災害医学・抄読会 2001/03/02

「震災時における医療対策に関する緊急提言」を踏まえて

山本光昭、大規模災害と医療、日本救急医学会災害医療検討委員会・編, 東京,1996, pp.144-7


厚生省では、1995年の4月から.「阪神・淡路大震災を契機とした災害医僚体制のあり方に関する研究会」を発足させ、同年5月に出された「震災時における医療対策に関する緊急提言」を受けて、政策を進めているところです。緊急提言の発想の根底には三つのポイントがあります。それは、

  1. 地域単位の対応の強化
  2. 住民主体の活動の支援
  3. 日常からの訓練・備え
の3点です。

◆地域単位の対応の強化

 まず1点目の「地域単位の対応の強化」とは、脊髄反射という機能を作っていこうという視点です。脊髄反射のレべルとは地域単位、いわゆる二次医医療単位を考えていて、とくに大都市であれば、区単位というイメージです。これについて、まずハード面の整備、そしてソフト面の整備が必要でしょう。

 ハード面では、拠点病院を地域単位に設けていこうと考えています。そのときの理念は、基本的には、地域の医療機関は自らが被災しているという状況でありながらも、まず最初に患者が行く所であろうということから、地域の医療機関が中心にあった上で、そちらをいかに支援していくかという発想の拠点病院という訳です。

 ですから、基本的な発想は地城単位で強化を図っていこう、そしてソフトの面では、何か現場でのトラブルがあった場合に、保健所でいろいろな調整をしていくことを期待し、判断をいちいち上まで上げなくても、ある一定のところまでは、その地域での判断で動いていってもらうようにしようという考えです。

◆住民主体の活動の支援

 2点目の「住民主体の活動の支援」とは、住民主体ということもさることながら、災害医療は総力戦であろうということです。

 結局、地震があって、何かがあったときに、すぐには助けにきてもらえない、まずは家族同士、もしくは近隣の住民伺士で助け合わざるを得ないということになると、普段からの住民に対する啓発力が重要な訳です。

◆日常からの訓練・備え

 3点自は、「日常からの訓練・備え」ということです。研修が重要だということですが、こういうものは、いわゆる人間関係ができるということに一番大きな意味があるのではないかと思います。

◆情報の共有化と権限の分散化

 「権恨の分散化」は、脊髄反射と言いましたが、判断する権限をどんどん現場に近いところに下ろしていく、だからそれだけ自主的にやれるような環境を作るという話ではないかと思います。 一つは、「広域災害・救急医療情報システム」です。現在、救急医療情報システムが動いていますが、これを災害の情報についてもやりとりできるように、新たにシステムを変更していこうというものです。


トリアージ

鵜飼 卓、救急医学 1997


 平常時でも救命することのできない重篤な負傷者を集団災害特に救命しようとしても所詮かなわぬことである。大きな災害の現場で多少の混乱が生じるのは仕方がない。しかし、1人でも多くの被災者の生命を救うには、災害現場の混乱をそのまま医療の現場にまでもちこまないことが肝要である。したがって「災害現場でのトリアージ」という作業がきわめて重要であるといわなければならない。

◇トリアージ分類とタッグ

 多数の傷病者が一度に発生する集団災害時には、その重症度と緊急性から負傷者を4群に分けて、搬送と治療の優先性を考えるのが世界共通の常識となっている。 トリアージタッグは傷病者全員につけるのが原則である。また、負傷者に手渡すというようなことをせず、トリアージ担当者が最低の必要事項を記入し、カラーコードを確認して責任をもって負傷者の身体の一部につけるものである。

◇トリアージ担当者

 救急救命士はトリアージの概念をよく教育されており、実際の救急患者にも多数接しているので救急救助関係者のなかではトリアージ担当にもっとも適していると考えられる。

 医師であれば誰でもトリアージ担当者になれるわけではない。日常重症患者を見慣れていない医師はむしろ不適当である。救命救急センターなどで働く救急専従医が望ましいが、経験を積んだ外科医、整形外科医、脳外科医あるいは麻酔科医なども適当であろう。

 しかし、これらの専門の人すべて適格だということでもなく、責任感が強く、決断力があり、しかも地域の医療事情に詳しく、医療資源の有効利用を考えることができる人物が望ましい。

◇トリアージの実務

 トリアージで重要なことは冷静な判断を下すことである。とかく災害の全体像の把握や医療資源の有効利用という重要事を忘れがちである。

 現場は恐ろしい修羅場の様相を呈しているかもしれないが、その惨状に目をつぶり、阿鼻叫喚の声には耳をふさぎ対処しなければならない。

◇トリアージの実務上の問題

 トリアージの概念そのものは決して理解しがたいものでもなく、容易な作業のようにも思われる。しかし、実際に多数の負傷者の真ん中に立つと、その実行は苦渋に満ちたものとなる、もし人的余裕があれば2人の医療スタッフで相談しながらトリアージを実施していくのが望ましいと考える。

◇終わりに

 平和な日本にあっては、1人の医療人が災害に繰り返し遭遇することはない。おそらくは人生のうちで最初で最後のトリアージを担当することになるのである。平時からしっかりといざというときに備えたいものである。


臨界事故の初期医療

衣笠達也、日本集団災害医学会誌 5: 157-63, 2001


 平成11年9月30日に東海村のウラン加工施設にて臨界事故が発生した。この臨界事故では特に3人の作業者が高線量被爆を全身に受けた。この3例の高線量被爆者に対し、事故現場から各医療機関に至るまでどのような論理に基づき医療がなされたかを検証する。

 東海村ウラン加工工場で起こった臨界事故によって医療支援を必要とした人々は以下の3つのグループに分類される。

  1. 高線量被爆を受けたグループ。
  2. 臨界事故時に施設内や、その近辺にいた人や臨界停止のための処置をした人。
  3. 周辺の住民。

 特に1)の3人に対しては被爆線量の迅速な評価と急性放射線症候群の診断と治療が重要である。

O氏:35才 男性
S氏:39才 男性
Y氏:54才 男性

臨界事故後の経過

  1. 事故現場

     10時35分臨界事故発発生 直ちに放射線監理委員が駆けつけた。

     O氏;意識、呼吸は確認出来なかった。胃液様のものを嘔吐していた。異物除去のために口腔内に指を入れると呼吸と意識を回復した。

  2. 救急隊到着

     急性放射線症候群の前駆症状と考えられるものが出現していた。

     急性前駆症状

    O氏;意識障害 嘔吐(直後から) 下痢(60分後から) 
    S氏;             嘔吐(60分後から) 
    Y氏;    嘔気(4時間後から)

     ※患者を放射線計測器で測定すると針が大きく振れたが搬送を断行した。

  3. 患者搬送(救急車)

     一般的に搬送先の医療施設で,放射線学的な支援(線量測定、危険度判断、汚染の管理)をするために原子力施設の放射線管理員が同行するのが原則であるのに今回は効果的に実行されていない。また被爆の状況や、汚染に関する情報の通知に関しても同様であった。

  4. 国立水戸病院

     点滴による輸液の開始と、放射線医学総合研究所への搬送の判断、連絡をした。放射線計測装置での計測によって患者から30マイクロシーベルトの測定結果が得られ、汚染と考えたが実際は汚染ではなかった。放射線化された体内ナトリウム(Na-24)を測定したものであった。バイタルサインのチェックと採血輸液急性放射線症候群に対する当面必要な医療処置を行い麻酔科医師の付きそいのもと搬送された。ヘリコプターにて搬送。

  5. 放射線医学総合研究所(放医研)

     当初医師に臨界事故であるとの情報が届いてなく、ウラン体内摂取を想定しての治療がはじめられかけた。しかし放射線測定の専門家によって患者の吐物などが検査されNaの放射化が認められたとの情報が届き、これによって初めて事故が臨界事故であると医師に認識され、急性放射線症候群の治療に方針が変更された。

    I 感染症対策

    II 採血による、造血幹細胞移植のためのHLAタイピング、末梢血リンパ球の異常染色体分析、リンパ球数測定。

    ※高線量被爆の後には、急速に末梢のリンパ球が消失するので早急な採血と血液の保存が必要である。

  6. 緊急被爆医療ネットワーク会議開催 10月1日

    I.被爆線量の評価 II.患者の臨床評価 III.治療施設の決定 についてが議題になった。

    I. 被爆線量の評価;末梢血リンパ球からの被爆線量の算出。血液中Na-24からの算出。末梢血リンパ球の染色体異常出現頻度からの推定。全身のNa-24をホールボデイカウンターにより測定しての推定。

    O氏;17〜20Sv以上
    S氏;6〜8Sv
    Y氏;2〜3Sv

    II. 患者の臨床評価;全身状態、血液生化学検査、肺機能、呼吸状態、感染に対する評価、消化管障害の有無、中枢神経系への影響、皮膚及び口腔粘膜の変化の程度について検討がなされた。その結果O氏とS氏の骨髄の機能に廃絶の危機があり、造血機能の確保と感染症対策が必要であること。O氏には集中治療が必要である事が確認された。

    III.治療施設の決定;
     O氏;東京大学医学部付属病院救急部、実妹のHLA一致によって末梢血幹細胞移植が可能であると判断されたため。
     S氏;東京大学医科学研究所付属病院、同様に適合臍帯血が見いだされたため。
     Y氏;放射線医化学総合研究所、造血障害が中程度までであると予想され急性放射線症候群の治療を継続することが重要であるため。

  7. 臨床経過

     O氏;被爆後6日、7日目に末梢血幹細胞移植が行われた。その後呼吸状態悪化と不穏状態のために気管内挿管と充分な鎮静処置がなされた。第4週目くらいから多量の水溶性下痢出現、第5週目くらいから躯幹全面を中心に皮膚から滲出液が大量に漏出し始めた。さらに第7週目の終わりには大量の下血が起こった。超集中治療が行われたが82日目に死亡した。

     S氏;被爆後9日目に臍帯血幹細胞移植が行われた。口腔内疼痛と出血といった炎症症状が数ヶ月続いた。皮膚の放射線障害は被爆後3ヶ月後から顕著になり、皮膚移植が行われた。被爆後5ヶ月後くらいから肺炎を合併するようになり気管切開を行った。多臓器障害のために東大病院に転院した。しかし、中間期組織障害と考えられる皮下組織の繊維化が起こり、消化管出血も生じた、209日目に多臓器不全にて死亡した。

     Y氏;被爆後2〜3週までの間末梢リンパ球、好中球の低下がみられたが、治療により改善し4週目には一般病棟への移動が可能になった。3ヶ月後に軽快退院した。

学生の考察

 初期の医療体制の調節に改善の可能性が残っているとの事であったが、放射障害後の患者の急性期治療を行うことは救急医療を最前線で担う医師たちにとって非常に希なケースであると考える。そのため事前の教育活動には限界が感じられた。そこで、中毒情報センターのように放射線障害について常に最新の情報に基づいた情報提供をする施設の設置が必要あると思った。


被災地病院での対応 3.災害看護―被災病院看護婦の対応―

山本春美、エマージェンシー・ナーシング 2001年新春増刊 319-326, 2001


 1995年1月17日午前5時46分、神戸で震度7の大地震が起こった。今回のレポートは神戸市立中央市民病院看護部部長であり、自らもこの大震災の被災者となりながらも医療活動に当たった一看護婦の体験を通しての意見をまとめる。

1.危機時の自己管理について

 震災や集中豪雨などライフラインが途絶えたとき、最低でも2日間は孤立状態に追い込まれる。その後は救援物質が届くがそれまでの間の飲料水や食べ物などを準備しておく必要がある。普段の時から持ち出すものはメモをしておき、定位置を決め短時間で持ち出すようにしておくと良い。

2.組織への結集について

 日常生活での災害はどこで遭遇するか分からない。まず自分の生命を守る ことが第一である。次に二次的災害を防ぎ、隣近所に声を掛け合い地域への配慮も必要である。医師、看護婦などの医療従事者の場合は、今回の震災の場合では、?所属病院へ出かけ医療活動をした人。?地域の状況が悲惨でその場で必要とされた人。?交通機関が無くて近くの医療機関で活動をしていた人など様々であった。この様に医療従事者の中でもそれぞれのおかれた状況が異なるがその様な状況の中でも大切なのは組織への結集、所属への連絡である。しかし電話の故障や、電話回線のパンク状態などでなかなかつながらなかったり、仕事が忙しくて電話をかける暇がないなどで連絡が取れない人が多かったが、出勤はできなくても組織への連絡はできるだけ早く取るようにすることが大切である。

3.対策会議について

 災害時に対策会議の場を設けることはそれぞれの置かれた立場で抱えている問題を出し合うことができ大変有用である。短時間でよいからこのような会議の場をできるだけもうけるようにして、情報交換や具体的な対策を話し合うことが大切である。

4.生活の工夫について

 電気、ガス、水道などのライフラインの途絶は深刻な状態を招く。医療関係では電気の停止は人工呼吸器や吸引の必要な患者さんにとって危機的な状況を生じさせる。今回の震災でも自家発電装置や無停電電源装置が作動したが、何かと混乱した。

 生活の中では最も大切なのは水である。水の役割というのは?飲用水、?トイレなどの雑用水、?自家発電装置の潤滑油冷却水、?医療ガス用圧縮エアコンプレッサー冷却水、?蒸気(消毒、厨房、暖房)、?PAC型空調機(コンピューター冷却)、?空調設備(自動制御用圧縮空気源冷却水)など、多岐にわたっている。意外なことに飲用水は救援物資などにより日本や世界の名水が飲めるほど質、量共に豊富であった。しかし最後まで困ったのがトイレの問題である。水洗トイレは水量があれば流れるというものではない。流水の圧力があってはじめて流れる。今回のような震災の場合電気が使えないことなどから固形物を流せるだけの流水の圧力を得ることができず、便と紙などの固形物は新聞紙に包んでビニール袋に入れて尿だけを流すようにした。この様な取り決めをしてもうまくいかないことが多く、水不足と寒さのため不衛生になり、易感染状態になりがちであったので、感染面には十分配慮しアルコール綿やウェルパスでの消毒を励行する必要があった。

5.自らも被災者であるということについて

 災害時に医療活動をした者自身が被災者であるような場合、普段は患者さんの話を聞く側であるがその本人自体も深刻な問題を抱えていることは当然あり得る。その様なときに悩みや問題を気軽にうち明け、相談できる場所が必要になる。心のケアは医療従事者にとっても必要なのである。

6.防災マニュアルの見直しと訓練について

 地震、風水害、火災などの突然の災害時にはパニックに陥りやすい。したがってパニックに陥りやすい初期に適切に行動できるような指導を日常生活の中で行っていくことが大切である。


第1章 発災直後からの避難生活の現状及び課題 (1)発災後 2日目

(地震防災対策研究会、自主防災組織のための大規模地震時の避難生活マニュアル、(株)ぎょうせい、東京、1999, pp.33-47


* 管理運営*

1.避難者への空間開放・避難者の移動等

2.管理運営体制・施設の使い方等

* 情報*

1.行政等との情報連絡、生活関連情報等

被害情報・安否情報等

* 救護*

1.応急医療・傷病者の搬送・保健

2.救出・遺体の安置等

* 居住環境*

1.明かり・採暖

1.トイレ・清掃

* 食糧物資*

1.飲料水・食糧

2.生活必需品(毛布・衣料品等)

<考察・感想など>

 安心できる避難場所等の確保・運営のためには、避難所運営班の編成が重要であると考える。「避難所運営班」は、避難所運営委員会の下で、同委員会が決定した基本方針に基づいて個別の運営業務を執行する組織である。避難所運営委員会の事務を能率的に遂行するためには、例えば、管理班、情報班、救護班、食糧物資班といった各避難所運営班の編成を行うことが必要になる。主な役割の例としては、管理班が避難誘導・環境衛生の維持等、情報班が避難者名簿の管理・安否確認・情報収集・伝達等、救護班が応急手当・医療機関との連絡等、食糧物資班が備蓄食糧・物資の確認・配布等である。それぞれ班の代表者である班長、副班長、運営スタッフを配置することになる。

   このような災害時には、お互いの協力が大切であることを改めて感じた。


豪雨災害対策のための情報提供の推進

加治屋 強、月刊消防 22巻8号(通巻252号): 73-7, 2000


はじめに

 昨年6月末から7月はじめにかけて、梅雨前線の活発な活動のため、各地で豪雨となり、広島県を中心として、土砂災害により死者38名など大きな被害が発生した。これを踏まえ、中央防災会議は検討会を開催した。以下に報告書の概要と提言を紹介する。

報告書の概要

1. 災害の発生過程の検証

  1. 今回の災害の特性
    • 脆く崩れやすい表層のまさ土が崩壊
    • 全国1位の危険箇所数

  2. 気象の概要
    • 累計総雨量で300〜400ミリ以上
    • 時間雨量70ミリを超える局所的な集中豪雨
    • 豪雨のピークは2時間程度続いた

2. 反省点の整理

  1. 災害の危険性についての事前情報
    • 住民への危険箇所の周知は完全には行なわれてない。

  2. 気象情報の収集・伝達
    • 気象観測技術と解析技術の進歩は著しいが、十分に情報を活用できていない。

  3. 災害情報の収集・伝達
    • 被害情報の窓口が統一しておらず、情報が混乱した。

  4. 住民への情報伝達
    • 自治体から住民等への情報伝達は重要である。

  5. 避難勧告の実施
    • 警戒避難基準の信頼性を向上させることが必要である。

提 言

  1. 気象情報等の収集体制の強化
    • 緊急防災情報ネットワークの活用を図る。

  2. 連絡手段の確保と情報の整理
    • 災害時の情報窓口を明確にし、それを住民に周知する。

  3. 住民等との連携の強化
    • 行政と住民が連携することが望まれる。

  4. 早期避難実現のための措置の推進
    • 気象警報や、警戒避難基準について、平常時から住民への周知を図る。

まとめ

 全国的に警戒避難基準が設定されている市町村は少なく、基準が設定されることが期待される。


■救急・災害医療ホ−ムペ−ジへ/ 災害医学・抄読会 目次へ