災害医学・抄読会 2000/06/09

災害と医療施設

大西一嘉、大規模災害と医療、日本救急医学会災害医療検討委員会・編, 東京, 1996, pp.70-9


 阪神大震災では、被害が大きかった所とそうでない所は、明確な対比を見せています。つまりは戦災を受けなっかったために老朽化した木造住宅が多かった所や、液状化の危険のある埋め立て地など、被災リスクが潜在的に高かった所が、被害を受けるべくして受けました。医療施設の防災を考えるときには、自らが置かれているリスクを如何に正しく認識するかが重要です。

 医療施設の防災には1.被災対応、2.救護対応、3.後方対応の3つのテーマがあります。被災対応とは自らが被災しないようにしておくことで、ライフラインの停止、医療機器の被害などの問題があります。特に最近は流通が発達したため施設に備蓄をしておくことが少なくなっているのが問題の1つです。救護対応に関しては多くの患者が集中したときにどう対応するという問題があります。これについては、地域の医療ニーズがどれくらい起こるかをきちんと検討し、事前に建物被害を想定する必要があります。今回のケースでは、7割くらいの木造建物が被害を受けましたが、かなり大きいと想定されていた火災による死者や人的被害は約1割でした。後方対応は周辺の医療施設が被災地をどう支援していくか、そのあり方を考えなければなりません。

 今回の災害の特徴としては、死者の出た世帯では、当日在宅者の3人に1人が亡くなっている反面、同じ家にいた人で重傷・軽傷者は少なく負傷者発生率は12.2%と死者発生率の半分以下であった。被害集中地域では、死者を含めると少なくとも住民の1?2割の人々に、災害ニーズが発生した。患者の受診行動をみると、必ずしも大病院に集中したわけではない。などが挙げられます。

 現在、基幹病院は災害の時に壊れないことを前提にして、地盤が丈夫であまり被災しない所に立地するということが行われてますが、アクセス障害のためいざというときに十分な機能を発揮できません。本来は、多くの人的被害が発生するであろうと思われる場所にこそ大規模な医療機関が必要です。

 災害を考えるうえでは1.防災情報把握(information)、2.知識を集め議論(discussion)、3.楽しみながらの防災教育(edutainment)、4.様々の分野の助言(advice)、5.全体のマネージメント(logistics)の5つの視点が重要です。


自衛隊の災害派遣活動

小村隆史、大規模災害と医療、日本救急医学会災害医療検討委員会・編, 東京, 1996, pp.132-7


 自衛隊の災害派遣や災害医療に対する取り組み、その現状と問題点、課題について報告します。今後の大規模災害時における関係機関の連携を考えていく上での参考にしていただきたいと思います。

 自衛隊は、そのポテンシャルを考えると、最も活かされていない組織ではないかと思います。この能力を活かすためには、関係する組織や個人との具体的な連携が不可欠です。しかし、自衛隊側から積極的に部外にアプローチする事を躊躇する傾向もみられます。そこで、部外の方から歩み寄ってほしいと願うのです。

 自衛隊の災害派遣、また災害医療への取り組みは、阪神・淡路大震災を直接の契機として大きく変わりつつあります。これまでは、自衛隊は有事を想定した組織であり、大規模災害対処に活用できるさまざまな能力を持っていましたが、自衛隊をどう活用すればよいのかという発想に欠けていたため、その能力が活かされてかなかったといえます。

 1995年11月末に新しい「防衛計画の大綱」がきまり、大規模災害対処は、国土防衛、国際貢献とならぶ三本柱としての位置づけを得ました。基本方針の提示はなされたので、次のステップはその具体化にあります。

 現在の自衛隊は、要請があれば、自衛隊の能力のおよぶ限り、可能なことは何でもやろうという積極的なスタンスになっていると考えていただいてよいかと思います。しかし、日本では災害対策を「仕切る」ことの重要性への認識が薄いため、防災制度が指揮者なきオーケストラのようになっています。

 そこで、いま相互の連携のために必要なことは、災害対策にかかわる各自が、ある組織の人間でありながら、同時に他の組織の動きを把握し、指揮者に成り代わり全体のハーモニーをリードするようなセンスを持つことではないかと思います。

 皆さんの側から働きかけてくだされば、自衛隊は自閉隊から脱却し、相互の連携をより具体化するプロセスを始めることが可能となります。自衛隊の災害医療に対する潜在的な能力を顕在化させるためにも、皆さんの御協力を願うところ大であります。


表1.転帰に立つ自衛隊の災害派遣


*自衛隊内においては
 「重要だが余技」から「三本柱の1つ」へ
    新「防衛計画の大綱」(1995.11.28)に明示
 「災害派遣用装備は持たず」から「装備の充実」へ
    人命救助システム/救助活動セット等の新規導入
    ヘリ映像伝送システム等の前倒し導入

*自衛隊外においては
 「無視、拒否、せいぜい消極的認知」から「災害対策の目玉」へ 
    現実離れした過度の期待
    殺到する共同訓練へのお誘い

*災害対策全般においては
 「総論」から「各論・具体論」へ


表3 災害派遣制度のあらまし


*自衛隊の3本柱の1つ、重要な任務
  新「防衛計画の大綱」、自衛隊法第3条

*国による地方自治体への援助の一環

*要請主義:都道府県知事等の要請が原則
  自主派遣はあくまで例外。自治体との信頼関係のバロメーター
  シビリアン・コントロールの原則:何らかのトリガーが必要
  市町村長にも事実上の災害派遣要請権限(災対法改正)
  自主派遣基準の明確化(防衛庁防災業務計画修正)

*「緊急性」「非代償性」「公共性」
  主眼は応急救援・応急復興。復旧事業は自治体・所管省庁で

*地域受け持ち部隊の存在:隊区担当部隊
  概ね、各都道府県に1ケ連隊規模(数百人程度)

*自治体負担は軽微
  人件費、燃料代、糧食費、装備品の償却等の固定費は自衛隊持ち
  自衛隊にない装備の緊急調達、土地の借上、通信費等は自治体持ち 


災害時の病院における情報系の Disaster Plan

木村通男、浜松救急医学研究会 4 (1) 6-11, 1996


 平成7年の阪神淡路大震災では、病院における情報伝達系が問題となった。火災・倒壊による引込み線の断線や局の交換機の電源切れ、通常の50倍以上の通話量などといった電話の状況もあるが、それ以前に、電話器や病院構内交換器(PBX)などの停電時の動きがわからなかった場合や、災害時の規制を受けない優先電話が配置されていたにもかかわらず、どれがその電話器かわからなかった場合が多い。そこで、病院/医院にある電話の停電時の動作を確認すること、優先回線があるかどうかを確認し、あれば対象電話器にシールなどで明示し、場合によっては交換機に入る前に直付け配線で非常用電話器をつけておくことなどが必要となる。また、救護所となる施設では、災害時に最優先扱いを受けられるよう「非常・緊急扱い」登録をしておく必要がある。

 災害時に普通の電話より強いのが、引込み線のない携帯電話である。阪神淡路大震災時も、2回に1回はつながっていた。だが、119番がかからない地域があることや、関門交換局がやられると迂回できないこと、電池が切れることなどの問題点もあり、これだけに頼るのでなく、地上系の電話と両方持つことが必要である。

 その他、MCA無線の使用が有用である。これは、タクシーや物流などが使っているもので、指令局から移動局(携帯型)へ一斉通報ができる。自治体防災無線網の「地域防災系」がこれにあたり、基地局の電源さえあれば利用できる。操作がやや特殊なため、防災訓練などの際に、操作に慣れておく必要がある。この地域防災無線以外にも、それぞれの診療施設にとって、トランシーバの必要性は高い。水タンクや電源装置チェックや、玄関でのトリアージに備えて、医院・小病院は小電力トランシーバを、大病院は新簡易無線トランシーバを買っておくべきであろう。

 しかし、災害に強い通信機器だけではスムーズな情報交換は成り立たない。阪神淡路大震災では、市民の診療状況や入院患者の安否を問い合わせる大量の電話によって、他病院や職員からの重要な電話が通じないといったことが多かった。そこで、大病院のPBXを、交換台を通じずに直接かけられるダイヤルイン機能のあるものにすることや、一般に公開しない「隠し番号」電話器をつくり、関係者の間で相互にリストとして持ち、その電話器にかかってくる電話を最優先でとるようにすることが求められる。そして、これらの非常用電話器を対策本部設置場所に配置することが必要である。(本部の場所を決めるときには、夜、休日にも災害が起こることを考える。)


ニカラグア共和国ハリケーン災害救援

矢嶋和江、日本集団災害医学会誌 4: 119-25, 2000


背 景

 1998年10月下旬に中南米諸国を襲ったハリケーン“Mitch”により、ニカラグアは甚大な被害をこうむった(Fig.1, Table.1)。日本からは国際協力事業団(JICA)より計16名の医療チームが派遣された(Table.2)。

活動の問題点と考察

1. 被害情報と医療活動の時差

 援助隊は、災害発生後48時間以内の出国が求められているが、今回は2週間が経過しており、急性期の役割を果たせなかった。また、二次隊の派遣が必要とされた地域もあったが移動手段や治安維持の問題もあり今回は活動ができなかった。

2. 医療資機材

 資機材の種類・量が膨大であり、使用量・在庫管理が困難であった。現地の要請で持参した2400個のカロリーメイトが結局未開封のままであったり、コレラの発生を予測していたにもかかわらずクレゾールが1本しかなかったというような、必要なものとそうでないものとの不均衡があった。

 さらに今後は、現地で調達・代用できる物資についての検討も必要である。

3. 医療廃棄物

 廃棄物としてのダンボール、プラボトル、針などは被災地では重要な生活資材となり安易に近隣の住民に与えることは、周辺住民間に確執を招くこととなる。もちろん、感染症対策の意味でもこれらの廃棄物は焼却処理、埋め立て処理などが必要になる。

4. 青年海外協力隊員の参加について

 現地語や生活習慣について堪能な隊員の支援は非常に大きな力となった。

 ただし、隊員の方にどこまで医療・看護に参加していただくか、医療事故があった場合の責任問題はどうするのか、など隊員の立場を明確にしておく必要がある。

5. 医療活動について(Table.3, 6)

 医療チームに期待された活動は、伝染性疾患(デング熱、コレラなど)の予防と治療であった。しかし災害発生から2週間が経過しており直接被害による病傷者ではなく、二次的健康障害(呼吸器感染症・皮膚疾患)の診察が主であり目的とする活動を行えなかった。

6. 看護活動について(Table.4, 5)

 すでに清潔・衛生・感染症の予防に関する知識が徹底されており看護活動として行えることを見出せなかった。

 災害看護の重要な役割は被災者の精神的なケアであるが、短期派遣の外国人にどこまでその役割をこなせるのかは疑問である。被災者の中に若い母親が多く、彼女たちのストレスに対する精神的ケアーニーズは高いと思われた。災害看護は救急看護にのみ視点を置く傾向があるが国際救援の立場にあっても心的障害に対するニーズは高く、派遣される看護婦が学習を深めておく必要性を深く感じた。

 患者の識別に手の甲にマジックで番号を記入したが、再診時には消えているため患者の識別法については、今後の課題である。


航空機内環境と生理変化

滝口雅博、Biomedical Perspectives 8 (2): 193-9, 1999


航空生理学の基本的知識

1、ボイルの法則
 あるガスの容量は温度が一定の場合、そのガスの占める圧力比に比例する。

2、ダルトンの法則
 混合ガスの圧力は、各ガスの圧力の総和である。

3、ヘンリーの法則
 液体中に溶解しているガスの量は溶解しているガスの分圧に比例する。

4、シャルルの法則
 ガスの圧力は容量が一定の場合、その温度に比例する。

高度とその環境

1、大気圏

 大気は、高度によって下層から、対流圏(0〜12,000mまで)、成層圏(12km〜80km)、電離層(80km〜1,600km)、外層(1,600km以上)に分けられる。航空機が飛行できるのは成層圏の入り口までである。

2、大気の組成

 大気の組成は、窒素78.09%、酸素20.95%、アルゴン0.93%、二酸化酸素0.03%などである。しかし、高度は上がるにつれて気圧が低下するため、各ガスの量は低下する。 そのため高空では吸入酸素の量が低下して低酸素状態になる。

飛行が身体生理に与える影響

1、高度変化に伴って生じる自然環境の変化

(1)気圧変化

  ボイルの法則に従って、高度が高くなるに従い気圧が低下すると一定容器内のガス容 量は増加する。このことによって体内の閉鎖腔内のガスの容量が大きくなり、様々な症 状を表わす。

 ※減圧症:

高度上昇に伴って気圧が低下すると、血液中に溶解していた余剰のガスが組織内に気泡を形成して、一部の組織が低酸素症をきたすなどの原因で減圧症が発症する。体内に形成された気泡による症状で頻度が高いものは bends で、気泡が関節部の血管を閉塞した場合であり、患者は関節痛を訴える。次いで、 choke で、気泡が肺血管の閉塞をきたした場合であり、胸部痛、呼吸困難、咳嗽、窒息感を訴える。減圧症の症状が起きた場合は、患者を急いで地上の気圧に戻すか高圧酸素療法を行うことが必要である。

(2)低酸素症

 健康成人が、正常な空気中の吸入酸素濃度20.95%の酸素で正常の呼吸をしている場合の動脈血中酸素分圧は、98〜100mmHgである。しかし、何らかの原因で、組織や 細胞の酸素不足状態に陥った場合を低酸素症という。

2、航空機によって生じる変化

(1)騒音と振動

 騒音、振動はいかなる形の航空機でも少なからず存在し、避けることはできない。低 周波は人や動物で肺水腫をもたらすという報告がある。また、振動は平均血圧を上昇させる。長時間振動を受けると、頭痛、眼精疲労、動揺病、温度調節障害、胸痛、腹痛等を訴えることがある。

(2)加速度と重力加速度

 加速度の変化は離陸時と着陸時、さらに特殊な場合として乱気流をあげることができ る。急激な重力加速度の加重、例えば、飛行機が急上昇して3〜4Gの重力加速度がかかったときに、脳の血流量が急激に減少して網膜の循環障害が生じ、一時的に視力が消失し、目の前が真っ暗になる。これをブラックアウトという。

(3)知覚と空間感覚喪失

 重力加速度によって前庭器官が刺激され、めまいが生じ、平衡器官の異常で位置感覚 障害さらには運動知覚障害を合併して動揺病が発症する。その原因はいまだ明らかにさ れていないが、無気力、頭痛、吐き気、蒼白、冷汗など多彩な症状を示す。


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