災害医学・抄読会 2000/04/28

阪神・淡路大震災後5年「兵庫県震災対策国際総合検証事業―災害時の医療体制のあり方」―報告書からの要約

前川和彦、日本集団災害医学会誌 4: 88-91, 2000


 今回,兵庫県が阪神・淡路大震災後5年が経過したことを機に,「震災対策国際総合検証事業」として,“過去5年間に兵庫県が行ってきた復興過程を国際的視点から検証・評価し,新しい世紀に向けてその成果を広く内外に発信することにより,震災の経験と教訓を後世に継承するとともに,国際的な震災対策の充実に貢献”しようとす るのは,国内外の地域災害対策にとって極めて意義の大きいことである。

(1)検証の方法

 「保健,医療」の領域は広く,この領域の「検証・評価」を短期間のうちに行うのは困難であったので,「検証」の対象を「災害医療」に限った。「検証」という曖昧な検討方法で導かれる結果にどれほどの普遍性と合理性があるものか疑問が残る。兵庫県から与えられた「検証のポイント」に的を絞り,震災前の災害医療体制と震災直後の災害医療活動を過去のデータから集約し,震災直後に厚生省がまとめた一緊急に整備する必要性のある事項−「震災時における医療対策に関する緊急提言」をレファレンスとして,災害時において真に機能するシステムづくりはどこまで進んだかを「検証」することとした。

(2)被災地内の医療機関の初期対応と消防との連携状況

      震災前の地域防災計画は主として風水害を対象として立案されたものであった。震災前には,自治体においても医療機関においても実効性のある防災計画はないに等しい状態であり,医療機関と消防の間に災害を想定した連携は存在しなかった。

 震災は医療機関で最もマンパワーが低下している時間帯に起こった。

 現場トリアージは実質的には不可能で,被災患者は最寄りの医療機関に殺到し,震災当日には被災患者の極端な一偏在がみられた。

 電話回線の不通などのために医療機関と消防の情報交換の手段が途絶えた。消防では激増した出動要請に限られたマンパワーでは対応しきれなかった。震災当日は交通渋滞などが加わり実際の救急搬送件数は少なかったが,震災数日後には転送を要する入院患者(病院間転送)が増加した。したがって震災直後には医療機関と消防との連携は障害された状態が続いた。いくつかの消防署所で行われた臨時応急救護所の展開は今後の方向性を示唆するものである。

 被災地内の医療機関では医療マンパワーが不足した.震災後に病院系列毎に投入された医療マンパワーは,被災地内の医療機関のニードに応じて公平に分配されるべきであった。今後は被災地外からの救護班を震災後早期に人的パワーの不足する地元医療機関に投入 することも考慮されるべきである。

(3)被災地内の医療機関と被災地外の医療機関との連携

 被災地内で行えない重症患者の根本的治療のために,被災地外へ搬出することは急性期災害医療の基本原則である。被災地内外の医療機関の連携を円滑に行うためには,当該行政と他の自治体等の間で締結する災害医療に関する応援協定と,これを円滑に行うための接点となる機構と組織が必要である。

(4)患者搬送システムは有効に機能したか

 震災前にはヘリコプターによる救急搬送の利用度は低かった。ヘリコプター搬送,救急車搬送は災害を想定した行動計画も実際の訓練もないに等しかった。入院患者の搬送手段は私的搬送手段によるものが多く,救急車による搬送は4分の1程度であった。また、大災害時における救急車による陸路搬送の限界を認識し,他に有効な搬送 手段を確保しておく必要がある。救急車搬送で最大の効率をあげるには道路の確実な確保が必要である。このための交通規制等の措置が遅れたとの指摘があった。 その後,緊急消防応援体制,自衛隊の出動等の応援体制の整備が進められた。震災後早期にヘリコプター搬送が活用されなかった主因は、これを利用する医療機関側の認識度 が低かったことが指摘される。

(5)救護班,医療ボランティアは迅速に機能したか

 震災前には救護班,医療ボランティアの十分な受け入れ準備態勢がなかった。早期から救護班が現地入りし救護活動を行った。多くの救護班と医療ボランティアが参加し,被災地内の災害医療活動に大いに貢献した。震災後の防災計画では救護班や医療ボランティアの位置づけがより明確にされ,受け入れの体制が整備された。今後のあ り方として災害現場への救護班,医療ボランティアの派遣には自助自律、自己完結型の参加が望ましいと考えられた。

(6)医薬品等は迅速に確保されたか

 行政,医療機関とも医薬品等の備蓄に乏しかった。早期から被災地外からの供給があったが,組織的な医薬品等の供給体制がなく混乱を生じた。

 当初は,医療機関における医薬品等の充足状況が不明であった。徐々に組織的な医薬品等の確保/供給体制が確立されていったが,これの維持には膨大なエネルギーを要した。すべての医療機関で医薬品等の備蓄を促す方向性には疑問を感じる。

(7)災害時において真に機能するシステムづくりはどこまで進んだか

 兵庫県の震災後の計画立案に当たっては,平時には救急医療システムとして稼働し,かつ災害時に対応できるシステムを構築するという基本的な発想に立脚している。しかし,日常的な救急医療システムが,災害時に即そのまま非日常的な災害医療システムに転化できると考えるのは早計である。兵庫県における救急医療体制の整備状況 をみると,まず一般市民に対する心肺蘇生法の普及率の高さに驚かされる。しかし,地域救急医療体制の主体であり核となる「地域救急医療協議会」に相当する組織が本来果たすべき機能を十分に発揮していないと思われる。災害時の効果的な救急搬送車両を明らかにして,積極的に誘導するなど一次,二次搬送が効率的に行えるような配慮が必要である。病院間搬送に最も利用された医療機関が保有する患者搬送車を規格化し,緊急通行車両の事前届を行うなど災害直後の補完的な搬送手段の確保を行うべきである。

 災害対応の鍵は情報の管理である。災害とともに発生する様々な情報を共有化し,資源の有効な管理と活用に役立てるのが終局の目的である。また、兵庫県は全国に先駆けて,災害医療コーディネータを創設した。災害時におけるキーパーソンとして医療機関と行政や消防との連携に貢献できるものと大いに評価できる。今後は災害拠点病 院のみならず,災害時の救急医療活動が期待される主要救急医療施設にも拡充されることが望ましい。

 わが国では度重なる災害を経験してきたにもかかわらず,災害対応の基本概念がついぞ構築されることがなかった。災害に共通した認識,災害時の問題の分析法,さまざまな機能の調整,行動の判断規範等を含む災害・危機管理の基本理念である。災害に関わるすべての者が共有するべき基本理念である。これは大震災を経験した兵庫県 においても形成されなかった。 米国の緊急事態管理庁の推進する「緊急事態管理」の基本的概念にならい,わが国独自の“災害対応の基本概念”を形成するべきである。


シンポジウム:社会的中毒事件に対する広域的対応

救急活動における薬・毒物中毒などの対応要領について

東京消防庁救急指導課 平野三郎:中毒研究 13: 21-23, 2000


【災害時における情報の収集と提供】

 薬物・毒物による傷病者発生時における救急隊の大事な任務として、傷病者の数、発生時期、場所、発症経過、事故概要、原因と疑われる物質、液体、空き瓶、吐瀉物、傷病者のおかれた環境などの情報収集と医療機関への伝達がある。その一環として、東京消防庁では、薬・毒物、ガス中毒などの中毒事故の際の初期症状などを記載した「観察カード」を作り、中毒事故が起こった場合、救急隊長は必要に応じてこのカードを使って重症度を判断し、その内容を医療機関に提出して情報提供を行うようにしている。

【多数の傷病者が発生した場合の対応】

 多数の傷病者が毒物・劇物によって発生した場合には、現場での搬送の優先順位を決めなければならない。そのために、消防庁、自治省、厚生省などで協議した結果、東京消防庁だけではなく、東京都衛生局、医師会、日赤東京支部などで統一したトリアージタックを使って優先順位を決めることになっている。

 東京消防庁には、化学機動中隊と呼ばれるものがあり、現在10隊を保有しており、平成7年3月20日に発生した地下鉄サリン事件ではこの化学機動中隊など340隊の車両が出動し、688名の傷病者が医療機関に搬送された。隊員は、服の中を陽圧にすることによって、外部からの毒ガスの侵入を防ぐことができる陽圧式防護衣を着用して活動している。この化学機動中隊にはガス分析装置が積載されていて、140種類以上のガスの特定とその濃度を測定できるようになっており、劇毒物の他にも高圧ガス、放射性物質、危険物施設の火災、危険物の漏えいの災害などにも出動している。また、多数の傷病者が発生した現場で使用する特殊な大型救急車に「スーパーアンビュランス」と呼ばれる車両があり、合計8台のベッドを乗せた広い救護室を持ち、中で多数の一次的な処置を行うことが出来るようになっている。

 地下鉄サリン事件では、はじめからガス中毒、有毒ガスの事故という救急要請ではなかったため、最初に到着した救急隊員やポンプ隊の135名がサリンガスによって受傷してしまうことになってしまったので、その後に東京消防庁では防毒マスクと傷病者から発散する有毒ガスを防ぐための塩化ビニル製被覆具が準備された。救急隊員の二次災害防止が目的の被覆具については、傷病者のからだからの有毒ガスの発散をさまたげる危険性や、医療施設での有毒ガスによる災害の危険性も考えられるため今後の検討が必要である。

【救急隊指導医制度】

 東京消防庁では、救急隊指導医制度という制度をとっており、救急医療専門の医師を365日24時間確保して、特異な災害の場合にその医師からいろいろな指示、情報を得られるようになっている。また、多数の傷病者が発生した場合には複数の指導医体制をとれる体制ができている。


厚生省の毒劇物中毒対策

厚生省健康政策局指導課 土居弘幸:中毒研究 13: 24-27, 2000


【毒劇物対策会議】

 和歌山での毒物混入カレー事件発生後、関係省庁からなる会議が設置され、以下の三つの事項について対策がまとめられた。

  1. 毒劇物管理体制の強化
  2. 流通食品における安全対策の推進
  3. 事件、事故発生時における関係省庁間の情報伝達および連携体制の強化

 特に 3.については、厚生省、警察庁、消防庁による研究機関を含めた連絡会議の設置や国と都道府県における休日などの通報体制の確立、地域レベルでの体制の整備、財団法人日本中毒情報センターの機能強化といったことを中心に、今後の体制の強化を進めるということで検討が進められている。

【地域レベルでの危機管理体制の整備】

・救命救急センターの機能強化
 具体的には分析機器の配備についてで、全国9カ所の高度救命救急センターにはもっと高度な機器を配備し、各都道府県の救命救急センター1カ所の機器配備を行うこ とで患者からの要求に的確に答えられるように整備が進められた。

・中毒治療マニュアルおよび解毒剤の備蓄リストの作成

 中毒情報センターが中心となってまとめられており、臨床救急の現場において原因物質を完全に一つに絞り込むことは不可能であっても、症状別である程度の鑑別診断ができるようなデータベースができている。また、解毒剤の備蓄についても、都道府 県に対して情報提供を行い、救命センターでの配備を要請している。

【事件・事故発生時における情報の収集、提供、共有化】

 和歌山の毒物混入カレー事件において、警察のほうから「シアン」だと報告されていたのが、1週間後に医療機関を通じてではなく、マスコミを通じて「砒素」であることが分かったという状況があり、情報の共有化ということが問題となった。そこで、中毒関連分野の専門家を登録した中毒情報センターとNTTのバックアップセンターを結ぶことによって、事件があった場合には関係の専門家、あるいはすべての関係者たちに一斉通報、電話、Fax、e‐mail、携帯電話といったものに自動発信できるようなシステムを整備することで、情報の共有化が進められている。

 一方、大規模災害の対応ということにおいても、広域災害救急医療情報システムというのができ、関係者のミーテイングルーム、各種メーリングリスト、災害情報に関するライブラリー、一斉通報システムといった機能を強化することにより、情報の提供、交換、共有化が進められている。


総合討論:社会的中毒事件に対する広域的対応

鈴木 忠ほか:中毒研究 13: 30-40, 2000


はじめに

 このシンポジウムのキーワードは、「社会的」ということと「広域的」の二つだろうと思います。一つは情報管理の問題が一番大きな問題としてあると思います。それから分析の問題。三番目に除染対策と病院での問題があります。ここで極簡単にどの機関が「社会的、広域的」というキーワードを基に、何が出来るかを少し整理してみたいと思います。

 中毒情報センター、保健所、衛生環境研究所、科捜研、科警研あるいは消防がありますが、保健所、衛生環境研究所につきまして、社会的、広域的という点から話していきたいと思います。保健所につきましては、現在、厚生省で地域保険問題検討会というのが設置されまして、特に従来の「軟らかい公衆衛生」に加えて「硬い公衆衛生」と言いますか、危機管理の際のヘッドクオーター的な役割を保健所に持たせようということで検討会の報告書がまとまりつつあります。これは阪神淡路大震災の経験、それから今回の和歌山毒劇物事件の経験を踏まえて、地域の市民に一番近い行政機関、しかも衛生行政、医療監視も含めた非常に大きな権限を有する保健所にそういった機能をもたせる。現在の保健所がそういったことを担いきれるかどうかと言う問題は別として、とりあえず地域のそういった危機管理の中核的機関として保健所を位置づけようということになっています。

 そして各都道府県には地方衛生研究所あるいは地方衛生試験所といいのがあります。これも県政機能の拡充ということですが、今回ちょっとした割り振りの問題で、この地方衛生研究所にGCマスあるいはLCマスの配備というのはされませんでしたが、すでに配備されているところもあります。一応公衆衛生サイドでは検査では保健所、衛生試験所という流れと、それから救急医療の現場で一般の医療機関、それから救命センター、そこでの検査機能など、ひとつのチャンネルではなくて、複数のチャンネルで検査体制を充実しようということがされています。

 科警研あるいは科捜研での分析は、救命救急センターや中毒患者を取り扱う医療機関からお願いすればやっていただけるのですか。それとも、ある手続きがないとお願いできないのですか。正式にはおそらく手続きがなければだめだと思います。個人的といいますか、そのようなこともあるかもしれません。科捜研については最近は協力関係にあるように聞いています。科警研についてはもともと県警本部長からの嘱託がなければ受けられないものでありますので、県警あるいは裁判所というようになると思います。

 情報の問題ですが、結局各医療機関間で情報をやり取りするというのは非常に大切です。また自然発生的なネットワークができて、たとえば松本サリン事件で治療経験がある先生が救急部の担当医師と直接電話で対話して、「よりサリンが疑わしい」という形になったりとか、そういった自然発生的なものはありましたが、やはりこれからは自然発生的なものに期待することなく、より高次の例えば警察の情報、消防の情報、医療機関の情報それぞれを全部統合したインシデント・コマンド・システムといいますか、都道府県レベルにおける現地対策本部というのが、必要になってくるのですが、結局は出来なかったのです。それは和歌山の時にも同様です。ですから、化学災害あるいは中毒災害のシミュレーションを通じて、そういう現地対策本部をどこに置くかという形で定期的にシミュレーションをするというのが、これからの現実的な情報交換のあり方を探るために一番大切なものだろうと思います。

 医療現場での情報の集中管理において情報はどこでも入っていくと思うのですけれども、緊急時の情報はやはり消防が一番先に入るのですが、われわれのところでも、最終的にまとめてくれたのは保健所だったのです。どこかに情報を収集しないと、お互いに e-mailでやってもお互いの通信は生きるけれども、全体像が把握できないのです。やはりこれは、どこか一箇所に絞らなければいけないとういうことになりますが、やはり保健所ではないかなとつくづく思いました。

 じつはマスコミが我々よりも一番情報がはやかったということに感謝する面もあるのですけれども、逆に非常にマスコミに振り回されて、我々が黙らざるをえなくなった、情報が出せなくなったということがあります。というのは始め青酸中毒というのがわかった時にコメントで「この症状で青酸中毒だと分からないのはおかしい」と医者としておかしいような書き方をされたのです。それで「当然青酸中毒だ」と。みなも「おかしいな」、「おかしいな」と思いながら治療をやっていたのですけれども、やはり医療過誤という問題でみなだまってしまって「どうも症状があわないんだけれども」ということで、今度砒素中毒とでたら同じ人が今度は「これで砒素中毒と分からないのはおかしい」ということを報道にだされた時、我々はやはり医療従事者として報道にたいしての疑問といいますか、それと、これが医療訴訟になるかもしれないということも踏まえた上で発言をお願いしたい。やはりどうしてもそういうものにたいしての不信感が先にでてしまいます。

 ですから、報道されたことには、誰も責任をとってくれないです。それで、「誰がこんな情報を書いたんだ」といったら、「いや、よそからきた記者が勝手に書いたんだ」とか、興味本位に思っている。我々のように、患者さんに対して、まともに対応しているのと相反します。やはり、医療従事者もそのへんで皆さんマスコミの挑発に乗らないように出来るだけお願いしたい。

 私どもがぜんぜん情報を出さなかったというのは、本当はもう少し早く情報を出していれば皆の役にたったかもしれないですけれども、報道関係に対するアレルギーというのは非常に大きなウエートを占めたと思います。

 このシンポジウムの「社会的中毒事件に対する広域的対応」ということですけれども、簡単に言えばいかに早く原因物質を見つけて、そしていかに適切な治療をするか。そして、一般市民の方に安心してもらうかということに尽きると思います。中毒情報センターと厚生省がおっしゃっている広域災害救急の情報システムがどうもこれは頼りになりそうだという感じがしているのですが、いずれにしてもこの問題は今回限りですべてよいというわけにはまいりません。やはり毎年、この学会を中心に討議していく必要があるのではないかと思っています。


第6章 ソマリア:無政府状態における援助

国際赤十字・赤新月社連盟.世界災害報告 1997年版、p.68-78


 現在のソマリアには地方政府、宗教裁判所、統治者、自称の共和国、長老会議などが混在しており、国あるいは地域レベルの一貫した調整がほとんどなされていない。また、氏族間の暴力が今なお続いている状態である。このような現実にあたって、国際赤 十字・赤新月社などの人道機関は、短期的にも長期的にも最も弱い人々のニーズを満たす方法を考えている。

 伝統的なソマリアの政治は、すべての意志決定は親族男性からな る細分化された集団が行うというものであり、その集団間の同盟と対決のパターンは流動的である。そして今まで、統一国家や定まった政治組織は存在しなかった。以前に、一応存在していた 政府はサービスのほとんどを外国援助に頼っていたため、その構造は冷戦の終結後まもなく崩壊し、外国による中央政府を再建しようとする試みもすべて失敗に終わった。その際、政府は救援食糧を権力基盤の構築や奥地にすむ人々の統制に利 用した。そのため、武装勢力の指導者達が食糧をめぐって激しく争うようになってしまった。そして1995年に国連軍が去って以来、国連安全保障理事会を含めた世界の大半がソマリアを無視しつづけてきた。現在はソマリア各地で協定が結ばれ、少なくとも外見上は商業・農業・遊牧などの活動は可能になっている。

 寄付者も、現地のこういう政治構造を明確に理解し、どの程度の援助をその政治構造を通じて行なうことができるのか考慮すべきである。資金は、牧畜・農業・漁業などにおける生産活動や保健・水・衛生・教育などにおける公共分野、さらには雇用創出と職業訓練に使用されている。政府がないため、事業や現地NGOに対する課税が限られていることも影響して、国内の商業はある程度繁栄している。ただ、治安は劣悪で、この数年間で12名以上の外国の援助関係者が誘拐されているため、援助機関は武装した護 衛者を雇うことを強いられた。しかしその護衛者は氏族の一員であることから、他の氏族はその援助機関を敵とみなして攻撃してしまう場合もあった。このため、長期間に渡る仕事は難しい状況である。

 また、医薬品の分配を容易にするために、国際援助機関によって地域レベルの薬品販売所が開設され、最終的には薬品の調達および配分が民営化されることを視野に入れて、薬品の費用回収制度が導入された。1992年の出生時平均寿命は46歳であり、乳児死亡率は生存出生者1000名中23名の割合であった。ソマリアには機能している保健省がなく、ソマリア赤新月社が独自に保健サービスを運営しなければならなかった。これは以前の政府が運営していた制度をはるかに超えるもので、35万人以上の人々に医療 を提供し、1ヵ月に平均3万例の診療を記録している。ソマリア赤新月社は国全体を対象として機能している唯一の現地機関として、紛争中でも食糧配分や保健教育を行い、様々な政治的党派や一般のソマリア人にとても信頼されている。

 ソマリアや他の国家として機能していない国々における活動を成功させるために以下の事柄が提案されている。
I:受益者に主体性を持たせるために、現地パートナーを決める。
II:活動は低コストで単純な技術を使用し小規模である方が効果的である。
III:持続的な成功のためには、外国からの援助と管理の度合を少なくすべきである。
IV:地元の意志を取り込むためにも、中央政府などのかたちで地域あるいは国家レベルの調整を行うシステムを作る。


呼吸ケアを必要とする患者の航空旅行

吉村邦彦、Biomedical Perspectives 8 (2): 227-235, 1999


はじめに

 航空旅行の一般化に伴って、呼吸器疾患を抱えた患者の航空機搭乗も日常的になりつつあるが、巡行する航空機内は高度 5000 - 8000 ftに相当するため気圧が低く、吸入酸素分圧も低下する。個々の呼吸器疾患については航空旅行の適用基準を基にして判断しなけらばならないが、感染症、高二酸化炭素血症、肺性心などの合併症を有する例は航空旅行は一般に禁忌である。

【航空機の巡行高度と機内高度】

 航空機の巡行高度(flight altitude: FA)は機種によって異なるが、通常の民間航空機が巡行する 33,000 ft以上の高度では、人間は低気圧、低酸素、極低温などのため、補助装置なしには生存することができない。大半の航空機の機内は)集中治療部装置によりはるかに高い気圧、および22℃程度の気温に保たれている。この加圧された機内気圧に相当する高度により、機内高度(cabin altitude, CA)と表現される。

【吸入気酸素分圧の低下と動脈血酸素分圧の低下】

 ある高度における吸入気酸素分圧(PiO2)は
 PiO2 = 吸入気酸素濃度 FiO2 x (その高度の大気圧 PB−体内の飽和水蒸気分圧 PH2O)(torr)
肺胞気酸素分圧(PAO2)は
 PAO2 = PiO2−肺胞二酸化炭素分圧 PACO2/ガス交換率 R
肺胞−動脈血酸素分圧は正常では小さいため、高度 5,000 ft、8000 ftにおける動脈血酸素分圧 PaO2はそれぞれおよそ 67 torr, 55 torrと推定されている。

 呼吸機能障害ないし呼吸不全を有する患者では、航空機内では PaO2ははるかに低値をとることが予測される。特に慢性閉塞性肺疾患では呼吸器疾患のなかでも頻度も高く、在宅酸素療法を含めた呼吸ケアを受ける患者数の増加が見込まれているため、搭乗前評価が必要である。

【気体の膨張と機内空気の乾燥】

 巡行高度が高くなるほど、気体体積が増加する。呼吸器疾患のなかで、気胸、縦隔気腫、皮下気腫などの病態の場合、ドレナージを施行していない患者の航空機飛行は禁忌であり、さらに肺の気腫性のう胞、肺気腫症など肺組織内に過剰の空気が貯留した病態を有する患者では、気胸の発症、呼吸状態の悪化に十分注意する必要がある。

【航空飛行が禁忌であるか適さない病態】

  1. 重症呼吸器疾患患者、重症呼吸不全、重症の慢性閉塞性肺疾患

  2. 最近発症した気胸で肺の拡張が不完全なもの

  3. 重症心疾患患者、重症心不全、チアノーゼ性心疾患、不安定狭心症、発症6週間以内の急性心筋梗塞

  4. 生後7日未満の新生児

  5. 出産予定日より4週以内にある妊婦

  6. Hb 8 g/dl以下を呈する重症貧血

  7. 耳管閉塞を伴った重症中耳炎

  8. 喀血、吐血、下血を繰り返すもの

  9. 急性期の脳卒中患者

  10. 最近の気脳写などの検査により中枢神経系に空気の残存するもの

  11. 頭蓋内圧亢進を来たす頭部疾患

  12. 縦隔腫瘍、極端に大きいヘルニア、腸閉塞

  13. 最近の手術による創傷が未治癒のもの

  14. 自己および他人に危害を加える恐れのある精神神経疾患、アルコ−ル、その他の中毒患者

  15. 延髄型または発症1カ月以内の灰白髄炎

  16. 法定伝染病、指定伝染病、その他伝染の恐れのある重大な急性感染症

 航空機が旅行手段として一般的な乗り物になった今日、治療、ケアを必要とする呼吸器疾患患者の航空機搭乗も日常的なことになりつつある。しかしながら、高高度を巡行する航空機機内の特殊性を認識し、機内での緊急事態を避けるために、患者のみならず航空会社を含めた旅行の適正評価と旅行前の準備が必要である。


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