災害医学・抄読会 2000/09/29

東海村ウラン加工施設放射線被ばく事故について

自治省消防庁救急救助課、プレホスピタル・ケア 13: 15-7, 2000


事故の概要とその後の対応

 平成11年9月30日午前10時35分頃、茨城県東海村のウラン加工施設株式会社JCO東海村事業所転換試験棟において放射線被曝事故が発生し、作業員3人が被曝した。また、119番通報を受けて、放射線被曝事故と知らされずに出場した救急隊員3名も被曝すると共に、事故発生施設の従業員と周辺の住民にも多数の被曝者が発生した。

 ウラン溶液を沈殿槽に入れる作業をした際に臨界に達し、被曝した作業員3名は東海村消防本部と水戸市消防本部千葉市消防局の救急自動車、茨城県防災ヘリコプター救急自動車の連携により、国立水戸病院を経て、千葉市内にある科学技術庁放射線医学総合研究所(放医研)に収容された。

事故の問題点

  1. 事故発生後事業所の119番通報により、3人の重症被曝者の救出のために、救急出場した隊員3名が放射線事故と知らされていなかったために被曝した。

  2. 事故後の患者の搬送、緊急被曝医療ネットワークの対応

     原子力防災計画における患者の搬送経路

    • 軽度汚染患者や汚染のない一般救急患者→付近の医療機関(第一次医療機関)
    • より重度の患者→第二次医療機関(今回の場合は国立水戸病院)
    • 最重症の患者→放医研

 今回のケースでは患者が一時医療機関を素通りして二時医療機関へ直接搬送されてしまったり、二次療機関もこのような重症の被曝患者を診察した経験がなかったため、二次医療機関での患者の受け取りに若干のトラブルがあった。しかし、ぶっつけ本番であった割には、スムースに機能したと評価される。

問題点に対する対応

  1. 自治省消防庁次長は核燃料物質を取り扱う事業所等に対し、適切な119番通報等について緊急に周知徹底をはかる必要があるため、関係都道府県知事宛に、適切な119番通報等の核燃料物質を取り扱う事業所等への周知徹底について通知した。

  2. 安全な街づくりを推進するため、平成11年度第二次補正予算において、原子力防災対策の充実強化等による予算案として8億3300万円が計上され放射線事故に関わる各種マニュアル、ネットワークの見直し、消防の設備研究、安全研修の充実、機材の開発などに使われる。

 今回の事故から考えると、事故現場に最先到着する可能性の高い救急隊員を含む消防隊員は、日頃から管内情勢に精通すると共に、出場先、事故の概要などから、出場してから現場に到着するまでの間に、そして現場到着してからも、考えられるあらゆる危険を想定して情報収集をすると共に資器材を準備し、組識力を発揚することにより自らの身を守り、住民の付託に応えなければならない。また、原子力安全委員会委員青木芳朗氏は現在ある放医研を中心としたネットワークだけで全国をカバーできるかどうかは疑問でり、これからは、放医研のようなシステムが東日本と西日本に少なくともひとつずつ必要ではないだろうか。そして両システムがお互いに連携を取りながら、補完し会うことが肝要であると提言し、医師同士の相互の連携も必要であり、放射線事故医療研究会、緊急被爆医療フォーラムを1997年8月から発足させ、我が国の緊急被爆医療の高度化を人の面からも図っている。

救急隊員が知っておくべき汚染患者、外部被爆患者の取り扱い

  1. 放射性物質が体表面に付着したり、体内に取り込んだりした患者の取り扱いには、自分自身が二次汚染しないために、患者を素手でさわらないように手袋をし、マスクを着用し汚染物質を吸い込まないようにする。

  2. 外部被爆患者は、いくら患者自身が高線量の被曝をしていても、救急隊員自身は何ら危険もない。ただし、今回の臨界事故のように、中性子線による血中のナトリウムが放射化され、ナトリウム-24(半減期15時間)という放射性物質に変化した場合は注意を要する。

  3. 放射線に曝される時間を短くする、プロテクターで遮蔽する、汚染物質、汚染患者との距離をできるだけ保つ等の方法で自分自身を防護する。

 以上のようなことに気をつけて、消防隊員、救急隊員、医師は放射線から自分自身や同僚を防護しながら、冷静な行動をとらねばならない。そしてそのための、教育や訓練はとても重要なものである。


トリアージの役割

鵜飼 卓、臨床と研究 15: 1477-81, 2000


 集団災害は、予測が立てにくい上に、どこででも起こりうるものなので物量的にも人員的にも十分な備えをしておくことはとても難しい(救護医療の需要と供給のバランスが崩れてしまう)。そこで、限られた医療資源でどれだけ効率的に集団災害に対応できるかということが重要になってくる。平時であればすくうことのできる命を余すことなく救うことのできるシステムが必要となってくる。その中で欠かすことのできないのがトリアージである。

 トリアージには「選別する」、「分別する」と言う意味があり、今日では集団災害時の傷病者選別と言う意味で社会に定着している。また、さらに転じて、平時の救急搬送に際して、たとえ一人の傷病者でもその容態に応じて搬送先医療機関を選ぶとか、診察・治療の優先順位を決めるという意味で用いられることがある。

 ひねくれた考え方をすれば、トリアージには「特定の傷病者を見捨てること」あるいは「弱者切捨て医療」と言うニュアンスがなきにしもあらずであるが、本当のトリアージの概念は決してそのようなものではない。災害の発生地域で、「最大多数に最善の医療を提供する」ための努力がトリアージなのである。 一人でも多くの命を救うために、災害全体の規模や負傷者数を知り、活用できる医療資源(救急隊員・医師・看護婦・検査技師・放射線技師・薬剤師・事務職などのスタッフ、救急室や入院病床・手術室・ICU・などの場所、医薬品や衛生材料などの資機材、救急搬送するための車両や航空機、情報交換の手段など)を最大限効率的に利用できるようにすることがトリアージの目的とするところである。

 トリアージの分類を簡単に結えば生命の聴きが迫っているため直ちに救命的な処置が必要なものは第一順位(緊急治療群)とし、赤色のトリアージタッグが付けられる。単純な大骨折や開放骨折でも出血が少なく、数時間処置が遅れたとしても生命に危機が及ぶおそれのないようなケースは第2順位(準緊急治療群)、とし、黄色のタッグをつける。小範囲の火傷や小さな骨折、すでに止血している小外傷など、処置を翌日以降に伸ばしても予後に影響がないと思われる症例は緑色のタッグをつけて第3順位(軽症群)とし、原則として救急搬送はしない。明らかにすでに死亡していると判断されたもの、あるいは平時の救急医療体制の下で全力を挙げて治療しても、決して救命できそうにない瀕死の重症例には黒色のタッグを付けて不搬送(第4順位)とする。

 しかし現場では、一人の傷病者にに時間をかけて観察する余裕がないことが少なくないので、正確に分類することは困難である。そこで、自力歩行できるものとできないもので分けたり、あるいは呼吸の状態と橈骨動脈の触知で分類(Simple Triage and Rapid Treatment : START TRIAGE)したりする方法も考えられているが、決定的な方法はまだない。

 また、中華航空機事故のときに4種類のトリアージタッグが使われようとしたことを教訓として、混乱を防ぐ目的で、今日では日本の救護機関は標準デザインに沿ったトリアージタッグを使用している。

 トリアージを実践する担当者は生命を四肢より、四肢を機能より、機能を容姿より優先して判断を下すべきである。また、近くの傷病者や大声で騒いでいる人にとらわれたり、災害時の悲惨な光景に動揺したり、腸描写に勘定移入してしまったりしてはならない。

 このようなことを考えると、トリアージの担当者はきわめて優れた資質を有する人である必要がある。そのためには今よりもっと質的にも量的にも災害時の救命に力を入れる必要があるのではないだろうか。

 最後に、文献にはトリアージの担当者は原則的に医療行為をするべきではないとかいてあったが、現場にそれだけの余裕と必要性があればするべきだと僕は思うし、またそれだけのことができる能力のある人がトリアージの担当者になるのが理想的だと思う。


死体検案(上)

西村明儒、吉岡敏治ほか編・集団災害医療マニュアル、へるす出版、東京、2000年、pp.59-68


1)阪神・淡路大震災時の死体検案結果の概要

 災害医療対策を確立する際には、社会医学的な調査および考案が必要であることが指摘されている。特に、死亡に関するデータの分析には、社会医学の一分野である法医学が重要な役割を担っている。そこで、阪神・淡路大震災時における教訓を今後に生かすために、神戸市内で震災直後に検案された被災死亡者の死体検案書を集計し、死亡者からみた災害対策と災害時の死体検案の在り方について考察する。

 本災害においては、65歳以上の高齢者に多数の死亡者を認めた。また女性の比率が高く、従来より、高齢者や女性は年少者や障害者とともに災害弱者であり、災害発生時に最も被害を被りやすいことが指摘されている。

 今回の阪神淡路大震災では、死亡者の大部分が倒壊した家屋の下敷きによる瞬間死であり、これに対しては建造物の設計や配置などの都市計画自体にかかわる予防措置や系統だった救助計画が必要である。一方、一度は医療対象者となった死亡者もかなり存在しており、患者の搬送手段を含めた震災時救急医療の実態調査を行い問題点をあきらかにするとともに、災害時の救急医療体制を確立することが急務である。  今回の震災では初期の検案医師の人員不足があり、各警察署では監察医以外の一般臨床医に対して検案の要請をした。臨床医は殺到する外傷患者の治療に加え死体検案も要請され、その負担は相当大きなものであったと推測される。したがって、大規模災害時には的確なトリアージを行い、救命可能な者だけを病院へ搬送し臨床医が治療を担当する、死亡者については病院へは搬送せずに遺体安置所へ送り、法医学専門医が死体検案を行う、という分業体制が望ましい。しかしながら、現実には今回のごとく大規模災害時では法医学専門医だけで対応することは不可能であり、災害時に臨床医が正確な死体検案書を作成できるような実際的なマニュアルが必要である。

2)死体検案とは

 災害時には、多数の負傷者が発生するとともに、多数の死者が発生する事態が予想される。現場でのトリア−ジが十分に行われなかった場合、医療を担当する病院に多数の重傷者とともに死者が搬送されてくる事態が起こる。本項では、人の死後の法的取り扱いの流れの中で、災害時に起こる得る問題点ならびに災害時の死体検案において起こり得る問題点をあげ、対処法について述べることとする。

a.救急医療現場での対応

 交通事故や労災事故と同様に災害においても、本当に災害で死亡したかどうかは、警察を含めた司法当局が判断するものであり、医師には捜査権も判断する権限も義務もない。

 したがって、医師が行なうべきことは、目の前の死体が外傷によって死亡したのか疾病で死亡したのか、外傷であればどの程度の外力で起こるものかを医学的に判断することであって、災害によって死亡したと断定することではない。

b.死体検案の限界と法医解剖の重要性

 死体検案では、死体の外表しか観察、検査できないため、死因や自他殺、災害死の別などを医学的に詳細に判断することは困難な場合が多い。死体検案によって診断を下し得ない場合は、積極的に解剖の必要性を警察ならびに遺族に伝えるべきであろう。

c.死亡時刻に関する問題点

 大規模災害には、家族が同時、あるいは相前後して死亡することがあり、相続に関係した問題が起こるため、死亡時刻の決定には注意を要する。また、災害時は死亡してから医師が診るまでにかなりの時間が経過している場合がある。したがって、死亡確認時刻を死亡時刻と記載するのではなく、死体現象から推定すべきである。

d.死因の推定ならびに記載について

 死因の推定に際しては、医学用語として正確であるか、医学的因果関係が成り立つか、国際 疾病分類に掲載されているかに留意しなければならない。

 「圧死」あるいは「全身打撲」との記載の場合は、それによって機械的窒息や臓器損傷など、いかなる状態に陥ったかを推定する必要がある。また、阪神・淡路大震災でも多数発生し、航空事故などでも発生する高度焼損死体では、火災によって死亡したのか、死後に発生した火災によって焼損したのかは、医学的には判定不可能であるので、安易に焼死とせずに不詳と記載するべきである。

e.身元不明死体について

 身元確認作業は、基本的に警察の業務である。医師ならびに歯科医師は、専門的知識を用いて個人識別に有用な所見を取り、警察に協力するべきである。

 死亡診断書(死体検案書)は、一人の人が死亡した最に遺族が受け取り、遺族が個人の死に関係する諸処の手続きを行なうのに使用する書類である。この書類の主体は遺族ではなく、あくまで死亡した本人であり、可能な限り医学的に正確に記載することが死者の人権を守ることにつながると考える。

3)集団災害における死体検案の実際

 集団災害時の死体検案書は死者の死亡届のほか、災害の発生原因によっては刑事訴訟法上の検証、災害原因の究明、疫学調査の資料、人的災害予防や災害復興計画立案などの基礎的資料となる。このように死体検案書には複数の視点が要求されるので、死者に関する法医学的情報が一元化される必要がある。

 死体検案を救急医療の最終手段と位置づけ、国や都道府県の救急医療体制の中に死体検案体制を組み込み、法医学の修練を受けた医師を中心とした死体検案体制を確立する必要がある。


阪神・淡路大震災における挫滅症候群の長期機能予後とCT所見

遠山治彦ほか、日救急医会誌 11; 379-85, 2000(深井)


 挫滅症候群…筋の挫滅により腎不全などを起こしてくる特殊な病態

 阪神大震災では少なくとも372人の挫滅症候群が報告され、病態、診断、治療の点での報告がなされているがこれらの急性期の問題だけでなく、機能予後などの長期的な問題に対する分析も必要と考えられる。震災から5年が経過した現在、挫滅症候群患者の追跡調査を行い機能予後について検討した。

対象:

阪神淡路大震災で受傷直後に東神戸病院に搬入された挫滅症候群のうち追跡可能であった8例

方法:

徒手筋力テストなどの神経学的身体所見を主とする診察
日常生活動作について面接による聞き取り調査
5例に対しては挫滅部位のCTを施行
患者背景、受傷状況、急性期の血液検査(白血球数、赤血球数、ヘモグロビン、腎機能、CPK値)

結果:

考察:

 全例、急性期よりは改善しているもののかなりの機能障害、知覚障害を残していたことより、挫滅症候群の長期機能予後は決して楽観できるものではないと考えるべきである。

 今回の調査ではCPK値と機能予後の関連はなく、その点では筋肉の損傷範囲と機能予後は関連がないと考えられる。機能予後の悪い例ではCTで筋萎縮が著しく局所の直接障害が強かったと考えられる。比較的急性期のCT所見では筋肉の石灰化と萎縮を認めたと報告されている。石灰化は5〜6週間で次第に再吸収され消失するとされている。しかし、今回の調査では4年を経過しても筋肉内に石灰化を残す1例が認められた。このことは長期にわたって石灰化を残す可能性があることを意味している。また、この例についてはかなりの機能障害を残しており、長期の筋の石灰化は筋の損傷との関連がある可能性があると考えられた。


 挫滅症候群の機能予後は決して楽観できるものではなく、急性期の問題だけではなく長期的な医学的、社会的なフォローアップが必要と考えられる。


パプアニューギニア国津波災害における災害看護について

大塚 恵、日本集団災害医学会誌 4: 139-44, 2000


概 要

 1997年7月17日にパプアニューギニア国で津波災害が発生。その際に、被災地から150km離れたウェワック病院は後方病院として患者をむかえることになった。このレポートでは、その病院にいる看護婦と患者からアンケートをとることによって、災害時の医療について何が大切かを研究することになった。

結 果

(1)入院中の被災者に対するアンケート

  1. 入院中の被災者の年齢、性別
     入院中の被災者98名中70名から回答を得た。
     患者の性別は男性47.1%、女性52.9%。
     年齢分布は5〜9歳が24%と最も多かった。

  2. 住居の倒壊状況
     完全倒壊は57名(81.4%)であった。

  3. 家族内死者と負傷者
     平均的な家族人数は7.2人
     一家族の平均負傷者数は1.6人、死亡者数は2.1人

(2)現地看護婦への聞き取り調査について

  1. 被災者に対して何が必要か
     住居、衣類、生活雑貨、医療とともに、全員が精神面でのケアが必要だと述べている。

  2. 精神面のケアの具体策
     ベッドサイドで話をする、励ます、カウンセリングをする、神について語る、いっしょに祈る、教会へ行くことを勧める等

  3. 実践していることは何か
     ベッドサイドで話をし、励ましている。
     いっしょに祈っている。

  4. 災害に対する捉え方
     災害も神が決めたこと
     振り返らずに前に進むしかない。

  5. 立ち直っていけるか
     教会に行けば立ち直っていける。

  6. 精神面のケアについてどこで学んだか
     看護学校で学んだ

考 察

 災害看護は、急性期の救命救急的な処置のみではなく、災害サイクル上のすべてに関与し、なかでも精神面の看護について関心が高まっている。今回の災害では、子供が多いことや家族のものが亡くなっているなど、現実を受け止めにくい状況になっていることから、より精神面でのケアが大切なケースであったと思われる。また、その心の傷がPTSD(心的外傷後ストレス障害)へ移行していく可能性も大きく、精神面での援助は不可欠である。

 精神面のケアについてまず何をしてあげるべきかであるが、被災者の話を聞くということがもっとも大切なようだ。しかし、他国から手伝いにやってきた看護婦にっとては言語の問題もあり、簡単ではないと思われるが、言語以外のコミュニケーションを用いることによって気持ちを通じ合わせることが重要だと思われる。

 今後の課題について、精神的援助をより有効に機能させるためには、発災前つまり日頃からの準備が必要だといえる。そのためには、被災者側と看護側にそれぞれ課題がある。まず被災者側についてであるが、心のケアの必要性と、それがどういうものであるかを知ってもらうということである。また、このPTSDの予防策の事をディブリーフイングといい、阪神・淡路大震災においても実践されていたらしい。つぎに、看護側はディブリーフイングを含む心のケアの具体的な方法や過去の実際を学んでいくことが必要だといえる。

 最後に、そういう災害看護をしていくうえで必要なのは現地の人の協力だということである。やはり、現地の人々が災害を自分たちの問題と受けとめ、復興に取り組んでいかなければ、本当の意味での心のケアも成り立たなくなってしまうからである。つまり、被災者にとって一番頼れるのは「顔見知り」的存在である現地の人々であり、看護する者と現地の人が一体になることではじめてすばらしい心のケアができるということである。


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