災害医学・抄読会 2001/10/12

第 VII 章 災害救出現場における被災者家族、Bystander等の教育啓蒙に関する研究

山本保博、平成8年度 災害時の救助・救急活動への医療支援に関する研究委員会報告書 p.107-120


はじめに

 被災時における「応急手当」は重要であるが、特に被災者の最もそばにいる一般市民 が手早く適切な手当を実施できるかどうかの意義は大きい。これには、救命に役立つ ということと、災害発生時には医療従事者のマンパワー不足という 事態も考えられるので、「応急手当」に当たれる者を確保できるという ことも含まれている。

 ここでは一般市民に対する「応急手当」 として、心肺蘇生法と止血処置を中心に、その概要と教育について述べる。

1.「応急手当」の重要性と教育者育成

1)「応急手当」の早期着手の意義

 一般人に教育する場合最も教育効果が上がるのは、応急手当の必要性を 理解して貰い、真剣に取り組んで貰うことである。病院外で心肺停止を 起こしたものに対して、4分以内に一般市民によって心肺蘇生が行われ、 8分以内に救急隊員や医師による処置・治療に引き継がれれば、 救命率が高くなると言われている。これは脳や心臓などの人間の臓器・ 組織が血流の低下や停止による低酸素・無酸素状態に極めて弱いからである。 従って心臓や呼吸が止ったり大出血を起こしている人がいたら、その 現場にいる一般市民が、すばやく救命のための処置を実施し、脳に酸素を 送る必要がある。

2)救急蘇生法の教育体制

 救急蘇生法は一般市民が実施できる簡単な手技とはいえ、人命を左右する ものであるから、その教育・指導は有資格者によらなければならない。

ア.指導員に対する教育

日本医師会救急蘇生法教育検討委員会が定める教育カリキュラムにより、 40時間以上の教育と3年ごとの再教育を受けるよう推奨している。

イ.一般市民(Bystander)に対する教育時間について

一般市民に対する教育は、日本医師会や日本救急医学会などが中心となって 作成した「救急蘇生法の指針」を基準として、有資格者によって行われる べきである。標準的教育時間は、講義と実技を合わせて3時間以上を 必要としている。時間配分は実技に重点を置くことを奨めている。

3)用語について

 応急手当: 救急蘇生法を除いた、一般市民の行う手当
 救命手当: 一般市民の行う救急蘇生法(心肺蘇生法+止血法)
 応急処置: 救急隊員の行う処置
 救急救命処置: 救急救命士の行う処置
 救急処置・救急治療: 医師が行う一般的処置・治療
 救命処置・救命治療: 医師が救命のために行う処置・治療
 応急救護処置: 交通事故の現場で一般市民が負傷者を救護するための救命手当
 一次救命処置: 特殊な器具や薬品を用いることなく、医師以外でも行える心肺
         蘇生法
 二次救命処置: 医師、または十分に訓練を受けたものが医師の指揮の下に、器
         具・薬品を用いて行う心肺蘇生法

2.救急蘇生法

 救急蘇生法とは前述したように、心肺蘇生法と止血法を言う。

 心肺蘇生法には、1)気道確保、2)人工呼吸、3)心臓マッサ-ジ がある。

 止血法には、1.止血帯法、2.間接圧迫法 がある。

(1)救急蘇生法を行う手順

 災害時、意識を失った人に出会った場合、その人が動脈性出血を伴っていたら、止血 を優先し、出血があっても動脈性でなければまず助けを求め(119番通報をする)、 その後に心肺蘇生法を行う。

(2)心肺蘇生法

 被災者が意識障害、呼吸停止、あるいはそれに近い状態にあるときに、呼吸や 循環を補助し救命するために実施する手当である。

(3)心肺蘇生法を行う手順と方法

  1. 意識の確認

    声をかける、肩をたたく、皮膚をつねるなどの刺激を与えて、意識状態を 確認する。意識がない場合は119番通報をする。意識がない場合は119番 通報をする。

  2. 気道の確保

    急に倒れ、意識を失った場合、心拍や呼吸があっても舌根沈下が起こり、 気道閉塞に至る。まず空気の通り道である気道を確保することは重要で ある。気道確保の方法としては頭部後屈あご先挙上法、下顎挙上法が ある。下顎挙上法は最も奨められる方法であるが、一人で救急蘇生法を 行うことを考えた場合は、位置を変えることなく人工呼吸と心臓マッサ-ジ が行える頭部後屈あご先挙上法の有用性は高い。

  3. 呼吸の確認と人工呼吸(救助呼吸)

    呼吸状態は、「胸郭が動いているか」、「呼吸音が聞こえるか」、「呼く 息を感じるか」で判断する。
    呼気吹き込み人工呼吸はエイズなど感染の予防に注意すれば、特別の器具 や装置が必要でないこと、一人でいろいろな状況でできること、十分な 酸素量を肺に送り込めること、心臓マッサ-ジを実施しながらできること、 などの利点があり、有効性が高い。

  4. 循環のサインの確認

    人工呼吸を二度行った後、咳や体動がないか全身を観察し、循環の サインの確認を行う。

  5. 胸骨圧迫心臓マッサ-ジ

    心臓マッサ-ジは1分間に100のスピードで15回行う。
    心臓マッサ-ジで得られる血圧は、加圧時 70mmHg前後、減圧時20mmHg前後で 、組織や臓器の循環を維持するには不十分な血圧である。このことは長時間 心臓マッサ-ジを行った被災者の予後は不良となることを意味している。

  6. 人工呼吸

    人工呼吸を2回行う。

  7. 循環のサインの確認

    5,6を4回繰り返した後、循環のサインを再度確認する。循環のサインが 見られたら、心臓マッサ-ジは中止する。なければまた5,6を繰り返す。

(4)止血法

 救命手当の対象となるのは、主に動脈性出血である。動脈血は酸素を 多く含んでおり、静脈血が暗赤色であるのに対し鮮紅色であること、 および噴出してくる感じがすることで静脈性の出血と区別できる。

 止血法には直接圧迫法と間接圧迫法(止血帯法)などがある。直接圧迫法 による場合は4分以上圧迫する。間接圧迫法で止血する場合は出血部位より 心臓に近い動脈を手指で圧迫する。

 エイズや肝炎などの感染症が問題となっている昨今、出血点に対する手当に 際しては、ビニールやゴムの手袋を使用するなどの注意が必要である。

まとめ

 一般市民への応急手当教育は、日本医師会を始め 日赤などの団体によって普及への努力がなされているが、十分でない。 大きな問題の一つは、それを教育する指導者の資格および指導者教育 にあると考えられる。一般人への教育と同時に指導員の育成をする必要がある。

 ウェブ担当者による註:本資料には一部、2001年に日本救急医療財団心肺蘇生法委員会によって発表された「救急蘇生法の指針(改訂版)」の内容を入れています。


第 VIII 章 災害時の検索救助・救急活動における行政対応について

山口英樹、平成8年度 災害時の救助・救急活動への医療支援に関する研究委員会報告書 p.121-138


 H7年(1995)の、阪神・淡路大震災における検索救助・救急活動で得られた教訓から考えられた対策について、緊急消防援助隊の編成を中心に説明する。

1 まず、阪神・淡路大震災の教訓として、以下のことがあげられる。

ア 現地消防本部等との通信が途絶するような状況において、消防庁および応援側の消防本部が、どのようにして早期の災害情報を覚知するか。

イ 瞬時にして大量の要救助者が発生する状況において、いかにして大量の救助隊等が速やかに被災地に出動できる体制を整えるか。

ウ 応援部隊出動後の応援側市町村における消防体制を、どのように維持するか。

エ 堅固な耐火建物の普及等により、救助活動が困難になっている現状において、いかにして高度な資機材と高度な技術を確保するか。

オ 最低でも数日間にわたる活動が求められる中で、応援部隊が現地消防本部に迷惑をかけることの無いよう、自給自足できる体制をどのように整えるか。

カ 通信の混乱等を防ぎ、被災地入りした多くの応援部隊への支持を確実に行うために不可欠である簡潔明瞭な指揮命令系統を、どのようにして確立するか。

キ 要救助者の検索・救助と共に、災害現場におけるトリアージや応急処置に従事する医師等との連携体制を、どのように確立するか。

2 以上の教訓を踏まえて講じられた対策としては以下のものがある。

ア 災害情報のより迅速かつ的確な収集・伝達手段の整備

(ア) ヘリコプターまたは高所監視カメラによって、災害情報を映像として把握する(情報収集手段の多様化)。

(イ) 消防・防災通信ネットワークの整備。

(ウ) 震度情報ネットワークシステムの整備。

(エ) 緊急消防援助隊早期出動情報システムの整備。

イ 緊急消防援助隊の編成

 国内で発生した地震等の大規模災害時における人命救助活動等を、より効果的かつ充実したものとするため、全国の消防機関相互による迅速な援助が行えるよう緊急消防援助隊を編成することとされた。

 この緊急消防援助隊は、平常時においては、それぞれの地域における消防の責任の遂行に全力を上げる一方、いったんわが国のどこかにおいて大規模災害が発生した場合には、全国から当該災害に対応できるだけの消防部隊が集中的に出動するというシステムである。

 緊急消防援助隊の編成にあたって留意された点として、以下のものがあげられる。

(ア) 救助隊等の迅速な集中的出動体制の確立。

(イ) 組織的な応援体制の整備(都道府県対の編成、出動計画の策定と合同訓練、指揮支援部隊の編成)。

(ウ) ヘリコプターによる先行調査。

(エ) 自給自足体制の確立(後方支援部隊の編成)。

(オ) 応援部隊出動後の応援側市町村における消防体制の維持。

(カ) 医療チームとの連携。

ウ 消防組織法の一部改正

 これまでは、都道府県の区域を越えて消防に応援が必要な場合には、被災地の都道府県知事の要請を受け、消防庁長官が他の都道府県に対し必要な応援を求めることになっていた。が、大災害などにおいて、通信手段の途絶などにより応援要請が遅れ、緊急消防援助隊も有効に機能しないこととなりかねないため、消防組織法の一部が改正された。

3 以上の教訓と、対策を踏まえ考えられる、災害時の検索救助・救急活動

(1)現地活動本部等の設置

 ヘリコプター等で先行調査のために出動した式支援部隊は、現地消防本部と連絡の上、緊急消防援助隊の活動の拠点となる現地活動本部を、被災地直近の消防本部等に設置する。この現地活動本部の任務としては、災害の状況等の評価、現地消防本部への指揮支援、緊急消防援助隊の管理、部隊の終結場所・臨時離着陸場等の決定などである。なお、後方支援調整本部は、都市機能に支障のない被災地手前の消防署に設置するのを原則とする。

(2) 救助活動

 初期の救助活動には、人海戦術が基本となるため、地域住民と共に、消防、警察、自衛隊等が一致協力して救出活動を行う。また、消防の救助隊に期待される役割には、高度な技術と資機材が要求されることがおおいので、それを念頭において、緊急消防援助隊の関係資機材の概要が取り決められている。

 救助活動において、要救助者の位置の確認は重要である。要救助者の位置が確認できなければ、作業対象範囲が拡散されるばかりでなく、要救助者を負傷させてはいけないという配慮から重機等を使うことができなくなる。そこで効果的な人命救助を行うためには、検索能力の向上が必要である。

(3) 災害現場での救命医療

 阪神・淡路大震災で注目された負傷病態として、挫滅症候群(Crush syndrome)がある。柱や、瓦礫に挟まれ、四肢の金が比較的長時間持続的に圧迫されると、筋肉の挫滅や血管の損傷などが生じ、出血や浮腫形成により、循環血漿量が低下し低血圧となる。一方、筋肉の挫滅部位からミオグロビンが流出し、このことと低血圧により急性腎不全を起こし、細胞破壊も加わり高カリウム血症が進行する。救出されるまでは元気だった人が、その後突然進呈しになるなどの例も見られ、これは、救出に伴う菓子の血流再開によって急速に著名な高カリウム血症に陥ったためと考えられている。

 治療法としては、初期においては急性腎不全の予防が中心となるため可能なら救出前より輸液を開始することだが、何よりも、一般に意識清明で、肉体的な苦痛を訴えることが少なく、外見上は皮膚の損傷が少ないため軽症と診断されることの多い本症に対しては、「まずその可能性を疑う」ということが必要である。

(4) 被災地での負傷者のトリアージ

 トリアージは、暑気には救急隊があたり、医療救護班到着後は、意志に救急隊員が協力しながら行うことになる。トリアージの実施に際しては、被災状況の全体像および周辺の医療機関の対応能力を把握しておく必要がある。

(5)被災地域での救急部隊の運用

 被災地域での緊急消防援助隊救急部隊の主たる運用目的としては、次の二段階の救急搬送がある。

ア 現場近くのトリアージポイントと応急処置が可能な医療機関との間のピストン輸送。

イ 応急処置を行う被災地内の医療機関と本格的治療を行う後方医療機関(被災地外医療機関)との間のピストン輸送。

(6) ヘリコプターの活用

 大規模災害時に直ちにヘリコプター救急が機能するためには、全国的に平常時のヘリコプターによる救急搬送システムを確立しておく必要がある。

4 考えられる今後の課題

 災害時の人命救助活動に当たっては、人的・物的資源を最大限活用して、不明者の発見(検索)・救助を行う必要があり、また、救助に当たっての医療的な支援、災害現場での医療救護活動、現場から病院への搬送など、救助・救急・医療の連携が必要であり、そのためのシステムが早急に必要である。また、消防団、自主防災組織、地域住民との連携、警察、自衛隊との連携が必要である。


到着速度の概念を用いた負傷者搬送計画策定方法の提案

小池則満ほか、日本集団災害医学会誌 6: 10-16, 2001


【要約】

 医療機関における災害対応は、単位時間あたりに到着する負傷者数とトリアージや応急手当のための医療スタッフ対応能力との関係によって混乱の有無が分かれると考えられる。したがって、収容される負傷者数とともに、単位時間あたりに到着する負傷者数(人/min)、すなわち到着速度が重要な指標になると考えられる。そこで本研究では、到着速度(人/min)を評価の指標とし、今後おこりうる災害に対する搬送計画をガルーダインドネシア航空機火災のデータを用いて検討した。

 航空機事故では、負傷者が医療機関を自ら選択して向かうことはなく、ほぼ消防機関による搬送に委ねられるため、消防機関が医療機関をどのように選択し、負傷者の配分を行えばよいかという、災害時における負傷者搬送計画の策定にはよい事例であると考えられる。

 ガルーダインドネシア航空機火災のデータを用いる際に、以下の2つのことを単位化し検討を行った。1つは実際に搬送された各医療機関における到着速度(人/min)であり、もう1つは受け入れ医療機関のベット数に応じた割当負傷者数に応じて搬送した場合の各医療機関における到着速度(人/min)である。

 ガルーダインドネシア航空機火災ではA〜Jまでの10の医療機関に搬送された。最も到着速度の速い医療機関Hでは0.25人/minと4分に一人の割合で搬送されているのに対し、最も到着速度が遅い医療機関A、C、I、Jでは0.05人/min以下と20分以上かかって一人の割合で搬送されている。また最も到着速度の速い医療機関Hは近隣の大学病院であることから、多数の負傷者受入が可能であり、最も到着速度が遅い医療機関A、C、I、Jでは実際の受入人数は2〜3人でありほぼ通常の緊急業務の範囲内で対応が可能であったと考えられる。

 これを受け入れ医療機関のベット数に応じた割当負傷者数に応じて搬送したとすると、最も到着速度の速い医療機関Hは0.35人/minと3分に1人の割合で搬送することができる。しかし、医療機関B、Gでは到着速度が遅くなっていることから、実際は完全比例配分した値よりもやや各医療機関へ分散して収容したことがわかる。

 本研究で示した到着速度を用いた評価方法は、防災計画の策定作業において、どのくらいの範囲の医療機関へ分散して負傷者を搬送すれば対応可能であるか判定するための1つの基準値となる。たとえば、ガルーダ事故において、事故現場から遠い医療機関H、I、Jに搬送しなかったと想定する場合、すなわち3医療機関に搬送されていた負傷者を残りの7医療機関に配分した場合、医療機関B、Gにおいては0.25人/minすなわち4分に1人の負傷者が到着する計算となり、実績値0.20人/minよりも到着間隔が短くなっている。同様の災害が発生した場合は、もしガルーダ事故時の対応が受入能力ぎりぎりのクリティカルな活動であったならば、今回のような広範囲への搬送が必要であろうし、スタッフが待機するなどの、若干の余裕がみられたのであれば、空港に近い医療機関によって対応することで搬送所要時間が短縮され、よりよい予後が期待される。

 本モデルは他地域への適用も可能であり。ベット数、搬送距離、搬送時間が分かれば当てはめることが可能である。

【考察】

 この研究では各医療機関における到着速度(人/min)を指標とし検討をおこなっているため、災害時における各医療機関がおこなえる医療行為のレベルや救急医療の専門家の有無は検討の対象となってはいない。このため搬送計画を作成する場合、これらのことを加味して搬送計画を立てなければならないと考えられる。

 また、災害には大規模な事故、大規模火災、地震などさまざまなものがあり、それに合わせた搬送計画を立てる必要がある。一例を挙げるならば、地震時においては搬送道路状況により各医療機関における到着速度(人/min)は大きく変わることが考えられる。

 このように災害時における搬送計画には多岐にわたる考慮が必要であり、災害時には病院間での重症度に合わせた搬送も考慮に入れた計画が必要となる。これを実現するためには各医療機関と消防機関の日頃からの密接な連携が必要であると考えられる。


トリアージ 1.災害医療と災害サイクル

山本保博ほか監修、トリアージ、荘道社、東京、1999、p.2-10


【災害のサイクルについて】

 災害のサイクルとは以下のようなものである。

災害発生
からの期間
災害
サイクル
疾患の種類
2・3日後救出救助期
捜査救助期
外傷
2・3週間後亜急性期 持病の悪化、感染症、急性後遺症
 被災者の集まる避難所での医療である
ことに注意が必要
1〜2ヵ月後慢性期慢性後遺症、PTSD
2〜3年後リハビリ
テーション期
慢性腎不全
四肢切断リハビリテーション、PTSD

 この災害サイクルを理解しそれぞれの時期に応じ適切な対処が必要である。

【災害の種類について】

○災害の定義

 「人と環境との生態学的な関係における広範な破壊の結果、被災社会がそれと対応するのに非常な努力を要し、非被災地域からの援助を必要とするほどの規模で生じた深刻かつ急激な出来事」(Gunnの定義)

○災害の分類

【トリアージについて】

○概念

   災害の内容、災害現場の地理的条件、災害環境、自然条件などさまざまな要因が働くなかで限られた人的・物的資源をいかし最大多数の傷病者に最善の医療を施すために、救命可能な傷病者をまず選定し、治療していくこと。傷病者が多いほど短時間のうちに判定することが重要である。

○トリアージ・タッグについて

 災害現場では傷病者が多いほど短時間のうちに重症度を判定し、傷病者の識別を行うことが重要でありそのとき使用されるのがトリアージ・タッグである。トリアージ・タッグは全国共通であり、色別は治療優先度の順に赤、黄、緑、黒の順である。以下にトリアージのプロトコールを記す。

 

表 トリアージのプロトコール

優先度分類色別区分疾病状況診断
第一順位 緊急治療I生命・四肢の危機的状態で直ちに処置の必要なもの気道閉塞、呼吸困難、重症熱傷、心外傷、大出血、止血困難、開放性胸部外傷、ショック
第二順位 準緊急
治療
II 2〜3時間処置を遅らせても悪化しない程度のもの熱傷、多発または大骨折、脊髄損傷、 合併症のない頭部外傷
第三順位軽症III軽度外傷、通院加療が可能な程度のもの小骨折、外傷、小範囲熱傷で気道損傷を含まないもの、精神症状を呈するもの
第四順位死亡生命兆候のないもの 死亡あるいは明らかに生存の可能性がない

【考察】

 これから社会の進歩に伴い災害が複雑化していくことが考えられ、災害による被害もこれまで以上に深刻なものになっていくことが考えられる。よって災害医療を行う際には、人的・物的資源を最大限に活用し最大多数の傷病者に最善の医療を施すためにトリアージの原則が重要だと考えられる。そのため医療従事者もトリアージについて理解し、トリアージに基づいて災害医療を行うことが重要である。

 しかし被災者側としてはトリアージによって第三順位や第四順位に分類されれば治療を受けられない場合もあり、重症者が切り捨てられる医療であると受け取られることもあると考えられ災害医療が円滑にいかなくなることもありうる。そのため一般の人にトリアージに対する理解・協力を得られるようにしていくためにトリアージの原則をもっと一般の人に周知していく必要があると考えられる。


第3章 危機的状況にあるアフリカのエイズ問題

国際赤十字・赤新月社連盟.世界災害報告 2000年版、p.52-73


 国連によれば今後10年にわたって、アフリカのサブ・サハラ地域では、20世紀に起こったすべての戦争による死者よりも多くの人々がエイズによって死亡する。現在2,300万人以上がHIVに感染しており、子供もそのうちの100万人を占めると推測される。2010年までには、片親あるいは両親をエイズで失ってしまう子供が4,200万人になると推定される。コミュニティー・ワーカーによると、エイズは単なるウイルスや薬不足の問題ではなく、エイズに付随する飢えや貧困で人々が死んでおり、疫病ではなく災害という見方を強めている。それにも関らず、ケニア各地で起きた干ばつによる飢饉に対しては憤りと救援の声があがったが、エイズ患者の栄養摂取の必要性とその緊急性は全く問題にされていない。

 最近の研究結果を踏まえて、国連エイズ合同プログラム(UNAIDS)のピーター・ピオット事務局長は感染が広まるにつれて各家庭、コミュニティー、さらに産業や経済にまで衝撃を与え、世界の多くの国の開発が、最も大きな脅威であるエイズによって脅かされている、と述べている。

*経済成長の喪失

 徐々にではあるが南部アフリカ諸国の政府は、エイズによる経済の悪化を認めるようになってきた。ジンバブエでは国内総生産(GDP)の低下がかなり深刻である。今まで干ばつを懸念し、干ばつ対策はそれなりにできているが、何も解決策が見えていないエイズの方が恐ろしい、と考えられている。

 国の経済は農業に大きく依存し貧困は農業地域で顕著であり、エイズがさらに現状を悪化させる要因になっている。エイズは頻発する干ばつとあいまって、ますます南部アフリカにおける飢饉の脅威を増大させている。

 これまでアフリカのエイズ問題は都市部の問題として認識されてきた。農村地方ではエイズの流行が都市部ほど多くないと報告されていたため、エイズの実態はあまり認識されていなかった。実際にはアフリカで1億6,000万〜7,000万人もの人々がエイズウイルスに感染、あるいは影響を受けており、その多くが恐らく農村地域の住民なのである。農村に対する支援は不十分で、識字率の低さ、不平等、特有の文化習慣などを見落としがちである。都市部と比べて農村部は情報、教育、コミュニケーションに関する事業が少なく、HIV感染の検査やカウンセリングも受けにくい。またコンドームも普及しておらず、エイズに関する認識が低いことも問題である。

*女性にとっての負担

 エイズで最も大きな負担を強いられているのはサブ・サハラ地域の女性たちであり、男性よりも女性のHIV感染者の方が多いことが実証されている。世界銀行は、女性の社会経済的地位の向上や性的虐待に対する厳しい処罰の確立が弱い立場にある女性をエイズから守るのに必要不可欠であると主張してきた。危険性がまだ明確になっていないのは、伝統的習慣によるエイズ感染の危険性についてである。殆どのケニア人が何によってHIVが拡がっていくかを知っているとしても、反対に何によっては拡がらないのかを知らない人が多い。エイズを防ぐとされる迷信、エイズを引き起こすとされる迷信はともにアフリカでのエイズ対策における問題の一つである。

 エイズ支援ネットワーク(WASN)は、女性や少女たちにカウンセリングや治療を提供している。彼らが行ったチクカワ地域での基礎調査ではもっと多くの情報、教育、コミュニケーションが必要であることが判明した。

 上記の調査を受けた既婚女性の76%が、ふしだらな女性だけがコンドームを所持していると考えており、若い女性はコンドームなしのセックスを好む傾向を見せた。リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する決定権)は話にも出ず、セックスを拒む権利を自分が有していると自覚していた女性は22%以下であった。

 WASNのチエゼ・ムンセンゲズル部長は青少年の間でも事態は同様だという。農場労働者、バスやトラックの運転手、その他の年上の男性との性的関係を持つ少女は珍しくない。その目的は殆どの場合、お金やプレゼントである。チクカワは女生徒が金銭的理由により学校をやめざるを得ないような地域であり、このような「シュガー・ダディー」(援助交際)現象が蔓延してしまっている。

*政治的緊迫感の欠如

 アフリカの多くの国では、エイズに対する政治的な緊迫感が欠けている。エイズの蔓延以降、成人の4人に1人が感染し、60万人のエイズ孤児、40万人のエイズ患者を抱えているジンバブエはこの事実を国内で公表することをためらっていた。ある保健省の高官は「HIV/AIDSを公式に災害と認めることによって政府は資源を投入し、対応しなければならなくなる。これまでに、このことはかなりいわれてきた」と述べた。アフリカのエイズ対策状況は進展したが、政治的意思は多くの場合不明瞭なままである。

*薬剤の問題

 抗レトロウイルス剤(ARV)を活用するには運搬のための十分な交通手段が必要であるが、サブ・サハラ地域の国々にはほとんどない。またARVが効果をあげるためには、正しい量、回数、期間で服用する必要がある、とWHOは指摘している。そのため、保健医療制度がHIV感染者の状態を診断監視できるものでなければならず、正しい治療や精神的なサポートを提供する医療従事者の訓練が不可欠である。さらに厄介なことに、ARVを無制限に服用した、もしくは正しく服用しなかった場合は、薬に抵抗性を持つHIVが突然変異で発生することがある。ザンビア政府は状況を懸念し、闇市場でのARV販売を禁止する政策をとることにしている。

 ARV治療に関する議論が盛んに行われているが、問題はARVが手に入らないことだけではない。一番基本的な治療、例えば一般的な抗生物質も手に入らない状況によって、何百人もの人々が酷く苦しみ死んでいくことである。結核や肺炎のようなHIV関連で通常起こる感染症は高度の医療を必要とせず、ARVがなくとも生存年数も生活の質も高めることができるのである。エイズ支援機構(TASO)が直面している一番の問題は薬の入手である。ここでの薬とは肺炎や髄膜炎などの日和見感染症を抑えるための一般的な薬である。それですら現在では満足に入手できない現状がある。

 HIV以外の性感染症に対する通常の治療薬もエイズ防止に役立つ。HIVウイルスがアフリカでこんなにも急速に広がった理由の一つは、性感染症が未治療のままにされ、それによる炎症や外傷がエイズウイルス感染のきっかけとなってしまったからだ。アフリカ以外の国ではここ数十年で性感染症に対する安価な治療も可能になったが、アフリカではまだ無理なのである。

*まとめ

 再考すべきことの中には、性行動に影響を与える社会的、文化的、経済的要因に対する政府の長期的な対応策も含まれるだろう。ケニアやジンバブエで孤児となった女生徒は生きるためにシュガー・ダディーと性行為を繰り返す。食料を得たり、授業料を支払うことだけで頭が一杯で、ウイルスに感染して10年後には死んでしまうかもしれないという、漠然とした不安は心の隅に押しやられてしまうのである。UNAIDSのピーター・ピオットは医療や行動の見直しばかりがエイズ予防につながるのではなく、経済対策もとるべきだと主張している。

 国際赤十字・赤新月社連盟はHIV/AIDSに対処する最善の方策はこれまで最も有効だった策を拡大することであるとし、下記のとおり具体例を挙げている。

 上記のことはエイズ問題のほんの一部であり、アフリカ以外にも東南アジア諸国、アメリカ合衆国など多くの地域でエイズ問題が深刻化している。日本も例外ではない。医療面経済面を含め、各国が多面的思考を持って対策をこうじる必要がある。


(8)救出・救護関係業務(救護班の担当業務)の執行

地震防災対策研究会、自主防災組織のための大規模地震時の避難生活マニュアル、(株)ぎょうせい、東京、1999, p.192-215


 「発災直後からの適切な避難行動と安心できる避難場所等の運営」に関して、救護班と食糧物資班の業務についてまとめた。

【1】 救護班の担当業務

1.救出活動の補助を行う。

 阪神・淡路大震災の経験からみても、救出した人の生存率は、発生1日目が最も高く、2日、3日と経つうちに急激に低くなるので、できるだけ早く救出することが必要である。

▼補助を行う時に留意する点

  • 倒壊した建物等の中の要救出者の発見及び表示(例、建物内に1人生存等の貼り紙)

  • 鋸、ハンマー、スコップ等を活用した救出(捜索又は救出が終了した箇所はその旨を貼り紙で表示)

▼救出作業時の危険から身を守ることも必要である。懐中電灯を用意したり、ヘルメット・軍手・タオル・踏み抜き防止タイプの厚底の靴下等を着用したり、防塵メガネ・マスクを準備しておくとよい。

▼応援出動した人が受傷した場合、災害対策基本法第65条の従事命令に該当することが公務災害補償を受ける要件となるので、応援者の活動内容を記録しておくことが必要である。

2.救護活動の推進に努める。

 など。

         

【2】食糧物資班の担当業務

1.まずは避難所備蓄物資の確認を行う。

 発災直後は、消火・救急・救助などの安全確保・人命救助等の活動が優先される。また、例えば食糧についても、おにぎり、菓子パンのように調理を必要としないものや、缶切りを用いずに使用できる缶詰の食品程度しか期待できないので、まずは避難所に備蓄された食糧、水、その他の物資の状況を確認し、それらを大切に使うことが求められる。

2.救援物資の要請・受入

 不足する食糧、水、その他の物資については、その種類、必要数量等をまとめて把握し、市町村の災害対策本部に対して定期的に救援要請をする必要がある。

 受入にあたっては、救援物資受入簿(種類、個数、送付元、受入担当者等を記入)を作成し、受入スペースを確保したうえで搬入する。なお、救援物資の中に明らかに不用なものがあれば、管理スペース等の問題もあることから受入を謝絶しなければならないこともある(例えば、下着は、新品のものでなければ、避難者に使ってもらえないと思われる)。

3.物資のうち食糧について

● 食糧の管理

  1. 現在の食糧の状況(種類、在庫数)を正確に把握するため、「食糧管理簿」を作成する。

  2. 食糧を衛生的に保管する。

    • 日付表示をチェックし、製造年月日を確認した上で、食糧の入った段ボール箱  の見える位置に記載する。
    • 低温で清潔な場所に保管し、直射日光の当たる場所、ネズミやゴキブリの害を受けそうな場所は避ける。

  3. 食中毒を防止するため、定められた保存方法を採らなかった食糧、消費期限を過ぎた食糧は、すべて廃棄する。

● 炊き出し(手順の例)

  1. 炊き出しに必要な道具の調達

  2. 献立の決定

    • 避難者の中から調理師、栄養士等を募り、栄養のバランスに気を配る。
    • 食中毒を防止するため、原則として加熱するものを選択する。
    • 状況が落ち着いてきたら、避難者の要望を聞きながら、特に不足しがちな野菜、果物、汁物、温かい食事を入れるなどの工夫をする。
    • 高齢者や乳幼児のためにやわらかい食べ物を用意するなどの配慮を行う。

  3. 実施するには多くの避難者やボランティアの協力を呼びかける。また実施には、施設管理者の了解が必要である。

● 食糧の配布

 公平を期すために、原則として全員の分が揃ってから行う。ただし、どうしても食糧が足りない場合には、疾病者、子ども、高齢者、身体障害者などの災害弱者を優先して配布することになる。

4.物資のうち生活用水について

 避難所内で生活用水をむだなく使用するためには、用途に応じて明確に区別するこ  とが必要である。

 例〔◎:最適な使用方法、〇:使用可、△:やむを得ない場合に使用、×:使用不可〕

横軸)用途
縦軸)水の種類
1)飲料水・調理用2)手洗い・洗顔歯磨き用、食器洗い用3)風呂用・  洗濯用4)トイレ用
飲料水
(ペットボトル)
給水車の水
濾過水
プール・河川の水×××

5.その他の物資の管理・配布について

 概要は食糧の管理・配布と同様である。

【学生の感想】

 避難場所においてどういう仕事が必要かは事前に理解しておくことが必要だと感じた。当たり前のことも多いが、自分が気づいていなかった点を知ることができたのは参考になった。


■救急・災害医療ホ−ムペ−ジへ/ 災害医学・抄読会 目次へ