災害医学・抄読会 2000/04/14

浜松方式救急体制による集団災害の対策

内村正幸ほか、浜松救急医学研究会 2 (1) 1-4, 1994


 浜松方式医療体制とは、浜松市を中心に静岡県西遠地区75万人を対象とした1次夜間救急室を中心に2次病院の輪番制を併用し、開業医、勤務医が一体となって行うもので、昭和49年に発足したシステムである(図1)。一方、集団災害時の救急体制についても昭和59年以来、この浜松方式救急体制に準じ、過去に発生した静岡県内の救急対応を検討して、救急隊と2次病院連携を中心に重症度識別によるtriageを訓練実施してきた。

 静岡県では過去20年間に1977年7月東名高速日本坂トンネル内で発生した173台の車両追突事故による延焼で死傷者9名を出した災害をはじめ、静岡市駅前地下街ガス爆発事故(死傷者237名)、掛川市“つま恋”ガス爆発事故(死傷者42名)の集団災害を経験している。これらの集団災害のうち前述2者の都市ガス爆発事故における救急医療の対応について検討すると、静岡市駅前地下街ガス爆発事故では現場に最も近く収容能力最大と考えられた総合病院に軽症者が集中し、その対応に追われ重症者は私的救急病院に運ばれ、15名全員が死亡した。続いて発生した掛川市“つま恋”ガス爆発事故でも救急の対応は類似している。負傷者は28名(重症16、中等症4、軽症8)と病院到着までに死亡14例が発生したが、現場より約15分で収容可能な浜松市内の総合病院には何ら連絡することなく、現場近くの市民病院と私設病院の2ヵ所で対応し、市民病院に死亡例を含め34人収容している。この2つの集団災害時の救急医療活動を反省すると、集団災害時のtriage(重症選別)が救命手段に欠かせない方法と結論した。そこで浜松方式救急体制では集団災害時の対応として、その日の輪番2次病院の医師と看護婦は出動する救急隊と共に災害現場で、赤(重症)黄(中等症)青(軽症)の順に重症度識別を患者に結びつけるtriageを応急処置と平行して行い、重症度に応じて2次病院群に振り分けることを協約訓練してきた。

 1994年1月にロサンゼルスで発生したマグニチュード6.6の強震に伴う大災害時の救急活動は、現場およびその近郊の病院が災害時のマニュアルを持っており、これに従って行き届いた救急活動が行われた例として高く評価されている。

 1993年7月、北海道奥尻島沖で発生した地震に伴う災害では、地震の5分後に発生した津波によって死者201名、行方不明33名、負傷者236名を出した。この時には報道機関が関与した連絡の早さが、救急活動の開始を早めたとされる。しかし、救急医療の活動は開始から1〜2日完了した。その理由として津波による死亡者が多く、死亡か無傷かという状態であった点が通常の地震災害と異なった特徴とされる。

 集団災害時の救急システムについては、現状では消防署の仮想災害マニュアルに沿って、その日の輪番当番病院が災害現場に出動して重症患者の識別を優先するtriageを行う事になっている。しかし、前述した大災害時の対応を検討すると、未熟なマニュアルと考えざるを得ない。

 ロサンゼルス地震災害では1419名の入院者を出したにもかかわらず、7地区病院で災害マニュアルに従ってtriageと駐車場を緊急野外病院に変更し対処している点、大いに学ぶべきところがある。さらに、北海道奥尻島沖津波災害では死者の数が負傷者対比で多く、津波災害時の救急医療システムを考える上で参考になる。

以上のことから、大災害時の救急制度において整備を急ぐべき点として次のような事があげられる。

  1. 医師会、消防署、自衛隊など災害発生時に現場で活動を求められる部署に共通したマニュアルの作成

  2. 2次病院との連絡システムの確立

  3. 受け入れ病院側の災害時に対応したマニュアルの作成(入院中の患者の避難、野外病院設定場所、triageによる転送方法など)


災害対策機器・システム・設備のあり方に関する提言

小野哲章、医器学 67: 77-81, 1997


機器・設備の実態と問題点

 過去の災害の中で明らかになっている医療機器・設備の被害状況や復旧状況などを調査し、医療機器および病院設備に関する問題点をいくつか下に挙げる。

  1. 電源問題
    a. 停電対策;医療施設への自家発電設備の義務化・発電機用燃料の確保など

    b. 生命維持管理装置、マルチモニタなどへのバッテリー内蔵の義務付け

  2. 機械設置状況
    a. 地震の振動による転倒や落下を避けるための機器の固定

    b. キャスタつきの機器の暴走

  3. 医療ガス、水等の供給異常
    a. 機器側;医療ガスや水の内蔵・生成機器の開発など

    b. 設備側;貯留槽の大容量化・確実な固定など

災害に強い医療機器・設備のあり方

災害医療における機器設備の役割

 災害医療の中での人、機器、設備等の役割と重要度を適正に評価する方法が必要である。災害医療の内容・規模による分類、災害発生後の時系列的な必要性の変化、操作者の確保と関係等について検討する必要がある。

災害に強い機器・設備

  1. 完全稼動するもの;重要部分で異なる機構の二重回路・代替機能などの二重化を図る。

  2. 主要部分は稼動するもの
    a. 基本機能の確保

    b. 駆動エネルギーが遮断されることを織り込んだ用手法との共存

    c.  駆動エネルギーの確保;災害時に外部からのエネルギー供給が途絶することを念頭に置いた内部電池や発電機の設置

    d. 異常が発見しやすく、修理や保守がしやすい設計の、復帰の早い機器の検討・開発

対策済機器が平常時に果たす役割

 災害時のみ利用可能なものは、ユーザーが割高感・無用感・煩わしさなどのマイナスイメージを持ちやすい。これを、安全を買うという思想に転化していく教育や体制が必要である。さらに、災害時対策機構が平常時にも役に立つ機構であれば、安全と経済の両立が成り立つ。また災害時機能を普段使用することによって、災害時の操作に慣れることもできる。

設備の対策

  1. 機器を支える設備;耐震、耐火、耐水設計・運転に必要な付帯設備確保維持

  2. 設置場所の補強

  3. 配線の耐震・耐火・耐水設計

  4. 非常電源そのもののバックアップ

  5. 医療ガス配管の補強やフレキシブル化、予備系統の確保

  6. 設備そのものの強化

災害対策の規格化

 上記諸点を検討した結果を医療機器や病院施設の規格に取り込む必要がある。

  1. 規格化のキーワード;
    耐震・耐水・耐火構造
    二重化構造、用手法確保
    飛散物防止、危険ガス噴出防止
    有害物質の使用禁止
    危険状態の放置

  2. 規格化すべき規格;機器・電気設備・医療ガス設備・下水道設備・燃料設備・建物関連

機器・設備破壊時の安全確保

安全対策

  1. 飛散物・噴出物対策
     機器や設備が破壊されると、ガラスや金属破片などが飛び散る。これによる人体被害を最小限にする方策を検討し製造基準などに反映させる必要がある。

  2. 環境有害物質の使用禁止
    破壊時に飛散したり、漏洩したりする有害物質を規格等で使用禁止にすることも検討しなければならない。

機密の保持

 壊れた機械内部から、機器の企業機密に属するものや、患者の個人情報に関するものが盗難される可能性があるのでその対策も必要である。


航空機内救急医療(法的な問題点を含めて)

安藤秀樹ほか、Biomedical Perspectives 8 (2): 219-226, 1999


はじめに

 近年では航空機が一般に身近な輸送手段となり、1)利用者の増加、2)利用年齢層の拡大、3)各種慢性疾患をもつ人の搭乗の増加 などの理由から、航空機内での救急患者の発生が増加傾向にある.またそれに加えて、巡航中の機内が他の輸送手段とは異なり、気圧や酸素分圧の低下など、地上とは異なった特殊な環境にあることも誘因の一つとなっている.航空機はいったん離陸すると地上とは隔絶された閉鎖空間となるため、重症の救急患者が発生したときに早期に救急医療機関に収容する事が困難である。そのため航空会社では航空機内傷病発生に備え、さまざまな対策を行っている.

 

【現状】

 機内傷病発生の現状としては、1993〜1997年の4年間で救急患者が850件報告されており、路線別に見ると国内線より国際線での発生が多く見られる.症状別に見ると、最も多いのは意識障害(170件)である。これはほとんどが一過性の脳貧血の症例であり、一部に脳卒中の発作例も見られた。次に打撲・捻挫などの外傷、腹痛・背部痛、胸痛・胸部不快感と続いている.食事を喉に詰まらせた窒息例や、陣痛が開始した例など、特殊なものもあり、航空機内で発生する救急疾患の多様性がわかる。さらに症状を路線別に比較すると、国内線では国際線に比べ比較的軽微な症例(打撲・捻挫、気分不快など)が多い.

 救急患者が発生した場合は、まずは客室乗務員が対応し、それで対応できないと判断した場合はドクターコールを行う.過去4年間のデータ-を見ると、ドクターコールも国際線の方で多く見られ、それに対する医師・看護婦の援助の申し出があった確立は、国際線、国内線ともに約90%と高い.

【対策】

 現在日本航空が機内傷病発生に対して行っている対策には以下のようなものがある。

I:機内傷病発生を抑制するための対策

  1. 有病者に対する旅行支援
    身体の不自由な方・慢性疾患を有する方に対する予約・相談のための専用窓口(JALプライオリティー・ゲストセンター)の設置。

    • 糖尿病のための低カロリー食など、特別な機内食の手配。
    • 空港や機内での車椅子の手配。
    • 機内への酸素ボンベの準備     など。

  2. 客室乗務員に対するファーストエイド教育
    救急患者発生に際してまず対応する客室乗務員に対し、ファーストエイドに関する十分な訓練と定期的な知識の再確認を行う。

    • バイタルサインの取り方。
    • 心肺蘇生法
    • 機内でよく見かける病態への対応法。
    • 機内搭載医療品の取り扱い方     など。

II、傷病が発生した場合の対策

  航空機内への医療品搭載

 日本航空で現在使われている救急医療品は次のようなものである。

  1. ファーストエイドキット・・・主に事故などの際、外傷処置に使用する。
  2. メディスンキット・・・・・・・・・一般市販薬
  3. レサシテーションキット・・・心肺蘇生時に使用する。
  4. ドクターキット・・・・・・・・・・・医師用救急医療品

 ドクターキットは1993年より搭載が開始され、ドクターコールに対し援助を申し出た医師によって使用される。このキットの搭載によって、援助を申し出た医師ができる救急処置の範囲が拡大した。

 *1998年から国内線にもドクターキットが搭載されている。


カリブ海地域の高コストの災害の脅威

国際赤十字・赤新月社連盟.世界災害報告 1997年版、p.79-89


 カリブ海地域は、暴風、洪水、火山、地震から油や化学物質の流出まで様々な自然および技術災害の危険に対して脆弱であるため、早期警報地域対策および保険を含めた対応戦略を改善する必要性が大きい。地球温暖化、海水面の上昇、一層厳しい天候がより長期的な脅威になる可能性がある。また、各島単独の対応能力が限られており、訓練された人員が少ない、通信設備が悪い、経済基盤が弱い等の理由のため、危険性が一層高くなる。


カリブ海地域の災害

ハリケーン
1995年 11件のハリケーンを含む名前の付いた暴風雨が19件

1996年 9件のハリケーンを含む名前の付いた暴風雨が13件

事故

シアン化物の流出事故、油の流出事故、化学火災、飛行機事故など。

洪水

1889年以降、カリブ海諸国では31件の深刻な洪水が起こっている。

地震

700kmにわたって島が鎖のように連なるサバ島からグレナダ間に30あるいはそれ以上の活火山および休火山からなる環太平洋火山帯が位置している。カリブ海では1950年から1993年までに中等度の地震が9回発生している。

火山

 モンセラットは1995年以来、世界で最も危険で人口の多い火山地域であると言われている。

 また、カリブ海地域の災害の国家経済に対する影響は重大である。米州機構(OAS)の地域開発・環境省のデータによれば、1960年から1994年までの間に、自然災害のために16のカリブ海諸国で90億ドル以上の損害があった。カリブ海諸国の災害は、GDP(国内総生産)や成長率に重大な影響を及ぼしうる(図1)。

図1

GDP平均成長率
1980-1988年
GDP平均成長率
1989-1991年
ドミニカ国4.94.3
モンセラット3.74.4
セントキッツ・ネイヴィス6.04.9
アンティーグア・バーブーダ6.82.2
ジャマイカ5.00.8

 世界気象機関(WMO)は人命を奪い、大きな破壊を引き起こす単一の災害によって、何年にもわたって開発活動が後退してしまうことがありうることを強調してきた。高騰する保険料や高い再建・復興コストは、観光と漁業への依存度が高い小さな島の経済に対し、かなりの負担となっている。

 カリブ共同体の保険および再保険に関する特別調査委員会は、数多くの危険が併発し、脆弱な人々が広範に存在し、対策が限られている状況に対し、「社会のあらゆる部分で危機管理および脆弱性軽減活動に対し強力かつ慎重な努力を行うこと」を勧告し、あらゆる教育カリキュラムにおいて包括的な危険地図や適切な資料を用い、国家戦略の政策および活動レベルでこの勧告を制度化した。


訓練、物資の輸送、無線通信を三本柱とした、地域に根ざした災害対策事業

<目的>

<訓練>

 災害対応訓練は災害救援従事者を対象とし、地域に根ざした災害対策(CBDP)訓練は脆弱なグループや被害地域を対象とする。どちらの訓練形態も災害対策における人的資源の向上を目標とする。災害救援従事者がCBDP訓練を運営するため、2つの訓練は一体のものであり、平行として機能する。

<物資の輸送>

 海外からの救援物資は遅れることが多いため、即時の救援はカリブ海諸国内で行われなければならない。災害対策事業における物資調達輸送部門を通して、現地における緊急救援は改善される。現在まで、特別保管庫が建設されるなどの改善が進んだ。

<無線通信>

 カリブ海地域における赤十字の無線システムについて見直しが始まっている。技術的な進歩だけでなく、調整や情報収集法を改善して効率的でタイムリーな災害救援を確実なものにしなければならない。


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