災害医学・抄読会 2000/03/03

震災時に医療機能を早期回復するための診療機器等の日常点検に関する研究

河口 豊、内藤秀宗、松山文治、岡西 靖
日本集団災害医学会誌 4: 17-26, 1999


【研究目的】

 大震災の直後から病院の診療機能を回復させるため、診療機器等の早期回復が可能なように職員が日常的に診療機器等を点検するためのリストを作成しその実用性を検証することを目的とする。

【研究方法】

 前段階として、平成8年度に被災地病院での緊急時に必要な診療機器類の被害の実態を明らかにした。次に被災地病院での経験を中心に大震災直後から緊急医療に必要な診療機能を回復させるための診療機器類に対する日常点検項目を明らかにし、これを点検リストとして整理する事を試みた。そして研究成果の実用性を確認するために、以下の手順で実際に使用、評価して、修正を行った。

  1. 震災時、病院に期待する条件の設定。
  2. この条件下で診療機能を発揮するために必要となる診療機器の選別。
  3. 被害を受けた対象機器に関するメーカー調査。
  4. 機器の特性に応じた震災対策のまとめ。
  5. 日常点検リストの作成。
  6. 災害拠点病院における実地調査とリスト内容の見直し。

【研究結果】

1.条件の設定

(1)対象とする病院:

  1. 被災地中心部にある災害拠点病院
  2. 被災地に隣接して被災地より後方支援病院に患者搬送を行う際の中継病院

(2)診療機能を期待する時期、期間:震災直後から4,5日とし、それを

  1. 直後〜2日の患者緊急搬入期、
  2. 3〜5日の患者移送期
  に分類する。

(3)外部環境、特にライフラインの制限:

  1. 水、電気が一部でも使用可能な場合
  2. 水のみが一部でも使用可能な場合、
  3. 電気のみが一部でも使用可能な場合

(4)対象となる疾病:

A.発症直後〜2日(患者緊急搬入期)

a.外来
  1. 各種外傷(裂傷、熱傷、圧挫傷、重度骨折など)、
  2. 乏尿無尿(急性腎不全、ショック腎など)、
  3. クラッシュ症候群(予測診断)、
  4. 循環器疾患(狭心症、心筋梗塞発作)、
  5. 分娩(正常、異常)

b.入院

  1. 呼吸器疾患(酸素吸入)
  2. 循環器疾患(狭心症、心筋梗塞発作)
  3. 術後患者
  4. 新生児、未熟児管理

B.3〜5日(患者移送期)

a.外来
  1. 慢性疾患の急性憎悪→循環器疾患(狭心症、心筋梗塞発作)、
  2. 在宅医療患者の緊急対応→酸素吸入、インシュリン自己注射、経管栄養、血液透析・腹膜還流等

b.入院

  1. 術後患者
  2. 慢性疾患の急性憎悪→循環器疾患(狭心症、心筋梗塞発作)、重症糖尿病
  3. 新生児、未熟児保育等

(5)職員の確保:必要な職員数はある程度確保されているが、十分ではないとした。

(6)薬剤、器材の確保:診療機器には薬剤、器材を必要とするものがあるが、一応充足している事を条件とした。

(7)診療機能レベル:大震災直後の診療機能は、ライフラインが確保できたとしても、相当低下していることが前提。

2.対象機器の選別

  1. 分析用機器類
  2. 救命機器類
  3. 放射線機器類
  4. 分娩・保育器類
  5. 血液浄化機器類
  6.   治療用機器類
  7. 薬剤部機器類
  8. 手術・中央材料機器類
  9. 情報処理用機器類
  10. 情報伝達用機器類

3.診療機器メーカーに対する被害状況調査

  1. 機器と設備との接触部分に被害が多い
  2. 重心が高い装置類では転倒事故が見られた
  3. キャスター付の機器類では、異動止めの有無でやや異なる状況
  4. 重量物では迷走はないが、制御部分のゆがみが発生。また躯体や、枠との接続部に応力が集中し破壊が見られる。
  5. 比較的軽い機器類でカウンター等に設置しているものは、固定されていない限り、落下している。

4.診療機器の特性に応じた震災対策

 診療機器類が電力に依存する比率が極めて高いこと、次に電気・水との接続使用が多いことが明らかで、震災対策を考える際に機器本体の安全性の確保と同時に電気・水との接続部の対策が重要である事をうかがわせた。

5.日常点検リストの作成

  1. 診療機器を使用目的別に分類した。
  2. 各機器に企業調査を含め、阪神・淡路大震災で実際に起きた被害状況を例示した。
  3. 点検項目は点検手順に従うように配列した。
  4. 点検結果で不備があればこれを補う手段を提示。

6.災害拠点病院における点検リストの検証

  1. チェックリストの質問項目については、数カ所詳細な説明を要する項目が有るものの、ほとんど問題無かった。
  2. 内容が建築設備に関する質問の場合は、看護婦や技師等では理解していない事が多い。
  3. 各病院とも災害時医療に対する計画・組織作りがなされていない。
  4. ほとんどの病院では機器の耐震固定等は実施されていない。

7.調査結果に基づく点検リストの修正、追加

  1. 点検リスト中の各項目に十分な説明を加える事。
  2. 大震災は他の災害とは異なること、特に多くの病院では「短期間に多数の死傷者、患者が殺到するために、通常の診療機能はほとんど発揮できない」事があまり理解されていない。この事に対する説明を加える。
  3. クラッシュ症候群の重要性と治療手段に対する理解が少ない。この説明。
  4. 4.のほか点検リストを機能させるための前提条件を少し詳しく説明しておく事。

【おわりに】

 特に阪神・淡路大震災の経験を基に強調したい事は次の諸点であり、これがあって初めて今回の日常点検リストの成果が期待できるものと考える。
  1. 病院の建築物と建築設備の被害を最小限にする対策をまず考える。
  2. 緊急医療を行う場所をあらかじめ設定しておき、そこに必要な設備を備える事。この際に注意すべきは一次診療の場所は患者が搬入される入り口と同一レベルのあること。
  3. 医療の責任者に常時院内の設備、機器等の状況が報告されている事。
  4. 必要最小限のライフラインを確保すること。電気はほとんどの機器に関係するが、緊急医療に直結する水の必要性はクラッシュ症候群の治療(透析治療)用と滅菌装置用である。
  5. 大震災直後の診療レベルは考えているよりも低い事を認識する事。


クラッシュ症候群のカルシウム動態について

森本文雄、吉岡敏治、織田 順、田中 裕、松岡哲也、平出 敦、嶋津岳士
日救急医会誌 1998; 9; 539-44


目 的

 1995年1月17日の阪神・淡路大震災に係わる初期救急医療実態調査によって得られた症例と自験例(大阪大学医学部付属病院入院例)をもとに、クラッシュ症候群のカルシウム動態について検討した。

対象と方法

 1月17日(震災当日)から1月31日までの間に震災が原因で入院した6107名の患者のカルテを調査した。このカルテ閲覧調査で把握したクラッシュ症候群は372例で、これらのうち急性期(受傷3日以内)に血清カルシウム値が測定された66例を対象とした。これらの症例の最低血清カルシウム値を血液浄化施行の有無別に検討し、また最低血清カルシウム値と最高血清CPK値との関係を41例で検討した。自験例においては血清カルシウム値と血清リン値の経日的変化を検討し、うち7例は血清カルシウム値と同時にintact PTHを測定した。

結 果

 対象66例の急性期の最低血清カルシウム値は、平均7.24±1.37mg/dl(正常範囲8.4‐10.0mg/dl)と低値を示した。血液浄化施行例では平均6.37±1.37mg/dl、血液 浄化非施行例では平均7.86±1.06mg/dlで、統計学的に有意な差を認めた(P<0.01)。最高血清CPK値と最低血清カルシウム値は、血液浄化の有無を問わず、統計学的に有意な逆相関を示す。(y=8.58-2.04×10-5x,r=0.81)自験14例の来院時の血清カルシウム値は腎不全合併の有無にかかわらず低値で、平均6.87± 0.72mg/dlであった。低カルシウム血症改善まで全経過を観察できたのは10例で、受傷後8日から50日間、低カルシウム血症が持続した。腎不全合併の5例では高リン血症を、腎不全を合併しなかった3例では低リン血症を示したが、低カルシウム血症の程度やその持続期間に差はなかった。intact PTH濃度は血清カルシウム値が7.6mg/dl以下では正常範囲(6.5-59.0ng/dl)を超えて高値となり、6.8mg/dlでは280ng/lと著しく高値を示した。

考 察

 対象66例の急性期の最低血清カルシウム値は、平均7.24±1.37mg/dlと低値を示し、この低カルシウム血症は障害を受けた筋肉量の指標である最高血清CPK値とよく相関する。したがって、障害を受けた筋肉量に応じて低カルシウム血症を来たすと考えられる。

 クラッシュ症候群における低カルシウム血症とその遷延については、原因はいくつか考えられる。横紋筋融解症では、障害を受けた筋肉や皮下軟部組織にカルシウムが長期間沈着することにより、低カルシウム血症、その遷延が起こると考えられている。自験例で患肢のCT撮影を行った6例では、全例に障害を受けた筋肉と筋膜に高吸収領域(high density area:HDA)を認めた。4例に筋生検を施行し、このHDAは病理学的にカルシウムであることが証明された。したがって、クラッシュ症候群においても、横紋筋融解症と同様に障害を受けた筋肉へのカルシウム沈着が大きな役割を果たしていると考えられる。

 低カルシウム血症を来たす病態として、腎不全が知られている。実際に今回、対象としたクラッシュ症候群でも血液浄化施行例と非施行例では最低血清カルシウム値は有意な差を認めた。しかし、最低血清カルシウム値は最高血清CPK値と血液浄化の有無に係わらず逆相関を示す。したがって、クラッシュ症候群における腎不全合併例は、それだけ障害を受けた筋肉量が多いと考えられる。 経日的に血清カルシウム濃度をモニターできた自験例では、低カルシウム血症は長期間持続した。血清リン値の経時的な検討では、腎不全合併の5例で高リン血症を、腎機能良好な症例では低リン血症を示したが、低カルシウム血症の程度や持続期間に差はないことから、低カルシウム血症に対する高リン血症の関与も少ないと考えられる。

 血中のイオン化カルシウム濃度が変化すると、副甲状腺は数秒以内に反応しPTHの分泌を増加させる。今回、生物学的活性を持つintact PTHを測定することにより、急激なカルシウム動態を示す副甲状腺の分泌能を評価することができた。クラッシュ症候群では血清カルシウム値の低下とともにintact PTH濃度は著しく上昇した。このことより、副甲状腺が低カルシウム血症に対し良好に反応していることがわかる。逆にintact PTH濃度が著しく上昇したことによりイオン化カルシウム濃度が低下していたと推測できる。

結 語

   クラッシュ症候群では、腎不全合併の有無にかかわらず、障害を受けた筋肉量に応じて低カルシウム血症を来たすと考えられる。


シミュレーションによるインフルエンザワクチンの接種時期の推定

前川宗隆ほか:日本集団災害医学会誌 4: 7-16, 1999


はじめに

 今回の研究では、インフルエンザ流行初期のサーベイランスシステムからのデータに基づいて、ワクチンが有効となる接種時期をどのように評価するかという問題に対する定量的分析を行った。そのためにまず、ワクチンのリスク評価のための意思決定分析モデルを作成し、それに基づき有効な接種時期の推定を行った。その結果ワクチン接種時期開始期限に関して、流行期のサーベイランス情報を基にした定量的な具体例を得る事が出来た。

分析疫学モデルによる接種時期の定式化

 ワクチン接種時期を疫学的に分析・推定するために、以下にいくつかの仮定を行う。

1)感染症患者の増加曲線は指数関数に従う。

 数式(1) 指数関数N(t)=N(0)・exp(c・t)(c:定数)

2)感染症サーベイランスデータが経時的に利用可能である。すなわち時点t0およびt1における患者数N0、N1というペアデータが得られるものとする。

3)時点tsにおける患者数Nsに達した時、接種しない場合の利益より接種する場合の利益の方が大きくなるものとする(ここでtsを危険時点と呼ぶ)。

4)接種後ワクチン接種が実際に有効になるまでに一定期間Vが必要である。このVは現実的には2週間程度とされる。危険時点より期間Vだけ早期の時点であるtxをワクチン接種期限と定義する。 仮定2)のペアデータを数式(1)に代入することにより、定数cが求められる。

 数式(2) c=t1・ln(N1/N0)

 そこで仮定3)を用いると得られる。  数式(3) Ns=N0・exp(t1・ln(N1/N0)・ts)

 Nsは既知であると仮定すれば、危険時点tsは  数式(4) ts=t1・ln(Ns/N0)/ln(N1/N0)

 従って仮定4)よりワクチン接種期限txは定式化される。

 数式(5) tx=t1・ln(Ns/N0)/ln(N1/N0)−V

Fig4

意思決定論分析の適用

 Nsを既知としたが、実際のサーベイランスデータからNsを知ることは出来ないため今回、意思決定論分析を用いてNsを推呈する。意思決定モデルとしては決定樹を採用する。

Fig5

 Fig5を用いて確率論的な期待値計算を行えば、ワクチンを接種する場合と接種しない場合の決定点におけるそれぞれの期待生存年数E(vac)、E(Nvac)を求めることが出来る。

 数式(6) E(vac)=(1−mv)・{P1・(1−m1)・Y+(1−P1)・Y}

 数式(7) E(Nvac)=P0・(1−m0)・Y+(1−P0)・Y=Y−P0・m0・Y

 従って接種する場合の利益がそうでない場合の利益より大きくなるためには、E(vac)>E(Nvac)が成立する必要がある。P0について解く。

 数式(8) P0>〔1−(1−mv)・{P1(1−m1)+(1−P1)}〕/m0

 この不等式の右辺は期待生存利益の確立閾値を示す。すなわち、確率P0が数式(8)の右辺の値(P0*とする)より大きい時(すなわちP0>P0*)、ワクチン接種する方がしない場合より大きい期待生存年数が得られることを意味する。

 危険時点tsにおいて考えられる確率閾値P0*はその時点でのインフルエンザ罹患のリスクであると考えられる。

 数式(9) P0*=Ns/(N−Ns)

 Nsについて解く。

 数式(10) Ns=N・P0*/(1+P0*)

 既知のNと意思決定分析により得られる確立P0*を用いてNsを具体的に求めることが可能となった。数式(5)に数式(10)のNsを代入すると、接種期限が推定できる。

 数式(11) tx=t1・ln(N・P0*/{(1+P0*)・N0})/ln(N1/N0)−V

 数式(11)の接種期限txにより、現在時点t1におけるワクチン接種を行うべきかどうかについての意思決定基準を得る事が出来る。

基準;

a)t1<txのとき、接種は期限txまでに施行すべきである(接種期限txまで待機できる)。

b)t1≧txのとき、接種は出来るだけ早くすべきである。

サーベイランスデータによる検討

 神戸市のサーベイランスデータを用いて、インフルエンザワクチン接種時期について検討を行った。以下に説明する。震災発生直前に患者数は1995年通年の第一週711から第二週2076人に著しく増加している変化に注目し、現時点t1(95年1月14日)の罹患数N1を2076と固定してシミュレーションを行った。ここではサーベイランスデータから観察開始時点t0における罹患数N0を一週間前ごとにあてはめ、医療政策者が予め考慮すべき危険罹患数Nsが変化した時の準備期間を計算した。このNsは神戸市総人口が150万人であり、通年の流行期の累計患者数が通年8000から15000人程度と推定されるので、Nsを5000から18000の範囲に設定した。この結果よりNsが5000までにおいてはマイナスをほぼ示したが、通年の8000から15000においてはほぼ6週間前の時点(94年12月初旬)より前において準備期間は猶予があることを示している。このようにインフルエンザワクチン接種の対象集団の特性に応じて、医療政策者が危険罹患数を設定することにより接種時期の推定が可能である。

Table2

考 察

 決定樹モデルからワクチン接種した方が期待生存年数の点で有利となる確立閾値は数式(8)の右辺で求められるが、mvが十分に小さいことから、1−mv≒1が成立すると仮定すれば、極めて単純な式(12)を得る。

 数式(12) P0/P1>m1/m0

 数式(12)から従来の報告からm1/m0=0.40,P1=0.08とすると、P0>0.032となりインフルエンザ罹患の可能性が3.2%を超えればワクチン接種が奨められることになる。しかし、学校、高齢者収容施設、災害後の避難所などの高い感染感受性が推定される高危険郡においては、文献よりm1/m0は0.05から0.20の範囲で、P1は0.15と推定され、数式(12)からP0は0.0075から0.03の範囲であると求められる。すなわち接種しない時の感染率P0が極めて小さな場合においても高感染感受性の発症率の高い集団においては、ワクチン接種を奨励する根拠が得られることになる。

今回の問題点

 ワクチン接種した方が期待生存年数の点で有利となる確立閾値P0*を求める時、数式Gには期待生存年数Yが含まれていないため、確立閾値P0*がワクチン接種を受ける者の年齢を考慮する必要がなく定められることになる。また、本研究で用いた数理モデルをあてはめるには2つの制限がある。一つは感染患者数が指数関数的に増加することを仮定している事。もう一つは本研究で示した決定樹である。この決定樹の構造は単純なため、ワクチン接種後の結果による複雑な仮定を表現できていない事である。さらに、ワクチン接種に関する費用効果性の問題は今回考慮されていない。

まとめ

 本研究では一定の条件下で、意思決定分析を疫学流行モデルと関連付けることにより、ワクチン接種を行うべきかどうかについての理論的な意思決定基準を示した。さらに、阪神淡路大震災時の神戸市サーベイランスデータを用いて数値シミュレーションを行った。インフルエンザ対策を公衆衛生上最重要課題としている欧米を中心とした諸外国では、高危険郡に対する公的保険によるサポート体制が確立され、死亡予防効果が高いワクチン接種が積極的に推進されている。しかし日本においては、ワクチン対策の科学的立案のための定量的研究がほとんど行われていない。そこで、いくつかの制限があるものの、本研究のモデルは科学的意思決定という観念から医療政策決定者にとって有用なものとなり、災害医学に新たな展開をもたらすことが期待される。


1996年の援助の傾向:資金の減少の中で増大する問題

国際赤十字・赤新月社連盟.世界災害報告 1997年版、p.60-7


はじめに

 多くの援助機関にとって1996年はルワンダ、ボスニア、ソマリアでの経験を受けての反省と学習の年であった。各地の大規模な救援活動についての調査が明らかにされ、救援活動の根本的原理についての討議が一層重要になった。人道的援助の構成要素についての概念、救援の方法、援助方法を決定する価値といった問題が焦点となった。

財政の傾向

 過去10年間にわたり、援助予算の総額は著しく上下した。が、重要なのはそれ以前の数十年と比べ、援助国の歳入に対してのODA(政府開発援助)額が顕著に減少したことである。OECD(経済協力開発機構)加盟国のODAは減少している。しかし、過去10年間にOECD加盟国のODAが全世界のODAに占める割合は上昇している事実は一層重大である。1985年には、OECDの援助国が全世界のODAの87%を担っていた。が、石油産出国の拠出が減少したため1993年までにはOECD加盟国が98%以上を占めるようになった。

 緊急援助はODAの現象の影響を比較的受けていないように見えるが、毎年の緊急援助の規模は災害の有無によって大きく異なる。最新の数値によると、ODA全体に占める貧困対策支出に割合は1994年の5.86%から1995年の5.19%にわずかに減少した。

 このような数値から、救援支出は個別の危機の特定の段階に応じて増加することもあるが、紛争の影響を受けた人々が実際に受け取る救援の量にはほぼ変化はなく、実際には減少するケースもあることが示唆される。また、複雑な政治的緊急事態は長期化することが多いが、紛争の影響を受けた人々の基本的ニーズに対する資金供給は持続的であるようには見えない。最大限の効果をもたらす方法で資金を活用し、人々の少なくとも最低限の援助を受ける権利を守ることが救援機関の責任である。

行動の限界

 「救援は政治的活動に取って代わることは出来ない」という結論は人道主義の限界を明らかにしなければならないという意味合いがある。救援機関が非難を浴びていることの多くは、政府または他の政治組織の領域に属することである。

戦争の力学

 食料、飲料水、医薬品などの物質管理は、武力紛争地域では必ず議論を巻き起こす問題である。武力紛争では、紛争当事者により、紛争犠牲者のみが援助を受けるような中立かつ公平な救援活動の実施が極めて困難にされている。多くの紛争では市民社会は政治化し、その一部は軍隊化する。

契約及び規則

 人道援助への規制を強め、ときには戦闘中の行為を統制するメカニズムをめぐって、多くの議論や活動の刷新が行われている。「災害援助における国際赤十字・赤新月運動とNGOのための行動規範」の奨励や、スーダンやリベリア等では、紛争当事者と契約を結んで人道法の尊重を促して人道主義的空間の質を高め、量を増加させる試みがなされている。

 2つの問題がある。1つは、国際法違反の広がりに直面して、国際社会がどのような制裁を行う意志があるかという問題である。もう1つは、人道活動作成基準の尊守を監視するためにどのような機構が適切かという問題である。

 寄付者は、NGOによる人道的基準の尊守を期待していると表明するのに熱心ではなかった。依然として、財政報告に関する関心のほうが、中立性及び公平性の原則に対する関心より強いように思われる。

システムを改革する

 国際的な人道システムは、改革とリーダーシップを必要としている。冷戦後の時代において、国連はその人道的戦略の質と妥当性について、ますます監視を受けるようになっている。

 多くの国連機関が、食糧確保や保険などの他の分野での役割を主張しているため、援助の重複が生じ、事態が悪化すると責任の所在があいまいになる。

 1991年に国連に人道問題局(UNDHA)が創設されたが、様々な専門機関間の調整不足は解消していない。そのため、一部の人々は国連の専門機関の救援機能を統合し、安全保障理事会人道小委員会を設立することを主張してきた。新しい国連事務総長は改革の必要性を主張し、これらの課題は1997年の国連経済社会理事会で討議される予定である。

おわりに

 どのようなものであれ人道システムの改革は政治的に決まり、その決定は紛争、難民の移動、その他の危機の影響に対処するために提供される資金額にも影響される。

 人道的価値を守る強固な防護策には少なくとも2つの要素がある。第1に、人道活動策定基準が改善され、特にその効果および効率性を最大にするよう注意が払われていることを確認することである。そのためには、多くの場合、救援活動の策定において中立性および公平性という最も重要な人道的価値を保証することが必要である。

 第2に、人道システムには、達成可能なことと非可能なことを明確に規定した、首尾一貫した立場表明が必要である。救援は低開発の問題や紛争の原因を解消することは出来ず、司法手続きに代わるものでもない。救援活動が実施し、実際に達成できるのは、人命を救い、人々の尊厳を高めることを援助することである。人道団体は、他者の仕事を肩代わりすることはできないが、自らが実施すべき仕事を主張することは出来る。


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