの医療チームのメンバーは、現場では

  1. 実施者(負傷者と直接かかわり、状態評価と処置を行う)
  2. 介助者(実施者が効果的に活動できるよう、常に先を読みながらアシストする)
  3. 医療指揮官(責任者として医療部門全体をコントロールし、他部門との調整を行う)
  4. 記録・安全担当(処置と状態評価の経時的な記録および活動中の安全確保を行う)
  5. 装備・供給担当(機器のセットアップと整備、資機材調達・在庫管理を行う)
の五つの役割に分かれて活動する。

Confined Space Medicineの特異性について

 災害現場などの瓦礫の下の医療は、制限された空間での医療行為(Confined Space Medicine、以下CSMとする)であり、院内の臨床活動とは異なった特徴がある。Confined Spaceの特徴は1)暗く、狭く、座ることもままならない空間である、2)鋭利な障害物(ガラス、サッシ、破砕物)、有毒ガス・酸欠、漏電、下水など種々の危険物が存在する、3)粉塵による呼吸障害、高温・低温、多湿・乾燥により体温異常や脱水をきたす、4)常に二次災害の危険を伴い、極度の緊張・恐怖感等の精神的ストレスを強いるといった点がある。

 CSMで一般的に見られる病態は骨折、挫創、頭部外傷、多発外傷、低体温、脱水等があり、とくに低体温と脱水はすべての要救助者が併発しているとみなして治療にあたるべきである。 また、CSMで特異的に見られる病態は以下の1.〜3.が挙げられる。

  1. クラッシュ症候群

     圧挫された筋組織の再灌流障害と相対的低容量がその本態であり、救出直後の高K血症による心停止から、その後のコンパートメント症状、腎不全まで一連の病態を引き起こす。治療としては、障害物除去前の急速輸液(相対的脱水を硫酸加リンゲル液により補正)と薬剤投与(高K血症に対する重炭酸NaとCa製剤投与)を行う。災害時にこれらの治療が行えない場合は、筋膜切開や救命的断肢術を行いクラッシュ症候群を予防することがある。

  2. 粉塵による障害

     倒壊時に発生した粉塵は気道に吸入され呼吸障害を、また目に入り眼障害を引き起こす。さらにいったん落下・沈静下した粉塵が救助活動による振動等により再度舞い上がることにも留意する。瓦礫内進入の際には、医療チーム・要救助者双方に対する防護策が必要となる。

  3. 危険物による汚染・障害

     また、病態を修飾し医療活動に制限を与える因子としては、1)災害発生から治療開始までの長時間の経過、2)要救助者の身体へのアクセスの制限、3)医療者の安全装備による活動制限、4)周辺の医療体制も被災し混乱している可能性などが挙げられる。

     このようなCSMの特異性から、医療チームの参加者には充分な教育と訓練が必要不可欠であり、その上で訓練から実際のミッションまでをカバーする補償制度が必要である。また、CSMの活動の大原則は何よりもまず安全第一であり、瓦礫の下での安全確保および確実な感染防御策をとるべきである。したがって閉鎖空間への侵入に際しては、ヘルメット、ゴーグル、防塵マスク、手袋、肘膝プロテクター、安全靴の装着は必須である。

結論

 わが国もCSMの充実に向けて、組織横断的なシステムの整備、人材の育成、救急救命士の施行可能な処置の拡大など、取り組むべき多くの課題があり、これらをクリアしてCSMを整備し、Preventable Deathをなくして一人でも多くの人を救うことが望まれる。


アンケート調査に基づく敦賀湾における核事故を想定した広域医療対応力の分析

(小城崇弘ほか、日本集団災害医学会誌 6: 100-104, 2001)


【はじめに】

 東海村における臨界事故以来、大規模核事故の可能性が認識され、その対策を講じる自治体も現われ始めている。小規模な核事故とその被曝患者への対応は従来の被曝医療ネットワークを中心とした組織が有効でるが、大規模な避難区域が生じた場合や、多数の被曝患者が生じて避難区域が自治体レベルを超えた場合の総合対策、とりわけ医療気管の対応力に関しては未知数の部分が多い。本研究では敦賀湾における核事故により広範な避難地域が生じたと想定して、北陸・近畿・東海の広域で住民が避難した場合に生じうる医療面での問題を調査し、今後の課題について検討した。

【対象と方法】

 敦賀湾の核施設は福井・京都にわたって立地しており、本研究では敦賀湾の限定された地域のみの避難と、西日本の広範な区域が対象となる避難の2つのケースについて検討した。避難経路として想定される高速道路や鉄道網の接続状況、大量難民を受け入れ可能な都市機能などを考慮し、滋賀・石川・兵庫・大阪・岐阜・愛知の医療機関1,814施設を対象としたアンケート調査を行なった。調査内容はヨウ素製剤の保有率、熱傷や骨髄抑制に対応可能か、災害対策の実施状況、避難必要数と避難可能数、災害時の連絡網の有無を確認した。

【結果】

 必要な情報源の認知度については核事故の際の役所の対応窓口、緊急被曝医療ネットワークの連絡先、治療法の問い合わせ先、自施設患者の転送先やコーディネイト組織の認識率はいずれも10%を下回る結果となった。

 ヨウ素製剤の備蓄状況として、甲状腺疾患の予防的投与に用いられるヨウ素製剤の備蓄状況はヨウ化カリウム錠26万錠、ヨウレチンは0.75mg錠相当で28,000錠など、10万8,000人分が備蓄されている。敦賀湾近郊の最大の都市である敦賀市の人口69,000人に比べて十分な量が保有されている。

 汚染患者取り扱いや二次汚染防御措置に際して、比較的専門的知識を有する放射線科専門医の在籍率は133/500施設で26.6%であった。

 急性期管理体制として重症熱傷の急性期管理と骨髄抑制に対する治療が可能であるか否かについては、前者で可能施設が59、不可能が577であり対応できる患者数は合計105人であった。後者ではそれぞれ44、591施設であり106人となっている。また対応不可能の理由としてはどちらについても設備不足と専門家の不足を挙げた施設が67%前後となっている。

 災害対策整備状況を確認したところ、核事故対策治療マニュアルの保、核物質・化学物質・病原微生物汚染患者取り扱い手順の確立、火災などの一般的な災害時の入院患者院外避難手順の確立、避難訓練の実施、大規模災害対策手順の確立、それぞれの達成率は1.4%, 6.1%, 88.3%, 93.3%, 37.1%であった。災害対策マニュアルを保有している施設において、トリアージ手順の確立、自施設被災時の手順、スタッフ被災時の手順、入院患者の安全圏への搬送手順、それぞれの達成率は29.%, 58.0%, 48.8%, 54.0%であった。


 近畿から中京地区までの範囲が避難対象となるような大規模核事故においての避難態勢について調査した。行政が全ての市民について避難手段を用意することが困難な場合、自主的な避難を実施せざるを得ないが、施設での避難必要数と施設独力での避難実施可能数は、徒歩、車椅子、担架によるものがそれぞれ36,941人:23,791人、23,087人:7,591人、19,608人:4,735人であった。また入院・外来患者で即時搬送困難な症例数の合計は入院患者が7,197人、在宅患者が2,448人であった。人工透析患者の受け入れ態勢として、患者扱い数は6,496人、受け入れ可能数は1,357人であった。

 核事故に対する認識として医療機関の不安があり、治療前に自衛隊や自治体にて洗浄や放射線検知機による検査が実施されるとして、このような処置の対象となった患者の治療に関して不安を覚えるとした施設が472/587で80.4%あった。その理由として経験や知識不足、治療や洗浄・隔離設備を保有しないこと、スタッフや他の入院患者の被曝・汚染に関する理由、過去の核事故に際しての情報公開のあり方などを挙げている。

【考察】

 情報源の認知度、核事故マニュアルの普及状況とも低率であった。核事故自体が稀なケースであることから、日常診療における優先順位が低いことが考えられる。

 放射線専門家の数や重症熱傷や骨髄抑制治療への対応などの未整備状況は、日常一般治療体制や医療経済との兼ね合いもあり速やかな改善は困難であると思われる。

 敦賀湾限定の核事故におけるヨウ素製剤投与に関しては、備蓄量11万人分ということから十分な対応が可能と思われるが、大都市を含む大規模災害となった場合に備えて核施設保有国による緊急輸送に関する体制整備も必要であろうと思われる。

 重症熱傷、骨髄抑制治療については現在、各地で治療ネットワークの形成が進行しており、若干の状況改善が期待されるが、現状では同時多発のケースでは広域搬送の対象とならざるを得ない。患者のコンディションによっては広域搬送が困難であったり、限度を超える患者発生時はトリアージを実施する事態も予想される。

 一般施設の被災に関して、施設間ネットワークや各種災害マニュアルなどは低予算で整備可能で、他の各種災害に援用可能なシステムであるため、積極的な整備が望まれる。災害拠点病院や県立病院単位でのネットワークは整備されているが、ネットワーク外に置かれている施設と患者が存在するため、とくに広域避難に関しては自治体の枠を超えて国レベルでの調整が不可欠である。

 個別の災害対策マニュアルにてNBC災害に関する検討はほとんどなされていない。その一方で、二次災害の不安を感じている施設は極めて多い。NBC災害は専門性が強く、対応すべき範囲が広範で、個別施設の対応の限界を超えていることが考えられる。災害拠点病院の設備整備や、二次施設への二次被災防止のための専門知識の指導などの補助が必要と思われる。

 一般公共輸送機関での大量輸送が困難な車椅子や担送といった患者群に対する輸送力の検討は今後の課題となる。

 人工透析通院数と過剰受け入れ可能数の乖離が確認された。阪神・淡路大震災では周辺に神戸市より大規模な人工を有する都市群が待機していたため解決可能であった。しかし、避難区域が広範となった場合や大都市が発災中心となった場合、様々な医療措置が不足となる事態が想定される。政策における余剰医療設備の適性量の決定は、医療経済的な側面からだけでなく社会安全保障の側面からの検討も必要と思われる。


第5章 被災地外の支援後方医療施設活動マニュアル

(東京都衛生局医療計画部医療対策課、災害時医療救護活動マニュアル、社会福祉法人 東京コロニー、1996、p.64-69)


 被災を免れた地域にある後方医療施設において必要とされる活動として、傷病者の受け入れ可能情報の報告や把握、医療救護班の派遣に関する情報の報告や把握、また受け入れ傷病者などへの対応があげられます。

 まず傷病者の受け入れ可能情報については、空きベッド数や在院している医療スタッフの対応能力などを確認し、受け入れ可能人数を診療科目毎に把握し、消防庁や衛生局などからの問い合わせに応じたり、自主的に報告したりします。また被災情報などを速やかに収集し、他地区の被災状況を把握するように努めます。在院医師などのみで対応できない場合は、必要に応じ、区市町村などの関係機関に対し応援要請するとともに、医師、看護婦、事務職員などの緊急参集を指示します。

 次に医療救護班派遣については、まず在院医師などを確認し医療救護班の派遣可能状況を把握、衛生局に連絡、報告します。在院医師のみで対応できない場合には必要に応じ、医師、看護婦、事務職員などの緊急参集を指示します。次に医療救護班の派遣に必要な医薬品、医療資器材などの準備をするとともに、搬送手段を確保します。その後、地元区市町村、地区医師会などから医療救護班の派遣要請を受けた際には、被災地までの状況、車などの移動手段などの情報を把握するとともに、医療救護班員の制服、3日間程度滞在することを予定した必要な医薬品、食料、飲料水などを持参の上、速やかに出動します。このとき、派遣期間が長期になる場合も想定し、交代要員の準備、医薬品などの補給などを考慮しておきます。なお、必要な医薬品などの準備ができない場合には、衛生局などに要請します。

 受け入れ傷病者に対しては在院医師などを中心とする緊急医療治療班を編成し、必要な治療にあたります。なお、傷病者が到着の際には、改めてトリアージを行い、治療の緊急度などに応じて迅速かつ適切な診療に努めます。医薬品、医療用資器材、血液などについては、備蓄用の医薬品などを活用しながら当面は対応しますが、不足がみられる際には区市町村又は衛生局に対して搬送要請を行います。また傷病者を受け入れた後は、混雑状況や診療可能か否かについて地元区市町村などに報告し、マスコミなどにも、取材などがあれば、必要な情報提供を行います。死亡、負傷した、又は他病院へ搬送した患者などの氏名について、必要に応じて公表を行います。

 災害はいつどこで起こるかわからず、そのため常日頃から緊急時の医療救護班の要員についてあらかじめ参集順位などについて指名しておいたり、また災害発生時の医薬品、医療用資器材などの調達方法について、取引先のメーカー又は卸会社との間であらかじめ必要な協定などを締結するなど、非常時の対策を講じておくことが重要であると思われます。


第2章 洪水による水位の上昇

(世界災害報告 1999年版、p.158-187)


<洪水の分析>

 洪水は乾燥しているはずのところへ水が浸入することであると定義でき、その起こり方には以下のようなものがある。

 河川の洪水、鉄砲水、防壁の損傷、氷河湖の決壊、地下水の上昇、湖・河川の水面の上昇、大波、津波、地盤沈下など

 原因):森林の伐採、気候の変化、災害に対する脆弱性

<洪水の被害に対処する方法>

(1)建造物による対策(洪水が人々に及ばないようにする)

  1. 小さい貯水池

     川の主流や支流の上流に、小さく費用のあまりかからない貯水池をいくつか設置する。より効果を上げるためには、小さいダムのネットワークを広範囲に広げることが必要であり、それには農業地帯でない場所や森林を含み、すべての地域に住む住民たちの参加が必要となる。

  2. 調節用窪地

     建物が密集する地域から流れ出る雨水の勢いを弱めて、水をゆっくりと近くの川に流す。費用はあまりかからない。小さくても効果的である。

  3. リバートレーニング

     水をより早く流し去るため、水路を修正するのに使われる技術の総称。水路が掘られることで蛇行していた流れは安定する。水路をより深くまっすぐにすることで流れを安定させ、水流を改善することができる。

  4. 山地、森林の保全・保護

     流域での木の伐採を制限し、植林を行うことで保水力を高める。

(2)建造物によらない対策(人々を洪水から避難させる)

 洪水を減らすことはできないものの、洪水の被害を軽減することは可能である。

  1. 氾濫原の利用に規制を設ける
     区画を行い、都市計画を立て、建築基準を強化する。
     土地の所有権を明確に決める。

  2. 洪水に対する認識や教育を広める
     洪水の情報を広め、警戒を促す。国営テレビ・ラジオ放送の利用。地域におけるボランティア、ガイド、通訳者の育成、動員。

  3. 飲料水、食料品、医薬品の備蓄、管理

  4. 応急処置の指導

  5. 救助及び輸送用のボートの管理

  6. 乾燥した種の貯蔵、管理

<復旧活動>

  1. 泥、腐った植物、溺死した動物の死骸を片づける。

  2. 破壊されたものの廃棄、建物の修復
     日常サービス(飲料水、下水、電気、電話など)の復旧

  3. 精神的ケア
     外傷ばかりでなく、洪水による消失感や不安感からくる深刻な心の病にかかる人々がいる。カウンセリングの必要性。

  4. 洪水後の評価
     物理的には残った防波堤やダム、その他の建築物の強度を調べる。
     災害救援活動に従事する関係者が集まり反省点や今後の改善点を話し合う。

<洪水対策と医療>

 洪水発生後、急性期における疾患、症状としては、外傷・伝染病・下痢・肺炎などが多い。外傷は他の災害と比較すると少ない。伝染病は衛生状態に応じて発生し、赤痢・コレラ・腸チフスなどがみられる。以前は洪水関連の死者は溺死や外傷よりも、衛生状態が悪かったため、洪水後の伝染病での死亡数の方が多かった。最近は衛生状態の改善により、発生はみられるものの、伝染病による死亡数はかなり減少してきている。なお、救援活動を行うものにとっては破傷風が危険である。

 以上のような疾患ばかりでなく、精神科的疾患も重要である。洪水が引き起こしたストレスによって、不安感や悪夢にうなされたりする。数週間の潜伏期をおいてPTSDがみられる場合もある。そのため精神科医やカウンセラーも必要になってくると思われる。


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