災害医学・抄読会 2000/08/04

医療救護班の編成と派遣

中村 顕、吉岡敏治ほか編・集団災害医療マニュアル、へるす出版、東京、2000年、pp.147-151)


 救護所で行う現地医療活動は災害発生後の経過時間により、医療ニーズが変化する事がある。大規模災害の場合、発災当初は外科的治療を中心に傷病者のトリアージ、応急処置が主体であり、3日目以降になると次第に内科疾患が増え、急性疾患や慢性疾患の治療、乳幼児や高齢者らの弱者の健康管理が主体となる。

 このため、この変化に適切な対応を行うためには、あらかじめ医療救護班を診療科目・職種別に構成することが適当である。具体的には、「外科系医療班」、「内科系医療班」、「小児科医療班」、「精神科医療班」およびその他の診療科別に医療班を構成し、発災当初は「外科系医療班」を中心に派遣し、3日目以降は「内科系・小児科・精神科医療班」を主体に救護所へ派遣するのが適切であると考える。但し医療ニーズは徐々に変化するので、種々の医療救護班を混成し派遣することが必要であるし、各医療班は必要に応じて専門外の診療に対応しなければならない。長期間にわたり避難所などに併設される救護所では、歯科医療班の編成、被災地外から大量に供給される医薬品等の同種・同効薬の分類のためには、薬剤師班の派遣が必要となる。

 また災害拠点病院は、自己完結型の医療救護チームの派遣機能とともに、消防機関と連携した医療救護班の派遣体制を有することが規定されている。その活動内容は災害現場近くの救護所などで主に搬送前の応急処置、トリアージを行うだけでなく、被害状況を早期に把握し災害拠点病院や災害対策本部などに連絡するとともに、被災地内の医療機関・現地災害対策本部などへの医療アドバイスなどを行う。

 各医療救護班は、医師1名、看護婦(士)2〜3名、その他(事務員・運転手・薬剤師・放射線技師・臨床検査技師など)1名で1班を構成し、これを最小単位に、救護所ごとに専門の異なる医療救護班を組み合わせ複数の救護班で活動する。

 次に、救護所を医療ニーズの変化に併せて2つに分類すると、まず、災害直後の短期間、現場付近にテントを設置し応急処置、トリアージを行う「応急救護所」があり、ここでの活動を「現場救急活動」と定義する。一方、発災後3日目以降から中長期間にわたって避難所に設置し、軽症患者の医療や被災住民の健康管理、巡回診療活動などの活動を臨時に行う救護所を「医療救護所」とし、ここでの活動を「臨時診療活動」と呼ぶ。

 それから医療救護班の派遣についてであるが、知事は被災市町村長の求めに応じて、または自らが必要と認める場合に、それぞれの医務担当部局を通じて応援医療救護班を派遣する。派遣要請は、都道府県立医療機関は都道府県病院等所管部局、国立病院などは所管地方医務局、市町村立医療機関は各市町村の病院所管部局に対して行われる。

 知事は従事命令を医療機関の経営者に対して発する事はできず、公務員及び日赤職員以外の医療従事者は、個人が知事からの従事命令あるいは協力命令を受けて、災害対策に従事することになっており、多くの場合、医師会、歯科医師会、看護婦協会を通じて派遣の要請が行われる。

 災害対策に従事する場合、知事からの要請が協力命令か、あるいは従事命令かによって、損失補償・実費弁償・損害補償の取り扱いは大きく異なる。よって、位置付けを事前に明らかにしたうえで医療救護班を派遣することが必要である。

 被災地の医療機関は、自院での診療を中止する場合、可能ならば定められた場所に参集し、救護班を編成して救護所で活動するが、多くの患者は被災地内の医療機関へ殺到するため、自らの施設において最大限の医療を提供することとなり、救護所での活動に協力できる医療機関は限られる。

 そのため市町村は当該医療機関の開設者と調整して医療機関を救護所として指定する、あるいは医療機関内に救護所を設置する事が望ましい。

 被災地外の医療機関から派遣される応援医療救護班は、都道府県の医務担当課が窓口となり派遣先を調整する。また、都道府県は被害状況や、救護所周辺の地理・交通情報を応援医療救護班に提供し、救護所として協力する医療機関を中心に配置調整を行い、その後参集状況に応じて市町村が設置した医療救護所に配置する。

 一方、直接被災地に参集した応援医療救護班は、受け入れ調整を行っている被災地域の災害拠点病院または保健所に参集することが適当である。

 最後に、医療救護活動の終了については、地域の医療機関の復旧状況を考慮し、地元医師会や保健所などと検討の上、市町村災害対策本部の指示に従い行う。この活動は期限があり、仕事半ばで被災地を去らねばならず、罪悪感、不全感、無力感を感じることばしばしばであるため、速やかに個人あるいはグループによる体験の共有、感情の安定と放出、心身緊張の解除を実施し、当人及び家族の精神的健康の障害を最小限にするよう努めることが重要である。


外傷患者フィールドトリアージの標準化

大橋教良ほか、治療 81: 2782-2790, 2000


1、はじめに

 救急現場におけるフィールドトリアージの主たる目的は、傷病者をどの医療機関に搬送するべきかを決定することであり、医療機関の選定を誤り、直近の救急医療施設に搬入するも結果的に患者をさらに高次の医療機関へ転送する必要が生じた場合には、一刻を争う外傷であれば患者の予後を悪化させかねない。しかしすべての傷病者を、高次医療機関へ搬送したならば、その医療機関の機能低下につながり、その地域における本来の役割を十分に果たすことができなくなる。よって、標準的な選定基準(フィールドトリアージ)の確立が望まれる。

2、フィールドトリアージの必要性

 外傷による死亡は、損傷部位に応じて死に至るまでの時間が異なる。そのため多発外傷(多部位損傷)においては、各損傷の緊急性、重篤性に応じて治療の優先順位を決定する必要が生じる。しかし実際の診療においては、診断が困難な場合があったり、各損傷の重症度は様々であり、その重症度に応じて優先順位を変更する必要が生じるため、治療の優先順位は単純には決定できない。よって多発外傷を一般の救急病院で診療することは困難であり、結果的には3次救急医療施設への転送が必要となる。しかしながら外傷の場合、重症度とともに緊急性が加味されるため、現場での救急隊のトリアージ(医療機関選定)が非常に重要となる。

3、オーバートリアージとアンダートリアージ

 外傷症例をすべて3次救急医療施設へ搬送すれば、医療機関選定ミスによるトラブルを回避することができるが、重症患者に対する専門的、集中的治療を行うという3次救急医療施設本来の機能が麻痺してしまう。オーバートリアージ(重症判断基準を甘めにする)は、3次救急医療施設への無用の負担増に、一方アンダートリアージ(重症判断基準を厳しめにする)は治療開始遅れや診断ミスなどから患者の予後を不良なものとする問題点をはらんでいる。

4、フィールドトリアージの基準

 現時点では、信頼の置けるフィールドトリアージ基準は存在しないといえる。The American College of Surgeons(ACS)Committee on Traumaによって提唱されているTriage Decision Schemeが現時点における標準的といえるものであるが、この基準を用いても、感受性の確保(重症患者のとりこぼしを少なくする)のためには、約30%のオーバートリアージが 必要であるとされている。

5、正確なフィールドトリアージが困難である理由

 現場で患者の重症度を把握する上で最も重要なのは、バイタルサインであり、バイタルサインをもとにして外傷患者の重症度を的確に評価する指標としては Rivised trauma score が最も有用であり、最も広く用いられている。この score は Glasgow coma scale と血圧及び呼吸数を、最重症 0〜最良 7.8408までの score にしたものであり、その値と予後は良好に相関している。しかし、重症症例の26.5%が RTS7以上であるなどこれのみではフィールドトリアージの基準としては不十分である。このように、病院到着後のバイタルサインを基にした RTSでさえ、重症外傷選別には不十分であり、まして病着前の現場でのバイタルサインのみから外傷患者の重症度を正しく判断することは極めて困難といえる。

6、身体所見の活用

 バイタルサインに影響を与えないが、3次救急医療施設に搬入するべき重症外傷としては、コンパートメント症候群、四肢血管損傷、頸髄損傷、腸管損傷、腹腔内出血(初期)、血気胸などがあげられ、これらの外傷に対しては、視診、触診、聴診などの身体所見を駆使することが重要となる。身体所見によって得られる重要な情報は多数存在し、これらを駆使することにより、外傷患者の重症度判定の精度を向上させることが可能となる。

7、受傷機転による判断

 東京消防庁では、1994年より受傷機転から3次医療施設を選定する基準が採用されている。この受傷機転を根拠に、患者の状態いかんにかかわらず重症外傷の可能性があるとして3次施設を選択したことにより、搬入時のバイタルサインが安定していた症例の実に76.5%が、フィールドトリアージミスから免れることができた。

8、まとめ

 以上のようにフィールドトリアージは、バイタルサイン、身体所見、受傷機転から総合的に判断されるべきものであり、ACS Committee on Traumaによる判断基準もこれらを考慮して策定されたものである。しかしながら現時点では、完全なるフィールドトリアージの基準は存在せず、ある程度の判断ミスが発生することは避けられない。そのため外傷患者に関しては、治療開始の遅れから患者の予後を不良にすることがないように、オーバートリアージ(重症判断基準を甘めにする)を容認しなければならないものと考える。


看護基礎教育における災害救護訓練の効果
―参加した学生のアンケートより―

小原真理子、日本集団災害医学会誌 4: 126-32, 2000


 阪神・淡路大震災をきっかけに災害看護の見直しが要請されている。そこで日本赤十字社主催の大地震災害救護訓練に参加した。その目的は応急救護ボランティアと傷病者の役割双方を体験することにより、訓練を通して授業で学んだ知識の具現化として災害救護活動の理解を深めるというものであった。そして訓練終了後、看護基礎教育における訓練参加の効果について明らかにするために学生を対象に満足度、学び、意見等についてアンケート調査を実施した。

 訓練は東京直下地震被害想定にそって実施した。東京23区内を震度6強以上の地震が襲っい建物の崩壊、交通機関、電気、ガス、水道等に被害が続出し、多くの死傷者が発生している模様であるが、詳しい情報は得られていない。訓練に参加した学生の役割は、赤十字救護ボランティアと共に5〜6人のボランティア応急救護チームに編成されて、救護役をすることと、軽傷・中等傷・重傷病者役・傷病者の家族役のメーキャップ、及び演技指導を受けたのち訓練に参加することであった。

 訓練後のアンケートの結果は、「今回の訓練に参加してどう感じましたか?」という質問には「非常に満足」と「満足」が78.2%を占めた。また「救護班要員等とボランティアの連携した活動についてどのように感じましたか?」という質問に対しては、医療救護班とボランティアの「連携が不十分」ととらえていた学生が「連携がよい」と考えていた学生の2.8倍もいた。

 結果は学生の満足度は高く、そして体験を通して救護活動におけるチームワーク、指示命令、救護ボランティアの重要性、救護訓練のあり方等の学びが確認できた。そして、救護訓練の有効性の要因について1)応急救護ボランティアと傷病者双方を体験した2)医療救護班と応急救護ボランティアの連携を見た3)傷病者のメーキャップと拍真の演技による臨場感あふれる救護場面が展開されたこと等が考察された。今後もこのようなことを行い、実際に災害に直面したときに何も自分ができないことに気付き、学習の動機づけになると考えられる。


■救急・災害医療ホ−ムペ−ジへ/ 災害医学・抄読会 目次へ