災害医学・抄読会 2001/10/26

第 VI 章 災害現場のトリア−ジに関する研究

甲斐達朗、平成8年度 災害時の救助・救急活動への医療支援に関する研究委員会報告書 p.87-106


トリアージ

 災害発生時に人的物的医療資源が制限された状況で 大多数の傷病者に最善の治療を施す目的で行われる。単に負傷者を 治療の緊急度・重症度によって選別するのみではなく、災害で 発生した多くの傷病者が緊急度・重症度に見合った医療機関にその 医療機関の負傷者治療能力に適した負傷者数を適切に配分し、 適切な治療を受けさせることである。そのためには 災害現場から適切な医療機関で治療を受けるまでの流れが 制限される災害時に、 その流れが制限されるさまざまな場所(災害現場、現場救護所、負傷者搬送所、 病院入り口、病院内の治療区域)で、状況に応じて何回ものトリアージを 繰り返し行わなくてはならない。そこでのトリアージは緊急度の高い 負傷者が適切な医療機関で治療を受けるまでの現場で、症状安定化の 治療を行うことも含まれる。

災害時の救急医療

 災害には大きく2つの災害が考えられる。ひとつは集団災害といわれる もので、列車事故などの大型交通事故やテロ事件、爆発火災といったものが これに含まれる。もうひとつには広域大規模災害とよばれ地震災害、 津波災害などがこれにあたる。この二つの災害のおおきな違いは 日常の救急医療体制が機能しているかどうかの差が大きい。

 集団災害の多くは被災現場が限定されており、かつ救急業務も機能して いるため情報の交換が容易である。そのため現場に現場救護所・トリアージ ポストを設営し、多くの負傷者を治療の緊急度や重症度により選別する ための現場トリアージ・搬送トリアージを行い、負傷者の生存の可能性を 考慮する。

 広域大規模災害では集団災害と異なり、現場トリアージが困難である。 その原因として、情報収集の困難、人的物的医療資源の確保の困難が あげられる。阪神・淡路大震災での負傷者の流れは、1つは日常救急患者 を受け入れている病院に自主的に集まるのが大部分で、ほかには 避難所に設置された医療救護所、救急搬送の機能低下により搬送を期待し 直接消防機関に集まることが見られた。このことから、広域大規模災害時には 災害現場の近くに現場救護所を開設するのは困難で、上記の場所に設置を するのが効率的と考えられる。そのため被災地域内の医療機関を 集団災害時におけるトリアージポスト・現場救護所・搬送トリアージと考え、 重症負傷者や重症救急患者の症状の安定化を図ることを優先に考え、 集中治療は行わないのが適切と考えられる。

 避難所は、地域防災計画で 事前にその設置場所が定められているため、災害早期に医療救護所を開設し、 軽症負傷者の医療機関への過度の集中が緩和され、挫滅症候群などの 一見軽症の負傷者へも適切なドレナージが行われる可能性がある。この医療 救護所の設置が長期にわたりできることから、慢性型(内科型)の救護所へ 移行できる利点もある。消防署やその周辺は応急処置のできる救急隊員、 救急救命士や最小限必要な応急資器材、搬送手段が確保されていて、 しかも地域の医療情報も入手が比較的容易であるため、現場救護所を 開設することの効率は高いと考えられる。トリアージの目標は被災地外 の日常の救急医療体制が機能している医療機関で集中治療を受けること である。

考察

 広域大規模災害時には救急医療に対するさまざまな予想外の障害が出てくる 可能性があり、地域にあった対応を考える必要があると思われる。災害時の 異なった組織の協力関係、市町村所属の消防組織、都道府県所属の警察、 国所属の自衛隊の調整、監督が潤滑に進むような制度の確立が 必要と思われる。


営団地下鉄脱線事故における活動報告

白谷祐二、日本集団災害医学会誌 6: 58-62, 2001


 近年多数の傷病者が発生する事故・災害が増加している。そのため、消防機関には状況に適した迅速な対応と判断が求められている。今回は営団地下鉄脱線事故における活動報告を題材にして消防機関の問題点を考えていきたい。

1)事故の発生と活動の概要について

 2000年3月8日9時01分頃営団地下鉄日比谷線の下り電車最後尾が脱線し、側方の上り線を通過していた電車の6両目と衝突した。その7分後の9時08分に第一報として乗客から携帯電話により消防機関へ通報がなされた。その後駅員から「電車火災でけが人多数」と通報がなされ、この通報から火災に必要な部隊と多数傷病者に対応するための部隊を出動させた。その後、9時25分頃に付近を通りかかった医師によりトリア−ジがなされた。9時28分には救急隊をさらに10隊出動させた。9時47分には重症者を搬送開始し、10時00分には重傷者の搬送終了、中等症者も10時07分には搬送を終了した。

2)活動内容

 最先到着隊は災害発生場所の確認を行うために上り車両に向かったところ、すでに10数名の乗客が路線上に降りて避難していること、車両内部には数名の傷病者がいることを確認した。状況から火災の事実が無いこと、重傷者が多数いることが判明したため、到着隊は司令室へ状況報告とともに救急隊の応援要請を行い、救出・救護活動を開始した。これにより司令室は医療機関に電話連絡を行い、施設確保を行った。現場の活動隊は指揮機能強化のため、指揮本部・救急指揮所を設置した。また救護所では救急救命士によりトリア−ジ、現場処置を行い、緊急度の高い傷病者から搬送していった。しかし、現場はトンネルに近く、かつ周囲は運行中の電車、崖、高架に囲まれていた。そのため救護所、救急指揮所は事故車両から100m離れた場所に設置することになり、さらに付近の道路は狭く迂回路が確保できないことから救急車が救護所まで接近できない状況が発生してしまった。

 以上のことにより、問題点として以下のことが挙げられる。

 これらのことから、多数の傷病者が発生している現場では、災害実態の早期把握や指揮体制の強化(特に災害現場が広域になるほどその重要度も増す)、災害現場への早期の医師要請と出動が重要であると考える。特に医師要請と出動に関しては、指令内容から多数の傷病者の発生が予想される場合、現在のシステムでは救急隊が現場を確認してから医師要請を行い、医師は出動中の救急隊とは別の救急隊を出動させて現場に向かう形となっている。しかしこの方法では初期の段階で必要なトリア−ジや処置が遅くなってしまう。そこで救急隊の指令と同時に医師の出場ができるようなシステムに改正し、要請があった際にはただちに医師が救急車で出場できるようにすることが必要である。また、救急隊の対応を改善するだけではなく、事故にあった際の民間人の対応方法や通報の要点などを講習会や災害対策関連施設の見学などを通して広く浸透させることもこれからは重要になってくると考える。


沖縄県立北部病院:九州沖縄サミットにおける拠点基幹病院としての対応と課題

佐々木秀明ほか、日本集団災害医学会誌 6, 2001


【概略】

 2000年7月に沖縄名護市で九州沖縄サミットが開催された.開催されるにあたり,沖縄県立北部病院は医療対策本部より拠点基幹病院として指定された.このため、首脳受け入れ体制、テロへの対応、地域住民への救急医療の維持などについて院内体制の構築を図った.

 具体的には、院内サミット集団災害要綱(マニュアル)を作成し、1)首脳来院、2)首脳を含まない集団災害、3)首脳を含む集団災害を設定し,それぞれの流れを記載した.このとき、首脳が関係者以外の目に触れないような動線を設定し,保安と守秘を優先し、一般救急患者と分離して混乱を避けることに留意した.また、それに加えて化学生物兵器、放射線災害対策のマニュアルも添付し、既読者には署名を求めることで徹底を図った.模擬患者をもちいた病院前トリアージを含む集団災害訓練を施行した.万一の場合の混乱を避け、可能な限りのマンパワーを得るために一般外来の制限を行った。結果的にVIPの収容や集団災害の事態は発生しなかったが,病院の危機管理体制の構築に大きな成果をあげることができた.

【感想】

 今回サミット開催中に集団災害の発生は起こらなかったが,どこの病院でもこのように集団災害に備えた救急体制を整えることが必要である.突然の災害に可能な限り速やかに対応できるようにマニュアルを作成し,それを医療従事者に徹底させることが重要であると思われる.今回、沖縄県立北部病院では既読者に署名を求めたことで,確実に情報をゆきわたらせることに成功した.特別なマニュアルに関わらずこの方法は日常診療の場でも使えるのではないかと思われる.また実際にトリアージの訓練を行なうことも必要であると思う.今後日本でもアメリカで発生したような集団テロが発生する危険性はないとはいえない.集団災害によるパニックを最小限におさえるために、新しい情報の収集につとめることも大切である.


千葉県における災害医療訓練について

伊良部徳次ほか、日本集団災害医学会誌 6: 43-47,2001


 1995年1月に発生した阪神・淡路大震災を契機に、国民の間で防災あるいは大規模災害に関する意識がかなり深化してきた。国や行政機関、消防機関、医療機関においても、防災意識の高まりと同時に大規模災害発生時の対応について真剣な議論がなされ、都道府県レベルの地域防災計画の立案もかなり具体的なものとなってきている。

 そこで、千葉県では災害医療従事者を養成する目的で、2000年7月29日に千葉県健康福祉部と千葉県災害拠点病院連絡会議の主催で「千葉県災害医療セミナー」を開催した。行政、医師会、医療機関、消防機関など災害医療関係者321名の参加を得ることができた。

 まず最初に、災害医療についての基調講演が行われた。基調講演の質疑を通して、県、市町村役場、保健所、災害拠点病院、地区医師会、消防機関などが広域災害あるいは大災害におけるそれぞれの役割を認識することができた。続いて基幹災害医療センターの施設見学、ヘリコプター、レスキュー資機材の見学説明を行った。最後に行われた実体験セミナーでは、トリアージ、ヘリコプター搬送、confined space medicine (CSM:瓦礫下の医療)の3部門について実戦的な訓練を行った。

 ヘリコプター搬送の訓練において、参加者から騒音と風圧のもとで、スタッフどうしの会話ができない環境下でのストレッチャーの離脱、バイタルサイン測定記録などの困難性が述べられ、頭で描くヘリ搬送と実際との大きなズレが指摘されるのと同時に、実体験の重要性が指摘された。また、阪神・淡路大震災で瓦礫下で圧迫されている負傷者が、救出後まもなく高カリウム血症を伴う急性腎不全を発症した例が少なからず存在したことから、CSM、すなわち現場での医療の重要性が強調されるようになった。直接参加者の感想としては、従来の災害医療訓練では体験したことのなかった領域で試行錯誤であったこと、きわめて制約された空間での移動、診察・処置にかなり時間を要すること、身体的な危険と隣り合わせの訓練でかなり緊張を強いられたことがあげられた。また見学者からは、きわめて狭い空間で暗所でのレスキュー隊員、救急隊員、医療スタッフのチーム作業は、災害医療を考えるうえで意識改革を求められる体験であったとの意見がよせられた。

 基調講演、施設見学、実体験セミナーなどのプログラムが終了した後に、参加者全員による全体会議がもたれた。この全体会議は災害医療に携わる関係者による情報交換会として位置づけられた。

 千葉県で定期的に開催されている主な災害訓練は、南関東大震災を想定した首都圏の七都県市災害訓練と成田空港航空機事故救護訓練であるが、それぞれ主催者が千葉県、新東京国際団体であり災害拠点病院、消防関係者の関与は乏しいものであった。今回の訓練を踏まえて、特に成田空港航空機事故救護訓練における千葉県健康福祉部と連絡会議との積極的関与の必要性が強調された。また、千葉県の災害医療従事者の養成とレベルアップに本セミナーが大きく貢献することが期待されることから、毎年の開催を求める意見が多数出された。

 今回の災害医療セミナーでは、千葉県の行政・消防・医療機関・医師会・保健所などの広範な分野から参加を得たことで災害医療の人的ネットワークを構築できるとともに、多数の災害医療従事者の教育養成が可能であった。今後、災害拠点病院が持ち回りで年1回継続開催することで、千葉県全体の災害医療対応能力を向上させることが期待できると考えられる。千葉県だけではなく他の県も上記のセミナーを開催することを望む。1つ1つの県の災害対応能力の上昇は、国全体の災害対応能力の上昇につながると思われる。将来、災害が起きたときの国や都道府県の迅速な対応の期待したい。


短期間に反復した大震災を経験した患者の心理・精神面に影響を及ぼす要因について

笹川睦男ほか、日本集団災害医学会誌 6: 24-30, 2001


 1999年8月17日のトルコにおける大地震と、ほぼ同じ地域の3ヶ月後に再度起こった大地震は記憶に新しい。このように大震災がごく短期間に相次いで災害をもたらすことは、今までには考えられないことであった。2回目に派遣された医療チームのレポートより、その要点を抜粋する。

 これらの結果によりわが国で整備すべき災害後の医療のあり方について考察する。発災後初期は救命救急処置が最優先課題となるが、日時の経過に従い精神的な介在の必要度が増してくる。海外でおこったこの悲劇と過去の報告を教訓に、わが国でも災害後の救命救急処置を徹底させる準備と、その後の精神科的なケアを啓蒙する必要がある。精神的なケアでは、患者のストレスの背景をそれぞれ理解する。混乱の中情報の整理は困難なように思われるが、災害後現場が落ち着いてきたら、被害状況、心理状態などの個人情報を管理できるシステムを設置するべきだと考える。災害後長く続くであろうストレスを軽減させるために支援者が行えることは、1日も早い環境整備と精神的サポートなのである。


第4章 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の保健医療サービス:孤立の大きな代償

世界災害報告 2000年版、p.74-91


驚くべき 北朝鮮の保健医療現状! 不足だらけ

◎病院の問題と現状

 1)薬品不足:

植物の根を主な原料とする伝統的「高麗」漢方薬が薬品の70%を占めペニ  シリン等の基礎的西欧の医薬品が残りの大半を占める。ほとんどが供給された最低限の薬品である。麻酔薬や心血管疾患などに使う薬品も不足している。

 2)設備不足:

粗末な病室、寒さが防げない。手術用、診察用設備、X線機器、心電図測定器、救急車、職員輸送の車両が一般的にない。

 3)水の問題:

地域レベルでは浄水施設がなく、井戸から汲む。汚水浄化槽や下水管の設置 ができず、下水は垂れ流し。

 4)交通手段の不足:

患者が病院に足を運べない。

 結果的に結核は年間4万人が新たに感染。10万人あたり50人(全国民2200万人)が感染。また、1998年以前にはいなかったマラリアの患者の数が急激に増加。

保健医療制度の衰退!

◎北朝鮮の保健医療体制について

 212郡、4700の里に住む2200万人の人口に対して、616の総合病院、13の結核病院、60の療養所、1万を超えるベットがある。(保健医療制度のインフラ)。人口1万人あたり29人の医師による"ゆりかごから墓場までの担当医制"(Section Doctor System)がとられており、医師一人当たり平均134家族の健康管理が託されている。

 他の国に比べて一般教育水準は高く遠隔地でも保健制度は充実しているが、国が孤立状態であるため、公衆衛生の考え方の多くは1950年から60年代のものである。保健医療制度が充実していた30,40年前には、効率のよい健康管理制度や豊富な人材により、平均寿命を延ばした。しかし、ここ10〜15年は健康管理制度の低迷、水、電気、暖房などの基本的な問題がでてきている。

◎衰退の原因とは?:イデオロギーが立ちはばかる!

 過去数十年に及ぶ保健医療の低迷は、国の政治・経済の発展に深い関わりをもつ。

 1)孤立した個人崇拝、"主体"(チュチェ)の自給自足の精神が支配。

 *「主体主義」:哲学的レベルまで高められた自給自足をいう。「人間の本質は、人間が独立性と創造性と意識を備えた社会的生物であることを示している」という考え。1995年以来の食糧危機に引き続いての人道的援助に対して一時的に妨害したり、食糧支援事業は帝国主義的であると公に非難した。

 2)政治の孤立、経済の破錠

 *軍事力は中国、米国、ロシア、インドについで世界有数。外国から援助が増大するにつれ、ミサイルの射程距離を拡大している。「ならずもの国家("rogue state")」

 3)自然災害:干ばつや洪水がもたらす食糧危機

 *1995、1996年に大きな洪水が起こり、広範囲にわたる農地、多くのダムや鉱山が被害を受けた。国民全体の40%を占める公的配給制度によって配給されている代用食料でさえ、1日1人平均600gしかなく、さらにこの量は減少の一途をたどっている。

国際援助機関の援助 〜保健医療制度に対して〜

◎国際援助機関とは

 国連世界食糧計画(WFP)、国連開発計画(UNDP)、国連児童基金(ユニセフ)、WHO、ボランティア援助団体、非政府組織(NGO)などがある。食糧援助と食糧安全保障に重点が置かれている。保健医療に対しては、病院の設備や医薬品を刷新し、医療関係者に最新の医療技術情報を提供、一般市民に健康管理についての知識を持ってもらうことを目的としている。

◎問題点

 援助資金の不足。被災者への物流ネットワークへのアクセスが困難。強固な権威主義の政府であり、多くの援助機関が支持する主張が入り込む余地がない。これらを理由にいくつかのNGOは手をひいている。

◎現状

 人道上ニーズと人道主義のギャップ:栄養不良で苦しむ人々への援助の必要性はあるものの、北朝鮮政府の人道的援助に対する制限や人道的援助が政治への干渉であるという考えもあり、困難な活動条件下にある。

 援助機関に対する知識と理解に関して1995年当時のゼロの状態から劇的に深まっている。全地域の75%に立ち入ることができ、それは全人口の85%にあたる。しかし、212郡のうち48郡は人道的援助関係者の立ち入り禁止地域となっている。

◎今後

 外国から持ち込まれた医薬品やワクチンを供給する持続援助は不可能であるため、保健サービスが活性化するような援助を行なうべきである。特に製薬業、保健産業の復旧を最優先すべきである。しかしながら、実際、保健部門の復旧には国の経済しだいであり、経済の再生には時間と多くの外的要因に頼ることとなるだろう。

 北朝鮮は最近活性化しつつある外交面及び文化面・ビジネス面での接触により、関係改善の兆しが見え始めている。最善されれば、経済の再生、しいては保健部門の復旧が望めるのではないだろうか。北朝鮮は援助を受け始めてから確実に変化をきたしている。援助国政府・機関の活動が継続されていくことに大きな意味があるのではないだろうか。


4 避難継続中の対応

地震防災対策研究会、自主防災組織のための大規模地震時の避難生活マニュアル、(株)ぎょうせい、東京、1999, p.216-222


 災害が生じた場合、時期としては発災直後、避難継続中の時期、避難終了期の三期に分けることができる。このうち、発災直後の混乱からある程度落ち着きを取り戻した避難継続中の時期においては、住生活の面でのプライバシーの確保、環境衛生の向上、食生活の質の向上など、避難生活の長期化に伴う避難者のニーズの高度化が見られ、また、避難者の抵抗力の低下も問題となってくる。これらの状況に対する対応を以下に記す。

 (1) 避難所運営の基本方針 避難生活の長期化に対応した生活の快適性の向上、生活情報等の提供、被災者の自立(生活再建)の促進を図ることなどを行動目標として、避難所の各生活支援業務の内容改善と適切な執行が求められる。また、避難所運営規則に関しても避難生活の実態に合わせた形での改正が必要となる。

 (2) 避難所運営組織の改善 避難所運営組織についても、生活支援業務の内容の改善に合わせて、さらに能率的な業務執行を可能にするため、市町村の担当職員から避難者が主体となった、さらに自立的な運営を行うことが必要となる。

 (3) 避難所運営会議 避難生活の長期化への対応のあり方をめぐって連絡調整を行う。避難所内の状況を把握し、相互の意見交換を行い、必要事項を協議、決定するために、避難所の実態に応じた定例会議を開催する。また、避難所となっている学校、公民館などの施設本来の機能回復に伴い、避難所運営業務とどの様に調整を図っていくかについても施設管理者との間で話し合いを進める必要がある。

 (4) 避難所運営組織のリーダーによる運営業務全体の統括 避難所生活の長期化は、様々なトラブルを発生させる傾向があるため、避難所運営組織のリーダーは、そうしたトラブルの処理にもあたる必要がある。

 (5) 全般的運営管理関係業務(管理班の担当業務)の執行 これについては、避難生活の長期化に伴い、次のようなことに留意する必要がある。

ア 避難所施設管理の改善及び施設機能の再開との調節;

個人のプライバシーの保護にさらに留意し、学校、公民館などの施設本来の機能回復が円滑に進むように努める

イ 避難所施設の防犯・防火その他秩序の維持;

アルコールによる風紀の乱れの予防、喫煙場所を限定することで火災予防

ウ 環境衛生の向上;

環境衛生の向上を図るため、仮設トイレの設置・管理、ごみ処理、風呂の設置・管理、清掃、ペットの管理など

エ ボランティアの受入・管理;

必要と思われる分野については受け入れるが、ボランティアの撤退も視野に入れた対応が必要となってくる。

(6) 情報収集・伝達業務の執行 マスコミ取材などに対する避難者のプライバシーの保護。また、避難生活が長期化するにつれて必要になる情報としてはライフライン等の復旧、応急仮設住宅、公営住宅に関する情報、就職情報その他生活再建に必要な情報、子供の教育に関する情報などがある。

(7) 救護関係業務の執行 避難生活の長期化に伴い、避難者の抵抗力も低下してくることから次のようなことに注意する必要がある。

(8) 食料関係業務の執行 避難生活の長期化に伴う避難者の、ニーズの高度化に対し次のようなことに注意する。また、高齢者、障害者など特別な配慮が必要な人については、そのニーズに合わせた個別の対応に努める。

ア ニーズの高度化に対応した救援物資の要請・受入;

避難者のニーズの動向を踏まえて、それに応じた必要なものを要請し、受入する。

イ ニーズの高度化に対応した食料の管理・炊き出し・配布;

発災直後のような量的確保を優先するのではなく、避難者の健康保持、栄養のバランスなどにも配慮が必要

ウ ニーズの高度化に対応した生活用水の確保・使用;

飲料水の供給が安定化すれば、生活用水の供給についても安定化を図る

考察

 発災直後の混乱からある程度落ち着きを取り戻した避難継続中の時期において問題となる避難者の抵抗力の低下は生活水準の低下と精神的なものなどによるが、このことは、特に高齢者、障害者、乳幼児など災害弱者において問題となる。抵抗力の低下は感染症や基礎疾患の増悪を引き起こし時には死に至り得る。ゆえに、抵抗力の低下を予防することは避難継続中の時期において、特に気を配る必要があると思われる。予防法としては各個人に応じた避難生活を送らせることであろう。そのためには、発災直後と比較して高度化してくる避難者のニーズには十分に対応していくべきである。


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