災害医学・抄読会 2000/05/26

名古屋空港中華航空機事故救護活動に救命救急医として参加して

野口 宏ほか、浜松救急医学研究会 2 (1) 11-14, 1994


 271名の乗った中華航空機事故(生存者7名)は平成6年4月26日20時16分に発生した。救助、消火等の目的の為、敷地内駐屯の自衛隊、消防隊、救急車が1〜3分後に現場に到着している。医師が現場に最初に到着したのは、20時30分とされている。この医師は、名古屋空港医療救護活動に関する協定に基づき、そのマニュアルに従い、空港内墜落の事故であるため、春日井医師会の医師であり、テレビのテロップをみた同地区の前医師会長からの連絡指示によりマニアルに従い名古屋空港の敷地内東部にある自衛隊側から自身の車で駆けつけた。またほぼ同じ時刻に空港の西1kmの地点にある二次病院医師が通りがかった救急車からの要請でそれに同乗して現場に出動された。マニアル上はこの医師は後方待機が任務であった。彼により現場での生存者3名を救急車に収容し、同乗のうえ、自身の病院に搬送し、治療がおこなわれた。

 以上の2名以外の医師が現場に到着できたのは、最後の搬送がおこなわれた21時10分以降であり、結果的には医師として現場での生存者への救助活動に携わったのは2名のみであった。医師派遣の要請は20時31分の時点で名古屋市消防局から愛知県医師会、名古屋市北支部、西名古屋、小牧医師会へ現場への出動要請がなされた。以後23時までの間に医師40名、看護婦16名が出動した。しかし、実質的には21時10分以降に医師が現場に到着したため、生存者はすでに存在せず、結果として死亡確認、死体検案が主なる業務であった。

 今回の事故の経験から改善すべき点について

  1. 現場への急行のための進入路、路の明示がなく混乱した。指示員を配備し、進入路も2,3箇所増やすべきである。

  2. 指示員(空港職員)として明確になるような服装でなかったため、判別困難で指示等がもらいにくかった。

  3. 通訳の必要性の問題。国際線の事故であったため、言葉の不都合が生じ、身元確認等にかなり障害になった。

  4. トリアージタックの統一。3種類あったため現場で混乱が生じた。

  5. トリアージの方法の検討。搬送先の選定、搬送人数、二次転送の迅速化。

  6. 救急医療情報センターにおける災害情報センターの設置。災害時の情報連絡、そして指示の重要性は明らかである。今回も混乱が生じたが、その整理は情報センターでおこなうべきである。

  7. 救命救急専門医の派遣のための制度確立。各収容先への応援、二次転送の指導、相談、転送時の搭乗医師にあたる救命救急医の現場出動制度の確立が必要である。


和歌山カレー事件における病院間連携の問題点

篠崎正博ほか、中毒研究 13: 12-15, 2000



テーマ 毒物など原因不明の物質による中毒等の発生の際の,病院間の救
    急医療ネットワークシステムの構築の有効性

カレー毒物混入事件

発 生:場所−和歌山市園部
    日時−平成10年7月25日 18時ごろ

被害者:67人(中毒患者) 内訳;入  院−53人,うち4名が死亡,外来通院−14人

概 要:

テロ災害.
患者は12の病院に分散されて収容されたが,土曜日の昼でもあり,病院間の連携がなかった.
8月2日,和歌山県警より「砒素検出」と和歌山市保健所とそれぞれの病院に連絡があった.

まとめ1

 急性期の症状のみからは砒素中毒の診断をすることは非常に困難である.集団健康障害発生時には多くの情報から原因を解明する必要があり,病院間での医療情報の交換が必要である.

<急性期の特徴的な所見>

<確定診断>

緊急医療情報ネットワークシステムのシュミレーション
    (まとめ1をふまえて)

 病院と保健所,行政間にFAXとインターネットで 医療情報ネットワークを設け,薬物による健康障害の集団発生を想定して行った.

<利点>

<欠点>

まとめ2


表.和歌山県と広島県の救急医療情報システムの比較

 和歌山県広島県
情報システムQQパルインターネット
運営県医療情報センター
(行政)
救急医療情報センター
(医師、歯科医師会、行政)
業務救急医療情報
災害医療情報
救急医療情報
災害医療情報
その他
端末400270
設備投資8,500万円(初年)1億5千万円(初年)
年間運営経費5,600万円
(人件費 5,000万円)
1億5,000万円


神奈川県の災害医療の研修について

加賀雅恵ほか、日本集団災害医学会誌 4: 110-118, 2000


 このレポートは神奈川県が平成9年度より医療従事者に対して実施した災害医療研修会の内容と受講者に対して実施したアンケート結果について検討報告したものでした。

研修の目的

 災害医療の概要とトリアージの基礎知識の習得

研修回数

 3年間で延べ12回で1500人を越す受講者があった。

アンケート結果について

基礎コース:

今後の受講希望する研修について毎回「トリアージの実技研修」がトップとなった。次に、地震を想定した防災訓練の実施方法についての受講希望が多かった。
       行政への要望…一般市民に対して

専門コース:

「トリアージについては理解できたが実技ができなかった」という意見が多かった。

考察

 研修会の少なさ
 参加する病院の傾向
 PR方法(開催地の選定、時間の設定、募集方法、講師スライドによる講義)


NIS諸国における古い疾病と新しい伝染病

国際赤十字・赤新月社連盟.世界災害報告 1997年版、p.99-109


 1990年代初め、NIS諸国(旧ソ連からの新興独立国家)では、政治的、経済的変革により、生活水準は低下し、社会不安も増大していた。また、国の資金で無制限、無料の医療が与えられていた過去のシステムが崩壊し、予防接種もままならない状況であった。このため、すでに、過去のものと考えられていた感染症、ジフテリアが急速に蔓延する結果となった。

 ジフテリアの流行は1990年にロシアで始まり、ウクライナに進み、まもなくその他すべてのNIS諸国に広がった。1989年にはNIS諸国全体の患者数が839名であったのに対し、1994年には47628名とほぼピークに達した。疫学的には、積極的な対策をとらない場合、1995年と1996年に340000人の患者が出ることが予測された。大規模な予防接種を行わなければ、ジフテリアの流行を遅らせ、最終的に抑制することはできない。このため、1995年の秋、1996年の春と秋に大規模なワクチン接種キャンペーンが施行され、ジフテリアの件数や死亡率は大幅に低下する結果となった。

 このキャンペーンは、WHOやユニセフ、国際赤十字・赤新月社連盟の協力により、各国赤十字社を中心として行われた。キャンペーンの成功により、それぞれの組織のスタッフが密接に関係を持ちながら、感染症に対応していくことが可能となった。これは、NIS諸国における将来の健康問題、特にAIDSの増加に対処する効果的な戦略を立てる上でも欠くことはできない。AIDSは、有効なワクチンのない感染症で、薬物乱用、性行為、人権といった問題と切り離せないため、さらに細やかな対策が必要となるであろう。

 一方、キャンペーン成功後も、依然として解決されていないのは費用的な問題である。NIS諸国のように、システムが崩壊したところでは、民間の医療サービスが法外な値段であることが多いため、社会的弱者の保健水準は著しく低下している。医療・保健サービスの提供の民営化は、NIS諸国だけでなく、世界的な傾向となっているため、今後は企業、NGO、各国赤十字、国連、協会、地域グループなどの諸機関が協力関係を作り、感染症などの健康危機に取り組まねばならないだろう。


時差症候群

高橋敏治、Biomedical Perspectives 8 (2): 201-210, 1999


 近年、海外旅行者の増加に伴って、時差症候群(通称:時差ボケ)が問題とされるようになってきた。今回の論文では、時差症候群が医学的にどこまで現在解明され、どのような解決法や問題点があるのかを中心に述べている。

 時差症候群の症状は、表1でみられる睡眠障害・眠気・精神作業能力低下・疲労感・食欲低下などが認められている。時差症候群として問題となる症状は、睡眠障害それに付随する精神作業能力の低下などのパフォーマンス能力の低下、頭重感や胃腸障害などの自律神経症状である。

 時差症候群の原因は、体内時計と現地の生活時計にずれが生じることである。さらに体内時計に支配される体内リズム間にずれが生じることが大きな原因となる。

時差症候群に対して、直接的に影響を及ぼす要因としては、1.飛行方向, 2.年齢, 3.朝型と夜型, 4.再同調の仕方などが考えられている。

 時差症候群の対策

  1. 一般的な対処法:睡眠、活動、食事のタイミングなど、同調因子として早く現地時間に合わせる作用のあるものを、できるかぎり新しい時間帯に適応させることが重要である。

  2. 短時間作用型睡眠薬:短時間作用の睡眠薬の中には、時差症候群の睡眠障害による累積睡眠不足の解消だけではなく、薬物そのものの直接作用により生体リズムの周期を変化させる働きがある。

  3. メラトニンの服用:睡眠時に増加するサーカディアンリズムを有する。

  4. 高照度光:光が人のサーカディアンリズムに対して影響することがわかっている。


■救急・災害医療ホ−ムペ−ジへ/ 災害医学・抄読会 目次へ