越智元郎、冨岡譲二*、伊藤成治**、田中盛重***、小川正孝****、白川洋一
目 次
MLの運営について
1. MLの非公開性
2. 情報のコンテンツを豊かにし信頼性を向上させる
3. 社会から受け取り社会に還元する
4. 地域からの情報発信
5. 職種や所属組織、年齢などの壁を超えた交流
Dept. of Emergency Medicine, Ehime University School of Medicine ICU & CCU 24: 91-96, 2000
このような情報交換が国外を含め空間的な距離を問わずに達成され、さらには情報の送り手と受け手
が同時に端末の傍らに居る必要はなく、時間的な制約の少ない通信手段となる。また電子メールは職
種や年齢、肩書きなどの壁を超えた非常に自由な交流を可能とする。費用の面でも安価である。
わが国にはすでに医療をテ−マとしたMLが多数あるが、救急災害医療あるいは集中治療に関する
ものとして、集中治療ML(CCN)、中毒情報ネットワーク(ml-poison)ならびに救急医療ML
(eml)の3つが挙げられる。これらは互いに異なったメンバー層を有し、一方で複数のMLに重複
して参加したメンバーを通じて、より幅広い情報共有が可能となっている。
CCNは1996年のわが国におけるO-157の大流行に際して、emlを含むわが国の既存のMLやニュース
グループを結びつけ、O-157に関する緊急医療情報ネットワークの中心となった2)。一方、ml-poison
は救急医療、集中治療、法医学、薬理学などの領域の中毒専門家が集うもので、非常に専門性の高い
情報交換を行っている。1995年の東京地下鉄サリン事件のような大規模な化学災害においては、緊急
に照会すべき第一のネットワークであろう。
その後、eml には750人を越えるメンバーが参加するに至ったが、その大部分が救急隊員、救急医療
機関で働く医師、看護婦(士)、検査技師などのわが国の救急医療を直接支える草の根の人々であっ
た。一方、国際保健、物理学、システム管理学など救急医療以外の分野の研究者、行政官、防災関係
者、NGO関係者、法律家などが積極的なメンバーとして参加している。以下、 emlにおける論議の幾
つかを紹介したい。
災害医学抄読会:
「患者監視装置」という用語について4):
インターネットを活用したカンボジア蛇咬傷への支援5):
eml災害通信訓練:
救急医療における守秘義務の問題9):
ML間の災害時バックアップ計画:
救急処置シミュレーションに関する論議10):
脳死報道に関する論議11):
国際蘇生法連絡委員会(ILCOR)による勧告の翻訳:
AHAほかの国際的なプロジェクトにより策定された「ウツタイン様式15)」は大阪府心肺蘇生に関す
る統計基準検討委員会が翻訳されたが、翻訳版の AHAホームページへの収載もまた eml メンバーの
尽力によるものであった(1999年4月)。
臨界事故周辺住民の健康状態推測と対策のための緊急提言16):
なお、上記はemlで行われた論議のうちの一握りに過ぎない。そしてこれらの論議のうちで公開可
能なものは emlの公開ホームページ(http://ghd.uic.net/jp/ML/)に収載されており、ここで詳し
い資料を入手することができる(入会方法についても案内がある)。
1. MLの非公開性
救急医療関係者の多くは、医師や救急救命士として法に定められた守秘義務を持つ一方、公務員と
しての守秘義務もある。この「業務上知り得たことを他に漏らさない」という規程は時に組織の維持
を目的に運用され、公的機関の説明義務(accountability)や救急事例などを医学的観点から分析す
ることと相容れないことがある。emlメンバーができるだけ具体的な情報を提供し合い、より高いレ
ベルの公益をめざすためには、MLを非公開の場に保つ努力が必要である。
われわれは参加者のエチケットに期待するだけでなく、以下のような工夫を実施している。まずメ
ンバーはすべて本名、所属を明かにした上で参加することとし、電子メール以外の手段でも連絡を取
りうる体制としている。また年に1回メンバー全員に再登録を課し、規約を確認し合うと同時に、所
属・連絡先などを最新のものに更新している。また学会などの機会に全国各地で親睦会を開催し、通
信上の交流を実世界での人間的な交流によって補強している。
2. 情報のコンテンツを豊かにし信頼性を向上させる
eml上でやりとりされる情報の質と量には定評があるが、その根本となっているのはメンバーの自主
性とサービス精神であり、メンバー間の信頼感である。またeml発足以来の2万通を超えるメールは
すべてメール番号を付した電子情報として保存され、メンバーはそのすべてを閲覧することができ
る。人間は時に過ちをおかしまた進歩してゆく存在であるが、各メンバーの発言がきちんと保存され
てゆく過程を通じて、それぞれの発言の信頼性と連続性が維持されていると思われる。
3. 社会から受け取り社会に還元する
われわれは救急災害医療に関する情報を鋭敏にキャッチし、eml 上で共有し吟味しているが、有益
な情報はできるだけ社会に還元したいと考えている。前章にみるように eml上の論議のうちで公開可
能なものをウェブ資料として掲載し、また学会誌などに積極的に投稿している。さらに、単に emlか
らの情報発信にとどまらず、乳幼児心肺蘇生法の講習会6)やILCOR勧告の翻訳14)のような eml メン
バーによる社会的意義のある具体的行動に結実させてきた。
4. 地域からの情報発信
eml のロゴである宇和島の神獣「牛鬼」は、 emlが首都から、政府から、学会から、マスコミから
といったトップダウンの情報伝達ではなく、地方からのまた草の根の人々からの主体的な情報発信を
目指していることのシンボルである。そして emlの存在が、さらに各地域の救急医療や危機管理のた
めのネットワークを生み出す触媒となってきた。その結果、山陰(SEML)、熊本(kumamoto-eml)な
どにおける非常に活発な情報交換を実現しており、地域の公的ネットワークを補完し得る存在とも
なっている。
5. 職種や所属組織、年齢などの壁を超えた交流
emlでのメンバー間の呼称は、互いに「さん」付けで交流してきた。これによって emlが所属組織
などを離れた一個人としての意見や情報を発信する場であることが明白となり、また各メンバーが救
急災害医療に関する相互啓発を通じて市民への貢献をめざす上で対等の同志であることを象徴してい
る。 emlに限らないが、インターネットを通じた職種や所属組織、年齢などの壁を超えた交流は、わ
が国の社会のあり方をダイナミックに変えてゆく力を秘めている。
要 約
Information Transmission for Disaster and Emergency Medicine by the Internet- An Introduction to the '"The Mailing List for Emergency Medicine (EML)" -
* Nippon Medical School Tama Nagayama Hospital, Emergency Medical Center
** Higashi-Osaka City Fire Department
*** Data Processing Center, Ehime University School of Medicine
**** Operating Center, Ohtsu-Municipal Hospital
A mailing list is a computer system that enables us to send e-mails to a large number of
members on the list automatically. It helps us to share information with many individuals
without assembling in a place. In February 1996, we started "The Mailing List for
Emergency Medicine (EML)" in order to discuss on emergency and disaster medicine which had
been very poor in Japan. The number of members who joined the EML exceeded 750 and that of
the mails delivered was approximately 20,000 during the first three years of its history.
The members with various backgrounds, i.e. physicians, paramedics, fire fighters, nurses,
and NGO activists, have been actively participating in discussions on disaster and
emergency medicine in the fashion which has never experienced in our country. We also
planned some original projects such as translating ILCOR Advisory Statement for
Resuscitation into Japanese and promoting "The Sudden Infant Death Extermination
Campaign". In conclusion, networking people involved in disaster and emergency medicine by
mailing lists will be an effective and a promising way to prepare for the next disaster of
an overwhelming scale.
はじめに
emlにおける論議について
MLの運営について
おわりに
文献