災害医学・抄読会 2000/03/17

集団災害の対応

鈴木久美子、エマージェンシー・ナーシング 13: 558-63


 集団災害発生時、スムーズに対応できる災害医療体制が必要だが、これには、第一報から患者到着までの間にどの程度準備ができるかが大切である。私たちはその災害の種類、発生した場所により、どの程度の負傷者が自施設に搬送されるか予測し対応しなければならない。また、1)他に病院があるかないかなどの地域の医療情報、2)災害発生現場が近いなどの立地条件、3)軽傷者が自力で受診するなどの事情から、人為的災害でも一医療機関に多数の負傷者が集中することは大いにあり得るため、自施設がどの程度の患者なら受け入れ可能なのか普段から知っておく必要がある。

 通常の診療体制で患者が搬送される場合は、負傷の内容が明らかで患者搬送までに診療のための必要物品を準備できるが、災害時はその種類から負傷の内容をある程度予測し、準備する必要がある。仮に、診療資器材や薬品が不足した場合でも、今手元にないものが来るまで待つような無駄な時間を過ごすよりは、臨機応変に与えられた条件下でできることをしていくことが大切である。

 次に、病院内でトリアージを行う場合の注意点であるが、与えられた条件下で可能な限り多くの人を助ける目的で行われるため、救命不可能な負傷者に時間を取りすぎないことが原則である。トリアージを行うための必須条件を以下に示すが、平常時より災害時に備えた取り決め、および職員の共通認識が大切になる。

  1. トリアージは、バイタルサインや簡単な理学的所見をもとに短時間に素早く行うもので、多数の負傷者がトリアージにより滞るようなことがあってはならない。病院におけるトリアージ指揮者は決めておく。

  2. 災害時、連絡方法を単純な形で決めておく。

  3. 動員できる人は全員参加させる。個人的な行動はしない。指揮者の指示に従う。

  4. 積極的にトリアージするために、トリアージの内容を全員に共通理解させておく。

  5. 指示系統や内容は単純にする。

  6. トリアージの原則を厳守する。一人でも多く救助するために、限られた人員、時間、医療資材を有効に活用する。

  7. トリアージ指揮者の命令には絶対に従う。

 また、病院内でトリアージを行う場合、来院時のトリアージは一ヶ所 で行う。

院内では、重症、中症、軽症の各トリアージレベルの治療ゾーンで本格的な治療を開始し、入院、帰宅、あるいは自施設で対応できなければ転送のいずれかを選択する。軽症と思われていた負傷者が実は重症であったなど、トリアージレベルが異なることはまれではないが、そのような場合には再度トリアージゾーンを移動させ、重症度の違う患者を混在させてはならない。

患者の流れは、基本的に一定にするのが望ましい。入り口→トリアージ部門→診療→検査→入院・転送・帰宅など、すべての患者の流れは、出入口・道路・院内の廊下・エレベーターも含めた一方向とし、交差による混乱を起こさないようにすることが重要である。


集団災害救護活動における問題点について

住山正男、浜松救急医学会2: 5-10, 1994


【救急医療と集団災害医療】

 救急医療は、少数の患者に対し、医療スタッフ全員が総がかりで患者にあらゆる治療を実施するものであり、集団災害医療では、大勢の患者の中からいかにより多くの可能性のある人を救助するかが問題になる。そのため、Triageトリアージが重要である。

【トリアージの原則】

【集団災害に随伴する諸問題】

  1. 災害現場の混乱
    構造物の破壊、火災や煙・砂塵・土砂、救助を求める人々、遺体の散乱、怒号、驚愕反応により混乱をきたす。

  2. 医療機関の混乱
    冷静な判断力の喪失、情報不足、通信連絡不備は混乱を助長し、医療チームの実力以上に多数の傷病者に対応しようとすることにより、結果的に傷病者に適切な医療を提供できないことがある。トリアージの徹底が重要であるが、トリアージタッグの意味を十分に理解していない医療関係者がいる。

  3. 通信の混乱
    電話回線が飽和状態で通話不能となることがある。警察、消防、自衛隊、医療関係団体等において互いの活動状況の連絡が不十分である。

  4. 交通渋滞
    地震や洪水等による道路そのものの破損、道路周辺の構造物の破壊による通行不能に加えて、報道陣の車両、野次馬や交通規制の影響等により交通渋滞が生じ、救急救護活動の妨げとなる。

  5. ライフラインの途絶
    地震や洪水、台風等では停電や断水、ガスの供給途絶が起こりうる。長時間に及ぶ停電は病院機能を著しく障害する。

  6. 物資の欠乏
    医薬品の備蓄が不十分である。

  7. 避難所生活
    避難所生活者には疲労が蓄積し、精神心理的にも大きなストレスとなる。

  8. 伝染病の発生
    清潔な水が供給されれば伝染病の発生の恐れは少なく、消毒薬の散布やワクチン接種をあわててする必然性はあまりない。

【集団災害医療についての提言】

  1. 僻地の医療機関の少ない所、救助に手間取る所では、救護所設置、医師団派遣が必要である。

  2. トリアージの徹底が重要である。

  3. 設備、人員の整った医療機関に可及的速やかに患者を搬送すべきである。

  4. 病院の災害に対する備えが大切である。
    • 災害対応計画の策定が必要である。
    • 消防訓練以外の災害訓練の実施が大切である。
    • 薬品棚等の耐震工夫をすることが大切である。
    • 災害用に特別に医薬品や医療用材料を備蓄する必要がある。
    • 自家発電機用の燃料を長時間の停電に耐えられるように保有しておく必要がある。


パイロットの医学適正と健康管理

中村彰男、Biomedical Perspectives 8: 211-8, 1999


 航空機事故は一般市民に甚大な被害を与える危険性があり、社会に与える影響は極めて大きい。世界各国では優秀なパイロットを選ぶために、操縦練習をこれから始める者に対してはもちろん、すでに操縦業務に従事している者に対しても、航空安全上、定期的に医学的適性をチェックすることが義務づけられている。本稿では既成の民間パイロットに対する医学適性検査とその健康管理について述べる。

 パイロットが心疾患などの重大な疾病にかかったり、たとえ治癒したとしても、安全に操縦業務を続け得るかどうかは航空医学上極めて重要な問題である。何らかの心身の障害により航空機操縦中に操縦不能となる状態は、突発性機能喪失といわれ、一時的な病気による頭痛、腰痛、腹痛、さらにイライラなどが操縦ミスや事故につながる危険性は無視できないと思われる。また地上では些細な疾患でも、操縦環境下では重大な意味があることが多い。正常の人体は種々のストレスに対して適応能力(予備能力)がある。心臓血管系ではその能力は基礎的な生体機能を維持するために必要な量の20倍以上あり、一般的な航空業務ではそこまでの予備能力は要求されないと思われるが、パイロットの航空機離発着時の心拍数でさえ、年齢から予想される最大心拍数に近い値を示すことが知られている。言い換えると、この適応能力が十分にあることがパイロットにとって第一の身体的条件であると言える。最新の旅客機でも高度2000〜2500m(0、74気圧)程度の低圧、低酸素状態が予想され、心血管系には強いストレスとなる。平地では無症状の狭心症などが悪化し、急激に症状が発現したり、軽い心臓発作でも地上と違い重大な結果をもたらす危険性は大きい。疾患の航空医学的な評価を行う際には、低酸素のみならず、減圧や時差、機種によっては加速度、振動、更に心理的ストレスなどの操縦環境が疾患に与える影響も過小評価してはならない。

 航空機乗員の身体検査に関しては国際的な統一が図られており、国際民間航空機関(ICAO)は、守るべき航空身体検査基準や検査の方法を勧告している。我が国の民間の航空身体検査基準もICAOの基準に従い作成されており、1)航空安全を守る、2)円滑かつ効率的な航空業務遂行を維持する、3)パイロット個人の健康を守る、などの目的で航空身体検査が行われている。パイロットが航空業務を行うためには運輸大臣または指定航空身体検査医(指定医)から航空身体検査証明書の公布を受けなければならず、指定医はそれぞれの身体検査基準に適合するかどうかについて判定を行う。航空身体検査基準には視力や血圧のように数値で定量的に示されるものとそうでない、不適合状態(不合格疾患)などがあり詳しく規定されている。基準は航空医学的な経験をもとに引かれた人為的なものであり、抵触したからといって優秀な技能と経験を有するパイロットを安易に切り捨てることは合理的ではない。検査の結果が基準の一部に合致しないが、操縦技能や経験などを考慮し、航空安全上支障がないと思われる場合には、運輸大臣に上申して再審査を受けることができる(ウェーバー制度)。審査は運輸大臣によってなされ、1)疾患や障害が飛行安全と航空業務に与える影響(特に突発性機能喪失の危険性の有無)、2)操縦環境が疾患に与える影響(操縦環境による疾患の再発、悪化の危険性)、3)治療のための薬物や手術などが航空業務に与える影響、のような点を考慮し飛行安全上問題がないと考えられた場合は、ウェーバーが適応される。航空医学的評価には、当然操縦する機種の違い、航空業務の内容などが考慮され、判断が困難な場合は実際の航空機での操縦テストも行われる。

 現在日本のパイロット総数は10年前に比べ倍増しており、それに伴いウェーバー申請者の件数も急増している。10年前には耳鼻科と眼下の症例が主であったのが、最近では内科や外科などの評価が難しい症例の比率が増加しており、従来はほぼ絶望的であった虚血性心疾患や悪性腫瘍なども、最近では多くの症例に対して操縦が許可されている。ウェーバー適応例は当然、厳密な医学的監視、航空業務さらに運行上の制限など、一定条件のもとに航空業務が許可されているが、このような疾患でもウェーバーの適応が可能となった理由は、医学的な診断、治療、予後判定技術の進歩と航空機の安全性の向上により、重大疾患でも医学的な監視が十分になされれば安全に操縦業務復帰が可能であることが明らかになってきたためである。航空医学に携わる医師らのさらなる努力により近い将来重傷の疾患を患ったパイロットの大部分が病気を克服して航空業務に復帰できる日も夢ではないかもしれない。


第3章 情報機関から知識機関へ

国際赤十字・赤新月社連盟.世界災害報告 1997年版、p.35-46


 災害時の人道活動を行うにあたり、情報は非常に重要で、情報管理及び遠隔通信手段の確保、信頼性は不可欠である。また、救援物質の補給や援助機関同士の協力は、情報の迅速性、正確性にかかっている。コンピュータや情報ソフト、遠隔通信の価格急落と適用範囲の拡大により、途上国の災害専門家や究極的には被災者自身が、救援活動から災害対策活動にいたる災害対応のあらゆる側面を徹底して掌握する機会が増えてきている。今日、圧倒的な情報の流れにおいて、データの質と有用なデータを総合しリアルタイムの救援に適応する能力が求められている。

 通信情報を使った電話から電子メールに至るまでの通信手段の進歩に比べ、災害対応に関する情報の系統的組織化が、援助機関のなかで遅れている。現状において、物質の調達、輸送、利用可能な資源、特定の救援活動についての災害対応情報の入手はしばしば困難である。

 情報収集からその管理について、災害救援活動の初期段階において、救急機関は被災地にチームを派遣してニーズ調査を行い、そのデータによって資金援助の要請や災害救援活動の計画をたて、必要とされる救援物質と専門技術を決定する。このようにしてデータを系統的に収集し、正確な報告の編集と将来のための情報提供に役立てる。情報管理の進歩のためには、救援活動の鍵となる情報は何かと言う結論を下す事が不可欠である。災害救援の実施段階では、財政、物質の補給及び運搬、連絡調整、人事に関する基礎的情報が必要となる。

 また、救援団体は、主用任務である災害救援で基本的には手一杯の状態であるため、情報管理には情報専門家が必要であり、それには現地組織の情報技術とデータ利用のための能力を増大させることが大きな要因となる。その一例として、国際赤十字、赤新月社連盟は、アフリカとアジアの赤十字、赤新月社の災害対策と緊急活動を援助するため、カナダ国際開発庁から資金をうけて、世界的ネットワークを開発するというプロジェクトを1996年に開始している。このプロジェクトは、連盟の内部、活動のパートナーと他の人道機関との間で活動実施に必要な情報の交換を促進することを目的とし、そのために最新で適切な遠隔通信と情報資源の設備、専門知識、技術援助を提供する。

 無線通信システムやインターネットなどのデータ・ネットワークは、以前は主として大きな組織、特に多国籍企業、銀行、航空会社、軍隊などであったが、今日では個人、小さなグループと企業、NGOや人道機関も利用している。現実には、災害地帯において必要な情報は、援助機関が情報システムを持ち込むまで待機するよりも、現場レベルのスタッフのコンピュータからのほうがはるかに多く情報を入力している。また、今日の「救援物資中心の援助」は、提供された資源が戦いの標的となり、紛争当事者のどちらか一方の欠乏意識を強化するなどの危機的実態がある。そのため、援助のありかたについて、「知識集約的援助」が新たに提唱されている。その一例であるラジオは、差別なしに社会の最大限の部分に届き、保護者と保護される者の関係をつくりだす。このようにして、新しい情報、通信技術を通して、援助機関と被災地域との間における知識の共有が容易になってきている。

 これからの援助機関は、地域社会とその組織に密接に協力して、情報援助の価値と持続性を最大限にしたり、現地機関がそのような知識の買い手になるようなシステムを創り出し、長期的に情報と通信を利用できるようにする。地域社会は適切な情報手段をもっていれば、大災害を理解し、備え、和らげ、防ぐことができ、また、災害に対する意思決定を援助機関からの指示によるのでなく、現地の災害専門家と地域社会が行うことが可能になる。情報は運ぶが人事や物資の管理については、現地の協力組織に任せるような世界的知識機関を築くことは、災害救援における情報と通信への戦略的アプローチを意味し、やがては途上国と弱者自身へ根本的な権力を移譲することによって、本当の意味での援助協力を可能にすると思われる。


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