災害医学・抄読会 2001/11/22

多数傷病者事故と災害医療:災害対策基本法と地域防災計画

救急隊員標準テキスト、東京、へるす出版 2001、p.241-250


1. 災害と災害医療

 災害とは、「人と環境の生態学的な関係の広範囲な破壊の結果、被害を受けた地域や人の対応能力をはるかに超えた生態系の破壊が起こること」と定義される。その結果、多数の人々が同時に死亡もしくは負傷するような災害事故で、事故の形態や傷病者の数から通常の救急医療体制で対処できない、一般に傷病者が約20人以上の場合を、集団災害と称する。災害には自然災害と人為的災害がある。地震や火災など、自然災害に人為的災害が組み合わさったものもある。災害医療の特徴は莫大な医療需要が急激に発生するため、地域救急医療体制のみでは対処が困難となり、都道府県ないしは全国的な医療支援を必要とする点にある。限られた医療資源を有効に活用して、最大多数の被災傷病者に対し最善の医療を提供するために、災害医療の三つのT、Triage(トリアージ)、Transportation(搬送)、Treatment(応急的治療)が重要とされる。

 法上の災害対策としては、1947年に「災害救助法」が、1961年に「災害対策基本法」が施行された。各地方自治体は、災害予防や災害応急対策、災害復旧に関する規定を含んだ「地域防災計画」、医療救護施設や災害対応能力の把握、死体検案体制の構築、備蓄品や医薬品などの緊急供給体制の構築を含んだ「災害医療救急対策実施要領」を制定している。

2.災害時における初期救急医療体制

 阪神淡路大震災の教訓を生かし、厚生省は平成8年5月、災害時における初期救急医療体制の充実強化についての健康政策局長通知を発令した。その内容は以下のとおりである。まず、地方防災会議には医療関係者を参加させるべきであるとした。また、平時において各自治体と医療救護班や警察、自衛隊、消防組織などの組織が応援協定を締結しておき、一定規模の災害時には自動的に救護班を派遣すべきであるとした。同時に、災害時においては都道府県を越えた広域的な情報の収集と処理ならびに提供が必須であることから、厚生省が中心となり、自治体、消防組織、救急医療機関が全国共通のシステムにより情報を共有することを目的として、広域災害・救急医療情報システムの整備も進められている。

 さらに、災害時には多発外傷、挫滅症候群、広範囲熱傷などの重篤救急患者が多数発生することから、高度の診療機能、被災地からの重症傷病者の受け入れ機能を有するとともに、広域搬送への対応機能や自己完結型医療救護チームの派遣機能、地域の医療機関への応急用資器材の貸し出し機能を有する地域災害医療センターを整備し、さらにそれらの機能を強化し、要員の訓練・研修機能を有する基幹災害医療センターを整備することが必要であるとした。災害拠点病院においては、その運営体制に関し、傷病者の受け入れ体制、医療物資の緊急輸送体制、医療救護班の派遣体制を確保しておくことが必須の指定要件となっている。また、災害時には医療行政の最前線基地として保健所を活用する必要があり、保健所の強化も重要である。

 病院防災マニュアル作成ガイドラインも、厚生省により作成された。この中の「病院防災の意義とその実施」では、防災マニュアルは具体的であること、関係機関との協議により作成されるべきこと、前職種の参加により作成されるべきこと、が謳われており、このためには各病院内に災害対策委員会を設置して、定期的な防災訓練を行うことが大切であると述べられている。

 また、被災地内外の医療機関や医療救護班は、消防組織と連携することにより、効果的な災害医療救護活動を展開しなければならない。死傷者に関しては、警察、医師、歯科医師、法医学者などが協力して、迅速な死体検案にあたる必要があり、このための体制整備を日頃から進めておく必要がある。また、広域搬送体制のためにヘリコプターや固定翼航空機の活用は必至であり、現在消防・防災ヘリを救急医療に活用する方向に向かっている。

3.多数傷病者事故に対する救急医療

 探査と救出を円滑に遂行するためには、救助隊と救急隊の連携が極めて重要であり、時には地元住民の情報が大きな助けになる。最近では超音波探査装置、温度探知機、ファイバースコープなどが効果を上げている。しかしながら、救出時には元気であっても病院への搬送中、あるいは病院内で急激に状態が悪化して死に至ることがある。したがって、長時間圧迫されていた傷病者を救出する際には、現場から医療を開始しなければならないことが広く認識されるようになり、「瓦礫の下の医療 confined space medicine」という概念が登場した。

 多くの傷病者を対象とした災害医療においては、傷病者の緊急度や重傷度に応じて治療の優先順位を決定し、これに従って応急処置や患者搬送を行うことが大切であり、このためにトリアージが行われる。具体的には、自分自身や救助者で対処可能な軽症患者を除外し、すでに死亡している者の死亡を確認し、治療を必要とする者のうち、迅速な医療を必要とする重症患者とそれ以外の中等症患者を区分けする作業である。トリアージの方法には解剖学的方法、生理学的方法、簡便法の三つがある。それぞれ利点・欠点がある。いずれの方法でも、トリアージ実施者は傷病者を重傷度や緊急度に応じて四つの群に分類する。

 また、救護の各場面におけるトリアージの結果を誰が見ても容易に理解でき、直ちに次の行動に生かすことができるよう表示する目的で、トリアージタッグが用いられる。災害現場での処置は応急処置にとどめるべきである。生命の危機に直面している傷病者に対しては気道確保や人工呼吸も必要である。搬送はトリアージ結果にしたがって行われ、まず赤、次いで黄色のタッグの傷病者を搬送する。赤タッグの傷病者が多数発生している場合、傷病者を多くの拠点病院に分散収容する。

 特殊災害とは一般に人為的原因による災害をさすが、特に核兵器、細菌兵器、生物兵器など大量破壊兵器として開発されたものによる災害をNBC(Nuclear Disaster, Bacterial Disaster, Chemical Disaster)といい、最近では兵器以外の原因による放射線災害、生物災害、化学災害も広くNBC災害に含めて考えられている。

 災害時医療においては、一人でも多くの傷病者の救命・社会復帰を目指さなければならない。そのためには確かな情報収集、ライフラインの確保、医療機関の診察機能の向上、トリアージ実施による医療機関内の混乱の防止、空路・海路を利用した迅速な広域搬送、防災訓練や備蓄などの事前対策など、救急医療体制を強化することが重要である。


トリアージ 5.トリアージの意義

山本保博ほか監修、トリアージ、荘道社、東京、1999、p.10-30


1.トリアージの意義

 災害時に大量の疾病者が同時に発生した場合に、順番にすべての患者を治療しようとしたら、限りある薬剤などの医療資器材は無くなってしまったり、また対応すべき医師や看護婦なども足りなくなってしまうことがある。このような状況がおきないように、つまり本当に治療が必要な患者だけが治療を受けられるようにすることがトリアージ(振り分け)である。

 基本的にはトリアージによって疾病者は4段階に分けられ、通常その段階に応じて、青(緑)・黄・赤・黒の色分けが行われます。傷病は無いかあっても軽度で治療を行わなくても生命予後や機能予後に重篤な問題を起こさない人々は「治療の必要が無い」として青(緑)、傷病が治療の必要がある人々は「治療待機群」として黄色、傷病があり急いで治療する必要がある人々(適切な治療を行えば救命の可能性がある人々)は「緊急治療群」として赤色、傷病はあるが既に死亡が確認されているか、または傷病の程度が極めて重症で治療を行ってもあきらかに救命の可能性が無いと考えられる人々は「治療の適応がない」として黒の群に分類される。

 災害時に、タッグを使用して傷病者のトリアージを行うことが、現在では一般的に普及しているが、災害現場でタッグを使用できない場合もあり得る。傷病者の額にマジックで番号を書き込んでトリアージを行った例もある。この場合は、タッグの色分けに合わせて1〜4をタッグの赤、黄、青(緑)、黒に対応させたわけである。数字によるトリアージ区分にも一応は普遍的な認識があるのでこれでも十分機能すると言えるが、この場合は、通常のタッグにはついている簡易カルテとしても利用可能な複写シートがないので、その後の過程で情報の補充が必要になる。

2.トリアージオフィサー

 災害現場においてトリアージを実行するのは現場にかけつけた専門家で、普通は医師・救急救命士・看護婦等がその役割を担当する。災害現場でトリアージを実施するこれらの専門家をすべてトリアージオフィサーという。しかし非常の場合であるから、医師が現場にまだ到着していない時点でもトリアージが行われなければならない。医師以外の専門家が実施する場合は、救命救急の訓練を受けた者、あるいは多くの救護活動の経験を積んだ者が望ましいと言える。トリアージオフィサーのリーダーシップがトリアージの成否のカギを握っていると言っても過言ではない。したがって、傷病者の緊急度や重症度を短時間に判断する為の教育を受けた者で、しかも決断力に富む者が最適である。

 トリアージオフィサーは、治療に参加しないのが原則である。トリアージのみに専念することで、災害状況と傷病者の救護について、広い視野での判断が可能になるからである。トリアージの最終目標は、災害で発生した多数傷病者が緊急度、重症度に見合った医療機関に搬送され、適切な治療を受けることが出来るようにすることであり、トリアージオフィサーは、その医療機関の傷病者治療能力に適した傷病者数を適切に配分しなければならない。

3.トリアージ・タッグの機能

 トリアージ・タッグは本来の目的を達成する為の用具であるから、その機能についてはトリアージの内容がどのようなものであるかを前提に考えることが必要である。また、災害現場の状況を想定した限定的なものを数種類用意するのか、もしくは、あらゆる災害現場で使用できるように汎用性を重視するのか等でも違ってくる。トリアージ・タッグには、これらの要素を加味したもの、すなわち、傷病者情報を記載する場合において、使いやすく、耐久性があり、誤用されることがなく、迅速に処理することができ、なおかつ大量使用に適合したものであることが要求される。

 大規模災害や事故に伴い一度に多くの傷病者が発生した場合は、トリアージが不可欠である。トリアージ・タッグは全世界で使用されているが国や救急関係機関によって、トリアージ・タッグが具備する内容、項目にはそれぞれ違いがあり、様式も自ずと異なるものが用いられている。一般的な傾向としては、単に傷病者医療の優先順位を表すものとしてばかりではなく、簡易カルテとしても利用できるようになっているものが多い。これは、トリアージ区分を行うときに、より適切な判断、処置を施すことができるからである。このように、トリアージ・タッグには救護活動の流れを、様々な角度から、よりスムーズにする工夫が施されている。

 災害現場で救助された傷病者は、トリアージ・タッグの識別に基づき、後方の医療施設に運ばれ、治療を受ける。一方、救護関係者は、それぞれの過程で傷病者につけられたトリアージ・タッグの記載情報に基づいて必要な処置をすることになる。トリアージ・タッグに示された情報、記載内容は傷病者の将来を左右する重要な情報である。

4.トリアージをめぐる諸問題

 例えば、優先度第一順位の赤タッグをつけられたグループの搬送中に、優先度第二順位で待機中の黄のタッグをつけられたグループの中で死亡者が出た場合に、傷病者に対する緊張度、重症度の評価が十分でなかったと言えるが、救護活動が終わった後で、その後回復したのか、あるいは治療のかいなく死亡したのかなど、長期にわたる追跡調査が必要だったり、また生存の状況に関しては、収容された医療機関などの治療能力もからみ、評価の問題となるとさらに複雑になる。

 この他、トリアージの関係者を悩ます問題はまだある。災害現場、搬送現場、医療施設のそれぞれのポストに多数の傷病者が一度に何十人、何百人と現れる場合、また2〜3人ずつさみだれ式に現れる場合などいろいろな状況が想定される。

 救護医療の過程では主に災害現場、搬送ポスト、医療施設で以上のような条件を踏まえてそれぞれトリアージが行われるが、そのときどきの基準をどのように設ければよいのか、トリアージを進めていく上で大変重要な点であると言える。

 以上の観点から、トリアージをめぐる評価の諸問題は、トリアージを成功させる一つのカギでもあるので、今後の大きな課題の一つと言える。


第1章 都における災害時医療救護活動の概要

(東京都衛生局医療計画部医療対策課、災害時医療救護活動マニュアル、社会福祉法人 東京コロニー、1996、p.9-14)


 災害時における医療救護活動は,都民の生命と身体を守る要となる重要なものである.このため,都は,各防災機関と密接な連携をとりながら,被災者の救護に万全を期するため,「東京都地域防災計画」において,医療情報の収集伝達,初動医療体制,負傷者等の搬送体制,及び後方医療体制などを定めている.

 区市町村は地域の被害状況に応じて開設する医療救護所に,救護班を派遣するとともに,医薬品や医療資器材の備蓄に勤めることになっている.さらに,都は,区市町村を応援・補完するため,都直轄医療救護班の派遣や医薬品・医療資器材等の備蓄を行うとともに,後方医療施設を設備し,重症者を収容して治療を行うこととなっている.

◇情報の収集

 都衛生局は,区市町村,東京消防庁,都医師会,都歯科医師会および都薬剤師会など関連機関と連携し,病院等の被害状況および活動状況とについて一元的に収集する.区市町村も同様に他の関連機関と連携し,人的被害および医療機関の被害状況および活動状況等について把握し,都衛生局に報告することとなっている.これにより,都は収集した医療機関の被害状況や活動状況等を,区市町村の関連機関に伝達するとともに,報道機関等を通じて都民に広報し,また,東京都保険医療情報センターに都民相談窓口を開設し,情報を提供する.

◇医療救護班の編成

 災害時において,多数の傷病者が一時に発生した場合や,医療機関が被災したため地域医療で対応できなくなった場合,都は,都医師会,日本赤十字社東京都支部,国立病院,都立病院等からなる直轄医療救護班を編成し,派遣することになっている.また,必要に応じて歯科医療救護班や薬剤師班を派遣する.

医療救護班の編成の内訳

区分救護班数医師看護婦その他
区市町村2,218班1人1人1人
都立病院等45131
都医師会98111
日本赤十字社東京都支部40132
国立病院等30121
都保健所21111
小計234   
合計2,452   


◇医療救護班用被服の整備

 災害時の混乱をさけるため,医療救護班が着用する被服の統一的基準を定めている。

  1. 胸部
    医療救護班の実施主体を示す(○○区,東京都等)

  2. 左腕側面
    医療救護班の所属を示す(東京都医師会,○○区市医師会)

  3. 肩章部
    職種を示す(識別色による〈医師:赤〉〈看護婦:緑〉)
    ※ 日赤医療救護班については,赤十字規則による被服を着用することになっている

◇医療救護所の設置

場所

業務内容

 なお,医療救護班に関する総合的な指揮命令及び連絡調整は,都衛生局長が定める者が行う。


災害対応訓練における LDRPSの応用―とくにチェック項目と評価について―

(堀内義仁ほか、日本集団災害医学会誌 6: 48-51, 2001)


 災害などの大災害時における病院の対応を迅速且つ円滑に行う為には、災害規模に合わせて想定された実務的なマニュアルの準備と、それに基づいた訓練を重ねることが必須である。訓練を行えば必ず無重点・改善点が浮かび上がり、それに合わせたマニュアルの改正が必要になる。さらに職員の移動、必需物品の変更に対応するためには、マニュアルは察しかするのではなく、必要なときに必要な情報を取り出せるコンピューターシステムでの運用が優れている。

 国立病院東京災害医療センターでは、企業向けの緊急時業務継続プラニングソフトウェア、LDRPS(Living Disaster Recovery Planning System)を災害対応システムに応用し、実際の災害対応に応用することを目指している。このソフトに、災害対応としての部門ごとの個々の役割、役割の担当者。責任者、必要物品、個人情報、連絡網など関連付けて入力しておけば、フレキシブルな災害マニュアルとしての活用が可能である。

 今回、堀内等は実際の災害訓練において、各部門に割り振られた役割、各部門の必要物品の運用状況を、チェックポイント方式で評価用のレポートとして抜き出し、訓練全体の評価に応じることを試みた。

方法

 災害訓練は2001年1月20日(土)午前9:00から、以下のような概要で行われた。

想定災害:近隣のモノレール事故
被災害患者数:死亡患者10名を含む80名
訓練内容:約400名(全職員、看護学生、一般ボランティア)
参加部門数:新設、既設を合わせて29部門
訓練内容:召集、職員登録、部門の立ち上げ、患者誘導、マスコミ対応、霊安室対応、手術室対応、病棟初動

 訓練に先立ち、職員全員にプリントした災害対応マニュアルと訓練概要・ポイントを配布した。各部門には責任者を決め、訓練評価用のレポート(1枚)をあらかじめ配布した。このレポートはコンピューター化したマニュアルから抜粋した各部門に共通する項目を挙げ、4段階(◎、○、△、×)で項目ごとの達成度を即座に評価できるようにチェック形式にまとめた。責任者には訓練中あるいは終了直後に各項目についての評価を主観的に記入してもらい、訓練当日午後の反省会に提出してもらった。部門ごとの達成度を以下のように算出し、反省会において発表し、全体的、部門的評価の資料とした。

 達成度の算出方法は、◎:2点、○:1点、△:0点、×:−1点とし、評価した項目数の2倍を満点とした場合の評価総点数の割合として算出した。以下にその結果を示す。 この結果から救命初診、手術室部門のように新設部門(通常の診療体制では対応しきれない災害モード時に新設される部門)ではマイナス点の評価となっており、達成度が低いことがわかる。

表.チェック項目採点表(省略)

まとめ

 災害時の対応マニュアルを作成するにはかなりの労力が必要であり、いったん出来上がってしまうとなかなか改訂にまで至らないのが現状である。しかし、コンピューター化された災害対応の役割から自動的にチェックポイント方式のレポートを引き出し、実際の訓練に用いることで、訓練評価を簡便且つ正確に行うことができる。またこの方法は大掛かりな訓練時だけではなく、机上シミュレーションや、部門別の小訓練にも応用できる。

 現段階では、この災害対応用のコンピューターは院内全体のコンピューターシステム(オーダリングシステム)とは別個のものではあるが、将来的には災害対応システムを新しいホストコンピューターに組み込んで運用することが今後の課題である。


松本サリン事件の教訓とその後の対応

(松本市広域消防局警防課、松本市の保健衛生 vol.22 別冊、2000、pp.90-94)


【松本サリン事件の概要】

 平成6年6月27日、静かな住環境に恵まれた地域で、極めて短時間のうちに死者7人と多くの負傷者を発生させた松本サリン事件が起こった。事件は午後の11時過ぎ、住人が眠りについて間もなく、神経ガス「サリン」が地域を襲い、時間の経過とともに次々とからだの異常と訴えて屋外に出て嘔吐する人、うずくまる人、心肺停止患者が発見された。

【救急救助活動の概要】

<第一報による活動>
「息苦しい」を受診し、救急隊1隊が出場し、CPRを実施して病院へ収容する。

<第二報による活動>

共同住宅から「周辺で変な臭いがする」の通報を受け、調査中に目や頭部の痛みを訴える付近の住人に遭遇し、共同住宅の内部検索を開始。

<第三報による活動>

現場からの報告により救急隊5隊、ドクターカー1隊、指揮隊・救助隊等11隊、消防団2隊を出場させて活動。

 活動中は原因が特定できていない中での活動であり、過去の経験から都市ガス、食中毒、飲料水などの疑いを追跡調査し、消去法によって究明しようとしたが判らなかった。しかし活動にあたっては、ドクターカーの搭乗医師によるトリアージ、応急処置、死亡の確認などにより効果的な救助活動を行なえた。

【松本市の救急救助活動に関するその後の対応】

<救急救助活動の安全の確保>
 人身被害の防止に関する法律が公布され、消防吏員の被害防止活動の実施が明確にされたことに伴い、防毒マスク・一体型防護服・特殊災害作業衣などの活動機材の整備が図られた。

<救急体制の高度化の推進>

ア. 災害出動指令時間を短縮するため、119番発信地表示装置の導入
イ. 高規格救急自動車への切り替え整備とドクターカーの効率的運用
ウ. 救急救命士の確保と研修による高度な救急専門知識の習得
エ. 応急手当知識の普及啓発

<関係機関との連携協力体制の強化>

 消防防災関係機関連絡会や広域救急医療連絡協議会などの発足

<有毒ガス災害時の活動マニュアル化>

 活動の原則や処置・調査などに関するマニュアルを策定して備える

<専任救助隊の設置>

 特殊災害や大規模災害時の救助活動に卓越した救助技術者の充実

【松本サリン事件における原因究明活動】

 事件においては長野県衛生公害研究所が所全体で有機物質検索班を組織して活動した。原因物質の検索における情報の収集には国立衛生試験所(現 国立医薬品食品衛生研究所)や特殊法人日本科学技術情報センター(現 科学技術振興事業団)に協力を受けたが、これは組織的連携というよりはヒューマン情報ネットワーク的対応であった。

【その後の危機管理対策】

 緊急事故対策のためのマニュアルや情報収集マニュアルの作成、健康危機管理調整会議、毒劇物対応関係省庁連絡会議、健康危機管理フローチャートが作られた。一方、情報収集やデータベースの構築には国立研究機関、中毒情報センター、科学警察研究所、大学医学部、病院救急救命センター等が健康被害の際に原因物質の検索や患者の治療に関する情報の提供を行なえるように合同会合の機会をもった。また、内閣安全保障・危機管理室の調整のもとで研究機関や自治体によるシミュレーションが行なわれているが、結果をみると各機関の連携の悪さが明らかになっている。

【学生の考察】

 各方面で危機管理の意識が高まって対策がとられているようだが、やはり組織間での連携の悪さが出てくる。また、行政的な中心と技術・情報の中心が異なることも対策の一本化を阻害していると思われる。そして「予期せぬ事態」が起こった教訓として「対策のためのマニュアル」を作製することに関しては疑問を感じる。全国規模のネットワークを有する専門部署を各地に設置することが無理であるならば、やはり現場の装備を充実させることと、教育・訓練によって人的なレベルを上げて対応するしかないと感じた。


第3編 生活関連物資支援拠点等のライフスポットの確保・応用

(地震防災対策研究会、自主防災組織のための大規模地震時の避難生活マニュアル、(株)ぎょうせい、東京、1999, pp.227-237)


【生活関連物資等の確保の基本的考え方】

<基本目標>

 大規模地震時に被災者の生命及び身体の安全並びに健康な生活の確保を図り、その自立 (生活再建)の促進に資する。

<行動目標>

 被災者が最低限の自立した生活を送ることができる程度の生活関連 物資等の確保を図り、必要とするものを必要な時期に提供する。

<確保方法>

 住民及び自主防災組織が、非常持出品の備蓄に加え、ライフラインの 途絶に備えたライフスポットを確保し、自らの力で対応することが求められ、 災害発生後72時間はこのような自力対応が要求される。

 〇具体的に確保しておくべき物資

など。

 各市町村の地方公共団体は、自ら備蓄している物資の品目、 量、保管場所等について把握するとともに、都道府県、近隣市町村 との情報交換を行い、常に食糧、飲料水、その他の生活関連物資等の 備蓄状況について把握しておく必要がある。

 〇備蓄場所

 生活関連物資等を一カ所に集中して備蓄し、広域避難場所や各指定避難所等の防災 拠点に分散しておくことも有用。

 〇ストックヤードの設置

 生活関連物資の調達・配布組織の整備にあたっては、窓口の一本化を図っておく ことが必要である。

 住民及び自主防災組織に対して、各人が必要な当座の物資については、自分達 で確保しておくことが必要であることを指導・啓発しておく。

<物資備蓄等の実施>

 備蓄形態には公的備蓄と流通在庫備蓄の2種類があり、各地域の特性を 考慮して適切な備蓄形態を決定する必要がある。

 〇公的備蓄

平常時から市町村において、必要な品目及び数量を購入して倉庫に 現物を備蓄するもの。

[メリット]

  • 物品の確保が確実であること
  • 計画的な分散備蓄が可能であること

[デメリット]

  • 購入費、倉庫建設費等の財政負担が必要であること
  • 倉庫建設地の確保が必要であること
  • 在庫管理の事務が必要であること
  • 物資更新時の処分が困難であること

 〇流通在庫備蓄

卸・小売等業者に協定により依頼しておき、災害時に必要品 目・数量をそれら業者に確保させるもの

[メリット]

  • 多品目又は大量の調達が可能であること
  • 購入、保管といった備蓄の経費の節減が可能であること
  • 公的機関による在庫管理及び品質管理が不要なこと
  • 必要量のみ対応できること
  • 品質低下の防止ができること
  • 指定の場所で調達できること

[デメリット]

  • 在庫管理が容易にできないこと
  • 在庫の状況により、物品が確保できない場合があること
  • ランニングコストの取扱いが不明瞭であること
  • 数量を明確にしない紳士協定の場合は実効性が期待しにくいこと
  • 価格が一致できないこと

 備蓄無いようなその配布については、季節性、地域特性、災害弱者、集団生活の 特性、時間の経過等に留意する。

【まとめ】

 このようにして、大規模地震時のような場合には、普段からの各人と地域の 上手な連携により、安全とより自立した生活の確保が可能になるといえる。


東チモール動乱後の医療需要の検討
―赤十字国際委員会ディリ総合病院の現況より―

(鈴木伸行ほか、日本集団災害医学会誌 6: 63-67, 2001)


 赤十字国際委員会(International Committee of the Red Cross:以下ICRC)は、本来戦時下もしくは準戦時下における人道的な救護を重要な使命としており、1)国際救助事業、2)戦争捕虜・抑留者の訪問、3)安否調査、4)普及事業などを行っている。医療部門においては、主に戦傷外科疾患を対象にしており、その治療法はICRC Standardといわれる治療ガイドラインに基づいている。そうしたなか、1999年9月に東チモールで発生した動乱後のICRCが行ったディリ総合病院の医療支援は、戦傷外科に限定しない医療を展開している。そこで、2000年1月1日から3月31日までの入院患者の性別、年齢、受診時の診断名、診療科について調査を行い、東チモールでの医療の現状を調査した。

< 結果 >

 2000年1月1日から3月31日までの救急外来総来院数は4240人であり、入院したのは1426人(33.6%)であった。入院患者の年齢は0歳から82歳までで、平均年齢は22.8歳であった。性差は男性614人、女性812人で、1:1.3であった。年齢は、新生児期を含む乳児期が112人(7.9%)、14歳以下の小児は全体の35.6%であった。

 診療科別では産婦人科入院が26.4%、外科が24.4%、内科が26.4%、小児科が22.7%であった。性差を調べてみると内科・小児科では性差は認めなかったが、外科においては男性が女性の2.64倍と圧倒的に多かった。

 疾患別では、妊娠もしくは産婦人科疾患が377例(26.4%)、呼吸器疾患が276(19.3%)であり、その中でも肺炎が159例と多く、ついで結核で69例であった。外科整形外科的疾患は271例(19.0%)であり、外傷もしくはそれに併発した感染疾患が最も多く、続いて骨傷が認められた。戦傷外科疾患はわずかに2例であった。熱帯性疾患は234例(16.4%)であり、230例とマラリアが多数をしめ、デング熱はわずか2例であった。

< 考案 >

 ICRCは戦時、戦時下および戦争犠牲者を対象に世界で医療救護を展開しており、主に戦傷外科疾患を対象にしている。しかし、最近では対象疾患は急激に様変わりをみせ、特に戦傷疾患は減少してきている。今回の東チモールでの医療支援でも、従来のICRC Standardが全く当てはまらない医療の展開を求められた。本来ICRCが活動の対象としない内科的疾患の治療については急遽Medical Protocolsを作成し、基本的治療のStandardとしている。

 1月から3月までの来院患者のうち入院を必要とした患者は33.6%であり、そのうち35.6%は14歳以下の小児科疾患、および小児外科疾患が多くを占め、他のICRC Hospitalとは様相を異にしている。受診年齢層は1歳未満の乳幼児と20歳台と中心とした2つのピークを認めたが、産科関係疾患を除外しても20歳台前後に患者が集中していた。各診療科別の性差を見ると内科・小児科においては性差は認めなかったが、外科疾患において男性が女性の2.6倍をこえ、外因性疾患、とくに交通事故や殺傷事件の多さがその原因と思われた。疾患別の分類では産婦人科疾患が首位を占め、そのうちの78.5%が出産に関係したものであった。このうち80%が正常分娩であったが、従来病院で出産されなかった環境での、出産への対応が問われた。内科系疾患では呼吸器系疾患が19.3%で圧倒的に肺炎が多く、結核が少数であったのは、喀痰検査の結果に時間を要して、救急の現場では確定診断が困難であることが原因であろうと推察される。

 熱帯性疾患は全体の16.4%を占め、マラリアがそのほとんどを占めた。このことは調査時期が雨季にあたり、熱帯疾患の流行時期であったことが理由であると考えられる。マラリアの診断は血液ギムザ染色によって行われ、簡単に診断できるが、臨床的にマラリアが疑われながら、血液検査でnegativeの症例(false negative)を含めると、実際はマラリア患者はもっと多いと思われる。デング熱は2例と少なかったが、その理由として、免疫学的検査は全く出来ず、WHOの臨床的診断に頼らざるをえず、診断の正確性を書いていたことが考えられる。オーストラリア健康省の報告では、内因性疾患で東チモールよりダーウィンに搬送された外国人患者の80%がデング熱と診断された事実から、軽症を含めたデング熱は現地ではかなり多いものと思われる。

 外科整形外科疾患は全体の19.0%であり、うち戦傷外科はわずか2例であった。この理由についてICRCは、動乱時に大量破壊兵器の使用や対人地雷の敷設が全く行われなかったためであると判断している。

 現在の東チモールは、動乱後の混乱期から再建への道をたどりつつある時期にある。今後も多くの医療チームが東チモールで活躍すると思われるが、今回行った調査による入院患者の現状が一助となれば幸いである。


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