災害医学・抄読会 2001/04/27

新しい災害 ―人道的危機―

喜多悦子、日本集団災害医学会誌 5: 79-89, 2001


 約半世紀にわたる冷戦構造終結後の世界には、地域武力紛争が頻発するようになった。最近の地域武力紛争のことを1つの人為災害として"Complex Humanitarian Emergency (CHE)"と総称される。CHEの発生は、貧困や低開発の政治不隠が存在する国や地域に、宗教や民族性の違いなどの様々な潜在要因がからみあって起こる。加えて、自然資源に富む地域(イラク・コンゴ共和国など・・)でのCHEでは、利権をめぐる外部ビジネスが介在している。そのため、大規模な避難民の発生、食糧不足も加わり、多数者の健康が損なわれ、過剰の死亡や疾病の罹患を来すようになる。これらは比較的急性の事態で起こる。

 いつの時代でも、どんな戦争・内乱でも最大の犠牲者は一般住民(国民)で、住居地域が戦場化することもある。一般住民が加わる場合は、特に感情的な判断によって「集団殺戮(genocide)」や、嫌がらせ、強迫、隔離、襲撃、追放による、「民族浄化(ethnic cleansing)」など、「人権問題」として扱われる事態が発生しやすい。紛争終了後、当事者は、中立の立場(独立している)の裁判官からなる国際裁判所により対処されるが、残され・生き残った住民どうしには、法的の結果に関係なく感情的しこりを残しており、新たな紛争につながる。

 CHEはいわゆる自然災害や飢餓時の援助とは異なり、援助者が被害者に到達することや、難民だけでなく援助者の治安を維持することが困難な事態を伴っている(complex disaster)。

 救急保健医療の面からみると、すべての災害での、公衆衛生上の最大の問題は生命の喪失と外傷および後遺症としての障害発生である。地雷は、今でも大きな問題と言える。

 CHEでは短期間に数十万を超える規模に至ると、外部社会に情報がわかりにくい国内避難民が多数発生する。武力対立が起こった集団では、長期化にわたる治安維持が図られないと援助物質をめぐる不公平が生じ、新たな紛争の原因になる。伝染病などの予防接種を行う地域活動は中断するため、WHOの疾病撲滅活動も滞り、マラリア・コレラなどの大流行を引き起こしたり、HIV感染拡大も危惧される。

 災害被害者を救済することは人道として当然であるが、援助者の研究・興味優先の治療医学や高度の専門技術の導入は人道的に見えても、一時的な対症療法に終わってしまう。しかも、食料配布・医療施設設置は難民のみを対象としており、ホストの貧しい住民の反発を引き起こし、さらに、紛争が発生することも考えられる。このため、緊急援助という対症療法は紛争終結や再発予防には役だっておらず、膨大な資金だけが投入されることとなる。

 紛争後には人権被害や心的外傷後ストレスがのこり、これらは、死亡率・罹患率を上げるだけでなく、人々の希望を奪い、家庭や地域の再建への意欲を削いだ荒廃した、社会を作る可能性がある。そこで、健康的被害のための、保健医療の技術的対応から精神的心理的社会的支援に移行する必要があり、さらにCHEは援助側の安全も保障されないことが多いため、これまでとは異なる救援体制が必要となる。保険分野の新しい取り組みとして、「平和のための保健(health as a bridge to peace)」など、紛争予防(conflict prevention)、平和構築(peace building)といった政治的な取り組みと保健医療との連携を図る計画も進められている。

 統計によると、貧困国(GNP500米ドル以下)に干ばつ、洪水、地震などの自然災害や感染症の流行だけでなく、紛争も多いことが明らかである。これらの国はある時は避難民を送りだし、ある時は近隣国の避難民を受け入れ、そして常に国内避難民を抱えている。このため、今後の国際協力には、緊急援助(relief)と開発援助(development assistance)を連携させて、自然災害援助とCHE援助を統合する必要性があると考えられる。

 また、緊急救助従事者には、医療技術と同時に人権や社会保障、人間開発のための理念といった学問的知識も求められ、多数国で発生するCHEの歴史的背景や国際援助社会の趨勢に熟知して、前線での的確な状況判断能力を養うことが必要である。そのための、人材養成・研究機能をもつセンターの設立が必要になる。


沖縄サミットの救急医療体制

―化学物質による中毒を含むテロ対策について

吉岡敏治ほか、救急医療ジャーナル 第8巻第6号通巻46号 17-20, 2000


 沖縄サミットの救急医療対策において化学兵器および兵器以外の化学物質による中 毒を含むテロ対策を担当した大阪府立病院救急診療科、財団法人日本中毒情報センタ ーの方たちの報告。

1) 医療機関での除染と個人防御装置

<除染の対象>

 多数の被災者が発生した場合の現場除染を受けずに自力で来院する被災者や、善意の 車両で搬送されてくる被災者が医療機関における除染の対象。

 ⇒そのため、会議場にもっとも近接した県立北部病院に除染装置を設置。

<防御装置>

<個人防御装置>

2) 解毒剤の確保について

<対策本部が持ち込んだ薬剤>

 ● 上記のものは万が一発生すると大量の解毒剤が必要となる神経剤や血液剤に対す る解毒剤が中心

 ● ハブ以外の毒蛇、クラゲやオコゼその他の各種抗血清も少量準備した。

 ● 生物兵器に対し次亜塩素酸ソーダや消毒用エタノール、これを散布する噴霧器や ボツリヌス抗毒素血清、肺ペストに対するシプロフロキサシン注も準備したがこの分 野は国立感染症研究所の指示にしたがった。

 ● 国内で入手可能な解毒剤については、それぞれの病院でも準備してもらった。

3) 薬毒物分析

<定量分析が可能な物質>

 有毒ガス(2種類)、シアン化合物(1種類)、アジ化物(1種類)、有機溶剤(3種類 )、催眠薬(8種類)、精神安定剤および抗うつ薬(50種類)、その他の医薬品(45 種類)、農薬(45種類)、アルカロイドおよび天然物(15種類)の計145種類。

<現場に準備したもの>

 ● 豊富な経験のある琉球大学医学部法医学教室の協力を得て行った。

 ● 採取容器、ラベル、分析依頼書、結果報告書が定められ、採取法、搬送法、分析 結果の報告までのプロトコールが簡潔にまとめられ、マニュアル化された。

4) 中毒に関する準備資料

  1. 解毒剤詳細ファイルと概要版の作成

    • 従来よりあるものに加え、今回輸入した解毒剤については新たに整備し、すべて の解毒剤についてのファイルおよび概要版を作成した。

  2. 時間軸の対応マニュアル

    • 中毒事故発生時における病院、中毒派遣医、対策本部の対応内容をまとめたもの。
    • 化学兵器のみでなく、ヒ素、農薬についても作成した。
    • 除染や臨床的鑑別診断の資料、応急処置、トリア−ジ、現場分析、検体採取での 配慮、対策本部との連携等を簡潔に表記した。

  3. 化学兵器に関する資料
    • 個々の化学兵器についての資料をすでに整備されていたものを含め、6系列20種類 の化学兵器について整備し、概要版を作成した。
    • 他に相互の早期鑑別診断をまとめたチェックリストなどを作成した。

5) 人員配置、その他

 ● 首脳対応医や外傷チームなどの他の派遣医とうまく共同作業を行うことが重要。

 ● 搬送体制や空床の確保については他の集団災害と同様で、場合によっては固定翼 による本土への大量輸送も考慮されていた。

 ● 今回の医療対策は本格的な対策の幕開けであり、この観点からは大いに評価できる。

 ● 医療従事者の受け持つ範囲は多岐にわたり、資機材の配備だけでも工夫が必要。

 ● 解毒剤の多くは未承認薬で、個人輸入でしか入手できないため、他の施設への配 備や譲渡が不可能であり多くの問題を露呈した。


名古屋空港との交渉経緯など

(名古屋空港災害医療救護ならびに協定書に関する協議の経緯)

愛知県医師会、名古屋空港における中華航空機事故と医師会活動 1994、66-73


 昭和61年10月22日、空港災害に関する打ち合わせ会が名古屋空港事務所で開かれた。その時空港側から「内部に医療施設はないので事故発生時には、名古屋空港事務所から東部消防に連絡し、そこから西春東部消防署、名古屋市消防、春日井消防、小牧消防に連絡し、それぞれの周辺の医療機関に依頼する」という発言があった。

 同年11月18日、救急委員会で、名古屋空港については小牧地区の医療機関の整備だけがなされており、航空事故の場合は小牧だけでの収容は不可能で、うまく患者を分散させることが必要であると協議された。

 昭和63年1月11日には運輸省航空局長より日本医師会に対し、空港における事故発生に際して、適切な救護活動を展開させるためには空港管理者と医師会と密接な連帯が必要なため、空港長、航空管理事務所長に対し地元医師会の協力関係の強化を推進するように要請したので、空港所在地の関係医師会との協力が得られるように要請した。

 63年12月5日には空港周辺の5医師会と空港災害に関する協議会が開かれ、空港災害における救急医療体制等について協議され、元年2月27日には県警本部、消防局も参加し、同協議会にて災害発生時の緊急通路の確保、災害訓練の実施、外交人に対する通訳の対応、出動時の費用弁償、二次災害の保障等について協議、要望した。

 同年3月15日には救急小委員会が開催され、航空会社に対し救急災害に対する対策、マニュアルの提出を求め、行政に対しては、通訳について名古屋市在住のボランティアの登録について要請、自衛隊出動について検討を申し入れた。

 同年5月22日は空港災害に関する協議会が開催され、そこで医療救護班連絡表を提出し、整備されたことを報告した。また救急委員会では防災服、トリアージの統一について検討していることを報告した。同年6月7日、救急委員会が開催され、運輸省から航空関係者と医師会長との間の「空港救急業務の協力に関する協定」が出されたが、条文が行政の手による一方的なものであるので本会独自の協定案を策定しこれにもと好き協議に入ることとした。

 また同年7月7日、空港周辺の医師会、消防本部、救急委員会らに名古屋空港の概要説明会を開催し、10月2日には名古屋空港における航空機事故消火救難訓練(第一回)を実施した。その反省会が12月18日に実施した。反省点としては情報の連絡体制、医薬品、資機材の携行範囲、水の確保、防災服による判別、空港を中核とした指揮系統の必要性などがあげられた。その後も救急小委員会が開催され名古屋空港及びその周辺航空機事故等の医療救助に関する協定書の検討がなされ、平成3年9月30日の救急小委員会では名古屋空港事務所村上総務課長私案が議題に提出された。その内容は以下のようなものである。

協定書 第8条(費用)
 甲は、この協定による医療救助に要した費用、物的損害等に要した費用について、原因者である航空会社等から乙に対し支払いが円滑に実施されるように指導するものとする。

 実施細目第11項目
 医療救護班が使用した手持ちの医薬品、診療資機材の費用、または医療救護時にこうむった物的損害、医療救護班員の費用弁償等については乙が各医療救護班ごとに取りまとめ、費用弁償等(様式5)により、甲を経由して、原因者である航空会社等に請求するものとする。

 また同年11月12日には同委員会で県医師会から協定書に以下のような提案があった。

 第8条 (費用)
 甲は、この協定による医療救助の要した費用、物的損害等に要した費用は、災害救助法及びその施行細則に準じた費用弁償を行うものとする。

 第9条 (扶助)
 甲は、医療救護班員の業務災害に対しての扶助金を空港救急医療従事者障害保障制度に基づいて支払うものとする。

 以上のような協議の結果、同年12月1日「名古屋空港医療救護活動の関する協定書」が運輸省大阪航空局名古屋空港事務所空港長と愛知県医師会長との間に締結された。

 その後平成4年3月には名古屋空港に医療資機材を搭載した空港作業車が導入され、平成5年5月24日には第2回目となる「名古屋空港における航空機事故消火救難訓練」が実施された。


避難生活の長期化に伴う課題

地震防災対策研究会、自主防災組織のための大規模地震時の避難生活マニュアル、(株)ぎょうせい、東京、1999, pp.72-78


1、発災直後からの避難生活の安定確保方針

(1)基本的な目的・目標

 大規模地震による災害からの避難生活について次のようなことが基本的な目的として挙げられる。基本目的は、地震による災害から国民の生命、身体および財産を保護するため、地震の災害を防除し、それによる被害の軽減を図ることである。基本目標は、地震による災害からの被災者の生命および身体の安全の確保、地震による被害の軽減を図るための被災者の健康な生活の確保、被災者の自立(生活再建)の促進である。上記の基本目的・基本目標を達成するために、以下のように避難生活の段階に応じて行動目標を設けられる。

(2)避難生活の安定確保の基本方向

 上記の目的、目標を達成するために、基本方向として、以下のようなことが 挙げられる。第一に、大規模地震時に安心できる避難所などの確保・運営、 第二に、災害時に水道、ガス、下水道などのライフラインが使用不能になった 場合に備えた生活関連物質支援拠点などのライフスポットの確保・活用、第三 に、発災直後からの被災者の情報ニーズに応じた緊急広報・広聴の推進

(3)自主防災組織と行政との連携

 「自主防災組織」とは、住民の隣保協同の精神に基づく自発的な防災組織のことをいう(災害対策基本法第5条第2項)、一般には自治会、町内会等を母体として組織されている。大規模地震発生への日頃の備え、発災直後からの避難行動、避難生活等については、自主防災組織が中心になって自立自助の精神で対応することが求められている。一方、行政は、国土並びに国民の生命及び財産を災害から保護することを重要な使命としている。もとより市町村は、当該市町村の地域並びに当該市町村の住民の生命、身体及び財産を保護するため、関係機関及び他の地方公共団体の協力を得て当該市町村の地域に係わる防災に関する計画を作成し、及び法令に基づきこれを実施する責務を有する。発災直後からの避難生活の安定を確保するために、自主防災組織の自発的な対応を基本としつつ、市町村は事前の避難場所などの整備、避難の勧告・指示・避難所生活の支援等に積極的に取り組むことが重要である。

2、避難生活の長期化に伴う課題

 避難生活が長期化すると、いろいろな新しい課題が出てくる。

(1)管理関係の課題

 避難生活が長期化すると、避難者の変化が出てくる。若手や生活再建の目処が立った人がだんだん自宅に戻り、行くあてのない高齢者の姿が目立つようになった。それに対応したマンパワーの確保が課題になる。また、ボランティアも変わる。ボランティアの多くは初心者で、短期で、ボランティアと避難者の間のトラブルや、業務の引継がうまく行かないケースがよくある。それに対応したボランティアの適切な管理が課題になる。居住環境も避難生活の長期化につれ、新しい問題が続発する。例えば、プライバシーの問題や風呂の問題などが課題として上がってくる。

(2)情報関係の課題

 避難生活が長期化すると、仮設住宅・義捐金の配分などさまざまな被災者支援関連情報が出始めるが、これらの情報を避難者に正確に伝えるための情報の適切な伝達体制の整備が課題になる。

(3)救護関係の課題

 避難場所の環境が必ずしも快適的といえない現状では、避難生活が長期化すると、高齢者などに多かった「避難所肺炎」などが発生する。このような問題の発生を予防するために、避難所の環境整備、弱者への生活支援の体制整備などが課題となる。

(4)食料物質関係の課題

 避難生活が長期化すると、食料物質に対するニーズが変わってくる。「冷たいおにぎり」より「暖かい食事」が求められるようになる。そういうニーズに応える食料物質の適切な供給体制の整備が課題になる。


次世代衛星通信システムを活用した防災情報通信ネットワークの検討報告書の概要について

自治省消防庁防災情報室、月刊消防 22巻8号(通巻252号): 63-6, 2000


 今日の情報通信は目覚ましく変化しており、データ通信を重視しデジタル映像方式を導入したネットワークシステムの実現が求められている。

 地域衛星通信ネットワークに加入している都道府県および消防本部に対しておこなったアンケート調査によるとデータの高速化、映像のデジタル化についてはどちらも半数以上の団体が必要と回答している。地域衛星ネットワークは防災関係だけでなく地域の観光、イベントなどとも共通に利用している。しかし、以下のような問題点や課題があると考えられているので次世代ネットワークの構築が求められている。

<地域通信ネットワークの問題点、課題>

 これらの課題に対処する為次世代ネットワークをめぐる問題点や課題にたいし次世代ネットワークでは次のような技術的課題があると考えられる。

 以上の課題を踏まえて以下のような次世代ネットワークシステム構築を進めていく必要がある。

 移行に関しても円滑に行うことが理想的であり、まず第一段階段階において次世代のデータ伝送と既存のデータ伝送が混在した運用を行い、アナログ/デジタルを変換して送信する機能の設備を行う。第二段階においては高速データ伝送に既存の動画伝送を吸収し、アナログ映像伝送の廃止、デジタル伝送のみとする。第二段階以降はほとんど高速データ伝送が可能になる。

 また、次世代ネットワーク構築においてはさらに以下のことに留意して行うべきである。

 以上のような内容による次世代ネットワークシステムは技術的には実現可能である。実現するとより高速で、より詳細な内容のデータ伝送が可能になりより充実した防災情報ネットワークの構築が期待できると思われる。さらに技術的な検討により早期の移行実現が望まれている。


大地震発生時における東京消防の救助・救急活動計画の概要と運用上の課題

水崎保男、日本集団災害医学会誌 5: 114-120, 2001


 平成7年に発生した阪神・淡路大震災は近代大都市を襲い、市街地の広 範囲にわたって被害(火災・救助・救急が同時に多発し、多くの死傷者が 出た)が起こり従来より想定していた地震災害の最悪のケースといえるだ ろう。

 このことを教訓として東京消防庁では地震災害に備えた救助・救急活動 計画をさらに充実させることとした。

【阪神・淡路大震災の残した教訓】

  1. 通信の途絶
  2. 同時に多数の救助・救急事象が発生したため消防の対応に限界がでた。
  3. 資器材・知識・訓練の不足。
  4. 救急隊員と救急資器材不足。
  5. 医療機関自体の被害によるもの。

【これらを踏まえた東京消防庁の救助・救急対策】

  1. 特殊な装備、技術を有する消防救助機動部隊の創設。
  2. 東京消防庁災害時支援ボランティアの創設。
  3. 簡易救急資器材を全ポンプ車・化学車・救助車へ配備。
  4. 救命救急士搭乗のヘリコプター運用開始。
  5. 非常用救急車の配備。消防署の開設する応急救護所用の救急資器材の 増強配備。消防隊・地域住民が利用する救助用資器材の配備。
  6. 全国共通のトリアージタックの整備。
  7. 広域災害・救急医療情報システムの導入。

以上のような対策の強化が行われた。
次に救助救急活動計画の概要を述べる。

【災害発生初期】

 消防署単位の活動。・応急救護所の開設。・救急車の出動。・支援ボラン ティアとの応急手当と搬送。医療機関との連携。

【中期以降の段階】

  1. 被害集中地域と拡大危険地域への重点対応。
  2. 救急消防援助隊の受け入れ。
  3. 重症者の転院搬送、ヘリコプターによる搬送。

【考察】

 阪神・淡路大震災ではボランティアの活躍が特徴のひとつとされている。 地震発生直後には被災民である住民が救出・救護を行った。次のようなデ ータがある。

『家屋などの下敷きになり自力で脱出できなかった人の救出内訳』
 家族・付近住民に救出された人―27100人(77.4%)
 消防など公の救助隊に救出された人―7900人(22.6%)

 このように被災民である住民が救出における最大のマンパワーであった といえるだろう。またこれらの救助には資器材の不足という教訓を残した ため簡易救助資器材が消防署だけでなく分署、出張所、消防団資器材格納 庫に配備された。またこれらの資器材を活用してもらうため、各地域で講 習会が開かれている。

 大地震が発生した直後は他からの応援がくる間、被災地の行政機関と住 民が一致協力し、総力をあげてできうる限りの応急対策を実施することが その後の被害拡大を防ぐ重要な要素である。

 また震災対策として、一方では根本的対策である地震に強い都市づくり も急いで行う必要がある。


災害拠点病院の問題点

村山良雄ほか、日本集団災害医学会誌 5: 90-94, 2001


 日本では大規模な発生するたびに、その教訓を活かすべく、関連法律等が改正・整備さ れてきた。平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の後、災害医療の重要性が改 めて認識され、各地で災害に対する準備が行われつつある。平成8年5月10日付けで厚 生省健康政策局長より各都道府県知事に対しての通達を根拠に、全国の都道府県で災害拠 点病院の整備が進められており、インターネットを利用した広域災害・救急医療情報シス テムの創設とともに、防災に対する大きな進歩が図られている。今回、阪神・淡路大震災の経験から、現時点での災害拠点病院の問題点について検討した。

 平成10年4月1日現在、47都道府県で516病院を災害拠点病院に指定することが計画 され、すでに47都道府県のうち46都道府県で492施設の指定が終了している。

<災害拠点病院の指定要件の要旨>

  1. 24時間緊急対応可能で、災害発生時には多数の被災患者を受け入れることができるように簡易ベッドや必要資器材を装備するとともに、重篤救急患者の救命医療を行うために 診療設備を保有すること

  2. 搬送手段として緊急車両を保有し、ヘリコプター輸送ができるようにヘリポートを有すること

  3. 耐震構造を有するとともにライフラインの維持機能を有し、研究室をも備えること等がある。また、その指定要件を満たさなくなった場合には、指定の解除を行うことが明記されている。

 この文献では指定要件のなかで特に強調されているヘリコプター搬送能力の視点から検 討している。

I.平成10年4月1日現在、指定されている災害拠点病院におけるへリポート(以下、HP)の場所・種類・距離等に関して

II.院外にHPを設定している病院(259施設)でのHPまでの距離

 阪神・淡路大震災では被災地内病院のうち、敷地内や隣接した場所にHPを保有する 病院は皆無に近く、搬出患者はいったん被災地病院からHPまで救急車で搬送され、着 陸HPから収容病院まで再度救急車で搬送する必要があり、震災直後では被災地内で利 用可能なHPを探すことや救急車の手配が困難であった。

 この教訓をふまえ災害拠点病院の整備が進められたが、前述のように院内もしくは隣 接した場所にHPを保有している病院は全体の17%に過ぎず、院外にHPを設定してい る病院では最遠のものが15kmとなっており、緊急時に利用するには困難と考えられる。 また、HPを院内で整備・保有する場合には天候や時刻等により、屋上での運用が制限 されることが多く、さらには震度5以上の地震ではエレベーターが自動的に停止するた め、地上に設置すべきであろうと考えられる。

 次に立地条件をみると多くの施設が人口密集地にあり、一部に活断層の近くにある病 院もあった。このような状況では、地震発生時に病院そのものが被害を受ける危険性が 危惧される。

 さらに阪神・淡路大震災の経験では、都市部では高架道路の破損・倒壊とともに、倒 壊建築物による道路の閉塞や信号機能の停止などにより道路状況が著しく悪化し、搬送 面で大きな問題となった。同時に都心のハイテク病院の多くが、施設そのものの被害、 ライフラインの途絶、マンパワーの不足などによりその機能を十分に発揮できなかった。  今回の検討結果、災害拠点病院の指定要件の趣旨、阪神・淡路大震災の経験等から、 望ましい災害拠点の条件として次のような病院を提案する。

<災害拠点病院に望まれる要素、機能、状況>


名古屋空港およびその周辺航空機事故に関する医療救助体制について

栗田高三、名古屋空港における中華航空機事故と医師会活動 1994、74-82


 航空機の事故というのは瞬時に多数の犠牲者が発生し、大惨事になる可能性を秘めている。統計では航空機事故の8割が離着陸の10分間前後に集中しているが、このことは空港およびその周辺において発生する可能性が高いことを指摘している。大量の傷病者が瞬時に発生する航空機事故は一刻一秒を争う問題であり、現場における患者重症度のトリアージ、医療救護班による救命処置ならびに適切な医療機関への搬送が迅速かつ能率的に行われることが救命率を向上させる。

 従来名古屋空港では医療救助に関して具体的な体制が整えられていなかったが、63年に名古屋空港事務所から西名古屋医師会に対し医療救助の協力要請をうけて「空港災害に関する会合」が持たれた。その結果県医師会では、地域的に空港を中心とした半径約2km地域内をX地区、通常着陸方向である滑走路南端より南南東2km地点を中心に半径約2km地域内をY地区、通常離陸方向である滑走路北端から北北西2km地点を中心に半径約2km地域内をZ地区とし、それぞれの地区での災害を想定して出動体制を定めた。

 一方、周辺の医師会に地区災害対策本部の設置場所、災害対策本部長、副本部長を決めるとともに、それぞれ数名〜十数名で構成される医療救護班を1〜3班編成し、それぞれ班長、副班長を決めた。航空機事故による災害時には県医師会の出動要請により地域医師会災害対策本部長を通じて班長または副班長が医師2〜3名と事務員1〜2名の医療救護班を編成し、出動することになった。

 さらに地域内の基幹病院から外科医を中心としたトリアージチームを編成し重傷者の多数発生にも対応できるようにした。災害事故発生の連絡を受けた時は直ちに所定の場所に地区災害対策本部を設置し、地区災害対策本部長または副本部長が指揮を執る。

 地区災害対策本部の職務には、1)災害連絡の受診・状況の把握、2)医療救護班、トリアージチームの出動要請、3)後方医療機関への待機要請、患者の受け体制の指示、4)出動医療救護班よりの情報収集、5)医薬品、診療資機材の現場への追加輸送、6)県医師会災害対策本部に災害状況・患者数・重症度などの報告、7)医療救護班の二次出動、トリアージ−チームの応援出動要請、8)2日以上に及ぶ場合の翌日からの出動体制の指示などがある。

 また災害現場での医療救護班の主な職務として、1)災害状況・負傷者数・負傷者の重症度を地区医師会災害対策本部に報告する、2)災害現場での応急処置、3)負傷者の重症度の判定・選別・搬送順位決定、4)負傷者の多い場合の二次出動体制の要請、5)死亡者のある場合の死体検案、などが挙げられる。

トリアージ

 トリアージとは災害による犠牲者を外傷または疾病の重症度によって分類し、治療・搬送の優先順位を決めることを意味する。災害発生時に出動を要請された医療救護班は、初期救難作業により収集地区に搬送された負傷者を重症度に従って分類し、医療及び搬送に必要な優先順位を決定する。負傷者の選別は次の通りに分類される。

 優先度T 即時医療(重症)

大出血、重症の呼吸困難、呼吸障害を伴う胸部外傷及び頸部外傷、重篤な意識障害を伴う頭部外傷 脊髄損傷、開放性骨折、広範囲熱傷(30%以上)、内臓損傷を含む種々の外傷、ショック

 優先度U 遅延医療(中等症)

呼吸困難を伴わない胸部外傷、四肢の非開放性骨折、限局性熱傷、意識障害を伴わない頭部外傷、軟部組織の外傷

 優先度V 小医療(軽症)

歩行可能な程度の外傷、その他

 優先度0 死亡者


台湾地震に対しての国際緊急災害医療支援の経験

青木重憲ほか、日本集団災害医学会誌 5: 136-142, 2001


 台湾地震は1999年9月21日現地時刻で午後1時47分に発生した。初期報道では、台湾人口2300万人のうち死者約2000名に及ぶというものであった。その後の調査では台湾全土で2405人が地震により死亡した。ある民間団体(医療法人徳州会)は、災害医療支援を行うことを決定し、翌々日より台湾に現地入りした。

 このグループが配属したのは、東勢鎮という台中市の北に位置する町で、人口訳6000人、地震による死者約600人であった。震源地からは離れていたが交通および通信が寸断されたため台湾政府への被害報告が遅れたため、本格的な救援活動も遅れ、被害が拡大したのではないかと言われていた。

1、現地での医療災害活動

 中学校の校庭にテントを張って被災者とともにテント生活を送りながら、創処置、感冒、急性胃腸炎などの診察投薬、往診などを行った。

2、言葉の問題

 台湾出身の医師、学生が通訳として手伝ってくれた。

3、通信の問題

 イリジウムは、あまりつながらず、NTTの衛星電話が非常に優秀であった。地震発生後しばらくしてから台湾国内の携帯電話も有効になった。

4、台湾現地の人々の対応

 地震直後から台湾軍、現地民間団体の災害救助活動が行われていた。現地の人々の反応は冷静で、被災地の混乱に乗じての暴動や略奪は起こらず、治安は保たれていた。

5、物質の供給

 台湾のような先進国では食料、物質ともに十分そろっていた。救援物質の中で古着は着用されず結局ごみとなった。先進国の被災地では古着は往々にして使用されないという現実をまざまざと見せつけられた。

6、公衆衛生学的アプローチ

 国際赤十字の災害医療の教科書によれば災害時の死因を次のように挙げている。 下痢、急性呼吸器感染症、麻疹、マラリア、その他コレラ、急性肝炎、チフスなど。 地震のような大規模自然災害では、外傷に続いて感染症が死因となるといわれている。 感染症といってもコレラ、チフスといった特別なものよりも、日常診療でもよく見られる下痢、急性呼吸器感染症、麻疹が大問題となる。これらの感染症を予防するためにも環境の整備が必要である。また国際赤十字でも被災後は水と環境が重要課題であるといわれている。具体的に以下に述べる。

  1. 排泄物、ごみ、汚水の適切な処理

    トイレは20人に対して1カ所必要であるといわれている。東勢のある避難所では避難民200人に対して2ヵ所しかトイレがなかった。避難民も救援者もとてもトイレにまで考えが及ばなかった。水洗トイレが完備されている場所でも水道水の供給が絶たれているため排泄物がそのままとなっていた。グループではトイレの重要性を避難民に理解してもらおうと、トイレ掃除を始めるとともに、放置されていたごみの掃除も始めた。以降避難民も徐々に自分たちでトイレ掃除、ごみ掃除を行うようになった。またマスコミ、政府にトイレの重要性を訴え、最終的にはトイレは30人に1カ所まで確保できた。

  2. 十分な水の供給
    成人一人あたりの一日必要量は飲料水3L、生活用水10~15Lといわれている。台湾では飲料水は充足していた。しかし生活用水は十分ではなかった。また避難民はテント生活が長期に及ぶという認識がなかったため、トイレ、シャワーの水といった生活用水に対する認識が不足していた。

  3. 蝿、蚊、のみ、シラミといった病毒媒介生物の駆除

    早い時期から衛生所が駆除を開始していた。

  4. 電気、ガス、火といったエネルギーの安定供給

    安定供給とまではいかなかったが、プロパンガスが豊富にあり住民は暖かい食事を食べていた。また9月の台湾は気候が温暖であったことも幸いした。

  5. 居住空間の確保

    一人あたり3.5m2必要であるといわれている。元々台湾では住居はゆったりしており、 居住空間はひどくなかった。

     以上のような公衆衛生上の問題を現地の人々に理解していただくことは容易なことではない。このグループは避難民とともに生活し、現地医療機関、医師の協力と理解を得ることが出来て、はじめて公衆衛生上の問題まで言及できた。

7、粗死亡率

 人口1万人あたりの死亡者数で計算され、被災地の被害の大きさを表す指標である。粗死亡率が0.3〜1.0で正常状態、1以上で重症、2以上は致死的、5以上はその地域は壊滅的と言われている。阪神・淡路大震災では53.6になり壊滅的な被害を受けたといえる。今回の台湾地震を台湾全体から見ると、人口2300万で死亡者2405名であるから粗死亡率は1となり重症の状態であった。さらに東勢鎮に限れば、人口6万人で死亡者600名であるから粗死亡率は100になり、東勢鎮の被害が以下に甚大であったかがわかる。このグループでは東勢鎮の医療活動が有効かどうかである指標として粗死亡率が1以下にとどまるように注意を払っていた。地震発生後新たに避難所で亡くなった人は、撤収までの25日間で2名だけであった。つまり粗死亡率は1以下に保たれていたことになる。

8、まとめ

 海外での災害医療活動を円滑に行うには、現地医療機関との協力が必要である。また地震のような大規模災害では診療支援のみならず、災害発生後の水、環境問題といった公衆衛生上の問題まで考慮する必要がある。


安心できる避難所等の確保・運営の基本的考え方

地震防災対策研究会、自主防災組織のための大規模地震時の避難生活マニュアル、(株)ぎょうせい、東京、1999, pp.79-90


 大規模地震時において、安心できる避難場所の確保・運営を図る基本目 標としては、次のようなことが挙げられる。

このような基本目標を達成するためには、災害予防対策及び災害応急対策 の2点を効率的かつ効果的に進めることが必要である。

 大規模地震時に被災者の生命及び身体の安全確保等を図るには、災害予 防として、住民自身及び自主防災組織による日頃からの避難の準備と、地 方公共団体による安心できる避難場所の確保が必要になる。以下、日頃か らの避難の準備と安心できる避難場所等の確保・運営のあり方について述 べる。

  1. 住民の日頃からの避難の準備について

     まず、市町村等が主催する防災訓練・防災講演会、自主防災組織の防災 教室等に積極的に参加し、地震等の知識や防災行動力を身につける。

     また、大規模地震のとき、家族があわてずに行動できるように、避難場 所の確認や、救急医薬品や火気などの点検をどのように行うか、幼児や老 人の避難については誰が責任をもつか、などを話し合い、それぞれの役割 分担を決めておく。なお、家族の誰かが被災したときに身元や連絡先がわ かるようにするため、住所・氏名・生年月日・血液型・保護者名・連絡先 などを記入する「避難カード」を作成し、家族全員が各自携帯することも 有用である。

     家屋については、柱や土台などの耐震性を確認し、補強をし、またブロ ック塀・石塀の点検も必要である。家具などの転倒や落下の防止のため、 L型金物のような留め金などで固定したり、ガラスがはまっている家具に ついては、ガラス飛散防止フィルムを貼っておくことも有用である。

     いざというときのために、消化器等の消化に役立つものを普段から用意 し、使いやすいところに備えておく。

     地震発生後の避難所での生活に最低限必要な非常持ち出し品や、負傷し たときに応急手当ができるような準備をしておく。

     大規模地震が発生しても、二次災害としての火災を防止するため、電気 器具の安全装置の確認や、ガス器具・石油器具では対震自動消化装置のも のを使用したりすること。

     地震時に家族が落ちあう場所をきめておくなど、家族の安否の確認方法を決定しておくこと。

  2. 自主防災組織による地震災害への備え

     自主防災組織とは、住民の隣保協同の精神に基づく自発的な防災組織のことで、実際には自治会、町内会等の地縁による団体が母体となって組織されている。自主防災組織には、災害時に初期消火活動や救出・救援活動、避難誘導活動といった活動が期待されている。このような活動を迅速かつ円滑に推進するために、防災設備及び資機材の効果的な配備や活動マニュアルの整備及び実効性のある訓練の実施、災害弱者に配慮した活動体制の整備などを日頃から備えておくことが大切である。

     避難所運営組織の事前編成を整備しておき、それを前提に日頃から防災訓練を行い、発災直後から迅速かつ円滑に避難誘導、避難所の開設及び運営に移れるようにしておくことが効果的である。

     住民の避難誘導を行うためには、自主防災組織としては、避難路や一時避難場所、広域避難場所及び避難所の確認をし、さらには避難スペースも確認しておくことが求められる。また、学校等が避難場所になっている場合は、時間外に地震が発生することを考慮し、施設管理者と話し合って、鍵の管理・保管の取り決めをしておくことが必要である。

     大規模地震に対応するには、自主防災組織として、地域の実情に応じ、消火活動、救出活動、救護活動、避難誘導活動、情報収集伝達活動、生活維持活動等に必要な防災資機材の効果的な配備を図ることも大事である。


■救急・災害医療ホ−ムペ−ジへ/ 災害医学・抄読会 目次へ