災害医学・抄読会 2000/10/13

防災と看護 ―阪神・淡路大震災の経験から―

新道幸恵:エマージェンシー・ナーシング 13:1454-8, 2000


 日本は地震による災害の多い国である。数年前の阪神淡路大震災から、先日の鳥取県を襲った大規模な地震まで、大小様々な規模の地震が毎年、日本を襲う。それゆえ、災害が発生したとき、医療に携わるものとして何ができるかということは非常に重要な問題である。

 災害時には病院においてどのような被害がもたらされるのだろうか。

 まず、病院では建物の壁、柱などが損壊し、ガラスの破片が飛び散り2時災害の危険性がある。

 第2に設備、備品類が倒壊や落下により破損する。ベットの移動や無影灯の落下などが起こる。またスプリンクラーやスチームの配管部分にひび割れが生じ、流水があちこちにおこる。給湯機の故障などによる2次災害が起こる。

 第3にライフラインが損壊し、交通網・通信網が寸断され、大きな影響を被る。水道管の破損が長く回復しないし、暖房もスチーム用配管の破損の復旧が遅れ、なかなか機能しない。

 以上のような破損が災害時に生じると考えられる。災害時には病院においてこのような被害が発生することを念頭におきながら、行動しなければならない。

 では実際に災害が発生したとき、どのような活動が考えられるであろうか。

 震災発生時にはまず患者、そして自らの身の安全をはかり、その後何が起こったのかを確認し、患者の安否の確認をするというプロセスが重要である。その際、何らかの怪我や火傷などを負った患者を迅速に応急手当を施す。また余震に備えて、患者の避難などを行わなければならない。

 そして、平常時の何倍もの被災者の受診に加えて、入院患者の安否を確認する家族の問い合わせにも応じなければならない。また入院患者を重傷、中等傷、軽症、それぞれに集め、治療しやすいようにすることも必要である。

 また、病院の職員、医師、看護婦、その他のスタッフ、全員がどのような状況にあるのか確認することが必要である。交通網の破損から帰宅できない、出勤できないスタッフも多い。病院全体にどれほどの職員が留まるのかを確認し、ベットや食料の確保などを行う。 また病院内部の人材をどのように生かすかだけでなく、ボランティアなどの人的資源をどのように活用してゆくかも重要である。

 災害時にはこういった病院における活動のみならず、仮設住宅や避難所における被災者の健康管理活動も重要である。

 特に小児や老人などは震災によって常に非日常的な状況に置かれており、それによる精神・身体に大きなダメージを負っている事が考えられる。また仮設住宅では震災以前に築いてきた人間関係とも遮断されるため、孤独に陥る家族が少なくない。

 医師や看護婦はそういった状況も念頭におき、治療のみならず、様々な助言や手助けを行うことが必要であろう。

 また、被災者、そして職員も震災による心的外傷の後遺症(PTSD)を負っていることを忘れてはならない。大きな震災によって恐怖を感じ、また日常が崩壊することで人間はこころに大きなダメージを被る。

 そして、患者の心のケアも重要であるが、職員も震災による傷を負っており、場合によってはケアが必要なことも忘れてはならないのではないだろうか。


建築学の目からみた病院防災

長谷見雄二:エマージェンシー・ナーシング 13: 1450-3, 2000


I.大規模な建物の避難計画について(火災を想定して)

 病院を含めてある程度大規模な建築を計画するときには、火災などの災害時に防災設備が機能し、安全に避難できるかどうかをチェックするために防災計画評定というものを受けることになっている(2000年6月の建築基準法大改正の施行によって以前よりかなり緩和された)。

 多数の在館者を避難させなければならない大規模な建物では、'安全区画'という考え方を基本に避難計画を立てるのが一般的である。

*安全区画:廊下のように居室などと壁で仕切られたうえ、避難階段などに連絡し ていて、火災時にはの避難経路として利用できる空間のこと。

II.病院防災計画の特殊性

 病院では、スムーズな避難が考えにくい下記のような条件がある。

 a. 患者が就寝中に出火すると避難開始までに時間がかかる。
 b. 自力で避難できなかったり避難時間がかかる人が少なくない。(階段を降りるのが難しい患者も多い。)
 c. 手術室、分娩室、ICU等では避難自体が不可能。

 上記のような特殊性を背景に次のような防災計画手法が奨励されてきた。(詳しくは別途記載)

  1. 手術ブロックなどの「籠城区画」化
  2. 病棟階の水平区画
  3. 病棟階でのバルコニーの設置や廊下への機械排煙の利用

III.病院防災計画の問題点

  1. 設備程度の高い病院ほどダクトや配管類が込み合っており、区画に弱点をつくりやすい。

  2. 病院の日常の使い勝手と防災計画の考え方が矛盾する。
    (日常で出入りの激しい病室の入口の多くは引き戸で、いったん開放するとある程度の時 間開放したままになることが多いので病室の扉の火災時の閉鎖の閉鎖の確保が難しい、ナースステーションを廊下と区画すべきだという防災計画上の要請と、病院の雰囲気作り、不便さなどとの折り合いが付かない、など。)

  3. 無事水平避難ができたとしても、火災の状況やその後の行動に関する情報・指令を各防火区画帯にどうやって流すか。

*籠城区画について
 避難不可能な用途の空間でも、火事の間、人命安全が保てるように周囲の空間と防火区画し、排煙や電力も別系統にするという考え方。
 防火区画とは出火室が火の海になるような高温になっても一定時間(普通壁ならば1時  間)延焼しない性能をもった壁・床・扉などで囲ってしまうという方法。

*水平区画について

 病棟廊下の途中に防火戸を入れ、出火時には病棟階が少なくとも2つの防火区画に分か  れるようにし、1区画に火災が生じたら、取りあえず同じ階の別区画帯に逃れ、そこで 消防隊を中核とする本格的な救出を待つという考え方。

 耐火構造の建物では建築基準法施行令により、1500u以内ごとに防火区画をもうけ ることになっている。

 各階を1500u居ないに納めて1階1区画帯で済ませることもできなくはないが、病 棟の場合、是非とも2区画帯以上に細分すべきである。階段や斜路を使わない水平避難ならば少ない人手でもどうにかなる。このためには、区画自体が防火防煙の点で完全なものでなければならず、さらにある程度の時間とどまることのできる安全な場所(バルコニーなど)が各区帯ごとに準備されていることが望ましい。

 


東海村放射線高線量被ばく事故における緊急被ばく医療ネットワークの役割

田中秀治ほか:日本集団災害医学会誌 5: 11-6, 2000


1. 放射線障害

<症状>:神経血管症状、消化器症状、骨髄症状、皮膚症状など (Table 1

<治療>:対症療法・移植

(1) 急性放射線症(ARS)

 人体が高線量の被曝を受けると、障害を受けた細胞・組織ではDNAの障害を来し、組織の 再生障害、骨髄障害、臓器不全などを引き起こす。

(2) 晩発性放射線症

放射線エネルギーによるDNAの損傷が中心となり、即時的な症状に乏しく、組織代謝のターンオーバーに一致して細胞や組織死が緩徐に進行していく。

2. 緊急被曝医療ネットワーク

(1)放射線事故・災害の統計

1944年〜1993年の放射線事故・災害367件中

(2)緊急被曝医療ネットワークの現状と課題

 国の防災基本計画原子力災害対策に基づき、放射線医学総合研究所(放医研)を中心に 緊急被曝医療に関するネットワークを設立(平成10年7月)

(@) JCOの臨界事故での経験

(A) 全国的な緊急被曝医療ネットワークの確立(Fig.1)


(Table.1)

臓器早期障害晩期性障害
造血臓器リンパ球・顆粒球減少、血小板減少、赤血球減少、免疫力低下、出血傾向白血病、赤血球増多症、免疫障害
皮膚紅斑、脱毛、びらん、潰瘍 色素沈着・脱落、皮膚萎縮、毛細血管拡張、皮下硬結、潰瘍、皮膚癌
生殖腺精子減少、月経停止 性器萎縮、不妊
中枢神経系脳浮腫脳炎、脊椎炎
睫毛脱落、結膜炎、角膜炎白内障、緑内障
肺炎肺線維症
消化管嘔吐、下痢、下血、しぶり腹狭窄、閉塞、穿孔
膀胱頻尿、排尿困難膀胱萎縮
腎臓腎炎高血圧、腎不全
 発育障害、骨壊死、骨腫瘍


(Table.2) Relation of prodromal symptoms and exposured dose

 1-2Gy
(軽症)
2-4Gy
(中等症)
4-6Gy
(重症)
6-8Gy
(重態)
>8Gy
(致死的)
Vomiting<50%
2h-
70-90%
1-2h
100%
-1h
100%
-30min
100%
-10min
Diarrhea(−)(−)<10%
3-8h
mild
<10%
1-3h
heavy
100%
1h
heavy
ConsciousnessNormalNormalNormalConfusionLoss of conciousness
Body temp.(℃)NormalLow grade feverLow grade feverHigh feverHigh fever


(Table.3) Radio sensitivity of various cells

1. lymphocyte, erythroblast, spermatocyte
2. myeloma cell, criptocyte, skin germablast
3. myelocyte, endothelial cell
4. osteoblast, osteoclast, chondroblast
5. osteocyte, gastric mucosa epithelial cell
6. parenchyma cell, fibroblast
7. fibrobrocyte, macrophage
8. myocyte, neuron


死体検案(下)

西村明儒、吉岡敏治ほか編・集団災害医療マニュアル、へるす出版、東京、2000年、pp.68-75


*死亡診断書(死体検案書)の意義

 人の死亡を証明する医学的証明書であり、人の死に際し、その人の死がいかなる原因によるものかを明確にすることは遺族などの周囲の人々との関係において安全や衛生上、さらには感情的にもきわめて重要な問題であるとともに、公衆衛生の立場からも将来の人類の社会医学的設計に重要な資料を提供することとなる。

*阪神・淡路大震災での反省

 集団災害時には多数の負傷者とともに多数の死者が搬送される。阪神・淡路大震災時に  は、集団災害時における死体検案制の重要性はあまり認識されておらず、死体検案制は不十分なものであった。初期の検案医師の人員不足、遺族からの早急な遺体の引き渡しの要望があり、監察医以外の一般臨床医にも検案の要請をし、外傷患者の治療をしながら検案するという状態でさらに明らかな死亡者も救急車で病院へ搬送されていた、という問題点があった。

*今後にむけての改善すべき点

*日本法医学会における死体検案体制

 日本法医学会では、阪神・淡路大震災における死体検案の支援経験を参考として、平成9年に「大規模災害・事故時の支援体制」を提言しており、基本的認識として、死体検案の専門家は法医学会者であり、大規模災害・事故時の死体検案は日本法医学会が主体となって対応すべきであるとしている。(図1,2)

*検案体制の概略

(1)日本法医学会への支援体制
国、都道府県、あるいは警察本部は災害地の大学法医学教室や監察医務機関に死体検案支援の養成をする。

(2)死体検案支援対策本部の設置と派遣

日本法医学会は要請に基づき死体検案支援対策本部を設置し、死体検案チームを編成して現地に派遣する。

(3)派遣可能者リストの作成

医師、歯科医師、薬毒物分析専門家、事務処理担当者ごとにリストに記載され、災害の規模に応じて死体検案チームを編成する。

(4)死体検案の実施

(5)解剖への支援

(6)遺体の保存処置

*結 語

 幸いなことに日本では阪神・淡路大震災以来、多数の死者がでるような災害は発生していない。万が一災害が発生したときに、現在定められている体制が迅速に進められることを期待したい。


国際的災害活動および協力の実態

二宮宣文、エマージェンシー・ナーシング 13: 801-5, 2000


【昨今の災害の状況】

 ここ数年においても、国内外において多くの災害が発生しており多くの日本人が医療支援を行い活躍している。それらの災害は下に示すように自然災害と人為災害とに分類出来る。

自然災害:トルコ地震、台湾地震、有珠山噴火、名古屋洪水
人為災害:コソボ問題、東チモール問題、JCO臨界事故、日比谷線脱線事故

 また今後の災害について考えると、温暖化による影響が心配される。予測では、2080年までに海水面は44センチ上昇し、世界で30億人が住む沿岸地域に洪水が引き起こされる。内陸部では逆に旱魃が起こると考えられ、それらにより生じる資源などの枯渇が人為災害の原因となると予想されている。

【国際保険医療協力と国際災害医療協力】

 政府間の調整、技術、情報の交換、人的交流を行う国際交流と、発展途上国に対して人的・物的・技術的資源を提供する国際協力がある。国際災害医療協力で重要なのは国際協力であり、自然災害による死者の94%が途上国で占められていることを忘れてはならない。援助方式は次の4つがある。1)国際連合などの国際機関、2)非政府組織(NGO)、3)赤十字など、4)2国政府間援助

  1. 国際連合などの国際機関
    • 国連人道問題調査官事務所:紛争・災害による危機に対して国連機構の窓口的役割を果たす。
    • 国連開発計画:技術的援助により経済的・社会的開発を促進させる。
    • 国連環境計画:環境に関する活動を管理し、自然災害に対する調査分析、防災技術・知識の普及に努める。
    • 世界食糧計画:食料不足に対する緊急食料援助を実施している。
    • 国連難民高等弁務官事務所:難民の認定・保護・救済を目的とする。
    • 世界保健機構(WHO):すべての人が可能な最高の健康水準に到達することを目的としている。
    • 国連食糧農業機構:不作、災害時に対する食料の備蓄を行う。
    • 国連教育科学文化機構:防災における科学技術的側面で活動する。
    • 国連児童基金(UNICEF):児童の生活水準の向上を目的とする。

  2. 非政府組織(NGO)
    • Cathoric Relife Service:アメリカで設立された国際奉仕機関
    • Save the Children Foundation:子供の生活、教育の向上を目的とする。
    • 国境なき医師団:緊急時の医療援助。各地の危険地域で活動している。

    その他NGOは何百と活動しており、日本にもAMDA・JOCS・JVC などがある。

  3. 赤十字など
    • 赤十字国際委員会:主に紛争地域で活動している。
    • 国際赤十字・赤新月社連盟:非戦闘地域の災害援助活動を行っている。
    • 各国赤十字社:当該国の災害援助、また国際援助への参加をしている。

  4. 2国政府間援助
    • 国際緊急援助隊:日本政府の災害援助組織。紛争以外での災害援助を行う。
    • 人道援助専門家チーム:PKOに墓づき紛争地域出の医療援助を行う日本政府の医療専門家チームである。

【医疲援助に於ける情報支援システム】

 上に挙げたように多くの組織が合理的に活動するには適切な情報支援が必要である。次の4項目が重要である。1)初期調査、2)データ収集、3)データ分析、4)モニタリングと評価

【今後の展望】

 現在、政府組織の国際災害援助は国際機関・被災国からの援助要請により法的に支援チームを派遣している。したがって、要請がなけれぱどんなに悲惨な状況であっても活動することは出来ない。それに比ぺ、NGOは要請の有無にとらわれず柔軟で迅速な活動をしている。また、地方公務員の医療スタッフは政府組織に参加できないといった法的問題も抱えており、早急に解決が望まれる。


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