災害医学・抄読会 2002/01/18

Part 5 過去の地震被害と将来の被害予測(中)

(竹内 均、迫り来る巨大地震 Newton別冊、2001年2月10日号、p.114-131)


 大地震は必ずやって来る。そして火災が最悪の事態を引き起こす。我々は地震について、1)激震の中では人は何もできない、2)すばやく被害状況を把握することで、被害を最小限に食い止めることができる、3)日本列島では、直下型地震はいつでもどこでも発生する、ということを心得ておかなければならない。

 全国各自治体の多くは地震防災対策の一環として、いくつかの地震を設定して、それが発生したときにどのような被害をもたらすかについての被害想定調査を行っている。以下にいくつかの自治体の被害想定を紹介する。なお、各自治体の被害想定調査で設定されている地震は、防災対策を考えるうえでのモデルケースとして考えられているものが多く、実際にその地震がおきるかどうかとは関係がない。また、被害想定が複数の場合はその中で最も被害が大きいと思われるものを紹介する。

 静岡県 東海地震(M8) 発生時期は春または秋の昼食時。最大震度は7で、震源からはなれた山間地域の一部では震度5強となるが、県内の約85%の地域で震度6~7の強いゆれが想定されている。予知がなかった場合、延焼火災67,014棟、死者2574人、重傷者9300人、中等傷者82,046人となっている。予知があった場合は全体の被害が大きく縮小する。延焼火災81棟、死者376人、重傷者2540人、中等傷者25,004人。

 山梨県 釜無川断層地震(M7.4) 冬の午後6時に発生。断層に沿って震度6の地域が帯状に分布し、韮崎市などでは震度7。174件の出火があり、死者2425人、負傷者23,161人にのぼる。

 長野県 善光寺地震(M7.4) 木造建物の被害は大破・中破あわせて74,695棟、焼失20,875棟、死者1147人、負傷者3542人。主に長野市を中心に被害を受ける。 新潟県 下越地域の地震(M7.0) 内陸の直下型のため、比較的狭い範囲で大きな地震となる。死者約1200人、重傷者約2600人にのぼるとされる。

 富山県 跡津川断層地震(M7.1) 春の午前6時、南西の風、風速毎秒2m 火災による家屋焼失3,794棟、死者865人、負傷者15,872人に達すると考えられている。

 石川県 加賀平野の地震(M7.0) 金沢市や小松市などの平野部で震度6強以上。県全体で16,843棟が全壊、450件以上の炎上出火、2182人の死者と7,829人の負傷者が出る。 福井県 福井地震(M7.1) 木造建築物の大破77,000棟、冬の夕方に地震がおきたときの焼失数は17,000棟、死者4,300人、負傷者25,000人。また福井県は雪国であるため、木造建築物については、参考として積雪時の想定もなされている。これは積雪によって屋根に重量がかかるからであり、木造建築物の大破は134,000棟になると想定されている。

 岐阜県 関ヶ原−養老断層地震(M7.7) 最大震度は6強で、死者2,493人、重傷者4,506人、炎上出火126件、焼失763棟、全壊79,880棟と想定されている。

 愛知県 東海地震(M8) 冬の平日で朝のラッシュ時。最大震度は5強で建物大破が10,581棟、中破が18,918棟。地震予知なしの場合、全体で224件の出火が発生する。死者104人、負傷者37,905人に達する。

 *名古屋市では濃尾地震(M8)を想定しており、朝6時に発生した場合、死者2454人、負傷者4万3948人と推定している。

 三重県 東南海地震(M8.4) 最大震度は6強で、建物倒壊による死者350人、負傷者17,000人、冬の午後6時~7時の場合は炎上出火740件、全壊住宅47,000棟と想定されている。

 奈良県 生駒断層帯地震(M7.1) 建物被害57,000棟、初期消火で消されたものを除き300件の出火があり、死者3530人、負傷者24,680人。

 京都府 花折断層地震(M7.6) 半壊以上の建物被害は384,300棟、死者数は14,000棟で、517件の出火がある。建物内の滞在者数が最大になる4月の平日午前11時発生で人的被害が最大になると推定されている。

 和歌山県 南海トラフでおこる地震、根来断層による地震などで建物全壊率20%をこえる地域がある。

 大阪府 上町断層地震(M7.2) 最大震度7、建物全壊が280,000棟、半壊が339,000棟、908件の出火があり、死者190,000人、負傷者132,000人、避難所生活者は852,000人にのぼる。大阪市には上町断層系が都心部を南北に縦断するように走っており、都心部の直下であるために非常に大きな被害をもたらすと考えられている。

 滋賀県 比叡断層地震 死者1,027人、負傷者7,413人、全壊31,186棟、出火件数143。

 兵庫県 有馬高槻構造線〜六甲断層帯地震(M7.7) 冬の18~19時 死者12,027人、負傷者62,011人、出火481件、焼失67,542棟、全壊165,086棟、半壊144,066棟。なお、1995年の兵庫県南部地震によって神戸市では4,571名の人命が失われ、14,678人の負傷者が生じた。昼間に地震が発生した場合はこの時に比べ、圧倒的に死者数は増加する可能性がある。


 以上から分かるように、震災は特に都市部で甚大なものとなる。これは鉄道や高速道路、 超高層ビル、地下街などの、都市部の住民にとって快適な生活を提供してくれているものが地震によって人命を奪う凶器と化すからである。

 自然災害である地震を防ぐことは不可能で、大都市で発生した場合は多数の死傷者が発生することは容易に想像できる。よってこれからは地震に対する準備をすることで被害を最小限に留めることを目標に、何をすればいいのかを考えることが最重要課題である。地震予知の技術向上も待たれる。


日比谷線脱線事故におけるトリアージ

(千田晋治、救急医療ジャーナル 9巻 6号(通巻52号)26-32, 2001)


 平成12年3月8日午前9時1分頃、都営地下鉄日比谷線中目黒駅東側の線路上で、36名の死傷者を出す電車衝突事故が発生した。車両には約1500人の乗客が乗っており、多数の死傷者が発生する大惨事となった。本稿は電車事故における集団救急事故の概要とトリアージについて述べる。

事故の概要

 通報:東京消防庁警防本部に第一報が入電したのは事故発生から7分後の6時8分であり、通報者は乗客で、携帯電話による通報であった。

 初動体勢:当初警防本部は車両火災と判断したが、現場からの報告で火災の事実はなく多数の死傷者が発生している事が判明し、対応を切り替え、活動終了までに75隊、約300名を出場させた。

 救出、救護および医療機関への搬送状況:全員が挟まれ等による救助の必要はなく、現場救護所への搬送、救護所でのトリアージ、救命処置および医療機関への搬送が主な任務であった。死傷者は36名、うち死亡5名、このうち現場救護所に27名が搬送され、8名は中目黒駅の事務所に自力で歩いて救護を求めている。医療機関搬送状況は三次医療施設に17名、二次医療施設に16名であり、なお、2名は現場救護所で医師が死亡確認をしており救急隊による搬送は行っていない。

 報道発表:負傷者の搬送状況の把握は現場出発前にトリアージタッグにより行い、さらに収容後、救急隊からの情報収集および病院調査班により氏名、年齢、搬送医療施設名、傷病程度について確認している。これを受けて報道発表を2回実施している。

電車衝突事故におけるトリアージ

 東京消防庁では、電車事故等の集団救急事故に対応するため「多数傷病者発生時の救助・救急活動基準」を作成しており、今回の事故についても、部隊をこの基準で運用している。トリアージを行うにあたって特に次の三つが集団救急事故の成否を左右する重要な要素としてあげられる。これらのポイントと比較しながら今回のケースにおけるトリアージについて考察する。

●救護所への搬送状況の考察

―負傷者を集中(救護所)させる事

 今回の事例のように多数の避難者がいる場合、本来なら多方向避難となり、負傷者を救護所に集める事は困難となる。しかし、今回は駅職員と救急隊員による誘導が適切かつ強力であり、また、救護所が避難する人の流れに逆らわず搬送できる位置にあったため軽傷者8名を除き負傷者を一ケ所に集中でき、分散収容とならなかった。

●トリアージおよび医療施設搬送状況の考察

―緊急度に応じた分類(トリアージ)と救命処置を行う事

 トリアージの実施状況は、まず収容された負傷者全員にトリアージタッグをつける事から始まり、救急隊によってトリアージが開始された。その数分後に偶然通りかかった日本赤十字社医療センターの救急部の医師により再トリアージおよび医療機関への搬送指事が行われた。その後警防本部の要請により構成された医師2名、看護婦2名の救護班が到着し、その後のトリアージを行っている。

―傷病程度に応じた医療機関への分散運送を行う事

 医療機関への搬送は、医師等によるトリアージ後、救急隊により各救急車に搬入し、警防本部と連絡を取り医療施設を決定している。搬入医療施設は三次救急医療センターを含む9医療施設に搬送している。また、軽症と判断された16名のうち8名はマイクロバスで二次医療施設に搬送され、残りの8名は駅事務室から、救急隊により二次医療施設へ搬送されている。軽傷者の中には精神的な動揺から騒ぎだし、現場救護所内の混乱の元となる場合も多く、「軽傷者と重傷者を区別した搬送」が重要であるが、今回は軽傷者も早い段階で搬送している事から大きな混乱は発生していない。

 救急救命士のトリアージに関しては、最初に呼吸、脈拍、意識の3項目のチェックを、次に創傷、外出血、身体損壊状況の把握を中心に行う事が基本的な考え方であるが、今回、負傷者全員にトリアージタッグをつけた事によりトリアージの見落としが無くなり、情報収集のためのタッグの回収がスムーズに行われた。

 トリアージの結果、それぞれの救急度、重症度に応じた医療機関への搬送が適切に行われたかどうかが重要であるが、今回重症と診断された7名について検討すると、このうち特に重篤であった4名は、救急隊により第5順位までに搬送されている。さらに7名全員が第十位までに搬送されている。搬送先は、7名中6名が救命救急センターを有する三次医療施設に1名ずつ搬送されている。また残りの1名は二次医療施設に搬送されたが、下腿骨骨折による重症と診断されたものであった。これらから、緊急性、重症度に応じて適切な医療施設に分散収容が行われたと言える。以上の事から、集団救急事故における救命効果を上げる大きな要素となるのは、救急救命士のトリアージ能力と、さらに専門性を有する医師によるトリアージを行う事である。

教訓

 今回の事案では、おおむね円滑にトリアージが行われたと考えられる。しかし、細部にわたって検討すると、今後の改善事項として何点か挙げられるので以下に記述する。

 災害現場への早期の医師要請:今回は偶然にも現場近くに居合わせた医師の協力により、医師をリーダーとしたトリアージが迅速、確実に行われた。社会死以外に現場で死亡と判断できるのは医師以外にいない事から、医師要請は不可欠の用件である。今後は、集団救急事故と判断した時点で早期に医師を要請する必要がある。

 事故現場での一次トリアージ:本事案では負傷者を事故車両から搬出する際に、各消防隊員が重症と判断した負傷者を優先して現場救護所まで搬送している。このような現場では、医師または救急救命士による一次トリアージを行う事が傷病者の命を救うために効果的な方法と考えられる。今回においても、一次トリアージを行う事により、さらに効果的な活動が行えたと考えられる。

 現場での無線統制:集団救急事故現場では、多くの出動隊が情報を警防本部に報告するため、無線の輻輳が起こる。この事から、現場指揮本部と救急指揮所が窓口となって警防本部と交信する必要があり、この時、携帯電話や有線電話、ファックス等を活用する事も検討しなくてはならない。本事案においても無線の輻輳により医療機関情報を得るタイミングが遅れており、反省点として挙げられる。

 現場救護所およびトリアージポストの位置の明確化:今回の活動は、負傷者の分散もなく比較的スムーズに行えたが、今後は、災害現場に現場指揮所の目印となる旗や、誘導のためのカラーコーン等の使用も検討する必要がある。

 トリアージタッグの管理:前出の活動基準では、傷病者搬送後、現場の救急指揮所まで2枚目のトリアージタッグを搬送しなくてはならないとされているが、今回は種々の状況から、事故現場まで戻ってきた隊はなく、無線および携帯電話で情報を入れている。今後、搬送後現場へ戻らない場合の情報の確保を徹底するための措置について見直しも考慮しなくてはならない。

 教育訓練の実施:初任科教育、専科教育、所属での教育において、集団救急事故への対応をカリキュラムの中に盛り込む必要がある。また多くの集団救急訓練が救助活動、傷病者の救急車への搬送までで終了しており、今後は病院収容までの完結型訓練、トリアージの評価についても訓練に取り入れていく事が望まれる。


茨城県東海村臨界事故災害―衛生行政の立場から―

(佐藤敏信、原口義座ほか編・ワークショップ:原子力災害に対する国際的医療対応のあり方、p.53-55, 2000)


 現在、衛生行政や環境行政の分野で、いわゆる健康危機と呼ばれるような事例が発生した場合にその責任の所在をどう考えるか、あるいは誰がその対応に当たるか等については、必ずしも明文化されたものはない。ただし、一般には次のように理解されている。すなわち、原因を作り出した者、組織(会社等)が存在する場合にはそれらが対応し、それらに当事者能力がない場合はその所管庁が対応するのが原則ということである。この原則に従えば、衛生行政としての対応は、通常原因が存在しないか存在しても原因を転嫁できない自然現象、感染症等が対象となり、かつその予防や対策に公権力の行使を必要とする場合に限定されることとなる。

衛生行政の立場から東海村事故を考えると次のようなことが指摘できる。

  1. 当事者である会社も所管庁も初期に十分な対応ができていなかった。
  2. したがって事故の程度、被害の規模についても当初は明らかにされなかった。
  3. 当事者や所管庁の対応の中心は、線源の除去、封じ込め、高線量被爆の重傷者の移送と医療に置かれていた。
  4. 上記にあるとおり、原子力事業に伴う健康危機は原子力行政の所管庁サイドで自己完結するということが暗黙の了解であったため、衛生行政の所管である厚生省との日頃の情報交換、危機の際の役割分担等が十分ではなかった。
  5. 事故が発生しても原子力行政の所管庁からの直接の出動要請・依頼はなかった。

 こうしたことを踏まえて、衛生行政の立場から見た東海村事故の教訓は次のようなことになる。

  1. 所管庁からの直接の出動要請・依頼がなくとも出動する場合(ここでは仮に「応援出動」と呼ぶこととする)のタイミングや方法についてのルールを日頃から決めておく。例えば、原子力災害において、線源に近づくことは二次災害の危険がある。どういう場合に応援に駆けつけるのかのルールが必要。

  2. 応援出動のための備品等を準備しておく。
     例えば自己防衛のための備品・携行品、通信手段等。

  3. 応援出動の輸送手段の確保
     通常鉄道等の公共機関はストップすると考えなければならない。今回の例で言えば、線源の除去、封じ込めに関わる者以外は独自に交通手段を確保しなければならなかった。

  4. 応援出動等の際の主な業務は周辺住民対策を念頭に置いた疫学調査
     事故後の対応の中心は線源の除去、封じ込め、高線量被爆の重傷者の移送と医療に置かれる。従って、応援の際には、周辺住民の対策特に慢性影響に重点を置いた疫学調査を行う必要がある。

疫学調査について

 出血やびらんを伴う高線量被爆の重傷者についての対応は一定のコンセンサスがある。しかしながら、比較的低線量の者が多数存在する際の対応については、少なくとも事故直後にはマニュアル等の形では入手できなかったため、広島・長崎原爆、チェルノブイリ事故の際の報告書の内容を元に疫学調査が行われた。

  1. 疫学調査に当たっての留意点

    a)一見低線量で健康に見える住民の中に、高線量被爆の者が紛れ込んでいないか。
      また明らかに自覚・他覚症状を呈している者がいないか。

    b) 周辺住民の将来の慢性影響を考える上で、個々人の総被爆線量が必要となるがその目安となる被爆地点やその後の移動に関する情報を得る。

    c)同様に将来の慢性影響の評価につながる、基礎的な検査データを得ておく。

  2. 疫学調査の実態

     上記1.の観点に沿って次のような調査が行われた。
     a)自覚症状・身体症状/表面汚染の状況調査
     b)詳細な行動調査の聞き取り
     c)血液・尿等の試料の確保

 


産業中毒の特徴と救急医療のポイント

(大菅俊明ほか、救急医療ジャーナル 9巻 6号(通巻52号)21-25, 2001)


 産業中毒とは化学物質による健康障害をいい、化学物質の爆発や漏洩等の事故により大量の有害物質に曝露することで起こる急性中毒と、長年にわたる日常作業が原因で起こる慢性中毒とに分けられる。この中で救急医療の対象となるのは主としては急性中毒である。

 救急医療においては、発生初期の対応が重要であり救急医療機関での処置とともに、中毒起因物質の同定が速やかに行われるべきである。すなわち原因物質が何であるかを分析・特定し、その原因物質に関する情報を早く知り、治療することができる救急医療体制の三つがそろうことがポイントとなる。

 具体的な体制としては、1.中毒臨床部門、2.研究分析部門、3.中毒情報部門 の三つに分けられる。(東京労災病院産業中毒センターに基づく)

 1.中毒臨床部門:新規化学物質を含む重金属、有機溶剤、ガスなどの中毒に対応する救急かつ総合的な診療体制を確立すること。病院外来に中毒診療科を窓口として設置し、症状に応じ、各専門診療科(腎・代謝科、神経内科、呼吸器科など)がチームを組んで総合的に治療に当たる。

 2.研究分析部門:中毒の原因物質の分析・特定を実施し、中毒発生の機序の解明、診断法および治療法の開発に役立てること。有機溶剤、重金属、元素などを中心に現在60種以上の化学物質の検査を可能にすること。

 3.中毒情報部門:ホームページの開設。出版物、及び産業中毒データベースの構築。中毒情報の集積、データベースの構築により診断すること。


 これらのような体制作りを構築しなければならない様になった最も大きな理由として最近の産業中毒における特徴がある。それらを順に上げてみると、まずはじめに中小の事業所で、有害物質を使う頻度が高いこと。91%の中毒が300人未満の中小企業で発生している。有機溶剤中毒の104例は、すべてが従業員300人未満の事業所で起こっている。とくに建築・建設業における有機溶剤中毒では、75%が10人未満の事業所において発生している。

 ふたつめに技術革新一IT産業での新たな産業中毒の恐れ。技術革新やIT革命に伴う、新技術の導入、新規化学物質の利用、既存化学物質の大量使用などが産業中毒の発生の原因となっている。これらは現在の産業の基盤を支える分野において、技術の進歩に伴い新たな産業中毒が発生することを示している。作業者の健康と産業技術の発展を調和させて進めていくことが、今後ますます重要となるであろう。

 つぎに低濃度化学物質の影響には感受性の差がある。最近、きわめて低濃度で、通常の検査では検出されない程度の曝露でも、人によってはアレルギーや化学物質過敏症、シックハウス症候群として問題とされることが知られている。これらの発症には個人差が大きく、通常の人では発症しないが、ごく一部の人に重篤な影響を及ぼすことがわかっている。

 最後に内分泌撹乱化学物質、ダイオキシンなど未知の影響がある。さまざまな化学物質については、そのほとんどが人体内での代謝や体内運命、人体影響について未知のことが多く、作業者が不安を抱きながら相談を持ちかけてくる例が増加している。これに対応できるように、調査・研究と診療の体制の確立が求められる。


 産業中毒は従来型のものばかりでなく、技術の進歩に伴って新たなものも起こっています。これに対応するには、これまでの蓄積したデータの活用と併せて、診療と分析に関する研究開発を中毒医療の現場で進めていくことが今後ますます重要になる。さらに、データベースと情報ネットワークの構築による内外の多くの関連機関との協同活動も、産業中毒の救急救命のポイントとなるであろう。


第4章 被災地内の後方医療施設活動マニュアル

(東京都衛生局医療計画部医療対策課、災害時医療救護活動マニュアル、社会福祉法人 東京コロニー、1996、p.50-62)


◇病院や診療所の被災度の点検

*入院患者の安全確認

*職員・家族の安全確認

*建物・施設の点検

◇被害情報の収集・伝達

*周辺地域の被害状況の把握

*診療可能状況の把握

*情報収集・伝達手段の確認

*都への報告・要請

◇災害対策本部の設置

*院内災害対策本部の設置

*職員の参集

◇院内での医療救護活動

*入院患者に対する応急措置

*傷病者に対するトリアージの実施

*手術の取扱い

*医療救護活動の実施

*転院が必要な場合の搬送要請

*医薬品の補給

*電気、水、燃料、食糧の補給

◇応援医療救護班の受入れ

*広報関係

*患者名の公表

◇平常時からの準備

*災害対策委員会の設置

*緊急時の連絡網の整備

*職員の参集

*医療品・医療資器材の備蓄

*傷病者の収容場所の確保

*施設・設備の点検

*防災訓練の実施


第9章 効果的な救援活動のために信頼できる災害データを用いる

(世界災害報告 2000年版、p.158-187)


 災害発生に関するデータは、たとえ良質のデータであっても断片的なものでしかない。災害救援に投入される資金が増大しているにも関わらず、国際社会の人道援助機関・団体は、災害発生に関する確実で信頼のおける客観的なデータの必要性に気づくのが遅れた。

 さらに、どの人道機関も、確証あるデータの主要な提供者としての役割を果たすために必要な基金と権限を投入することに積極的ではなかった。

 このため「世界災害報告」では、災害疫学研究センター(CRED)、米国難民委員会(USCR)、経済開発協力機構(OECD)、の開発援助委員会(DAC)、世界食料計画(WFP)の情報システムであるINTERFAIS(国際食糧援助情報システム)という5つの主要な情報源からデータを得ている。

<CRED>

 ベルギーのブリュッセルにあるルーヴェン・カトリック大学(UCL)の公衆衛生学部に本拠地を置く。1973年に非営利団体として設立され、1980年には、世界保健機構(WHO)の協力センターとなった。

 CREDは災害への対策、災害の保険・衛生面に加え、大規模災害の社会経済的影響、長期的影響についても研究している。とくに人材開発のレベルにおいて災害への備えを高めること、危機管理につながる諸問題がCREDの活動の中で重要性を高めている。

 1988年以降、CREDでは災害事象のデータベースであるEM−DATを管理してきた。米国国際開発庁(USAID)の海外災害援助局もこのデータベースの立ち上げに協力しており、CREDとUSAIDによる専門的で正確な災害データベースが、CREDのホームページ(http://www.cred.be)で閲覧できるようになった。このデータベースの主たる目的は、国内および国際レベルでの人道援助を支援することであり、災害対策についての意思決定に理論的根拠を与えるとともに、援助の優先順位の決定に客観的根拠を与えることを目指している。

<USCR>

 USCRはアメリカ移民・難民サービスというNGOの中の、広報と政策提言を担う部門である。難民、庇護希望者、国内避難民に影響を及ぼす問題を報告することと、住み慣れた土地を追われた人々に対して適切かつ効果的に対応することが主な活動である。

 USCRは、難民発生の現場に赴き、土地を追われた人々の実態を記録し、そのニーズを調査し、国際的な支援を調整してきた。USCRは、年刊の「世界難民調査」、月刊の「難民報告」などの出版物を発行している。

<DAC/OECD>

 DACは、開発途上国が自らの能力を高め、総合的な開発戦略が立てられるように支援をし、開発援助の財政的側面、統計的問題、援助の評価、開発における女性の問題について研究している。

<INTERFAIS/WFP>

 INTERFAISは援助国政府、国際機関、NGO、被援助国、WFPの各国事務所などの全ユーザーの相互作用を伴う動的なシステムである。この包括的で総合的なデータベースにより、食糧援助のマネージメントを改善するために、食料援助の割り当てや輸送を監視することが可能となっている。

<災害データ>

 情報システムがこの25年間で大きく進歩したため、統計データはますます容易に入手できるようになった。

 しかし、災害に対する統計的かつ標準的なデータ収集法が過去になかったことが、いかなる開発計画においても大きな弱点であることが明らかになりつつある。データの確認、再検討を行ってはいても、データベースの質は、報告システムの質を越えられるものではない。費用効果の分析、災害の影響の分析や予防措置の論理化は、利用できるデータの乏しさと不正確さのために、大きく損なわれている。さまざまな方面から証明責任を求める圧力が高まってきたことから、多くの援助国政府・機関等や開発機関は、データ収集とその方法論を重視し始めるようになったが、災害データの収集、検証、管理に関する国際的に認められ、受け入れられる制度はまだない。 災害被害者数に関するデータは、災害対策と救援活動の計画をたてるにあたり最もよく使われる可能性がある数値だが、これらのデータはもっとも不正確に報告されている数値でもある。紛争時には、両側とも同情を最大限にひきつけようとして、その支配下にあって被災しているといわれている人々の数を最大化しようとする。政治的操作がなくとも、データは古い国勢調査の数値をもとに、ひとつの地域で何パーセントの人口が被害を受けているか、という仮説に基づいて算出されるため、誤差が蓄積され、時には最終的数値をほとんど意味のないものにしてしまうことがある。

 このデータ問題の解決方法に過去に遡ったデータ分析がある。データは災害が起きているときに最も引用され、報告されるが、被災者数と死亡者数の推定値を検証できるのは、救援活動が終わり、災害発生から長い時間が経過したあとである。複数のデータ収集団体がこうした検証を行うため、災害が起きて数年後に、過去に溯って年間被災者数が変わることがある。

 重要な点は、集計された国際的レベルにおけるデータは、絶対的というよりはまだ相対的で示唆的であるということである。たとえば、どのようなタイプの災害が最も人間に被害をもたらすか、というような潜在的な傾向を認識し、災害の相対的な規模を理解するのには利用できるが、災害対策に必要な資本投入の予測や、将来必要な災害支援の予測に使うことはできない。


1月17日

(河野博臣:震災診療日誌、岩波書店、東京 1995、p.1-15)


阪神大震災時の現状

 重苦しい地鳴りの様な音に目覚める途中だった。これでもか、これでもかと、揺さぶり廻される。電気は消え部屋は真っ暗。本棚がベッドに倒れ、ガラスが割れて床に一面に散らばっている。庭においていた椅子、石灯籠すべて横倒しになって何一つ立っている物はない。電話は不通である。まだ電気はこない。国道沿いの家はあっちこっちで古い家はペシャンコにつぶれている。道路には木片や石などが転がっていて運転しにくい。

この様な緊急時の医師の行動と倫理について

 (娘婿:医師)病院に看護婦の救助に行った時、病院内に入り散乱した器具、ガラス、注射器などを見ながら、ガスの臭いを感じ、すぐに窓を開きガスの元栓を閉め爆発だけは防止した。今日は診察になりそうになかった。その時、病院から一qぐらいのところにいる六十歳の肺ガンの患者のことを思いだした。年末から呼吸困難が高度になって、高圧酸素呼吸を自宅で始め本人も楽になり、ホッとしていた。病院に着いたとき、すぐにこの患者さんのところに駆けつけようと思った。しかし、看護婦たちの恐怖を早く鎮めるために、家につれて帰ることをまず第一にした。そして、子供家族を救出に行くことで、この患者のことはいつか忘れていた。

 (私:医師)私にとって、医師は家族のことよりまず患者第一という習慣があった。それが当然であり、自然だったのである。娘婿は医師であるのに病院に行かなかった。そして、家に着いても「明日、病院に行く」と言って寝た。私も、肺癌の患者と病院の近くの結腸癌でストーマ患者である七七歳の患者への訪問が気になりながら、「何かあったら連絡があるだろう。明日にしよう。」と疲れの残る頭の中で考えていた。首から上がやたらとボーとして、やけに疲れがひどく、考えることがつらくなった。これで良かったのか、余震と地鳴りで眠れないまま、次の日を迎えた。

 娘婿と私の会話:(娘婿)「こんな怖いことがあっていいのかと思いがつのる中で、妻も赤ん坊も不安でいっぱいであり、まず実家に届けるのが第一と思った。患者を救うのも、家族を救うのも同じだと、あの時は自分に言い聞かせていた。だけど医師は、あんな救急の時にしか、本当はやりがいのある仕事はできないんだ。次の日も病院には渋滞で十二時間かけても着けなかった。携帯電話で連絡が取れたところでは、病院では水もガスも出なくて、手術も何もできなくてどうにもしようがなかったらしい。ただ、病棟医長としての面目がないのは確かだ。」

 (私)「私はどんなときでも、まず患者中心に考えてきた。それは身についてしまっていることで、そのために家内や娘たちは家族で一緒に遊びに行くことのできないことを何度も経験した。しかし、今、年をとって、身体も弱り、救急医療の能力も落ちた中で考えると、救急医療は若い医師や専門家に任せた方がよいのではと思う反面、いつも自分を待ってくれている患者には、たとえこちらが身体的に弱っていてもかけつけるべきであろうと思う。」 医の倫理として、医師は緊急時に患者を優先すべきは当然であるが、大震災のようなときには、それを阻害する要因が多くてそれを実行できない場合があることを思い知らされた。

救急医療の現場で起こったこと

 地震発生と共に家屋の倒壊による生き埋めの状態からの救出が大変で、情報網の切断のため何度電話しても一一〇番も一一九番にも連絡が取れなかった。救出してくれる専門家がいたとしても、広範囲の被災と同時に起こった火事と断水のためほとんど救援体制が機能せず、家族や近所の人たちの力によって救出されることが殆どであった。地震発生一時間後で救出されれば救命できたが、四時間後では生存率は非常に低下したのが現場の状況であった。激震地の病院や診療所も同じように被災しており、一週間後にも三割の医療機関が診療の機能ができずにいた。地震発生後二,三時間以内に、多くの住民が倒壊した家屋から家族を救出し、普段かかりつけの開業医のクリニックに運んできた。残念ながらDOA(Dead on arrival)で着いたときにはすでに死んでいる者が多く、医師らは最悪の事態を告げなければならなかった。この様な中、神戸大学病院、兵庫医大病院、市民病院などは水、ガスのないままで、救急外来はまさに野戦病院の状態であった。次々運び込まれる患者で廊下までいっぱいになり、緊急手術もできず、他の病院に搬送するにも交通渋滞と情報断絶のため不可能だった。救急医療は崩壊していた。災害地で倒壊家屋で圧迫された人々が多く、特に目立ったのがクラッシュ症候群が救急医療の盲点となり、せっかく救出された人も緊急透析が必要にも関わらず、それができずに死んでいく人が続いた。

メンタルヘルスケア・チェックリスト

 メンタルヘルスケア・チェックリストのアンケートが実施された。その結果であるが、睡眠不足の人が151/304人と多いのが特徴的である。風邪気味の人が85/304人もいた。免疫低下で抵抗力が弱っていることがわかる。三月過ぎまで震災の興奮状態にあり外出できない人が16/304人もいた。心の状態は、気持ちが沈む、気力がないと言う人が83/304人もいた。これらの人は鬱状態にあるとおもわれる。生活に関しては、普通である人が約半数で回復力の強さを感じさせる。イライラする人が61/304人もいて長い時間をかけたケアが必要である。症状の訴えは、肩がこる人が44/304人と最も多い。続いて胃腸の症状も69/304人と多い。これらには胃十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群、思春期摂取障害などの心身症が認められた。また、胸の症状では31/304人で心臓神経症、過換気症候群などがその内容であった。支えとなるものは、家族、友達、仕事が大半を占めた。

 予期せぬ災害が起こると普段でき得ることが様々な要因のためできなくなってしまう。このような災害を教訓にして救急医療のあり方を今もう一度考え直す必要がある。


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