災害医学・抄読会 2000/02/04

パネルディスカッション:

「災害に対する組織―その役割と連携」

日本救急医学会災害医療検討委員会・編 大規模災害と医療, 東京, 1996, pp 148-154


 阪神淡路大震災の後さまざまな反省がなされた。災害対策においてもっとも 大切なのは、各方面それぞれの持つ役割をいかに連携させて形にするか、とい うことであり、それがなければ災害対策は完成しない。具体的な例を、厚生省、 防衛庁、消防庁、県、医師会、日赤など多方面から検討した。

医師会との連携について

 震災の際、芦屋市だけが例外的に災害対策本部に医師会が入っており、芦屋 市長が医師会に全権を委任したため、スムーズに模範的な対応をすることがで きた。その他の地域では災害対策本部には医師会は入っておらず、情報の伝達 がうまくいったとは言えない。防災会議についても同様であり、国の見解とし ては防災会議は行政の会議であり、民間が入るのは今までに例がないとのこと である。防災会議の所管が厚生省ではなく国土庁であることから、人命救助の 重要性を説き、また、国だけでなく都道府県の地域防災会議に入れるよう医師 会が働きかけている。

死体検案のあり方について

 死体の検案をしなければならないかどうかを決めるのは警察であり、震災時 には当初警察が従前通りの方法で行おうとしたことで処理ができず、5000体の うち2000体ほどは医師会の医師が対応した。その頃には、日本法医学会の援 助で最大40人程度の医師が集まった。このことから、「阪神淡路大震災を契機 とした災害医療体制のあり方に関する研究会」で、法医学会の医師の動員体制 を作ることが議論されたが、大規模な震災ではそれのみでは対応できないだろ うということから、一般医のための検死マニュアルの必要性が提案された。

FEMA(米連邦緊急事態管理局)について

 消防庁の意見としては、FEMAは基本的には財政支援組織であり、日本で言 えば災害救助法が基本となるので、災害応急体制と言う意味では、消防として は当該市町村が出動し、次に隣接の市町村、県内、さらには周囲の府県から応 援がいくという仕組みを作ることが先決であると考えている。厚生省の見解で は、日本は議院内閣制を採っており、かついろいろな権限が分散しているので、 大統領直轄の機関であるFEMAの発想を導入することには消極的である。防衛 庁の意見では、FEMAの機能の中で重要な物に教育機能があり、FEMAの持つ EMI(Emergency Management Institute)という機関が災害時にどのような連携をは かればいいかといった、ディザスター・マネージャーの養成を行っていること が学ぶべき点であるとしている。

警察、消防、自衛隊の連携について

 消防庁の考える連携のイメージは、消防や警察がまず活動を始めて、その 後災害派遣要請があって自衛隊が出動する、というものである。自衛隊が出動 した場合には、被災地に一番近く通信機能などが正常に働いている消防署また は警察署において調整機関を作る。平常時の打ち合わせとしてはいままでの災 害派遣要請は県知事が行うものだったので、都道府県と自衛隊の代表との窓口 は開かれていたが、消防機関がなかった。今後は各都道府県ごとに消防機関の 代表、都道府県、それに自衛隊という三者の連絡調整機関を作り、そこで日頃 から概ねの割り振りをしておくこととなった。これらのことは1月17日付け の「大規模災害に際しての消防と自衛隊の連携について」という局長級の申し 合せに盛り込まれた。自衛隊はこれに関して、警察にシーン・コントロールと 遺体になって発見された場合の検案をやってもらい、捜索救助のマンパワーは 主に自衛隊が提供する、特殊な技能が必要とされる場合については消防のレス キュー隊に頼むといった形での役割分担を考えている。これは、地域的な役割 分担よりも機能的な役割分担の方がうまくいったとの意見による。

日赤との連携について

 震災時には、兵庫県支部がほとんど機能できない状況であったので、各県支 部と本社から毎日20人ぐらいの事務職員が派遣されて支部の業務を支援した。 市役所、県庁の医療業務に関しても、専属の人間が毎日、情報交換のために役 所などへ行った。そのときに地域の医師会の医師たちともいろいろと細かい情 報交換をし、連携作業、つまりなるべくバッティングがおこらないように、ま たオーバーブッキングにならないようになど、可能な限りの調整をした。この 調整は県の保健環境部が行った。日赤兵庫県支部長は県知事で、所管は福祉部 なのだが、医療行政の側から動きが全然見えないので18日から保健環境部が 所管することになったからである。


医療における危機管理―阪神淡路大震災の経験から

千先康二、浜松救急医学研究会誌 4: 12-18, 1996


 阪神大震災の医療上の特性として、まず地域の医療システムが破綻したことである。病院が残っていてもライフラインが途絶し電気・ガス・水道がなく機能できなかった。自家発電があるからと安心していた病院も、水がなく水冷式の発電機が使えなかった。救護計画を作っていても、自分の病院自体が被災しながら周辺の救援も行わなければならないことは全く念頭になかったであろう。第2は、重症・軽症入り混じった大量傷者の発生である。渋滞により患者後送にも多大な制限を受けた。通信網が破綻し、情報が不足していた。携帯電話も回線オーバーで全く使えなかった。代替の無線システムを考えるべきである。第3に医療において誰がリーダーとなるかが不明瞭であった。災害対策本部に医師が入っていなかった。医師が災害対策本部に入って、常に情報を取り医療的に主張することが重要であったと思われる。

 救護所展開の要件として、行政サイドはまず情報を確立しなければならない。医療所要があっても情報がないと指示が出せないので、医療所要を把握しておく必要がある。第2に指令塔の確立を行い医療の有効な振り分けをすることである。第3に問い合わせ窓口の一本化を図ることも重要である。派遣サイドとしては「自己完結性(寝る場所や食糧の自己確保)」に留意しなければならない。現地に入り込んで自己完結性を保持することが効率性に結びつくと考えられるからである。また「継続性」にも留意しなければならない。医師はローテーションしながら継続的に支援しなければならない。そして「責任」を持つことも必要である。責任を持って居残って治療できる団体でなければならない。その対策として情報収集能力の向上と医療ボランテイア受け入れ体勢の確立が挙げられる。今後自衛隊のような自己完結性を持つ組織が個人の医療ボランテイアを受け入れるという柔軟な対応を考えても良いかもしれない。

 救護所撤収の要件としては、避難者数・受診者数の減少、地元医療機関の回復、疾患構造の変化(慢性疾患の割合増加)、保険診療の開始、被災住民の理解、行政側の指導力等が挙げられる。

 さて、災害医療の段階は一定ではなく常に変動している。その変動に即した医療をしなければならず、リーダーはそれを感じるセンスを具備していなければならない。災害時医療支援の段階は次のようなものである。[第1段階(被災から36時間)]被災から36時間程度は救急外傷に対処して救急処置をしなければならない。この時点ではトリアージが必要で、ヘリの運用も考慮すべきである。[第2段階(3日目から6日目)]患者発掘のため、巡回診療が有効で機動力が必要になってくる。[第3段階(1週間目から)]救護所で総合研修医が内科系や外科系疾患の何でもこなさなければならない。[第4段階(1ヶ月頃)]継続的に地元医師会にバトンタッチしてゆくことが肝要である。[第5段階(2ヶ月頃)]リハビリや健康増進対策が中心になる。このように、今どの時期だから何が必要か、何を準備すべきか先行的に考える必要がある。

 阪神大震災では患者後送には医師が同乗した「ドクターヘリ」が有効であった。しかし、ヘリによる患者後送は日頃やっていなかったのでいざという時に機能しにくかったといえる。その意味で患者空輸の実績を積み上げる努力が必要である。また、病院船構想も真剣に考える時期かもしれない。船は患者を多数受け入れられたり、ホテルシップとしても利用でき自己完結性の典型であるからだ。さらに住民同士で応急救護が出来る能力を高めることも一考の価値がある。

 災害医療と救急医療は似て非なるものである。災害医療は少ない医療スタッフで大量の患者をいかに効率的に治療・後送するかが重点となる。効率よく治療するということは、いかに多くの人を助けるかということである。いかに早く的確にトリアージ(重症度分類)するかが重要となってくる。故にトリアージ医にはベテランの医師をつけ、迅速・的確に選択・指示を出させる。できれば外科の経験を持ち指導力に長け、ストレスに強く病院の能力を十分熟知している医師が望ましく、指示に徹し患者を滞らせないことが肝要である。

 災害医療に関する日本の現状は、医学教育を含め医師に教えられずノウハウも乏しく、テキストさえもない。米国にはATLS(Advanced Trauma Life Support Course)と称し、災害医療を含めた救急医療の専門家養成コースがある。今後日本でもこのような体勢を取り入れていくべきである。

 また米国には、FEMA(Federal Emergency Management Agency)連邦救急管理庁があり、軍・消防・警察を統合して司令できる組織がある。日本でも自衛隊・警察・消防の統合化を測り、お互いに密に連絡を取り合える体勢にしなければならない。

 防災訓練は従来、住民に対する啓蒙、防災器材の点検が主だったが、指令塔の指揮・調整訓練を付加すべきだ。実動演習でなくとも図上演習で効果がある。図上演習の目的は、1)関係機関の調整窓口の確認、2)互いの対処能力の理解、3)地域防災計画の見直し、4)臨場感のあるシュミレーション、5)指令塔としての対処療法の把握が挙げられる。これをやっておくことにより実際の災害時円滑に調整が行えるようになる。演習すべきは災害対策本部や各種リーダー、統括実務担当者達などである。

 大震災だけでなく、多数の患者が一時期に殺到する際は同じ状況になる。問題は規模の大きさではなく、いかに医療スタッフが危機管理を理解し、想定して対処法を考えておくかということである。

 今は、以上のような対応を真剣に考えなければならない時代である。今回の教訓を風化させないよう、医療における危機管理体勢を洗い直してみる必要がある。


放射線科事故時の救急医療措置の概要

青木芳明、日救急医会誌 1999; 10: 121-31


 放射線事故と聞いてすぐに思い浮かべるのは原子力発電所事故であるだろうが、原子力発電所の事故では、放射線障害を引き起こすような人身事故の発生はきわめて稀である。むしろ放射線発生装置の取り扱い不注意による人身事故が多発している。わが国でも、非破壊検査用のイリジウム線源による被曝事故、X線解析装置の取り扱いミスによる放射線 熱傷等が報告されている。


 全身あるいは身体の大部分を被曝することを全身被曝といい、被曝線量に応じて骨髄障害、消化管障害、中枢神経障害などが起こる。身体の一部が被爆することを部分被曝といい、被爆した臓器の障害が起こる。最も頻度が高いものは放射線熱傷である。

 外部線源から被爆することを外部被曝といい、外部被曝患者の治療は一般の診療となんら変わらず、医師が自分の被曝を心配することはない。しかし、放射線事故では、患者は放射線被曝するだけではなく放射能(放射性物質)で汚染されている場合がある。放射性物質を体内に取り込むことを内部汚染(内部被曝)、皮膚表面に汚染を生じたときには外部汚染(皮膚汚染)という。放射能汚染患者の治療では、医師自身の二次被曝、二次汚染に注意することが必要になる場合がある。


 汚染患者を治療するときには、1)鉛エプロンなどで遮蔽、2)ピンセットなどを用いて距離を確保する、3)治療時間を短くする、4)素手で患部を触れない、などの放射線保護の基本を守ることが必要である。

 放射能汚染に対する処置だが一般的には、放射線物質は外気に曝された部分しか汚染しないので、まず汚染されている衣服を脱がせ、その後汚染した手足、顔面などの除染をする。衣類は内側は汚染されていないので、内側を外にするように脱がせる。皮膚の除染は中性洗剤などをつけて水洗いする。その際、中心から先端にかけて洗い、汚染をふき取る場合には、外側から中心に向かって除染する。脱いだ衣類や除染に用いた水、ガーゼ等は汚染物質として取り扱う。


 放射線障害は特異なものではなく、発現した症状は一般の疾病と同じである。ただし、超高線量被爆しないかぎり症状がただちに発症することはなく、潜伏期があること、患者は自分が被曝したことを気付かないことが多い、再発することがあるなどが特徴的である。

 組織により放射線感受性が異なり、1)1〜5、6Gyの被曝では放射性感受性の高い骨髄障害(白血球減少、血小板減少等)が起こる。2)5、6〜10Gy以上の被曝では、重篤な骨髄障害に加えて消化管障害(下血、下痢、電解質バランスの崩壊等)が出現する。3)数10Gy以上の被曝では、中枢神経障害(痙攣、意識消失等)のため短時間で死亡する。

 被曝後数週間以内に症状が発現する影響を早期影響といい、皮膚の紅斑、脱毛、急性放射線症などがこの範疇に入る。被曝後数カ月以上経ってから症状が発現する影響を晩発影響といい、癌、白内障などが代表的なものである。

 現在の医療では、骨髄障害までの治療は可能であるが、消化管障害、中枢神経障害の治療は対症療法になる。骨髄障害の治療は白血球や血小板などの成分輸血、rhG-CSFなどのサイトカインや、OK-432、Ancerなどの放射線防護剤の投与、適切な抗生剤、抗菌剤の使用などがある。場合によっては無菌室への患者の収容、骨髄移植が必要になることがある。消化管障害に対しては、重症の骨髄障害の治療とともに、対症療法として電解質バランスを保つことと、下痢に対して瀉下剤などの投与があるが予後は不良である。中枢神経障害は被曝後数時間で死の転帰があり、精神安定剤等の投与しか方法はない。放射性物質による内部汚染患者の治療には、汚染した核種を体内より除去するキレート剤( 239Puに対してはDYPA、137Csに対してはプルシアンブルー、131Iに対してはヨウ素剤など)が用いられる。


 まとめとしては外部被曝患者は、術者になんら影響はなく、注意すべきは汚染患者の治療のみであること、汚染患者の治療に際しては、除染、被 曝線量推定など放射線管理者との連携が大切であり、また救命措置が必要な汚染患者の治療では、救命措置が優先され、除染はバイタルサインが安定してから行っても遅くはないということである。


災害時の意志決定のための疫学的データ

国際赤十字・赤新月社連盟.世界災害報告 1997年版、p.47-59


 近年、疫学的手法が多くの災害救援活動の重要な要素となっている。災害現場における疫学的疾病監視の目的は、データを収集・分析し、それに対応することである。以下のような監視活動のサイクルを何度も繰り返す必要がある。すなわち、まず、基本的なデータ収集法を用いて問題の迅速かつ「短時間のおおまかの」評価を行う。つぎに、単純ではあるが信頼できるデータ収集源の確立を含めた短期評価を行う。その後に実施中の監視法を用いて継続している問題を特定し、介入の効果を把握するのである。 データ収集法は方法論的に確実であり、適切なスタッフおよび輸送法があれば、救援ニーズを迅速かつ妥当な正確さをもって測定できる。その場合、データ収集はそれに基づいた対応が可能かつ実際に対応が行われそうな情報に限定すべきである。図4,2にデータ収集法の特徴を示す。緊急事態における健康調査で実施したデータは、通常、以下のカテゴリーのいずれかにあたる。

複合災害

 人道上の複合災害への対処法において過去20年間に見られた技術進歩の一つは、難民集団を監視する健康情報システムが確立されたことである。一般に、難民キャンプで収集するデータは以下のカテゴリーに入る。

墓地監視

 粗死亡率あるいは死亡率は、集団の健康状態に関するもっとも重要な指標であり、寄付者および救援機関が最も反応しやすいデータカテゴリーである。死亡率の監視は、極めて重要であり、そのためには24時間の墓地監視、あるいは埋葬衣の配付状況の監視など、創造的な方法が必要と思われる。

配 給

 プログラムの範囲および取り組みの有効性に関する情報は、系統的に収集するべきである。そのようなデータには、配給された食料の平均値、清潔な水の1人当たりの利用可能量、便所数に対する家族数の比、予防接種実施率、補助給食プログラムへの出席率などを含めなければならない。

 災害の救援では、重要でしばしば変更できない決定を迅速に下すことが必要であり、こうした決定を助けるためには信頼性の高い初期データの必要性が非常にたかい。災害時のデータ収集に系統的アプローチを使用することで、意思決定を大きく改善させ、災害救援当局者が直面する様々な選択肢を予測することができる。

 政府、国際機関、ボランティアの救援機関、その他の組織によって現在作成されている情報の多くは、その妥当性が疑わしく、多くの情報が不適切な方法によって収集、分析、使用されている。より多くの人命を救い費用を削減するには、後の援助活動の決定や効果的な公衆衛生的取り組みと関連づける、災害時の標準データ収集法を開発しなければならない。

 過去数年間に、関連する国連機関やNGOは、災害後の健康および栄養調査の実施を疫学者に日常的に依頼するようになったが、現代の国際人道主義援助団体が既存の疫学的知識を最も効果的な方法で利用していないために、毎年多くの人命が犠牲になりつづけている。


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