災害医学・抄読会 2000/12/08

阪神・淡路大震災時の患者動態

西村明儒、吉岡敏治ほか編・集団災害医療マニュアル、へるす出版、東京、2000年、pp.43-50)


 阪神・淡路大震災のようなライフラインが途絶した集団災害では、重症の患者を被災地域の医療機関からいかに早く無傷の後方病院へ収容するかが重要な問題となる。患者転送を速やかに行うには、初期からの徹底した道路規制により患者搬送路を確保し、広域搬送システムを構築し、情報ネットワークを整備することなどが急務である。

 震災後の被災地内の道路交通状況や、兵庫県の初動体制について検証し、大災害時の後方病院への患者搬送のあり方について検討する。

<震災後の道路交通状態と初診医療機関への搬入手段>

 震災時、名神・中国・山陽自動車道や高速道などが全線ストップしたのをはじめ、国道2号線など一般県道・市道も随所で不通になるなど、道路網は寸断状態にあった。被災地では、避難車両や家族・知人の安否を気遣う被災地外からの車両が集中し、交通渋滞を引き起こした。また、自転車・歩行者・二輪車も渋滞に拍車をかけ、救急医療活動の妨げとなった。

 このような混乱状態の中で初診医療機関に搬入された手段をみると、不明例が1595例もあり、搬入日の不明例276例を合わせると、全体の31%を占めた。救急車による搬送例は1522例で、全体の25%にとどまったのに対し、自力歩行1056例、担架搬入例752例、自家用車725例と、これらの私的手段によるものが全体の41%を占めていた。

<道路交通規制に関する兵庫県の対応>

 兵庫県は震災直後より緊急物資輸送ルートの確保を目指した。また、被災地外からの一般車両の流入を防ぐため、迂回路を選定した。

<後方病院への患者転送の実態>

 全症例6107例中2290例(38%)が被災地外の後方病院へ搬送された。傷病構造別にみると、クラッシュ症候群372例中187例(50%)、他の外因患者2346例中702例(26%)、疾病患者3389例中1401例(41%)であった。

 患者が主たる治療を受けた病院へ収容されるまでの病院数を、被災地内病院か後方病院かで分けて検討したところ、被災地内の1カ所の病院のみで入院治療を受けた例は全体の46%で、直接後方病院へ搬入され治療を受けた例は8.4%であった。15.3%は被災地内の2カ所の病院で治療を受けており、24.6%は病院を2カ所移った後、後方病院で主たる治療を受けていた。その他、3カ所以上病院を移った例もあった。後方病院へ直ちに搬入された例が少なかったことに対しては、道路状況が悪く患者転送が困難だったこと、医療施設間の情報伝達が不十分であったことが理由としてあげられる。また、新聞、テレビなどメディアの対応が悪く医療機関に必要な情報伝達が出来なかった。

 後方病院への患者搬送手段は、救急車によるものが26%、自家用車など私的なものが31%、ヘリコプター搬送が4%であり、交通事情の混乱にもかかわらず私的手段に頼っていた。患者搬送に利用しようと、厚生省、自治省消防庁がヘリコプターを待機させ、近隣のヘリポートを持つ病院のリストを作成したが、兵庫県が「県内の病院でまかなえる」と断ったためである。被災地の病院へは情報がまわらず、病院側は「早く知っていれば重症患者を搬送できた」と批判している。

<阪神・淡路大震災時のトリアージの実態>

 集中治療を要した患者は866例(15%)で、そのうち70%をクラッシュ症候群が占めた。集中治療を要した患者の約40%が後方病院へ転送された。しかしこの転送率と、全体の傷病構造別にみた転送率(クラッシュ症候群52%、他の外因31%、疾病39%)には差がなかった。重傷度別に患者をトリアージすることよりも、来院する患者の治療を優先させた為と思われる。


6.疾病患者への対応

西村明儒、吉岡敏治ほか編・集団災害医療マニュアル、へるす出版、東京、2000年、pp.103-111


 阪神淡路大震災災害時には,外傷患者だけでなく、急性疾患の発症が増加するとともに、 平素以上に慢性疾患患者への対応を求められる。

 今回の震災では、肺炎患者は避難所での発症が多く、高齢者や乳幼児が大多数をしめた。 劣悪な状況では抵抗力の弱い人を中心に伝染性疾患の蔓延が予想される。

 肺炎の発症数は1週間目をピーク増加し以後減少した。肺炎による入院患者の死亡率は 14.4%で比較的死亡率の高い疾患である。

 呼吸器疾患の中で喘息も主な入院原因の一つでやはり高齢者ほど発症率が高い。

 震災直後と震災後5〜7日目に入院のピークを認める。震災直後は家屋の崩壊などにより 被災地はとてつもない粉塵に覆われこれが喘息発作を誘発した。日が経つにつれ避難所生活による心身の疲労と上気道感染などが喘息発作の原因となったと思われる。

 肺炎などの呼吸気感染は、厳寒の季節にライフラインが途絶したため暖房器具がつかえなかったことや避難所のような限られたスペースでの集団生活が誘因となったと考えられる。

 次に心不全や脱水も高齢者の発症が多い。この2疾患とも避難所での発症率が高い。 避難所生活における疲労、断水による飲料水不足がこれらの発症率を高めている。 脱水による患者には乳幼児が多く含まれていた。

 さらに虚血性心疾患でも同様に、高齢者ほど発症率が高く患者数は震災当日と1週間後の二峰性を示した。急性心筋梗塞は不整脈とともに震災時の突然死の原因と考えられており、地震の震動に対するエモーショナルストレスがトリガーとなって発症する。1週間後のピークの原因は心身の疲労が誘因であろう。心筋梗塞はクラッシュ症候群や臓器損傷とともにトリアージの優先順位は高い。

 消化器潰瘍の発生数は震災による被害の大きさに左右される。他の急性疾患が7日目以後減少するのに対し、消化器潰瘍は、発生の5日〜2週間を経過するまで同程度の患者が発生していた。発症には心身の疲労とストレスが関与しているものと思われる。

 脳血管障害も高齢者が大多数をしめた。震災時に血圧が上昇することにより脳出血を起こしやすいまた、高齢者に多数の脱水患者が発生したことは、動脈硬化の強い患者では脳梗塞を引き起こす誘因となる。

 慢性腎不全患者は震災直後から自力で被災地を脱出し、透析可能な病院へ収容された。 感想:自然災害によって様々な患者が病院に搬送されてくるがやはり災害によるストレスと 外傷、または災害後に起こる集団生活によるストレスや、食糧不足や水不足による 様々な疾病にかかる危険性の増大、慢性的な疾患の災害のストレスによる増悪など 様々な要因はあるが、もっとも気をつけないといけないのは高齢者の患者さんや、子供 女性などの、外的影響を受けやすい人々に対し災害がおこった後の、災害後ストレス により引き起こされる様々な疾病にたいして早急かつ適切な処置がとられることにより 災害後に起こる二次的な疾病を減少することができ、それが最小限に患者数をとどめるこ とにつながると思われる。


挫滅症候群 ―適応と治療のオプション

Raynovich W、救急医療ジャーナル 第8巻第5号通巻45号 37-43, 2000


(概念)

 骨格筋の圧迫または挫滅により横紋筋融解がおこり、腎尿細管障害を惹起する症候群。

(病態生理)

 挫滅症候群の発症は比較的ゆっくりしていて、一肢または複数肢の筋肉塊への遷延した持続的な圧迫の後でのみ起こる。(4時間以上)

  1. 患肢への圧迫、挫滅により静脈還流は閉塞するが動脈血流は持続している。 これにより、酸素濃度の高い血液の供給が減少し、炭酸濃度が上昇し、さらに患肢の血液循環が制限されると、筋肉細胞の代謝は好気性から嫌気性となり、代謝性アシドーシスとなる。圧迫された肢でも筋肉細胞は代謝を続け、アシドーシスはさらに悪化する。

  2. また、静脈還流は閉塞するが動脈血流は持続するため患肢の組織の内圧は上昇し、筋肉細胞は引き伸ばされ、筋肉内の酸素保持タンパクであるミオグロビンが細胞膜から漏出する(横紋筋融解)。圧迫された組織の間質には高濃度のカリウム、カルシウム、乳酸、アルブミン、ミオグロビン、組織破壊的な活性酸素がふくまれている。これらの有毒な化学物質が圧迫解除後に患肢に重篤な代謝障害を引き起こす。

(合併症)

 この横紋筋融解により漏出した成分が他の臓器の細小動脈を詰まらせることにより播種性血管内凝固を起こし、また漏出による電解質異常と心筋内の還流の閉塞による急性心筋症を起こす。

 ミオグロビンは通常のphでは血液中に融解しているが、酸性血中では固体となり、腎尿細管に詰まり腎円柱を形成する。⇒不可逆的な慢性腎不全

 高カリウム血症とアシドーシス⇒突発的な心室細動: 損傷された筋組織内に血液貯留して循環血液量の減少⇒肺塞栓、ARDS。急性腎不全、免疫力低下

(徴候)

 患者は発見された時、しばしば意識清明で痛みを訴えることもなくバイタルサインも正常で状態は安定してるように見えるので注意。

 圧迫解除後の肢の浮腫と暗黒尿(ミオグロビン尿)

 圧挫部位の末梢での拍動触知、冷感、発汗、硬化、無痛、無感覚。

(二次救命処置)

  1. 酸素投与
  2. 電解質液の輸液
  3. 重炭酸ナトリウムの投与(尿のph6.5以上を保つため)
  4. マンニトール投与(乏尿の時)

(まとめ)

 挫滅症候群は早期の評価と治療によって発症を予防できなければ、心室細動、循環血液量減少、アシドーシス、肺塞栓、腎不全、および感染による死亡の危険率は40%を超える。しかし、適切な病院前・病院での治療が行われれば予後は極めて良好であるため、圧迫され循環が制限された四肢の確認、4時間以上の圧迫の確認がとれたら挫滅症候群を念頭において注意する。


大阪府における救急医療体制について 
―災害拠点病院も含めて―

大北 昭ほか、日臨救医誌 2: 318-25, 1999


大阪府における救急医療体制

【救急医療体制の現状】

 休日、夜間の救急需要は消防本部の指令センター、救急医療情報センター、あるいは直接、初期救急医療機関へ向けられる。必要に応じて二次、三次と高次医療機関へ向けられる。医療機関の応需情報は二次、三次医療機関から医療情報センターに集約される。センターから各地域の消防本部に情報が伝えられ、これを基に救急隊は活動している。

【今後の問題点】

 夜間休日活動型大都市:大阪では高度医療を必要とするケースに比べ、特定科目(耳鼻咽喉科、眼科、口腔・歯科、精神科等)時間外診療を必要とするケースが極端に増加している。この分野の時間外診療体制はまだ十分ではなく、今後の整備が必要とされている。

災害時の救急医療体制

 阪神大震災等での教訓を基に大阪府地域防災計画が修正された。修正の視点は以下のとおり

【災害医療情報の収集・伝達】

 医療情報センターへの防災行政無線の設置、 災害拠点病院への衛星無線通信の設置、災害時優先電話回線確保など。

【災害拠点病院等の機能と設定】

  1. 基幹災害医療センター:救護班の派遣、患者の受け入れと高度医療の提供、地域医療機関との調整、医療資材の支援、医薬品の備蓄・供給など
  2. 地域災害医療センター:地域における基幹災害医療センター的役割
  3. 災害医療協力病院:他の災害医療機関への協力、患者の受け入れ

【災害拠点病院等連絡協議会の設置】

 災害時の個々の役割と連携を図る。

【医療救護班の充実強化】

 災害の種類や時間経過に伴い変化する疾病傷等に対応できるよう、診療科目・職種別に編成する。

【医薬品等の備蓄・供給体制の整備】

 病院備蓄、流通備蓄などの整備。

【患者搬送体制の整備】

 陸、海、空路を利用した搬送手段の確保と確立。

【定期的な災害医療訓練・災害医療研修の実施】

 被災地域の内・外における対応策を検証。

【ボランティア活動の有効利用】

 受け入れ体制の確立とボランティアの職種に応じた活動場所、内容を指示できる体制の確立。

 このように急性期の救命医療を主眼にしつつも、時系列的医療展開を含めた医療救護活動へと見直されている。

考 察

 大阪府においては救急医療体制整備が真剣にとりくまれ、今尚、改善への努力が続けられている事を知る事が出来た。ただ、医療情報センターが少々脆弱のように思われる。人口に比し職員が少なく、過密労働を強いられそうな印象を与えるだけでなく、大阪=近畿の中心のセンターのわりには相互接続が2県しかない。これでは文献にあるように災害時の指令所という期待される働きは出来そうにないように思われる。センターの充実化が大阪府の救急医療体制の更なる発展に必要だと思われた。


集団災害訓練 ―プレホスピタルケアにおける本格的救急処置訓練とトリアージ―

曳田映二、プレホスピタル・ケア 11:(3) 55-9, 1998


 岐阜県で医療面から見た部分を交えた実践的な集団災害訓練が行われた。傷病者60名に対し、外傷キット(表1)を用い重症度に相応する扮装したうえに細かな演技指導を行った。また、あらかじめ傷病者の負傷状況、重症度と人数を設定した。訓練者には一切傷病程度、人数など知られていない。訓練の状況は、救急隊員による第1次トリアージを受け、タッグをつけられるとともに頚椎の固定や大出血の止血等最低限の処置を受けた。さらに駆けつけた医師らによる第2次トリアージを受けて搬送を行った救急隊員らが処置を続けた。

 応急救護所として用意されていたエアーシェルターは、傷病者数が収容可能人数をはるかに上回り、要緊急治療患者が外にあふれてしまった。現場(図2)は、ひどい雨のため要緊急治療患者を濡れないようにとかけた毛布が傷病者を覆い隠してしまうことになり、要緊急治療患者が遅くまで搬送されずに取り残されていたり、十分に処置を受けていなかったりと、大きく混乱した。

 今回実施された集団災害訓練は、実際に突如発生した災害事故に対して、どれだけ適切にトリアージや応急処置ができるのかを参加者自ら体験し、それを評価することによって実際の災害時に対応するための資質を向上させることを目的としている。1次トリアージは 現場先着隊の救急救命士らが行ったが、比較的良好に選別されており、トリアージタッグはほぼ予定された区分で取り付けられていた。しかし応急処置については、皆トリアージの観念や優先度を承知していたにもかかわらず、要緊急治療者群が後回しになる場面が多々見られた。

 理由として、応急救護所の設営の際、待機した処置者は要緊急治療患者がはじめに搬送されると考えていたのが、トリアージと救出に時間がかかり、その間に歩行できるものが自力で応急救護所に向かったために、当初応急救護所内は軽症の救急搬送不要患者であふれ、その間に後着の救助隊や消防団が現場到着し、担架隊の増援により応急救護所には一挙に多くの負傷者が搬送されてくる状態となった。ショック状態で意識レベルの悪い者等は処置が後回しにされがちであり、特に観察の継続性が不十分であった。トリアージ担当の救急救命士は、指示を出すことだけに専念するはずであったがエリア内の傷病者を掌握できるまでにはいたらなかった。このことから、観察が継続されていないために症状の悪化に気づかれない例が多く、全般的に医療面から見た部分の評価でいえば散々なものであった。

 訓練後、参加した医師から処置やトリアージの継続についての細かい指摘を受け、 不適切な処置や観察の手落ちによる症状の悪化があらためて浮き彫りとなった。これにより、災害現場での大量傷病者のトリアージと処置がいかに大変であり、かつ初期対応が大切なものかを身をもって経験するとともに、自分たちの観察や応急処置に対する甘さを再認識したのである。

 トリアージタッグについても、選別後は十分に活用されたとはいえず、病態把握をするためには不十分なものが多かった。トリアージタッグに記入されている上方は傷病者の病態把握をするには非常に重要なものである。適正なトリアージとその目的を考えるならばタッグの記入方法やそのための観察方法も隊員には周知徹底しなければならない。

 継続した観察による病態の予測能力や、患者に振り回されることのない冷静な判断こそ集団災害の救急では必要である。この集団災害訓練から、トリアージの適否や救出方法、並びに応急処置について記録を取り、客観的に評価反省していくことが、実災害の対策はもちろんのこと、以後行う集団災害訓練の適正な訓練方針を出すために必要である。冷静に状況判断をして、適切なトリアージはもちろん、意識的に観察の継続をするとともに処置を行うことは大切なことだと思う。


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